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2章 八精霊大陸第8階層『神か悪魔か。それが問題だ』
書の8前半 ブルーフラグ 『甘いのは認めるが、粘るぜ、ジャムだし』
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■書の8前半■ ブルーフラグ blue flag
俺達は選択したんだ。自らでここに来る事を。
俺達は自分の手で選択したんだ。ここに来るべき資格を。
俺達はちゃんと、自らの意思で選択したんだ。仮想異世界トビラの中に、迷い込む事を。
俺達は、もう一度選ぶ。自分達の意志でこの世界に残る事を。
目が醒めて夢から醒めて、そしてログからゲームをした事を思い出すまで。
何も恐れる事は無いんだ。何も、恐れるような事は起こらない。
この世界はどこまでもゲームで、
この世界はどこまでも、仮想だ。
もう一度白いトビラを潜り抜け、俺達はポーズを解く。
再開しよう、異世界での旅を。正直どこまでいけるのか分からない。敵が強すぎるってのはもう十二分に、分かってるからな。でも分かってるだけ、対策のしようってもんがあるだろ?
作戦は『前向きに、切りかえていこうぜ』そんなんでどう?
え?分かりにくい?
『このタイミングをもって、システム変更が行われました。それについて最後に補足しますね』
まばゆいトビラを俺達が潜る中、それは感覚的には一瞬の事なんだが……そこに、メージンからのコメントが届く。
『先程までは、PC(プレイヤーキャラクタ)と、非PCとの区別が分からない様にしていたそうです。それは僕達テストプレイヤーに最初はとことん、リアルな世界を体験させたかったからのようですね』
遠く渦を巻き、色彩のある世界が見えてくる。
『これから皆さんの様なPCに、旗が与えられます。これによって可能となる事は、現段階ではまだ限られるかと思いますが……元々は旗が表示されるようなシステムであって、それを隠して見えないような措置をしていたわけです。それを解除すると言う事です』
強烈な白いトビラ。白というよりはむしろ、無色。
そこから色彩豊かな世界へ入り込むと、まるで色に目を眩まされたような感覚に陥る。
『またこのタイミングで、急ごしらえですが赤旗補修プログラムが走っています。これにより赤旗に干渉された緑旗システムプログラムが補修、もしくは破壊される事になります。そしてその様に赤旗に干渉したログとして『黒旗』として表示されるようになるそうです。これらは破壊されて使い物にならないか、緑旗に再修正されているかの二択になるだろう、という話ですね。接触した時には気をつけてください……』
メージンの声が消えていく。
それと同時にこちらの世界で、俺達の意識が元に戻る。
時間にして多分、コンマ一秒も経過していない。
それこそ思い出すコマンドのように、一瞬で齎される記憶と俺達の決意。
再び流れ出した時間の中、最初に口を開いたのはテリーだ。
「じゃ、飯だな」
俺は体の上に据えてある膳を落としそうになった。
「お前、淡白だなぁ」
「物事がすっきり片付いたら、なんか無性に腹ぁ減ってきた」
「そうねー、すっかり食細かったもんねー」
テリーの肩の上でアインがばらした言葉に、奴ぁちょっと引きつった笑みを浮かべてそっぽを向く。へぇぇ案外小心じゃん、と俺もニヤニヤ。
「じゃヤト。僕等もご飯戴いてくるけど、」
「ああ、行って来い行って来い。俺ぁ戻ってきた途端に眠くてたまんねぇ、これ胃袋にかっ込んだら寝るから」
「全部、食べろよ?」
と、にっこり笑ってナッツに言われた。仕方無しに俺は頷くしかない。……しかしその笑み、なんか強制力が入ってねぇか?
「ブルーフラグ、ですね」
レッドの呆けた言葉が耳に入り、俺達は目を上げる。
余りにも自然に相手の頭上に見える鮮やかな、青い旗を見ていた。
意識しないと視界に入ってこないんだよ、これが、なぜか。そういえばメージンがPCの旗も見えるようにしたとか、言ってたもんな。レッドがそれを意識して、意識を向けるような事を言ったので俺達はその青い旗をお互いの頭上に見出していた。
しかしなぜか俺の意識にジャムが出てくるのは何でだろうと、考えて一瞬悩み、あ。
朝にトースト派である俺が学生時代お世話になっていた、青旗印のジャムの瓶を思い出して納得。割と味にうるさい実家では愛用だったな、俺も好きだった。関係無いって?うんにゃ、そんな事はない。
俺達は例えて砂糖と水あめたっぷりのジャムみたいに、しつこくこの世界にしがみ付いている。……そうだろ?
