異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』

書の3 赤はキケンの赤 『当然黄色は注意ですね』

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■書の3■ 赤はキケンの赤 danger signal

 俺たちは異邦人だ。
 この世界にとって、異世界から来た者だと云える。

 逆に言えば俺たちにとってこの世界は『異世界』なわけだ。

 俺たちはこの世界を『ゲーム』として体験している。
 だからだろうか、どんなに開けた世界が凄かろうと、どこか仮想の癖になどと、ケチをつけようとしてしまっている。

 でもそれってどうなんだ?

 俺は、俺たちは重度にゲームをやり込んでいるゲームオタクだ。それは単純なことじゃない。俺達にとっては重い事だと思う。
 それは、ゲームを愛しているという事なんだ。

 少なくとも俺はゲームが大好きだ。
 ゲームの全てを愛していると抱きとめる自信があるね。
 いい所、悪い所、ひっくるめて愛してる。フリーズ現象やプログラムバグ、ナウローディングの長さやサバ落ち(サーバーダウン)だって俺は愛せる。
 ……多分。
 一方的だって?愛ってより、恋?ある意味偏執的な執着?

 違う。
 これは、愛だ。

 愛は与え、そして与えられるものだ。ゲームというのは、こちらからのアクションに必ず何かしらの応答をして成り立っているだろ?
 だらかこれは断固愛だ。ラブだ。断言する。

 リアル恋人いない歴実年齢であるこの俺の言葉には、微塵の説得力も無いのは分かっているが。だがしかし、叫ばせてくれ。
 脳内でくらい。
 俺がゲームを愛し、愛していると接するからこそゲームは素晴らしい世界を俺に見せてくれるんだ。解かるか?つまり浸れるか否かって事だな、要するに。
 どうせゲームと割り切ってたら、どんな感動シーンも大無しになるだろ?
 ゲームやるからには操作しているキャラクターになりきって、そうやって世界やキャラにのめり込み、共感する事が重要だ。そうだ、今の俺に足りないのはそういう事だよ。
 いつまでもここはどうせ現実じゃない、夢だ、バーチャルだと、そんな事は考えて確認する必要性があるか?
 いいんだ、そんなもの。忘れたって。
 それで、俺が現実をすっかり失ってしまうわけじゃねぇ。

 ゲームが終われば、夢は醒めるんだからな。

 それまで俺はこの異世界で、異邦人である事だって忘れてしまっても構わないんだ。
 何しろそうやって異邦人である事に迷うのが、俺達の仕事じゃない。そんなもの、異世界に迷い込みたい奴等が脳内でやってりゃいい事だ。
 このMFCというゲームが、ある意味その望みを叶えるであろうモノであっても……。


「よし、魔王討伐イベントを受けよう」
 唐突に元気な声をあげたらしい、俺に一同は驚いた。
 まぁな、唐突だったのは自分でも分かってる。僅かな間に実は多大な決心があった事は、この俺の田舎者というフレーズに傷ついた心にしまっておくぜ。
「あれこれ論議しょうとも、結局そういう結論になるだろう事は……予想してましたが」
 相変わらずレッドはすかして言いやがるな。
「俺とテリーがいれば、討伐認定は楽勝に取れる」
「……だろうな」
 いやほら、誰でも彼でも討伐隊に認定していたら、支援金目当ての奴等とかも出かねないからな。ある程度の選考はあるらしい。だが、イシュタル国の闘技場で活躍しているらしい俺とテリーがタッグを組み、パーティ編成して討伐に出るとなりゃぁ、こりゃ王様、喜んで討伐隊として認定するだろう。間違い無いね。

