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四章 イザベラ編
イザベラ・ツー・レーゼンハウゼンの退屈
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「左から、鼻が曲がってる、服のセンスがない、歳とりすぎ、若すぎ……なにこれ、絵? 画家のセンスがない。せめて写真にしてよ。以上」
どいつもこいつも、平凡な人間ばかり。使用人の持っているお見合い写真にケチをつけるのが、私の毎朝の日課だった。
「ですがお嬢様……」
「『毎回毎回、朝から面倒事を起こすなよ。俺だって、好きでガキの面倒を見てるわけじゃないんだ』――わぁ、ひどーい」
「……」
父に雇われた使用人も、初めのうちは残念そうにため息をついたりしてみせていたが、最近はでは表情ひとつ変えない。心を読まなくても、舌打ちを我慢したのは丸わかりだった。音も立てずに何枚もの写真を片付ける。これもいつものこと。私の退屈な日常。
ハイヒールをコツコツ鳴らして食卓の椅子に座った。私の生活は、退屈な上に窮屈な決まりごとがいくつもあった。女はひらひらしたスカートを履かなければならない、靴は紺のハイヒール、食器は外側から、パンをスープに浸すのは下品――枚挙にいとまがない。
「ベラ、そろそろ結婚相手を見つけてもいいんじゃないか。もう十六歳だろ?」
父のエルンストが私の隣の席に座った。どこまでも伸びる長テーブルに、私たち二人しか座っていないというのはなんだか違和感がある。
六年前に亡くなった母の席は、朝は空席であることが多かった。もちろんディナーでは、毎日違う女性が座っていた。
パンをちぎっては口に運ぶ。味なんてするはずなかった。ちょっと食事をするためにコルセットを締め上げて、ひらひらの服を着て、なにが楽しいのか理解に苦しむ。
料理人も、使用人も、メイドも、各々がくだらないことを考えていて頭が痛い。もぐもぐ、咀嚼することに意識を集中させた。
「なぁ、ベラ。聞いてるのか」
ウザいウザい。しつこい男はモテないよ。私はこんな、贅沢好きのセクハラオヤジなんて気持ち悪くて仕方ないけど、世間の評価は真反対だった。
父さんは世界大戦での功績が認められ、ちょっとした有名人だった。そうでなければ、貴族のお母さんと結婚できるはずがない。レーゼンハウゼン家は『全国魔法連盟』の重鎮で、一族は特別な“能力”を継承していた――それは、私も例外ではない。
父は婿養子であることをたびたびからかわれ、新政権の首相との仲は、お世辞にも良好なものとは言えなかった。
私の結婚相手に口を挟んでくるのも、自分の地位や、体裁や、ちっぽけな自尊心を保つためでしかない。そんな退屈な人生があるだろうか。一人で敵の戦闘機を二十機以上撃墜させたという彼の偉業も、現在の姿からはとても想像がつかなかった。
「だーかーらー、良い人がいたらすぐにでも結婚するってば!」
「そうやって選り好みしてると――」
「大丈夫大丈夫、そんなに心配することないって!」
食欲が失せる。吐き気さえ催した。袖に施されている、ひらひらのレースが邪魔で仕方ない。食べかけのパンを皿の上に置いて、ナプキンで丁寧に唇を拭った。
「ごちそうさま」
「もういいのか?」
「……」
黙って立ち上がった。使用人たちの間を通り抜けて、広い屋敷の階段を上る。ほとんど全員、私のことを気味悪がっている。そりゃそうだ、私だって好きで他人の頭の中を覗いているわけじゃない。朝からドッと疲労感に襲われる。
毎日写真を見る。ときたま、著名な画家に描かせた絵を送ってくる男もいた。その中の誰ひとり、私に会いにこようとしない。
写真を送るだけ。それって、なんだかとってもつまらない。私のことなんてどうでもよくて、私の家柄や特別な能力だけが欲しい。そんなのわかりきっていた。退屈な人間に興味なんて湧くはずがない。
