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21~30話

美しき一角の獣【下】

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 ユニコーンの訪れを待ちながら、一人ぼんやりと考える。

 魔獣のくせに『うら若き純潔の乙女』が好きだなんて、一体どういう趣味をしているのか。
 乙女の放つ芳香だとか、魂の清廉さだとか、諸説あるけれど、どれも推測の域を出ない。

 単純に好みだけをみれば、好色家の変態と変わらない気が――

「――っ!!」

 ヒュッと吸い込んだ息をすんでのところで押し留める。

 見開いた視線のすぐ先に、ユニコーンの姿があった。


 一体いつの間に現れたのだろう!?
 瞬きをした刹那、気付けばそこに現れていた。

 ユニコーンは酩酊状態に陥ると幻術の維持ができなくなり、姿を現すのだという。
 気配も、足音も、本当に何一つわからなかった。
 これが幻術……。

 幻術の他にも厄介なのは、ユニコーンには魔法攻撃が効かないということだ。
 額の角から発せられる『反魔法作用』により、魔法攻撃はすべて弾かれてしまう。
 私が携帯している護身用のドロドロン強溶解液も魔法薬なので、ユニコーン相手では意味をなさない。
 そういう意味では、魔力を持たず魔法に頼らない戦闘をする第六部隊とは相性がいい獲物といえるだろう。


 ユニコーンがこちらに顔を寄せてくる。
 近くで見る瞳はうっそりと熱にとろけ、まさに夜会で見る酔っぱらいそのもの。

 べろべろに酔っぱらい、若い令嬢たちに男性経験の有無を尋ねては肩や腰に触れようとしてくる変態貴族の姿と重なる。

 のとろけた瞳が全面に私を映し、鼻先が触れそうなほどに近づけられ。
 じっと息を止めて耐えていても、生温かく湿った呼気がぞわぞわと私の頬を撫でる。

 寝入るまでの辛抱。
 寝入るまでの辛抱。

 緩んだ口元から垂れた唾液がぽたりとスカートを打つ感覚に、思わず引きそうになる脚をぐっと抑える。

 変態の口が目の前でおもむろに開いたかと思えば、ぬめぬめと唾液に輝く舌が私に向かって伸び――


「いっ……いやーーーーーっ!!!」


 たまらず悲鳴を上げた瞬間、ユニコーンの目つきがガラリと変わった。
 生まれて初めて向けられた剥き出しの敵意に身がすくむ。

 ユニコーンは一歩後ろに退くと、長く鋭い角を真っ直ぐに構え逃げ場のない至近距離から突進してくる。


 ダメ……逃げられない――っ!


 衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じると同時に、繋がった左手がグンッと動いた。

「きゃっ!」

 左腕が視界を遮るように右方向に突き出され、よろけて後ろ手をつく。

 ブヅッ――

 筋繊維を断ち切るような鈍い音に恐る恐る目を開けば、焦点も合わないほどの至近にユニコーンの角の先端があった。


 ――私を庇うように割って入った、ディノの右肩を貫通して。
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