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4章 禍 つ 者 『魔王様と愉快な?八逆星』
書の4後半 導き手 『魔王の城、見つけちゃいました』
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■書の4後半■ 導き手 CHAOS&KARMA
いずれ来るだろうと分かっていたから驚きはしない。
それが何時だろうと、戦々恐々していたのも事実だから、むしろ今でよかったと安心してさえいる。でも何だろうな?それって嬉しい気持ちじゃァねぇよな。どっちかっていうと寂しいなのか?なんで寂しいんだろうと、俺は思わず苦笑した。
この世界と別れるのが寂しいのか?愛着か執着か、はたまた現実逃避か。
そう思うと寂しいだなんてそんな気持ちを抱いてはいけない気すらする。でもやっぱゲームジャンキーである俺らに言わせればゲームオーバーが近いのは寂しいで良いのかもしれない。
終わっちまうんだ、楽しんでいるのにゲームが終わる、終わっちまう。
出先で電池が無くなりかけた携帯ゲームみたいに、切れたらしばらくはゲームしたくても電源が入らない状態になっちまう。又はラスボスまで辿りついちまった時とか、残機ゼロになっちまったとか……目の前で起動している筐体があるのにコインが無いとか。
その時に味わう気持ちによく似ていると思うんだ。
『具体的にはあとどれ位『こちら』に居られるのか、というのを知りたいと思いますが……これが何とも説明し難いんですよ。僕ら、あらゆるシステムの事を何一つ説明しないで放り込まれている訳でしょ?』
……まぁ、そりゃぁ確かにな。説明書を読まない人である俺にはそれを非難する言葉が無い。
『前にも言いましたが時間は関係ないんです。しかしここまで濃密なイベント処理を行う事になったのは想定外だったみたいで、『ラム領域』の限界が近いとか。枠の取り直し、つまりカートリッジの新設には一度ログアウトが必要だそうで、そちらの時間で一週間以内にある程度の見切りを付けて、一旦ログアウトして欲しいそうなのですが……』
メージンの一方的なコメントは続いた。やけに長文だ、俺達はそれをただ黙って聞いている。
ちなみにラム領域というのはRAM領域の事だろうな、ランダムアクセスメモリーの事。
『ログアウトする時はログアウトする意思を明確にイメージした上でセーブに入ってください。そのログを僕が拾い次第ログアウト作業に入ります。ただしくれぐれも注意してください、一度ログアウトを宣言してセーブに入ったらその後に旅したログは記録されません。エントランスが使用出来ない、だから一度宣言したログアウトを取り消すコマンドが使用出来ない状況です』
「……それ程に、上は切羽詰まっている状況なのでしょうか?」
と、レッドが独り言を呟いた。……独り言だな、誰もその問いに答える者はいないのだから。
『ログアウト宣言が使い辛い様であれば、ギリギリまで冒険して強制ログアウトになっても構いません。ただしその場合もセーブ後のログは残らない異常終了になります。それともう一つ強制ログアウトになる条件がありまして……』
メージンの声が一瞬止まる。
『キャラクターの死亡がそれに当たります』
まぁ、そうだろうな。俺は目を閉じた。
ここまで世界がリアルであると『行動不能』と『死亡』は別ものだ。死んだ人間がお手軽に復活出来るとは思えない。思い出すコマンドで戦士ヤトの記憶を探っても、死人を生き返らせる魔法があるだなんて答えは返ってこない。前にレッドがやらかした様に……死んだものを死霊として呼び出す事は可能な様だが。
『最後に、』
メージンの声が静かに頭の中に響く。最後、まるでコメントをつけるのがこれで最後であるかのように聞こえるのは……なんでだろう?
『ログアウト宣言後セーブで正常終了した場合、再び同じキャラクターで『こちら』にログインする事が可能です。強制ログアウトでもMFCの事故やRAM不足であった場合は再度ログイン出来ます。ですが死亡強制ログアウトの場合はそれが不可能です。……キャラクターメイキングの時に警告されていたはずなので皆さん、お分かりだとは思います』
その特例は、アドミニ権限で入っている俺達でも突破できないって訳か。
いや、俺達の頭上にある青い旗は別に特別製じゃぁないんだよな、テストプレイヤーって事で一般レベルと同じ権限だろう。その後にコード強化されているだけだ。
『死亡ログアウトだけはしないように注意してくださいね。……短い間の付き合いかもしれませんが、二度とそのキャラクターは使用出来なくなりますから』
死ぬのが怖くない、それだけが特権の捩じれた勇者。
死を怖がらない奴は居ない。だけど、とかくRPGの勇者とか呼ばれる者は、自らの命など投げ打って世界を救おうとする。そしてその行いを評価され、勇者と呼ばれる。
勇者ってのは職業じゃないのな。
それでも勇者って職業がある某老舗ゲーム様にはある意味脱帽だ、色々な意味で。
俺は自分の事を、そういう捻ねた評価で勇者だと思っている。訪れる死が怖くない、それは仮想の中の死でしかないから怖くない。いや?俺は何時そんな判断をしたんだ?怖くない?バカな。
死ぬってより俺は、このキャラクターを失うのが怖い。
自分の事だけじゃない、仲間達の一人として失いたくない。だってこの世界はあまりにもリアルだ。その中にいる仮想である俺も、仮想であってもリアルだ。仮想の中にあってこれは全て現実だ。現実から仮想を見ているのではなく、仮想から現実を見ているのでもない。俺達がいる階層は間違いなく俺達にとっての現実であるから、ここでの死は俺の消滅を意味する。
仮想の死じゃない……真実の、死だ。
『結局の所僕がバックアップとしてオペレーターをするのは、皆さんの死亡ログアウトを阻止するためなんです。……死亡する前にハードのリセットボタンを押してその記録を残さない。死んだというログが残ってしまったらそのキャラクターは二度と構築出来ません。デバッカーとしてかなり無茶をさせているので、そういう事態は避けるように考慮しての事の様です。本来であればこのゲームにオペレーターは存在しません。死ぬ前にゲームハードのリセットを押せる者は居ない。プレイヤーは眠っています……現実に意識が存在しないんですから』
