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1章 REM SLEEP革命 『望んで迷い込む作法と方法』
書の4 レム・スリープ『仮想と現実とユメとウツツの境』
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■書の4■ レム・スリープ rem sleep
それで、問題の勤務初日。
それぞれ『ゲームへの愛』を実力で証明し、参加枠を取った俺たち8人は……お互いを知っている人もいれば知らない人もいる、という状況だ。
自己紹介もろくに交わすヒマも無く、開発責任者とかいう高松雅と名乗るおっさんが現れて、そして現在に至る。
俺たちは今日初めて全員がここに揃い、顔を合わせたんだ。
それなのに自己紹介はするな、むしろ必要無いだろうってんだから、なんだかおかしな感じだな。
だがその理由についちゃぁ、確かに頷く所もある。
開発者達がテストプレイヤーとして必要としたのは、生身の俺たちじゃぁないんだな。
俺たちが日常的に被っている、いわば俺たちが仮想現実で装う方が必要だと、そう言っている。
いや、俺は仮想だろうがリアルだろうが、ゲームへの愛は変わらねぇけど。
だけどそういえば最初に枠が決定した、推薦とかいう奴。
あれは生身の人間を必要とした公募じゃねぇよな。
ヘタすると匿名で、誰が本人なのかもわからない、ネット上での自己申告的な推薦枠だ。そして推薦枠を得る為に必要なのは、やはり誰が投票したかもわからない、匿名のネットランキング。
選ばれたメージンが、実際どんな『人間』であるかなど関係なく、仮想現実に近いネット上でメージンと呼ばれる……そう、人格。メージンという『キャラクター』でなきゃアイコン、それだけで決まったんだ。
とするともしかすると俺たち8人は、テストプレイヤーという名目で次世代ゲーム機の開発に立ちあい、そのままこれのキャッチャーとして広告業務をする事になるんだろうか?
俺という生身の人間はいらなくて、開発したという俺の側面『夜兎』というハンドルネームが先行し、俺は『ヤト』としてゲーム機を宣伝する。
……正直に言えば、悪い気はしない。
だけどなぁ、なんだかしっくりこないのも本音。
もちろん俺は自分の名前の代わりである、ハンドルネームに愛着がある。
ヤトとはすなわち俺の事だ。
本名であるサトウハヤトと、はっきりいって同じか、それ以上の『重み』がある名前。ヤトという俺の名前が世に広まるのはある意味、気恥ずかしくその反面ものすごく心地よく、そして、重い。
俺は名前が広まる事の良い面と、悪い面をちゃんと分かっている。
知られれば知られるだけ、ヘタなようには振る舞えなくなるんだ。
……本名を使わずに、当然のようにハンドルネームという仮の名前を使うのは、もしかしたらヘタをしてしまった時の逃げ口なのかもしれない。
だが、必ずしもそうじゃない。
ずっと使い続けたヤトという、その名前で広まっている交友の場も沢山ある。俺のもう一つの『本名』に等しい『夜兎』というこの名前は、もう容易く変えたり、捨てたりできないものになっているんだ。
インタネーットやゲーム上。仮想現実バーチャルな世界で、俺はそこに本当のリアルな自分とは違った『自分』というアイコンを置く。
それが多分、『夜兎』だ。
きっとリアルな中身ではなく、このバーチャルに置いている俺の『アイコン』をMFCプロジェクトの連中は必要としている。
そういう事なんじゃぁないかな。
さっそくテストプレイする事を告げられて、自己紹介は後でやると言われて、
なんだかよくわからないが薬を1錠、温めの水で飲み干す。
亮姐さん……と、勝手に俺が脳内で呼ぶ事にしました……は、メージンを除いた俺たち7人を別の部屋へ案内した。
そこは、飾りっ気のない明るい部屋だ。
何も無い、という雰囲気を受けるが何も無いわけじゃない。
部屋の左右は狭く、奥行きだけがずっとあって中央に丸く、壁が迫り出してきていて……その上にガラス窓。
あ、さっきの高松のおっさんが窓越しに気楽に手を振ってやがる。
なるほど、あそこはがモニタールームか。
眺めていると窓際に誰かが近づいてくる。さっき別れて、バックアップ側になったメージンだ。
俺はメージンに手を振って少し笑いかけてみたりした。
「ちょっと、」
と、脇を強く押されて俺はびっくりして振り返った。阿部瑠の奴が怪訝そうな顔で小声で言う。
「よそ見してないで、佐々木さんの話をちゃんと聞きなさいよ」
「何だよ、うっせぇな」
あ、そういえば部屋の説明してたんだったよな。
ええと、上にモニタールームがガラス張りであるわけで、それを囲むように……例えて、床屋にあるみたいな椅子がいくつか並んでいるな。
真っ白いから一瞬何があるのか良く分からなかったが……ふぅむ?これが新型ゲーム機だとするなら相当にデカい装置だぞ?
