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ブレーメンに死す
ハノー・ブッデンブローク
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白い壁、白い床、シーツも白衣も全部白。病院なんて滅多に訪れない私にとっては異世界そのもので、鼻に抜ける消毒液の匂いや、せかせかしている看護師さんたちの足音にすら緊張した。この白い空間の中で、私だけが黒い。夏用のワンピースの裾がヒラヒラ揺れた。
来館者用のネームプレートを首からかけ、静かにリノリウムの床を踏みしめた。壁には手すりがついていて、それから一週間分の献立表なんかが書かれたチラシが貼られている。外の、災害級の暑さなんてまったく感じられないほどガンガンにエアコンが効いているおかげでやっと汗が引いてきた。
大きな扉の前で立ち止まる。当然のように個室、実家が太いから強オタやれてるって噂はどうやら本当のようだ。
――舞城あやか。ここだ、たぶん、きっと。あやちゃんがインターネットから姿を消したのは随分前からずっと話題になっていた。あれだけたくさんグッズを集め、ライブに参戦し、掲示板でリーゼロッテの悪口を書きまくっていたんだから、いなくなってすぐにちょっとしたニュースになった。スレッドだっていくつか立ったし、ハイネTO死亡説、不謹慎な内容もバンバン流れていた。
悪口、嫉妬、誹謗中傷、現実なんて好きじゃない。私が見ている世界なんて上澄みの綺麗なもので、本当はもっとずっと汚いものだってことくらい知っている。ろ過されて、見ることを許された上層の空気ですらこんなに息苦しいのに――空想の世界に逃避するのに、そう時間はかからなかった。
エルマー・ブロン――オタクは自分に似ているキャラを好きになるって本当なのかも。幼稚舎から受験なんてしたことなくて、ピアノやバイオリンをのんびり嗜んで、真剣に取り組んだことがあるのはイラストだけ。周りもそんな子たちばっかりで、当たり前のように二十歳まで生きてきた。
エルマーはBL漫画を描くことしか楽しみがなかった私に面白い世界を見せてくれた。ライブに行ったり、コラボカフェで遊ぶ友達ができた。初めて同人誌を作った。グッズもチケットもたくさん集めた。
いつしか私は『エルマーのTO』と呼ばれるようになった。絵も上手くてたくさん貢いでるのが凄い、褒め言葉なのはわかっているけれどあまり良い気分にはならなかった。私はただ、現実逃避をしたいだけ。それだけなのに。
「あ、ハノちゃんじゃん! おひさ!」
前にライブ会場で会ったときと同じテンションでちょっとだけ安心した。あやちゃんはいつものように右手にスマホを持っていて、ありえない速度で親指を動かしていた。数年前に生産終了したハイネのスマホケースがチラッと指の間から見える。
明るい口調とは裏腹に表情は険しい。そういえば朝方、同担の先行ブロックに忙しいとかいう内容のツイートを見かけた。
「本当に来てくれたのうれし~。私友達ハノちゃんしかいないもんね!」
私は病室の扉を閉め、近くのパイプ椅子に座った。お見舞いに持ってきたお菓子の詰め合わせはどこに置いたらいいのかよくわからなくて、近くのテーブルに置いておいた。
ベッドの近くに、あやちゃんがいつも現場に持ち歩いていた痛バの亡骸が置かれていた。ぐちゃぐちゃに潰れていて、どう見てもゴミなのに丁寧に汚れを拭き取ったあとがあった。事故に遭った、っていう噂はどうやら本当のことのようだ。
「えっと、トラックに轢かれたって本当なの?」
見慣れているあやちゃんとは少し違った。だって遊ぶときは地雷系か学校の制服を着ていたし、髪だってツインテールにしていた。ライブやコラボカフェのときはヘアメイクを欠かさなかった。
すっぴんのパジャマ姿で、髪をおろしているあやちゃんは子供っぽく見えた。あ、そういえばまだ高校生なんだっけ。舌打ちをしえスマホを放り投げた。私の視線に気づいたのか、ひしゃげた缶バッジが申し訳程度に並んでいる青い痛バに意識を向けた。
「ねぇ聞いてよ、この痛バ気に入ってたのにぐちゃぐちゃになっちゃって本当萎え。しかもライブ最前だったのにICU最前~みたいな」
