異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』

書の2 緑の旗『立て札はとりあえず無視しろ』

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■書の2■ 緑の旗 green flag

 レイダーカ。

 ここがどこだと聞いたら、推定漁師っぽい青年が答えた返答が、それだ。
 地名か、町か、遠くに見える城の名前か。はたまた島の名前かさっぱりわからねぇ。
 電柱が立っててそれに番地が書いてあるわけじゃないし、青看板で道案内が出てるわけでもない。
 進むにつれて洒落た建物が多くなり、都会っぽく変容していくこの街を、俺達はおのぼりさんの要領で口を開け、見回しながら歩いていた事だろう。
 レッドからしてそうなんだから、俺もきっと同じように目を泳がせているに違いない。
 いつしか馬車の往来が激しい中心部に来ていた。
 ほぼ先頭を歩いていた俺とレッドはおもむろにそこで足を止める。

 見上げれば、上り坂の向こうに立派な城門が見える。

 立派な凱旋門前広場には噴水まであった。
 その周りに、円を描く様にレンガの道が敷かれ、さらに周囲には4、5階建ての建物が並んでいる……一見するとここは西欧的なガイコクな雰囲気なのだが。

 もちろん、俺はガイコクなんかに出た事はねぇ。いや、パスポートとやらの申請はしてるんだが。
 お隣アジアを修学旅行で行った程度じゃ、外国行った経験だとは胸を張れない気がする。そういう勝手な主張を元に、その経験はノーカウントとしよう。
 それでもここが、西欧的な異国だとか感じるのは、モニターの向こうにあるバーチャルな経験が俺にそういう気持ちを喚起させるからだよな。
 気が付けば、すっかり無駄なおしゃべりを止めている。
 なんというか目の前にあるこの、仮想であるはずの事実はあまりにも現実味がありすぎて……。
 俺達はすっかり気圧されて、だんまりになっていた。

