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第3話 心の自由

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 それから「教育」が始まった。
 そこで、俺はこの男同士の婚約の意味を知る。

 この世界では皇帝は男と結婚する。婚約者は5年間五穀と肉を絶ち、毎日聖水で禊を行い、祝詞を唱える。そうすると、体の中身が神の眷属へと作り変わり、男でも子を成せるようになる。
 こうして生まれた皇族の子には神の力が宿るのだ。

 日本人からしたら眉唾ものだが、現にハイントル皇子も男から生まれていて、そういう世界なのだと理解はした。男の皇帝に男の伴侶。それはそれで構わないが、いざ自分が当事者となると別だ。
 神の眷属に体が変わるってなんだよ、怖すぎる!!

 俺はものすごく怖かった。しかし、伯爵家の立場もある。うまく断りきることもできずに、あれよあれよという間に13歳で婚約者になってしまったのだ。
 それから、毎日勉強、勉強、体の作り変えに忙しい日々を送った。
 この儀式では命を落とす者のもいるとか。俺はほんとうにつらかった。

 髪と瞳はその生活の途中で灰色に変わっていった。
 儀式が進むと、それはどんどん黒が濃くなっていった。皇帝の配偶者はかならず、黒髪黒目になることをこのとき初めて知った。

 また、皇子の態度も俺の不安をあおった。2度目に会った時、同い年ということもあって、俺が親しみを込めて握手を求めたら、手を振り払われた。

「気安く男に触れてはいけない。わかるだろう」
「うん?え?ああ」

 婚約者と引き合わされて、彼が思春期特有の気恥ずかしさを抱いたのだと思った。また、相手が男であることもそう簡単に受け入れられないだろう。
 俺はなんとなく彼の心を理解したつもりになって、差し出した手を引いた。

「あと、その服装はどうかと思う」
「ええ?」

 直後に、服についてダメ出しをされた。曰く、半ズボンはみっともないと。貴族の子弟によくある服なのだが、彼はそれが気に入らないらしい。

「もっとわきまえた服装を心掛けろ」
「??」

 そのあと、彼から衣装が数点贈られてきた。それはフリルとレースがついた女性ものと思っても差支えがないような服ばかりだった。

「女になるわけじゃないしなぁ」

 それを前に、俺は呟いた。
 体が作りかわるといっても、女体になるわけではない。男の体のまま、ただ妊娠が可能になるのだ。皇子の彼がそれを知らないとは思えないが、皇子からもらったものをタンスの肥やしにするわけにもいかない。


 俺はそれをしぶしぶ着て皇子に会いに行った。

「まあ、似合わないこともない。あとは髪を伸ばして、日焼けしないようにしろ」

 皇子は俺をちらりと見て、さらに要望を出した。
 俺は女になるんじゃない!叫びそうになるのを、ぐっとこらえた。
 自分の感情としては、女になるつもりはない。女の子と婚約していいと言われたら喜んでする。男と婚約したのは立場上仕方がないから、割り切ってみせているだけだ。
 でも、俺が嫌だと思うこの気持ちが、「キフェンダル」のものなのか、それとも「日本人」の記憶によるものなのか、判断できなかった。だから、強く反論することもできないで、ただ頷いてみせた。

 俺は中身が大人だったから、こっちが引き下がるべきだと思い、あれこれと彼のご機嫌を取ったのが失敗だった。

「殿下……」
「……はぁ」

 彼は気に食わないことがあるといつもため息をつく。俺が気をまわしてあれこれすると、ふつうなのだが、不機嫌のスイッチが入ってしまうと、2日も3日も無視されて、話しかけてもため息で返された。
 俺は親戚の子をあやすような無責任さで皇子の言外の要求に答え、彼が満足するように立ち振る舞った。ただの子どもならそれでも問題ないのだろうが、彼は皇子だ。まわりに甘やかされ、俺も意のままに動く。
 その結果、俺たちの関係は婚約者というより、主と下僕のようになってしまっていた。



 だから、18歳になったとき、ハイントル皇子が衆目の中で婚約破棄と皇都追放を命じてくれて、ほんとうに安心した。
 皇子はマカドという少年に惚れ込んで、彼との結婚を望んでいたのだ。それで、俺に冤罪を着せて失脚させたのだった。


「お前との婚約は、破棄だ!」

 皇子の生誕18年目を祝うパーティーでのことだった。
 何も知らない俺はのんきに料理に舌鼓を打っていた。婚約者同士は同伴するのが基本的なルールであるらしかったが、俺は男同士で見せつけるように手をつないで入場するのは気が進まなかった。なので、婚約者である皇子からのお誘いがなくても、たいして気にすることなく、友人らと城のシェフの料理を楽しんでいたのだ。
 そんなときに、急に婚約破棄を突きつけられて、俺は思わずフォークを落としてしまった。

「ええっと……」

 衆目を注がれて、俺は言葉に困った。露骨に喜ぶのもおかしいし、悲しみたくても感情が追いつかない。

「とぼけたって無駄だ!お前のマカドへの嫌がらせ、そして暗殺未遂の証拠がある!」
「嫌がらせ?暗殺未遂?」

 聞きなれない単語を思わずおうむ返ししてしまった。
 俺は皇子が惚れたマカドという少年に嫌がらせを繰り返し、暗殺をくわだてた罪で追放されるらしい。

 マカドという少年と皇子が最近仲良くしているというのは知っていたが、それ以上のことは何も知らなかった。そもそも、会話もしたことがなかったはずだ。俺は家で畑仕事したり、勉強したり、洗礼の儀式を受けたりと忙しく、家族とさえ満足に会えていない状況だ。

 しかし、マカドという少年は俺を見て異常なほど脅えている。

 反論しようかどうか悩んでいる間に、俺はあっというまに憲兵に後ろ手に掴まれて、荷物かなにかのように会場の外へ引きずりだされてしまった。
 帰ってきた俺を、先に知らせを聞いていた父親に廃嫡を言い渡された。そして、俺は出奔したのだ。




 もうそれから、7年も経ってしまった。いまさら俺の居場所が宮城にあるとは思えない。皇子は何を考えているのか。迎えに来たと言われても、手紙の1つもない。
 もう俺の心は自由になってしまって、彼の咳払いに脅えていた俺はもういないのだ。


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