異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』

書の4後半 梟の船『八つの海を又に駆ける男たぁ、俺の事よ』

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■書の4後半■ 梟の船 AWL_ship 

 しっかし、魔王様は民間人とお取り引きもなさるんですね。

 マオーはマオーでも頭の『魔』の字が取れれば王様だ。そこいらの国の、お城に住んでるおっさんと変わり無いって事か。いや、別に王様貶してるわけじゃないんだが。

 魔王との取り引きを行う事になってしまい、緊急に用心棒として俺達を雇いたいらしい、船長のミンジャン。
 とりあえず明日改めて話を聞く事にして、俺たちは今日の所は休む事にした。
 宿屋、宿屋といえば、ヒットポイント回復やらが出来るところである。……RPGのお約束的には。あとはセーブポイント?
 そうだよ、セーブしないと俺達の冒険の記録が残らないんじゃなかったっけか?


 案内されたのは、宿屋じゃなくって村長の家だった。
 奥の使ってない部屋を二つ、女部屋と、男部屋ってわけだな。

『休息がセーブになります。具体的にはログの流れなどを含めた情報に変換し、それを保存退避させます。これにより、皆さんがトビラを出ても現在僕が行っているような、ログ記録を閲覧できるようになります』
 メージンのコメントが聞こえているのだが、まだ目の前に村長達がいるから、俺たちは無言で視線を交わすだけにしている。
 色々その仕組みについて突っ込んで聞きたい所なのだが、それはメージンの事だ。俺達の聞きたい要点はしっかり把握しているみたいだな。続けてメージンのコメントは続いた。
『セーブできなかった記録については、残念ながら消去されてしまいます。また、皆さんはその世界で休息、つまり寝ないで冒険を続ける事はできません。人並みに疲れが溜まると冒険どころではなくなってしまうと思います。ですから、セーブは自然と行う事になるでしょう。そちらの世界で眠る事がセーブ作業に当たります。オートセーブ機能がデフォルト、っていう考えで良いのかもしれません』
 ふぅん、俺達リアルでも寝て夢を見ているはずなのにな。その夢の中で眠るってのも、なんだか変な感じがするけど……。
『セーブ中の出来事は皆さんにとっては当然、スキップになります』
 ……としても、だ。

 この世界では『この世界の時間』が、俺達にも平等に与えられてんだよな?ぶっちゃけスキップという作業は、時間の早送りであって時間を跳躍してしまうもんじゃぁない。

 とすると、アレだよ。

 俺たちはたった4時間しかゲームが出来ない、という、最初に説明されたリョウ姐さんの話は、一体ドコにいっちまったんだ?

 今気が付いた事じゃぁないんだが、てゆーか。キャラクターメイキングしていた時なんか流れる時間を表すものがなかったから、一体どれだけ時間が掛かったのかわからない。
 しかし、今はちゃんと太陽が昇って、沈む。
 この世界の一日が、24時間とは限らないだろうが、感覚から言えば間違いなく4時間なんてあっという間に過ぎ去ってる様な気がするんだが……。

 俺たちには時間は関係無い、とかメージンが言った言葉を思い出す。
 今だに、俺はその意味がよくわからない。


「寝る前に、少し確認したいのですが」
 男部屋、女部屋に別れた俺達だったが、レッドの提案で寝る準備すなわちセーブの準備が出来たら男部屋に集まる事になった。
 しかし、準備って?
「お風呂に入らないでフトンを被るつもりですか?」
「てゆーか、風呂なんかあるのか?」
「イシュタル国はどちらかというと、日本風な文化が色濃い様ですよ?」
「レイダーカ城下があんな西洋風だったのに?」
 と、がらりと案内してくれてる娘さんが開けたのはフスマだ。
 横にスライドする、……うん、見間違え無い。
 これはフスマ。
 そういや俺達村長ん家に上がりこむ時、フツーにブーツ脱いで上がってますね。
 ……見慣れた玄関に、違和感なく上がりこんだ事に今気が付く。そう、俺も実はイシュタル国文化が長いのでこれが普通として違和感が仕事してなかった。

 しかしよく考えればなんつー違和感。

 鞣革と鋼の鎧を着込んだ戦士やら、西国風の神官衣装の男やら、すっぽりローブの魔法使いやら、やけに軽装の武道家やら。
 そんな一行が通されました、この部屋は余りにも見慣れた、タタミに敷き布団。お風呂も順番にご利用になってくださいっていう案内を娘さんがして行った通り、この漁村には風呂はデフォルトだ。水はどうしてるんだろうな?近辺に川とか無いっぽいから……それこそ魔法生成かもしれない。

