異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』

書の1 現在地はドコだ? 『地図の上辺は北とは限らない』

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■書の1■ 現在地はドコだ? Where am I? 

 俺はしばし海の美しさに見蕩れてから一同を振り返った。
 海、俺がリアルでは見た事が無い筈の、あまりにもリアルな美しい海。
「海だな」
 何となくそんな事を口にする。いや、もしかしたら他人には海以外に見えてる可能性も無くはない。
 何しろ俺はリアルに、こんなに美しい海を見た事が無い。ともすれば本当にこれが海なのかは一応、疑う余地はあるだろう。
 見た事がある、と思っているモノは全て、仮想だ。
 液晶やモニターのむこう側に映っている、あれは俺にとってはリアルじゃない。

 あれはバーチャルだ、例え本当にそこに美しい海があったとしても、そのリアルな映像だったとしても、俺自身がリアルにそこに居ない限りは……モニターの中のソレは俺にとってリアルには成り得ない。

 ゲームオタクの俺には……バーチャルな世界をあまりにも『意識』している俺には、リアルとノンリアルの差が理解出来る。出来てしまう。
 テレビに映った映像を見て海を『見た』とは、俺は能天気に主張できないな。
 どんなリアルに近い経験をしたってそれは、仮想世界を通る限りは俺にとっての『現実』になど成りはしないのだ。

 とすると俺は、時に仮想を現実と取り違えた能天気な連中を見て、密かにバカめ、などとほくそ笑むわけだ。

 学業成績がなんだ、履歴がなんだ!ふはははは!そんな違いもわからんで何が『ノーマル』だ!
 ……はう……なんて事、思ってて正直虚しくなって来た。コレくらいで止めとこ。

「湖かもしれませんよ」
 故に、レッドからそう言われて俺は顔を顰める。
 瞬間的に脳内でやった一人ボケツッコミが、早くも無意味に蹴り出された気分だ。
「湖って、しょっぱい?」
 テリーの肩でアインである小竜が小首を傾げる。俺は、相槌を打って海あるいは湖を振り返った。
「なるほど、水を嘗めてみれば解かる!」
「いえ、塩っ辛い湖もありますよ。死海とか」
 早速打ち寄せる水に手を突っ込もうとした俺に、容赦無いレッドの突っ込み。
 う、じゃぁ俺はこのやり場の無い手をどうすればいいのかな?
「しかし、嘗めて見るのも良いかもしれません」
「なんでだよ」
 俺は疲れたように、波打ち際に手を伸ばした格好のままレッドを振り返る。
「味覚……というのも、この世界ではアリなのか、と思いまして」
 ふん、成る程な。
 俺は皮のグローブを無造作に取り、素手を出す。
 途端にひんやりとした空気が直に触れて心地よい。
 その手で、打ち寄せてきた波に触れる。冷たい、と思いきやそうでもない。どこか生ぬるい様にも思えた。
 そして僅かに指の先に付いた水滴を、俺は覚悟を決めて嘗めた。
 いや何、思い切りはこれで激しいんだ。うん。
「げ、塩辛」
「湖だとしたら、相当に大きいわよねー」
 そんな俺の行動を完全に無視したように、アベルの奴は両手を広げ伸びをしながら海を見渡している。
「こんな時はアレです。必要なのは……」
「……地図、だな」
 ナッツの言葉にテリーが小さく頷いて続けた。
「無人島、とかいうのだと地図もへったくれも無いんじゃない?」
「いきなりサバイバル生活?おいおい、どういうRPGだよそれ」
 マツナギの言葉に俺は苦笑しながらグローブをはめなおす。篭手、という程立派なもんじゃねぇな、良く使い慣れた皮を張り合わせたそれを再びしっかり嵌める。こんな装備、当然リアルで装着してみた経験はないが、まるで作業用軍手を嵌める位に馴染んでいる事態に、実はちょっと驚いている。
「まぁ僕等は空飛べますから、島からの脱出は困難ではありません」
「それだと早速パーティ解散の危機だ」
 俺がうんざりして言った言葉に、レッドはしれっとした顔で天を仰ぎやがった。
「しかしそもそも僕等が全員一緒にパーティを組んでいる、という設定だとは聞かされていませんから」
「……そ、そりゃぁそうだが……」
「TRPGだとしたらそれなりの理由を持って、僕等は合流し、行動を共にしなければいけないわけで」
 ナッツは苦笑しながら俺と、レッドの間に入って宥める。
 いやはやナッツ、お前そういう役ばっかりやってるから影薄くなるんだぞ?
「それぞれ目的がはっきりしていた方がもしかすると今後、その情報が役に立つかもしれません」
「そうですね、それもそうです」
 なぜだかレッドはナッツの言葉に納得したようだが……