 ようやく足を止めるに至り、俺とレッドは思わず顔を合わせる。
 だがお互い何と言葉を発すればいいのか……途端に迷う。

「すげぇな」
 かつて俺が連呼した言葉をテリーが低く呟いた。
 二頭立ての朱と金でカラーリングされている洒落た馬車が通り過ぎ、その大きな赤い車輪を目だけで追いかけている。
「映画の中に居るみたい」
 テリーの肩に乗っかっているアインも呆然と呟いた。
「これが全て夢だというのですから……確かに、」
 レッドはようやくそう言葉を切りだし、一同を振り返った。
「……とりあえずこの場所がどこであるのかを確認しましょう。案内図は無いものかと思いましたが……無さそうですね」
 ここが例えてニホンの都会部なら、道を歩けばどこかに案内図が置いてある訳だが。
 地下鉄の入り口前、主要大通りの交差点、ここがドコなのかを知らせる手がかりは多い。
 あまりにリアルな街並みに、そういう近代化した社会の産物を期待してしまったんだろう。かく言う俺もそういう道案内的な立て札は無いものかと目を泳がせていたりする。
「だけどこれだけ大きな街となると……どこで地図を売っているのかも分からないわ」
 そうだよな、俺はアベルの言葉に思わず頷きもう一度、目の前の噴水公園広場を見回した。
 どっかで道具とか売ってる露店なんか無いもんかと思ったが……なんというか、この町は相当にこざっぱりしている。恐らくだが、ものを売ってる店が並ぶ専用の区画や通りがあって、そこに行かないと店の類は無い気がするな……ちゃんとした『街』なんだよ、ここ。
 確かメージンの話では……この世界の文化レベルは中世時代程度で、しかもファンタジーと分類されると言っていたよな?
 道ゆく人を見回して見るが、どうも帯剣してる人はあまり見かけられない。
 普通の作業着やそれぞれの制服や、時に煌びやかであったり、おしゃれだなって思える服をまとっている所謂一般市民ばかりだ。鎧を着込んでいる人も……あ、居なくは無いか。
 しかしそれでもここが、俺達にとっての『現実のどこか』では無い、という確信がある。
 全体として見ると全く違和感が無いのだが……よくよく観察すると、羽を生やしていたり角を生やしていたり、とにかく人間以外の規格な生物も所々で見かける事ができるのだ。
 馬車を引いているのが馬、とは限らない事もある。
 やけにバカでかい狼っぽい生物やら、見た事の無い羊をデカくしたような生物やら、鳥っぽいのも居ればドラゴン……いや、トカゲ、かな……。
 とにかく思わずどういう構造なのかと、まじまじと観察してしまう程見慣れないものが溢れている。
 それから、やけに毛色がカラフルだ。
 それでいて酷く違和感の無い様は、黒髪黒目、黄色肌、もしくは茶髪や金髪くらいしかリアルで見た事の無い目には酷く新鮮に見えた。
「……目色と髪の色が同じ、ですね」
 レッドが小さく呟いた。
「だからどうした?」
「もしかして、ここって遠東方?」
 アベルが思い到って顔を上げた。
 遠東方って?なんでそんなん解かるんだよ。
 俺の不審な視線を受けて、アベルは腰に手を当て真っ赤な燃えるようなショートカットの髪を掻き上げて見せた。
 その手の隙間から覗く瞳は同じく鮮血の様な赤色。
 あ、そっか。ようやく俺も思い出した。
「イシュターラーは無条件で好きな目髪の色を選べるの。なんでも、祖先的に『大陸』に比べて魔種比率が高く……その為に能力的に有能。あたしはそういう設定を見て遠東方人(イシュターラー)を選択したんだもの」
「ちょっと待て、大陸に比べて……って事は、」
「あの地図はどうやら、部分的な地図と見て間違いなさそうですね」
 俺が思いついた結論を先にレッドが言いやがった。ちくしょう、美味しい部分だけ言いやがって……。つまり、俺達がさっき手に入れた地図はかなり、限定的な地区だけの物だったと言う事だな。ここが、懸念通り遠東方国、島国の……ええっと、国の名前は分かんないんだけどそういう、アベルみたいな人種が多く住んでいる国があるんだよ。
「とりあえず、情報収集しようか」
 ナッツは安穏とした口調で告げた。
 っても、どうやって情報収集……。
 ……まさか酒場に繰り出すってのか?確かにRPGの基本は、情報は酒場で、だが。
 するとナッツが小さく指で何かを指している。俺達はゆっくりその方向を振り返った。
 何だ?何を指差してる……?俺は目を泳がせ、何か変わった事がないか捜す。
 と。
 あ、……あ?
「もしかして」
「あやしいよね、あれ」
「何ですか?」
 レッドが目を眇めている……もしかしてこいつ、視力弱いの?
 見えているならきっと目ざとい奴の事だ、ナッツより先に気が付いているはずだしな。
「おい、もしかして見えないのか?」
 俺の言葉にレッドは少しだけ顔を引きつらせ、笑った。
「ええ、実は弱視を……」
 弱視のマイナススキルを取得している、という事か。
「じゃぁなんでメガネ掛けないんだよ」
「ヤトは裸眼だものね、メガネの制限を読んでないからそういう事を言うのよ」
 と、テリーの肩に乗っているドラゴンが指摘する。
 そういえば彼女、メガネが無いと殆ど見えない、とか言ってたよな。
「っても、俺もリアルそんなに目は良くねぇぜ?」
「じゃぁどう?あの緑の旗はちゃんと見えてるわけ?」
 アベルから聞かれて俺は今更驚く。
 そうだ、そう、俺は元々メガネの世話にはなっていないが視力は相当に弱ってる。
 本来であればあんな遠くの凱旋門前に立っている、兵士の判別すらつかないんだ!
 ましてやその頭上で緑色の旗が付いている様子など……。
 本来であれば見えるはずが無い。
「今まで全然気が付かなかったが、ちゃんと見える」
「全く、見えないんだったらメガネの一個くらい常備するべきよ?……現実でね」
「うるせーな、別に生活に支障ねぇからいいんだよ」
「車の免許取れねぇぜ?」
「取らないからいい」
 とそうだ、テリーにもお前裸眼か?って、そう訊ねたらなぜか当たり前だろ、とかいう返答が返ってきた。