 俺は思わず額を抑えた。

「すっげー、なんかマッタリするんだけど」
「修学旅行以来だな」
 テリーもどっかの旅館よろしい部屋の風情に思わず、苦笑を漏らしていた。
 とりあえずフトンを各自確保して、がっちり着込んでいた鎧やらを脱いで、見慣れない下着姿になってみる。
 パンツがねぇんだよ、又引きっつーかそれにTシャツみたいな格好になっちまった。
「着替えってどうすんだろ」
「装備に入ってねぇ?」
 そういえば腰についている道具入れ、なにやらぎっしり詰まってるな。ああ、よれよれになってるけど替えの下着発見。
 俺はそれを広げ、布団の上で胡座をかきつつ一同を振り返る。
「洗濯って、やっぱ自分でやんのかなー」
 レッドは、頭をトントンと人差し指で叩いた。

 あー、そう。思い出せってね。

 俺はその作業、すなわちコマンド『思い出す』を実行してなるほど、了解した。
 潔癖症で有名な日本人には少々ばっちい話になるが、冒険者らは基本、必要最低限しか下着を替えないのな。で、町に入った時にまとめて洗濯する。旅行に行くんじゃないし、キャンプしに行く訳でもない。手に持つは最低限にし、いらないものはさっさと捨てて行くのが常識だ、と。そんなんで、着潰した下着なんかは焚き木や松明用、他多様面にぼろ布としてリユースが当たり前なわけ。
 今日はサンサーラに一泊するだけだから、今洗濯しちまったら明日まで乾くはずが無い。という事はこのまま着続けるって事だ。
 うーん、若干抵抗あるけど……。問題は、女性陣じゃねぇのか?
 化粧とか何かと面倒だと思うんだがおおっと待て?

 奴等化粧してたのか?


 そんなわけで各自セーブの準備を終えて、部屋にやってきたアベルの顔を、俺はまじまじと観察してしまったりした。

「……何よ?」
 続いて、マツナギの顔も同じく。

 うーん、どうやら二人ともすっぴんみたいだな。
 マツナギなんかそのまんまで見蕩れてしまうほど綺麗だが、それは彼女が貴族種設定だからかもしれない。
 浅黒い肌に映える銀髪、真紅の瞳。細い顔になぜかバランスの取れた長い耳。貴族種、すなわちリアル世界で俗に言うエルフな姿だ。
 顔の造形はリアルマツナギと同じなのに、圧倒的にリアルより美人に見えるのはなぜだ?
 しかも彼女背が高くてボッキュボーンな体格を、リアル設定から引き継いでるわけでして。
 やぁ、鎧を脱いでしまうとその線が露になって思わず生唾の飲み込んじまうほど美人なんですが。

「巨乳っていうプラス属性特徴があればよかったのに……」
「……プラス、なのかな?」
 ……という小さなアベルとマツナギのやり取りは、マツナギの肢体に見蕩れていたおかげで俺の耳には入りませんでした。
 すいませんねぇ、オスってのはこういうイキモノなんですよ!

「さて、諸々はいいとして」
 レッド、諸々ってなんだ?
「現状を確認しましょう。どうやらプレイ時間制限というのはこちらで流れる時間とは関係が無いようです」
 っと、やっぱりそれはお前も気になる所ってわけだな。俺たちは思わず頷いていた。レッドは相変わらず無い眼鏡を押し上げる動作で額に手を当て、言葉を続ける。
「逆に大変なのはメージンですね……現実4時間でゲームのバックアップ処理をしているんです。僕等が悠長に道を歩いている時間経過は、恐らくメージンには関係ないのでしょう。あまり負担をかけない様にしなくてはいけませんね……」
 という反省は、きっと赤旗の件での事か。
 非常事態とはいえ、早速メージンを頼りにしてイベントを進めてしまったわけだからな。
 でもしかたねぇじゃねぇか。俺達、まだこの世界に居るべきルールを全部把握してないんだし。
「とりあえず、ようやくセーブです。もし明日、危険な敵に出会って全滅になっても赤旗が発生した事のログは残す事ができます」
「でも、あっちではリアルタイムで私達がレッドフラグを発見したのは分かってるんだろ?いまいち、そのセーブとか言うのがよくわからない」
 マツナギが困った風にレッドを窺った。
 確かにな、俺達の記憶というか『記録』というか。それがセーブを行わなければ残らないという仕組みが、少々難しい。
 イメージとしては多分、セーブ出来なかったこっちの世界での出来事は……。
 目を醒まし本当の現実に戻った時に、俺達の記憶にも残らず、さっぱり消えてしまう、という意味じゃぁなかろうかと俺は思っていた。
「騙されているんですよ、脳がね」
 だから、そうやってレッドが簡潔に答えた言葉に俺は酷く納得したし、その通りだろうと思う。