なんとなく、そんなイメージが浮かんで俺はこっそり苦笑した。
「鏡に映った自分の頭上にはつかないね」
マツナギがすぐ近くに置いてある鏡台を覗き込んでいる。
自分の頭の上は、自力では見れないからなぁ。って事は自分のフラグは見えないってわけだな。鏡を使っても無理だ、と。もちろんこのフラグってのは触れられるもんじゃねぇし。
「赤の奴いねぇ、よな」
「絶対に僕等に危害が加わらないという、メージンの説明があったじゃありませんか。恐らく僕等の『青旗』は他のフラグプログラムに侵食されない、相当に強い保護が掛かっているのでしょう。赤旗よりも上位のプログラムでもあるわけです。赤旗が、僕等に感染する事はない。それを高松さん達は保障するはず」
ふーむ、だとするなら今更俺達の頭上に旗がついるのが見えるようになったって、別段意味は無い様にも思うんだがな。
「……まぁ明日になれば色々と、分かる事ですし」
「え?何?」
レッドが何か呟いたのにアベルが反応したが、レッドは独り言ですと苦笑し、では夕飯を戴きましょうと誤魔化して部屋の扉に手をかける。
「じゃ、多分明日な」
「そうね、女王さまと面会よね」
物語は進む。
俺達がこの世界に、タイムリミットまで残る事を選んだから?
それとも。選ばなくても物語は進むのだろうか……。それとも、それとも?
そんな事をちらり考えてたら、おおっと、襲い掛かってくる眠気!いかん、飯くって薬飲まないとナッツから覚醒呪文で起こされて、強制的に飯食わせられそうな勢いだ。
さっさと喰って薬飲んで寝よう。今は、素直にな。
突然ですが、気がついたら大きな部屋にいて、席についた所だった。
場面はやっぱり飛んだなぁ……。
三日も寝込んだはずなのに俺、もうちゃんと身を整えて自力で歩いたみたい。
戦士の体力をバカにしたらいけませんね。リアルだと俺、あんなに貧弱なのに。などとぼんやり余計な事を考える。無事復活したのはもしかしたら、昨日飲んだ薬のおかげかもしれない。しかし肩口からドバーっと血を吹いて倒れた俺は、当然その時着ていた鎧をダメにされちゃったみたいなんだよな。
他の奴等がちゃんと正装、というかフル装備なのに、俺だけちょっと地味な格好……。仕方ない暫くはショルダーアーマーは無しだな。
今や俺の脳は素早く思い出してる。今からユーステル女王と会い、話をするんだって事を『思い出す』コマンドで補間していた。ついでに現状についてもすばやく思い出している。
だいぶこのスキップと思い出すコマンドの作用にも慣れてきた所だ。
静かに、俺達が入って来た背後の大きな扉から昨日見た通り、両脇に二人の男を従えた少女が入って来た。
「おはようございます、みなさん。ヤト様、具合はいかがですか?」
「あ、ああ。おかげさまで」
そう答えるのが精一杯。なんだろう、目の前には幼女ともいえそうな位の小娘が微笑んで佇んでいるだけなのに、この場を圧倒的に支配する存在感。
これが、女王の気迫か……!
一瞬鞭を振るうユーステル女王を妄想しそうになって、必死にそれを押さえ込む俺。いかんやめろ、そんな冗談通じないこの空気を読め、俺!
「まずは、突然皆様を船にお招きする事となった事態をお詫び致します」
そう言って、静かに女王は頭を下げるので俺は慌てた。
違う、そうすべきなのは俺だろう。
椅子から降りて、土下座すべきか?いやそれだと逆に白い目で見られるかもしれない。俺は思わず勢いで立ち上がり、そしてやり場の無いこの勢いで、勢いだけで言った。
「助けて貰ったのは俺達だ」
「ええ」
レッドが同意して席を立ち上がってくれた。
それにあわせ、一同起立。俺は彼女に、お辞儀を返した。手を握る訳にも行かないし、俺あんまり口も上手くないし……。今は、これが最大の礼を示す事になればいいんだが。ちょっと日本人式だよな……通じんのかな。
「ギルがあのまま私たちに剣を向けなかった。その事こそが奇跡。私達はむしろ、遅かった」
キリュウがユーステル女王の隣で、首を振る。
「ギル?」
俺は顔を上げ目を細めた。
俺に一太刀くれやがった、あの化け物じみた赤旗の巨漢の事か?
