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6話
ハンストンの中で最初の記憶は、母を殴っている父の姿であった。そして次は、ハンストンを木に縛りつけて、泣きながら去っていく母の姿である。
ハンストンは農村で生まれた。真面目に畑を耕し、藁を編めば飢えないくらいの暮らしはできるはずだった。豊かな穀倉地帯であったそこは種を蒔けば恵みをもたらしてくれる。しかし、彼の父はそれができなかった。彼は酒を飲み、彼の妻を殴り、子どもを火で炙った。ハンストンはいくつもの火傷を負っていた。父は働くこともせず、生活に困った母は泣く泣く、ハンストンを捨てたのだ。
ハンストンは木に縛られても、泣かなかった。そのとき彼はまだ10歳だったが、泣いても大人は助けてくれないことを知っていた。
最後の母の慈悲だろうか、ハンストンを縛っていたロープはずいぶんと緩かった。ハンストンが暴れたならば、ロープはたちどころに足元に落ちただろう。
しかし、ハンストンは暴れることもしなかった。彼はただじっと死が彼を攫ってくれるのを待っていた。
そうしてハンストンが1回目の朝日を見たとき、その朝日の中に黒点を見た。
黒点はどんどん大きくなる。それがこちらに近づいてきていることに気が付いたときには、それが巨大なドラゴンであることがわかった。
ハンストンはドラゴンを初めて見た。ドラゴンは地上の木々を燃やしながらゆっくりと旋回した。ハンストンだけはその熱の波に肌を焼かれることはなかった。彼の父による赤子のころからの虐待は彼に火耐性を獲得させていた。
ドラゴンはハンストンの前に着地した。ドラゴンは大きな腹をしていた。卵を持っているのだと思った。ドラゴンは荒い息を繰り返し、尾の下から血が滴っている。
ハンストンはようやく動いた。彼は彼の命のためには動けなかったが、ドラゴンのためには動けた。
ハンストンは手を伸ばして、ドラゴンの卵の殻に触れた。腹の中で割れてしまったらしい卵は、鋭く尖ってドラゴンの胎内に傷をつけていた。ハンストンは破片をひとつひとつ外に掻きだした。
ドラゴンはハンストンがドラゴンを救おうとしていることを理解しているらしく、たまにぶるると大きく身震いをする以外は、じっとして動かない。
ハンストンがすべての殻を掻きだしたあと、ドラゴンはハンストンの隣で眠った。ハンストンも、ドラゴンにもたれかかって眠った。
それから彼らは親子になった。ドラゴンは失った卵の代わりと言わんばかりにハンストンに餌を運び、慈しんだ。
ハンストンもドラゴンの母性を理解した。彼はドラゴンが運んできた牛を捌きドラゴンの鱗で焼き、食べた。
そうして10年の時が過ぎた。
ハンストンの日常は単調だ。起きて、山の下に行って川の水を飲み、山頂に戻って何かを食べる。大陸最強種族のドラゴンに狩れない生き物はいない。それは牛であったり、魔物であったりすることもあった。
最初に毒を吐く魔物を食べた時、ハンストンは激しい腹痛と高熱に襲われた。しかし、火耐性の獲得と同じである。繰り返し食べるうちに体が適応し、彼は毒耐性を得た。そして次第に氷、水、風と彼は次々と耐性を獲得していった。
そして10年後には、もう彼に食べられない魔物はいなくなっていた。
そんなとき、セレガが現れる。
茶色い髪のセレガは、特別目を惹くような外見をしているわけではない。しかし、ハンストンにとっては10年ぶりの人間である。そして、セレガはオメガで、ハンストンはアルファだった。
しかし、ハンストンが惹かれたのはそんなことではなかった。
セレガの目を見て、ハンストンはセレガがここに何をしに来たのかをすぐに理解した。
——昔の俺がいる。
ハンストンはそう思った。ドラゴンに救われる前、ロープで縛られたまま、死を希求したときの自分がそこに立っている。