死んでフラグが立つ事を恐れ、全滅したらリセットボタン。コンシューマーオフラインゲームではよくやる手だな、コレが前提で記録プレイに挑む奴も少なくない。
オンラインだとこうは行かない、情報のやり取りは逐一行われているので、死にそうになった時にLANケーブルを引き抜いても時すでに遅し、だ。
割とオンライン多人数参加型ゲームに近いハードなんだと思っていたが、仕組み的にはどうやら違う様だ。もしログを観察できる人が傍にいるなら、プレイヤーが死にそうになる前にリセットを押して強制ログアウトさせてログの流れを止めてしまうという手段が一応は、可能って事か。
ただしこれが簡単ではない、まずログを見るシステムがエラく煩雑で、開発者達のテーブルにおいてもたった一つの席しか用意できずしかも相当に大変な作業になっている。そしてその席に座る者は本人以外でなければいけない。
プレイヤーは眠らないとゲームが出来ないから、必然的に意識が無い。
死亡確定フラグに強制ログアウトのマクロが動くようにしたらどうだ?とかも思ったが……そこまでするのもどうだろう。そこまでして死にプレイをしたいって奴が現れるかどうかだよな。
いや、逆説的に考えるとフツーのネトゲならデータ弄れば壊れたり不正利用されたアカウントを、バックアップを元にある程度まで復元させることは出来るよな?このトビラは、それが出来ないからこそのメージンという事だろうか。
死にたくないのなら、死なないように行動するべきだ。この世界ではそれがルールになる。
『出来るだけ、皆さんの死亡は防ぐようにしますが……無茶はしないでくださいね。それでは』
途切れた声に、耳で聞いている訳じゃぁないけれど気がつけは耳を澄ませている。聞こえてくるのは雨の降る音。南国の珍しい雨は不吉の前兆というレッドの言葉が脳裏に過ぎり、俺は目を細めて濃い灰色の空を見上げる。
「……そっか、死ぬ覚悟で挑んじゃまずいんだな」
「アンタは死ぬ気でいたの?」
正直に認めてぶっちゃけるか。俺は苦笑して頷いていた。
「だって、それが勇者って意味だろう?」
「悪い意味でだけど」
ナッツの苦笑を俺は鼻で笑う。ばーか、俺は最初っから悪い意味で言ってたよ。
「で、どうするよ」
「どうするも何も、大人しくログアウトしますか?丁度良い区切りと言えば、間違いなく今がそれです」
レッドが眼鏡フレームを押し上げながら俺達を振り返る。
「あたしは正直もうちょっとこの世界に居たいよ。まだ一週間あるんだろう?勿体無い」
マツナギの言葉にテリーは腕を組む。
「その一週間どうするんだ、ブラブラして過ごすのか?」
「それもいいかもしれないけれどね、あたし達一応魔王討伐隊だし」
「仕事サボる訳にも行かねぇか……」
アインの言葉にテリーは溜め息がちに呟いた。
「一週間で何が出来るだろう?割と分からない事が多いから何か、一つはっきりさせる方向で動けばいいんじゃないかな」
「その、分からない事の一つってのが多すぎてなぁ」
「ユーステルは帰っちゃったしね」
そう、出来ればユーステルもとい中身キリュウに詳しい事情を聞きたいと思っていた所だったのだが、彼女もとい彼はミスト王に言った通り先に国に帰ってしまった。
しかも何で帰ったかというと、一番早い船といえばアレしかない。ミスト王も愛用だからな……そう、ふくろう看板の情報屋AWL船でだ。
という事で俺達には今、圧倒的な移動力を持つ足が無い状態である。必然的に南国近辺での活動に限られてしまうだろう。ログアウトが近いと知っていれば強引に、俺達もAWL船に乗ればよかった……と、今更後悔しても仕方が無い。一応魔王の動向を気にして南国で様子見する決断をしちまって今に至るのだ。
しかし例のアイジャンが死んじまって、結局事情が一切わからない。アテムート王も死亡していて弟王子エルークも行方不明。
インティやナドゥの気配もどっかに消えてしまって完全な手詰まりなんだよ。
辛うじて命を救えた王妃も、遠く離れて住んでいた事があり詳しい事情は知らない様だった。
王妃は、ミスト王に隠された弟王子が存在する秘密やその他諸々の事情を盾に取られ、アイジャンが偽王と気が付いてもそれを誰にも言えない状況であったようだ。それ程に双子の子供達の事を案じた結果だ、それを責められる人など南国には居ないだろう。
死人に口無し、いっそ死霊召喚でもして事情を聞きましょうか?とまでレッドがこっそり俺達にだけ提案したが、残念ながらアテムートは当然としてアイジャンだって腐っても、赤旗でも、ルーンザード王族。
表上はさほど悪い事をしているわけじゃないのだ。偽王として実権を振るっていたというのは国家の汚点だから臥せる事が出来るなら、有耶無耶にした方が『国』として都合が良い。アイジャンが弟王を殺害した証拠がある訳でもない。悪政を敷いていたかといえば、戦争を引き起こそうとした辺りなどは怪しいが、それまでは無難に約10年、国を治めて来たわけでそこはボロを出してないのである。……王子や、状況に気がついた家臣をひっそりと追いやる事はしてきただろうがそれは、国を治める上での失策というワケじゃない。
王の入れ替わりがあり、長年偽王が実権を握っていた事を大々的に公言する訳にもいかない国の、いや……家庭の事情は辛いよなぁ……。
その結果アイジャンは、しっかり王族墓地である南天還地に埋葬されてしまったのである。
王族の墓ってなぁどこでも墓荒らしの被害に遭うものらしくてな、南天還地ってのはそれを完全に防ぐ仕掛けが働いているそうで……レッドが目論む死霊召喚系が行使不可である事が後に、発覚。いや、絶対ムリっていうワケじゃない。墓に入れれば出来ると奴は言っていたが……その墓が一般に開かれるのは夏の一時期だけらしい。
レッドの黒い目論見については、唯一南天還地が開くという夏の期間までお預けになってしまった。
……いや、しないよ?例え墓が開いてもそんな黒い行動は許しませんからね俺?