家庭的なFとか言ってたが、家庭用には程遠いんではないだろうか?
「じゃ、適当に座ってもらえる?」
「どこでもいいんですか?」
「ええ、」
亮姐さんの言葉に従い、俺たちは適当に近い所にある椅子へと腰掛けた。
床屋の椅子みたいに、こう、腰が深く沈み込む感じだ。しかもゆっくり力を掛けるとぐにゃりと柔らかい。不思議な素材のクッションが敷いてある。
「左手側面に引き出しがあるから、それを開けて」
言われて左側を見る。目では見えないが、手で探ると四角の大きなスイッチのようなものがあるみたいだ。軽く押すと、左側面から何かがスライドして出てきた。
平べったい引き出しに、折りたたまれた……メガネ?
「メガネの人ははずしてそのスコープを掛けてね。引き出しにしまうといいわ」
白いフレームに白いグラス。と、思ったらこれ前が見えない、ただの白いプラスチックの板だ。
フレームは顔の幅に合わせて若干スライドするから、顔の幅に合わないという事はない。
俺は一度そのヘンテコなスコープを掛けてから、前が見えない事に驚いてすぐに外してしまう。
「まさか、この白い部分に画面が出るとか?」
「そんな仕掛けはされた感じがしませんよ?物凄く軽いですし」
俺の隣に座っていた、阿部瑠の友人が答える。彼女も不思議そうにスコープの形状を眺めていた。
「あ、コンタクトとか外さなくていいんですか?」
と、阿部瑠がその向こう側で亮姐さんに訊ねたのが聞こえる。
「あれ?先輩、コンタクトはまずいんでは?」
姐さんは首を傾げて上を見て話している……と、そこにもモニターがあった。
関西弁なのか、京都弁なのか、微妙な姐さんの上司の気の抜けた声がする。
『あっれ?アベちゃん、眼鏡じゃないんの?』
「眼鏡もありますけど……」
担当は、イザか!説明漏れ?昼の所為にしたらアカンやろ!
とかなんとかいう、姐さんの上司、サナエさんのやりとりが漏れ聞こえる。
昼の所為?よくわからん。
「……まずいですか?」
「まずいわけじゃぁないけど、取った方がいいかもね、」
と、部屋の戸が開く音がする。首を回すとさっきメージンを連れて行ったメガネのおっさんが、コンタクトレンズのケースやらなにやら一式もって入って来た。
「ソフトですか?ハード?」
「あ、ソフトです」
「よかった、ナギサさんが用意してくれてました」
「さすが斉藤先輩、準備いいわね!」
斎藤、ナギサさんという人もスタッフ側にはどうやらいるらしいな。
阿部瑠は素早くコンタクトを外し、ケースに入れる。
その間、確か隣にいる阿部瑠の友人も『コンタクト』だったはずだよな、と思い立って声をかけようか迷っていると……彼女自ら、にっこり笑って俺を振り返った。
「裸眼ですよ~」
「あ、」
「おかげでねぇ、今全然見えてないのー」
「だ、大丈夫なのか?」
「人の顔の判別は付きにくいけど、転んだりぶつかったりはしない程度」
なんだかのんきに笑っている。
……この子、相当にマイペースな性格だっりする?
