ドランリープ

RHone

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1章 D Dream of Tail

-1- 『それは非現実だと泣けない男』

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 これは現実か?
 冷たく固くなった亡骸に触れてみる。
 これは、何だ?
 現実が追いついてこない。隣で妻が泣き崩れている。
 同じように俺も途方に暮れているはずなのにのにどうしてか、涙が出てこない。
 これは現実なのか?
 夢じゃないのか?
 そういう疑問の方が大きすぎてどうしても、どうしても。

 現実が俺の心まで届かない。


 車にはねられて脳挫傷で間もなく死んだ息子の訃報は、忌まわしい事に病院の連絡より先にマスコミ共から受け取る事となった。

 俺は基本的にディックに張り付いているハイエナ連中の話など、聞く耳は持ちあわせていない。
 何より連中の言っている事は殆どインチキだ、どうせガセを吹聴してうろたえる様子でも面白おかしく書きたいのだろう。
 まず、その話を聞いた時そう思った。

 息子はD3Sの仕事でニホン国に行っている筈、確かに行方知れずになって今色々と問題になっているが……。
 だからこそ、ある事無い事書き立てて金を儲けている連中には心底うんざりしていた。そんな矢先の事。
 俺の息子はニホン国で行方不明なのは事実だが、だからってニホンから遠く離れたアメリカのニューヨークで交通事故に遭うはずがないだろう。
 出国していたのならそういう情報が残る、そういう情報を漁るのはマスコミ連中の得意な所だろうに。
 ところが、それから数時間後に国際電話が掛ってきた。
 ディックのニューヨーク支部からだ。嫌な予感がする。マスコミに踊るディック上層部連中の相手にもうんざりしているからだ。

 俺の息子が、ニューヨークで交通事故に巻き込まれて重体だという連絡だ。
 ……冗談だろう?


 忌まわしい事に、マスコミの犬共が言っていた事は事実だったのだ。


 体面など保っている場合ではない、俺は慌てた態で出張先のブラジルからアメリカに飛んだ。
 俺はD3S(読み方は言語によって様々だが一般的にはディザーが使われている)の仕事で少々辺鄙な所に居たから、ニューヨークにたどり着くのに少し時間が掛ってしまった。
 ドイツで家を守っているはずの、旅に慣れていない妻の方が先に着いていた。
 それで、一緒に病院に駆け込んだ時にはもう。
 一人息子のリュートはこの通り、固く冷たくなって無言で、俺達を迎えたという訳だ。


 息子の怪死事件は当然、国際組織であるディックでも調査が成された。
 その結果は正当なものであるだろう。ディックが殉職したD3Sの為に全力を挙げて真実を調査してくれたに違いない。
 息子の死因は脳挫傷、現場はブルックリン橋。
 車の所有者は中小会社に勤める俺より少し若いくらいの働き盛り。
 突然路上に飛び出した息子を、被告は避け損なって跳ねたという。勿論過失は車の運転手である被告にあるのだが、なぜリュートが路上に飛び出したのか、その理由が依然不明。
 そもそも、ニホンにいるはずのリュートが何故ニューヨークに現れたのか……出国した記録がない。
 ニホンで他のD3S隊員と共に行方不明になってそれで、どうやって海の向こう、地球の裏側に現れる?
 それに、息子以外の他の隊員はどこにいったのか。


 これは現実なのだろうか?


 そう思いたくもなるだろう、思わず冷たい体に触れてみて、固くなった腕を握りしめて……。
 俺は密かにお前の魂に問う。

 お前を殺したのは一体誰だ?

 姦しく騒ぎ立てるマスコミ達の雑音を背後に背負い、俺の復讐は静かに始まりを告げた。


「答えてください、息子さんはドラゴン探索チームに所属していたと聞きましたが?」
「やはり超然的な力が働いたんでしょうか」
「ドラゴンはやはり存在すると思いますか?」
「この件を踏まえ、ディックは探索チームの一次解散を予定しているようですが、再開されたら」
「エルークさん、一言答えて!」
「勿論再開されたらエルークさんも参加しますよね?」
「息子さんの無念を……」
「黙れ!」

 一喝した所で止まりはしない、無遠慮な雑音。

 リュートを殺したのは誰だ。

 やはり、ドラゴンか?