 俺たちは現実的に言えば夢を見て、夢を見る作業でこちらのバーチャル、異世界へ入り込んで来ている。
 夢を見るのは人間の脳であって、少なくとも俺の生身全部じゃぁない。夢の世界に繋がっているのは、生身の俺ではなく、現実で世界とを体感するように『感じる』ための脳味噌だけだ。
 触覚、聴覚、視覚、嗅覚、味覚。人によっては、霊感とか言う第六センス。場合によっては宇宙を感じる第七センスってか?……冗談です、ごめんなさい。
 とにかく感覚を感じるための手足、目鼻、肉体という器を介さずに、精神とも言うべき脳だけで俺たちはこの異世界に接している訳である。
 ……ここまでは理解できたか?俺でも理解できるんだから、きっとデキるぞ、うん。
 でだ、本来ならば肉体があって触れている世界が俺達にとって真に正しい現実、リアルって奴だ。
 現実世界では、逆に脳だけでは存在できない。脳味噌だけでは実在した事にならない。
 つまり精神とか、意識だけでは存在したことにならないのな、普通は。
 もしそういう目や耳や、肉体を通した感覚以外で現実を保障してしまったら、オバケも幽霊も、精霊も神様も、本当の本当に存在する事になってしまうからな。
 極端な話、虚言癖のある人間一人の妄想でさえ、現実になってしまう事になる。
 それに科学的とかいう実証がなけりゃ、存在というものは認められていないのが現実社会だ。

 ここで虚言癖の在る人間一人の妄想が、紙の上に書かれたとしよう。
 それが3Dになって立体的に見える形になったとしよう。
 声優さんなんかが声を当てて、しゃべった様に感じるとしよう。
 セル画やフラッシュなんかで、アニメーションされたとしよう。
 その動きが現実の人間である俳優さんに置き換わり、ドラマ化されたとしよう。

 それらはどこからが現実でどこからが仮想かと問えば、はっきり言って全て仮想である。
 前に力説したかもしれないな。生身の人間が演技した所で、それはリアルにはならない、それだってバーチャルだ。
 じゃぁ仮想、バーチャルっていうのは何だろうと考えると……。

 きっと、それは俺達の『脳味噌』がダマされている事だと俺は思うのな。

 高松のおっさんたちが開発した、最新型ゲームハード、コードネームMFC。
 夢を見る領域でゲームするこのシステムは、俺達の現実の、肉体的感覚を一切通さずに脳味噌を直にダマくらかしている。
 可笑しいよな、普通絵や3Dや声付きやアニメーション、ドラマ化と、そうやって肉体的な何らかの感覚を通して触れる仮想にさえ、人間ってな容易く現実と間違えそうになるイキモノなのに。
 肉体的な感覚を通さない事でも見事に騙されて、仮想を現実と受け入れてしまうなんて。

 俺たちはすっかり脳味噌で騙されて、夢を見ている中で人為的に作られた仮想な異世界を体験している。

 長い時間かけてこの漁村サンサーラまで来た様に思えるのも、4時間以上経過しているように思うのも、全て、全て、本当は夢だ、幻だ、仮想現実だ。
 例えこの『異世界』の中ではどんなに現実的に、俺達の目の前に事実があっても。
 時間は、俺たちに正しく流れていない。
 正しく平等にあるように、結局の所騙されているだけなんだ、きっと。

