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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』
書の4前半 梟の船『八つの海を又に駆ける男たぁ、俺の事よ』
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■書の4前半■ 梟の船 AWL_ship
「目の前の敵と戦闘準備。同時に、道端で倒れている青年を介抱します」
レッドがすぐさま状況を一同に解かるように指示を飛ばす。多分これは、アレだな。実際のテーブルトーク風。
別に宣言しなくてもいいのだが、メージン達情報を解析している方に向けて、これからの行動をあらかじめ宣言しておこうと思ったんだろう。
実際7人の大所帯じゃぁ、意思疎通だって大変だ。
思えばなんだかすんなりと参謀役としてレッドが収まっちまったし、俺が人柱……ではなく!先頭リーダーとして据えられちまったわけだが。
偏に、それは俺たちがどんな分野を得意とするのか、しっかり個性を持ち寄ってパーティー組んでるからだよな。
知識枠で上がってきたメージンと、創意工夫という点で上がってきたナッツがパーティの頭脳であるのは言わずもがな。
他メンツもそれぞれに得意分野があって、それ以外にでしゃばるつもりが無い様だ。
俺は総合枠だからなぁ、あぁ、別に嫌でたまらないって訳じゃぁ無いけど、俺がリーダーやる羽目になるのもある意味決まりきってた事なのかもしれない。
「先手必勝?」
「バカ、ファーストヒットポイントボーナスは格ゲー要素だ。RPGではいかに敵を理解するかが重要で、戦闘前に下準備するかなの!」
言語の通りだ。最初にヒットを当てた方に得点ボーナスが入る、というシステムが格闘系ゲームに組まれている事がある。え?敵を倒すゲームなのになんで格闘ゲームに得点があるのか、だと?
……その話は長くなるが、まぁ簡潔に言えば競い合うのが勝った星の数か、点数か、っていうので戦ってる世界が違うって話だな。ゲームの楽しみ方はそれぞれだ、しかし勝ち抜いた数より、難解なコンボを繋げて勝ち抜いて点数が高くなった方がより、スゲェっていう理屈は分かるだろ?
「準備って、具体的には?」
戦闘ってだけあり、テリーは真面目に聞いて来る。
「有利なポジションを取ったり、魔法詠唱を済ませておいたり、様々ですね」
答えたのはナッツである。
「めんどくせぇんだな……」
「そう仰らずに少しお待ちください。ナッツさん、あれの外見などから何か引っ張れる知識はありますか?」
ナッツは人差し指をこめかみに軽く当て、有識技能判定かな、と小さく呟いた。
「黒水晶亀……じゃないかな。イシュタル国の群島で個体特徴が異なる陸棲の亀で……推定魔種と分類されている。この辺りでは玄武、などと呼ばれている魔物らしくて性格はいたって温厚、主な食べ物は椰子」
椰子の実は勿論好物で葉っぱから幹、全て食べる様ですとナッツはなぜか苦笑して……レッドを窺う。
「……あれ、人を襲ったりしないよ?」
明らかに、肉食じゃぁ無ぇもんな。
「……赤旗がある場合は、ある意味何が起こっても不思議ではないと、そう考えるべきです」
「そうか……異常に巨大化しているのもその所為か」
ナッツは深刻そうな声で頷いた。
「……とするとやっかいだな。玄武の甲羅強度は金剛石に匹敵するとか。おかげで昔は乱獲があり、現在はイシュタル国で個体数保護をしているらしい。あのサイズを倒せるかどうかというのも問題だけど、倒してしまった後も問題がありそうだ」
「保護動物?いや、保護魔物?魔物なのに保護なんかするんだ」
イシュタル国出身のくせになぜお前が驚くんだよアベル。……流石、知識面底辺組か。
「魔物に限らず動物の固有種を保護する、というのには何かしらの裏があるものです。マグロの漁獲量を減らすのは、マグロ自体を全滅させてしまわない為に必要な措置だというのにきっと、似ている理由じゃぁ無いですか?」
流石だレッド。
バカな俺でも一発で分かる、人間のエゴっぷりな例えをありがとう。
「玄武の甲羅をレア素材として今後も得る為、に捕獲量とか制限してる、って感じかしら」
と、アイン。
「イシュタルは文化的に進んだ所だそうですから、国でそういう措置をしていても不思議ではありません」
「……でも、殺気を感じるよ」
今ではマツナギにも解かるみたいだ。
ああ……まだこっちに尻を向けてるが、明らかに背後に居る俺たちを意識してやがるぞこの亀公。
「暴走していたから倒しました、ではまずいのか?」
「とりあえず、怪我人が出ているのだからその言い訳は立つとは思いますがね。もしあれがレイダーカに現れたら間違いなく、討伐されているでしょうし……。ナッツさん、彼の手当てに廻ってください。アインさん、ナッツさんに付いていてください」
ナッツとアインは、素早く倒れている推定漁師の兄ちゃんの方へ駆け寄って行った。
「台車がバラバラに……跳ね飛ばされて、気を失っているみたいだ。出血は無いけど……」
「任せました」
「よし、戦うんだな」
テリーは構えをもう一段階前にシフトする。
「普通に叩いても痛いのはこっちですよ」
「甲羅を叩けば、だろ?」
のそりと、ゆっくりとした動きに真っ黒い鱗がキラキラと光る。
見るからに硬そうな短い爪の生えた太い足を、ゆっくりと持ち上げて向きを変えようとしてるな?動きは見た通りゆっくりしている。
「甲羅を破るのは無理だ、ってか」
「無理、ですね。玄武の甲羅は鋼さえ弾くという、軽くて恐ろしく丈夫な相当に希少な素材の様です」
「そうは言うが、じゃぁもしあの亀の甲羅で作った鎧とか、そんなん着込んだ奴相手にする事になったらどーすんだよ」
「その時になったら考えましょう」
レッドは苦笑らしいものを漏らして俺の言葉を一蹴した。まぁな、仮定の話をしてたって仕方が無い。
巨大な黒い亀が静かにこちらを向き直った。
その立派な面構えには恐れ入る。足やら首やら、唯一の弱点だろうと狙っていたが……某亀形巨大怪物顔負けじゃねぇか。黒曜石のように鋭い鎧のような鱗が、びっしりと首まで覆っていらっしゃいます。しかも鼻っ面にサイみたいな角、鋭い嘴をガチガチと鳴らしてこっちを威嚇していやがる。
「……亀という段階で予想はしましたが、これはまた素晴らしい造形ですね」
「え?」
と、弓矢を番えていたマツナギが背後のレッドを窺ったんだろう。
そうか、彼女はまだ知らないもんな。奴はそもそも特撮オタクだって事を。
「突っ込んできそうだぜ……」
手足から火ィ拭いて、空飛んだりしなけりゃいいんだが。猪のように静かに前足で石畳を引っ掻いて、その度にガツンゴツンという低い音が辺りに響き渡っている。
「ひっくり返しましょう」
「簡単に言うわね、具体的にお願い」
「恐らく、相手は単純生物。麻痺や睡眠魔法なんかであっさり大人しくさせる事が可能でしょう。ただし、その場合は甲羅を割る事が出来ません。……あの大きさです、ひっくり返す事も難しくなる。眠らせて放置もいいでしょうが、これ以上の被害が出る前に、討伐するべきでしょう。アベルさん、付加魔法が得意ですよね?」
「ええ、……言ってないのによく解かるわね」
「推測ですよ、魔法剣士と聞きましたし」
それだけで付加魔法が出来ると見抜いてしまうってんだから、こいつの頭の廻りっぷりはもう、何がなんだか分からないな。
「逆に僕は魔導師で多くの魔法を使えますが、魔法を物質に宿らせるという専門的な技術は取得してないんです」
「アンタの魔法を私にエンチャットさせようって事?……いきなりハイレベルな……まぁいいわ、どうすればいい?」
「そっちのお二方、おとり役お願いします。手足を引っ込ませないように」
レッドから云われ、俺は剣を抜き放つ。
「了解!」
「いいですか、ひっくり返すんです」
レッドが念を押すように言った言葉の後で、すぐにテリーが走り出した。
「っておおいッ!」
こぶしを振り上げて、おいおいおい!どうするんだテリー!
