異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』

書の8後半 ブルーフラグ 『甘いのは認めるが、粘るぜ、ジャムだし』

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■書の8後半■ ブルーフラグ blue flag 

 足音がやけに響く。
 その神殿の空気は凍えそうなほど冷たいのに、吸い込む空気は湿気を含んでいてそれはどこか磯の匂いがする。
 ま、それもここが海中神殿だって知ってれば納得だがな。

 いやしかし海中にあって空気がある空間だなんて、ファンタジーだなぁ。海中を進む船っていうのにも、実際目の当たりにしてびっくりしたが。本当にこの世界はファンタジーなんだ。
 こう、空気の膜があってだな、その中に船が浮かんでやがる……っておおなんかそんな船がどっかの老舗ゲームにいらっしゃった気が……?で、同じような空気の膜に覆われた海中神殿に俺達は、連れてこられたというワケである。

「濡れてますので、お足を滑らせ無い様に」
 キリュウの案内で薄暗い大きなホールに足を踏み入れた俺達は、思わず感嘆の溜め息を漏らして上を見上げた。
 蒼白い僅かな光が上から差し込んでいるなぁと思えば、遥か頭上に海がある。
 水族館の海中トンネルみたいなものだが、規模が違うぞ。大きな観音開きの扉を潜りホールだと思った部屋は実はホールじゃなくて、天井吹き抜けの渡り廊下だった。
 で、今俺達が歩いている所だけ空気が維持されている。
 両隣に大人三人くらいじゃないと抱えられないくらいの巨大な柱が、数メートル置きに並んでいる風はなんとも、神殿っぽいよな。

 ……ん?

 よく見ると柱の奥はゴツゴツした岩で、そこには珊瑚が生えてるじゃねぇか。
「もしかして、いつもだと海の中?」
「ええ、ですから水が残っています。滑りますのでお気をつけて」
 俺たちを通す為に、海水を抜いた……って所か。
 再び注意を促しキリュウは静かに、滑る様な足取りで先頭を歩いて行く。その次に従者も連れずにユーステル女王。そして俺達。
 周りを取り囲む壁のような岩には、びっしりと珊瑚やら貝やら、亀の手やらフジツボやら、海草類や海綿類が岩肌を覆い隠す様に生えているのに、立ち並ぶ柱や床には一切それらしいものが生えていない。
 俺は視線を前に戻す。
 数百メートルは続くんではなかろうかという、この長い回廊の向こうに祭壇……かな?少しの階段と、海の水がなぜか滝のように流れるのを確認した。
 しかし滝っぽい音が無いな、理屈は分からんが、空気中に投げ出された海水が落ちているのではなく、静かに海が上から下に流れているだけのようだ。

 ううむ、もしかして、ナーイアストってどデカい海竜類とかいう奴だろうか。

 そういやアインはサイバー種。神竜種、とも書くこの種族は、神から知恵を授かった動物類の事を差すらしい。って事は、神様はいるって事だよな?レッドは居ないと言ってたけど、いまいち俺達の『現実』の方で、神様なんてもんは実際問題実在しない訳だから実感湧かないけどよ……。それとも、便宜上の事なんだろうか?
 ゲーム世界では世界を作ったり、守ったり、管理している神様っていうのは出てくる事は多いよな。つまりそういう神様がいるんだろう、この世界には。レッドは魔導師という肩書上、そういうの認めてないダケなのかもしれない。魔導士イコール偏屈っていうのが一般認識としてあるくらいだ。
 ……とにかく、なんだか一気にゲーム感が増して来た気がする。
 何でだろう。神様なんかいない方がリアルだとそう思うのは。それ程に神様なんて便利なものは、世界には居ないと俺が信じているから、かな?