いつもの、オタク特有の早口でまくし立てる。DMでは頭を打ったって言ってたけど、思ったより元気そうだ。潰れた痛バだけが、事故の凄惨さを物語っている。そのちぐはぐさに思わず目を伏せた。
「そういう問題じゃ……」
「早く退院したいよ~。アニメはここからでも見れるけど、新ビジュで痛バ組みたいし!!」
あやちゃんは何かを思い出したかのように再びスマホ手に取った。あやちゃんのアニメの考察ブログはとても人気で、最近はネットニュースでも取り上げられていた。
けれど、持病の同担拒否を我慢できずに炎上騒ぎとなったのは記憶に新しい。それが、まさか死亡説払拭も兼ねているなんてやっぱり才能だ。私とは違う。なにもかも。
「そういえば最近ハイネレート上がった?」
「えーんそれな! 同担マジ需要ない。アニメ化してから識字障害増えてつらい、ぴえん」
よかった、いつものあやちゃんだ。『ハイネの最古参TO』、トップオタクっていうのは、私ではなくあやちゃんみたいな人のためにある言葉だと思う。たくさんお金も時間もかけている。少々攻撃性は高いけれど、一生懸命オタクをしているのはみんな知っていた。
アニメ考察ブログでは、見当外れなことコメントを片っ端からブロックしているというのがもっぱらの噂だった。今の親指の動きからしてきっと本当にやっている。スマホに向かう視線が真剣に文字を追っていた。
「っていうか、あやちゃんって本名だったんだね」
部屋の入口と同じく、ベッドの上にもデカデカと名前が書かれていた――舞城あやか、ひらがななのかわいい。オタクってこういうときに不便だ。推しの話はいくらでもできるのに、相手の本名だって知らない。
「本名はあやか、全然違うじゃん」
「うーん」
そんなに違うか? ……曖昧に首を捻った。あやちゃんは退屈そうにスマホを投げて(どうしていちいち物を投げるんだろう)、机に積まれているラノベを手に取った。付箋がたくさん貼ってある。そういえばハイネの登場シーンはもう全部暗記してるとか言ってたっけ。
「まぁ、ハノちゃんって絶対名前違うもんね~」
――ハノー・ブッデンブローク。それが私のハンドルネームだ。ブロン家の元ネタ、ブッデンブローク家の人びとから取った。なのに全然オタクたちに伝わらなくて変えようかなって思っていたときにあやちゃんに出会った。エルマーのイラストをタイムラインに流したときだった。
『はじめまして、こんにちは! FF外から失礼します。とっても素敵なイラストなので、ついリプライを送ってしまいました♥ エルマーへの愛を感じます(なんかキラキラした絵文字)』
最初はそんな当たり障りのない内容だったと思う。お互いの推しの話をたくさんした。お金をたくさん使っている様子だったし、言動も大人びていたから、まさか歳下だとは思わなかった。
でも、あやちゃんだけ。あやちゃんだけはハンネを変えなくていいって言ってくれた。コミケの帰りに入ったカラオケで嫌いなオタクの悪口で盛り上がったっけ。
『は? ノーベル文学賞じゃん知らんやつとかいんの?』
あやちゃんにとってはいつもの軽口で、きっと覚えてなんてないんだろうな。クーラーが効きすぎていてちょっと寒い。カラカラに乾いた唇を舐めた。
「名前知らないと不便だよね。こう、入院したときとかさ」
「あー取引飛ばれないようにって? 別にエルマーのオタク他にもたくさんいるから大丈夫だよ」
「う、うーん」
もしかして私嫌われてる? たしかに、あやちゃんは誰か特定の人と親しくするタイプではない。同担拒否だし、新規も好きじゃないみたいだし。どうして私と仲良くしてくれるのか不思議なくらいだ。あやちゃんは本から顔を上げて私に笑いかけた。
「てか同担潰したいとか思わないの? 最近ニワカ多くない? レート上がるのはいいけど~」
「いや、私は別に……」
目を伏せた。同担拒否なんてやってたら界隈じゃ友達なんてできない。私はあやちゃんとは違う。
アニメの2期でまた人が増えたのは事実だ。あやちゃんの推しのハイネは特に人気が出る回だから、潰したくなる気持ちはわかるけど……。
「やばぁ、そんなんじゃTOの座奪われちゃうよ」
その言葉に伏せていた顔をあげた。それだけは有り得ない。トップオタクの称号なんて不名誉でしかないけれど、そうでなければあやちゃんとこうやってお友達になることだって叶わなかっただろう。たいして小説を読んでないようなやつらにだけは負けない。私のほうがエルマーのことをよく知ってるし!