壁に石をぶつけたような音が響き渡る。
亀のゴツゴツした頭とテリーの拳がぶつかり合っていた。素手……ではない。流石にバグナックルを嵌めている。
繰り出されて来た一撃を、亀公は一番硬い鱗が覆う部分で受け止めたらしい。顔を少し低めに、一見すると温厚そうな目を上目遣いにしてテリーを見ているんだろう。
だが次の瞬間パン、という乾いた音が響いたと思ったら亀の頭が上に吹き飛ばされている。
ストレートはおとりだ。ワンツーで左アッパーカット。亀の顎の下から、掬い上げる様にテリーの一撃が決まっていた。だが……ダメージ与えてる気配無さそうよ?すぐに元に戻してゆっくり、身じろぎする巨大亀。
「下がれ、テリー!」
前足で黒亀は踏ん張っている……と思った瞬間、テリーがいた前方に頭を、自ら上から下に叩き落とす。動きは鈍いと思っていたが、これは想定外の速さのヘッドバンギングだ。瞬発力は高いって事だろうか?
道に敷かれた石が叩き割られて、その破片が飛びちっている。俺は咄嗟に顔を庇いつつ剣を構えて踏み込んで行った。
道に埋まりこんだ亀の頭を踏みつけて、首の根元めがけ俺は剣を持ち替えて差し込もうと狙った訳だが……。
柔いと思ったんだがなぁ……虚しい音がして、剣が俺の腕ごと弾き飛ばされちまった。
「の、のぅわッ!」
ぐわんと、持ち上げられる感覚にバランスを崩し、剣を思わず放り投げてしまう。ああ、俺って剣士失格。亀の頭に乗っていた俺はそのまま上に勢いよく持ち上がった頭に、カタパルトの要領で投げ飛ばされたわけだ。って、悠長に解説入れてる場合じゃねぇ!
辛うじて、頭から落ちるのだけは免れた。
体を捻り背中から亀の背後に落ちる俺。
イタタタタ……って、もっと痛いはずなんだが不思議と激痛ってわけじゃない。てゆーか、こんな重装備で叩き落とされたら骨は簡単に折れてそうだけど……。俺はすぐにも立ち上がる事が出来ていた。
よく考えたら、どこに落ちるか分からなかったし高度が低かったから着地体制に体を立て直す余裕も無かったな。こういう時剣は、手に握って無い方が良かったんだ。持ったままだと逆にそれを自分に刺すハメになってたかもしれない。
俺が剣を手放したのは、俺という剣士なキャラクターの仕様だった様である。後付け的に自分が何故そうしたのかを『思い出している』。
そんな風に思っていた瞬間爆音が響き渡った。
そして、なぜか亀の甲羅が迫って……く、る……!って、俺の方に向かってコレ、倒れて来てるんじゃないのか?え、なんで?
おおおッ!
俺は慌ててその場を転がって逃れた。仰向けにひっくり返された巨大な亀が、ゴゥンという轟音を響かせたのに、巻き込まれるのを間一髪逃れる。
「ちゃんと避けましたね」
レッドの顔が覗き俺の無事を確認した。
「危うく潰されるところだっただろうが!」
「後ろに投げ飛ばされるとは思わなかったもので」
僕はこれをひっくり返すと言いました、というスカした顔でやっぱり癖なんだろう、メガネを押し上げようとして額に手をやっているレッド。
その隣でじたじたと宙を掻く亀公。甲羅を揺らして、いずれ起き上がる事は可能なのだろうがすぐに、とは行かないらしい。
状況の不利を悟ったのか、唐突に手足を引っ込めてしまった。ぐわんぐわんという音を立て、引っ繰り返った甲羅が道の上で僅かに揺れている。
「で、どうすんだ」
引っ込めちまったぜと、肩をすくめるテリー。って、奴の額や腕からポタポタと赤い、血が……!
「テリー、流血!」
「ああ、石の破片でな。かすり傷だ、唾つけときゃ……」
「スターンチ」
と、その背中にレッドが手を置いて聞きなれない単語を呟いた。すんません、俺、学力ありませんから。リアルでもそうだし、こっちでも田舎者だし。
と、見る見る内に血の流れるのが止まる。
「傷は深くなさそうです、とりあえず止血を」
「おう、サンキューな」
テリーはレッドに目配せして、懐から布を取り出し血を拭った。傷塞ぎの魔法だ、という知識が俺にはどうやらあるっぽいな。単語の意味は分からないんだけど、その魔法は傷を塞ぐものの痛みなどは残る、本当に応急処置みたいだ。
さて、どうやってこいつをひっくり返した?
よく見れば亀公の手前にこれまた道を抉る巨大な穴……そういえば、爆発音がしたよな?
「ヤトの攻撃で亀が首を上に持ち上げたから、やりやすかったよ」
マツナギが弓矢をしまいながら今だ倒れている俺に手を差し出してくれる。俺はそれに素直に掴まり、立ち上がって改めて周りを見回した。
「マツナギの矢尻にマイン系の魔法を仕込んだの」
アベルが鼻で息をつき、巨大な穴を見下ろしている。
「エクスプロージョン?みたいな奴?」
「そうね」
「なんでそんなん一々矢に仕込むんだ?」
「この世界では、魔法の作法が色々とややこしくてですね。僕は攻撃魔法として『爆発』を取ったつもりでしたがゲームの様に、範囲内で任意で爆発を起こせる、などという都合のいい魔法ではないのです、どうにも」
「もしかしてアレか?先に、目印とか付けたり、魔法陣書いたりしないととか」
「ええ、似た様な感じですね」
「工夫次第では魔法は色々な方法に発展できるよ、」
と、ナッツが兄ちゃんの肩を支えながらこちらに戻ってくる。
「基点となるものを動力魔法で運ぶとか、」
「実際自分で使えるようなってから、その可能性に気が付きました」
という事は動力魔法とか言うのを、レッドは取得してないって事か?なんか色々ルールがあるんだなぁ、魔法も。
「君は、さっきの」
と、兄ちゃん、ナッツが連れて来た所為か意識を取り戻し、俺の存在に気が付いた。
「大丈夫か?」
「ええ、助かりました……玄武が暴れるなんて信じられないが……」
ひっくり返った大亀を、困った風に兄ちゃんは見やった。
「で、どうやって止めを刺すさ」
俺はレッドを窺う。
「衝撃波で中身にダメージを通すのです。やはり、腹の鎧は背中に比べれば薄い。あの重量だとひっくり返される事を想定していないのでしょう」
真っ黒い甲羅に比べ、腹は黄色掛かっていてそれこそ亀っぽい。今まで黒光りする石が動いているような非現実感があったけど間違い無い。サイズはデカいがこれは亀の腹だ。
「やっぱり、殺すんですか」
と、少し困った風に言った兄ちゃんに、俺が口を開く前にアベルが言っていた。
「殺されかけたんでしょ?今度誰が襲われるかわからないのよ?」
まぁ、普段は暴れないらしいがな。……なんだかよく分からないが、赤旗がついている以上異常事態だ。
……まてよ?もしかすると、この旗を取っちまえば元に戻るんじゃね?