「はい、お待たせ。スコープを掛けたら、リラックスできる姿勢を確保してね、右手側面にリクライニングのスイッチがあるから」
前が見えなくなってしまう、やけに軽い眼鏡もどきを掛けて右手を探ると、こちらにもいくつかボタンがある。
押して見ると椅子が後に傾き始めた。
「では、これから早速始めますね」
何を、と、聞く前に。
突然白く明るかった世界が暗転する。
照明が落ちたのだろう、薄っぺらいプラスチック製と思われる不透明な白いスコープの視界が暗くなった。
「スコープは外さないでね、椅子は自由に動かしていいわ、一番楽な姿勢を保って……」
姐さんの声の途中で、ふいに突然低い音が部屋に鳴り響く。
テンポは、それほど早くはないように感じる。
低いベース音、電子音に加工された女性の声のコーラス。
音が次々と重なり合い、音が大きくなり、オーケストラを思わせる濃厚な音が、聴覚を支配する。
視界は暗く奪われて、音の世界も鳴り響く音楽に奪われる。
でもこの曲は、美しい。
オーケストラとは違う、どこか懐かしいのはきっと、電子音が混じっているからだ。
俺たちはゲームをするから、どちらかといえばこういう、どこか電子的な音に耳が慣れている、と思うな。
聞いた憶えの無い曲だけど、誰か知ってる人がいるのだろうか。
レッドか、でなきゃ音ゲー枠を取って来たらしい奴はどうだろう。
知っているかと、口を開こうとして、ああ多分声はこの濃厚な音の重なりに掻き消され、相手に届かないのかと思いとどまった。
繰り返されるフレーズ、サビがきて、メロディが来て、どこか変調した間奏が入り……。
知らない曲なのに、なんだか、知っているような気になってくる。
これは多分某メーカのゲームサウンドを手がけた、あの人の作じゃないかな、などと思いを巡らせる。 その間も曲は、流れるように別のメロディに置き換わっていく。
このプログレな流れ、俺の勘は当たっているかもしれない、などとぼんやり考えた。
ゲーム音楽は元々プログレッシブな編曲も多いんだ。その中でループする一つの音楽の中に、これだけ多様な面を織り込むのは……。
沈み込む体。
暗闇に支配された視界。
肌に馴染む部屋の空気は生ぬるく、乾燥しているというよりは、どこかねっとりと湿気を帯びていて……呼吸する度に肺に入り込む空気は無味無臭。
何かを感じ取る事を拒絶された様な、あまりにも刺激のない環境に、耳に入り込んでくる音楽だけが脳を揺らす。
……ああ眠い、のかも。
そういや、あの薬、睡眠薬だとかレッドが言ってたな。
何の薬なのか結局姐さんは説明しなかったが……。
寝ちまったら、ゲームできねぇんじゃねぇの?
俺はぼんやりと脳に直接プラグを差して、ゲームにダイブインするという映画を思い出す。
いやでも、俺たちは何の仕掛けも無さそうなスコープを掛けただけで、椅子にも別段何か仕掛けがあるようには思えなかった。いや、見えないだけで実はやっぱり椅子に小細工されてたのか?
仮想現実にのめり込んで精神が戻ってこないとかいう、そういうゲームや漫画なんかも思い出していた。
あれは、あれらはどんな仕掛けになっていたっけ?
ただでさえ、ゲームは脳に悪い影響があるとかなんとか、騒ぎ立てる連中が多いから、精神が戻ってこれない様な仕掛けのゲームを開発できるとは思えない。
だけどもし、本当に、ゲームの世界に俺たちが入り込めるなら、それはとてもワクワクする。
モニター越しではなく直接自分の手で触れて、自分で世界を見回すバーチャルへの潜行。
そんな事が本当に、可能なのだろうか。
可能だとするなら、一体どんな仕掛けなんだろう。
俺はまだそこにたどり着いてもいないのに、可能性だけを想像してあれやこれやと夢想する。
それが、いつしか夢になり。
夢、
でも、夢は一人で見るものだよな。
俺の夢に阿部瑠やナッツが出て来たとしても、出てきた事を認識できるのは俺だけで、奴等は奴等で別の夢を見ている。
俺の夢に出た事は、あいつらには分からない。
でも、そういえば……
ぼんやりと思い出す。
最初に、説明された、コンセプト、だったか。
『共有する、夢の世界』
夢を共有する?じゃぁ、俺たちは皆で夢を見れるという事だろうか?