 おいおい、どこらへんが当たり前だ。
「マツナギは?」
「あ、私も裸眼」
 やっぱりか。
 大型筐体で踊ったりする時ぁ、眼鏡は外すというからな。……跳ね回って落とすとかで。だからコンタクト勢が多いなんて話も聞くが、最初から目が良いならそれに越したことはねぇだろう。
 それに、マツナギはどうやら銃を持とうとしていた所から見て、ガンシューティングにも自信があるんだろう。動体視力も相当なもんだろうな……リアルで。
「この種族は感覚系が全てボーナスになってる」
 そういやマツナギは暗黒貴族種だった。という事はこっちでも視力・聴力系は十分に有利という事だな。
 なんだよ、RPG疎いとか言いながら結構ちゃんとしたキャラメイキングしてんじゃん。
 なんてマツナギを茶化してみたら、なぜか少しどまりながら実はメージンに手伝って貰ったんだ、と明かした。
「そうだったんですか」
「てっきり、他の人もそうだと思ったけど……私だけだったんだな」
「いや、俺も2、3質問はしたぜ、RPGにゃ疎いからな」
 と、テリーが何故かフォローするみたいに言う。
 何下心見え見えな対応してんだよ、この、この!
 などと、俺は心の中だけでテリーに突っ込んでおいた。いや何、一応これでも弁えてますから。むしろそうツッ込むと実はお前だってそうだろうニヤニヤ、などと切り返されるに決まってる。ああ、決まってるさ。
「で、なんでメガネを掛けない」
「……リスクが高いんです。技術文化レベルが低い事もあり、眼鏡は点数が高すぎて手が届きませんでした」
「え、アドミニボーナスでも?」
「ええ、それくらい眼鏡というのはこの世界において、扱いが厄介な物であるらしいです」
「どういう事だ?」
「ガラス製しかないんです。しかも合う眼鏡を探すのが結構大変らしくて、……どうしても不便であれば気長に探そうかと。誰かしら、目の利くキャラクターはいるでしょうからと思って」
「んな、」
「それに、弱視というマイナスはこちらの世界では相当に大きくてですね、魅力的だったんですよ」
 マイナススキルつまり弱い、良くない特徴や技能を持っていると、その分経験値を余計に貰えるっていう仕組みだ。そういうキャラクター作成したからな。レッドは恐らく技術力や補助技能を多く取得するために、もともとリアル自分に備わっている特徴『弱視』を選択したってわけだ。
「あたしは元々メガネもコンタクトも、おさらば出来るならそうしたいところだったもの」
 アベルの言葉にアインも頷いている。
「私もそれは同じですね」
「よくわかんねぇ、あんな耳が痛くなるモン四六時中掛けてなきゃいけねぇなんて、大変だなとしか言い様がねぇぜ」
「だよなぁ、俺もあの耳がイタくなるのが嫌でさ」
 俺はテリーの言葉に同意して溜め息をついていたが、アベルがそんな俺を見て呆れた。
「じゃぁ、コンタクトにすればいいじゃない」
「……眼科に行くのがめんどくせぇ」
 アベルはどうしようもない、という風に肩を竦めた。
「で、レッドはあの旗が見えるのか?」
 ナッツはどうやら同じものを見ている事を確認してから、そう仕切り直す。
 悪いな、どうも脱線してばっかりだ。
「ぼんやりと。……明らかに、異なった色彩であるように思えます」
「ああ、ハデな蛍光色だ」
 俺は頷き一同にそうだよな?と同意を求めた。
『フラグですね』
 天からの声がする。俺達はメージンからのメッセージに耳を傾けた。
 フラグ、とは。
 まぁ、頭上の旗に見えるわけだが、あまりにもそのまんまじゃねぇか?
『高松さん達がこの世界にイベントを起こす為に配置しているプログラムです。当然、フラグは皆さんのようなトビラへの干渉者にしか見る事が出来ないそうです。旗を立てている人も、自分がイベントプログラムを担っている事など理解しませんので、その辺りはご理解ください。説明しても、理解はされないそうですので』
 そりゃ、しねぇだろ。
 俺達はこの世界の人物じゃない、異世界から来ました!などとここで叫んでも、信じてくれる奴なんていないに決まってる。
 無視されるか、何アホな事叫んでるの?酔っ払ってるのか?イカれてるのか?などと言われるのがオチだ。きっと。
「あの緑の旗を立てている人と接触すれば……何らかのイベントが発生する、そういうわけですか……」
「流石に、無秩序に世界に投げ出されているわけでは無いようですね」
 レッドとナッツは、それぞれに何やら呟いている。
 と、メージンの言葉はさらに続いた。
『一先ず、皆さんにはこのグリーンフラグを辿り、イベントが発生するかどうか、立てた旗がバグっていないかどうかを調べて頂きたいのだそうです』
「成る程な、そりゃやりやすくていいじゃねぇか」
 テリーが頷いている。
「自由度が高すぎても困るわけだしね、」
「じゃぁ、他にもああいう旗を立てている人がいるかもしれないわけだね」
 マツナギが頷きながら周りの人間を見回していると、メージンからのメッセージはさらに続く。
『他にもいくつかMFC側からトビラへ干渉した事があるようです。随時、コメントすると思いますので』
 と、声が掻き消えるよう聞こえなくなった。
「こちらへコメントするのも大変なようですね」
 と、レッドが何となく空を見上げている。
「そうだなじゃぁ、とにかくあの緑の旗のおっさんに話し掛けて見るとするか」
「そうね、」
「そうしましょう」
「いってら」
 ……。
 おいおい、ちょっと待てやお前等!
 なんで全員で俺を見る!?
「お、俺が?」
「え、じゃぁ誰がいくの?」
 などとアベルの奴、わざとらしく言いやがる。
「あたしはドラゴンの子供って設定だし」
「あたし、嫌よ?」
「な、慣れてない事はちょっと……」
「僕は背後からのフォロー役という事で」
「そうですね、やっぱり先頭切っていくべき役割は前衛でなければ」
「俺は、ガラ悪いしな」
 口々に適当な事いいやがって!
 そ、それ言ったら俺だって対人関係は本来、苦手……。

