ドレスデンのドリルきゅん

つなかん

文字の大きさ
47 / 124
七章 ブロン家編

エルマーの色弱

しおりを挟む
「なーにしてるんすか。お茶するなら呼んでくれたらよかったのに~」

 間の抜けた声がテラスをかけぬけた。一斉に、六つの瞳が声の主のほうへ向く。末の弟、エルマーはヒッと小さく息を飲んだ。

「今女子会だから立ち入り禁止!」
「え~」

 フローラがぴしゃりと言うと、エルマーはそれ以上近づいてくることはなかった。月末の誕生日で六歳を迎える彼は、退屈そうにテラスの端に座り込んだ。姉たちのヘアアレンジを請け負うほど手先が器用だというのに、本人の髪は左右非対称に切られていた。姉たちには不評で、しかし当の本人は大のお気に入りらしい。

「その髪の色、なんとかならないの?」
「え~、これかっこよくない?」

 グレーテはいよいよ頭を抱えた。髪型だけでなく、エルマーは色彩センスも他人とズレていた。ピンクや、緑や、黄色の、まだら模様に洗髪された髪を、グレーテ以外に指摘する者はいなかった。それも、本人は灰色でカッコイイとさえ思っているのだから問題だ。

「向こうでこれ、食べてきなさい」
「はぁい……どうせなら、ザッハトルテがよかったのに」

 グレーテは小さく指を動かして影を操作した。残っているサンドイッチを盆ごとエルマーに渡す。
 エルマーは不満げに唇をとがらせ、ぶつぶつ文句を言っていたが、それ以上食い下がることはなかった。姉たちに逆らっても意味がないことを、幼いながらに知っていた。


「あの子、やっぱり目が変よね」

 フローラがボソリと呟いた。食事を終えた彼女たちの足は、もうぶらぶら揺れてはいない。尊大に足を組み、上半身はお互いの身体に腕を回してピッタリくっついている。

「それでも我が家では、一番まとも・・・だけれど」

 グレーテは目の前の紅茶のカップに触れた。もうすっかり冷めてしまっていたが、それを持ち上げ、口に運ぶことはしなかった。代わりに、マフラーの静電気で傷んだ髪を撫でつける。

「もうすぐエルマーの誕生日パーティだよ」
「新しい絵画を買うんだって、ソワソワしてたわ」

 フィーネもフローラも、グレーテのことなど気にしていないようだった。お互いぴったりくっついて、親しげにアイコンタクトを送り合っている。

「あの子、物を見る目はあるものね」
「色はわからないのに?」
「これは“お目が高い”、ってね」

 フローラが声をあげて笑った。三つ編みで輪を作った髪に、西に傾いた太陽が反射して神秘的に輝いた。彼女の持つ不思議な魅力のおかげで、それは王冠のようにも見えた。

「はいはい」

 グレーテはもう注意するのを諦めたようだ。飛ぶ教室発禁図書に再び手を伸ばす。物語の世界の没入したほうが幸せになれる。姉や、妹たちの振る舞いを幼い頃から見てきた、グレーテの身につけた処世術でもあった。

「グレーテ姉さんが毎朝掃除するもんだから、あの子最近地下室に興味津々よ」
「だめよまだ」

 フローラの言葉には返事せざるを得なかった。エルマーはまだ、オスカーののことを知らない。彼の存在さえ。
 まだ知る必要はない、とグレーテは考えていたが、他の家族の意見は違っていた。傍若無人に振る舞うベッティーナは、たびたび不用意にオスカーの名前を出した。悪戯好きのフィーネやフローラも、なにをしでかすかわからない。

「え~、姉さんってば本当真面目。つまんないの」
「うん、つまんないよね」

 フローラが上品に微笑んで、フィーネは彼女の首に腕を回した。二人はお互いに、光り輝く瞳で目配せをする。フィーネの口角がニヤッと上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...