「この近辺で活動しなきゃいけないわけだろ?」
俺は色々と諦めての言葉を吐いたつもりだったが、軍師連中にはそうは取れなかったらしい。レッドとナッツの目つきが瞬時に変わる。
「……じゃぁ、やっぱり行くしかないですかね」
「どこにだよ」
怪訝な顔で聞いたら、レッドが一瞬口を噤む。ナッツが苦笑気味に答えた。
「一週間以内にいける場所って言ったら、すごく限られるだろう?」
「だから、どこだって」
「タトラメルツ」
「ああ?」
「西を攻めてる魔王の本拠地、だろ?」
「と言う訳だ」
「何?」
手短にタトラメルツに向かう事を告げた俺である。しかも王じゃなくて、ヒュンスに。更に、兵隊への号令中だったらしくて部下を待たせている所をひっ捕まえて。
「悪い、急いでるんだ……王様によろしく伝えておいてくれ」
「ちょっと待て、ヤト!」
足早に立ち去ろうとしたのだがヒュンスは部下を捨て置いて、俺の腕を掴んで止める。
「タトラメルツは……」
「ああ、そうだ。そういう事だよ」
どうしても苦笑気味になっちまう。……でもヒュンスはそれで俺達の事情と言うか……心構えを察してくれた様に思う。
いいおっさんだよ、すげぇ頼りになる人だと思う。
苦労ばっかり掛けてる感じもするがな。
「何故そう急ぐ?……王とて恐らく止めるだろう。魔王を急ぎ攻略する必要は無いと俺は思うが」
「ああ、だけどな……俺達にも色々と事情があるんだ」
「西への攻撃が激化していて切羽詰まった状況だ、という報告は聞いていないぞ?」
「……約束してるんだよ」
レッド、お前の嘘をちょっと借りる。俺はヒュンスに真面目な顔で言ったつもりだったが、やっぱりどうしても苦笑になった。
「ランドールって同じく魔王討伐をやってる奴らがいてな、それが西の前線でがんばってる。俺達はそいつらと約束してるんだ」
約束、どんな約束なのかは……想像にお任せする。どーせ嘘だし。好きなように解釈をしてくれ。
「……そうか……」
ヒュンス、やっぱりお前いい人だ。
いい具合に解釈してくれたっぽい。レッドはどうだか知らんが、嘘付くと心が痛んで辛いなぁ俺は。
「それでも、やっぱ王様は止めるんじゃないかなって思ってな……無礼なのは承知だ、頼む。行かせてくれ」
というワケで、ほぼ無言でカルケード国ファルザットを後にした俺達である。上手くヒュンスが王様に伝えてくれると思う。てゆーかお願いしたようなもんだな、ほんと悪い、ありがとう。
しかし一週間でタトラメルツか、確かに行ける範囲内だがギリギリだ。
前回のペースだとフェイアーンから一週間でマイリーまでしか行けなかった。マイリーからカルケード首都ファルザットまではあと3日は掛かるんだよ。まぁ軍の進行に合わせた速度だから3日分くらいは短縮できるだろう。
そんな訳で出来るだけ道中急いだんだがそれでも、タトラメルツ近辺に行くのに1週間ばっちり移動に使ってしまった。砂漠を早足砂馬とやらを借りて一気に走り抜け、途中何度かアオシスで休憩しながら、丸一日走りっぱなしでマイリーまで。そこから大きな川を渡る船を手配するのに休息も兼ねて1日掛かった。2日掛けて山添の道を再びマラソンしてようやくフェイアーンに入ったが、すでに6日分を消費している。
その段階で後24時間がメージンの告げたタイムリミット。
勿論時間は関係ない、問題は記憶領域の使用限度だ。俺達は移動に全てを費やし、この6日間殆どをスキップするように心がけた。恐らくこれでRAM領域は殆ど使っていないはずである。しかし全ては憶測だから後は手探りでやっていくしかない。
フェイアーンを北に抜けて7日目の昼過ぎ。
俺達はカルケード国の北東隣の国であるディアス領土にようやく踏み入った。問題のタトラメルツは半日以内の距離にある、相当に近い。しかし別に赤旗モンスターが襲ってくる訳でもない静かな道中、小さな村にたどり着いてここで漸く、俺達は足を止める事にしたのだった。
小さな村だ、主要な道からも外れているから旅人向けの施設も整っているとは、思えない様な小さな村である。
宿屋は一軒しかなかった、普段は村の寄り合いに使っている建物を村長が好意で貸してくれた程度だからアレだ、イシュタル国の最北端漁村サンサーラと同じ規模だな。
「悪いですね、大所帯で……」
「こちらこそ、ザコ寝になっちまうが……」
引き戸を開けて寝床に案内した頭の禿げた村長は、中を示しながら苦笑気味に振り返る。
「構わんですかね?」
おおっと、先客がいたよ!サンサーラよりは状況が上か、この村は。
「僕達は構いませんが」
と言って先客の反応を見てみる。こっちに背中を向けて座っていたそいつが振り返った。目深くローブを纏ったそいつはどうぞお構いなくと、素っ気無くと返してきた。
「んでは、お布団はあすこの棚にありますんで。食堂は通りに幾つかやっとりますよ、」
微妙な訛りのある村長はそう愛想笑いを浮かべて引き下がっていった。……旅人を疑う感じは受けないな、俺達がこれからどこに行くのかも聞いてこない。
当然、タトラメルツに行くだろう事は分かるだろうに。
「行き先はタトラメルツかな」
そしてその当然の事を先客がこっちに背中を向けたまま聞いてきた。
「他にドコに行けるんだよ」
ここがディアス領だから自由に動けるんだぞ、ファマメント国領土ならバセリオン駐在軍に睨まれている所だ。ただでさえ嘘ついて突破している手前、今バセリオンに行く訳には行かない……って、これは俺らの都合か。
ディアス領には兵士が置かれてる気配はないな、放置しているっていうレッドの話は本当の様だ。
「お前は何か、バセリオンに逃げる所か?」
「……逃げる?何故また」