「レッド、旗……」
しかし、突然睨まれて、言葉を止められてしまった。
「ナッツさん、彼の怪我の具合は」
「『接骨』を施した。肋骨が相当数折れてるし内蔵が傷ついてるね、ある程度処置はしたけど、暫く安静が必要だよ。痛みが引けば後は問題なく動けると思う」
「ああ、ありがとう、かなり楽になった」
「すみませんが、先にサンサーラの方に行ってもらえますか?馴染みのある魔物の最後に立ち合わせるのもなんですし……」
「誰が残ればいい?」
アベルの言葉に、レッドはテリーを示した。その後俺を振り返る。
「ついでにヤトも」
「おい、ついでってなんだ?」
で、残されて何を言われるのかと思ったら。
先に口を開いたのはテリーだ。
「一般人の前で俺らの専門用語は法度だろ?」
「ですね」
「……あれ、もしかして非難されてます俺?」
「軽率ですよ、レッドフラグは彼らには見えてません。テーブルトークだと減点行為」
うへい、以後気を付けます……。
もしかしてそれを忠告する為だけに残されたのか?居残りを命じられた生徒の気分だ……。
「で、今はいいんだな?」
「ええ、大体何を言いたいのかは分かっていますが」
「う、」
レッドは顔をしかめた俺を一瞥し、沈黙した巨大な亀の甲羅を振り返る。
「まだ、赤旗について詳しい説明を上から受けていません。まずはそれを待ちましょう」
「待ちましょうって、メージンの声を待ってるって事?」
「この場の人数を減らしたのは、メージンの処理を少しでも早める為です。推測ですが例えば僕等が別の場所にバラバラに居たとして、メージンはそれらに対して一斉にアナウンスできる場合と、一方だけをトレースしてアナウンスする事が可能だと思うのです。そして一部だけに情報を絞り込むだけ、こちらへの介入も容易ではないのか、と」
俺たちは、何と無く天を仰ぐ。
『アベルさん達はサンサーラへ向かうスキップに入りました。レッドさんの推測通りです、若干ですがコメントで入り込む余裕が出来ました。ありがとうございます』
何言ってんだ、恐らく一番地味で大変な作業を一人でこなしてるんだろ?お前が謝る必要あるかよ。
「メージン、これは俺の独り言な。……お前に非は無いから一々あやまんな。レッドも待ってる、本題を振れって」
また謝るだろうかと身構えたが、そこらへんはメージンだ。
きっと思わずすみませんとか、ありがとうとか言いたい所、引き下がったんだろう若干の沈黙があった。
うん、そんなお前の態度だけで俺たちは十分だぜ。
『レッドフラグの詳細が判明しました。間違いありません、バグです』
「……ご丁寧に警告色だぜ」
「イベント、だとしたらオペレーターもグルで僕等を騙す事になりますがね。そういう事は考え辛いのでしょうか。むしろ、そうやって騙す立場なのは高松さん達です。メージンは僕等の相棒と言うべき存在、信頼関係が重要ですし」
『はい、僕も実は……多少疑っていて、それで少し反応が遅れました。ですが現時点では僕もそのフラグは想定されていない本当の、バグの一種と判断します』
えーと、何か?
つまり、この赤旗はバグだとメージンも判断したわけだが、一応、MFC開発者が用意しているイベントの一種としてのバグっていう可能性も捨てきれない、って事をレッドは疑った訳だよな?
俺たちがこのゲーム『トビラ』内で遭遇すべく、イベントとして『バグ』という『名前』がついているモノじゃぁあるまいかと、レッドとメージンは一応疑っているわけだ。
そういや、そういうゲームなりマンガなりも多いからな。あくまでプレイヤーがゲームとして世界に触れる関係上、その世界でありえない現象を『バグ』として発現し、プレイヤーとして『バグ』を取っ払う……という、
―――イベントで物語が成り立つっていう、ゲームな。
なかなかややこしいが、ほら、何しろ俺たちはゲームのテストプレイヤーなわけだが、同時にデバッグ、ゲーム内で発生しているモノホンの不具合が無いかも見なきゃいけない。
しかし、実際開発に携わったわけじゃないから、どこらへんがバグってるのか正直わからないわけだ。
だから、怪しい所をバグかどうかオペレーターであるメージンからアドバイスを貰わない事にははっきりとは分からない。
むぅ……そう考えると、デバッグをしろといわれているのは、イベントとして置いてあるバグをイベントだと悟られない為の措置のようにも思えるな。
「けど、イベントじゃなく本物の不具合?」
俺も、赤く主張する亀の上の旗に目を向けた。今、旗は便宜上亀の腹の上に立っていたりする。
『……ええと、フラグというのはある意味この世界においては全て、バグなんだそうです』
……?なんだぁそりゃ?
『ですが、赤いフラグは開発者が設置した覚えが無いという事でして、ええと……具体的には開発段階の名残で、修復個所として目立つ様に使っていたもので、現在は現れるはずが無いものだそうです。どうやらその話は本当の様に思えます。高松さん達が今慌てて対策を練っているんですが』
「これまた良くある話ではありますが、フラグプログラムの仕組みとは感染、なのでしょうね。関わりあったモノ全てに連鎖して感染していく、それがフラグプログラムなのでしょう」
レッドは、頷きつつ独り言のつもりで言ったのだろうが、それにメージンが答えてきた。
『少し開発的な話になりますが、この世界で何か困った事などが発生した時に、そのモノがグリーンフラグに連なって関連している場合は、イベント保持者としてその旗が見えるようになる様です。またこの世界の殆どのものに、イエローフラグがついています。イエローフラグはグリーンフラグから発生したイベントに関係する場合、目印として見えるようになるのだそうです』
どういう意味なのか詳しく説明してくれレッド、という意味で俺は、奴を振り返る。テリーも同じくだ。
「つまり、旗は単なる目印ですか。僕等がこの世界で何かしらのイベントをこなす為の、この世界においては異物として存在するガイドライン。本当は別に旗に関係なくこの世界で、何かしらのイベントに関わる事が出来るのだと思います。しかしグリーンフラグからはじめた場合は、そのイベントがある程度管理され、イエローフラグで道しるべが振られて『こなしやすく』なる。そして僕等のデバック作業とは、すなわちその一連が正しく動いているかどうかを調べる。そういう事でしょうかね」
いやぁ。
流石はレッドだ。素直に敵わねぇよ。段々感心の方が強くなってきた。
『はい、イベント発生を管理するグリーンフラグシステムが、上手く働いているかどうかを高松さん達は調べたかったようです。……つまり、この世界でみなさんが見えるであろうフラグは、緑と黄色だけのはずなのです』
それなのに赤い旗がある。
確かにそのイベントの仕組みが本当なら、それはおかしいな。というか、仕組みとしてグリーンフラグが機能している所に、別のイベントシステムであろうレッドフラグが機能していたら……おお?
もしかしてそれって、結構ヤバいって事じゃねぇの?
『早急に、レッドフラグ対策を練る様です。どういったものなのかも現時点では調査中。ですから、できれば関わりあって欲しくなかったようですが……』
ああ、でも俺たちしっかり関わりあっちまったなぁ。トドメを差すのもマズイのか?