同じ夢を皆で見れるのか、全員で夢を共有するのか、しかしそれにしたって、俺たちは、何も、仕掛けは……
鳴り響く荘厳な音楽にいつしか飽きてくる。
それでも耳に入り込み、音の反復を……知らずの内にやっていて、考えている事と、想像している事が混雑し、
そして、
気がつかない内に人間ってのは、寝てる。
眠った瞬間ってのは分からないもんなのだ。
睡眠ってのは、脳が現実である世界を認識する作業を止める事だ。
って、俺は、そんな話をどこで聞いたんだったかな。
境界、夢と現実の境界なんてない。
人は、眠りと覚醒の境界すら正しく認識出来ないんだからな。
ぼんやりと、暮れ行く空の色のように。
眠りと覚醒の間はグラデーション。
現実が終わり、夢の世界は静かに帳を下ろす。
それで、問題の勤務初日。
それぞれ『ゲームへの愛』を実力で証明し、参加枠を取った俺たち8人は……お互いを知っている人もいれば知らない人もいる、という状況だ。
自己紹介もろくに交わすヒマも無く、開発責任者とかいう高松雅と名乗るおっさんが現れて、そして現在に至る。
俺たちは今日初めて全員がここに揃い、顔を合わせたんだ。
それなのに自己紹介はするな、むしろ必要無いだろうってんだから、なんだかおかしな感じだな。
だがその理由についちゃぁ、確かに頷く所もある。
開発者達がテストプレイヤーとして必要としたのは、生身の俺たちじゃぁないんだな。
俺たちが日常的に被っている、いわば俺たちが仮想現実で装う方が必要だと、そう言っている。
いや、俺は仮想だろうがリアルだろうが、ゲームへの愛は変わらねぇけど。
だけどそういえば最初に枠が決定した、推薦とかいう奴。
あれは生身の人間を必要とした公募じゃねぇよな。
ヘタすると匿名で、誰が本人なのかもわからない、ネット上での自己申告的な推薦枠だ。そして推薦枠を得る為に必要なのは、やはり誰が投票したかもわからない、匿名のネットランキング。
選ばれたメージンが、実際どんな『人間』であるかなど関係なく、仮想現実に近いネット上でメージンと呼ばれる……そう、人格。メージンという『キャラクター』でなきゃアイコン、それだけで決まったんだ。
とするともしかすると俺たち8人は、テストプレイヤーという名目で次世代ゲーム機の開発に立ちあい、そのままこれのキャッチャーとして広告業務をする事になるんだろうか?
俺という生身の人間はいらなくて、開発したという俺の側面『夜兎』というハンドルネームが先行し、俺は『ヤト』としてゲーム機を宣伝する。
……正直に言えば、悪い気はしない。
だけどなぁ、なんだかしっくりこないのも本音。
もちろん俺は自分の名前の代わりである、ハンドルネームに愛着がある。
ヤトとはすなわち俺の事だ。
本名であるサトウハヤトと、はっきりいって同じか、それ以上の『重み』がある名前。ヤトという俺の名前が世に広まるのはある意味、気恥ずかしくその反面ものすごく心地よく、そして、重い。
俺は名前が広まる事の良い面と、悪い面をちゃんと分かっている。
知られれば知られるだけ、ヘタなようには振る舞えなくなるんだ。
……本名を使わずに、当然のようにハンドルネームという仮の名前を使うのは、もしかしたらヘタをしてしまった時の逃げ口なのかもしれない。
だが、必ずしもそうじゃない。
ずっと使い続けたヤトという、その名前で広まっている交友の場も沢山ある。俺のもう一つの『本名』に等しい『夜兎』というこの名前は、もう容易く変えたり、捨てたりできないものになっているんだ。
インタネーットやゲーム上。仮想現実バーチャルな世界で、俺はそこに本当のリアルな自分とは違った『自分』というアイコンを置く。
それが多分、『夜兎』だ。
きっとリアルな中身ではなく、このバーチャルに置いている俺の『アイコン』をMFCプロジェクトの連中は必要としている。
そういう事なんじゃぁないかな。
さっそくテストプレイする事を告げられて、自己紹介は後でやると言われて、
なんだかよくわからないが薬を1錠、温めの水で飲み干す。
亮姐さん……と、勝手に俺が脳内で呼ぶ事にしました……は、メージンを除いた俺たち7人を別の部屋へ案内した。
そこは、飾りっ気のない明るい部屋だ。
何も無い、という雰囲気を受けるが何も無いわけじゃない。
部屋の左右は狭く、奥行きだけがずっとあって中央に丸く、壁が迫り出してきていて……その上にガラス窓。
あ、さっきの高松のおっさんが窓越しに気楽に手を振ってやがる。
なるほど、あそこはがモニタールームか。
眺めていると窓際に誰かが近づいてくる。さっき別れて、バックアップ側になったメージンだ。
俺はメージンに手を振って少し笑いかけてみたりした。
「ちょっと、」
と、脇を強く押されて俺はびっくりして振り返った。阿部瑠の奴が怪訝そうな顔で小声で言う。
「よそ見してないで、佐々木さんの話をちゃんと聞きなさいよ」
「何だよ、うっせぇな」
あ、そういえば部屋の説明してたんだったよな。
ええと、上にモニタールームがガラス張りであるわけで、それを囲むように……例えて、床屋にあるみたいな椅子がいくつか並んでいるな。
真っ白いから一瞬何があるのか良く分からなかったが……ふぅむ?これが新型ゲーム機だとするなら相当にデカい装置だぞ?
