白猫と時渡りの杖

深山恐竜

文字の大きさ
15 / 44

第14話

しおりを挟む

 ナハトが豹変したきっかけは、ほんのささいな出来事だった。

 キルクトーヤがナハトの屋敷に引き取られてから二か月が過ぎた頃、キルクトーヤは郷里の友人たちから手紙が届かないことを不審に思いはじめていた。キルクトーヤは何度も手紙を書いたが、誰に書いても、何を書いても返事がない。
 キルクトーヤは使用人をつかまえて尋ねた。

「あの……僕に手紙は来ていませんか」
 使用人は答える。
「さあ。見ていませんね」
「……僕の手紙、出しておいてくれましたか」
 使用人は大袈裟に仰け反る。疑われることは心外だ、とでもいいたげに。
「ええ。出しましたよ、ちゃんと。ご友人たちは忙しいのかもしれませんね」
 使用人は神経質そうにずれた眼鏡をなおした。彼は黒髪黒目で細身であった。彼はその顔に似合わない大きな眼鏡をかけていた。

 ナハトの屋敷には年老いた執事と料理人、そして目の前の使用人しかいない。ナハトは大商人であったが、人を傍におきたがらなかった。それで仕方なく、キルクトーヤはまたその使用人に手紙を託した。
「はいはい。ちゃんと出しておきますからね」
 そう言って使用人は手紙を受け取った。

 しかし、キルクトーヤは見てしまった。
 その日、キルクトーヤは使用人の後ろをつけた。使用人はキルクトーヤから手紙を受け取ったその足で厨に入っていった。彼が去ったあと、厨のごみ箱を見ると、キルクトーヤの手紙が入っていた。

 キルクトーヤは手紙を見つけるとすぐにそのことをナハトに訴えたが、ナハトは「見間違いだろう」と言ってとりあわなかった。
 このとき、はじめてキルクトーヤはナハトに不審感を持った。

 翌日、キルクトーヤは自分で手紙を出しに行くことにした。朝食の席でそうナハトに頼んだが、ナハトは首を横に振った。
「手紙は必ず使用人に渡しなさい」
「なぜですか?」
 キルクトーヤは尋ねたが、ナハトはそれには答えない。彼は話題を変える。
「お肉、おいしいかい?」
「え? あ、はい」
 キルクトーヤはちょうど肉を切り分けたところだった。そのまま口の中に肉を運ぶ。
 その瞬間、ナハトが食卓を叩いた。
「だめだ‼ だめだ‼ だめだ‼」
 叫びながら、彼は何度も拳を叩きつける。陶器がぶつかる鈍い音が響く。
「いいか⁉ 私の天使はね‼ 肉は食べないんだよ‼」
 キルクトーヤはあっけにとられながらも頷く。
「……はい……」

 キルクトーヤはフォークを置く。ナハトは爛々とした目でキルクトーヤを睨みつけ続ける。
 ――肉も駄目なのか……。
 キルクトーヤは小さく息を吐いた。
 ――昨日まではよかったのに。

 ナハトの屋敷の中で、キルクトーヤにはさまざまな決まりごとを課せられた。着る服も食べるものもすべてナハトが決めた。彼の中の理想の「天使」にキルクトーヤを近づけようとしているのだ。
 最初、キルクトーヤはナハトの「天使」になれるように努力をした。しかし、ナハトが掲げる「天使」像は日によって変わった。

 ――まるで、存在しないものを追いかけているみたいだ。

 キルクトーヤは「天使」になるのを早々に諦めていた。
 キルクトーヤが黙ってからも、ナハトは怒鳴り続けている。彼は一度こうなるとしばらく怒りが収まらないのだ。そして一日が過ぎると「謝罪をさせてくれ」とキルクトーヤの足元に跪くのが常であった。

 キルクトーヤはもうナハトの激昂に慣れてしまっていた。ナハトの怒声を聞きながら、頭ではどうやって手紙を出すか、そればかりを考えていた。
 ナハトの屋敷にやってきてから、キルクトーヤは毎日学校に通わせてもらっていた。学校はエクメーネの市街地にあり、屋敷からは馬車を使っていた。
 御者をつとめるのはあの眼鏡の使用人だ。目を盗んで手紙を出すにはどうすればいいか――。
 
 長い思考の末、キルクトーヤの頭にひとつの案が思い浮かんだ。
 ――うん。この方法なら手紙が出せるぞ。

 キルクトーヤはひとり頷いた。
 それに気が付かず、ナハトはわめきながら皿を投げつけた。熱いスープがキルクトーヤにの腕にかかった。
 スープは熱く、キルクトーヤは顔をしかめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています

東院さち
BL
サイラスが前世を思い出したのは義姉となったプリメリアと出会った時だった。この世界は妹が前世遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分が攻略対象だと気付いたサイラスは、プリメリアが悪役令嬢として悲惨な結末を迎えることを思い出す。プリメリアを助けるために、サイラスは行動を起こす。 一人目の攻略対象者は王太子アルフォンス。彼と婚約するとプリメリアは断罪されてしまう。プリメリアの代わりにアルフォンスを守り、傷を負ったサイラスは何とか回避できたと思っていた。 ところが、サイラスと乙女ゲームのヒロインが入学する直前になってプリメリアを婚約者にとアルフォンスの父である国王から話が持ち上がる。 サイラスはゲームの強制力からプリメリアを救い出すために、アルフォンスの婚約者となる。 そして、学園が始まる。ゲームの結末は、断罪か、追放か、それとも解放か。サイラスの戦いが始まる。と、思いきやアルフォンスの様子がおかしい。ヒロインはどこにいるかわからないし、アルフォンスは何かとサイラスの側によってくる。他の攻略対象者も巻き込んだ学園生活が始まった。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...