「彼らは、やはり魔王一派」
「ええ」
ユーステル……脳内でくらい呼び捨てたっていいよな?……も顔を上げ、憂いの瞳を床に落とす。
「魔王八星と呼ばれる者達の、中でも恐らく一番の……」
「破壊魔王という二つ名で呼ばれる男です。ここ数年で指折りの勇士たちは全て、彼に殺されたと言います」
全て、か。俺は愕然とするもその話に納得も出来た。
あの強さ、明らかにおかしい。
「彼らはおかしいのです」
と、少女の声と俺の意識が重なりちょっと驚く。
「とりあえず皆さん、お座りください」
キリュウの言葉に俺達は着席し、その後にユーステル達も俺達に向かい合う形で席に着く。
「各国は今早急に、彼ら魔王八星を砕くべく対策を行っています……しかし本来であれば国が、全ての物事が公になる前に彼らを打ち滅ぼすべきはずでした」
ユーステルは、何故だか今にも泣き出しそうな顔をして言葉を続ける。
「ところが、世界は彼らを甘く見たのです。実際最初の魔王討伐隊は、八星の内半分を討ち取る事に成功しましたが……その後、……たった一人の男によって壊滅させられました」
それがあの男……ギルって野郎の所業だっていうのか。
しかし……各国で魔王討伐対策……って?その魔王とやらが跋扈し始めたのって、近年って話じゃなかったのか?
なんだか、一筋縄では行かない話の筋が見え隠れしてきたぞ……?
「魔王、というものが現れた理由があるのでは無いですか?」
レッドの静かな問いに、ユーステルは一瞬顔を上げ悲愴な表情を垣間見せてから僅かに顔を伏せる。
「……理由ははっきりとはしません。ですが……国を守護する大陸座が、こぞって、彼らの存在を放っておけばやがて世界が破壊されると告げたと言います。そして私達水貴族種の守り主でもあるナーイアストも同じように、世界を破壊する者がいる事を告げられました」
その前にちょっと冷静になって、思い出すコマンドを駆使しような、俺。
検索すべきは……『大陸座』、それから『ナーイアスト』かな。
名前がギリシア系の海の精霊って点で、何か重要な事であろう事は、思い出すコマンド使わなくても察する事ができる。これはファンタジーなRPGゲームをする人間のリアル技能。
多分テリーやマツナギは、普通に人の名前か何かだと思っているだろう。
まずは大陸座。
神様とか守護精霊とか、そんな感じだな。ぼんやりとした記憶しか思い出さないが、少なくとも俺の故郷……えっと、田舎町シエンタの方な。シエンタでも、大陸座に対しては手を合わせて拝む様な神様仏様の扱いだ。
……でも実際にどういうものであるのか、という事は俺には思い出せない。偶像が無いんだ、シエンタでは周りの田舎もとい自然に対する感謝や畏怖の象徴として『大陸座』という概念を当てはめてるっぽい。
うーむ、俺はレッドやナッツの顔を一瞬窺う。多分、奴等ならそのあたり、もっとばっちり思い出している事だろうがなぁ。今は何だと聞ける雰囲気じゃねぇから、後でにするか。
ナーイアストは逆にちゃんと思い出せたと思う。8大精霊の一つの名前だ。
……おい待て、以上か?以上!で終わりなのか俺の思い出すコマンド!
「ナーイアストが、貴方方と会う事を望んでおられます」
ユーステルの、凛とした声に俺の脳内ボケ突っ込みは終了。意識を戻した。
「この世界には神は居ないものだと思っていましたが……」
と、小さくレッドが呟いたのを俺は隣にいて聞いていた。
「僕の国では現状、喜ばしいみたいですけどね。実際はそうじゃない」
と、ナッツが応答する。
おお?お前さんら、何を話してらっしゃる?
