婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜

文字の大きさ
27 / 32

第27話 冬は愛の季節

しおりを挟む
 レニュ穀倉地帯には雪がよく降る。
 初雪が降った翌朝には、教会の3階の窓から見える景色は一面銀世界になっていた。
 俺は窓の外を見ると、ぶるりと身震いをした。

 俺が起きた気配を感じて、侍従たちが暖炉に火をくべる。
 この頃、侍従の中に懐かしい顔が加わった。
 マスカード城で俺の侍従頭を務めていたキリルである。
 彼は麦角アルカロイド中毒から回復し、俺のところに馳せ参じてくれたのだ。
 彼は俺に与えられた部屋の様子を見てぷりぷりと怒って、それから部屋の内装や寝具などを一通り取り替えてしまった。
 その活躍で、俺の寝室は教会の中とは思えないほどすっかり貴族の子弟風になっていた。
 
 俺は最初、彼の貴族趣味に苦笑した。
 しかし彼が献身的に支えてくれるおかげで、ずいぶんと体が回復したのは事実だ。
 彼は毎日俺のために喉に刺激の少ないスープをつくり、目やにをとり、耳を消毒し、荒れた手足を湯で洗い流してくれた。感謝しかない。

 侍従たちが朝食を運んで来てくれる。
 あの第一皇子との抗争以来、俺の食事には穀物と肉が出されるようになった。
 ハンローレンは俺の回復を優先させ、儀式を一時中断させていたのだ。
 俺はゆっくりとそれらを食べた。

 負傷してすぐの頃は何も食べられず、自分の唾液すら飲み込めずにいた。
 無理に喉に何かを通すと血が出るほどであった。
 また、鼻の奥も焼けていたため、味も匂いも感じられなかった。
 しかしそれらの症状はようやく収まってきていた。

 俺の回復をハンローレンは喜んだ。
 彼は俺の傍を離れたがらず、たびたび副官のフェリダムに引きずられるようにして部屋から連れ出されていった。
 そんな彼の姿もこの神殿ではすっかり見慣れたものになってしまった。

 食事が終わると、侍従たちは退室していく。
 俺はベッドに横になって、ひとりでぼうっとしていた。 
 薪がときおりぱちりと爆ぜる以外には何の音もない。静かな朝である。



 少しすると、部屋にノックの音が落ちた。

「ど、うぞ」

 俺が返事をすると、扉の向こうからハンローレンが現れた。

「お加減はいかがですか」
「いい、よ」

 彼はいつものようにベッド横の椅子に腰かけた。
 その椅子は彼専用になっていた。

「雪を持ってきました」

 彼の手には銀皿があり、そこには白い空からの贈り物がこんもりとのっていた。

「すっかり冬ですね」

 彼がそう続ける。
 俺はそれに手を伸ばして、掌にのせた。
 新雪はさらさらとこぼれていく。
 その冷たさに、俺はうれしくなる。

「冬だ」

 俺は冬が好きだ。
 北海道の農家であった俺にとって、雪は休みの合図だ。
 一年分、存分にゆっくりと休み、遊ぶ季節だ。

 俺が笑顔をこぼすと、ハンローレンも嬉しそうだった。

「これで時間ができましたね。――雪が解けるまで」

 第一皇子を捕えたあと、ハンローレンを支持していた貴族たちはすぐにハンローレンに皇都へ行くよう言い募ったらしい。
 しかし、ハンローレンはレニュの後片付けや俺の体調不良を理由に首を縦に振らなかった。
 あと10日、あと5日、いややはりあと20日、そうしてのらりくらりと逃げ回り、雪が降るまで粘ったのだ。
 雪が降れば、もう馬を連れて移動するのは困難になる。

 俺は彼の顔を覗き込む。
 彼は相変わらず麗しい顔をしている。
 一時期彼も目の痛みで寝込んでいたが、それでもすぐに動けるようになり、俺の代わりにレニュ復興のための指揮をとってくれていたと後から聞いた。

 ――きっと、彼はいい皇帝になる。
 そして、彼の救いを待っている民がこの国には大勢いる。
 王城に行けば、こうしてゆっくりする時間はとれないだろう。

 それを彼も俺もわかっているから、この土地にぐずぐずと留まっているのだった。


 俺は膝の上に置かれた銀皿に目を落とす。
 雪は暖炉のぬくもりでゆるやかに溶けていく。
 俺の心も、もうすっかり溶けている。

「あのさ」
「あの」

 俺が口を開くのと、彼が口を開くのは同時だった。
 お互いにゆずりあって、結局どちらも目を伏せて話し始めない。

 もどかしい時間のあと、彼がやっと言った。

「……第一皇子は大人しくしているそうです」

 それは捕らえられている第一皇子の話だった。
 皇子はあの後、一命をとりとめ、俺と同じく床についていたが、最近やっと起き上がれるほどに回復したと聞いていた。

「彼はこのまま、春になれば辺境の神殿に送ります。皇位に就かない一族は神殿で暮らす決まりですから」

 彼はそこまで言って、一度言葉を区切った。
 それから、低い声で言った。

「……これで、私は皇位に就けます。……我々は2人兄弟ですから、もう継承争いをする相手がいません」
「うん」
「あなたに婚約を強要する理由がなくなってしまいました」