「大丈夫、私のが絶対絵が上手いし」
ニヤッと思わず口角が上がった。自信を持てることはイラストしかなかった。一般入試で大学に入ってきた人たちを見ていたらわかる。私はそこそこにしかお勉強ができない。他人よりも優れていることなんてない。
でも絵だけは、絵を描いているときだけは現実逃避ができる。褒めてもらえる。楽しくて、ここ数年でかなり上達したと思う。全部エルマーのおかげ。
「そういや次のイベント受かったの?」
「……」
同人誌即売会の抽選の話題であることはすぐにわかった。うぅ、それまだショックなんだから。つらくてタイムラインに顔を出せずにいるんだから。当選した連中が憎い。だいたい私を落として、他に誰がマトモな本を出すわけ?
「ま、まぁどっちみち私しばらくはお手伝いに行けないしね」
私の様子から珍しくあやちゃんが気を遣って声をかけてきた。買い子してくれるのはありがたいけど、解釈違いのカプ絨毯爆撃してインスタで同人誌燃やす動画あげるのはなんとかして欲しい。
「そういえばあやちゃんの夢小説なんだけど」
「ん、なにあれ読んだくれたの? ウケる」
いつもはマイピク限定で公開してるのに公開垢で夢小説を書き始めたからびっくりした。同担拒否をこじらせて二次創作も同担に見せたくないって、かなり気合いが入っている。いわゆるトラ転の夢小説はあやちゃんらしい作品ではなかった。
「いつもと違って……なんていうかこう都合よくないっていうか」
そう、大好きなハイネにはずっと嫌われっぱなしだし、誰からも好かれない。まるで現実のあやちゃんそのまま、みたいな内容だった。評価はそれなりにされていて、いくつか好意的なコメントがついているのも見かけた。あやちゃんはため息をついて本をパタンと閉じた。
「やっぱり現実だったのかな~。私の妄想だったら、もっと完璧な世界だったはずだし!」
ベッドに横たわって白い布団を頭から被ってしまった。ブツブツ、アイツに殺されなければ……とか物騒な言葉を呟いている。頭を打っちゃって、それで変な妄想にでも目覚めちゃったのかな?
来館者用のネームプレートを首からかけ、静かにリノリウムの床を踏みしめた。壁には手すりがついていて、それから一週間分の献立表なんかが書かれたチラシが貼られている。外の、災害級の暑さなんてまったく感じられないほどガンガンにエアコンが効いているおかげでやっと汗が引いてきた。
大きな扉の前で立ち止まる。当然のように個室、実家が太いから強オタやれてるって噂はどうやら本当のようだ。
――舞城あやか。ここだ、たぶん、きっと。あやちゃんがインターネットから姿を消したのは随分前からずっと話題になっていた。あれだけたくさんグッズを集め、ライブに参戦し、掲示板でリーゼロッテの悪口を書きまくっていたんだから、いなくなってすぐにちょっとしたニュースになった。スレッドだっていくつか立ったし、ハイネTO死亡説、不謹慎な内容もバンバン流れていた。
悪口、嫉妬、誹謗中傷、現実なんて好きじゃない。私が見ている世界なんて上澄みの綺麗なもので、本当はもっとずっと汚いものだってことくらい知っている。ろ過されて、見ることを許された上層の空気ですらこんなに息苦しいのに――空想の世界に逃避するのに、そう時間はかからなかった。
エルマー・ブロン――オタクは自分に似ているキャラを好きになるって本当なのかも。幼稚舎から受験なんてしたことなくて、ピアノやバイオリンをのんびり嗜んで、真剣に取り組んだことがあるのはイラストだけ。周りもそんな子たちばっかりで、当たり前のように二十歳まで生きてきた。
エルマーはBL漫画を描くことしか楽しみがなかった私に面白い世界を見せてくれた。ライブに行ったり、コラボカフェで遊ぶ友達ができた。初めて同人誌を作った。グッズもチケットもたくさん集めた。
いつしか私は『エルマーのTO』と呼ばれるようになった。絵も上手くてたくさん貢いでるのが凄い、褒め言葉なのはわかっているけれどあまり良い気分にはならなかった。私はただ、現実逃避をしたいだけ。それだけなのに。