「赤旗を消去するようなツールは?」
と、レッド。
何か?どっかのゲームにそんなんあったな。世界の規格に見あわない謎のアイテムが、実は世界を弄くれるデバッグツールだった、とかなんとか。
『……あります』
おおあ、在るのね。
『ありますが、まだ設置していないそうです』
俺は思わず力が抜けた。
「じゃぁこの赤旗は取っ払えないって事か。どうすんだレッド、トドメ刺しちまって問題ないのかな?」
「……危険、ですね。既に僕等はレッドフラグに感染している可能性もある」
「ま、マズ過ぎるだろうその展開」
レッドは静かに、組んでいた腕を解いた。
「仕方が無い、これはこの場に凍結しましょう。大事にして赤旗を連鎖感染させばら撒く訳にも行きませんし、サンサーラに協力を仰ぎここに封印します。赤旗対策が立ったら戻ってきて取っ払う。……どうでしょうか」
『非常に無難な判断です。こちらも早急に対策を練りますので、そちらはお任せします』
そんなわけで亀公はサンサーラ漁村の付近に封印、という運びになった。
具体的に何すんのかと思ったら、石化魔法で石にしちまう事にしたんだと。ペトリファイデットとかいう奴らしい。流石魔導師、いろんなトンチキな奴を使いこなしてくる。
それから漁村に向かった俺たちだが、そんなに遠くは無いけれどすでに経過した時間の関係、村に入った頃にはすっかり暗くなっている。
それでも、村の一同含めて俺達の帰りを待っててくれた。これもそれも、漁師の兄ちゃん、ダグって言うらしい。彼を助けたお礼がしたいからって話だ。
やっぱ人助けはするもんだよな。
その後軽く俺たちだけで、赤旗についての情報確認。歓迎会についてはスキップしたな。
感謝はされど、結局殺さず封印っていう形になったからな、その件で村長さんや村の代表をを含めて、亀公についての事情の説明会という流れになった。
とりあえず石化させて、動かせないので道のど真ん中に封印した事をレッドが告げた。
道に穴あけちまったし、亀の石があるしで、怒られるかなぁと思ったが案外軽めに、道路はサンサーラで亀を迂回して、作りなおす方向性に落着いた。
さらにレイダーカには俺たちが戻ってくるまでこの亀の暴走は伝えないでおいてくれないかと、怪しい感染病の疑いが在るとかなんとか、適当なウソをレッドが並べて頼んだのだが……。
これもあっさり呑んでくれた。
と言うのもほら、ようやく理解したが、魔王討伐の話があるだろ?実は辺境も辺境である、ここサンサーラでもその噂『だけ』は通っててさ。
俺たちが国の正式な討伐隊である事を示す書類があるんだがそれ見せたら、すっかり信じてくれているんだな。感染病についても、本来あんなに大きくなるはずのない亀であるらしく、信憑性を得ちまったみたい。
村人達は勝手にこれもマオウの仕業に違いないとかなんとかゆーてますが、いやぁ、亀デカくしても魔王様には何も関係ないんでないの?
などと思った俺だったが、黙って軽く相槌を打って彼らの調子に合わせておいた。
さて残る問題は、レッドの石化魔法は永続性ではない、という事だな。その話を聞いてどうすんだと正直心配になった俺だったが……。しっかり、対処する方法はあるらしい。
まぁな、でなきゃレッドだって封印するだなんて言い出さないだろうし。
具体的には石化を永続させる為に、サンサーラ唯一の魔法使いのばあさんに、このペトリファイデットの魔法を譲っちまうんだそうだ。
その前に魔法って譲れるもんなのか?
と、思ったらビ・クイーズとかいう特殊な魔法があるらしく、これで魔法能力を相手に譲っちまう事ができるんだと!
レッドの奴、なんか変な魔法ばっかり持ってないか?
相手に魔法を授ける、のとは少し違う。使用権を譲渡する、に近いとか言っている。誰にでも行使できる訳じゃなくて、相手に魔法を使うだけの技量が無ければ成立しないらしい。
それはともかく、譲った魔法で定期的に亀公に魔法を掛けつづけてもらう事にしたってわけだな。
そんな毎日じゃない、安定してりゃ年単位、抵抗されても半年に一度くらいの頻度だと言う事だ。その頃には魔王も退治して、赤旗対策も見つけてここに戻って来れるだろう。
サンサーラの村人達は、そんなわけで全体的に俺達の要求を受け入れてくれた。
がしかし。
世の中、いい事だけで進みはしねぇんだな、これが。
いやまぁ、別に厄介な事じゃぁないんだ。むしろ魔王討伐隊だなんて結構なモノを盾に、あれやこれやと要求しすぎた当然な報いというか……。
夜も更け込む前に、宿屋へ案内されようとしていた俺達の前に突然立ちはだかった巨漢の男。
おお?誰だコイツは?
すると突然男はしゃがみ込み、片膝をつく形で畏まって頭を下げた。
「突然ですまないが……相当に腕の立つ一行とお見受けする」
うわ、なんか嫌な予感がするんですが。
俺はさり気なく横に立つアベルとレッドを交互に見たが、二人はなぜかどっちも俺を見ている。
……もしかして、先頭リーダーとして頼られている視線なのだろうか。
いや……多分、厄介ごとを人柱に押し付けようとしている視線だろうな……。
真っ黒く日焼けした顔の、男が顔を上げた。
「俺はミンジャン・ツュパッター。AWL船の船長をやっている。よもやこんな所で頼れる者と出会えるとは、導く女神の幸運を感じずにはいられない」
「エイオール?」
「梟船だ」
と、なぜかにやりとミンジャンという男が笑って答えた。
エイオールに梟船。
どういう意味だ?
こんな時こそ『思い出す』コマンド。だが、俺には何も思い当たる事が無い。
「本当ですか?」
がしかし、レッドは驚いて声をあげた。……こいつがこんなに素で驚いたの、初めてみたぞ。
「なぜまたこんな……」
辺境に?ってか。流石にここで言うとアレだと思ったのか、レッドは口を濁す。まだ村人その辺りに居るしな。
「寄寓だろう、俺もあんたらのような一行にこんな所で遭遇できるたぁ、実に寄寓だと思う。寄寓ついでに、頼む、俺の仕事を引き受けてくれないか?」
これはもしかしなくても、イベント発生って奴だよな?
だが……俺はミンジャンの頭上に、緑色の旗を見つける事が出来ない。
黄色の旗も同じくだ。
だとするならこの、今発生しているイベントは何だ?グリーンフラグシステムが働いてない、ガイド無しのイベントって事か。
「どうしましょうか」
と、レッドは俺を窺った。なんて俺を見るんだよ。
と思ったら、全員俺に視線を送っている。
おいおい、なんで俺を見るんだよ!
あー……旗の事は全員分かってるからな。
ミンジャンの頭上に緑旗が無いのは全員わかってんだろう。で、そういうイベントは、デバック作業をする必要が無いからこの場合は無駄な作業になる。
だから……蹴れ、という視線か。
はいはいはい。
俺は溜め息を漏らし代表して辞退の言葉を返すべく、重い口を開こうとしたのだが。
ミンジャンが、ごくごく小さく囁いた。
「……実はな、魔王と取り引きする事になっちまって」
慌てて、開きかけた口を閉じる。
俺は、慌ててもう一度一同を振り返りどうするべきか視線で相談。今受けてるイベントはなんだったか忘れてないぞ?そうだ、何を隠そう魔王討伐だ。
って事はこの流れは、グリーンフラグシステムに沿っているって事なのか?
レッドが小さく頷くと、一同も同意するようにさり気なく俺に視線を送った。
了解、受けていいのね。
よし、その仕事、俺たちが引き受けた!