顔をすっかり隠した顔で振り返る。何だ、シャイなのかお前は。声からするとどうやら男だ、一応ユーステルの例があるので俺は用心して奴の胸の膨らみの有無などを確認しようとするが……レッドみたいな魔導師風のローブに所為でよくわからん。
「あの、よろしければお聞きしたいのですが」
レッドは俺より前に出てやや低腰に出る。
「僕らはこれからタトラメルツに行くのですが、色々と物騒な噂もあります。もし事情を知っている様でしたらお聞かせ願えないかと」
とりあえず、先客の推定男が危険人物では無い事は明確だ。頭上に赤や黒の旗が無いから安全だとは言い切れないんだが。手短に名乗り、相手に名前を聞いてみる。
「……カオス・カルマだ」
……なんかしらんがエラく大層な名前だなぁおい……と云うのが俺の率直な意見ですが、どうよ。もしかすると偽名じゃないのかという猜疑心が頭を擡げる。
「僕らは見ての通り、ちょっとした冒険やら傭兵家業やらで食ってる酔狂な集団です」
これは嘘と言えば嘘だし、本当だと言えば本当だ。だがしかし……いや、いいや。確かに冒険野郎なんてこのご時世、ただの酔狂集団で間違い無いわな。
「私は探し物をしている……それで各国を渡り歩いているんだが……これからタトラメルツに行く予定でいる」
「あら、奇遇じゃない。なら一緒にどう?」
ふむ、悪くない。アベルのアドリブに反論すべき意見は無いな、旅は道連れ世は情けだぜ。
「迷惑でなければ」
小さくカオスは頭を下げた。
「確かにタトラメルツは危険だという話を最近良く耳にする。一人での移動は危険かもしれないと、少々迷っていた所なのだ」
「では、かの街の現状は特にご存知ではない?」
「……いや、ここ数日この村に滞在して話を聞く所によればファマメントで聞く程に危険だとは聞かないな。むしろそんな噂は誰が流しているのだと、ディアス国の人間は憤慨している風でもある」
危険な噂。今西を攻めている、魔王の本拠地って噂、か。
当然とカオスはその噂を知っている様だ。
実際ディアス国の言い分は今初めて聞いた訳だが、タトラメルツが魔王の本拠地だというのは、ファマメント国やカルケード国側の所詮憶測か?タトラメルツ近辺の村において、魔王本拠地説を疑っているって事は、それらしい被害は受けてないって事だ。魔王本拠地と知っているなら、危険だからこれ以上進むなと止めてくれるはずである。
「しかし、魔王軍の進行や出現した場所から推察するに、本拠地は間違いなくタトラメルツ近辺となる。ファマメント国側の領土に深刻なダメージを与えているのにディアス国領土は無傷というのも……気になりますね」
「ああ……だから危険な感じがしてな」
その事情は把握しているらしいカオスが頷いて答えた。今度こそ、今度こそ赤い旗でお花畑が出来てるかもしれん……。ううう、やっぱりそれはおっかねぇよ……。
「それでも、行くか?」
カオスは顔を上げた。ローブに隠された顔が一部現れて水色の瞳がその奥に静かにたたずんでいる。
肌は白、癖のある金髪が覗いているから西方人っぽい。その静かな瞳が、まるで俺達を試すように聞いてくる。
「……ああ、出来る限りの事をするつもりだから」
と、俺達の事情で呟いてしまって俺は慌てて弁解する。
「いや、というのはそのだな、ええと、」
しかし、カオスは目を細めて……多分微笑んだんだと思う。
「深くは聞かない、私も自らの事情を詳しく語れないからな」
「……探し物でしたら多少お手伝いできるかと思いましたが」
レッドが早くも恩を売ろうとしています。何かやる事なす事下心があるように思える、というか、あるだろうな確実にコイツの場合は。
「……」
しかしどうやら、探し物について語るつもりは無いらしい。カオスは顔を下ろして無言だ。レッドが相手にされなかった事を知っていて肩を竦める。
「では、明日の朝には出発しますがそれでよろしいですか?」
俺達に向けても含めて、レッドが言った。
「構わない」
カオスは素っ気無く答える。ふーむ、もしかして変なお荷物抱えちまったのかなぁ?という不安もあったが、俺達はとりあえず腹ごしらえと会議を兼ねて宿を出た。
「なんだろうな、アイツ。どうも胡散臭くねぇか?」
テリーは黙っていた所一番に口を開く。
「でも赤旗も何も立ってなかったし。いいじゃない」
誘ったアベルはとやかく言われるのが気にいらない様で早速反論する。いいじゃん、では反論って程の意味も無いがな。
「それよりも皆さん、今晩のセーブが最後になるかもしれませんからね」
すでに軍師連中にはカオスの事は眼中にないのか。まぁ、確かにこれが最後のセーブとなればそれ所じゃぁ無いよなぁ。俺もいろんな懸念があって、そっちの方が心配で気がかりだったもんで……気が付いたらカオスの事はあんまり考えてなかった。
まぁ、語らないつもりなら何を探しているのかしつこく聞いたって無駄だろうし。
様々な憶測を胸に。
俺達は魔王西方本拠地タトラメルツを目前として『最後』かもしれないセーブをする為に、眠りについたのであった。
いずれ来るだろうと分かっていたから驚きはしない。
それが何時だろうと、戦々恐々していたのも事実だから、むしろ今でよかったと安心してさえいる。でも何だろうな?それって嬉しい気持ちじゃァねぇよな。どっちかっていうと寂しいなのか?なんで寂しいんだろうと、俺は思わず苦笑した。
この世界と別れるのが寂しいのか?愛着か執着か、はたまた現実逃避か。
そう思うと寂しいだなんてそんな気持ちを抱いてはいけない気すらする。でもやっぱゲームジャンキーである俺らに言わせればゲームオーバーが近いのは寂しいで良いのかもしれない。