絵本に出てくるような白馬の王子様を求めてるわけじゃない。私を満足させる面白い男、それだけでいいのに。
どいつもこいつも、平凡な人間ばかり。使用人の持っているお見合い写真にケチをつけるのが、私の毎朝の日課だった。
「ですがお嬢様……」
「『毎回毎回、朝から面倒事を起こすなよ。俺だって、好きでガキの面倒を見てるわけじゃないんだ』――わぁ、ひどーい」
「……」
父に雇われた使用人も、初めのうちは残念そうにため息をついたりしてみせていたが、最近はでは表情ひとつ変えない。心を読まなくても、舌打ちを我慢したのは丸わかりだった。音も立てずに何枚もの写真を片付ける。これもいつものこと。私の退屈な日常。
ハイヒールをコツコツ鳴らして食卓の椅子に座った。私の生活は、退屈な上に窮屈な決まりごとがいくつもあった。女はひらひらしたスカートを履かなければならない、靴は紺のハイヒール、食器は外側から、パンをスープに浸すのは下品――枚挙にいとまがない。
「ベラ、そろそろ結婚相手を見つけてもいいんじゃないか。もう十六歳だろ?」
父のエルンストが私の隣の席に座った。どこまでも伸びる長テーブルに、私たち二人しか座っていないというのはなんだか違和感がある。
六年前に亡くなった母の席は、朝は空席であることが多かった。もちろんディナーでは、毎日違う女性が座っていた。
パンをちぎっては口に運ぶ。味なんてするはずなかった。ちょっと食事をするためにコルセットを締め上げて、ひらひらの服を着て、なにが楽しいのか理解に苦しむ。
料理人も、使用人も、メイドも、各々がくだらないことを考えていて頭が痛い。もぐもぐ、咀嚼することに意識を集中させた。
「なぁ、ベラ。聞いてるのか」
ウザいウザい。しつこい男はモテないよ。私はこんな、贅沢好きのセクハラオヤジなんて気持ち悪くて仕方ないけど、世間の評価は真反対だった。
父さんは世界大戦での功績が認められ、ちょっとした有名人だった。そうでなければ、貴族のお母さんと結婚できるはずがない。レーゼンハウゼン家は『全国魔法連盟』の重鎮で、一族は特別な“能力”を継承していた――それは、私も例外ではない。
父は婿養子であることをたびたびからかわれ、新政権の首相との仲は、お世辞にも良好なものとは言えなかった。
私の結婚相手に口を挟んでくるのも、自分の地位や、体裁や、ちっぽけな自尊心を保つためでしかない。そんな退屈な人生があるだろうか。一人で敵の戦闘機を二十機以上撃墜させたという彼の偉業も、現在の姿からはとても想像がつかなかった。
「だーかーらー、良い人がいたらすぐにでも結婚するってば!」
「そうやって選り好みしてると――」
「大丈夫大丈夫、そんなに心配することないって!」
食欲が失せる。吐き気さえ催した。袖に施されている、ひらひらのレースが邪魔で仕方ない。食べかけのパンを皿の上に置いて、ナプキンで丁寧に唇を拭った。
「ごちそうさま」
「もういいのか?」
「……」
黙って立ち上がった。使用人たちの間を通り抜けて、広い屋敷の階段を上る。ほとんど全員、私のことを気味悪がっている。そりゃそうだ、私だって好きで他人の頭の中を覗いているわけじゃない。朝からドッと疲労感に襲われる。
毎日写真を見る。ときたま、著名な画家に描かせた絵を送ってくる男もいた。その中の誰ひとり、私に会いにこようとしない。
写真を送るだけ。それって、なんだかとってもつまらない。私のことなんてどうでもよくて、私の家柄や特別な能力だけが欲しい。そんなのわかりきっていた。退屈な人間に興味なんて湧くはずがない。
絵本に出てくるような白馬の王子様を求めてるわけじゃない。私を満足させる面白い男、それだけでいいのに。
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