ついユーステルの敬語が移って、俺の脳内突っ込み。
「違うわよねぇ、本当なら『あらざる』だったってあたしは聞いたわよ?」
と、小竜アインがその会話に加わった。ちなみに彼女は未だに一匹として勘定されていてテリーの肩の上だ。それにしても彼女がこの会話に入って行ったのは完全に、俺にとってが想定外で驚いて目を見開いてしまう。チビドラゴンよりも劣るのか、俺の知識は。
そんな俺の様子をチラリとも気にせずに、レッドはナッツに向けて首を傾げた。
「どういう事でしょう?」
「魔導師協会では『理解』されていないか、もしくはまだ認定されていないのかな……」
ナッツは腕を組み元々眠そうな目を更に細める。
「神様はね、ちゃんといるんだよ」
俺達は選択したんだ。自らでここに来る事を。
俺達は自分の手で選択したんだ。ここに来るべき資格を。
俺達はちゃんと、自らの意思で選択したんだ。仮想異世界トビラの中に、迷い込む事を。
俺達は、もう一度選ぶ。自分達の意志でこの世界に残る事を。
目が醒めて夢から醒めて、そしてログからゲームをした事を思い出すまで。
何も恐れる事は無いんだ。何も、恐れるような事は起こらない。
この世界はどこまでもゲームで、
この世界はどこまでも、仮想だ。
もう一度白いトビラを潜り抜け、俺達はポーズを解く。
再開しよう、異世界での旅を。正直どこまでいけるのか分からない。敵が強すぎるってのはもう十二分に、分かってるからな。でも分かってるだけ、対策のしようってもんがあるだろ?
作戦は『前向きに、切りかえていこうぜ』そんなんでどう?
え?分かりにくい?
『このタイミングをもって、システム変更が行われました。それについて最後に補足しますね』
まばゆいトビラを俺達が潜る中、それは感覚的には一瞬の事なんだが……そこに、メージンからのコメントが届く。
『先程までは、PC(プレイヤーキャラクタ)と、非PCとの区別が分からない様にしていたそうです。それは僕達テストプレイヤーに最初はとことん、リアルな世界を体験させたかったからのようですね』
遠く渦を巻き、色彩のある世界が見えてくる。
『これから皆さんの様なPCに、旗が与えられます。これによって可能となる事は、現段階ではまだ限られるかと思いますが……元々は旗が表示されるようなシステムであって、それを隠して見えないような措置をしていたわけです。それを解除すると言う事です』
強烈な白いトビラ。白というよりはむしろ、無色。
そこから色彩豊かな世界へ入り込むと、まるで色に目を眩まされたような感覚に陥る。
『またこのタイミングで、急ごしらえですが赤旗補修プログラムが走っています。これにより赤旗に干渉された緑旗システムプログラムが補修、もしくは破壊される事になります。そしてその様に赤旗に干渉したログとして『黒旗』として表示されるようになるそうです。これらは破壊されて使い物にならないか、緑旗に再修正されているかの二択になるだろう、という話ですね。接触した時には気をつけてください……』
メージンの声が消えていく。
それと同時にこちらの世界で、俺達の意識が元に戻る。
時間にして多分、コンマ一秒も経過していない。
それこそ思い出すコマンドのように、一瞬で齎される記憶と俺達の決意。
再び流れ出した時間の中、最初に口を開いたのはテリーだ。
「じゃ、飯だな」
俺は体の上に据えてある膳を落としそうになった。
「お前、淡白だなぁ」
「物事がすっきり片付いたら、なんか無性に腹ぁ減ってきた」
「そうねー、すっかり食細かったもんねー」
テリーの肩の上でアインがばらした言葉に、奴ぁちょっと引きつった笑みを浮かべてそっぽを向く。へぇぇ案外小心じゃん、と俺もニヤニヤ。
「じゃヤト。僕等もご飯戴いてくるけど、」
「ああ、行って来い行って来い。俺ぁ戻ってきた途端に眠くてたまんねぇ、これ胃袋にかっ込んだら寝るから」
「全部、食べろよ?」
と、にっこり笑ってナッツに言われた。仕方無しに俺は頷くしかない。……しかしその笑み、なんか強制力が入ってねぇか?
「ブルーフラグ、ですね」
レッドの呆けた言葉が耳に入り、俺達は目を上げる。
余りにも自然に相手の頭上に見える鮮やかな、青い旗を見ていた。
意識しないと視界に入ってこないんだよ、これが、なぜか。そういえばメージンがPCの旗も見えるようにしたとか、言ってたもんな。レッドがそれを意識して、意識を向けるような事を言ったので俺達はその青い旗をお互いの頭上に見出していた。
しかしなぜか俺の意識にジャムが出てくるのは何でだろうと、考えて一瞬悩み、あ。
朝にトースト派である俺が学生時代お世話になっていた、青旗印のジャムの瓶を思い出して納得。割と味にうるさい実家では愛用だったな、俺も好きだった。関係無いって?うんにゃ、そんな事はない。
俺達は例えて砂糖と水あめたっぷりのジャムみたいに、しつこくこの世界にしがみ付いている。……そうだろ?