終わっちまうんだ、楽しんでいるのにゲームが終わる、終わっちまう。
出先で電池が無くなりかけた携帯ゲームみたいに、切れたらしばらくはゲームしたくても電源が入らない状態になっちまう。又はラスボスまで辿りついちまった時とか、残機ゼロになっちまったとか……目の前で起動している筐体があるのにコインが無いとか。
その時に味わう気持ちによく似ていると思うんだ。
『具体的にはあとどれ位『こちら』に居られるのか、というのを知りたいと思いますが……これが何とも説明し難いんですよ。僕ら、あらゆるシステムの事を何一つ説明しないで放り込まれている訳でしょ?』
……まぁ、そりゃぁ確かにな。説明書を読まない人である俺にはそれを非難する言葉が無い。
『前にも言いましたが時間は関係ないんです。しかしここまで濃密なイベント処理を行う事になったのは想定外だったみたいで、『ラム領域』の限界が近いとか。枠の取り直し、つまりカートリッジの新設には一度ログアウトが必要だそうで、そちらの時間で一週間以内にある程度の見切りを付けて、一旦ログアウトして欲しいそうなのですが……』
メージンの一方的なコメントは続いた。やけに長文だ、俺達はそれをただ黙って聞いている。
ちなみにラム領域というのはRAM領域の事だろうな、ランダムアクセスメモリーの事。
『ログアウトする時はログアウトする意思を明確にイメージした上でセーブに入ってください。そのログを僕が拾い次第ログアウト作業に入ります。ただしくれぐれも注意してください、一度ログアウトを宣言してセーブに入ったらその後に旅したログは記録されません。エントランスが使用出来ない、だから一度宣言したログアウトを取り消すコマンドが使用出来ない状況です』
「……それ程に、上は切羽詰まっている状況なのでしょうか?」
と、レッドが独り言を呟いた。……独り言だな、誰もその問いに答える者はいないのだから。
『ログアウト宣言が使い辛い様であれば、ギリギリまで冒険して強制ログアウトになっても構いません。ただしその場合もセーブ後のログは残らない異常終了になります。それともう一つ強制ログアウトになる条件がありまして……』
メージンの声が一瞬止まる。
『キャラクターの死亡がそれに当たります』
まぁ、そうだろうな。俺は目を閉じた。
ここまで世界がリアルであると『行動不能』と『死亡』は別ものだ。死んだ人間がお手軽に復活出来るとは思えない。思い出すコマンドで戦士ヤトの記憶を探っても、死人を生き返らせる魔法があるだなんて答えは返ってこない。前にレッドがやらかした様に……死んだものを死霊として呼び出す事は可能な様だが。
『最後に、』
メージンの声が静かに頭の中に響く。最後、まるでコメントをつけるのがこれで最後であるかのように聞こえるのは……なんでだろう?
『ログアウト宣言後セーブで正常終了した場合、再び同じキャラクターで『こちら』にログインする事が可能です。強制ログアウトでもMFCの事故やRAM不足であった場合は再度ログイン出来ます。ですが死亡強制ログアウトの場合はそれが不可能です。……キャラクターメイキングの時に警告されていたはずなので皆さん、お分かりだとは思います』
その特例は、アドミニ権限で入っている俺達でも突破できないって訳か。
いや、俺達の頭上にある青い旗は別に特別製じゃぁないんだよな、テストプレイヤーって事で一般レベルと同じ権限だろう。その後にコード強化されているだけだ。
『死亡ログアウトだけはしないように注意してくださいね。……短い間の付き合いかもしれませんが、二度とそのキャラクターは使用出来なくなりますから』
死ぬのが怖くない、それだけが特権の捩じれた勇者。
死を怖がらない奴は居ない。だけど、とかくRPGの勇者とか呼ばれる者は、自らの命など投げ打って世界を救おうとする。そしてその行いを評価され、勇者と呼ばれる。
勇者ってのは職業じゃないのな。
それでも勇者って職業がある某老舗ゲーム様にはある意味脱帽だ、色々な意味で。
俺は自分の事を、そういう捻ねた評価で勇者だと思っている。訪れる死が怖くない、それは仮想の中の死でしかないから怖くない。いや?俺は何時そんな判断をしたんだ?怖くない?バカな。
死ぬってより俺は、このキャラクターを失うのが怖い。
自分の事だけじゃない、仲間達の一人として失いたくない。だってこの世界はあまりにもリアルだ。その中にいる仮想である俺も、仮想であってもリアルだ。仮想の中にあってこれは全て現実だ。現実から仮想を見ているのではなく、仮想から現実を見ているのでもない。俺達がいる階層は間違いなく俺達にとっての現実であるから、ここでの死は俺の消滅を意味する。
仮想の死じゃない……真実の、死だ。
『結局の所僕がバックアップとしてオペレーターをするのは、皆さんの死亡ログアウトを阻止するためなんです。……死亡する前にハードのリセットボタンを押してその記録を残さない。死んだというログが残ってしまったらそのキャラクターは二度と構築出来ません。デバッカーとしてかなり無茶をさせているので、そういう事態は避けるように考慮しての事の様です。本来であればこのゲームにオペレーターは存在しません。死ぬ前にゲームハードのリセットを押せる者は居ない。プレイヤーは眠っています……現実に意識が存在しないんですから』
死んでフラグが立つ事を恐れ、全滅したらリセットボタン。コンシューマーオフラインゲームではよくやる手だな、コレが前提で記録プレイに挑む奴も少なくない。
オンラインだとこうは行かない、情報のやり取りは逐一行われているので、死にそうになった時にLANケーブルを引き抜いても時すでに遅し、だ。
