婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜

文字の大きさ
7 / 32

第7話 心の傷が残っている

しおりを挟む
 ギルが微調整をしている間に、ぶらぶらとぶどう畑を見て回っていると、急に呼び止められた。

「キフェンダル」
 呼び止められて、体が硬直した。知っている声だった。
 振り返ると、見覚えのある美しい人物がこちらを見ていた。

「……皇子」

 彼はお忍びらしく、灰色のマントをすっぽりと被っていた。地味な服装でも、動作の優雅さはごまかしきれない。
 ーーその瞳は変わらず冷たい。

 遠目に、ギルが慌てて走っていくのが見えた。神殿に報告に行くのだろうか。彼はハンローレンがつけてくれた人材だから、俺の事情もある程度は理解しているのかもしれない。

「……」

 俺は時間を稼ごうと、口を堅くつぐんだ。

「なかなか来ないから、私から会いに来てやった」

 感謝しろといわんばかりの態度に、俺の感情が逆なでされる。俺は15日もかけてここまで来たのだ。それも拒否権がなかった。

 俺はぶすっとした態度で皇子の言葉を無視した。

「お前は話もできないのか?」

 そうしてあしらっていると、皇子が不機嫌になっていく。
「……」
 お互いににらみ合う形になって、俺は耐えかねて口を開いた。
「話すことがありません」
 俺はちょっと強気に答えた。今の俺は神殿預かりの身で、いくら皇子といえど無茶はできないはずだ。

「親には会ったのか?」
「会っていませんよ。俺は廃嫡されました」

 皇子は言葉に窮した。彼に濡れ衣を着せられて、俺は廃嫡されている。皇都追放は正式な書面での命令ではなかったらしいが、廃嫡されたのは確かだ。
 俺は父親に面と向かってそう告げられたのだから。

「私が取り持ってやろう」
 そう言われて、俺は一瞬理解できなかった。取り持つ? 皇子のせいでこじれたのに?
「結構です!」
「素直になれ。私がやさしくしてやっているうちに」

 そのもののいいぶりに、俺は腹の奥がぐつぐつと煮えたぎるのを感じた。

「殿下、俺はもうあなたと結婚しません」
「神殿から、お前はもう儀式の続きができないと聞いた」
「なら!」
「ならば、また最初からやり直せばいいだろう」

 とんでもないことをいう彼に、俺は力が抜けた。

 禊と簡単に言うが、神殿の聖水を体にかけると、激しい痛みが全身を包むのだ。
 それこそ、見えない炎にあぶられているかのような痛みで、俺はたびたび禊の途中で失神した。
 それで体力をとられても、食事は神殿が指定したものしか食べられず、肉、魚など、おおよそ成長期に必要なものはほとんど食べられなかった。

 その状態で、マナーレッスンや勉強のスケジュールがぎっしりと詰め込まれていて、家族とゆっくり話をする時間もなかった。

「5年ですよ。俺は5年も頑張りました。それを無駄にしたのはあなたでしょう。それを、またはじめからやり直せと? 俺に何の落ち度もないのに!」

 平静ではいられなかった。皇子に言われたこと、冷たくされたこと、すべてが脳裏によみがえってくる。つらい禊の期間、彼は一度だって俺を心配してくれたことはなかった。

 よみがえる記憶。マカドと何度も比べられた。
「マカドの頬はふっくらしているのに、お前は骸骨みたいだ」
「マカドは親の七光りではなく、自分の能力でここまできた。お前とは違う」
「マカドは溌溂としていて、明るい」

 俺が肩をいからせて怒鳴り出したのは、皇子にとって想定外だったらしく、彼は怖気図いて数歩下がった。
「落ち着け、キフェンダル」
「落ち着いています。だから言っているんです。もう俺はあなたのために頑張れません。その気持ちがない」
 はっきりと伝えたつもりだったが、残念なことに相手に伝わらなかったらしい。皇子は急に距離を詰めると、耳元でささやいた。 

「……髪色はそう言っていないが?」

 皇子が手を伸ばして、俺の髪をひと房すくった。そして、流れるように唇を寄せる。目だけで俺の様子を見て、これで惚れただろうと言わんばかりに口角をにやっとあげている。
 俺はぞわぞわしてきて、その手を振り払った。


「おやめください殿下」
 凛とした声が響いた。
 スミレ色の瞳をした男が、俺と皇子の間に割り込んだ。俺は思わず彼の名前を呼んだ。
「ハンローレン……」

 いつの間にか息を止めていたらしい。俺は大きく息を吐いた。
 皇子は忌々しそうに言う。

「何の用だ大神官」
「彼は神殿でお預かりしています。いくら殿下といえど、神殿の権威を穢すことは許されません」
「婚約者と話をしているだけだ」
「神殿はその婚約を承認しておりませんよ」
「うるさい!お前らの承認なんかいらない!」

