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1〜10話
よみがえる記憶と足りない情報【上】
胸を占めていた恐怖と不安が、それ以上の衝撃によって塗り替えられる。
鮮やかに、克明に。紙吹雪を投じた河川のように目まぐるしく色を変えながら、とめどなく流れ込む記憶の奔流。
前世の私は普通――より少し地味な、どこにでもいる社会人の一人だった。
学生時代の通学で朝のラッシュにはこりごり。元々インドア派だったこともあり、在宅ワーク推進という言葉に飛びついて会社を決めた。
しかしその実態は、名ばかりの『推進』を掲げて運用面は一切手つかず。出社すれば終電ギリギリまで帰ることを許されない、時代錯誤なブラック企業だったのだ。
美容院にも行けず、髪は伸びっぱなしで肌はボロボロ。たまの休みはひたすら睡眠を貪って終わる。
彼氏はいない。いたこともない。それでも恋愛に憧れる気持ちはあったけれど、誰もが虚ろな目をして働く職場に素敵な出逢いなんてあるわけもなく。身も心も擦り切れそうな、どんより灰色の社会人生活を送っていた。
毎朝、玄関のドアノブにかけた手が止まる。
会社に行きたくない。
何もかも投げ出して逃げてしまいたい。
このまま家から出なければ……。
――そう思うのに、担当する顧客への迷惑を考えると出社せざるをえなかった。
『色とりどりの恋があなたを待っている』
単なる風景の一部だったはずの車内広告に目を奪われたのは、友人から結婚式の招待状が届いた日の翌朝のこと。
その宣伝文句と美しい広告イラストに惹かれ、私はスマホアプリの乙女ゲームに手を出した。
近世ヨーロッパのような街並みを舞台に繰り広げられる、剣と魔法の華やかなファンタジー世界。プレイヤーは魔法学院に入学した主人公となって、聖女としての力を高めつつ、好きなキャラとのハッピーエンドを目指すというもの。
ゲームなんて小学生時代に冒険RPGをやって以来だったけれど、このゲームも最終的には魔王を倒すとあったので、少し親しみが湧いた。
そもそも絵柄が好きでダウンロードしたため、攻略対象は全員文句なしに格好よく見える。迷った挙句とりあえずメインキャラから行くか……と、王子の攻略を目指すことにしてゲームを開始した。
唯一の自由時間ともいえる通勤時間。ラッシュの電車内でイヤホンをつけ、顔面スレスレにスマホをかざして現実から逃避する。
きらめくゲーム画面を見ているあいだだけは、仕事に向かう憂鬱さも、踏まれているつま先の痛みも、摩りきれそうな心身もすべて忘れられるような気がした。
鮮やかに、克明に。紙吹雪を投じた河川のように目まぐるしく色を変えながら、とめどなく流れ込む記憶の奔流。
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学生時代の通学で朝のラッシュにはこりごり。元々インドア派だったこともあり、在宅ワーク推進という言葉に飛びついて会社を決めた。
しかしその実態は、名ばかりの『推進』を掲げて運用面は一切手つかず。出社すれば終電ギリギリまで帰ることを許されない、時代錯誤なブラック企業だったのだ。
美容院にも行けず、髪は伸びっぱなしで肌はボロボロ。たまの休みはひたすら睡眠を貪って終わる。
彼氏はいない。いたこともない。それでも恋愛に憧れる気持ちはあったけれど、誰もが虚ろな目をして働く職場に素敵な出逢いなんてあるわけもなく。身も心も擦り切れそうな、どんより灰色の社会人生活を送っていた。
毎朝、玄関のドアノブにかけた手が止まる。
会社に行きたくない。
何もかも投げ出して逃げてしまいたい。
このまま家から出なければ……。
――そう思うのに、担当する顧客への迷惑を考えると出社せざるをえなかった。
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