 ひたすら前に向かって歩く中、俺はここの世界の神様ってどんなんだろう思考を繰り返していたが……。ふいと見えてきた人影に、目が釘付けになっていた。
 期待を裏切る展開は大好きですが何か。

 カツンと、持つ長い槍を杖にして突いていたキリュウは強くそれを打ち鳴らし足を止める。
 祭壇から数十メートルは離れた場所だが、もはや彼女の姿は俺にもはっきり見える。
「見えるか?」
「はぁ、ぎりぎり何とか」
 眼鏡があれば眼鏡をずらして調整したい所であろうが、レッドは目をしょぼしょぼさせて俺のささやき声に答えた。奴は弱視だ。遠くの景色は殆ど見えてない。この距離だとレッドには、目の前の『彼女』を『彼女』だと認識できないかもしれないな。
「ナーイアストです」
 ユーステルが『彼女』に敬意を表して静かに深い礼を行ったのに、俺たちもつられてお辞儀。
 しかし、偉い人?
 つーか相手神なのに、敬称はつけないんで宜しいんでしょうかね、女王様。

 そしてナーイアストと紹介された『彼女』も静かに、その場で一礼。
「精霊が、実体を持っている?」
 見えていないがそこにナーイアストが居ると察し、レッドの小さな呟きが場に響く。あーこの静けさですから。声はしっかり聞こえるぞ。不用意に何でも口に出して言うんじゃねぇレッド。

 数十メートルの距離が、神と人間との距離ってわけだ。

 そんな風に斜に構えた俺だったが、遠くの彼女は微笑して少し困った風に言った。その声は、ちょっと大声を張りあげているようにも思える。
「ごめんなさいね、彼らはそこから先には進めないの。かといって、私からみなさんの方に赴く事もできないんです。どうか、こちらにおいでくださいませんか、……異界よりの来訪者達」
 当然と俺たちは顔を見合わせる。
 ユーステルとキリュウを見やると、どういう意味なのか理解していないと言う風に、不思議そうに俺たちを見ているし……。
 しかし、迷ってたってしかたねぇ。
 ユーステル達をその場に残して、残り数十メートルを俺達だけで前進する事にした。
「って、呼んでますので、行ってきます」
 と一応、ユーステルとキリュに向かって俺は伝えたのだが、その途端二人は驚いて目を瞬かせる。
「……?」
 レッドがそんな二人の様子にもしやと目を細めた。
「大陸座の声が聞こえていないのでは?」
「え?」
 と、驚いたのは俺だ。え?何の声が聞こえないって?
「私達はこれより前に進む事が出来ないのですが……」
「ナーイアストが直接お呼びするのですから、彼らはここより先に進めるのかもしれません」
 ユーステルとキリュウの話に、俺は驚いて微笑んだ顔のまま黙って待っているナーイアストを一瞬見る。
「彼女、しゃべったけど……」
「ええ……私たちには声『も』聞こえないのです」
 ユーステルは頷いて静かに告げた。
「姿は見えるんだな?」
「それは、確かに見えます……ぼんやりとですが」
 俺はちょっと考える。
 近くに寄れない、声が聞こえない。でも、姿が見える。俺達みたいにはっきりとは見えてないらしいが……。

 じゃぁどうやって、意思疎通したんだこいつら??

「……筆談?」
 マツナギがぼそりと呟いた。考える事は皆同じだなぁおい。しかしマツナギ、それだと物凄く間抜けなやり取りになると思わねぇか?クリップボードを掲げて意思疎通する、ナーイアストとユーステルの様子を想像し、俺は思わず苦笑しそうになる。
『拡張伝達魔法を使い、啓示を送っています』
 声ではない意思が『聞こえた』
 この方法で『聞こえてくる』意思は、常にメージンのものだった為に俺たちは、驚いて聞き覚えの無い女性の声に、ナーイアストを振り返った。
 今の声は、ユーステルやキリュウにも聞こえたようである。
「なるほど今のように、ナーイアストの方で魔法行使をして意思伝達してくるわけですね……一方的に」
 ユーステルはレッドの言葉にその通りであると小さく頷くのだった。キリュウが手に持つ槍で目の前の空間を突いて見せてくれる。
 すると、槍が見えない壁に弾かれて槍を持つキリュウの腕が跳ね返された状況を目の当たりにできる。
 なるほど、そこに見えない壁があるわけだな。……少なくとも、俺には壁は見えない。
 その見えない壁に向かって、俺は恐る恐る手を伸ばして見た。見えない、壁の領域を俺の手は越えて突き抜けている。
 ゆっくり足を踏み出して前へ踏み出す。二歩、三歩……俺は完全にキリュウの突き出している槍より前まで侵入できた事を確認して、振り返った。
「大丈夫だ、行ける」
 あ、気がついたらまた俺が人柱役になってた。口に出すと墓穴だからな、勇者行為だったって事で自分で自分を納得させておこう。
「やはり貴方がたはナーイアストに『選ばれて』いるのでしょう。私達はこちらで待っています。どうぞ、前へお進みください」
 ユーステルは、選ばれたという俺たちに頭を下げる。
 ああそんな時、何て言ってそのこっちに払う敬意を除けばいいんだろう。

