ドレスデンのドリルきゅん

つなかん

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ブレーメンに死す

皆川萌音

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 あ゛~暑い。病院の外はまだ太陽が照りついていた。真っ白な世界からは一転し、木々の緑が揺れている。アスファルトからの熱で息をまともに吸えている気がしない。日傘を広げても、あまり意味がないように思えた。引いていた汗がじわっと吹き出す。
 帰ったらレポートを仕上げなくっちゃ。それからバイトのシフトを提出して……一気に現実が押し寄せてくる。暑すぎて虫だって飛んでいないんだから、人間だって少しくらい休ませてくれてもいいのに。温度差で頭おかしくなっちゃうよ。

 暑さのせいか頭が揺れた。うぅ、早くおうちに帰りたい。ふらふらして気分が悪い。熱気を含んだ風が強く吹いて、持っていた傘が手から離れてしまう。
 駐車場に入ってくる大型トラックが視界の端に映った。ブレーキを強く踏む音と、大きなクラクション、それから――。


   ***


 風が吹いていた。ゆっくり目を開いたけれど、照りつける太陽もアスファルトの固い感触もなかった。薄暗い室内――それも古い応接室のようだった。ふかふかのソファから身体を持ち上げる。

 サウナくらい暑かったのに、この部屋は寒いくらいだ。カーテンがゆらゆら揺れている。外は暗い……今何時なんだろう。クーラーをガンガンにかけた寒さではなく、自然な、人が過ごすのに最適な気温。
 ストロベリーブロンドの髪をした双子の美少女が私の顔を覗き込んでいた。一人は長い髪を編み込みにしていて、もう一人は高い位置でツインテールにしていた。結合双生児で、一つの下半身を共有している。

「大丈夫?」
「ええっと……」
「中庭でぶっ倒れてたんだよ~」

 美少女顔が視界いっぱいに広がる。双頭が揃って私に興味関心を抱いているのがわかる。
 い、異世界トリップだ~! 夢小説みたい! てかこれは夢小説だ、たぶん、おそらく、きっと!! 四つの瞳が私を射抜いた。そのうちの黒い瞳孔が不愉快そうにキラッと光る。

「……あんまりジロジロ見ないでくださる?」

 やば、解釈一致です! お姉様!! え、やば、なに。もしかして今私幻覚見てる? あやちゃんの夢小説と同じ、トラトリ。目の前にいる美人の結合双生児はエルマーのお姉様だ。はわわ~お目にかかれて光栄!
 フローラは注目を集めることが嫌いで、逆にフィーネは大好き。でも、なんで私言葉がわかるんだろう。たぶんあれよねトリップ特典的な?
 あやちゃんは元々ドイツ語を勉強していたから、無効化みたいな強い特典持ってたよね!? うわー、私もドイツ語勉強しとけばよかった~。

「姉さんたちを呼んでこよう」
 
 フィーネが両腕をフローラに絡ませた。ちょうど今アニメでやってるところだから網膜が擦り切れるほど見た光景。白いブラウスに、黒いスカート。本人たちの輝く若い美しさをお膳立てするシンプルな服装だった。
 この解像度はどんな液晶よりも画質が良い。ICU最前――あやちゃんの言っていた言葉が脳内を駆け巡った。

 キビキビ歩いて二人は部屋から出ていってしまった。私はいそいそと髪を撫でつけた。まだ目の前の出来事を受け入れることができない。両手を広げて指を順番に動かす。
 ……どうやったら元の世界に戻れるんだろう。現実なんて好きじゃない。好きじゃないけど、このままずっとここにいるわけにはいかないし。あやちゃんはなにか言ってたっけ。うーん。

 考えごとをしていたらすぐに扉が開かれた。結合双生児が車椅子に乗った黒髪の美女と、マフラーを巻いている痩せた女を連れて戻ってきた。
 ブロン家の四姉妹は特別な絆で結ばれ、部外者には介入できない独特の雰囲気を醸し出していた。私はオタクなので車椅子に乗っている長女、ベッティーナが本当は歩けるということを知っている。あやちゃんの普段着みたいな、派手なゴスロリ服を着ていた。

「グレーテが連れてきたのってこの子?」

 車椅子をまるで王座のように乗りこなし、切れ長でクールな印象を与える瞳を細めた。退屈で仕方ない、私になんて興味ない、私のことなんてどうだっていい、という態度が透けて見えていた。
 尊大な態度のベッティーナとは反対に、車椅子を押すグレーテは目を伏せて口元まで覆われたマフラーを神経質そうに抑えた。埃っぽい地味なワンピースの裾を引っ張っている。

「中庭で倒れてたのよ」

 ボソボソ、舌足らずな言葉を呟いた。マフラーでくぐもっていてさらに聞き取りづらい。フィーネとフローラが抱き合って、部屋の隅でクスクス笑いをしている。

「あなた、名前は?」
「名前……」

 どういうわけか言葉が詰まった。あやちゃんと遊ぶときはハノー・ブッデンブロークとかいうふざけたハンネを名乗っていたから、途中で言葉が迷子になってしまった。
 ベッティーナが怪訝そうに眉をひそめる。美しさに執着している人間特有の過敏な神経が顔を出している。イラついているのは丸わかりだった。

「自分の名前も忘れちゃったの? ウケるね」
「変な服着てるし」

 双子は綺麗な顔を寄せ合ってヒソヒソ笑った。お互いだけがその意味を理解することができるであろう目配せをしている。
 変な服、そうかな? 浮かないようにできるだけ目立たない、一般的な女子大生らしい服を買うようにしてるんだけど。にしてもここ毎日暑すぎてワンピースばっかりだ。黒いワンピース、よく見るとなんだか葬式みたい。

「グレーテ姉さんが勝手に拾ってくるからじゃーん」

 すかさずフィーネが口を挟んだ。ストロベリーブロンドの髪が揺れる。フローラが甘やかすように頭を撫でた。二人の姉たちが、じっとりした視線を双子に注いでいた。

「うちの敷地で人が死んでたなんて見つかったら困るじゃない」
「それもそっか。生きててよかった~」

 いや勝手に殺すなし。フィーネがあっけらかんとした様子で私にニコッと笑いかけた。かわいいからなにをしても許される、ってこういう人のことを言うんだろうなぁ。グレーテが小さく舌打ちをしたのを、私は聞き逃さなかった。

「あ、あの、皆川萌音です……名前」

 控えめに、だけどちゃんと聞こえるように声を張る。ベッティーナが威張りくさった顔つきで鼻を鳴らした。車椅子を漕いで私の前に立ちはだかる。意思の強いアイスグレーの瞳に吸い込まれそうになった。
 幼稚舎からずっと、私の周りにいる人たちと同じ。お金持ち特有の余裕と、それに伴う品格。つい見とれてしまうカリスマ性をビシバシ感じた。
 おもむろに腕がこっちに伸びてきて息を飲む。顎をクイッと持ち上げられた。微笑んで、キツめの美人の表情がふっと柔らかくなる。

「モネ? さん。私あなたのこと気に入っちゃった。しばらくここにいるといいわ」

 あれ、てっきり嫌われたんだと思ってたんだけど。まぁ、元の世界に戻るまで住むところとか必要だしな。
 どっかで見たことがあるような都合の良い展開。なんだろうこれ、うん。あやちゃんの書く夢小説みたい。
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