「具体的に言えば僕達はセーブ、すなわち保存作業を行って初めて、経験を『本当に』あった事として脳が処理できるようになるんです。メージンがコメントできるのも先にセーブあってからこそ、かもしれません」
「本当に、って?」
「つまり、ゲームとして。あくまでゲームとして、どんな事を行ったかと云うログが、実際の僕等の脳に始めて記録が送り込まれる」
 レッドはそう言って自分のこめかみを、人差し指で軽く叩いた。
「僕等が『思い出す』という作業で取得している情報は、全て僕等の現実の脳に送り込まれているデータではない。僕等の脳は、完全に別の集積回路の情報の上で独立しているデータベースから、必要な情報をさも自分達の記憶のように呼び出している」
 ナッツが深く頷いているが……隣でアベルはちんぷんかんぷんという顔をしているぞ。眉根を寄せて、不機嫌そうだ。ふふん、俺は逆にちゃんとそのレッドの話についていけるぜ。日頃の、どーでもいい仮想と現実についての考察のおかげだ。いや、こんなん役に立つ日が来るとはなー。はっはっは。

 そうそう、アベルはゲームはするけどパソコンはオンチなんだよ。携帯端末操作は出来るが、アプリケーションの正しい起動と動作を何故かちゃんと覚えられない。
 キーボード操作は速いのに、根本的な仕組みって奴を理解しないんだ。つまり、ボタンを押すとどういう反応が起こるのか、という事だけで全てを憶えるんだな、奴は。そういう奴はどういった問題を起こすのかというと、例えばアプリケーションのバージョンアップでボタンの位置が変わっただけで操作出来なくなってしまうんである。
 だからこそ無駄な事を考えず、必要な時に必要な操作やボタンを押すという動作に迷いが無いのだろうが……。どうしてこんなにモノ分かりが悪いのに、アクションゲームが上手いのか相当に疑問ってぐらいだもんな。
 一生懸命に仕組みを教えても一向に理解しない彼女とは、なんだか脳味噌の仕組みが違う様な感じさえ受ける。
 ……宇宙人と会話しているみたいな気分になるのな。それでなんだかよく分からないが、しょっちゅうケンカになっちまうんだ。

「ま、とにかく実感してみりゃ分かるだろ」
 俺は肩を竦めてそう締めてみた。
 理屈で責めても、アベルがどうやっても理解出来ない事は知っている。半信半疑なマツナギも、俺の提案に頷いた。
「そうだね、正直よくわからないけれど……明日セーブが終わってみれば、思う所はあるかもしれない」
「もしかすると、それを実感するのはゲームが終わってからかもしれないよ」
 と、ナッツ。
 そうだな、俺もそうだと思う。スキップと同じでセーブも、仮想世界にいる俺達には何の変化も齎す事は無いと思う。あるとすれば現実で騙されていた脳が目を醒まし、俺の本当の肉体が目を開けて、そして反芻した記憶を呼び戻した時に―――
 初めてセーブという作業の意味が理解出来るんだろう。

 いずれ来るだろう、ゲームを体感し終わったその『時』がなんだか楽しみになってきた。

「皆さんがそれで納得されるなら僕も特に、難しく理解させようとは思いません」
「じゃ、早速寝るか。明日は酒場でミンジャンに会う予定だしな」


 で、次の日の朝。


 やっぱりセーブだろうがなんだろうが、寝起きってのは寝ぼけるもんなのかな。そういう設定で、すっかりスキップされてしまったのだろうか。
 俺がそういえばこれゲームだったと、そんな事情を思い出した時。俺はすでに、ミンジャンと会うために酒場に居たりした。

 思い出して見るとフツーに起きて、フツーに着替えて、村長さんとこで朝ご飯ご馳走になって、現在に至るんだよなぁ。

 この『思い出す』コマンドもおっかねぇんだよ。
 実行すると一体どのタイミングでスキップが入ってイベント省略したのか、さっぱりわからなくなる。
 思い出して見ると、俺たちはごく普通に朝ご飯を食べた経験があって、それをありありと思い出せてしまったりするんだ。

 世界に馴染み、時間を経過するに従い、俺はいずれ自分が異世界の住人である事もすっかり忘れちまうんじゃないかとふっと、不安がよぎった。
 ……不安?なんで不安なんだろう。俺は一体何を恐れて、何に不安を感じているんだ?

  ともかく、もう酒場に居るからいつ船長が来るか分からない。あんまりごちゃごちゃ考えるべきじゃないかもな。
 所でミンジャンとの打ち合わせは大人数でやってもしょうが無いので、俺とレッドだけ行く事に決まっててな。
 まぁ一応、人柱……じゃなくて、リーダーって事で。レッドはそんなただの看板になりそうな俺を支える為に同行、だな。……腑に落ちない立場だが、実際俺一人じゃクエストを有利に運べるか自信ねぇし。また無能だなんだって言われるのも嫌だ。
 かといって、レッド一人に交渉させるのはどうだろう、

 ……んん?むしろ、それでもいいんじゃねぇか?

