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七章 ブロン家編
エルマーの色弱
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「なーにしてるんすか。お茶するなら呼んでくれたらよかったのに~」
間の抜けた声がテラスをかけぬけた。一斉に、六つの瞳が声の主のほうへ向く。末の弟、エルマーはヒッと小さく息を飲んだ。
「今女子会だから立ち入り禁止!」
「え~」
フローラがぴしゃりと言うと、エルマーはそれ以上近づいてくることはなかった。月末の誕生日で六歳を迎える彼は、退屈そうにテラスの端に座り込んだ。姉たちのヘアアレンジを請け負うほど手先が器用だというのに、本人の髪は左右非対称に切られていた。姉たちには不評で、しかし当の本人は大のお気に入りらしい。
「その髪の色、なんとかならないの?」
「え~、これかっこよくない?」
グレーテはいよいよ頭を抱えた。髪型だけでなく、エルマーは色彩センスも他人とズレていた。ピンクや、緑や、黄色の、まだら模様に洗髪された髪を、グレーテ以外に指摘する者はいなかった。それも、本人は灰色でカッコイイとさえ思っているのだから問題だ。
「向こうでこれ、食べてきなさい」
「はぁい……どうせなら、ザッハトルテがよかったのに」
グレーテは小さく指を動かして影を操作した。残っているサンドイッチを盆ごとエルマーに渡す。
エルマーは不満げに唇をとがらせ、ぶつぶつ文句を言っていたが、それ以上食い下がることはなかった。姉たちに逆らっても意味がないことを、幼いながらに知っていた。
「あの子、やっぱり目が変よね」
フローラがボソリと呟いた。食事を終えた彼女たちの足は、もうぶらぶら揺れてはいない。尊大に足を組み、上半身はお互いの身体に腕を回してピッタリくっついている。
「それでも我が家では、一番まともだけれど」
グレーテは目の前の紅茶のカップに触れた。もうすっかり冷めてしまっていたが、それを持ち上げ、口に運ぶことはしなかった。代わりに、マフラーの静電気で傷んだ髪を撫でつける。
「もうすぐエルマーの誕生日パーティだよ」
「新しい絵画を買うんだって、ソワソワしてたわ」
フィーネもフローラも、グレーテのことなど気にしていないようだった。お互いぴったりくっついて、親しげにアイコンタクトを送り合っている。
「あの子、物を見る目はあるものね」
「色はわからないのに?」
「これは“お目が高い”、ってね」
フローラが声をあげて笑った。三つ編みで輪を作った髪に、西に傾いた太陽が反射して神秘的に輝いた。彼女の持つ不思議な魅力のおかげで、それは王冠のようにも見えた。
「はいはい」
グレーテはもう注意するのを諦めたようだ。飛ぶ教室に再び手を伸ばす。物語の世界の没入したほうが幸せになれる。姉や、妹たちの振る舞いを幼い頃から見てきた、グレーテの身につけた処世術でもあった。
「グレーテ姉さんが毎朝掃除するもんだから、あの子最近地下室に興味津々よ」
「だめよまだ」
フローラの言葉には返事せざるを得なかった。エルマーはまだ、オスカーの墓のことを知らない。彼の存在さえ。
まだ知る必要はない、とグレーテは考えていたが、他の家族の意見は違っていた。傍若無人に振る舞うベッティーナは、たびたび不用意にオスカーの名前を出した。悪戯好きのフィーネやフローラも、なにをしでかすかわからない。
「え~、姉さんってば本当真面目。つまんないの」
「うん、つまんないよね」
フローラが上品に微笑んで、フィーネは彼女の首に腕を回した。二人はお互いに、光り輝く瞳で目配せをする。フィーネの口角がニヤッと上がった。
間の抜けた声がテラスをかけぬけた。一斉に、六つの瞳が声の主のほうへ向く。末の弟、エルマーはヒッと小さく息を飲んだ。
「今女子会だから立ち入り禁止!」
「え~」
フローラがぴしゃりと言うと、エルマーはそれ以上近づいてくることはなかった。月末の誕生日で六歳を迎える彼は、退屈そうにテラスの端に座り込んだ。姉たちのヘアアレンジを請け負うほど手先が器用だというのに、本人の髪は左右非対称に切られていた。姉たちには不評で、しかし当の本人は大のお気に入りらしい。
「その髪の色、なんとかならないの?」
「え~、これかっこよくない?」
グレーテはいよいよ頭を抱えた。髪型だけでなく、エルマーは色彩センスも他人とズレていた。ピンクや、緑や、黄色の、まだら模様に洗髪された髪を、グレーテ以外に指摘する者はいなかった。それも、本人は灰色でカッコイイとさえ思っているのだから問題だ。
「向こうでこれ、食べてきなさい」
「はぁい……どうせなら、ザッハトルテがよかったのに」
グレーテは小さく指を動かして影を操作した。残っているサンドイッチを盆ごとエルマーに渡す。
エルマーは不満げに唇をとがらせ、ぶつぶつ文句を言っていたが、それ以上食い下がることはなかった。姉たちに逆らっても意味がないことを、幼いながらに知っていた。
「あの子、やっぱり目が変よね」
フローラがボソリと呟いた。食事を終えた彼女たちの足は、もうぶらぶら揺れてはいない。尊大に足を組み、上半身はお互いの身体に腕を回してピッタリくっついている。
「それでも我が家では、一番まともだけれど」
グレーテは目の前の紅茶のカップに触れた。もうすっかり冷めてしまっていたが、それを持ち上げ、口に運ぶことはしなかった。代わりに、マフラーの静電気で傷んだ髪を撫でつける。
「もうすぐエルマーの誕生日パーティだよ」
「新しい絵画を買うんだって、ソワソワしてたわ」
フィーネもフローラも、グレーテのことなど気にしていないようだった。お互いぴったりくっついて、親しげにアイコンタクトを送り合っている。
「あの子、物を見る目はあるものね」
「色はわからないのに?」
「これは“お目が高い”、ってね」
フローラが声をあげて笑った。三つ編みで輪を作った髪に、西に傾いた太陽が反射して神秘的に輝いた。彼女の持つ不思議な魅力のおかげで、それは王冠のようにも見えた。
「はいはい」
グレーテはもう注意するのを諦めたようだ。飛ぶ教室に再び手を伸ばす。物語の世界の没入したほうが幸せになれる。姉や、妹たちの振る舞いを幼い頃から見てきた、グレーテの身につけた処世術でもあった。
「グレーテ姉さんが毎朝掃除するもんだから、あの子最近地下室に興味津々よ」
「だめよまだ」
フローラの言葉には返事せざるを得なかった。エルマーはまだ、オスカーの墓のことを知らない。彼の存在さえ。
まだ知る必要はない、とグレーテは考えていたが、他の家族の意見は違っていた。傍若無人に振る舞うベッティーナは、たびたび不用意にオスカーの名前を出した。悪戯好きのフィーネやフローラも、なにをしでかすかわからない。
「え~、姉さんってば本当真面目。つまんないの」
「うん、つまんないよね」
フローラが上品に微笑んで、フィーネは彼女の首に腕を回した。二人はお互いに、光り輝く瞳で目配せをする。フィーネの口角がニヤッと上がった。
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