 おやめください、顔を上げてください、とか。

 少なくとも、俺の言うセリフじゃないな。などと思うがだからと言って、誰か言ってくれる事を期待しても、多分誰も言わないだろうなそんな事。内心ユーステル女王が俺達に向かって敬意を表してくる事に、どこか申し訳ない気持ちがあるのは多分、共通している事だと思うのだが。
 女王が平伏してるぜいい気味だ~!!などという性格の奴は、いない。……ハズだ。
 もちろん気分が悪いわけではない。そんな風に遜られて、気持ちが良いというよりは多分気恥ずかしい、戸惑ってしまうというのが正しいのかな。かといってどうやってそれを律せばいいのか、適切な言葉が見あたらない。 
 何しろ相手は俺たちが平伏すべき、女王だ。外見、推定未成年の美少女だとしても。

 しかたなしに沈黙し軽く頭を下げ、俺達はナーイアストの近くヘ歩いて行くしかなかった。

 さて、彼女の前へ辿りつくまでの数十メートルの間に俺はこっそり、ちょっと疑問に思っていた事をレッドに訊ねて見る事にする。 
 なんで実体化している『神』であろうナーイアストに、彼女等は敬称をつけて呼ばないんだろうか?というのがソレだ。するとナーイアストに様をつけないのは、それは精霊であって本来神や人物ではないからです、とのレッドの言葉が返ってくる。

 ふぅん?

 神と精霊、同じ様なもんだと思ってたんだがこっちの世界ではどうやら違うものって事なのか?
 しかし今目の前にいるのは……。柔和そうな笑みを浮かべた、女性だぞ?金髪で、碧眼で、ちょっと癖のある軽いウェーブの掛かった髪。尖っている耳……?お?何か違和感があると思ったら、彼女の耳は魚の胸鰭を伸ばしたような形状をしている。
「貴方は、こちらの世界の人物ではないのですね」
 開口一番。レッドの言葉を聞きつつ、俺は目を擦る。

 あれ?何か、彼女の頭上に見えないか?

「本来、私達は『人物』ではないはずですからね」
 と、ナーイアストは微笑して俺たちを見回して小さな安堵の様な溜め息を漏らした。
「青旗の勇者達、私の頭上に何が見えますか?」

 それは純白の、真っ白い旗だ。

 これでフラグは何種類だ?緑、黄色、問題の赤、そしてそれを修正した後につくと云う、まだ見ぬ黒。それから、俺たちの頭上の青と……。
 何色にも染められていない、白。

 なんだよメージン、白旗の事なんか何も言わなかったじゃないか。

 俺たちは白い旗が見えると告げると、ナーイアストは笑って、そうだったんですかと答える。そっか、自分じゃ頭上の旗、見えないもんな。
「当然、あちらの私にも会ったのよね?」
「あちらの私?」
 アベルがオウム返しにすると、ナーイアストはくすぐったそうに微笑んで告げた。
「私はね、元々ツヅラっていう名前だったのよ。事情は全ては分からないのだけどタナカ・ツヅラという名前でこの世界においては、最終的に神の権限を与えられた人格なの」
「まさか、田中さんの事?」
「え?」
 田中さんって、そんな普遍的な名前は沢山いますが、などと一瞬思ってから、俺もはっとなって顔を上げる。田中はともかく、ツヅラなんて名前はそんな多くはない。だから俺も覚えていた。

 MFC開発者の一人で、色々な事務的な手続きの書類作成で面倒見て貰ったのが、そういえば田中葛さんだ、って事を!