「では、改めまして。僕等はここイシュタル国の辺境に集い、魔王討伐のために仲間となって共に戦う旅をする事になりました。これより、このイベントを正式に受けます……よろしいですか?」
 レッドの言葉に俺達は頷いた。
 すると、レッドは手にしていたチラシを差し出した。気が付けばそのチラシの上にも緑色の旗がついている。
 ……変な感じだな、視覚的に邪魔になってるはずなのにそういうわけでもなく、だけどフラグが立っているのが解かる。
『イベントスキップが発生しました』
 メージンの声。
 なんだ?イベントスキップって。
『イベント討伐を受ける一連のイベントをスキップします。これは、ゲームをする上で参加確定したイベントを確実に受ける為に、一時的にプレイヤーの干渉を飛ばすものです。スキップした内容については、思い出す行為によって補間されます』
「時間軸が関係ないからできる芸当ですね」
 レッドが小さ呟いたのを俺は聞いていた。
『また、初回なのでスキップが発生する事を説明しましたが、今後は僕は特に何も言いませんので』
 んーとすると、どうなるんだ?
『スキップ発生が起こったかどうか、判断できな場合も多いでしょう。それにより皆さんはより、この世界に実在するように思えるはずです。思い出すというコマンドで、皆さんの意識が経験していない事も経験した事の様に思い出すようになります』
「それじゃ、ゲームやってる事を忘れちまうんじゃね?」
 ぼそりと、俺が呟いた言葉に一同は目を瞬いた。
「……それが狙いなんでしょう」
「どうなんだろうな、それは」
 テリーは腕を組む。
「そこまでどっぷり浸かっちまって、それで俺たちはどこに『面白い』というのを感じればいいんだ?」
「でも、別にワタシ自身を見失うわけじゃないんでしょ?」
 と、アイン。どういう意味だそりゃ?
「ゲームしているってそんな感覚を介していなければ、面白いとか、萌えとか。そういうの、感じないわけじゃないと思うのよね私は」
「まぁな、読み合いしてる時ぁ確かにそんな事は考えてねぇ。相手がどの手を出すかだけを考えてる」
 テリーが言ってる読み合い、ってのは格闘ゲームにおける相手との駆け引きの事な。相手がどの攻撃を出すか互いに読み合って攻撃を下段上段どっちに出すか、とか防御に回るか、とか、そういうの考える事だ。
「面白い、という感覚は恐らく後で噛み締めるものなんじゃぁないかな。僕もシューティングなんかで凄い弾幕が迫ってきた時、躱す事だけに集中している。でもそれを抜けた時、ああ楽しかったとか、過去形でカタルシスを感じるんだと思うよ」
「つまり、あたし達が本当に目を覚ました時」
「その時面白かったか、面白くなかったか」
「それをリサーチさせたいわけだ」
 ふぅむ、成る程なぁ。
 じゃぁ俺が一生懸命リアルだ、バーチャルだと散々脳内で繰り返した迷いはもしかして無駄?無駄なの?
「バーチャルに呑まれないようにしてたんだがなぁ」
 と、テリーがぼやいた。
「そうですね、僕も色々とあまりにも現実的ですがここは仮想なのだと、まだ頭の中で世界を疑って掛かっています」
 おお?もしかして、皆さん俺と同じ悩みを持っていらっしゃいました?
 ……てゆーかアレだよな。俺が考えるんだから、他が考えない訳ねぇよな……ははは。
「ですがそれも『思い出す』行為によって都度、追いやられていく感じがしますね。……世界知識に詳しく設定を取った所為でしょうか?」
 と、なぜかレッドが俺を振り向くんですが。
 え?何、何を俺に望んでらっしゃるんですかッ?
 俺が世間知らずだと言いたいのか?それとも、関係無しにアッチの世界の事なんか忘れているとでも思っての視線か?
「こいつはもうすっかり戦士ヤトで馴染んでるわよ、きっと」
 アベルが肩を竦めて俺を一瞥しやがる。
「おおお?何、その決め付け?」
「違うの?」
 さらに、見下したように鼻で笑いやがった。
「お、俺だって色々悩んださ!うわすげぇ、俺こんなスゲェ海見たことねぇけど、あ、そうかこれも仮想か!とか」
「ふぅん、そう」
 疑わしそうにアベルは目を細める。
 ぬぅ、口で幾ら訴えても聞く気無しって顔だな。かといって、レッドみたいに口達者じゃねぇし。結局妥協するハメになるんだよなぁ。口論を受けて立つか一瞬迷った俺であったが……。いや、止めとこう。
 そうするときっと、また例によってナッツに気苦労掛けるからな。俺達、というのはアベルのヤツとだが……とかく口喧嘩ばかりしている。どうにも薄っすら思い出すに、こっちの世界でもその設定は生きているらしくてガッカリするぜ。
「とにかく、イベントスキップ!次の段取りに進もうぜ!」
 ナッツが苦笑しつつほっとした顔をしたのを俺は、こっそり見た。
 うん、ごめん……毎度迷惑掛けてます……。