割とオンライン多人数参加型ゲームに近いハードなんだと思っていたが、仕組み的にはどうやら違う様だ。もしログを観察できる人が傍にいるなら、プレイヤーが死にそうになる前にリセットを押して強制ログアウトさせてログの流れを止めてしまうという手段が一応は、可能って事か。
ただしこれが簡単ではない、まずログを見るシステムがエラく煩雑で、開発者達のテーブルにおいてもたった一つの席しか用意できずしかも相当に大変な作業になっている。そしてその席に座る者は本人以外でなければいけない。
プレイヤーは眠らないとゲームが出来ないから、必然的に意識が無い。
死亡確定フラグに強制ログアウトのマクロが動くようにしたらどうだ?とかも思ったが……そこまでするのもどうだろう。そこまでして死にプレイをしたいって奴が現れるかどうかだよな。
いや、逆説的に考えるとフツーのネトゲならデータ弄れば壊れたり不正利用されたアカウントを、バックアップを元にある程度まで復元させることは出来るよな?このトビラは、それが出来ないからこそのメージンという事だろうか。
死にたくないのなら、死なないように行動するべきだ。この世界ではそれがルールになる。
『出来るだけ、皆さんの死亡は防ぐようにしますが……無茶はしないでくださいね。それでは』
途切れた声に、耳で聞いている訳じゃぁないけれど気がつけは耳を澄ませている。聞こえてくるのは雨の降る音。南国の珍しい雨は不吉の前兆というレッドの言葉が脳裏に過ぎり、俺は目を細めて濃い灰色の空を見上げる。
「……そっか、死ぬ覚悟で挑んじゃまずいんだな」
「アンタは死ぬ気でいたの?」
正直に認めてぶっちゃけるか。俺は苦笑して頷いていた。
「だって、それが勇者って意味だろう?」
「悪い意味でだけど」
ナッツの苦笑を俺は鼻で笑う。ばーか、俺は最初っから悪い意味で言ってたよ。
「で、どうするよ」
「どうするも何も、大人しくログアウトしますか?丁度良い区切りと言えば、間違いなく今がそれです」
レッドが眼鏡フレームを押し上げながら俺達を振り返る。
「あたしは正直もうちょっとこの世界に居たいよ。まだ一週間あるんだろう?勿体無い」
マツナギの言葉にテリーは腕を組む。
「その一週間どうするんだ、ブラブラして過ごすのか?」
「それもいいかもしれないけれどね、あたし達一応魔王討伐隊だし」
「仕事サボる訳にも行かねぇか……」
アインの言葉にテリーは溜め息がちに呟いた。
「一週間で何が出来るだろう?割と分からない事が多いから何か、一つはっきりさせる方向で動けばいいんじゃないかな」
「その、分からない事の一つってのが多すぎてなぁ」
「ユーステルは帰っちゃったしね」
そう、出来ればユーステルもとい中身キリュウに詳しい事情を聞きたいと思っていた所だったのだが、彼女もとい彼はミスト王に言った通り先に国に帰ってしまった。
しかも何で帰ったかというと、一番早い船といえばアレしかない。ミスト王も愛用だからな……そう、ふくろう看板の情報屋AWL船でだ。
という事で俺達には今、圧倒的な移動力を持つ足が無い状態である。必然的に南国近辺での活動に限られてしまうだろう。ログアウトが近いと知っていれば強引に、俺達もAWL船に乗ればよかった……と、今更後悔しても仕方が無い。一応魔王の動向を気にして南国で様子見する決断をしちまって今に至るのだ。
しかし例のアイジャンが死んじまって、結局事情が一切わからない。アテムート王も死亡していて弟王子エルークも行方不明。
インティやナドゥの気配もどっかに消えてしまって完全な手詰まりなんだよ。
辛うじて命を救えた王妃も、遠く離れて住んでいた事があり詳しい事情は知らない様だった。
王妃は、ミスト王に隠された弟王子が存在する秘密やその他諸々の事情を盾に取られ、アイジャンが偽王と気が付いてもそれを誰にも言えない状況であったようだ。それ程に双子の子供達の事を案じた結果だ、それを責められる人など南国には居ないだろう。
死人に口無し、いっそ死霊召喚でもして事情を聞きましょうか?とまでレッドがこっそり俺達にだけ提案したが、残念ながらアテムートは当然としてアイジャンだって腐っても、赤旗でも、ルーンザード王族。
表上はさほど悪い事をしているわけじゃないのだ。偽王として実権を振るっていたというのは国家の汚点だから臥せる事が出来るなら、有耶無耶にした方が『国』として都合が良い。アイジャンが弟王を殺害した証拠がある訳でもない。悪政を敷いていたかといえば、戦争を引き起こそうとした辺りなどは怪しいが、それまでは無難に約10年、国を治めて来たわけでそこはボロを出してないのである。……王子や、状況に気がついた家臣をひっそりと追いやる事はしてきただろうがそれは、国を治める上での失策というワケじゃない。
王の入れ替わりがあり、長年偽王が実権を握っていた事を大々的に公言する訳にもいかない国の、いや……家庭の事情は辛いよなぁ……。
その結果アイジャンは、しっかり王族墓地である南天還地に埋葬されてしまったのである。
王族の墓ってなぁどこでも墓荒らしの被害に遭うものらしくてな、南天還地ってのはそれを完全に防ぐ仕掛けが働いているそうで……レッドが目論む死霊召喚系が行使不可である事が後に、発覚。いや、絶対ムリっていうワケじゃない。墓に入れれば出来ると奴は言っていたが……その墓が一般に開かれるのは夏の一時期だけらしい。
レッドの黒い目論見については、唯一南天還地が開くという夏の期間までお預けになってしまった。
……いや、しないよ?例え墓が開いてもそんな黒い行動は許しませんからね俺?