 苦手だよな?

 だけどそういえば俺、推定漁師の兄さんに何も迷う事無く話し掛けた様な……。
 腕を組み、思わず考え込んでしまった。

 俺は本当に、対人関係は苦手だ。

 というかアレだ。それはリアルでの話か。現実では人と、顔を合わせて喋るのが苦手だ。
 苦手だと思ってる。
 リアル友人は居るにはいるが、どちらかというと人見知りする方だと自覚している。
 なんで自分がそんな引っ込み思案な性格なのか、自分でもよくわからんが、とにかくそうなんだからだから如何しようもねぇだろ。

 ぶっちゃけて、知らない奴は恐い。

 相手が何を考えていて俺をどう思っているのかなんて想像すると、途端に堪らなくなる。
 ただでさえゲームオタクと自覚して、ダメ人間だと自分の事を分かってるから、余計に他人の視線が痛い。
 ダメな奴だとみられてるのは仕方が無いのに、仕方が無い事にびくついてる。
 だから、基本的に相手の視界に入りたくない。
 知らない相手の目に、止まりたくない。
 見知らぬ他人と関わり合う事が、恐くて、面倒でたまらない。

 唯一、ゲーム好きな人とだけは問題なく打ち解ける事ができるみたいだ。
 そう、俺は現実で何も装わず素にゲームが好きである事をその人には、打ち明ける事ができる。

 要するに、ゲーム好きなのを受け入れてくれない奴と、話しすんのが面倒なのか?
 たかだがゲームと、鼻で笑われてしまうのが恐いのか。
 それでも俺はどうしようもなくゲームが好きで好きでたまらないから、自分の嗜好を貶されるのが恐くて、それで見知らぬ他人を避けるのか。

 だが、今の現状どうよ?