「目の前の敵と戦闘準備。同時に、道端で倒れている青年を介抱します」
レッドがすぐさま状況を一同に解かるように指示を飛ばす。多分これは、アレだな。実際のテーブルトーク風。
別に宣言しなくてもいいのだが、メージン達情報を解析している方に向けて、これからの行動をあらかじめ宣言しておこうと思ったんだろう。
実際7人の大所帯じゃぁ、意思疎通だって大変だ。
思えばなんだかすんなりと参謀役としてレッドが収まっちまったし、俺が人柱……ではなく!先頭リーダーとして据えられちまったわけだが。
偏に、それは俺たちがどんな分野を得意とするのか、しっかり個性を持ち寄ってパーティー組んでるからだよな。
知識枠で上がってきたメージンと、創意工夫という点で上がってきたナッツがパーティの頭脳であるのは言わずもがな。
他メンツもそれぞれに得意分野があって、それ以外にでしゃばるつもりが無い様だ。
俺は総合枠だからなぁ、あぁ、別に嫌でたまらないって訳じゃぁ無いけど、俺がリーダーやる羽目になるのもある意味決まりきってた事なのかもしれない。
「先手必勝?」
「バカ、ファーストヒットポイントボーナスは格ゲー要素だ。RPGではいかに敵を理解するかが重要で、戦闘前に下準備するかなの!」
言語の通りだ。最初にヒットを当てた方に得点ボーナスが入る、というシステムが格闘系ゲームに組まれている事がある。え?敵を倒すゲームなのになんで格闘ゲームに得点があるのか、だと?
……その話は長くなるが、まぁ簡潔に言えば競い合うのが勝った星の数か、点数か、っていうので戦ってる世界が違うって話だな。ゲームの楽しみ方はそれぞれだ、しかし勝ち抜いた数より、難解なコンボを繋げて勝ち抜いて点数が高くなった方がより、スゲェっていう理屈は分かるだろ?
「準備って、具体的には?」
戦闘ってだけあり、テリーは真面目に聞いて来る。
「有利なポジションを取ったり、魔法詠唱を済ませておいたり、様々ですね」
答えたのはナッツである。
「めんどくせぇんだな……」
「そう仰らずに少しお待ちください。ナッツさん、あれの外見などから何か引っ張れる知識はありますか?」
ナッツは人差し指をこめかみに軽く当て、有識技能判定かな、と小さく呟いた。
「黒水晶亀……じゃないかな。イシュタル国の群島で個体特徴が異なる陸棲の亀で……推定魔種と分類されている。この辺りでは玄武、などと呼ばれている魔物らしくて性格はいたって温厚、主な食べ物は椰子」
椰子の実は勿論好物で葉っぱから幹、全て食べる様ですとナッツはなぜか苦笑して……レッドを窺う。
「……あれ、人を襲ったりしないよ?」
明らかに、肉食じゃぁ無ぇもんな。
「……赤旗がある場合は、ある意味何が起こっても不思議ではないと、そう考えるべきです」
「そうか……異常に巨大化しているのもその所為か」
ナッツは深刻そうな声で頷いた。
「……とするとやっかいだな。玄武の甲羅強度は金剛石に匹敵するとか。おかげで昔は乱獲があり、現在はイシュタル国で個体数保護をしているらしい。あのサイズを倒せるかどうかというのも問題だけど、倒してしまった後も問題がありそうだ」
「保護動物?いや、保護魔物?魔物なのに保護なんかするんだ」
イシュタル国出身のくせになぜお前が驚くんだよアベル。……流石、知識面底辺組か。
「魔物に限らず動物の固有種を保護する、というのには何かしらの裏があるものです。マグロの漁獲量を減らすのは、マグロ自体を全滅させてしまわない為に必要な措置だというのにきっと、似ている理由じゃぁ無いですか?」
流石だレッド。
バカな俺でも一発で分かる、人間のエゴっぷりな例えをありがとう。
「玄武の甲羅をレア素材として今後も得る為、に捕獲量とか制限してる、って感じかしら」
と、アイン。
「イシュタルは文化的に進んだ所だそうですから、国でそういう措置をしていても不思議ではありません」
「……でも、殺気を感じるよ」
今ではマツナギにも解かるみたいだ。
ああ……まだこっちに尻を向けてるが、明らかに背後に居る俺たちを意識してやがるぞこの亀公。
「暴走していたから倒しました、ではまずいのか?」
「とりあえず、怪我人が出ているのだからその言い訳は立つとは思いますがね。もしあれがレイダーカに現れたら間違いなく、討伐されているでしょうし……。ナッツさん、彼の手当てに廻ってください。アインさん、ナッツさんに付いていてください」
ナッツとアインは、素早く倒れている推定漁師の兄ちゃんの方へ駆け寄って行った。
「台車がバラバラに……跳ね飛ばされて、気を失っているみたいだ。出血は無いけど……」
「任せました」
「よし、戦うんだな」
テリーは構えをもう一段階前にシフトする。
「普通に叩いても痛いのはこっちですよ」
「甲羅を叩けば、だろ?」
のそりと、ゆっくりとした動きに真っ黒い鱗がキラキラと光る。
見るからに硬そうな短い爪の生えた太い足を、ゆっくりと持ち上げて向きを変えようとしてるな?動きは見た通りゆっくりしている。
「甲羅を破るのは無理だ、ってか」
「無理、ですね。玄武の甲羅は鋼さえ弾くという、軽くて恐ろしく丈夫な相当に希少な素材の様です」
「そうは言うが、じゃぁもしあの亀の甲羅で作った鎧とか、そんなん着込んだ奴相手にする事になったらどーすんだよ」
「その時になったら考えましょう」
レッドは苦笑らしいものを漏らして俺の言葉を一蹴した。まぁな、仮定の話をしてたって仕方が無い。
巨大な黒い亀が静かにこちらを向き直った。
その立派な面構えには恐れ入る。足やら首やら、唯一の弱点だろうと狙っていたが……某亀形巨大怪物顔負けじゃねぇか。黒曜石のように鋭い鎧のような鱗が、びっしりと首まで覆っていらっしゃいます。しかも鼻っ面にサイみたいな角、鋭い嘴をガチガチと鳴らしてこっちを威嚇していやがる。
「……亀という段階で予想はしましたが、これはまた素晴らしい造形ですね」
「え?」
と、弓矢を番えていたマツナギが背後のレッドを窺ったんだろう。
そうか、彼女はまだ知らないもんな。奴はそもそも特撮オタクだって事を。
「突っ込んできそうだぜ……」
手足から火ィ拭いて、空飛んだりしなけりゃいいんだが。猪のように静かに前足で石畳を引っ掻いて、その度にガツンゴツンという低い音が辺りに響き渡っている。
「ひっくり返しましょう」
「簡単に言うわね、具体的にお願い」
「恐らく、相手は単純生物。麻痺や睡眠魔法なんかであっさり大人しくさせる事が可能でしょう。ただし、その場合は甲羅を割る事が出来ません。……あの大きさです、ひっくり返す事も難しくなる。眠らせて放置もいいでしょうが、これ以上の被害が出る前に、討伐するべきでしょう。アベルさん、付加魔法が得意ですよね?」
「ええ、……言ってないのによく解かるわね」
「推測ですよ、魔法剣士と聞きましたし」
それだけで付加魔法が出来ると見抜いてしまうってんだから、こいつの頭の廻りっぷりはもう、何がなんだか分からないな。
「逆に僕は魔導師で多くの魔法を使えますが、魔法を物質に宿らせるという専門的な技術は取得してないんです」
「アンタの魔法を私にエンチャットさせようって事?……いきなりハイレベルな……まぁいいわ、どうすればいい?」
「そっちのお二方、おとり役お願いします。手足を引っ込ませないように」
レッドから云われ、俺は剣を抜き放つ。
「了解!」
「いいですか、ひっくり返すんです」
レッドが念を押すように言った言葉の後で、すぐにテリーが走り出した。
「っておおいッ!」
こぶしを振り上げて、おいおいおい!どうするんだテリー!