 子供のように叫ぶ皇子に、俺は眉を跳ね上げた。いつの間にか、記憶の中の彼を美化していたらしい。俺の中で幼いころの彼はもう少し威厳あるように見えていた記憶があった。

「とにかく!俺は早く皇位に就く!そのために結婚しないといけない!すぐに儀式をはじめろ!これは命令だ!」

 お菓子がほしい子どものようにわめきちらし、思わず黙り込んだ俺たち2人を見て、満足したように彼は去っていった。


「大丈夫ですか?」
 ハンローレンに尋ねられ、俺はうなずく。
「けがはないよ」
「心は?」
 まっすぐな目で見つめられて、俺は驚いた。

「心は……」
 大丈夫、と言いかけて、その場にずるずると座り込んだ。自分が思っていた以上に、心に黒いものを塗りこめられていたらしい。

「う……」
 いままでハンローレンの前で泣いたことなんかなかったのだが、もうあふれでるものをとめられなかった。

「……見るな!」
 彼に泣き顔を見られるのが嫌で、弾かれたように立ち上がって、その場から走り去ろうとした。その俺の腕をひいて、彼は俺を抱きしめた。
「大丈夫。見えません」

 ーー俺はそのまま彼の胸で泣きじゃくった。


しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。 傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。 そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。 不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。 甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。

目撃者、モブ

みけねこ
BL
平凡で生きてきた一般人主人公、ところがある日学園の催し物で事件が起き……⁈

涯(はて)の楽園

栗木 妙
BL
平民の自分が、この身一つで栄達を望むのであれば、軍に入るのが最も手っ取り早い方法だった。ようやく軍の最高峰である近衛騎士団への入団が叶った矢先に左遷させられてしまった俺の、飛ばされた先は、『軍人の墓場』と名高いカンザリア要塞島。そして、そこを治める総督は、男嫌いと有名な、とんでもない色男で―――。  [架空の世界を舞台にした物語。あくまで恋愛が主軸ですが、シリアス&ダークな要素も有。苦手な方はご注意ください。全体を通して一人称で語られますが、章ごとに視点が変わります。]   ※同一世界を舞台にした他関連作品もございます。  https://www.alphapolis.co.jp/novel/index?tag_id=17966   ※当作品は別サイトでも公開しております。 (以後、更新ある場合は↓こちら↓にてさせていただきます)   https://novel18.syosetu.com/n5766bg/

【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!

天白
BL
【あらすじ】バース性診断にてΩと判明した青年・田井中圭介は将来を悲観し、生きる意味を見出せずにいた。そんな圭介を憐れに思った曾祖父の陸郎が彼と家族を引き離すように命じ、圭介は父から紹介されたαの男・里中宗佑の下へ預けられることになる。 顔も見知らぬ男の下へ行くことをしぶしぶ承諾した圭介だったが、陸郎の危篤に何かが目覚めてしまったのか、前世の記憶が甦った。 「田井中圭介。十八歳。Ω。それから現当主である田井中陸郎の母であり、今日まで田井中家で語り継がれてきただろう、不幸で不憫でかわいそ~なΩこと田井中恵の生まれ変わりだ。改めてよろしくな!」 これは肝っ玉母ちゃん(♂)だった前世の記憶を持ちつつも獣人が苦手なΩの青年と、紳士で一途なスパダリ獣人αが小さなキセキを起こすまでのお話。 ※オメガバースもの。拙作「生まれ変わりΩはキセキを起こす」のリメイク作品です。登場人物の設定、文体、内容等が大きく変わっております。アルファポリス版としてお楽しみください。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

【完結】火を吐く土の国の王子は、塔から来た調査官に灼熱の愛をそそぐ

月田朋
BL
「トウヤ様、長旅お疲れのことでしょう。首尾よくなによりでございます。――とはいえ油断なされるな。決してお声を発してはなりませんぞ!」」 塔からはるばる火吐国(ひはきこく)にやってきた銀髪の美貌の調査官トウヤは、副官のザミドからの小言を背に王宮をさまよう。 塔の加護のせいで無言を貫くトウヤが王宮の浴場に案内され出会ったのは、美しくも対照的な二人の王子だった。 太陽に称される金の髪をもつニト、月に称される漆黒の髪をもつヨミであった。 トウヤは、やがて王家の秘密へと足を踏み入れる。 灼熱の王子に愛され焦がされるのは、理性か欲か。 【ぶっきらぼう王子×銀髪美人調査官】

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

ぽんちゃん
BL
 双子が忌み嫌われる国で生まれたアデル・グランデは、辺鄙な田舎でひっそりと暮らしていた。  そして、双子の兄――アダムは、格上の公爵子息と婚約中。  この婚約が白紙になれば、公爵家と共同事業を始めたグランデ侯爵家はおしまいである。  だが、アダムは自身のメイドと愛を育んでいた。  そこでアダムから、人生を入れ替えないかと持ちかけられることに。  両親にも会いたいアデルは、アダム・グランデとして生きていくことを決めた。  しかし、約束の日に会ったアダムは、体はバキバキに鍛えており、肌はこんがりと日に焼けていた。  幼少期は瓜二つだったが、ベッドで生活していた色白で病弱なアデルとは、あまり似ていなかったのだ。  そのため、化粧でなんとか誤魔化したアデルは、アダムになりきり、両親のために王都へ向かった。  アダムとして平和に暮らしたいアデルだが、婚約者のヴィンセントは塩対応。  初めてのデート(アデルにとって)では、いきなり店前に置き去りにされてしまい――!?  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。  ※ 感想欄はネタバレを含みますので、お気をつけください‼︎(><)

処理中です...