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21~30話

あなたのために【上】

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「え…………ディノ……?」

 眼前の信じられない光景に声が震える。
 生温かな飛沫が顔にかかり、鉄のにおいが濃く漂っても、どこか遠い世界の出来事のように実感が湧かない。

「ってぇな! ――だが、もう抜けねぇだろ」

 ディノの不敵な声に、忘れていた呼吸を取り戻す。
 遠のいていた感覚が戻り、後方の茂みから駆けつける騎士たちの声も聞こえる。

 角を抜こうと足掻くユニコーンを嘲笑ったディノは、格好の位置に差し出された太い首筋目がけて左手の剣を振り抜いた。




 騎士たちに支えられ、ユニコーンの縄張りから離れた茂みへと移動する。

「ディノ! ディノがっ!」

 マントの上に寝かせられディノの肩からは、どくどくと暗赤色あんせきしょくの血が流れ出している。
 泣き出しそうな私を見て、ディノが血の気の失せた顔で苦笑した。

「んな顔してんな、大丈夫だからよ」

 騎士の一人も、丸めた布で傷口を圧迫しながら明るい声を出す。

「そうだぞ、チェリアちゃん! こんぐれぇの傷、チェリアちゃん特製のワリト・キズナオールをかけりゃ一発で――」

「ダメっ!! ユニコーンの角で受けた傷は『反魔法作用』を帯びて魔法を弾くの! 魔法薬じゃ効かないわ!」

 私を安心させようと笑顔を向けてくれていた騎士が、サッと顔色を変えた。
 辺りに緊張感が走る。

「おい、薬袋を寄越せ! ――――ねぇ! 非魔法薬が一つも入ってねぇぞ!!?」

「なんだと!? くそっ、対ユニコーン用に非魔法薬を用意しとけっつったのに……っ! すまねぇ、最終確認を怠った俺の責任だ!」
「誰の責任かなんざ今はどーでもいいんだよ! とにかく血を止めねぇと!!」

 傷口を抑えた布が見る間に赤く染まっていく。

 うしなうことへの恐怖が足元からゾワリと迫り上がり、私の全身を固く縫い止めようとする。
 ――けれど。

「みんな水筒を出して! 水で傷口を洗い流すの! 魔獣の血がついた服も切って脱がせて! 早く!!」

「おっ、おう!」

 傷口の洗浄。
 清潔の確保。

「まな板とナイフっ! あそこの石を取って! そのフラスコ、なかは蒸留酒!? 貸して!」

 手指と器具の消毒。

「食糧にリモニーがあったでしょう!? 洗い終わった傷口に絞り汁をかけて!」

「けどよ、リモニーなんてかけたら相当痛むんじゃ……」

「いいから早くっ! かけたらまた傷口を強く圧迫!」

 ためらう騎士に有無を言わさず指示を飛ばす。

 殺菌、止血。

「誰か火をおこして! 魔法はダメよ! 非魔法で!」

 袋から取り出した薬草をまな板の上に並べていく。

 血液凝固のルラ。
 血管収縮のティムリーギス。
 強力な抗菌作用を持つメシュノルはほんの少しでいい。
 あと使えそうなものは……。

「さっきの花畑からクスナを根っこごと採ってきて! 私のいた場所近くに咲いてた、四角い花弁の青紫の花! 見ればわかるはずよ!」

「わかった!」

 騎士が花畑の方へ駆けていく。
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