「開発者がこちらの世界に入るための、受け皿ですか」
 しかし開発チームは今ログインしてない。それでもそこに旗が立ってる。
 俺達のログ解析を血眼でやってるはずだからな。でも以前この『ゲーム』を開発していた時にはログインして、世界がちゃんと出来てるかどうかをチェックしたはずである。
 なるほど、ログアウト後こちらのタナカ・ツヅラは消える訳じゃないって事だな。しかも、開発者=神として設定しちゃったわけだからそう簡単には消去できないって所か?
「私達は、この世界の『管理者』としてを任されています。その為に、この世界を創造した八つの精霊の名前で座を司る事になっているのです」
「神って事は、強いって事だな」
「ええ、」
 彼女の頭上にはためく、白い旗。それは、管理者である事を示すものに違いない。
「じゃぁ、あんたらが魔王ってのをぶっ倒しに……ごッ」
 途中でアベルから肘鉄を喰らい俺はその場で僅かに蹲った。治りかけの傷にクリーンヒットしやがった、うぐぐ、痛みで声も出ねぇ……。
「ここから動けないんだね」
 ナッツの言葉に視界の端で、彼女が静かに頷いた。くそうアベル、貴様ぁ……30フレームは過ぎてるが今だに回復しねぇぞコレ。
「だいじょぶか?」
「……ダイジョブじゃねぇ……」
 テリーの、労わりの無い言葉に俺は胸を抑えて身を折りながら呻いた。そんな俺を無視ですか!うおおい!酷いぞ、お前等!しまいにゃ泣くぞ俺!
「最近の出来事ですか?」
 と、俺を無視してレッドはナッツに向かって聞いた。
「ええ、比較的近年かと。ファマメントにも肉体を持った神が降り立ちましてねぇ」
 それで僕はある意味フリーになりましたからと、小さく言葉を添えたナッツであったがそれは何か、お前の背景の問題かと突っ込んで聞いておきたかったが今だ、話に加われ無い程の痛みがジンジン響いてます、俺の体に。
 おのれぇアベル!
「それで納得、どうして『イーフリート』は関西弁なんだろうってあたしずっと悩んでたのよ」
 と、アイン。
「イーフリートはイトウ・サナエさんでしょう?」
「ええそうよ。貴方はイーフリートから知恵を得ているのね」
「そうみたいね、思い出すところそんな感じ」
 アインはテリーの肩の上で羽をばたつかせる。

 しかし、それはそれ程悩む事かアイン。神が関西弁で何が悪い?そもそも、あの人の関西弁はどこか胡散臭かったぞ?お前の論点はなぜかいつもずれている気がするが、……本当マイペースだな彼女。