 そんなこんなでイベントスキーップ。

 メージンから説明されたから、突然俺たちが町の郊外に投げ出されたこの状況も即座に『思い出す』を使わなくても場を『スキップ』したというのは理解できる。
 では、早速俺たちが受けたイベントについて思い出してみよう。

 ここは、レイダーカ城下町の郊外。
 折角街中に行ったのに、またこんな郊外まで飛ばされちまったよ。
 だが、そうやって町を出る選択にも理由があった。レイダーカ城下町は、観光に適して無いからだ。

 観光って言い方は微妙だな、観光というよりは……物を買うのに適した町じゃない。つまり、商店街に冒険者向けが無い。そういう事だな。

 レイダーカっつーのはイシュタル国の首都なんだが、色々歴史的な都合があって本島から離れた小さな島にあるんだそうだ。観光客で賑わう本島のエズなんかと比べると圧倒的に人口は少なく、訪れる人も少ない。あ、エズっていうのはイシュタル国を代表する大きな都市の一つな。
 ぶっちゃけて、レイダーカには何も無いんだと。あるのは国を管理する中枢機関と、それに付随する産業、あとレイダーカ島に住んでる国民の為の施設だ。
 だから、宝だ、魔物退治だ、などという冒険者と云う名のフリーターには基本、居ずらい町であるらしい。
 俺達は、どうやら『思い出す』に魔王討伐の為にこうやって合流し、イシュタル国からの討伐隊認定を貰う為にわざわざ首都レイダーカに赴いた、という状況である様だ。
 めんどくさいよなぁ、国の仕事受ける為にわざわざこっちが役所に出向かなきゃいけない、っていう。
 ま、とにかくそれも無事済んで、認定も受けて場面をスキップしている。

 で、肝心の魔王退治なんだが。
 いや、あれ結構マジらしい。なんでも、ギガースとか名乗る確信犯的な奴が中心になって、西を中心にしてとにかく悪さをしていると言う。
 町を侵略して壊滅させたり、要人を暗殺したり、金品強奪したり、色々と裏で手を引いて悪事を働かせているらしく、近年の大事件の裏側には必ずと言っていいほど魔王の影があるらしい。
 しかし、西での凶事が多いというのは分かっているものの、本拠地がどこなのか、構成がどんなものなのか、正直はっきりしないというのが現状らしくてな。
 僅かでもいい、情報を集める事も報酬に繋がるらしい。

 あ、そうそう。

 魔王討伐という主旨なんだが、報酬は成果による。重要な事実がわかった場合それをレイダーカに知らせるだけでもある程度の報酬が貰えると、そういう仕組みだ。
 なら、まず西の大陸に行かなきゃ話になんねぇ。俺たちが下した最初の判断はソレだ。俺たちはレイダーカを出て、この島国とおさらばするべく港を目指すわけだ。
 さっさと大陸に渡って西に行く事、そういう方向を決めたってわけだな。
 レイダーカ城下町から北へ向かい、ミナカシっつーイシュタル国本島の港町まで行く船にまず乗る。で、イシュタル島を横断、セイラードって港から外海周りとかいう船に乗って、西の大陸に上陸ってぇ計画な。
 他にもルートはいくつかある様な事をレッドが漏らした、だがその場合はどーたらこーたらと、ナッツや何故かマツナギが加わって話をしていたな。
 結局は、西の大陸にもっとも早く渡る方法を選んだみたいだけど。


「北だな」
 俺は、推定北を指差した。
 結局新しい地図は手に入らなかったんだ。まぁ、地図なんかなくともレッドやナッツの頭には、しっかりこの世界の地図の情報も入ってるだろ。地図を買う必要性は無い、と連中が判断しているなら要らないに違いない。
 かく言う俺もこのイシュタル国がどこらへんにあり、レイダーカがどこなのかは今やしっかり『思い出して』いる。
 レイダーカ城の位置から言って、港があるだろう場所も大凡の見当はつくな。
 しかし実際目の前にあるのは、簡略化された地図でも、デフォルメキャラが歩く俯瞰式縮小フィールドじゃねぇ。