 この世界に文献だけが残されて実在が証明されていない唯一の幻獣。古くからドラゴンを求める研究と探査は続けられてきたという。それは事実のようだ。でっち上げではない。
 近代に入っても一向にドラゴンについては明らかには成らなかった。
 過去も含め、恐竜を除き多岐に分類が行われ研究対象にされてきたドラゴンは……実在しないという結論がディックによって取りまとめられた。
 それはもう1世紀前の話なんだぞ?
 ディックとは、希少な幻獣類と進化・発生の大系が動物とは異なる『魔物』の保護や研究を行う国際的な機関だ。
 戦前は各国で兵器化も視野に入れた研究をとある国家の元行っていた組織だが、戦後国際化に伴い兵器化も含めた乱用牽制のために姿を大きく変えた。
 多くの名称・分類統一を纏め、現在では魔物の研究から保護観察までを行う『セーバー』、
 地域に害を成す魔物の駆除や捕獲など実戦を伴う『スレイヤー』、
 全体的な事務処理から国際的な調整を含め魔物の管理を行う『サーバー』
 この主な3つの機関を有するためにディックに務める公務員はD-3S、あるいはD-SERと呼ばれている。

 俺も息子もD3Sをやっていた。息子は俺を見て育ったから自然とD3Sに成る事を望んだようだ。別段、それを止める理由もなく俺は息子の進路を自由にさせたが……今に思えば失敗だったと後悔だけが胸を締め付ける。

 ……数年前、一人の高名な予言者がドラゴンの存在を肯定した。

 その日まで、ドラゴンは実在しない魔物だった、ディックもそのように認定をしていた事は先に述べた通り。
 だがその日以来ドラゴンは、本当はいるのではないのか、そんな幻想に世界は取り憑かれてしまっている。
 人々は居もしないドラゴンの実在を囁き始めた。
 今日、予言者ドゥセルクが死に際に残したの『竜の呪い』と言われてるものがそれだ。
 死に際の予言者が自らの死を予言し、嘆いたあげく延命の条件を謳ったものだといわれているが怪しいものだ。
 ドラゴンでひと儲けしようする連中の動きや噂が、ドゥセルクの預言の前から色々と騒がしくなってきてはいたからな。
 魔物として認定しない限り正式な調査は出来ない、ディックはそのように強くドラゴンの存在を否定してきたのだが、ドゥセルクの予言に踊る世界の圧力に耐えられなかったらしい。
 狂乱のドラゴンムーブメントは情報の伝播と共に世界各地に感染拡大しついにディックまでをも冒した。
 少なくとも俺はそのように思ったものだ。
 だからこそディックから、ドラゴンが実在するかどうかの調査隊に入ってくれと言う要望が来たがこれを、丁重に断った。

 まさか、それで俺の息子に白羽の矢が立ってしまうとは。

 俺は、俺が背負う肩書きの重さを呪った。
 俺は分かっていなかった。息子リュートは、俺が背負っているものをあの若さで背負わせられていたのだという事を。
 保護、駆除、管理、三つのS全てにハイランクでの資格を手にした『俺』は、俺の知らない所で一人歩きをして一種、英雄のように扱われていた。
 ……それに興味がないと見て見ぬ振りをしてきてしまった。
 息子は知っていたのだろうか?知っていて、俺の息子だと言われてしまうのを分かっていてD3Sになると言ったのか?

 ドラゴン探索チームにリュートが選ばれたのは、リュートが俺の息子だから。
 マスコミはそのように断言する。実際どうなのだと、俺は同期の親しいサーバー管理官に問い質したがノーコメントと言われた。
 出来れば違うと強く、否定をして欲しかった。

 リュートを殺したのはドラゴンなのか?
 存在するかもわからない怪物の所為でリュートは死んだのか。
 リュートは俺の所為で、そんなものに挑む事になったのではないのか。
 バカバカしい、ドラゴン探査をそのように笑って蹴った俺の我が儘が、知らないうちに息子の所に皺寄せてついに、命まで奪ったのではないのか。


「……思い詰め過ぎよ、貴方は考えすぎだわ」
「考えずには居られないんだ」
 きっと妻は俺の思いを見通しているのだろう。
 常に世界中を仕事と称して飛び回ってろくに家に帰らない、この俺に愛想も尽かさずに家を守っている。彼女は俺が心を許せる数少ない、大切な……理解者だ。
 愛しているからこそこうしなければいけない。