「神が在る世界……。この世界は、元々そういう世界ではなかったはずです」
 と、レッドは神妙な顔で言う。
「ええそうね。昔から神というのは居るとはされているけど、それは見えないし、触れる事が出来ない。そういう世界だったわ」
 ナーイアストはレッドの言葉に頷いてから、そっと逆さの海が揺れる天井に視線を投げる。
「みなさん、この世界の名前をご存知?」
 世界の名前?
 んー……トビラ、じゃぁねぇのか?
「この世界は8つの精霊に縁ありて作られた大陸。その曰くに因み、八精霊大陸(エイトエレメンタラティス)って言うんですよ」
 あーぁなるほど。だから何かと8って数字に拘るわけだな。普通な感覚だと7にしたくなるんだが。この世界では、8の方が色々と都合がいいわけだ。
「トビラじゃぁないんだ」
 と、アベルの言葉に俺も同様にそうだと思ってた的な顔をする。
「じゃぁ逆にお聞きしますが。僕等が現実と認識する世界は、どんな名前なのかをお答えできますか?」
 レッドの問いに、俺とアベルは怪訝な顔になって、さっきやられた奴からの一撃を忘れて顔を見合わせていた。
「地球か?」
「ニホンでいいんじゃない?」
「それじゃぁ国の名前だろう」
「今でこそ天文学的な見地が広がり、僕等の住む星を『地球』と名付けた事は常識ですが、例えて江戸時代まで遡ったとして。その頃にはチキュウといえば、それは僕等がこの世界を認識する名前として通用するでしょうか?」
 それは……しないだろうな。
 その頃は多分国の名前がイコール、世界の名前だ。
 そうか。『世界』には、名前なんて付かないものなのか。世界は、セカイなのだ。
「トビラ、というのは僕等がこの世界を認識するための名前でしかありません。しかし、八精霊大陸という名称は恐らくこの世界にとっては、僕等の言う所の『地球』と同じ様な認識として、世界を指差す名前になるのです」
 俺はナッツを窺う。
「知ってたか?」
「ああ、僕は知識として知ってる」
「俺も知ってるぜ」
「という事で僕も」
 テリーとレッドの言葉に俺は口をゆがめる。
「どーせ俺は田舎者デスヨ」
「でも、あたしも知らなかった」
 と、マツナギ。アベルも同じように頷いている。ふむ、テリーが知っててマツナギが知らないレベル。微妙な認知度の事だってわけか。
「八精霊大陸にはね、時代によって期という分け方ができるのよ。そうねぇ……ちょっと大雑把な例えだけど、ジュラ期とか白亜期とか、そういう時代背景によって分けた数え方ね」
 突然地球で大昔恐竜が闊歩していたとされる時代の例えを持ってこられて、俺は虚を付かれた。しかしそれでナーイアストにはタナカさんの知識もある程度入っているらしい事が伺える。
「それで言う所現在は第8階層、八精霊大陸第8期というのが、この世界の正確な名称かしら。……神が世界に居る時代よ」
 そう言って、ナーイアストは遠く今だに天井に揺れる海の水を見ている。

  世界に残されている、神として置かれたアイコン。

 開発者達がこっちの世界で不便無く動く為に作った、最強の白旗プログラム。
 それが、神としてこの世界の残されている、世界。

 大陸座は場を動かないのだという話を、今更俺はちらりと思い出す。

 ナーイアストも、ここから動け無い事を認めたしな。多分、そうやって場に留めておかないと危険な存在なんだろう、白旗は。
 俺はそんな事を思い、彼女の頭上の白い旗をもう一度見る。
「精霊王に、肉体を与えたのですね」
 レッドの言葉に俺はぼうっとしていた意識を戻す。
「え?何だって?」
「だから8大精霊に、開発者がこの世界に残した『神』という肉体を与え、そうやって相互の関係をより分かりやすいものにしたという事でしょう」
 相変わらずで悪いんだが、ごめんそれじゃぁ俺にはよく意味が理解できません!
 そういう頭の悪い具合を顔だけで訴えると、ナッツが隣で苦笑してフォローしてくれた。
「つまり見えない、触れないだった神様を見える、触れえるにしてしまったっていう事だよ」
「はぁ、それで?」
「彼女達には僕等の頭上の旗が認知できる」
「……!ああ!」
 そっか!なるほど。何が言いたいのか俺は閃いた。そうか、つまり。