家庭的なFとか言ってたが、家庭用には程遠いんではないだろうか?
「じゃ、適当に座ってもらえる?」
「どこでもいいんですか?」
「ええ、」
亮姐さんの言葉に従い、俺たちは適当に近い所にある椅子へと腰掛けた。
床屋の椅子みたいに、こう、腰が深く沈み込む感じだ。しかもゆっくり力を掛けるとぐにゃりと柔らかい。不思議な素材のクッションが敷いてある。
「左手側面に引き出しがあるから、それを開けて」
言われて左側を見る。目では見えないが、手で探ると四角の大きなスイッチのようなものがあるみたいだ。軽く押すと、左側面から何かがスライドして出てきた。
平べったい引き出しに、折りたたまれた……メガネ?
「メガネの人ははずしてそのスコープを掛けてね。引き出しにしまうといいわ」
白いフレームに白いグラス。と、思ったらこれ前が見えない、ただの白いプラスチックの板だ。
フレームは顔の幅に合わせて若干スライドするから、顔の幅に合わないという事はない。
俺は一度そのヘンテコなスコープを掛けてから、前が見えない事に驚いてすぐに外してしまう。
「まさか、この白い部分に画面が出るとか?」
「そんな仕掛けはされた感じがしませんよ?物凄く軽いですし」
俺の隣に座っていた、阿部瑠の友人が答える。彼女も不思議そうにスコープの形状を眺めていた。
「あ、コンタクトとか外さなくていいんですか?」
と、阿部瑠がその向こう側で亮姐さんに訊ねたのが聞こえる。
「あれ?先輩、コンタクトはまずいんでは?」
姐さんは首を傾げて上を見て話している……と、そこにもモニターがあった。
関西弁なのか、京都弁なのか、微妙な姐さんの上司の気の抜けた声がする。
『あっれ?アベちゃん、眼鏡じゃないんの?』
「眼鏡もありますけど……」
担当は、イザか!説明漏れ?昼の所為にしたらアカンやろ!
とかなんとかいう、姐さんの上司、サナエさんのやりとりが漏れ聞こえる。
昼の所為?よくわからん。
「……まずいですか?」
「まずいわけじゃぁないけど、取った方がいいかもね、」
と、部屋の戸が開く音がする。首を回すとさっきメージンを連れて行ったメガネのおっさんが、コンタクトレンズのケースやらなにやら一式もって入って来た。
「ソフトですか?ハード?」
「あ、ソフトです」
「よかった、ナギサさんが用意してくれてました」
「さすが斉藤先輩、準備いいわね!」
斎藤、ナギサさんという人もスタッフ側にはどうやらいるらしいな。
阿部瑠は素早くコンタクトを外し、ケースに入れる。
その間、確か隣にいる阿部瑠の友人も『コンタクト』だったはずだよな、と思い立って声をかけようか迷っていると……彼女自ら、にっこり笑って俺を振り返った。
「裸眼ですよ~」
「あ、」
「おかげでねぇ、今全然見えてないのー」
「だ、大丈夫なのか?」
「人の顔の判別は付きにくいけど、転んだりぶつかったりはしない程度」
なんだかのんきに笑っている。
……この子、相当にマイペースな性格だっりする?