 俺は、一見無関心に行き交う人々を眺めた。
 冒険者一向かと、物珍しげに視線を投げる奴もいるのに、俺は今までそれが全然気にならなかったのは何でだ?
 いつもなら投げられる視線に内心、オドオドしているだろうに。

 ……要するに、ここがリアルじゃないからか。

 現実じゃないから、ここにいる俺も現実のダメな俺じゃない。
 戦士ヤトとして装われた仮想の俺だ。本来の武具とは別に現実の俺を覆い隠す、仮想の殻を被っている。それは別に見られて恥ずかしいものじゃない。

 だから、きっと平気なんだとようやく思い至る。

 思えば今と同じ経験はよくあった。
 何って簡単だ。仮想世界での事だよ。例えばネットゲームとか、電子掲示板とか、チャットとか。
 現実の俺を覆い隠した仮想の場においては、俺はなぜだか酷く堂々と自分を押し出せる。仮想の俺と現実の俺で、キャラクターが違うとかそんな事は無い。

 実際、脳内は常にこのテンションだ。

 ただ現実で、ダメな俺はこのテンションを常には保つ事が出来ないんだ。仮想であればこんなにも、堂々と振る舞えるというのに。

「なんだよ、テメェら度胸が無ぇな」
 ならば、装うのが常なら、俺はもっと強気に出たっていいわけだよな?
「しかたねぇ、じゃぁこの俺がパーティリーダーだな」
「引っ張れるの?」
「生け贄は必要ですから」
「っておい!レッド、今、何て言った?」
 レッドは俺から視線を逃れて笑ってやがる。
「そうよね、人柱は重要です」
「だな」
 テリーとアインがしきりに頷くのを、ナッツが苦笑して見ていたがおいおい、なんで、どーしてそういう方向性になるんだよ!
 ポンと、アベルが俺の肩を叩いた。
「じゃ、よろしく人柱」
「そういう言い方はよせーッ!」