 いやいや、待て待て。

 ……俺は、不安な事をレッドに相談しようとして、無意識的な動作で、現状を理解しようとし『思い出す』を実行したらしい。
 気が付けば、俺の不安はどこへやら。
 いや、漠然とした不安は渦巻いてるわけなんだが、その前にもっと気にかけるべき現実があるだろうと、すっかりまた脳味噌が騙されている。
 いや前言撤回、……騙されてていいんだよ。
 それがこの世界、ゲームに浸るって意味だろ?などと、自分を納得させようとするんだが……なんでか、上手くいかねぇ。あぁ、なんか頭が混乱しやがるーッ!!


「なんで、俺も一緒に話を聞かないとなんだ?」
 レッドはカウンターで俯いてなにやら考えていた所、顔を上げて苦笑を浮かべた。
「パーティリーダーは貴方でしょう?」
「いっそ、お前がリーダーやれって」
「それだと貴方の役どころが無くなります」
「む、どういう意味だそれは?」
 レッドはさらに苦笑し僅かに首を横に倒した。
「正直に言えば、僕はリーダーに向かないんですよ」
「そうかぁ?だって、赤の一号だろうが」
「それはただの理想です。現実的に言って僕は人を纏める力が無い。理屈で全ては纏められ無い事を僕は、分かっていますから」
 ああ?そりゃぁ、どういう意味だよ。怪訝な顔をしているだろう、俺を見てなぜかレッドは笑う。ちなみに、こいつの笑うは鼻で笑う系のいけすかねぇ感じである。
「例えば僕は全てに於いて、理屈を立てて物事を語るわけです。僕の言葉に真があるのは、その理屈が的を得ているからでしょう?そんな僕が理屈無しに、なんとなくこうだ、ああだという適当な意見を言ったとしましょう。そうやって、無責任な事をたまに言う僕の言葉を、皆さんはどこまで信用してくれるでしょうか」
 ……いまいち、何が言いたいのかよくわからんから黙って続きを待って見る。
「全てに於いてそれなりの理屈を立て、行き先を示せるかと言えば、そうとは限りません。むしろ、僕が行き先を示せる場合の方が少ないのです」
「そうかぁ?」
「その点、感情や感性に任せ行き先を指し示す、貴方のようなものの決め方も時には必要ですし、そういう決断の時は以外と、多いものです」
「……どうせ俺は何も考えて無いよ」
「その為に、考えるのが僕の役目です」
 レッドは少し照れた様にいつもの、無い眼鏡を押し上げる仕草で顔の表情を隠した。
 ふーむ、じゃぁ俺が必死に色々考えてるのは無意味なのか?
 今のクエストに関係無いような事ばっかり考えているわけだから、パーティー頭脳としては役立たずだってのは、当たってますがね。

 ……レッドは、どうなんだろう。

 さっきまで黙って何かを考えていたように見えたけど、奴は一体何を考えていたんだ?

