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第13話
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キルクトーヤがナハトの養子になったのはキルクトーヤが十四歳のときだ。キルクトーヤはどこにでもいる平凡な三人家族だった。故郷のアンバラは山裾の村で、村人の多くが羊を飼って生計を立てていた。キルクトーヤ一家もその例にもれず、羊を飼って暮らしていた。
その日――両親が死んだ日は冬の終わりだった。キルクトーヤはその日を忘れたことはない。木の葉の上に薄く残った雪の様子や、空を飛ぶ鳥の模様まで思い出すことができる。
その日、朝食を終えると父母は出かける準備をはじめた。母親はパンを買いに、父親は新しいブーツを買おうと言っていた。母親はキルクトーヤとお揃いの茶色い髪に茶色い目をしていた。父親は黒髪黒目で、羊飼いらしくよく日に焼けていた。
母親がキルクトーヤに尋ねた。
「いっしょに行く?」
キルクトーヤは答えた。彼は十四歳になったばかりだった。
「寒いから家にいるよ」
「そう? じゃあ、犬たちに餌やりをお願いね」
父が言う。
「なにか欲しいものはあるか?」
「ううん。大丈夫」
これが、キルクトーヤと両親の最後の会話になった。
夕方になっても、両親は戻ってこなかった。キルクトーヤはおかしいと思いながらも犬に餌をやり、羊たちを小屋に入れた。
そうしていると、隣人が家のドアを叩いた。
「はい」
「ああ! キルクトーヤ、大変だ……!」
血相を変えた隣人について行くと、冷たくなった両親と再会した。彼らは村の小さな診療所に横たわっていた。
「荷車が横転して、その下敷きに……」
村の憲兵があらぬ方向を向きながらそう説明した。キルクトーヤは目を見開いて、両親の顔を見つめた。彼らは苦悶に顔をゆがめている。
「荷車って……」
「……寝藁を運んでいたようだな」
「……藁……?」
キルクトーヤがそこから何かを言うより先に、年老いた憲兵は言った。
「キルクトーヤ、お前はまだ子どもだ」
「……もう十四歳です」
「十四歳には守ってくれる大人が必要だ。どうだね、儂の知り合いに、ずっと養子を探している方がいるんだが……王都エクメーネの大商人さまだ。お前のためになる話だとは思わんかね?」
「……」
突然の話に、キルクトーヤは言葉を失う。なぜいまこの憲兵はそんな話をするのだろう。憲兵はキルクトーヤを見ようともしない。彼はこの辺境の村の唯一の憲兵だった。年老いているが、村人からの信頼も厚い。しかし――。
キルクトーヤは思考する力を失っていた。何か変だ、待ってくれ、という言葉は音にならず、気が付いたらナハトと名乗る商人が迎えの馬車を寄越してきて村を離れることになった。
犬、羊、隣人、友人。キルクトーヤのそれまでの人生を作ったすべてのものに満足に別れを告げることもできないまま、彼はエクメーネに連れて来られた。
ナハトはエクメーネの郊外の屋敷の玄関でキルクトーヤを出迎えた。彼は黒い髪の巨漢で、足が不自由だった。
彼は両手を広げながら言った。
「待っていたよ、私の天使」
ナハトはキルクトーヤを天使と呼んだ。キルクトーヤはそれを別段何とも思わなかった。ナハトは結婚しておらず、子どももいなかった。子どもを望んだ彼が養子を天使と呼んでかわいがっていても、不思議ではなかった。
それからナハトがキルクトーヤに与えたものは、広い屋敷の中の三つの部屋に、贅沢な食事、衣裳部屋に入りきらないほどの衣服であった。
キルクトーヤの生活は一変した。それは片田舎で生まれ育ったキルクトーヤが経験したことのない生活だった。
キルクトーヤはすぐにナハトに感謝をした。勉強して、息子のいない彼の役に立ちたいとさえ思った。しかし、それはナハトが豹変し、キルクトーヤを地下室に閉じ込めるようになるまでの短い間の話だ。
その日――両親が死んだ日は冬の終わりだった。キルクトーヤはその日を忘れたことはない。木の葉の上に薄く残った雪の様子や、空を飛ぶ鳥の模様まで思い出すことができる。
その日、朝食を終えると父母は出かける準備をはじめた。母親はパンを買いに、父親は新しいブーツを買おうと言っていた。母親はキルクトーヤとお揃いの茶色い髪に茶色い目をしていた。父親は黒髪黒目で、羊飼いらしくよく日に焼けていた。
母親がキルクトーヤに尋ねた。
「いっしょに行く?」
キルクトーヤは答えた。彼は十四歳になったばかりだった。
「寒いから家にいるよ」
「そう? じゃあ、犬たちに餌やりをお願いね」
父が言う。
「なにか欲しいものはあるか?」
「ううん。大丈夫」
これが、キルクトーヤと両親の最後の会話になった。
夕方になっても、両親は戻ってこなかった。キルクトーヤはおかしいと思いながらも犬に餌をやり、羊たちを小屋に入れた。
そうしていると、隣人が家のドアを叩いた。
「はい」
「ああ! キルクトーヤ、大変だ……!」
血相を変えた隣人について行くと、冷たくなった両親と再会した。彼らは村の小さな診療所に横たわっていた。
「荷車が横転して、その下敷きに……」
村の憲兵があらぬ方向を向きながらそう説明した。キルクトーヤは目を見開いて、両親の顔を見つめた。彼らは苦悶に顔をゆがめている。
「荷車って……」
「……寝藁を運んでいたようだな」
「……藁……?」
キルクトーヤがそこから何かを言うより先に、年老いた憲兵は言った。
「キルクトーヤ、お前はまだ子どもだ」
「……もう十四歳です」
「十四歳には守ってくれる大人が必要だ。どうだね、儂の知り合いに、ずっと養子を探している方がいるんだが……王都エクメーネの大商人さまだ。お前のためになる話だとは思わんかね?」
「……」
突然の話に、キルクトーヤは言葉を失う。なぜいまこの憲兵はそんな話をするのだろう。憲兵はキルクトーヤを見ようともしない。彼はこの辺境の村の唯一の憲兵だった。年老いているが、村人からの信頼も厚い。しかし――。
キルクトーヤは思考する力を失っていた。何か変だ、待ってくれ、という言葉は音にならず、気が付いたらナハトと名乗る商人が迎えの馬車を寄越してきて村を離れることになった。
犬、羊、隣人、友人。キルクトーヤのそれまでの人生を作ったすべてのものに満足に別れを告げることもできないまま、彼はエクメーネに連れて来られた。
ナハトはエクメーネの郊外の屋敷の玄関でキルクトーヤを出迎えた。彼は黒い髪の巨漢で、足が不自由だった。
彼は両手を広げながら言った。
「待っていたよ、私の天使」
ナハトはキルクトーヤを天使と呼んだ。キルクトーヤはそれを別段何とも思わなかった。ナハトは結婚しておらず、子どももいなかった。子どもを望んだ彼が養子を天使と呼んでかわいがっていても、不思議ではなかった。
それからナハトがキルクトーヤに与えたものは、広い屋敷の中の三つの部屋に、贅沢な食事、衣裳部屋に入りきらないほどの衣服であった。
キルクトーヤの生活は一変した。それは片田舎で生まれ育ったキルクトーヤが経験したことのない生活だった。
キルクトーヤはすぐにナハトに感謝をした。勉強して、息子のいない彼の役に立ちたいとさえ思った。しかし、それはナハトが豹変し、キルクトーヤを地下室に閉じ込めるようになるまでの短い間の話だ。
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