不能だと噂の騎士隊長が『可能』なことを私だけが知っている(※のぞきは犯罪です)

南田 此仁

文字の大きさ
194 / 213
71~最終話

お店のこと【上】

しおりを挟む
 コンコンッ

 いつもはしないノックをして、しかし返事は待たずに玄関の鍵を開ける。

「お……おはよう、おじいちゃん……」

 薄く開いたドアの隙間から顔を覗かせると、おじいちゃんはいつもの席で面白くもなさそうに新聞を読んでいた。
 返事はないけれど、ひとまず開口一番『帰れ!』と怒鳴られなかったことに胸を撫で下ろし、ヨルグとともに足を踏み入れる。

 ずんと沈んだ心を引きずって足取りも重い。それでもヨルグが悲しみを受け止め、ちゃんと話せば絶対にわかり合えると背中を押してくれたから。
 おじいちゃんと二人きりの生活だったならきっと今頃、気持ちがわかってもらえない悲しみとおじいちゃんを傷つけた罪悪感で、話しかけることさえままならずに一人落ち込んでいたと思う。

「えっと……スープを温めるわね」

 朝は開店準備で忙しいため、定休日前以外は夕食を作るタイミングで翌朝の分まで作っておくようにしている。

 すでにパンとジャム類が置かれているテーブルに、温めたスープを運ぶ。
 私の席には昨夜と変わらずお給料の詰まった袋が鎮座していたので、とりあえずそっと横にずらして朝食を並べた。

「ありがとう、美味そうだ」

 努めて明るく声をかけてくれるヨルグに、うまく笑みが返せない。
 おじいちゃんの分もスープを用意したけれど、果たして手をつけてくれるだろうか……。
 正面で新聞を読んでいるおじいちゃんをチラリとうかがい、やっぱり目を合わせる勇気がなくて視線を伏せる。

「い、いただきます……」

 中央のパンカゴに手を伸ばすと、おじいちゃんが不意に口を開いた。

「店を継ぎてぇって話は本気か」

「えっ」

 まさか話しかけられるとは思っていなかったので、突然のことに反応が遅れる。
 もたもたと頭を回転させてようやく内容を理解した私が答えるより早く、おじいちゃんがくり返した。

「本当に、自分の意志でこの店を継ぎてぇと思ってんのか」

「……ええ、私は本気よ。みんなを笑顔にできる美味しいパンも、家族みたいに温かい常連さんたちも、みんな大切なの。全部が詰まったこのお店が大好きだから、何があっても失いたくないの……! おじいちゃんがどんなに反対したって、私はこの場所で勝手にパンを作って売――」

 また感情が先走りかける私の背中に、ヨルグの大きな手のひらが触れた。
 泣きじゃくる私の背を延々とさすりつづけてくれた優しい温もり。『大丈夫、ちゃんと話せば絶対にわかり合える』――朝のヨルグの言葉を思い出し、ゆっくりと深く息を吸う。

 おじいちゃんは新聞を伏せ、黙って私の話を聞いていた。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...