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R side 愛するということ ep3
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「…やれよ」
目が合ったまま紡がれた桐山様の言葉の意味が分からず、僕は血走った目を更に見開いた。
「…お前に不利にならないように後のことは瀬戸がどうにかするから、心配するな」
この人は、何を言っているんだろう。
どうして瀬戸先生の名前が出てくるんだろう。
何故抵抗しないの?自分が僕に殺されようとしているのが分からないの?
何故か苛立ちに似た感情が湧き上がり、僕はナイフを持った手を振り上げる。
全身が心臓になったみたいに、鼓動が全身に響き渡り、奥歯が震えて音が鳴った。
そして桐山様がまた口を開く。
「無理矢理、飯塚から引き離して悪かった。今も、飯塚のことが好きなんだな。これが条件なんだろ?ちゃんとお前が飯塚のところに帰れるように瀬戸が手筈する。大丈夫だから、やれよ」
僕を見上げたままの桐山様が淡々と話し続けた言葉の意味を、混乱した頭で数秒かけて理解する。
暗い、冷たい、僕の心の奥の海の底に、御主人様への想いを集めて封じ込めたドアがある。
開けると気持ちが溢れて苦しいから、辛いから、自分が壊れてしまうから、もう何年も開くことを必死で押しとどめてきたドアだった。
御主人様に飼われていた頃は、淋しくなった時に不意に開いてしまうそれを押さえるのに必死だった。
桐山様に引き取られてから、思い出しそうになってもこの人が何食わぬ顔でそれを押さえてくれていた。
桐山様の言葉を聞いて、僕は気付く。
僕が本当に辛かったこと。苦しかったこと。
それは、御主人様に愛されなくなったことじゃないんだ。
大人になって、僕が醜くなって、もう御主人様に相手にされなくなったことじゃない。
勿論それもとても悲しかったけれど、僕の大切な御主人様がそう思うのなら仕方ない。
枷を失ったドアが、ゆっくりと開く。
漆黒の闇が、ドアの内側から溢れ出し、辺りを真っ黒に染めて行く。
本当に辛かったのは、心が痛かったのは、御主人様を愛する気持ちをずっと拒絶され続けた事だ。
御主人様は、僕が成長してからは僕の気持ちをずっと煩わしく思っていたけれど、僕は嫌われても厭われても、御主人様を愛していたかった。
離れても、もう一緒に住めなくても、会えなくなっても、死ぬまで想い続けていたかった。
だって僕の心も体も、御主人様の為に存在しているから。
御主人様への愛だけが、僕の存在理由だから。
それを否定され続けたことが何よりも辛かったんだ。
この気持ちを誰もが嗤うことが、分かってもらえないことが、苦しくて仕方なかった。
だから心の奥に閉じ込めて、気付かない振りをしていたんだ。
でも、この人は、桐山様は。
僕が御主人様を好きでいることを許してくれた。
認めてくれた。
誰も許してくれなかったけど、この人だけは僕が御主人様を好きで居ても良いと、言ってくれている。
僕は裏切ったのに、この人に刃物を向けているのに、殺そうとしているのに、それでも、それでも、この人は。
僕にこの人は殺せない。
殺せないよ。
そして僕は唐突に理解した。
死ぬべきなのはこの人じゃない。
誰にとっても裏切り者の、僕の方だ。
心の海が、真っ暗に染まる。
やっと解放される、安心感を帯びた最後の答だった。
僕は、今度は躊躇いなくナイフを振り下ろした。
目が合ったまま紡がれた桐山様の言葉の意味が分からず、僕は血走った目を更に見開いた。
「…お前に不利にならないように後のことは瀬戸がどうにかするから、心配するな」
この人は、何を言っているんだろう。
どうして瀬戸先生の名前が出てくるんだろう。
何故抵抗しないの?自分が僕に殺されようとしているのが分からないの?
何故か苛立ちに似た感情が湧き上がり、僕はナイフを持った手を振り上げる。
全身が心臓になったみたいに、鼓動が全身に響き渡り、奥歯が震えて音が鳴った。
そして桐山様がまた口を開く。
「無理矢理、飯塚から引き離して悪かった。今も、飯塚のことが好きなんだな。これが条件なんだろ?ちゃんとお前が飯塚のところに帰れるように瀬戸が手筈する。大丈夫だから、やれよ」
僕を見上げたままの桐山様が淡々と話し続けた言葉の意味を、混乱した頭で数秒かけて理解する。
暗い、冷たい、僕の心の奥の海の底に、御主人様への想いを集めて封じ込めたドアがある。
開けると気持ちが溢れて苦しいから、辛いから、自分が壊れてしまうから、もう何年も開くことを必死で押しとどめてきたドアだった。
御主人様に飼われていた頃は、淋しくなった時に不意に開いてしまうそれを押さえるのに必死だった。
桐山様に引き取られてから、思い出しそうになってもこの人が何食わぬ顔でそれを押さえてくれていた。
桐山様の言葉を聞いて、僕は気付く。
僕が本当に辛かったこと。苦しかったこと。
それは、御主人様に愛されなくなったことじゃないんだ。
大人になって、僕が醜くなって、もう御主人様に相手にされなくなったことじゃない。
勿論それもとても悲しかったけれど、僕の大切な御主人様がそう思うのなら仕方ない。
枷を失ったドアが、ゆっくりと開く。
漆黒の闇が、ドアの内側から溢れ出し、辺りを真っ黒に染めて行く。
本当に辛かったのは、心が痛かったのは、御主人様を愛する気持ちをずっと拒絶され続けた事だ。
御主人様は、僕が成長してからは僕の気持ちをずっと煩わしく思っていたけれど、僕は嫌われても厭われても、御主人様を愛していたかった。
離れても、もう一緒に住めなくても、会えなくなっても、死ぬまで想い続けていたかった。
だって僕の心も体も、御主人様の為に存在しているから。
御主人様への愛だけが、僕の存在理由だから。
それを否定され続けたことが何よりも辛かったんだ。
この気持ちを誰もが嗤うことが、分かってもらえないことが、苦しくて仕方なかった。
だから心の奥に閉じ込めて、気付かない振りをしていたんだ。
でも、この人は、桐山様は。
僕が御主人様を好きでいることを許してくれた。
認めてくれた。
誰も許してくれなかったけど、この人だけは僕が御主人様を好きで居ても良いと、言ってくれている。
僕は裏切ったのに、この人に刃物を向けているのに、殺そうとしているのに、それでも、それでも、この人は。
僕にこの人は殺せない。
殺せないよ。
そして僕は唐突に理解した。
死ぬべきなのはこの人じゃない。
誰にとっても裏切り者の、僕の方だ。
心の海が、真っ暗に染まる。
やっと解放される、安心感を帯びた最後の答だった。
僕は、今度は躊躇いなくナイフを振り下ろした。
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