壁に石をぶつけたような音が響き渡る。
亀のゴツゴツした頭とテリーの拳がぶつかり合っていた。素手……ではない。流石にバグナックルを嵌めている。
繰り出されて来た一撃を、亀公は一番硬い鱗が覆う部分で受け止めたらしい。顔を少し低めに、一見すると温厚そうな目を上目遣いにしてテリーを見ているんだろう。
だが次の瞬間パン、という乾いた音が響いたと思ったら亀の頭が上に吹き飛ばされている。
ストレートはおとりだ。ワンツーで左アッパーカット。亀の顎の下から、掬い上げる様にテリーの一撃が決まっていた。だが……ダメージ与えてる気配無さそうよ?すぐに元に戻してゆっくり、身じろぎする巨大亀。
「下がれ、テリー!」
前足で黒亀は踏ん張っている……と思った瞬間、テリーがいた前方に頭を、自ら上から下に叩き落とす。動きは鈍いと思っていたが、これは想定外の速さのヘッドバンギングだ。瞬発力は高いって事だろうか?
道に敷かれた石が叩き割られて、その破片が飛びちっている。俺は咄嗟に顔を庇いつつ剣を構えて踏み込んで行った。
道に埋まりこんだ亀の頭を踏みつけて、首の根元めがけ俺は剣を持ち替えて差し込もうと狙った訳だが……。
柔いと思ったんだがなぁ……虚しい音がして、剣が俺の腕ごと弾き飛ばされちまった。
「の、のぅわッ!」
ぐわんと、持ち上げられる感覚にバランスを崩し、剣を思わず放り投げてしまう。ああ、俺って剣士失格。亀の頭に乗っていた俺はそのまま上に勢いよく持ち上がった頭に、カタパルトの要領で投げ飛ばされたわけだ。って、悠長に解説入れてる場合じゃねぇ!
辛うじて、頭から落ちるのだけは免れた。
体を捻り背中から亀の背後に落ちる俺。
イタタタタ……って、もっと痛いはずなんだが不思議と激痛ってわけじゃない。てゆーか、こんな重装備で叩き落とされたら骨は簡単に折れてそうだけど……。俺はすぐにも立ち上がる事が出来ていた。
よく考えたら、どこに落ちるか分からなかったし高度が低かったから着地体制に体を立て直す余裕も無かったな。こういう時剣は、手に握って無い方が良かったんだ。持ったままだと逆にそれを自分に刺すハメになってたかもしれない。
俺が剣を手放したのは、俺という剣士なキャラクターの仕様だった様である。後付け的に自分が何故そうしたのかを『思い出している』。
そんな風に思っていた瞬間爆音が響き渡った。
そして、なぜか亀の甲羅が迫って……く、る……!って、俺の方に向かってコレ、倒れて来てるんじゃないのか?え、なんで?
おおおッ!
俺は慌ててその場を転がって逃れた。仰向けにひっくり返された巨大な亀が、ゴゥンという轟音を響かせたのに、巻き込まれるのを間一髪逃れる。
「ちゃんと避けましたね」
レッドの顔が覗き俺の無事を確認した。
「危うく潰されるところだっただろうが!」
「後ろに投げ飛ばされるとは思わなかったもので」
僕はこれをひっくり返すと言いました、というスカした顔でやっぱり癖なんだろう、メガネを押し上げようとして額に手をやっているレッド。
その隣でじたじたと宙を掻く亀公。甲羅を揺らして、いずれ起き上がる事は可能なのだろうがすぐに、とは行かないらしい。
状況の不利を悟ったのか、唐突に手足を引っ込めてしまった。ぐわんぐわんという音を立て、引っ繰り返った甲羅が道の上で僅かに揺れている。
「で、どうすんだ」
引っ込めちまったぜと、肩をすくめるテリー。って、奴の額や腕からポタポタと赤い、血が……!
「テリー、流血!」
「ああ、石の破片でな。かすり傷だ、唾つけときゃ……」
「スターンチ」
と、その背中にレッドが手を置いて聞きなれない単語を呟いた。すんません、俺、学力ありませんから。リアルでもそうだし、こっちでも田舎者だし。
と、見る見る内に血の流れるのが止まる。
「傷は深くなさそうです、とりあえず止血を」
「おう、サンキューな」
テリーはレッドに目配せして、懐から布を取り出し血を拭った。傷塞ぎの魔法だ、という知識が俺にはどうやらあるっぽいな。単語の意味は分からないんだけど、その魔法は傷を塞ぐものの痛みなどは残る、本当に応急処置みたいだ。
さて、どうやってこいつをひっくり返した?
よく見れば亀公の手前にこれまた道を抉る巨大な穴……そういえば、爆発音がしたよな?
「ヤトの攻撃で亀が首を上に持ち上げたから、やりやすかったよ」
マツナギが弓矢をしまいながら今だ倒れている俺に手を差し出してくれる。俺はそれに素直に掴まり、立ち上がって改めて周りを見回した。
「マツナギの矢尻にマイン系の魔法を仕込んだの」
アベルが鼻で息をつき、巨大な穴を見下ろしている。
「エクスプロージョン?みたいな奴?」
「そうね」
「なんでそんなん一々矢に仕込むんだ?」
「この世界では、魔法の作法が色々とややこしくてですね。僕は攻撃魔法として『爆発』を取ったつもりでしたがゲームの様に、範囲内で任意で爆発を起こせる、などという都合のいい魔法ではないのです、どうにも」
「もしかしてアレか?先に、目印とか付けたり、魔法陣書いたりしないととか」
「ええ、似た様な感じですね」
「工夫次第では魔法は色々な方法に発展できるよ、」
と、ナッツが兄ちゃんの肩を支えながらこちらに戻ってくる。
「基点となるものを動力魔法で運ぶとか、」
「実際自分で使えるようなってから、その可能性に気が付きました」
という事は動力魔法とか言うのを、レッドは取得してないって事か?なんか色々ルールがあるんだなぁ、魔法も。
「君は、さっきの」
と、兄ちゃん、ナッツが連れて来た所為か意識を取り戻し、俺の存在に気が付いた。
「大丈夫か?」
「ええ、助かりました……玄武が暴れるなんて信じられないが……」
ひっくり返った大亀を、困った風に兄ちゃんは見やった。
「で、どうやって止めを刺すさ」
俺はレッドを窺う。
「衝撃波で中身にダメージを通すのです。やはり、腹の鎧は背中に比べれば薄い。あの重量だとひっくり返される事を想定していないのでしょう」
真っ黒い甲羅に比べ、腹は黄色掛かっていてそれこそ亀っぽい。今まで黒光りする石が動いているような非現実感があったけど間違い無い。サイズはデカいがこれは亀の腹だ。
「やっぱり、殺すんですか」
と、少し困った風に言った兄ちゃんに、俺が口を開く前にアベルが言っていた。
「殺されかけたんでしょ?今度誰が襲われるかわからないのよ?」
まぁ、普段は暴れないらしいがな。……なんだかよく分からないが、赤旗がついている以上異常事態だ。
……まてよ?もしかすると、この旗を取っちまえば元に戻るんじゃね?
