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71~最終話
お店のこと【上】
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コンコンッ
いつもはしないノックをして、しかし返事は待たずに玄関の鍵を開ける。
「お……おはよう、おじいちゃん……」
薄く開いたドアの隙間から顔を覗かせると、おじいちゃんはいつもの席で面白くもなさそうに新聞を読んでいた。
返事はないけれど、ひとまず開口一番『帰れ!』と怒鳴られなかったことに胸を撫で下ろし、ヨルグとともに足を踏み入れる。
ずんと沈んだ心を引きずって足取りも重い。それでもヨルグが悲しみを受け止め、ちゃんと話せば絶対にわかり合えると背中を押してくれたから。
おじいちゃんと二人きりの生活だったならきっと今頃、気持ちがわかってもらえない悲しみとおじいちゃんを傷つけた罪悪感で、話しかけることさえままならずに一人落ち込んでいたと思う。
「えっと……スープを温めるわね」
朝は開店準備で忙しいため、定休日前以外は夕食を作るタイミングで翌朝の分まで作っておくようにしている。
すでにパンとジャム類が置かれているテーブルに、温めたスープを運ぶ。
私の席には昨夜と変わらずお給料の詰まった袋が鎮座していたので、とりあえずそっと横にずらして朝食を並べた。
「ありがとう、美味そうだ」
努めて明るく声をかけてくれるヨルグに、うまく笑みが返せない。
おじいちゃんの分もスープを用意したけれど、果たして手をつけてくれるだろうか……。
正面で新聞を読んでいるおじいちゃんをチラリとうかがい、やっぱり目を合わせる勇気がなくて視線を伏せる。
「い、いただきます……」
中央のパンカゴに手を伸ばすと、おじいちゃんが不意に口を開いた。
「店を継ぎてぇって話は本気か」
「えっ」
まさか話しかけられるとは思っていなかったので、突然のことに反応が遅れる。
もたもたと頭を回転させてようやく内容を理解した私が答えるより早く、おじいちゃんがくり返した。
「本当に、自分の意志でこの店を継ぎてぇと思ってんのか」
「……ええ、私は本気よ。みんなを笑顔にできる美味しいパンも、家族みたいに温かい常連さんたちも、みんな大切なの。全部が詰まったこのお店が大好きだから、何があっても失いたくないの……! おじいちゃんがどんなに反対したって、私はこの場所で勝手にパンを作って売――」
また感情が先走りかける私の背中に、ヨルグの大きな手のひらが触れた。
泣きじゃくる私の背を延々とさすりつづけてくれた優しい温もり。『大丈夫、ちゃんと話せば絶対にわかり合える』――朝のヨルグの言葉を思い出し、ゆっくりと深く息を吸う。
おじいちゃんは新聞を伏せ、黙って私の話を聞いていた。
いつもはしないノックをして、しかし返事は待たずに玄関の鍵を開ける。
「お……おはよう、おじいちゃん……」
薄く開いたドアの隙間から顔を覗かせると、おじいちゃんはいつもの席で面白くもなさそうに新聞を読んでいた。
返事はないけれど、ひとまず開口一番『帰れ!』と怒鳴られなかったことに胸を撫で下ろし、ヨルグとともに足を踏み入れる。
ずんと沈んだ心を引きずって足取りも重い。それでもヨルグが悲しみを受け止め、ちゃんと話せば絶対にわかり合えると背中を押してくれたから。
おじいちゃんと二人きりの生活だったならきっと今頃、気持ちがわかってもらえない悲しみとおじいちゃんを傷つけた罪悪感で、話しかけることさえままならずに一人落ち込んでいたと思う。
「えっと……スープを温めるわね」
朝は開店準備で忙しいため、定休日前以外は夕食を作るタイミングで翌朝の分まで作っておくようにしている。
すでにパンとジャム類が置かれているテーブルに、温めたスープを運ぶ。
私の席には昨夜と変わらずお給料の詰まった袋が鎮座していたので、とりあえずそっと横にずらして朝食を並べた。
「ありがとう、美味そうだ」
努めて明るく声をかけてくれるヨルグに、うまく笑みが返せない。
おじいちゃんの分もスープを用意したけれど、果たして手をつけてくれるだろうか……。
正面で新聞を読んでいるおじいちゃんをチラリとうかがい、やっぱり目を合わせる勇気がなくて視線を伏せる。
「い、いただきます……」
中央のパンカゴに手を伸ばすと、おじいちゃんが不意に口を開いた。
「店を継ぎてぇって話は本気か」
「えっ」
まさか話しかけられるとは思っていなかったので、突然のことに反応が遅れる。
もたもたと頭を回転させてようやく内容を理解した私が答えるより早く、おじいちゃんがくり返した。
「本当に、自分の意志でこの店を継ぎてぇと思ってんのか」
「……ええ、私は本気よ。みんなを笑顔にできる美味しいパンも、家族みたいに温かい常連さんたちも、みんな大切なの。全部が詰まったこのお店が大好きだから、何があっても失いたくないの……! おじいちゃんがどんなに反対したって、私はこの場所で勝手にパンを作って売――」
また感情が先走りかける私の背中に、ヨルグの大きな手のひらが触れた。
泣きじゃくる私の背を延々とさすりつづけてくれた優しい温もり。『大丈夫、ちゃんと話せば絶対にわかり合える』――朝のヨルグの言葉を思い出し、ゆっくりと深く息を吸う。
おじいちゃんは新聞を伏せ、黙って私の話を聞いていた。
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