「この近辺で活動しなきゃいけないわけだろ?」
俺は色々と諦めての言葉を吐いたつもりだったが、軍師連中にはそうは取れなかったらしい。レッドとナッツの目つきが瞬時に変わる。
「……じゃぁ、やっぱり行くしかないですかね」
「どこにだよ」
怪訝な顔で聞いたら、レッドが一瞬口を噤む。ナッツが苦笑気味に答えた。
「一週間以内にいける場所って言ったら、すごく限られるだろう?」
「だから、どこだって」
「タトラメルツ」
「ああ?」
「西を攻めてる魔王の本拠地、だろ?」
「と言う訳だ」
「何?」
手短にタトラメルツに向かう事を告げた俺である。しかも王じゃなくて、ヒュンスに。更に、兵隊への号令中だったらしくて部下を待たせている所をひっ捕まえて。
「悪い、急いでるんだ……王様によろしく伝えておいてくれ」
「ちょっと待て、ヤト!」
足早に立ち去ろうとしたのだがヒュンスは部下を捨て置いて、俺の腕を掴んで止める。
「タトラメルツは……」
「ああ、そうだ。そういう事だよ」
どうしても苦笑気味になっちまう。……でもヒュンスはそれで俺達の事情と言うか……心構えを察してくれた様に思う。
いいおっさんだよ、すげぇ頼りになる人だと思う。
苦労ばっかり掛けてる感じもするがな。
「何故そう急ぐ?……王とて恐らく止めるだろう。魔王を急ぎ攻略する必要は無いと俺は思うが」
「ああ、だけどな……俺達にも色々と事情があるんだ」
「西への攻撃が激化していて切羽詰まった状況だ、という報告は聞いていないぞ?」
「……約束してるんだよ」
レッド、お前の嘘をちょっと借りる。俺はヒュンスに真面目な顔で言ったつもりだったが、やっぱりどうしても苦笑になった。
「ランドールって同じく魔王討伐をやってる奴らがいてな、それが西の前線でがんばってる。俺達はそいつらと約束してるんだ」
約束、どんな約束なのかは……想像にお任せする。どーせ嘘だし。好きなように解釈をしてくれ。
「……そうか……」
ヒュンス、やっぱりお前いい人だ。
いい具合に解釈してくれたっぽい。レッドはどうだか知らんが、嘘付くと心が痛んで辛いなぁ俺は。
「それでも、やっぱ王様は止めるんじゃないかなって思ってな……無礼なのは承知だ、頼む。行かせてくれ」
というワケで、ほぼ無言でカルケード国ファルザットを後にした俺達である。上手くヒュンスが王様に伝えてくれると思う。てゆーかお願いしたようなもんだな、ほんと悪い、ありがとう。
しかし一週間でタトラメルツか、確かに行ける範囲内だがギリギリだ。
前回のペースだとフェイアーンから一週間でマイリーまでしか行けなかった。マイリーからカルケード首都ファルザットまではあと3日は掛かるんだよ。まぁ軍の進行に合わせた速度だから3日分くらいは短縮できるだろう。
そんな訳で出来るだけ道中急いだんだがそれでも、タトラメルツ近辺に行くのに1週間ばっちり移動に使ってしまった。砂漠を早足砂馬とやらを借りて一気に走り抜け、途中何度かアオシスで休憩しながら、丸一日走りっぱなしでマイリーまで。そこから大きな川を渡る船を手配するのに休息も兼ねて1日掛かった。2日掛けて山添の道を再びマラソンしてようやくフェイアーンに入ったが、すでに6日分を消費している。
その段階で後24時間がメージンの告げたタイムリミット。
勿論時間は関係ない、問題は記憶領域の使用限度だ。俺達は移動に全てを費やし、この6日間殆どをスキップするように心がけた。恐らくこれでRAM領域は殆ど使っていないはずである。しかし全ては憶測だから後は手探りでやっていくしかない。
フェイアーンを北に抜けて7日目の昼過ぎ。
俺達はカルケード国の北東隣の国であるディアス領土にようやく踏み入った。問題のタトラメルツは半日以内の距離にある、相当に近い。しかし別に赤旗モンスターが襲ってくる訳でもない静かな道中、小さな村にたどり着いてここで漸く、俺達は足を止める事にしたのだった。
小さな村だ、主要な道からも外れているから旅人向けの施設も整っているとは、思えない様な小さな村である。
宿屋は一軒しかなかった、普段は村の寄り合いに使っている建物を村長が好意で貸してくれた程度だからアレだ、イシュタル国の最北端漁村サンサーラと同じ規模だな。
「悪いですね、大所帯で……」
「こちらこそ、ザコ寝になっちまうが……」
引き戸を開けて寝床に案内した頭の禿げた村長は、中を示しながら苦笑気味に振り返る。
「構わんですかね?」
おおっと、先客がいたよ!サンサーラよりは状況が上か、この村は。
「僕達は構いませんが」
と言って先客の反応を見てみる。こっちに背中を向けて座っていたそいつが振り返った。目深くローブを纏ったそいつはどうぞお構いなくと、素っ気無くと返してきた。
「んでは、お布団はあすこの棚にありますんで。食堂は通りに幾つかやっとりますよ、」
微妙な訛りのある村長はそう愛想笑いを浮かべて引き下がっていった。……旅人を疑う感じは受けないな、俺達がこれからどこに行くのかも聞いてこない。
当然、タトラメルツに行くだろう事は分かるだろうに。
「行き先はタトラメルツかな」
そしてその当然の事を先客がこっちに背中を向けたまま聞いてきた。
「他にドコに行けるんだよ」
ここがディアス領だから自由に動けるんだぞ、ファマメント国領土ならバセリオン駐在軍に睨まれている所だ。ただでさえ嘘ついて突破している手前、今バセリオンに行く訳には行かない……って、これは俺らの都合か。