なんとなく、そんなイメージが浮かんで俺はこっそり苦笑した。
「鏡に映った自分の頭上にはつかないね」
マツナギがすぐ近くに置いてある鏡台を覗き込んでいる。
自分の頭の上は、自力では見れないからなぁ。って事は自分のフラグは見えないってわけだな。鏡を使っても無理だ、と。もちろんこのフラグってのは触れられるもんじゃねぇし。
「赤の奴いねぇ、よな」
「絶対に僕等に危害が加わらないという、メージンの説明があったじゃありませんか。恐らく僕等の『青旗』は他のフラグプログラムに侵食されない、相当に強い保護が掛かっているのでしょう。赤旗よりも上位のプログラムでもあるわけです。赤旗が、僕等に感染する事はない。それを高松さん達は保障するはず」
ふーむ、だとするなら今更俺達の頭上に旗がついるのが見えるようになったって、別段意味は無い様にも思うんだがな。
「……まぁ明日になれば色々と、分かる事ですし」
「え?何?」
レッドが何か呟いたのにアベルが反応したが、レッドは独り言ですと苦笑し、では夕飯を戴きましょうと誤魔化して部屋の扉に手をかける。
「じゃ、多分明日な」
「そうね、女王さまと面会よね」
物語は進む。
俺達がこの世界に、タイムリミットまで残る事を選んだから?
それとも。選ばなくても物語は進むのだろうか……。それとも、それとも?
そんな事をちらり考えてたら、おおっと、襲い掛かってくる眠気!いかん、飯くって薬飲まないとナッツから覚醒呪文で起こされて、強制的に飯食わせられそうな勢いだ。
さっさと喰って薬飲んで寝よう。今は、素直にな。
突然ですが、気がついたら大きな部屋にいて、席についた所だった。
場面はやっぱり飛んだなぁ……。
三日も寝込んだはずなのに俺、もうちゃんと身を整えて自力で歩いたみたい。
戦士の体力をバカにしたらいけませんね。リアルだと俺、あんなに貧弱なのに。などとぼんやり余計な事を考える。無事復活したのはもしかしたら、昨日飲んだ薬のおかげかもしれない。しかし肩口からドバーっと血を吹いて倒れた俺は、当然その時着ていた鎧をダメにされちゃったみたいなんだよな。
他の奴等がちゃんと正装、というかフル装備なのに、俺だけちょっと地味な格好……。仕方ない暫くはショルダーアーマーは無しだな。
今や俺の脳は素早く思い出してる。今からユーステル女王と会い、話をするんだって事を『思い出す』コマンドで補間していた。ついでに現状についてもすばやく思い出している。
だいぶこのスキップと思い出すコマンドの作用にも慣れてきた所だ。
静かに、俺達が入って来た背後の大きな扉から昨日見た通り、両脇に二人の男を従えた少女が入って来た。
「おはようございます、みなさん。ヤト様、具合はいかがですか?」
「あ、ああ。おかげさまで」
そう答えるのが精一杯。なんだろう、目の前には幼女ともいえそうな位の小娘が微笑んで佇んでいるだけなのに、この場を圧倒的に支配する存在感。
これが、女王の気迫か……!
一瞬鞭を振るうユーステル女王を妄想しそうになって、必死にそれを押さえ込む俺。いかんやめろ、そんな冗談通じないこの空気を読め、俺!
「まずは、突然皆様を船にお招きする事となった事態をお詫び致します」
そう言って、静かに女王は頭を下げるので俺は慌てた。
違う、そうすべきなのは俺だろう。
椅子から降りて、土下座すべきか?いやそれだと逆に白い目で見られるかもしれない。俺は思わず勢いで立ち上がり、そしてやり場の無いこの勢いで、勢いだけで言った。
「助けて貰ったのは俺達だ」
「ええ」
レッドが同意して席を立ち上がってくれた。
それにあわせ、一同起立。俺は彼女に、お辞儀を返した。手を握る訳にも行かないし、俺あんまり口も上手くないし……。今は、これが最大の礼を示す事になればいいんだが。ちょっと日本人式だよな……通じんのかな。
「ギルがあのまま私たちに剣を向けなかった。その事こそが奇跡。私達はむしろ、遅かった」
キリュウがユーステル女王の隣で、首を振る。
「ギル?」
俺は顔を上げ目を細めた。
俺に一太刀くれやがった、あの化け物じみた赤旗の巨漢の事か?