 で。

 発生したイベントはあれだ、よくある奴。
 やっかいなモンスターがいるので討伐して欲しい、そういう依頼だな。
 要するに。 

「それで王様から直々に依頼、ですか」
 緑旗の兵士から貰った案内のチラシを見ていたレッドが、苦笑気味の顔を上げる。
「相当にやっかいなイベントみたいですけど」
「どういう事よ、ヤトの話じゃ要領を得ないわ、詳しく話して」
 あーあー、どうせ要約しまくりましたよ。ええ。
「そもそも、討伐依頼って話なのか?」
 テリー、いくらなんでもそこまで疑うか?
 怒る気力も失せる程……あ、なんか自信無くなってきたよ俺。
「討伐ですよ、魔王のね」
「まおう?」
 俺以外が声を揃えてオオム返しにしやがった。
 そうだな、その反応が正しい。
 俺も正直兵士に話を聞きに行くなりその内容のお約束っぷりに、思わずそう聞き返したもんね。
 テリーが呆れて顔を上げる。
「こんだけリアルに世界があるのに、やるべきクエストが魔王討伐だと?」
「あんまりにもベタよねぇ?」
「何か裏があるんじゃないの?魔王って、そもそも魔王って何よ?」
 アベルの困った言葉に、レッドは困惑もせずに笑って答えた。
「近年世界を滅ぼそうとする魔王、とかいうものが現れたんだそうです。その一派は、悪意のある種族を仲間に引き寄せては悪行三昧……見かねたイシュタル国はこの魔王討伐の勇者を求め、お触れを出している、と。そういう事です」
「だから、それが余りにもベタだと言ってんの」
「と、僕に怒られてもね」
 憤るアベルに向け、レッドは困って肩を竦めた。
「どうします、あまりにもベタですが、イベントには変わりありません。裏というか、オチを知るためにも参加してみますか?」
「都合よくあたしたちが、その魔王討伐隊を募集している国の近くにいるのもゲーム上当然の配慮なのかな?」
 マツナギの言葉に、アベルがはっとなって顔を上げる。
「というか、この国は何処?魔王討伐って、ここの国しか募集してないの?」
「というか、他に国があるかな?もしかしたら世界にたった一つの国、という設定なのかもしれないけど……その、魔王の所為で」
 ナッツの言葉に、アベルは口を濁す。
「とりあえず、地図でも買って世界について確認するべきじゃない?」
「……そういえば、ナッツさん」
「はい、もしかするとアレですかね、」
 レッドとナッツが何やらアイコンタクトしてますね。
 当然俺は何がアレなのか、聞き出すつもりで話に割って入った。
「なんだよ、アレって」
「テーブルトークだとするなら、この世界がどんな所であるのかプレイヤーはある程度、知る権利があります」
「どういう意味だい?」
「すっかり、これがテーブルトークに近いRPGゲームである事を忘れていました」
 やれやれ、という風に額に手を当て首を振るレッド。
 ま、そりゃぁな。
 こんなリアルに世界が広がっているんじゃぁ、ここは異世界でゲームをしているバーチャルだなんて事、すっかり忘れるだろ。
 俺だって精巧さに見蕩れて、こんな風景初めて見るなどと関心するたんびに、あ、ここリアルじゃないんだったなどと慌てて思い返す有り様なわけだし。
 すると、待ちかまえていた様にメージンの案内が届く。
『予備知識判定技能ですね。これを取得することで、情報戦で有利になりますっていう。すみません、実は今まであえてロックをかけていました。今、ようやくそれを解除したそうです』
 メージンの声だ。
 そろそろ慣れてきて驚かずに聞ける。ここぞという所でフォローしてくれる、流石はメージン。
 本来なら、キャラクターが持ってる特性により、ある程度の設定知識は引っ張れる様になってるんだがあえて、そういうのブロックかけて俺らの反応を見たかった、って事か。
「知識判定で、あたしはマイナス修正よね」
 そういう種族らしいから、とアベルは肩を竦めた。
『アベルさん、まぁそう言わずに全員で一度技能判定して見てください。この判定は特別で、事実上サイコロは振られる様な事はありません。レベルと背景により、降りて来る知識は決まっています。ですから、分からない事があったらこまめに行ってください。本当はトビラに入る前にその方法を教えておくのですが……しばらくこの世界に違和感を持って接して欲しい、という高松さんの要望で、ロックしていたそうで』
「そういう事でしたか。通りで設定と辻褄が合わないと思っていました」
 とレッドは大いに納得したように頷いてるが、何がそういう事だ?相変わらずお前の考えにはついて行けねぇ。
『……方法は、思い出す、です』

 思い出す?

 だがそう意識したとたん、ふいと情報が降りて来た。
 唐突に頭の中に広げられる世界地図。
 そのずっと右の端にある離れの大陸に、意識が飛んでいく。
 そのまた端っこの小さな島に、意識が降り立った。