「レッド、旗……」
しかし、突然睨まれて、言葉を止められてしまった。
「ナッツさん、彼の怪我の具合は」
「『接骨』を施した。肋骨が相当数折れてるし内蔵が傷ついてるね、ある程度処置はしたけど、暫く安静が必要だよ。痛みが引けば後は問題なく動けると思う」
「ああ、ありがとう、かなり楽になった」
「すみませんが、先にサンサーラの方に行ってもらえますか?馴染みのある魔物の最後に立ち合わせるのもなんですし……」
「誰が残ればいい?」
アベルの言葉に、レッドはテリーを示した。その後俺を振り返る。
「ついでにヤトも」
「おい、ついでってなんだ?」
で、残されて何を言われるのかと思ったら。
先に口を開いたのはテリーだ。
「一般人の前で俺らの専門用語は法度だろ?」
「ですね」
「……あれ、もしかして非難されてます俺?」
「軽率ですよ、レッドフラグは彼らには見えてません。テーブルトークだと減点行為」
うへい、以後気を付けます……。
もしかしてそれを忠告する為だけに残されたのか?居残りを命じられた生徒の気分だ……。
「で、今はいいんだな?」
「ええ、大体何を言いたいのかは分かっていますが」
「う、」
レッドは顔をしかめた俺を一瞥し、沈黙した巨大な亀の甲羅を振り返る。
「まだ、赤旗について詳しい説明を上から受けていません。まずはそれを待ちましょう」
「待ちましょうって、メージンの声を待ってるって事?」
「この場の人数を減らしたのは、メージンの処理を少しでも早める為です。推測ですが例えば僕等が別の場所にバラバラに居たとして、メージンはそれらに対して一斉にアナウンスできる場合と、一方だけをトレースしてアナウンスする事が可能だと思うのです。そして一部だけに情報を絞り込むだけ、こちらへの介入も容易ではないのか、と」
俺たちは、何と無く天を仰ぐ。
『アベルさん達はサンサーラへ向かうスキップに入りました。レッドさんの推測通りです、若干ですがコメントで入り込む余裕が出来ました。ありがとうございます』
何言ってんだ、恐らく一番地味で大変な作業を一人でこなしてるんだろ?お前が謝る必要あるかよ。
「メージン、これは俺の独り言な。……お前に非は無いから一々あやまんな。レッドも待ってる、本題を振れって」
また謝るだろうかと身構えたが、そこらへんはメージンだ。
きっと思わずすみませんとか、ありがとうとか言いたい所、引き下がったんだろう若干の沈黙があった。
うん、そんなお前の態度だけで俺たちは十分だぜ。
『レッドフラグの詳細が判明しました。間違いありません、バグです』
「……ご丁寧に警告色だぜ」
「イベント、だとしたらオペレーターもグルで僕等を騙す事になりますがね。そういう事は考え辛いのでしょうか。むしろ、そうやって騙す立場なのは高松さん達です。メージンは僕等の相棒と言うべき存在、信頼関係が重要ですし」
『はい、僕も実は……多少疑っていて、それで少し反応が遅れました。ですが現時点では僕もそのフラグは想定されていない本当の、バグの一種と判断します』
えーと、何か?
つまり、この赤旗はバグだとメージンも判断したわけだが、一応、MFC開発者が用意しているイベントの一種としてのバグっていう可能性も捨てきれない、って事をレッドは疑った訳だよな?
俺たちがこのゲーム『トビラ』内で遭遇すべく、イベントとして『バグ』という『名前』がついているモノじゃぁあるまいかと、レッドとメージンは一応疑っているわけだ。
そういや、そういうゲームなりマンガなりも多いからな。あくまでプレイヤーがゲームとして世界に触れる関係上、その世界でありえない現象を『バグ』として発現し、プレイヤーとして『バグ』を取っ払う……という、
―――イベントで物語が成り立つっていう、ゲームな。
なかなかややこしいが、ほら、何しろ俺たちはゲームのテストプレイヤーなわけだが、同時にデバッグ、ゲーム内で発生しているモノホンの不具合が無いかも見なきゃいけない。
しかし、実際開発に携わったわけじゃないから、どこらへんがバグってるのか正直わからないわけだ。
だから、怪しい所をバグかどうかオペレーターであるメージンからアドバイスを貰わない事にははっきりとは分からない。
むぅ……そう考えると、デバッグをしろといわれているのは、イベントとして置いてあるバグをイベントだと悟られない為の措置のようにも思えるな。
「けど、イベントじゃなく本物の不具合?」
俺も、赤く主張する亀の上の旗に目を向けた。今、旗は便宜上亀の腹の上に立っていたりする。
『……ええと、フラグというのはある意味この世界においては全て、バグなんだそうです』
……?なんだぁそりゃ?
『ですが、赤いフラグは開発者が設置した覚えが無いという事でして、ええと……具体的には開発段階の名残で、修復個所として目立つ様に使っていたもので、現在は現れるはずが無いものだそうです。どうやらその話は本当の様に思えます。高松さん達が今慌てて対策を練っているんですが』
「これまた良くある話ではありますが、フラグプログラムの仕組みとは感染、なのでしょうね。関わりあったモノ全てに連鎖して感染していく、それがフラグプログラムなのでしょう」
レッドは、頷きつつ独り言のつもりで言ったのだろうが、それにメージンが答えてきた。
『少し開発的な話になりますが、この世界で何か困った事などが発生した時に、そのモノがグリーンフラグに連なって関連している場合は、イベント保持者としてその旗が見えるようになる様です。またこの世界の殆どのものに、イエローフラグがついています。イエローフラグはグリーンフラグから発生したイベントに関係する場合、目印として見えるようになるのだそうです』
どういう意味なのか詳しく説明してくれレッド、という意味で俺は、奴を振り返る。テリーも同じくだ。
「つまり、旗は単なる目印ですか。僕等がこの世界で何かしらのイベントをこなす為の、この世界においては異物として存在するガイドライン。本当は別に旗に関係なくこの世界で、何かしらのイベントに関わる事が出来るのだと思います。しかしグリーンフラグからはじめた場合は、そのイベントがある程度管理され、イエローフラグで道しるべが振られて『こなしやすく』なる。そして僕等のデバック作業とは、すなわちその一連が正しく動いているかどうかを調べる。そういう事でしょうかね」
いやぁ。
流石はレッドだ。素直に敵わねぇよ。段々感心の方が強くなってきた。
『はい、イベント発生を管理するグリーンフラグシステムが、上手く働いているかどうかを高松さん達は調べたかったようです。……つまり、この世界でみなさんが見えるであろうフラグは、緑と黄色だけのはずなのです』
それなのに赤い旗がある。
確かにそのイベントの仕組みが本当なら、それはおかしいな。というか、仕組みとしてグリーンフラグが機能している所に、別のイベントシステムであろうレッドフラグが機能していたら……おお?
もしかしてそれって、結構ヤバいって事じゃねぇの?
『早急に、レッドフラグ対策を練る様です。どういったものなのかも現時点では調査中。ですから、できれば関わりあって欲しくなかったようですが……』
ああ、でも俺たちしっかり関わりあっちまったなぁ。トドメを差すのもマズイのか?