「彼らは、やはり魔王一派」
「ええ」
ユーステル……脳内でくらい呼び捨てたっていいよな?……も顔を上げ、憂いの瞳を床に落とす。
「魔王八星と呼ばれる者達の、中でも恐らく一番の……」
「破壊魔王という二つ名で呼ばれる男です。ここ数年で指折りの勇士たちは全て、彼に殺されたと言います」
全て、か。俺は愕然とするもその話に納得も出来た。
あの強さ、明らかにおかしい。
「彼らはおかしいのです」
と、少女の声と俺の意識が重なりちょっと驚く。
「とりあえず皆さん、お座りください」
キリュウの言葉に俺達は着席し、その後にユーステル達も俺達に向かい合う形で席に着く。
「各国は今早急に、彼ら魔王八星を砕くべく対策を行っています……しかし本来であれば国が、全ての物事が公になる前に彼らを打ち滅ぼすべきはずでした」
ユーステルは、何故だか今にも泣き出しそうな顔をして言葉を続ける。
「ところが、世界は彼らを甘く見たのです。実際最初の魔王討伐隊は、八星の内半分を討ち取る事に成功しましたが……その後、……たった一人の男によって壊滅させられました」
それがあの男……ギルって野郎の所業だっていうのか。
しかし……各国で魔王討伐対策……って?その魔王とやらが跋扈し始めたのって、近年って話じゃなかったのか?
なんだか、一筋縄では行かない話の筋が見え隠れしてきたぞ……?
「魔王、というものが現れた理由があるのでは無いですか?」
レッドの静かな問いに、ユーステルは一瞬顔を上げ悲愴な表情を垣間見せてから僅かに顔を伏せる。
「……理由ははっきりとはしません。ですが……国を守護する大陸座が、こぞって、彼らの存在を放っておけばやがて世界が破壊されると告げたと言います。そして私達水貴族種の守り主でもあるナーイアストも同じように、世界を破壊する者がいる事を告げられました」
その前にちょっと冷静になって、思い出すコマンドを駆使しような、俺。
検索すべきは……『大陸座』、それから『ナーイアスト』かな。
名前がギリシア系の海の精霊って点で、何か重要な事であろう事は、思い出すコマンド使わなくても察する事ができる。これはファンタジーなRPGゲームをする人間のリアル技能。
多分テリーやマツナギは、普通に人の名前か何かだと思っているだろう。
まずは大陸座。
神様とか守護精霊とか、そんな感じだな。ぼんやりとした記憶しか思い出さないが、少なくとも俺の故郷……えっと、田舎町シエンタの方な。シエンタでも、大陸座に対しては手を合わせて拝む様な神様仏様の扱いだ。
……でも実際にどういうものであるのか、という事は俺には思い出せない。偶像が無いんだ、シエンタでは周りの田舎もとい自然に対する感謝や畏怖の象徴として『大陸座』という概念を当てはめてるっぽい。
うーむ、俺はレッドやナッツの顔を一瞬窺う。多分、奴等ならそのあたり、もっとばっちり思い出している事だろうがなぁ。今は何だと聞ける雰囲気じゃねぇから、後でにするか。
ナーイアストは逆にちゃんと思い出せたと思う。8大精霊の一つの名前だ。
……おい待て、以上か?以上!で終わりなのか俺の思い出すコマンド!
「ナーイアストが、貴方方と会う事を望んでおられます」
ユーステルの、凛とした声に俺の脳内ボケ突っ込みは終了。意識を戻した。
「この世界には神は居ないものだと思っていましたが……」
と、小さくレッドが呟いたのを俺は隣にいて聞いていた。
「僕の国では現状、喜ばしいみたいですけどね。実際はそうじゃない」
と、ナッツが応答する。
おお?お前さんら、何を話してらっしゃる?
ついユーステルの敬語が移って、俺の脳内突っ込み。
「違うわよねぇ、本当なら『あらざる』だったってあたしは聞いたわよ?」
と、小竜アインがその会話に加わった。ちなみに彼女は未だに一匹として勘定されていてテリーの肩の上だ。それにしても彼女がこの会話に入って行ったのは完全に、俺にとってが想定外で驚いて目を見開いてしまう。チビドラゴンよりも劣るのか、俺の知識は。
そんな俺の様子をチラリとも気にせずに、レッドはナッツに向けて首を傾げた。
「どういう事でしょう?」
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