 あぁ?何がそうなのかよくわかんねぇ。

「さて、では……まず情報を得られるであろう、人がいる場所を目指しましょうか」
「どうやって探す?コッチに行けとか言う、案内人が立ってる訳じゃ無いし……」
 まぁ、そういうのが居るのがジャパニーズRPGの基本ではある。
「確かにゲーム慣れしてない人には実にやり辛い所でしょう、日本のゲームはそういったお約束、そしてチュートリアルがしっかりしています。だから色々な幅の人が楽しめるのです。それに引き換え……」
 唐突にレッドは小さく溜め息をもらし、肩を竦めた。
「約束事を守る、これは実に重大な事なのです。この簡単でいて基本的な事一つ守れないような者達には、到底……」
「あーッ、ちょっと待てレッド!」
「ああ、失礼」
 元来の癖、だろうな。
 レッドが眼鏡のブリッジを押し上げる仕草をしている。実際、眼鏡が無い事に気が付いた様だがあえてやり通しやがった。
「それはゲームに限らず、アレ、な話だろう?」
 多分レッドは近年のゲーマー批判をし始めている。コンピューターゲームに限らず、サブカルチャー的な娯楽を楽しむ姿勢に対して甚だ憤りがある、的な事をよくチャットでわめいているのを憶えてるぞ。
「でも、ゲームにも当てはまる話だと聞いた事がありますが」
 こいつ、実の所重度の特撮マニアだ。
 なんかよく分からないがベタなシチュエーションが大好きらしくてな。ヘタに小細工したようなシナリオはあんまり好きではなく、こう、目に迫ってくる装甲やコスチューム、破壊カタルシス、それから無駄にかっこいい角度のカメラワークとか……語り出すと止まらないんだ。
 チャットでも、こうやっていっつも話しが脱線しやがる。
「確かにそれはある。とにかくだ、お前が言いたい事はわかった」
 お約束のなっていないのはダメダメだと言いたいのだろう、コイツは。しかし今はその論議は関係ないからな。俺はびし、と有翼族の姿をしたナッツを指差した。
「空から集落を探す」
 そういう魔法っつーか特技が、某老舗なRPGにあるんだよな。

 俺達はゲーム慣れしてる。

 今後どうすれば良いか分からない時、確かに。さり気なくヒントが転がってる様に出来てるのが、日本のRPGの『お約束』だ。
 だが現状、俺たちに何が出来るか考えて対応したって構わない。俺達はそういうふうにゲームに接する事も可能だという事をちゃんと、知ってる。