 彼女等は唯一この世界において、フラグシステムを理解しているわけだ。
 だから赤旗が見える。感じとれる。もしかすればそうやって、ゲームを作ってた段階ではフラグを道具として使ってたって事か。そしてそれがどうやらバグとして出現しだして、世界を破壊する者、すなわち世界にとっての『敵』である事を察知した。予見したわけだな!
 だから大陸座は魔王一派を危険視……って!じゃぁ魔王が赤旗の根源って、すっかり確定って事じゃぁねぇの?
「魔王が、赤旗だって気がつかれたんですね?」
 そんな俺の脳内思いつきを、代弁するアベル。俺と思考速度同じなんだな、お前……。
「それはまだはっきりとは分かりませんが、どうやらその近辺が怪しい事は」
 さっすがログインしてなくても元は開発チームのキャラクターアイコン。
 考える事は一緒っつーか何つーか。

 しっかり世界保全の為に、何が『おかしい』のか考えていらっしゃる。

「でも、ダメだった」
 思えば、彼女はどことなくタナカさんに似ている……気がしてくる。ナーイアストは悲しそうに目を伏せて、ゆっくりと頭を下げた。
「多くの英雄を魔王討伐に失いました。私達が動ければいいのに、それも出来ない。でも再びトビラの向こうから、何者かが来た事を私達は知りました。お願いです」

 魔王を、赤旗を、この世界の為に排除してください。

 彼女の願いは真っ当なものだ。
 それが世界の神として、守護すべく座として据えられた、真の願いなのだろう。

 これはまだゲームか?ゲームのシナリオなのか?それとも、デバッグ依頼なのか?
 なんだか、二つの事情が入り乱れ、おかしな事になっている様に思えるのは……俺だけだろうか?

「ヤト」
 ふいと小さな声でレッドから呼びかけられて、俺は奴を振り向く。
「この世界でのトビラの意味、ご存知無いですよね」
「……え?」
 実はその意味だけは知っている。
 ただ俺はその『トビラ』がこちらで意味する事と、実際俺たち側からこちらの『世界』を『トビラ』と言うことに、何らかの意味はあるだろうか、……と。
 いずれ聞こうと思っていたんだ。それを思い出して一瞬迷うも俺は小さく頷いて、その話を続けてくれと促した。
「僕は魔導師ですから、嫌という程理解している」
 そう言ってレッドは厳しい目でどこかを睨んでいる。
「トビラは一方通行です。多く、その向こう側から来るのは元来、……悪魔だと言われているんですよ」
「悪魔?」
 思い出して見る。

 悪魔?

 思い出してみろ俺?

 ……だめだ、こっちの世界でアクマという単語では何一つ知識を思い出そうとしない。
 今、俺が持っているのはサトウハヤトとして、現実世界で知っている『悪魔』というものについての事だ。
 つまりだ。