「はい、お待たせ。スコープを掛けたら、リラックスできる姿勢を確保してね、右手側面にリクライニングのスイッチがあるから」
前が見えなくなってしまう、やけに軽い眼鏡もどきを掛けて右手を探ると、こちらにもいくつかボタンがある。
押して見ると椅子が後に傾き始めた。
「では、これから早速始めますね」
何を、と、聞く前に。
突然白く明るかった世界が暗転する。
照明が落ちたのだろう、薄っぺらいプラスチック製と思われる不透明な白いスコープの視界が暗くなった。
「スコープは外さないでね、椅子は自由に動かしていいわ、一番楽な姿勢を保って……」
姐さんの声の途中で、ふいに突然低い音が部屋に鳴り響く。
テンポは、それほど早くはないように感じる。
低いベース音、電子音に加工された女性の声のコーラス。
音が次々と重なり合い、音が大きくなり、オーケストラを思わせる濃厚な音が、聴覚を支配する。
視界は暗く奪われて、音の世界も鳴り響く音楽に奪われる。
でもこの曲は、美しい。
オーケストラとは違う、どこか懐かしいのはきっと、電子音が混じっているからだ。
俺たちはゲームをするから、どちらかといえばこういう、どこか電子的な音に耳が慣れている、と思うな。
聞いた憶えの無い曲だけど、誰か知ってる人がいるのだろうか。
レッドか、でなきゃ音ゲー枠を取って来たらしい奴はどうだろう。
知っているかと、口を開こうとして、ああ多分声はこの濃厚な音の重なりに掻き消され、相手に届かないのかと思いとどまった。
繰り返されるフレーズ、サビがきて、メロディが来て、どこか変調した間奏が入り……。
知らない曲なのに、なんだか、知っているような気になってくる。
これは多分某メーカのゲームサウンドを手がけた、あの人の作じゃないかな、などと思いを巡らせる。 その間も曲は、流れるように別のメロディに置き換わっていく。
このプログレな流れ、俺の勘は当たっているかもしれない、などとぼんやり考えた。
ゲーム音楽は元々プログレッシブな編曲も多いんだ。その中でループする一つの音楽の中に、これだけ多様な面を織り込むのは……。
沈み込む体。
暗闇に支配された視界。
肌に馴染む部屋の空気は生ぬるく、乾燥しているというよりは、どこかねっとりと湿気を帯びていて……呼吸する度に肺に入り込む空気は無味無臭。
何かを感じ取る事を拒絶された様な、あまりにも刺激のない環境に、耳に入り込んでくる音楽だけが脳を揺らす。
……ああ眠い、のかも。
そういや、あの薬、睡眠薬だとかレッドが言ってたな。
何の薬なのか結局姐さんは説明しなかったが……。
寝ちまったら、ゲームできねぇんじゃねぇの?
俺はぼんやりと脳に直接プラグを差して、ゲームにダイブインするという映画を思い出す。
いやでも、俺たちは何の仕掛けも無さそうなスコープを掛けただけで、椅子にも別段何か仕掛けがあるようには思えなかった。いや、見えないだけで実はやっぱり椅子に小細工されてたのか?
仮想現実にのめり込んで精神が戻ってこないとかいう、そういうゲームや漫画なんかも思い出していた。
あれは、あれらはどんな仕掛けになっていたっけ?
ただでさえ、ゲームは脳に悪い影響があるとかなんとか、騒ぎ立てる連中が多いから、精神が戻ってこれない様な仕掛けのゲームを開発できるとは思えない。
だけどもし、本当に、ゲームの世界に俺たちが入り込めるなら、それはとてもワクワクする。
モニター越しではなく直接自分の手で触れて、自分で世界を見回すバーチャルへの潜行。
そんな事が本当に、可能なのだろうか。
可能だとするなら、一体どんな仕掛けなんだろう。
俺はまだそこにたどり着いてもいないのに、可能性だけを想像してあれやこれやと夢想する。
それが、いつしか夢になり。
夢、
でも、夢は一人で見るものだよな。
俺の夢に阿部瑠やナッツが出て来たとしても、出てきた事を認識できるのは俺だけで、奴等は奴等で別の夢を見ている。
俺の夢に出た事は、あいつらには分からない。
でも、そういえば……
ぼんやりと思い出す。
最初に、説明された、コンセプト、だったか。
『共有する、夢の世界』
夢を共有する?じゃぁ、俺たちは皆で夢を見れるという事だろうか?
同じ夢を皆で見れるのか、全員で夢を共有するのか、しかしそれにしたって、俺たちは、何も、仕掛けは……
鳴り響く荘厳な音楽にいつしか飽きてくる。
それでも耳に入り込み、音の反復を……知らずの内にやっていて、考えている事と、想像している事が混雑し、
そして、
気がつかない内に人間ってのは、寝てる。
眠った瞬間ってのは分からないもんなのだ。
睡眠ってのは、脳が現実である世界を認識する作業を止める事だ。
って、俺は、そんな話をどこで聞いたんだったかな。
境界、夢と現実の境界なんてない。
人は、眠りと覚醒の境界すら正しく認識出来ないんだからな。
ぼんやりと、暮れ行く空の色のように。
眠りと覚醒の間はグラデーション。
現実が終わり、夢の世界は静かに帳を下ろす。
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---
追記:2025/09/20
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