 これからミンジャンに会い、話す事か。
 魔王がいるという、この世界の事か?
 それとも俺たちが眠って夢を見ている、現実の事だろうか。

「……もしこの今辿るシナリオが、グリーンフラグに連なるものでその先に魔王がいるなら」
 と、俺が考えている事を知った様に、唐突にレッドが語り出した。
「その途中にレッドフラグが立った意味は、どういう事になるのでしょうね」
 ……ああ、
 レッドは俺みたいに『現実』については、何も考えていないみたいだな。
 むしろ『考える』役であるからして、ちゃんと今、ゲームとして受けているシナリオについてを考えている。
 そして、ついでに俺たちがここでやら無ければいけない仕事の一つ、デバック作業についても絡めて。
 そうだよなここはすっかりバーチャルなのに、いつまでも現実の事を心配してたってしかたがない。現実で、仮想の事をウダウダ考えているようなもんだよな。
 それって、どっちかって云うと不健全だと言われがちなわけだから、俺のこの不安は、全ての立場が逆転しているこっちの世界では、無意味なものに違い無い。
 俺は胸のモヤモヤ感を強引に押さえ込み、レッドの言葉の意味を考える事にした。
「案外、魔王も赤旗だったりしてな」
「とすると、正式イベントであるグリーンフラグもレッドフラグにすでに汚染されている、という事になるのではないでしょうか」
「そうか?少なくとも、緑ラインにしてみりゃ赤ラインは邪魔な存在で、逆しかりだろ?お互い潰しあう路線なのかもしれないじゃねぇか」
「だとするなら、赤旗がバグだという、メージンの言葉がウソになりますよ」
「……ぬ、そうか?」
 グリーンフラグとレッドフラグが鬩ぎあう図式が、ゲーム『トビラ』としておかれているイベントそのものだとするなら、確かに、赤旗はバグじゃなくて任意イベントという事になる。
 そうじゃないって、メージンは言ったもんな。
 赤旗なんか、開発チームでは設定した憶えが無いって話だ。レッドフラグなんて本来であればありえないはずの物だってわけだが……。
「……それがバグって事はつまり、予定と違った動きをしちまったものって事だよな」
「置かれたイベントが動作不良を起こしたものが、レッドフラグなわけですね。何らかの理由で、ありえない色の旗となった……。現在は発動しないようになっているフラグだという話です。とすると、イエローフラグの変種という見方が濃厚でしょうか」
「なんでだよ」
「イエローフラグは殆どのものにすでに付いているプログラムだからです。グリーンフラグのイベントに反応し、道しるべとして僕等に見える様にするためのプログラムです」
「でもよ、赤色ってのはある意味自己主張が強すぎだと思わねぇか?」
 と、なぜかレッドが黙る。じろりと俺を見て、小さく鼻で息を付いた。
「すいませんね、自己主張が強すぎて」
「って、お前の名前は置いといてだな!つまり、俺が言いたいのは!」
「分かっていますよ。バグが一々赤色に染まるのはある意味わざとらしい。黄色の変種であるなら、黄色のままで動作不安定であればいいのに、わざわざありえないはずの色の旗となって見えるのは……何か、意識的な悪意を感じると、そういうのでしょう?」
 分かっているなら一々ボケるんじゃねぇよお前……。しかし、この俺の漠然とした言葉をしっかりフォローしてくれてますよ。推定ライバルと思っていたが、うーん、なんか上がる土俵を間違えた感じがするぞ……。