「あ、ハノちゃんじゃん! おひさ!」
前にライブ会場で会ったときと同じテンションでちょっとだけ安心した。あやちゃんはいつものように右手にスマホを持っていて、ありえない速度で親指を動かしていた。数年前に生産終了したハイネのスマホケースがチラッと指の間から見える。
明るい口調とは裏腹に表情は険しい。そういえば朝方、同担の先行ブロックに忙しいとかいう内容のツイートを見かけた。
「本当に来てくれたのうれし~。私友達ハノちゃんしかいないもんね!」
私は病室の扉を閉め、近くのパイプ椅子に座った。お見舞いに持ってきたお菓子の詰め合わせはどこに置いたらいいのかよくわからなくて、近くのテーブルに置いておいた。
ベッドの近くに、あやちゃんがいつも現場に持ち歩いていた痛バの亡骸が置かれていた。ぐちゃぐちゃに潰れていて、どう見てもゴミなのに丁寧に汚れを拭き取ったあとがあった。事故に遭った、っていう噂はどうやら本当のことのようだ。
「えっと、トラックに轢かれたって本当なの?」
見慣れているあやちゃんとは少し違った。だって遊ぶときは地雷系か学校の制服を着ていたし、髪だってツインテールにしていた。ライブやコラボカフェのときはヘアメイクを欠かさなかった。
すっぴんのパジャマ姿で、髪をおろしているあやちゃんは子供っぽく見えた。あ、そういえばまだ高校生なんだっけ。舌打ちをしえスマホを放り投げた。私の視線に気づいたのか、ひしゃげた缶バッジが申し訳程度に並んでいる青い痛バに意識を向けた。
「ねぇ聞いてよ、この痛バ気に入ってたのにぐちゃぐちゃになっちゃって本当萎え。しかもライブ最前だったのにICU最前~みたいな」
いつもの、オタク特有の早口でまくし立てる。DMでは頭を打ったって言ってたけど、思ったより元気そうだ。潰れた痛バだけが、事故の凄惨さを物語っている。そのちぐはぐさに思わず目を伏せた。
「そういう問題じゃ……」
「早く退院したいよ~。アニメはここからでも見れるけど、新ビジュで痛バ組みたいし!!」
あやちゃんは何かを思い出したかのように再びスマホ手に取った。あやちゃんのアニメの考察ブログはとても人気で、最近はネットニュースでも取り上げられていた。
けれど、持病の同担拒否を我慢できずに炎上騒ぎとなったのは記憶に新しい。それが、まさか死亡説払拭も兼ねているなんてやっぱり才能だ。私とは違う。なにもかも。
「そういえば最近ハイネレート上がった?」
「えーんそれな! 同担マジ需要ない。アニメ化してから識字障害増えてつらい、ぴえん」
よかった、いつものあやちゃんだ。『ハイネの最古参TO』、トップオタクっていうのは、私ではなくあやちゃんみたいな人のためにある言葉だと思う。たくさんお金も時間もかけている。少々攻撃性は高いけれど、一生懸命オタクをしているのはみんな知っていた。
アニメ考察ブログでは、見当外れなことコメントを片っ端からブロックしているというのがもっぱらの噂だった。今の親指の動きからしてきっと本当にやっている。スマホに向かう視線が真剣に文字を追っていた。
「っていうか、あやちゃんって本名だったんだね」
部屋の入口と同じく、ベッドの上にもデカデカと名前が書かれていた――舞城あやか、ひらがななのかわいい。オタクってこういうときに不便だ。推しの話はいくらでもできるのに、相手の本名だって知らない。
「本名はあやか、全然違うじゃん」
「うーん」
そんなに違うか? ……曖昧に首を捻った。あやちゃんは退屈そうにスマホを投げて(どうしていちいち物を投げるんだろう)、机に積まれているラノベを手に取った。付箋がたくさん貼ってある。そういえばハイネの登場シーンはもう全部暗記してるとか言ってたっけ。
「まぁ、ハノちゃんって絶対名前違うもんね~」
――ハノー・ブッデンブローク。それが私のハンドルネームだ。ブロン家の元ネタ、ブッデンブローク家の人びとから取った。なのに全然オタクたちに伝わらなくて変えようかなって思っていたときにあやちゃんに出会った。エルマーのイラストをタイムラインに流したときだった。