 レイダーカ。
 ここはイシュタル国の首都、レイダーカだ。

 その知識を唐突に俺は悟った。

「ここには……俺は、何度か足を運んでいる」
 思わず口に出して、俺は齎された記憶を反芻していた。
「ラストラルツから船に乗り、エズの格闘場で好成績を収めて、それで王様に謁見した事が……」
「!、闘技場、それで俺と何度か戦ってるよな?」
 テリーが思わず指を差し、俺を振り向いた。
「そうそう、無差別級の合同式で!」
 俺とテリーはなぜかがっちりと握手してしまった。
「好敵手!」
「そうなんだぁ、いい設定~」
 と、テリーの肩の上でアインが呟いたのを、テリーは聞きとめて横目で窺う。
「何がいい設定なんだ?」
「仲良さそう、って事」
 もし彼女が竜でなければ。
 そこでにやりと微笑んでいる様が拝めただろう。
 竜から表情を読むには、口調とあとはその大きな瞳に込められた、微かな意図を汲み取れるか否かだ。
 またもしくは、彼女の性格を熟知しているか。か?
 残念ながら俺たちがそれを悟るのは、まだまだ先の事である。
「それは止めてよね、キモいから」
 なぜかアベルが眉を潜めてアインを振り返る。そう、その意味もこの段階では理解出来てない俺達。
「そうかなぁ?アベちゃんはリアル設定嫌いだもんねぇ」
「そもそも好きじゃぁ無いわよッ!」
 彼女等が、何を話しているのか。当然、その時の俺とテリーには分かっていない。
 うん、分からない方が幸せだったんだがなぁ……思わず遠い目。
「で、どうなのアイ、あんたは何か思い出した?」
「んー、全然。アベちゃんは?」
 所で……彼女ら。
 それはハンドルネームで呼び合ってるのか?それとも仮想の名前なんぞ本来、お前さんらには意味無いのか?……まぁいいけどさ。
「僕は一通り、この世界についてとこの国についての設定を」
「僕もそんな所かな。レッドにだけ情報戦任せるわけにはいかないからね、」
「流石はナッツさんです、助かります」
「いえいえ、こちらこそ」
 その場で深々とお辞儀を返す二人。
 どこまでも他人行儀の抜けねぇ奴等だなぁ。頭脳派はどこか抜け目無いって雰囲気がある。そういう物騒な認識、一向に払拭されてない気がするんだが。
 マツナギは、未だ辺りを見回しながら言った。
「ここがイシュタル国なのはわかったけど、それだけだな……私はここに初めて来たらしい。そもそも自国を出たのが今回で初、という設定の様だ」
 おかげで今だに分からない事が多いと、マツナギは肩を竦める。
「やっぱり、ここはあたしの出身国だわ」
 アベルは腕を組んでため息を漏らす。
「イシュタル国、文化レベルが他大陸より一つ分進んでいる国よね。一番最後に八精霊大陸に加えられた所で、それまではずっと鎖国状態だったの。それで色々と独自な文化を持っているわ」
「そうなんだ、鎖国だなんて昔の日本みたいだね」
 いやしかし鎖国していた江戸幕府は、全然文化的に進んでませんでしたがね。
 ……それくらいの社会歴史の知識は俺にだってあるぞ。そんくらいは常識とも言わねぇってか?はは……。
「で、思い出したか?何か」
「分かりませんかね、レイダーカ王国には推定強いであろう魔王の討伐を募集するだけの国柄が備わっている。他の国ではこんなベタすぎる募集など誰も相手にしません」
「国柄?」
「……闘技場か」
 あ、そうか。って、先越されたッ!焦る俺をよそにテリーは腕を組む。
「イシュタル国には国営闘技場があり、腕に憶えのある連中がわんさか集まってくるからな……募集を出せば、それに目を止める人間も多いこったろう。だが、その魔王連中の被害にあってるのはこの国じゃない、そうだろ?」 
 テリーの言葉に俺は驚いた。
「てゆーか俺は魔王だなんてモンがいる事自体今知ったぜ?」
「そりゃ、お前が田舎モンだからだろうが。こちとら、西国ファマメントの首都出身だぜ?被害を受けてるのは特に西だ。マオーとかゆーもんの噂はそれなりに、知ってる」
 俺はなと、どこか観客的にテリーは自分を指差した。
 しかし田舎者の一言は、さり気なく俺のハートにぐっさり、刺さりましたよテリーさんや。
 確かに、確かに田舎出身だが、だからこそこの内に秘めた可能性って奴があるわけだよ。
 わからんかね、この設定の妙!
 ……俺は東国コウリーリスのシエンタ出身って事になってんだよな。
 トホホ、そこは設定上、超絶ド田舎なんだ。分かっててそう設定したんだが、予想以上に大ダメージ食らってます俺のハート。
「ファマメント国なら、身元も分からない冒険者に魔王討伐なんて要請しませんよ」
 とレッドの冷静な指摘に、テリーはふいと眉を潜め頭を掻く。
 そう言われりゃそうだな、そういう『お国柄』だ、とか小さくぼやいた。
「ディアスでも同じ事が言えるでしょう。カルケードも元を正せは西方王族のルーツの国、討伐は身内に命じているに違いありません」
 すっかり世界の知識を我が物としたレッドが、早速丹念な情報解析を始めた。
 俺は、へぇ、そうなのかと頷くのがやっとだ。レッドが言うからその情報、間違いが無いんだろうが……俺もアベルと同じく、知識情報判定に弱いみたいだな。
 はッ、そういえば思い出せる知識は、技能と『背景』に左右される、とかメージンが言ってたな?
 まさか田舎出身であるために、俺は世間様を知らないと、そういう肩書きになっていたりするのか?
 がーん、田舎者である事が、まだ俺のハートの傷を抉っていきやがります。
「他の国は?」
 とアベル。
 奴は出身国に因み知識情報判定に弱い設定らしいが、いやいやいや?彼女に負けたら俺の立つ瀬が無い。
 他の国?
 他には……俺の出身のコウリーリス、それからシーミリオン、シェイディ、ペランストラメール。
 へへん、全部思い出せるぜ!
 この世界八精霊大陸には八つの国があるんだな、うん。
「コウリーリスは田舎ですから、魔王討伐なんて事にかまけているヒマはないでしょう」
 レッドのさり気ない言葉に、テリーから横目で一瞥された。