 そしてそれこそがテーブルトーク形式なRPGだ。レッドだってそれを知らない訳じゃぁないだろうに、知識バカ枠なんだからさ。

「そうだね、そんな事もあろうかと遠見の術とか取得してたりね」
「さすがナッツ、用意周到だぜ!」
「実はすでに、方角だけは特定しておいていたりね」
「流石はナッツさんです」
 俺は呆れるが、レッドはすでにそんな事はわかってたような顔してやがるな。
 ふむ……そうか、こっちの世界にやってきて早々空を飛んだ時だな?
「それ早く言えっつーの!」
「いやぁでも、海も見てみたかったし。どっちみち、海沿いに行くのが良さそうだったし」
「ホント、相変わらずマイペースなんだから」
 アベルが腰に手を当てて溜め息を漏らすと、ナッツは苦笑して海に向かって右手を差し出した。
「こちらに行くと港がある、ちょっと遠いけど。逆に」
 左手も差し出す。
「こちらに行くと大きな町があるみたい。城らしきものがあるね」
「城下町!?」
 俺が嬉しそうに聞き返したのに、マツナギは首を傾げる。
「城下町だと、何かあるのか?」
「城下町っつーたら、そりゃそれなりにデカい町って事だろ?色んな店があったりなんかして、……もしかして、クエストなんかもあったりしてな!」
「クエスト?」
「僕等のような、定職を持たないフリーター……もとい、冒険者達に与えられる日雇い仕事の事ですよ。日雇い、じゃない場合もありますけれど」
 嫌な言い方しやがるなレッド。リアルフリーターだった俺の胸にその言葉、チクリと刺さりやがったぞ?
 そんな俺のさり気ない不満の顔を知ってか知らねぇでか、レッドは笑いながら続けた。
「僕等は基本的に貧乏ですからね、冒険者っていうのは大抵そうです。だからお金さえもらえればどんな危険な仕事だって請け負うんですよ。それを知ってか知らぬか、仕事の内容は大抵ピンキリです。迷い猫を探す事から、どこかの攫われた麗人を救い出すなど、など」
 と、マツナギが何か思い出したように懐を探る。
 懐、なんだよな彼女。
 和服みたいな上着に鎖帷子を仕込み、肩や腰には日本鎧のようなアーマー……面白い装備だな、ちょっと興味がある。
 それを選んだ理由があるだろうし……などと、じろじろ見ていたらマツナギはちょっと照れたように体を捻り、背けてしまった。

 はッ!そういえば彼女のその和服から、溢れんばかりの巨乳!

 まさか俺、チチに見惚れているとでも思われたのか?
「ご、誤解だ。その、面白い装備だなぁと思ってだな……」
「どうだか」
 と、アベルとアインとテリーまでもが白い目で……くぉのテリー!テメェもオッパイ至上主義だろうが!
 俺が恨めしい視線を投げるとテリーの奴、鼻で笑いやがった。
「……嗜好をバラすぞテメェ」
「うるせぇ、勝手にしろ。俺が許せるのは精々Cカップまでだ」
 いやぁ、格闘ゲームって結構こう……キャラ立ちがスゲェもんだから胸のサイズも選り取りミドリであったりして、分類として格闘する女の子の胸が揺れるゲーム、というのすらある。まぁそれで、奴が使用するキャラクター的にどうにもそれなりの美学があるという話を交わした事があったりしまして。
「エラそうに!貧乳モエがッ!」
「俺は適度なサイズが好みなんだ。流石にまな板は遠慮するぜ」
「何おぅッ!てめー、チチっつったら……」
 すっかり、周り事を忘れてアツくなってしまった俺達であったが。

「……この男どもめ……」
「気にしないでねマツナギ。どうせバーチャル萌えなんだから」
 などという、アベルとアインのやり取りは、残念ながら俺達の耳には届いていなかった。

「お二方、いい加減本題に戻ってもよろしいですか?」
 とレッドから、ちょっと疲れた様に声をかけられ、ようやく俺たちは構えを解いた。
 別に取っ組み合うつもりはないんだが、気が付いていたらファイティングポーズをとってしまう、ああ、格闘ゲーマーのおかしな性。
「あ、えっと、何だっけ?」
「お金ですよ、お金」