 長閑な椰子の畑が広がるリアルな道だ。

 で、分かれ道で俺は、推定北を指さしているわけだが。

「……こっちだよな?」
「恐らくは」
 おいおいレッド。
 なんで恐らくは、って不安げな事言いやがる?
「僕等が最初にログインした場所が、どこなのか分からないからね」
 ナッツの苦笑した言葉に、俺はさらにハテナマーク。
「いいじゃない、レイダーカ島はそんなに大きな島じゃないわ。道を歩くんだし、流石に看板の一つくらいはあるんじゃないの?」
「そういう意味ではここに看板が無いのも困ったものですが……」
 と、レッドが目配せする。
 ……っておい、なんだ、この明らかに破壊されたと思しき木の破片……?
 道端からその奥に掛けて、よく見ると何か大きなものが通ったらしい跡が見て取れる。草を押し潰したような、例えて、車のタイヤの跡みたいなのだな。しかしその幅は俺が両手を広げた手の端から端くらいある、大きな跡なんだけど。
「何かが通って看板をぶっ壊したのか」
 テリーがなぜかエラく関心を示して呟いた。
 ってゆーかテリーさん、なんか目が爛々と輝いてませんか?も、もしかしなくても『敵』を見つけたって顔してやがるぞコイツ。
「おいおいそんなんほっとけよ。看板ぶっ壊すような奴がどっちが北か南かなんて教えてくれたりしねぇだろ?」
「そりゃそうだろうが、迷惑な奴ならぶっ倒しても少なくとも怒られやぁしないだろ」
「でもさぁ、これがいつ壊されたかわかんないじゃない。これから探すの?時間の無駄よ」
 うむ、俺もその通りだと思う。言ってやれ、言ってやれアベル。
 正論だと悟ったらしくテリーは大人しく口を閉じた。
「と言う事で、元来た道を戻るんだね」
 と、ナッツ。
 そういえばそうだな、この場所には見覚えがある。て事はナッツが遠見で上空から偵察し、こっちにはお城、こっちには港とアナウンスした、その港を目指せばいいわけだ。
 とりあえず歩を進めつつ。だがしかし実は俺たち一同、その道がどうもハズレであるような予感は、薄々していたりするんだ。
 というのも、色々とそう思うヒントはあったんだよな。
 例えば俺が思った事……今持ってる地図の、上辺が北とは限らないんじゃないか?というのとか。
 実はナッツがこっちは港だと行った時に……『ちょっと遠いけど』と言った事とか。

 もしかしたら間にスキップが入ったのかもしれない。
 とにかく、ひたすら俺たちは道を『推定』北上した。

 その間実に不思議な事に……誰ともすれ違わないんだよ。人っ子一人、道を歩いていやがらねぇ。
 気が付けば椰子の林の合間から、海岸が覗く。真っ青な海がちらちら窺える、道は海沿いだ。
 明らかにこれは道、間違えてないか?
 そう思うんならさっさと引き返せばいいのに、行くと決めて間にスキップ入っちまえば、もうあとは何かあるまで突き進んじまうんだよな……というか、そういう判断をしたからそうしちゃったみたい。違うかも、と思ったけれど行ってみようぜと誰か言ったのかもしれんな。
 あ、俺か?その発言俺っぽい気もするが。
 ここのシステムは要改善なんじゃねぇの?それとも、スキップした過去を選択し直す事は今時のオンラインゲームと同じで不可能って処理だろうか。
 スキップ機能のオンオフ設定が出来るなら、それをプレイヤーが操作できるようにしないとだろ、多分。どうなんだ?まだスキップっていう機能に慣れてないだけだろうか?