「赤旗を消去するようなツールは?」
と、レッド。
何か?どっかのゲームにそんなんあったな。世界の規格に見あわない謎のアイテムが、実は世界を弄くれるデバッグツールだった、とかなんとか。
『……あります』
おおあ、在るのね。
『ありますが、まだ設置していないそうです』
俺は思わず力が抜けた。
「じゃぁこの赤旗は取っ払えないって事か。どうすんだレッド、トドメ刺しちまって問題ないのかな?」
「……危険、ですね。既に僕等はレッドフラグに感染している可能性もある」
「ま、マズ過ぎるだろうその展開」
レッドは静かに、組んでいた腕を解いた。
「仕方が無い、これはこの場に凍結しましょう。大事にして赤旗を連鎖感染させばら撒く訳にも行きませんし、サンサーラに協力を仰ぎここに封印します。赤旗対策が立ったら戻ってきて取っ払う。……どうでしょうか」
『非常に無難な判断です。こちらも早急に対策を練りますので、そちらはお任せします』
そんなわけで亀公はサンサーラ漁村の付近に封印、という運びになった。
具体的に何すんのかと思ったら、石化魔法で石にしちまう事にしたんだと。ペトリファイデットとかいう奴らしい。流石魔導師、いろんなトンチキな奴を使いこなしてくる。
それから漁村に向かった俺たちだが、そんなに遠くは無いけれどすでに経過した時間の関係、村に入った頃にはすっかり暗くなっている。
それでも、村の一同含めて俺達の帰りを待っててくれた。これもそれも、漁師の兄ちゃん、ダグって言うらしい。彼を助けたお礼がしたいからって話だ。
やっぱ人助けはするもんだよな。
その後軽く俺たちだけで、赤旗についての情報確認。歓迎会についてはスキップしたな。
感謝はされど、結局殺さず封印っていう形になったからな、その件で村長さんや村の代表をを含めて、亀公についての事情の説明会という流れになった。
とりあえず石化させて、動かせないので道のど真ん中に封印した事をレッドが告げた。
道に穴あけちまったし、亀の石があるしで、怒られるかなぁと思ったが案外軽めに、道路はサンサーラで亀を迂回して、作りなおす方向性に落着いた。
さらにレイダーカには俺たちが戻ってくるまでこの亀の暴走は伝えないでおいてくれないかと、怪しい感染病の疑いが在るとかなんとか、適当なウソをレッドが並べて頼んだのだが……。
これもあっさり呑んでくれた。
と言うのもほら、ようやく理解したが、魔王討伐の話があるだろ?実は辺境も辺境である、ここサンサーラでもその噂『だけ』は通っててさ。
俺たちが国の正式な討伐隊である事を示す書類があるんだがそれ見せたら、すっかり信じてくれているんだな。感染病についても、本来あんなに大きくなるはずのない亀であるらしく、信憑性を得ちまったみたい。
村人達は勝手にこれもマオウの仕業に違いないとかなんとかゆーてますが、いやぁ、亀デカくしても魔王様には何も関係ないんでないの?
などと思った俺だったが、黙って軽く相槌を打って彼らの調子に合わせておいた。
さて残る問題は、レッドの石化魔法は永続性ではない、という事だな。その話を聞いてどうすんだと正直心配になった俺だったが……。しっかり、対処する方法はあるらしい。
まぁな、でなきゃレッドだって封印するだなんて言い出さないだろうし。
具体的には石化を永続させる為に、サンサーラ唯一の魔法使いのばあさんに、このペトリファイデットの魔法を譲っちまうんだそうだ。
その前に魔法って譲れるもんなのか?
と、思ったらビ・クイーズとかいう特殊な魔法があるらしく、これで魔法能力を相手に譲っちまう事ができるんだと!
レッドの奴、なんか変な魔法ばっかり持ってないか?
相手に魔法を授ける、のとは少し違う。使用権を譲渡する、に近いとか言っている。誰にでも行使できる訳じゃなくて、相手に魔法を使うだけの技量が無ければ成立しないらしい。
それはともかく、譲った魔法で定期的に亀公に魔法を掛けつづけてもらう事にしたってわけだな。
そんな毎日じゃない、安定してりゃ年単位、抵抗されても半年に一度くらいの頻度だと言う事だ。その頃には魔王も退治して、赤旗対策も見つけてここに戻って来れるだろう。
サンサーラの村人達は、そんなわけで全体的に俺達の要求を受け入れてくれた。
がしかし。
世の中、いい事だけで進みはしねぇんだな、これが。
いやまぁ、別に厄介な事じゃぁないんだ。むしろ魔王討伐隊だなんて結構なモノを盾に、あれやこれやと要求しすぎた当然な報いというか……。
夜も更け込む前に、宿屋へ案内されようとしていた俺達の前に突然立ちはだかった巨漢の男。
おお?誰だコイツは?
すると突然男はしゃがみ込み、片膝をつく形で畏まって頭を下げた。
「突然ですまないが……相当に腕の立つ一行とお見受けする」
うわ、なんか嫌な予感がするんですが。
俺はさり気なく横に立つアベルとレッドを交互に見たが、二人はなぜかどっちも俺を見ている。
……もしかして、先頭リーダーとして頼られている視線なのだろうか。
いや……多分、厄介ごとを人柱に押し付けようとしている視線だろうな……。
真っ黒く日焼けした顔の、男が顔を上げた。
「俺はミンジャン・ツュパッター。AWL船の船長をやっている。よもやこんな所で頼れる者と出会えるとは、導く女神の幸運を感じずにはいられない」
「エイオール?」
「梟船だ」
と、なぜかにやりとミンジャンという男が笑って答えた。
エイオールに梟船。
どういう意味だ?
こんな時こそ『思い出す』コマンド。だが、俺には何も思い当たる事が無い。
「本当ですか?」
がしかし、レッドは驚いて声をあげた。……こいつがこんなに素で驚いたの、初めてみたぞ。
「なぜまたこんな……」
辺境に?ってか。流石にここで言うとアレだと思ったのか、レッドは口を濁す。まだ村人その辺りに居るしな。
「寄寓だろう、俺もあんたらのような一行にこんな所で遭遇できるたぁ、実に寄寓だと思う。寄寓ついでに、頼む、俺の仕事を引き受けてくれないか?」
これはもしかしなくても、イベント発生って奴だよな?
だが……俺はミンジャンの頭上に、緑色の旗を見つける事が出来ない。
黄色の旗も同じくだ。
だとするならこの、今発生しているイベントは何だ?グリーンフラグシステムが働いてない、ガイド無しのイベントって事か。
「どうしましょうか」
と、レッドは俺を窺った。なんて俺を見るんだよ。
と思ったら、全員俺に視線を送っている。
おいおい、なんで俺を見るんだよ!
あー……旗の事は全員分かってるからな。
ミンジャンの頭上に緑旗が無いのは全員わかってんだろう。で、そういうイベントは、デバック作業をする必要が無いからこの場合は無駄な作業になる。
だから……蹴れ、という視線か。
はいはいはい。
俺は溜め息を漏らし代表して辞退の言葉を返すべく、重い口を開こうとしたのだが。
ミンジャンが、ごくごく小さく囁いた。
「……実はな、魔王と取り引きする事になっちまって」
慌てて、開きかけた口を閉じる。
俺は、慌ててもう一度一同を振り返りどうするべきか視線で相談。今受けてるイベントはなんだったか忘れてないぞ?そうだ、何を隠そう魔王討伐だ。
って事はこの流れは、グリーンフラグシステムに沿っているって事なのか?
レッドが小さく頷くと、一同も同意するようにさり気なく俺に視線を送った。
了解、受けていいのね。
よし、その仕事、俺たちが引き受けた!
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穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
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