 俺は離婚しようという話を彼女に向けた。

「俺は、もうここには戻って来ないかもしれない……離婚裁判の手続きについてはコイツがしきる、あとは……」
「貴方、言っても良い?」
「ん?」
「我が儘が過ぎるわよ」
 分かっている、痛い程に。
 だからこうするんだ。
 差し出した俺の担当弁護人の名刺は押し戻される。だが、俺の意思は固い、妻に更に押し戻してやった。
「これ以上、お前を背負ってはいけないんだ」
「失う事に恐れを成したのね、だから自分から」
「何とでも言ってくれ」
「貴方は……」
 妻の震える声と視線から顔を反らす。
「自分だけが悲しんでいるとは思わないで」
「……すまない」
「私はどうすればいいんです?リュートを失って、貴方まで失ってしまったら誰に縋ればいいのですか?」
「そこまでは背負っていけない、と……言っているんだ」
 酷い、と妻は泣いた。
 普段余り涙を見せない妻が息子を亡くし、あの日以来涙もろくなった。

 俺はあの日以来涙が出ない。

「俺に、縛られている必要はない」
 どうにも、こればかりは理解が出来ないという様子だ。俺としてはここまで離婚に反対されるとは思っていなかったので正直戸惑いがある。
 弁護士の名刺をテーブルに残して俺は立ち上がった。
「きっと俺は君にとって枷になるだけだ」
「私には貴方しか居ないわ」
「……思い込みだよ。もっとふさわしい人が世の中には居るさ」
「何処に行くの?」
 俺は、愚問だと小さく口の中で呟き、荷物を背負い自慢でもあり手放しがたい相棒でもある逸品を肩に担ぐ。
 刃広の両手剣、スレイヤーとしての実績を象徴する一振りでもある剣の存在を示す。
「仇を討ちに行くんだ」
 一瞬妻は意味が取れなかったようで、泣いてぐしゃぐしゃな顔を上げて俺を見た。
「……貴方は……」
「ドラゴンなんて、居るかどうかもわからない。もし存在するならそれを殺す、存在しないというのなら……」
 リュートを殺した原因は俺にある。

 俺は、俺を許す事は出来ないだろう。
 再び泣き崩れる妻、いや……元妻を残して扉を閉めた。
 離婚裁判に決着が付かない限り契約上の元、夫婦ではあるが俺の心はすでに遠く離れている。
 金と、そうする強い意識があれば、ドイツでの離婚はさほど難しい事ではない。
 他人に悟られてはならない事があるとすればそれは……今でも、彼女に向ける愛情は変わらないという所か。
 そんなもの、いくらでも欺いてやる。
 心に秘めてしまった復讐の為ならば、俺は何にでも成ろう。

 玄関へ続く短い廊下を歩いた。
 ヒステリックな叫びが俺の旅立ちを祝福してくれる。
「貴方はいいわね!そうやって縋れるものがあるんだわ!」
 だから私を置いていくのね、勝手よ、勝手すぎるわと子供のように泣きじゃくる彼女に、少しだけ目を閉じて静かに締めた家の扉の前で頭を下げた。
「さよなら……早く身勝手な男の事なんか忘れてくれるように願っている」

 持ち出す荷物は多くはない。
 元より、あまり居着いてはいなかった家を後にした。
 この家の中にあって大切だったのは彼女と、息子くらい。
 今俺はそのどちらをも無くし、あるいは捨て置いた。
 もうあの家に俺の大切なものは何一つ残っていない。

 ホンダエンジンの車に少ない荷物を詰め込み座席に座り、ハンドルを握る。
 季節はもうすぐ秋になる、風は随分冷たくなってきた。
 そう思っていたら雨がフロントガラスにぽつぽつと当って通り過ぎる。
 大粒の涙の粒のようだ。
 灰色の空を見上げて俺は、ぼんやりと何をしてもこれっぽっちも悲しいとは思わない自分の心にうんざりした。
 心にあるのはどうしようもない喪失感、そしてそれを必死に埋めようとするのはじりじりと燃えるような、焦れるような怒りだけ。

 あの日から現実がどれなのか分からなくなった。
 ずっと夢を彷徨っている気分だ。
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