 戦士ヤトは、アクマってのを今はじめてレッドから聞いた状態なわけ。

 現実の『悪魔』の定義は広く、どれがこちらの世界で適応されているか分かったものではない。ゲームであるなら尚更、アクマという定義をどう捉えるかなど自由だからな。そんな俺の状況を知ってか知らずか、レッドは目をナーイアストに向けて言った。
「この世界が全てプログラムされ、作られたものであるなら……そのように『扉』から来るものは必然的に悪魔であるという定義も、開発者側が意図して作った設定であるはず。それなのになぜ、僕等は『トビラ』をくぐり、この世界に来なければいけなかったんでしょう」
 そんなレッドの訴えには俺も、俺を含めた大半も、そしてなぜかナーイアストまでもがきょとんとする。
 意味が理解出来てないって事だろう。奴が、何を言いたいのか分からなかったってわけ。
 唯一どうやら理解したのはナッツだけのようで、困ったように笑って何とかフォローしようとする。
「悪魔は、ヘタをすれば魔導師にとっては、隣りあわせにも近しい存在だから……色々と関連性を疑いたい気持ちは分かります」
 レッドは鼻で溜め息をつきやはり今だに無い、眼鏡を押し上げる仕草をしてみせる。
「現時点その部分に拘るのは……僕だけというわけですか」
「はぁ……まぁ、言われてみれば気になる点ではあるけれど……」
 ナッツは困った容易に額を掻いた。
「いや確かに、俺も何でこっちを『トビラ』っていうのか……気にはなってたぜ?」
 俺は唐突に口を開き、今まで秘めていた疑問を明かす。
「何か意味があるもんかなぁとは思っていた。つまり、お前の疑問はそういうこったろ?違ったか?」
 俺が肩を竦めておどけて言う。案外、違いますとかあっさり否定されるんじゃないかって思ったもんでな。
 保険だ、保険。
 しかしレッドは神妙な顔で俺に振り返り、黙って、深くうなずいた。
「ええ。そういう事です」
「単純に考えれば、あたし達は悪魔って事じゃないの?」
 アベルがあっさり言った。非常に淡白だな。バッサリ感が漂っております。
「異世界より現れ、世界を破壊する。この世界においての普遍的な『悪魔』の定義、そのものであると」
 そのレッドの言葉にアベルは眉を顰めて、不機嫌そうに腕を組んだ。
「あたしはその悪魔ってモノのこっちの定義を今はじめて聞いたけど。それってあんたのリアルでの勝手に思い込んでいる設定じゃぁないでしょうね?」
「いや、確かにレッドの言っている『悪魔』という定義は、こっちの世界で最も『普遍的』な定義の一つだよ」
 どこかケンカ腰の彼女の様子を悟って、早くもナッツが中和策に動き出す。ケンカの気配には鋭いんだな、いっつも俺とアベルが喧々してるのを、仲裁してるもんな……。ナッツの言葉にちょっと疑わしそうにレッドを睨めつけていたアベルは、肩にこめていた力を抜く。
「普遍的ってどういう意味だい?」
 マツナギが理解し辛いという怪訝な顔をする。
「このエイトエレメンタラティスにも悪魔という定義はあるのです。しかしそれが、絶対的にどういう存在であるのかという……確証が無い状況です」
「えーとだから、一般的にはそう言われると、その程度って事」
 ナッツも慌てて付け加えた。遥かにナッツの例えの方が俺にも分かりやすい……レッド。おまえはもう少し、俺たちおバカな奴らにもわかるような説明の仕方をしてくれよ。
 いや詳しく説明せよと求めれば、レッドはバカ自称の人間にも分かりやすい説明をする事はできるはずだ。

 ネット上で百科事典の異名を持つ赤の一号ことレッドは、常に相手のレベルで求められた情報を開示してくる。その場で分かっている事を一々説明するような野暮はしない。

 そうすると、こいつが最初っから難解な事を言う意味は何だろう?ナッツのレベルに合わせたって事か?
 それとも。
 奴自身今だそれら憶測に迷いがあって、どうやって収拾すればいいのか試行錯誤中。難しい良く分からないレッドの言葉は……もしかすると、誰に言ったのではなく。自分に言い聞かせて確認しているだけなのか?

 流石の軍師も混乱中か、いかん、話が前に進まねぇ。

 俺はレッドを横に除け、ナーイアストに向いた。
「もちろん俺たちは魔王を倒すつもりではいるぜ。そういう目的でこっちにいるわけだからな、曲がりなりにも」
「……依頼されたええと、クエストだっけか?」
 テリーも腕を組み天を仰ぐ。
「今、あたし達が起こしているイベントは魔王討伐よね。頼まれなくてもすでに進行中だわ」
 赤竜アインがテリーの肩の上で頷いた。
「でも、ね……今のままだと多分、勝てないんだろう?」
 マツナギが遠慮がちに言った言葉に俺たちは沈黙した。
 反論、出来ないところだな……。あのアホみたいに強い男、ギルっつーらしいが。あれが魔王一派にいるって事で、そいつらの強さが『おかしい』という事は身を染みて理解している。
 もしギルが魔王一派の手先のただ一人でしかなかったら、あんなアホな設定の敵がまだ沢山居る事になる。
 さらに、それを纏めてるだろう親玉としての魔王っつーもんが……どれだけ、この世界にとって非常識な存在になっているのか分かったもんじゃねぇ。
 するとナーイアストは微笑み、静かに頷いた。
「ええ、ですから。貴方がたを私はここへお呼びしたのです」

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エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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