『はじめまして、こんにちは! FF外から失礼します。とっても素敵なイラストなので、ついリプライを送ってしまいました♥ エルマーへの愛を感じます(なんかキラキラした絵文字)』
最初はそんな当たり障りのない内容だったと思う。お互いの推しの話をたくさんした。お金をたくさん使っている様子だったし、言動も大人びていたから、まさか歳下だとは思わなかった。
でも、あやちゃんだけ。あやちゃんだけはハンネを変えなくていいって言ってくれた。コミケの帰りに入ったカラオケで嫌いなオタクの悪口で盛り上がったっけ。
『は? ノーベル文学賞じゃん知らんやつとかいんの?』
あやちゃんにとってはいつもの軽口で、きっと覚えてなんてないんだろうな。クーラーが効きすぎていてちょっと寒い。カラカラに乾いた唇を舐めた。
「名前知らないと不便だよね。こう、入院したときとかさ」
「あー取引飛ばれないようにって? 別にエルマーのオタク他にもたくさんいるから大丈夫だよ」
「う、うーん」
もしかして私嫌われてる? たしかに、あやちゃんは誰か特定の人と親しくするタイプではない。同担拒否だし、新規も好きじゃないみたいだし。どうして私と仲良くしてくれるのか不思議なくらいだ。あやちゃんは本から顔を上げて私に笑いかけた。
「てか同担潰したいとか思わないの? 最近ニワカ多くない? レート上がるのはいいけど~」
「いや、私は別に……」
目を伏せた。同担拒否なんてやってたら界隈じゃ友達なんてできない。私はあやちゃんとは違う。
アニメの2期でまた人が増えたのは事実だ。あやちゃんの推しのハイネは特に人気が出る回だから、潰したくなる気持ちはわかるけど……。
「やばぁ、そんなんじゃTOの座奪われちゃうよ」
その言葉に伏せていた顔をあげた。それだけは有り得ない。トップオタクの称号なんて不名誉でしかないけれど、そうでなければあやちゃんとこうやってお友達になることだって叶わなかっただろう。たいして小説を読んでないようなやつらにだけは負けない。私のほうがエルマーのことをよく知ってるし!
「大丈夫、私のが絶対絵が上手いし」
ニヤッと思わず口角が上がった。自信を持てることはイラストしかなかった。一般入試で大学に入ってきた人たちを見ていたらわかる。私はそこそこにしかお勉強ができない。他人よりも優れていることなんてない。
でも絵だけは、絵を描いているときだけは現実逃避ができる。褒めてもらえる。楽しくて、ここ数年でかなり上達したと思う。全部エルマーのおかげ。
「そういや次のイベント受かったの?」
「……」
同人誌即売会の抽選の話題であることはすぐにわかった。うぅ、それまだショックなんだから。つらくてタイムラインに顔を出せずにいるんだから。当選した連中が憎い。だいたい私を落として、他に誰がマトモな本を出すわけ?
「ま、まぁどっちみち私しばらくはお手伝いに行けないしね」
私の様子から珍しくあやちゃんが気を遣って声をかけてきた。買い子してくれるのはありがたいけど、解釈違いのカプ絨毯爆撃してインスタで同人誌燃やす動画あげるのはなんとかして欲しい。
「そういえばあやちゃんの夢小説なんだけど」
「ん、なにあれ読んだくれたの? ウケる」
いつもはマイピク限定で公開してるのに公開垢で夢小説を書き始めたからびっくりした。同担拒否をこじらせて二次創作も同担に見せたくないって、かなり気合いが入っている。いわゆるトラ転の夢小説はあやちゃんらしい作品ではなかった。
「いつもと違って……なんていうかこう都合よくないっていうか」
そう、大好きなハイネにはずっと嫌われっぱなしだし、誰からも好かれない。まるで現実のあやちゃんそのまま、みたいな内容だった。評価はそれなりにされていて、いくつか好意的なコメントがついているのも見かけた。あやちゃんはため息をついて本をパタンと閉じた。
「やっぱり現実だったのかな~。私の妄想だったら、もっと完璧な世界だったはずだし!」
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