ハンストンはセレガに歩み寄ってこう言った。10年前、彼の両親に言えなかった言葉だ。
「私を連れてって」
ハンストンは農村で生まれた。真面目に畑を耕し、藁を編めば飢えないくらいの暮らしはできるはずだった。豊かな穀倉地帯であったそこは種を蒔けば恵みをもたらしてくれる。しかし、彼の父はそれができなかった。彼は酒を飲み、彼の妻を殴り、子どもを火で炙った。ハンストンはいくつもの火傷を負っていた。父は働くこともせず、生活に困った母は泣く泣く、ハンストンを捨てたのだ。
ハンストンは木に縛られても、泣かなかった。そのとき彼はまだ10歳だったが、泣いても大人は助けてくれないことを知っていた。
最後の母の慈悲だろうか、ハンストンを縛っていたロープはずいぶんと緩かった。ハンストンが暴れたならば、ロープはたちどころに足元に落ちただろう。
しかし、ハンストンは暴れることもしなかった。彼はただじっと死が彼を攫ってくれるのを待っていた。
そうしてハンストンが1回目の朝日を見たとき、その朝日の中に黒点を見た。
黒点はどんどん大きくなる。それがこちらに近づいてきていることに気が付いたときには、それが巨大なドラゴンであることがわかった。
ハンストンはドラゴンを初めて見た。ドラゴンは地上の木々を燃やしながらゆっくりと旋回した。ハンストンだけはその熱の波に肌を焼かれることはなかった。彼の父による赤子のころからの虐待は彼に火耐性を獲得させていた。
ドラゴンはハンストンの前に着地した。ドラゴンは大きな腹をしていた。卵を持っているのだと思った。ドラゴンは荒い息を繰り返し、尾の下から血が滴っている。
ハンストンはようやく動いた。彼は彼の命のためには動けなかったが、ドラゴンのためには動けた。
ハンストンは手を伸ばして、ドラゴンの卵の殻に触れた。腹の中で割れてしまったらしい卵は、鋭く尖ってドラゴンの胎内に傷をつけていた。ハンストンは破片をひとつひとつ外に掻きだした。
ドラゴンはハンストンがドラゴンを救おうとしていることを理解しているらしく、たまにぶるると大きく身震いをする以外は、じっとして動かない。
ハンストンがすべての殻を掻きだしたあと、ドラゴンはハンストンの隣で眠った。ハンストンも、ドラゴンにもたれかかって眠った。
それから彼らは親子になった。ドラゴンは失った卵の代わりと言わんばかりにハンストンに餌を運び、慈しんだ。
ハンストンもドラゴンの母性を理解した。彼はドラゴンが運んできた牛を捌きドラゴンの鱗で焼き、食べた。
そうして10年の時が過ぎた。
ハンストンの日常は単調だ。起きて、山の下に行って川の水を飲み、山頂に戻って何かを食べる。大陸最強種族のドラゴンに狩れない生き物はいない。それは牛であったり、魔物であったりすることもあった。
最初に毒を吐く魔物を食べた時、ハンストンは激しい腹痛と高熱に襲われた。しかし、火耐性の獲得と同じである。繰り返し食べるうちに体が適応し、彼は毒耐性を得た。そして次第に氷、水、風と彼は次々と耐性を獲得していった。
そして10年後には、もう彼に食べられない魔物はいなくなっていた。
そんなとき、セレガが現れる。
茶色い髪のセレガは、特別目を惹くような外見をしているわけではない。しかし、ハンストンにとっては10年ぶりの人間である。そして、セレガはオメガで、ハンストンはアルファだった。
しかし、ハンストンが惹かれたのはそんなことではなかった。
セレガの目を見て、ハンストンはセレガがここに何をしに来たのかをすぐに理解した。
——昔の俺がいる。
ハンストンはそう思った。ドラゴンに救われる前、ロープで縛られたまま、死を希求したときの自分がそこに立っている。
ハンストンはセレガに歩み寄ってこう言った。10年前、彼の両親に言えなかった言葉だ。
「私を連れてって」
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