 マツナギが思い至ったのはそう、お金の事であるらしい。
 レッドの話を聞いてそういえば所持金は幾らなんだろうと、そう思い至ったらしい。

 そうだな、確かにそれは気になる。

 サイフは……あるな、装備品としてそういう記憶がある。
 キャラクター育成に特別ボーナスがアドミニ権限で相当に付いていたが、初期装備は金額ではなく装備価値での経験値支払いだった。
 だから、そういえば『この世界』のお金については良く分からない。
 俺も慌ててサイフを取り出した。
 二つ折りのヘビ皮のサイフだ。銀細工で鎖もついてて、スリにも対応って所か?
「なんだ、この単位」
 しかし入っているのはコインのみだ。紙幣は、無い、みたい。
「グラム、でいいのでしょうか?」
 レッドも大きな六角形の銅貨を眺めながら呟く。
「金、銀、銅に合金……形も大きさもまちまちね、しかも、使い古されてて文字が潰れちゃってて……見えないんだけど」
『この世界で一番流通している通貨のグラムです』
 お、メージンだ。
 それぞれ顔を見合わせたところ、どうやら全員に聞こえたらしい。
 あまりメージンに負担を掛ける訳にはいかないのは分かってるから、こっちから質問するのは止めておこう。
『どうやら繰り上がりなど相当にややこしい単位のようですね。お金が絡むときは、僕がフォローしますのでご安心ください。ちなみに、皆さんの手持ちはおおよそ5グラム金貨相当。市場的に言えば、少々小金持ちと言えますね。何しろ7人全員から締め上げれば全部で35グラム金貨相当、弱いパーティーなら、盗賊のカモになりかねない額です』
 メージン、その例えは分かりやすいが、ちょっと物騒でないかい?
「……なんか、あたしのには明らかにグラム金貨とは違うのが入ってるわよ?」
 と、アベル。レッドも、何か見慣れないものを見つけたように、自分のサイフであるらしい皮袋から何かをつまみ出す。
「これはGじゃありませんね、Pです……。他に流通している通貨があるのでしょう」
 レッドはメージンに聞く事になってしまうと思ったのか、推測で言葉を締めた。が、メージンはどうやらその疑問まで答えてくれる様だ。
『みなさんは、その姿でこの世界に産まれた訳ではありません』
 ……と、思ったら、なんだそのフォローは?
『すでにそれ相応の年齢までに積み上げた、何らかの経験があるものとして背景を背負い、みなさんはこの世界に存在しているのです』
「そういえば僕はフレイムトライブ……南方人でしたね」
「あたしはイシュターラーね。もしかして、祖国の通貨かしら?」
「在り得ます……ありがとうございますメージン。そのアドバイス、じっくり考えさせていただきますよ」
 とりあえず、金はあるわけだな。一応暫くはのたれ死なない程度に。
「んじゃまず、城下町だな」
 俺は、妥当な提案をしてみる。
「そうですね、わざわざ遠いのに港に行ってみようなどと、そんなヒネた事を言い出したらどうしようかと思いましたが」
「なんだよレッド、俺がそんな捻くれ者だってなんで知ってるんだよ」
「一度聞いた事はよく憶えているんですよ、僕はね」
 少し笑ってレッドは俺に背を向けた。
「……ほら、チャットで」
 とか、ナッツが言うが……はて?何を言ったっけな?
「憶えてないんだもんねぇ、もう。アンタは基本RPGのお約束を破ってばっかりじゃない。フツーにプレイしても面白くないとか何とか、シナリオ上通れない様に強敵がいる所を無理に突破したりとか、そんなんばっかりやってるでしょ?」

 確かになー。
 俺はそういう、破天荒な行動が大好きだなー……。

 その先に特別な宝があったりするわけじゃないが、なんとなく障害が置いてあると蹴散らし、ぶち破りたい衝動に駆られるみたいで。

 俺はどちらかといえば、お約束『破り』なゲームに痺れるタイプみたいだ。

 その逆で、お約束に拘るレッドから見ると、俺は相当に相容れないタイプに違いない。

 いや、俺もこいつのいけすかねぇ口調には正直うんざりだ。
 どっかのゲームで腹黒系実は裏ラスボスとかに、居そうじゃね?こいつみたいな奴。誰でにもかまわずそのムカつく丁寧語で喋るつもりか?
 そんなん、チャット上でくらいだと思ったが……。

 あ、いや……これはチャットと同じ位にバーチャルなんだったな。

 俺は、背を向けたレッドに目をやった。
 この『現実』は今ここでは現実だとしても、それでもやっぱり『仮想』だ、バーチャルであるのが『真』だろう。
 現実だと勘違いしそうになるけれど、ここで俺達が振る舞う全てはバーチャル。滑稽なコスプレ顔負けな格好があまりにも違和感ないからすっかり忘れてたが……。

 ああややこしい!忘れないで俺!ここはバーチャルなの!
 現実じゃぁないって、なんで頭で分かってるのに、俺はそれを間違えそうになるんだよ!