 と、扉の開く音がして外の光が入ってくる。

「悪ぃな、遅くなった」
 梟船とかいう船の船長、ミンジャンだ。俺達はこの船の護衛をする仕事を受けたんだよな。で、これからその詳細を俺とレッドで聞く事になっていた。
 一応ミンジャンの頭上を眺めたが今だ、緑も、黄色も、ましてや赤の旗もそこには見出せない。
「ブツの積み込みに手間取っちまって、」
「何を、運ぶのでしょうか」
 ミンジャンは俺の隣のカウンターに座り、頭を掻きつつ困った顔になる。
「それが中身を見るな、箱は開けるなてんでな。何か知らんがどデカい箱だ、しかも恐ろしく重い」
 レッドから小さく突付かれて、ああ、そうそう、段取りがあったんだよな。
 俺は早速、打ち合わせていた事を彼に持ちかける。
「所で、どこに運ぶんだ?実はさ、俺達本当はイシュタル本島に渡るつもりだったんだよな」
「なら、方向が逆だろうに」
「道間違えちまってさ」
 俺は苦笑し、おとなしく理由を述べた。
 いや何、誤魔化したってしょうがないだろ?本当の事なんだし。
「間違えてサンサーラまで来ちまったのか?」
 少し呆れた風に聞かれて、俺はレッドと視線を交わしつつ、まぁ色々あって、俺達の連れの大半は、レイダーカ初登城だからと口を濁す。
「最終的な目的地は西方大陸です。とりあえず、レイダーカ島を脱出できればそれでいいのですが」
 と、レッドの言葉にミンジャンは首の後に手をやってそこをしきりになでながら苦笑した。
「非常に言いにくい事なんだが……行き先はオーターだ」
 なんで言いにくいのか思い出すコマンドやってみたが、地名含めて俺にはさっぱり読めないぞ?
 という事で、さり気なくレッドを窺う。
「外海を逆行です、か……流石はエイオール船、そんなルートを取れるのは、やはり貴方の船しかない。僕は逆にそのルートを望んでいました。好都合です」
「だがよ、分かってるよな?シーミリオン国だぞ?」
「ええ、いいんですよ」
 レッドが頷いている。何が都合悪くて何がいいってんだ?おいおい頼むよ、俺にも解かる様に説明プリーズと、目で更に訴え続ける。
「僕等は魔王討伐パーティですから。敵の事情を調べなくてはなりません」
 それって何か?シーミリオンとかいう国は、魔王に関する何かがあるってのか?
「そうなのか……。本当はな、シェイディに運ぶ予定だったんだよ。それが急に予定が変わりやがってシーミリオンだ」
 どうにも、それでこの仕事は何かがおかしいと気が付いたエイオールは、色々調べるに相手が魔王関連だと気が付いたって訳だ。それで急遽護衛を探そうとしていて、そこに俺らが来た、と。
「行先変更に伴い、それなりに金は分捕ってやったから報酬は弾むぜ。だがそれだけ益々ヤバい仕事になっちまった」
 と、ミンジャンはなぜか頭を下げる。
「シーミリオンとなりゃ、何が何でも護衛が欲しい」
「俺たちはその仕事、蹴るつもりは無いぜ。安心しろよおっさん」
 俺は手を差し出して笑って言った。
 その手を、浅黒く日焼けした大きなミンジャンの手が握り返す。
「……心強いな、恩に着る、ヤト」
 頭は下げたままミンジャンはそう呟き、強い眼差しで顔を上げた。
「この仕事、上手く行ったらあんたらは間違いなく、ランクSで登録させてもらう」
「いいのですか?」
 と、レッドが驚いているが、うーん。何を言っているのかさっぱりわからねぇよ。
 いやぁ、本当にレッドがいて助かるなぁ。……俺って本当にお飾り。
「当然だろう、この八洋廻り船ですら今や避けて通る魔の氷牙海、閉ざされたコーラリアル。俺も行くのは十年ぶりだ。もはやあそこが、どうなっているか殆ど知られていない。そんな所に魔王一派から仕事を依頼されて運べだなんて、これはひょっとするとひょっとするぜ?」
「本拠地、って奴か?」
 俺は能天気に聞いたつもりだったが、ミンジャンには、この素っ気無さが相当の余裕に見えたらしい。
 やけに関心した様に、改めて聞いてきた。
「いいのか、要望があれば西のケレフェッタまででも連れて行くが……」
「シーミリオンで構いません」
 と、レッド。って、俺の意見は聞かないの?いや、別に根拠のある異論は無いけどよ。
「魔王の被害は日々広がる一方でしょう?」
 そうだろうな、そいつが悪い奴等ならこうしている間にも、略奪されてる町や村があるかもしれない。俺はいまいち事情が分かっていないが、レッドの言いたい事を組んで言葉を引き継いだ。
「そうだ、悠長に魔王について調べてる場合じゃない。怪しい所に直で行けるってんなら、いっちょ乗り込んで暴れてやるぜ」
 ましてや俺たちはそんなに、悠長な事やってられないからな。
 リアル時間で4時間が限度だ。こっちの世界で、どれくらいの時間居られるのか良く分からないが……。
 ゲーマーである手前やっぱり、1クエストくらいこなしたいよな。
 たとえ、それが魔王討伐などという、ある意味RPG最終目的だとしても。
 クリアしてぇもん。
 折角パラメーター高いんだから、サクサク先に進むべきだろう?その為のアドミニ権限なわけだし。
 ……レッドフラグの行方も気になるしな。

 ミンジャンはすっかりこれで、俺達の惚れ込んじまった感じだな。俺の言葉にゆっくり頷いている。
「よし、分かった。行き先はシーミリオンだな。それならば早く出航した方がいいだろう、よければ今日にでも出航するが」
 俺はレッドと目配せする。レッドは小さく頷いた。そうだな、特にもうここでするべきことはない。
 とりあえず、レッドフラグの落とし方を得ない事にはな。もしかすればサンサーラ付近に残す赤旗の亀公の事は、高松さんらで何か処置してくれるかもしんねぇし。
「頼む、」
「よし、任せろ」


 こうやって魔王一味と梟船エイオールの怪しい取り引きに、俺たちが立ちあう事になったわけだ。
 って事は早速俺たちは、魔王一味と接触できるってわけだな?魔王一味には皆、迷惑しているわけだから、本当はワクワクしてちゃぁいけない事だが……正直、この気持ちはワクワクだ。

 さって、何が出て来るのやら。

 喜べテリー、多分きっと強敵だぜ!
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