 ち、畜生……。俺、泣いちゃうよ?

「ペランは、あれはどうでしょうね?魔王とかいうのに興味があれば、魔導都市で動くでしょうが。連中は何を考えているかわかりませんからね。……何を考えているか分からないといえば、シーミリオンもそうです」
「どちらかと言えば、都合はシェイディも近いのかもしれない」
 ナッツの言葉にレッドは深く頷いて同調する。
「ですね、魔種を多く抱える国として逆に西からは牽制されている始末ですから」

 しっかし……
 なんか知らないが、さっきまでここは何処だとか何とか路頭に迷ってた奴等の会話じゃねぇよな。俺は呆れて溜め息を漏らす。

 『思い出した』とたんに、世界は、まるで違った風に見えてくる。

 新鮮だった筈の景色が、まるで昔から知っているような、懐かしさを喚起している。

 おいおい待て、なんで懐かしい?

 そう『思い出せ』ば、そういやレイダーカまで出向くのは数年ぶりなんだと、そういう知識を思い出せるんだ。
 だけど思い出すたびに、俺は異邦人である事を忘れそうになっている。

 正直この脳内会話は疲れるな。
 ここは異世界で、リアルに比べればバーチャルで、目を覚ました時には全て、夢で片付けられてしまう……。
 そういう、経験。
 それなのに何で俺は、ここが現実では無い事に拘るんだ?まるで、夢だということを自覚して、どうせ夢だからと世界の全てを軽んじている様じゃないか。

 俺は、ゲームを愛しているんだ。

 どんな作品にも、分け隔てない愛を注いでプレイする。
 どんな凡作でも、秀作でも、駄作でも。クソゲーだろうが何だろうが、作り出された事を思い、俺は真摯に向き会う事をモットーとしている。
 それなのに俺は今だに、この『ゲーム』と、どうやって向き合えばいいのか分からないで、ただ戸惑ってる。そんな気がするな。
 それも仕方が無い、そう、いくらゲーム慣れしててもこのゲームはあまりに斬新すぎだ。
 リアルすぎる。だから、ゲームとして認識が出来ないでいるんだ。これはゲームと分類されて良いのか?
 『この世界』は『このゲーム』と言い現す俺の言葉ときっと同義だ。
 俺はどんな風に『この世界』に向き合えば良いのか。それに答えが出せればいいって事か?

 俺はどうすればいいんだろう。

 あれやこれやと、談義を交わす一同を眺めて、俺は密かに自分の身の振り方を考えて見る。
 これはテーブルトークにある意味近しいRPGだという。展開されるゲームの内容に、ベタだ何だとケチをつけるのはどうよ?俺のプレイスタイルからして、それってもしかしてタブーなんじゃね?
 どんな内容でも、真摯に向きあう。
 それが俺にとっては重要だ。

 じゃぁどうすれば俺は、この世界に誠意を込めて向き合えるのだろう?
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