 「あれ、何だろう?」
 ふいとナッツの言った言葉に、先頭を歩いていた俺は振り返る。
 殿を歩いてた、テリーが目を細めて立ち止まったから俺も足を止める。レッドは俺の隣を歩いていたが……奴も振り返った。
「どうしました?」
「何かいやがるな」
 テリーの細めた目が、……明らかに好戦的に微笑んでいますが。
「敵か?」
 俺は予測できた結果に肩を竦める。
「どうだろうな……だが、」
「メージンの声待ち、ってところですけど」
「旗だね」
 マツナギの言葉に、目が良い組の連中が凝視する方向に向き直る。それは、ほぼ直線的に続く乾いた道の遥か先である様だ。残念だが俺の視力ではこの道の先に、何か変わったモノを捉える事が出来ない。
 ソレに気が付いたナッツ、テリーそしてマツナギは……感覚系に相当鋭いという設定ってわけである。あ、アベルも見えてるっぽいな……すげぇ、今俺リアルよりもかなり目が良くなった自覚があったけど、連中もっと見えてるって訳だろ?
「フラグが立っているんですか?道に?」
 俺以上に状況が見えていないレッドが目を眇める。
「テリー、マツナギ、何処まで見える?」
「黒っぽい塊だな」
「亀だ」
 マツナギの断定した物言いにテリーは益々好戦的に顔が笑った。早速、魔物だと決めかかってるなコイツ。しかしさすがのテリーも、貴族種程に目が良い訳では無いらしい。
「ナッツさん、もう少し詳しく状況を見れますか?」
「やってみよう」
 ナッツは頷いて前に出る。そして少しの間目を閉じてから、見開いて前方に集中する。
 遠見の魔法って奴を使えるらしいが、それを行使してるのかな?魔法は詠唱とかは不要なんだろうか、俺魔法は使えない設定戦士だからその辺りの作法が良く分からん。
 暫らくそうしてから、瞬きもしなかった目を閉じて、何時もの温和な顔で振り返ってナッツは状況を説明した。
「立派な甲羅が道を完全に塞いでいます。相当な大きさだね……その、甲羅の上に旗が見える」
「緑の?」
「いや、」
 と、マツナギが俺の言葉に首を横に振った。
「あの旗は赤い。そうだろ?」
「うん、赤だ」
 しかしマツナギ。お前、相当に視力が良い設定なんじゃねぇか?ナッツが魔法行使して見えたのが素で見えてるのかよ。
「赤?」
「敵って事じゃねぇの?」
 テリー、お前は敵ってアイコンに拘り過ぎだ!
「最初から敵として置かれている、というのは、あまりにも稚拙です」
 レッドが状況を考えながら……やっぱり、無意識に眼鏡のブリッジを押し上げようした様でその行き場のない指を額に当てた。
 お前、さっさと眼鏡買って掛けた方がいいよ。伊達でも何でも。
「相手が敵対的であるか、そうでないか、それを駆け引きするのがテーブルトークの醍醐味でしょう。最初から敵であるというアイコンがついている様では、コンシューマー的ゲームと何ら変わりありません」
「赤旗ねぇ……緑、グリーンフラグがイベント関連プログラムの印で他にも何かあるってメージンは言ってたよな」
「言ってたね、……接触してみたら?そうしたらメージンのコメントがあるかも」
 相変わらずテリーの肩に乗ってるアインの言葉に、俺はそれもそうだなと思ったのだが……。
「どうでしょうね」
 なぜかレッドは慎重だ。
「正直、テリーさんの『敵』という説には賛同しかねるのですが……。だからと言って危険なものでは無い、とは思えないんですよ」
「……赤だから?」
 アベルが首を傾げた。そういう彼女は髪も目も真っ赤っ赤だよな。ケンカ売られたとでも思ったか?
「確かに赤は危険という意味で使われる事は多いね。警告色として目立つからかな?」
 マツナギの目も赤だ。しかし、アベルの目の色とは微妙に違う感じの赤。アベルの目の色が燃える様に鮮やかな朱色なのに対し、マツナギの目は濃く、深いブラッドレッド。これは暗黒貴族種の特徴なんだそうだ。
「それは黄色じゃねぇの?」
 と金髪のテリー。……いや、髪の色や目の色は関係ないのは分かってるんだが。何となく。
 そういやレッドの名前がそもそも『赤』な。関係無いわけだけど。
「緑の補色、すなわち反対色は赤ですよね。とすると、単純に考えると、緑の意味とは反対の意味がある、という風に考えられませんかね」
「それ詳しく、どういう意味だよ」
「……その定義に迷っています」
 それで、あえてメージンのコメントを待とうって言ったのか。それはナッツか、でもレッドと同意見と言う事だな?
「じゃぁ相手が敵なのも想定して、気をつけて近付こうぜ」
 とにかく、ここであーだこーだ言ってたってしかたねぇだろ?俺は親指で肩口に道の向こうを差す。
「テリー、前に上がれ。レッドとナッツは後、アインとマツナギは中列な」
「私は?」
 テリーの肩の上で、アインが首を傾げる
「テリー、そいつ邪魔か?」
「……俺が構えたら離脱しろ」
「わかったわ」
 こくりと頷く小さなドラゴン。そういや、アインも空飛べるんだよな。ただそのホバリングの羽ばたきがウザイとか何とかで、テリーが自分の肩に乗ってるように指示して、それがすっかり定着してる。
 ……実はちょっと羨ましい。
 てゆーかリアルだと彼女、女の子だもんなぁ。贔屓目に言ってもチビドラゴンかわいいし、リアルの彼女も可愛い分類だ、俺の嗜好的には。そんな彼女のキャラクターとぴったり一緒ってのは、正直……ウラヤマシイ。
 実際にテリー、お前羽音がウザイとかそれ口実じゃねぇの?とか疑ってみたり。俺より若干背の高いテリーを隣にして。ちょっと負けじと背筋を伸ばしてみたり。
「じゃ、行くぞ」
 ……いや、こいつ格闘バカだからそういうの、何も考えてないかもな。
「おう」
 一先ず雑念を払って答えていた。