 俺は彼の顔を見た。
 彼は眉尻を下げ、くちびるをへの字に曲げている。
 俺は思わず噴き出した。

「わ、笑い事では……」
「ごめん、すごい情けない顔をしてたから、つい」

 俺は喉に手を置く。笑ったことで痛みが走っていた。しかし、もうそんなこと気にしている場合ではない。
 俺はハンローレンをまっすぐに見据えた。

「好きだよ」

 俺が言うと、ハンローレンは口をあけて、それっきり身動きひとつしなくなった。

「なんか言えよ」

 そう俺がせっついても、彼は石化の魔法が解けたばかりの魚のように口を開けたり閉じたりするだけだった。
 俺はまた笑った。

「俺、好きだからハンローレンと結婚しようと思ったんだけど、お前はもう変わったのか? 俺のこと、好きだって聞いたんだけど?」

 俺のからかい交じりの言葉に、ハンローレンは弾かれたように椅子から立ち上がった。
 がたん、と椅子が倒れる音が静かな寝室によく響いた。

 気が付くと、俺はハンローレンの両腕の中に収められてしまっていた。
 半分ベッドに倒れ込むような形で、長い彼の髪が顔にかかる。

「――もう一度言ってください」

 今度は俺が口をぱくぱくする番である。
 唐突に抱きしめられて、また愛の言葉を強請られて、俺は顔どころか全身が熱くなるのを感じた。

「も、ばっ……!」
 
 俺が言葉にならない抗議の声を上げて彼の胴体を押しのけて隙間をつくると、彼は今度は俺の顎をすくいとった。

「愛しています」

 スミレ色の瞳が俺を捉える。
 本当はずっと前から捉えられていた。
 いつでも、あの夢の中でも、俺の瞼には彼の瞳があった。

「俺も――愛してるよハンローレン」

 俺のその言葉が、合図だった。
 美しいスミレ色が近づいてくる。
 俺は目を閉じた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」 ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。 (これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!) 妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。 スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。 スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。 もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます? 十万文字程度。 3/7 完結しました! ※主人公:マイペース美人受け ※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。 たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

元ヤンオメガは平穏に生きたい!〜中華風異世界に転生したら、過保護な最強生徒会長に溺愛されて番にされました〜

水凪しおん
BL
現代日本で喧嘩ばかりしていた不良の青年は、交通事故から子供をかばって命を落とした。 目を覚ますと、そこは中華風の文化が息づく架空の国「龍凰帝国」。 彼は、名門校・天耀学舎に通う華奢なオメガの少年「飛燕」として転生していた。 亡き祖母との「今度こそ真っ当に生きる」という約束を守るため、波風を立てずに平穏な学園生活を送ろうと心に誓う飛燕。 しかし、理不尽な身分制度がはびこる学園で、弱者が虐げられるのを黙って見過ごすことはできなかった。 「オメガだからって、舐めんじゃねえぞ」 我慢の限界を迎え、前世で培った喧嘩の腕と無意識に発現した気の力で、アルファの不良たちをぶっ飛ばしてしまった飛燕。 退学を覚悟するが、その現場を学園の絶対的支配者である生徒会長のアルファ「蒼龍」に見られてしまう。 怒られるかと思いきや、蒼龍は飛燕の強さと真っすぐな瞳に強烈に惹きつけられ、彼を生徒会役員に任命。 そこから、冷酷無比と噂される生徒会長による、異常なまでの激甘・過保護な溺愛生活が始まってしまった! 「お前は俺の宝だ。髪の毛一本すら、誰にも触れさせはしない」 最高級の食事を与えられ、少しの怪我でも大騒ぎされ、休日は密室に閉じ込められて甘やかされる日々。 理不尽な身分制度を壊そうとする最強の生徒会長と、彼に愛されすぎている元不良のオメガ。 喧嘩上等の華奢な少年が、最強の番として絶対君主の隣で幸せを掴む、中華風異世界オメガバース開幕!

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

処理中です...