 道中、モンスターとか出て来ねぇもんかな?

 などと戦闘バカがさり気なくぼやいたのを聞いたが無視だ無視。
 確かにちょっと戦闘にも興味はあるが、そんなあっちこっちに敵対モンスターなんか蔓延ってたら大変だろうが。エンカウント率が異常だ、一般人は町から出られないってのか?

 歩き始めて数十分。
 気配に、アインが椰子の木の林の奥に首を回す。
「人だ!」
 走り出そうとした俺をアベルが止める。
「別に人がいるのは珍しい事じゃぁないでしょ?この先にお城があるんだし……」
「ここが何処なのか聞こうぜ」
「……あのさぁ」
 アベルは溜め息をつき、頭を抑えた。
「あんたさっきのメージンの言葉、聞いてなかったの?」
「聞いてた、ぜ?」
「だったら状況を少し考えなよ。確かにあたし達にとってこの『世界』は『異世界』で、さっぱり状況は分からない。でも、そんな異世界の人間がこの世界にいる事なんて、こっちの世界の人達には多分、」 
 アベルは、ちょっと迷って言葉を選ぶ。
「関係ないわけじゃない」
「……というよりも、理解されないんじゃねぇ?」
「それ分かってるならなんで、アホ丸出しなの?」
 アホ丸出しとは、どういう意味だ。
 と、俺は言い返そうとして、何がアホ丸出しだったのか気が付いた。
 そうか、人がいるのは当たり前で、人だ!お兄さん!ここはドコ?などと聞くのは……滑稽極まりないって事だな。
 俺は言い出そうとした口を閉じ、アベルの言葉を理解したと言う様にうなだれた。
「そーだな、何も第一村人が必ず『ここはなにそれの村ですじゃ』とは言ってくれるとは限んねぇもんな」
 と言っておいて、ふいと顔を上げる。
「いや、わかんねぇぞ?外見こんなに世界はリアルだが、NPC設定(非プレイキャラクタ)は意外とアレかもしれねぇじゃん」
 俺は立ち直る、そして小走りに藪を越えた。
「ヤト!」
 レッドの静止に俺は振り返って言った。
「ダメで元々だ、ちょっと待ってろ!」

 思い切りは割りと激しいんだ、俺。

 小走りに下草の少ない椰子の林を抜け、その向こうに見えた人影に手を振った。
「おーい!」
 と、驚いた。
 道があるじゃないか。明らかに道だ、踏み固められた、草の生えていない、ところどころ石畳が引いてある道がある。人影は簡素な荷車を引いたロバと……青年だ。浅黒い日焼けした肌に、生傷の多い腕。近付くと荷車は生臭い……が、この匂いはアレだ。魚介類の生臭さ。……もしや漁師?
「な、なんだ?」
 明らかに驚いた青年に、俺は人懐っこく話し掛けた。
「悪い、この先に町があるみたいだけど……ここ、ドコだ?」
「はぁ?」
 会話が、成立しない。
 予感していた事とは言え……俺は内心慌てつつ、どうしようかと頭を回す。
「あ……なんというか、ちょっとした手違いで、俺達今さっきここに付いたばかり、というか、なんというか……」
「なんだ、海峡嵐の遭難者か?」
 そう言って青年は荷車を止め、その生臭い荷車から何かを拾い上げる。
「おとといのは酷かったって話だからな、ほら」
 と、渡された、生臭い……羊皮紙?ちょっとばっちいぞ?
「地図、」
 手で抓んで広げてみれば成る程、これは地図だ。羊皮紙に焦がして付けた線は海水で流れる事なくはっきりと残っていて、この辺りの地理と思われるものが見て取れる。
 しかしそれだけだ、それ以外の書き加えられていただろう情報はすっかり滲んで読めない状況になっている。
「運が良かったな、ここはレイダーカだぜ」