 一歩、俺とテリーを先頭にしてゆっくりと、そして通常の足並みで歩き出す。

  真っ直ぐに前方に集中して、何が起きてもすぐに対応できるように……。


『赤は無いよ』

 と、突然響いてきた声に、俺は足を上げたまま止めていた。
 隣でテリーも俺を見て、前進を止める。
「メージン?」
『止まって!赤旗は、』
 懸命な天からの声に俺とテリーは歩みを止めた訳だがしかし、今や俺の視界にもそいつは見える位に近づいてしまってるんだよ。
 固く、甲羅を閉じた真っ黒い物体が道を完全に塞いでいる。そしてその真上にはためく、ネオンの様に輝いて見える赤い旗。
 しかし、赤は、無い?
「どういう……」
 俺は素早く構えた。
 ほぼ同時にテリーも隣で両足を広げ、両手を前にして……空手風な構えを見せる。
 すぐにもアインは空に逃れた。
 何、ってわけじゃない。何だろうな……言うなれば気配だ。目に見えない気配……例えば、殺気とか、霊気とか、闘気とか、その他諸々。ありえないような気を感じたり、見たりする素質はリアルでは無い。当たり前に無いが、今それを思われるモノを感じとって自然と構えてしまった。
 てゆーかその概念はマンガだよな。オーラとか見えるとかいう奴もいるが、それもモニターごしのバーチャルでしかない。ガチの武道家には分かるというが、本当なのかは本人らのみが知る事だろう。

 ここは現実じゃない。無い、と思っていたものが当たり前として感じ取れる、かもしれない世界だ。
 今の俺たちにとってあまりにもリアルなこの世界……異世界において、実は俺は、それなりに実力を伴なう剣士である。そしてテリーは同じく格闘家って設定だな。
 だからだろうか、相手がこちらを察知して何かよからぬ『気配』を発したのを感じ取れてしまったんだ。
 実際、それがどんなだと説明を求められても困る。何しろ、該当するリアルでの的確な比喩が見当たらない。だからいうなれば『気配』だ。
 目の前に何かがくれば条件反射で瞼を閉じてしまう、そんな感じだな。地に足を付けず、椅子の上から投げ出されている足の膝を軽く叩くと勝手に足が持ち上がる、脚気のテストみたいなもんだよ。……違うかな?
 相手から向けられた気配を『殺気』と瞬時に判断した。そして、その判断に条件反射で俺達は身構えちまったんだ。
 遅れてマツナギも弓矢を構えた。アベルも慎重に、剣の柄に手を当てる。