ディアス領には兵士が置かれてる気配はないな、放置しているっていうレッドの話は本当の様だ。
「お前は何か、バセリオンに逃げる所か?」
「……逃げる?何故また」
顔をすっかり隠した顔で振り返る。何だ、シャイなのかお前は。声からするとどうやら男だ、一応ユーステルの例があるので俺は用心して奴の胸の膨らみの有無などを確認しようとするが……レッドみたいな魔導師風のローブに所為でよくわからん。
「あの、よろしければお聞きしたいのですが」
レッドは俺より前に出てやや低腰に出る。
「僕らはこれからタトラメルツに行くのですが、色々と物騒な噂もあります。もし事情を知っている様でしたらお聞かせ願えないかと」
とりあえず、先客の推定男が危険人物では無い事は明確だ。頭上に赤や黒の旗が無いから安全だとは言い切れないんだが。手短に名乗り、相手に名前を聞いてみる。
「……カオス・カルマだ」
……なんかしらんがエラく大層な名前だなぁおい……と云うのが俺の率直な意見ですが、どうよ。もしかすると偽名じゃないのかという猜疑心が頭を擡げる。
「僕らは見ての通り、ちょっとした冒険やら傭兵家業やらで食ってる酔狂な集団です」
これは嘘と言えば嘘だし、本当だと言えば本当だ。だがしかし……いや、いいや。確かに冒険野郎なんてこのご時世、ただの酔狂集団で間違い無いわな。
「私は探し物をしている……それで各国を渡り歩いているんだが……これからタトラメルツに行く予定でいる」
「あら、奇遇じゃない。なら一緒にどう?」
ふむ、悪くない。アベルのアドリブに反論すべき意見は無いな、旅は道連れ世は情けだぜ。
「迷惑でなければ」
小さくカオスは頭を下げた。
「確かにタトラメルツは危険だという話を最近良く耳にする。一人での移動は危険かもしれないと、少々迷っていた所なのだ」
「では、かの街の現状は特にご存知ではない?」
「……いや、ここ数日この村に滞在して話を聞く所によればファマメントで聞く程に危険だとは聞かないな。むしろそんな噂は誰が流しているのだと、ディアス国の人間は憤慨している風でもある」
危険な噂。今西を攻めている、魔王の本拠地って噂、か。
当然とカオスはその噂を知っている様だ。
実際ディアス国の言い分は今初めて聞いた訳だが、タトラメルツが魔王の本拠地だというのは、ファマメント国やカルケード国側の所詮憶測か?タトラメルツ近辺の村において、魔王本拠地説を疑っているって事は、それらしい被害は受けてないって事だ。魔王本拠地と知っているなら、危険だからこれ以上進むなと止めてくれるはずである。
「しかし、魔王軍の進行や出現した場所から推察するに、本拠地は間違いなくタトラメルツ近辺となる。ファマメント国側の領土に深刻なダメージを与えているのにディアス国領土は無傷というのも……気になりますね」
「ああ……だから危険な感じがしてな」
その事情は把握しているらしいカオスが頷いて答えた。今度こそ、今度こそ赤い旗でお花畑が出来てるかもしれん……。ううう、やっぱりそれはおっかねぇよ……。
「それでも、行くか?」
カオスは顔を上げた。ローブに隠された顔が一部現れて水色の瞳がその奥に静かにたたずんでいる。
肌は白、癖のある金髪が覗いているから西方人っぽい。その静かな瞳が、まるで俺達を試すように聞いてくる。
「……ああ、出来る限りの事をするつもりだから」
と、俺達の事情で呟いてしまって俺は慌てて弁解する。
「いや、というのはそのだな、ええと、」
しかし、カオスは目を細めて……多分微笑んだんだと思う。
「深くは聞かない、私も自らの事情を詳しく語れないからな」
「……探し物でしたら多少お手伝いできるかと思いましたが」
レッドが早くも恩を売ろうとしています。何かやる事なす事下心があるように思える、というか、あるだろうな確実にコイツの場合は。
「……」
しかしどうやら、探し物について語るつもりは無いらしい。カオスは顔を下ろして無言だ。レッドが相手にされなかった事を知っていて肩を竦める。
「では、明日の朝には出発しますがそれでよろしいですか?」
俺達に向けても含めて、レッドが言った。
「構わない」
カオスは素っ気無く答える。ふーむ、もしかして変なお荷物抱えちまったのかなぁ?という不安もあったが、俺達はとりあえず腹ごしらえと会議を兼ねて宿を出た。
「なんだろうな、アイツ。どうも胡散臭くねぇか?」
テリーは黙っていた所一番に口を開く。
「でも赤旗も何も立ってなかったし。いいじゃない」
誘ったアベルはとやかく言われるのが気にいらない様で早速反論する。いいじゃん、では反論って程の意味も無いがな。
「それよりも皆さん、今晩のセーブが最後になるかもしれませんからね」
すでに軍師連中にはカオスの事は眼中にないのか。まぁ、確かにこれが最後のセーブとなればそれ所じゃぁ無いよなぁ。俺もいろんな懸念があって、そっちの方が心配で気がかりだったもんで……気が付いたらカオスの事はあんまり考えてなかった。
まぁ、語らないつもりなら何を探しているのかしつこく聞いたって無駄だろうし。
様々な憶測を胸に。
俺達は魔王西方本拠地タトラメルツを目前として『最後』かもしれないセーブをする為に、眠りについたのであった。
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