  塩水に晒された地図を砂地において、俺達は現在にらめっこ中である。

 通り掛かった推定漁師の兄ちゃん曰く、ここはレイダーカという所らしい。
 なるほど、文字が溶けてしまっている地形の一つに、レイダーカという地名がなんとか読み取れる場所を発見する。
 ……なんでこんなばっちい地図かというと、兄ちゃんがそこらへんの海岸で拾ったものらしい。
 海峡嵐?とかいうので、よくいろんな物がこの辺りの海岸線に流れ着くんだと。魚売りの帰りに、海岸をちょっと見て周るのが日課になってるらしく、その戦利品の一つらしい。

 俺達がその、嵐で難破した船の人間だろうと思ったんだな、あの兄ちゃん。
 それでボロボロの地図を譲ってくれたってわけだ。

 ここは地図のほぼ上辺の細長い島だという。それはさっきの兄ちゃんが教えてくれた。
 周りを取り囲む海……俺達は今、島に居るというのはなるほど、間違い無さそうだ。
「とにかくあっちに道があるから、それを遡って町に出ようぜ」
「……そうですね、こんな溶けている地図では……地形の形は分かりますが、町がどこにあるのかてんで、分かりません」
 地図から陸の形ははっきりと解かる。
 中央は海で真ん中にバツ印がついていた。それを取り囲むように、右上にやや大きな陸地、反対側である左下に、その半分ほどもない陸。
 ちょっと擦れてしまっているが、どうやら地図の下の方にも陸地があるように見える。

 ……これが、この『異世界』の姿か?

 俺たちの地図に照らし合わせると……どうだろうな、今いる場所が、右上の大陸から伸びた群島の先っぽみたいな細長い小さな島だと思っていたが、これが実は日本くらい広かったりして?
 だとするなら一日歩いた距離に街があるのかどうか微妙だ。
 地球地図に大きさを換算して考えるとと、レイダーカという島は日本列島の北から南までの距離より若干細長い様に思える。
「どれくらい歩けばつくのかしら?」
 多分、同じような事を考えていたらしいアベルが言った。
「どうなんでしょう」
 と、レッド含めて一同が俺を振り返る。

 あ、はい?

 それをなぜさっきの兄ちゃんに聞かないのだと、そんな顔ですか。すいませんねぇ気が利かなくて!

 大体俺が思い切らなければ、ここがレイダーカとかいう所であるらしい事すらわかんなかったんだぞ?

 そんな風に訴えてみたが無駄だ。俺の努力を認めてくれねぇ、逆に無能だとまで言いやがる。畜生、無能は無いだろ?酷いぞアベル。
 ……でもま、言い争ってたって仕方が無い。

 俺達はそんなわけで海沿いを行くのを止めて、石の敷き詰められた古い道を歩いている。

 方角は推定『南』だ。グチャグチャな地図で見る所、下に向かって歩いている事になる。とすりゃ、南だろうな恐らく。

 そう思いつつ、なんつーか無駄に捻くれた思想を持っていると自覚する俺は、そんな単純に考えていいのかな?と思っていたりする。
 南に進んでいるんだと思いつつも、妙な違和感を感じたりもするんだがな……。なんだろうな、この感覚は。

 例えば地図の上辺が、北、とは……限んないんじゃねぇ?とか。

 ほら、地図ってのはやっぱ、見易さ優先で作られてあるモンだろ?この地図はなぜか、中央に海が書いてあるがそれはおそらく、これは船で使っている地図だからだ。
 ……我ながら名推理じゃね?
 つまり、航海士が使いやすいように海中心の地図になっている。
 それでこう周りに陸を並べてみて、陸のサイズや距離的に、もしかしたら上が北として書いてあるとは限らないわけじゃねぇか。方位記号はインクで描かれてたらしく溶けちまって分からない。

 だが、俺はそんな思いをとりあえず胸にしまっておいた。

 現時点、俺の言う事に連中が耳を貸してくれるかどうか微妙だし別に、そうだと絶対的な自信があるわけでもねぇし。ハズしてたらまた恥をかくし。
 それに、これから町に行くんだしな。そこでちゃんとした地図買って、それ見れば全部解かる話だ。今はどこが北かどうかなんて、そんなのにこだわる必要はねぇだろ、多分。