 緩慢な動作で……真っ黒い甲羅の蓋が持ち上がったのが解かる。

 少しだけ揺れて、道に敷き詰められた石とぶつかって、石がすりつぶされる様な音がしている。
『赤旗は想定していない不良データです!危険だと、高松さんが……』
「つまり、バグって事か」
 メージンの声が途切れる。メージン側も相当にあたふたしてるって事か?赤旗遭遇は想定外なのか。それとも……何か、もっと深い都合があるのか。
「とにかく、向かってくるなら敵って事だろ」
 俺の言葉にテリーが隣で好戦的に微笑んだのが感じられるな。全く、この戦闘民族め。
「レッド、いいな」
「…………」
 が、レッドから返答が無い。前を窺いつつ、俺が後を横目で見ると……構えるアベル、マツナギの後ろでなんでかレッドが前じゃなくて、全然別の方向を見てやがる。
「おい、レッド!何呆けてんだよ!」
「……当然と、黄色は注意ですよね」
「はぁ?」
 テリーに前を任せ、俺は後ろを振り返った。つまり、レッドが向いている方向に顔を向けて見た。
「黄色旗?」
 ナッツもレッドがよそ見をしているのに気が付いて、同じ方向を見たみたいだな。

 そう、レッドが見ている先には警戒色であろう、鮮やかな蛍光色イエローのフラグがあるんだ、これが。

 弱視のレッドに見えるくらいだからそんな遠くじゃ無い。道からちょっと外れた、椰子の木の下。俺は目を細めた。
 その旗の下に、何があるのだろうと顔を伸ばす。
「……怪我人!」
 ナッツの認識の方が早い。そして、レッドの推測力もそれに負けず、劣らず。
 そう全てに於いてレッドの閃きは、俺達の一歩先の思考で働いてやがる。
「やっぱり方向が違う様です」
「何ィ?」
 この期に及んで何を言うのか。しかしその次にレッドが告げた言葉で、俺はその正確な意味を理解した。
「貴方に地図をくれた青年が倒れているんですよ、ヤト」
「!」
「おいおい、何だ?何が起こってる?」
 前に集中し、顔を背けるべきではないとわかっているテリーが背を向けたまま聞いて来た。
 俺は理解した事を口に出す事にする。
「俺に地図をくれた奴が、多分アレの所為で怪我し倒れてる。漁師らしいからな、村に帰る途中だって話だった……。俺たちはレイダーカの港に向かって歩いて無い、真逆だ、漁村サンサーラに向かって歩いてる!」
 そして、道の先にあるだろうサンサーラ漁村を思って顔を前に向ければ……。

 あらら、いつの間にやら。

 眠っていたらしい黒い巨大な亀がすっかり、手足を出して起き上がっているじゃぁありませんか。
 しかし、こっちに向けているのは尻尾。だな。
 振り返るのか?
 俺は、剣をいつでも抜けるように身構える。
「レッド、仕切れ!参謀役だろ」
 俺はそう怒鳴ってやった。がむしゃらに敵に向かっていくの悪くないが、戦略も重要である事は分かってる。
 熱くなりたいところだが、そういう熱血キャラはお隣だけで十分だろ。
 普段クールなくせに戦いが絡むとダメだ、テリーの奴、もう前しか見てねぇ。
 怪我人がどうやら倒れているって事、耳に入ってないぞコイツ。
「恩義がありますから、助けるべきですかね」
「そんな事判断するまでもねぇ」
 レッドの物言いに、俺は断言する。
 と、なぜか後で女性陣が明らかに笑った。俺は亀を警戒してもう振り返らないがしかし、その笑みは悪意は感じねぇな。何なんだ?
「やはり、リーダーはこうじゃないとね」
「そうね、あたしもそう思うわ」
 マツナギとアベルの言葉に、俺は前を向いたまま口をゆがめてしまう。
 おいおい、どういう意味に取ればいいんだよそれ。
「ヤトはやっぱり人柱向けだね!」
「おおい!アインさんや!その言い方はやめいぃッ!」
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