 だがしかし、こういうのはアレなのな、なんつーか世界的常識とかいう分類の問題なわけで。
 俺達は方角に関してはここが『異世界』である事を後に思い知り、反省する事になる。
 まぁ、それはおいおいだ。

 日本人的なゲームのお約束も通じねぇ。そして俺たちのリアルである、地球上のヒトの文化的常識って奴もある意味、無意味であるこの世界において。

 俺達がいくらこの世界の住人を装うにも、どう足掻いても異邦人。
 異界の人間になっちまうんだ。
 そんな事を何度も何度も、思い知らされる事になるんだ。



 第一村人もとい町人と出会ってから、さらに数十分歩くと、人々の往来が見えてくる。
 椰子の林が唐突に開け道幅が広くなり、その先には白壁の住宅街が見えてきた。畑、らしいものも見えるし、まぁ言うなれば町外れだろうな。
 だが少し視線を上に上げれば……鋭い尖塔がいくつか空に飛び出ているのが確認できる。
「城だ、」
 城、城なんてリアルでは大阪城しか見たことねぇよ俺。
 それこそバーチャルな体験であれば、色々と見た事はあるけど……ええっと、何だっけな、ドイツにあるノイエなんとか城とか?
 アレほど丘の頂きに建ってるわけじゃないが、まさしく城!というデザインを見ていると、思わずドイツの推定有名であろう、あの美しい城を思い浮かべていた。
 海に引き続きここでも仮想な現実に、俺は打ちのめされそうだ。てゆーかいい加減無駄に廻らない頭なんぞ、回さない方がいいのかね?
 俺は益々鮮明に開けていく、このあまりにも現実的な仮想、言うなれば『異世界』を目の当たりにし、気が付けば頭の中で色々考えていた。
 捻くれた仮想をすっかり忘れている。
 いやまぁ、それでまた無能呼ばわりされるわけだけどな。
 だったら気が付かないテメェら全員無能だろうがよ!とか必死に脳内で反論しつつ、俺達はすっかり御上りさんみたいに、あまりにもリアルな非現実に魅入っていたんだ。
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沢野 りお
ファンタジー
なんということもない普通の家族が「勇者召喚」で異世界に召喚されてしまった。 兄、橘葵二十八歳。一流商社のバリバリエリートのちメンタルに負担を受け退職後、一家の主夫として家事に精を出す独身。 姉、橘桜二十五歳。出版社に勤める美女。儚げで庇護欲をそそる美女。芸能人並みの美貌を持つオタク。あと家事が苦手で手料理は食べたら危険なレベル。 私、橘菊華二十一歳。どこにでいもいる普通の女子大生。趣味は手芸。 そして……最近、橘一家に加わった男の子、右近小次郎七歳。両親が事故に亡くなったあと、親戚をたらい回しにされ虐げられていた不憫な子。 我が家の末っ子として引き取った血の繋がらないこの子が、「勇者」らしい。 逃げました。 姉が「これはダメな勇者召喚」と断じたため、俗物丸出しのおっさん(国王)と吊り上がった細目のおばさん(王妃)の手から逃げ……られないよねぇ? お城の中で武器を持った騎士に追い詰められて万事休すの橘一家を助けたのは、この世界の神さまだった! 神さまは自分の落ち度で異世界召喚が行われたことは謝ってくれたけど、チート能力はくれなかった。ケチ。 兄には「生活魔法」が、姉には「治癒魔法」が、小次郎は「勇者」としてのチート能力が備わっているけど子どもだから鍛えないと使えない。 私には……「手芸創作」って、なにこれ? ダ神さまにもわからない能力をもらい、安住の地を求めて異世界を旅することになった橘一家。 兄の料理の腕におばさん軍団から優しくしてもらったり、姉の外見でおっさんたちから優遇してもらったり、小次郎がうっかりワイバーン討伐しちゃったり。 え? 私の「手芸創作」ってそんなことができちゃうの? そんな橘一家のドタバタ異世界道中記です。 ※更新は不定期です ※「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています ※ゆるい設定でなんちゃって世界観で書いております。

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