異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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4章   禍 つ 者    『魔王様と愉快な?八逆星』

書の5前半 井戸に落とす石 『嬉しくないわ、そんな選ばれ方』

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■書の5前半■ 井戸に落とす石 Such as CANARY

 もはやこれは事件です。
 赤い花畑ができちゃってる事より大変な事態が起きちゃいましたよ、タトラメルツ。

 古びた都市、といった情緒溢れる町並みのタトラメルツに入った俺達は……ここで出会っては行けない連中と鉢合わせする事になってしまった!
 それがどういう次元で赤旗乱立よりも性質が悪いか、と言うとだな……。

 ぶっちゃけ、世界を救う事そっちのけの事情が絡むから、だな。ふぃー……ちょっと遠い目。

 何しろここは魔王本拠地と『噂』される所であるワケでして。
 色々と用心して、街のあちこちをキョロキョロしながら狭い坂道の路地を曲がった途端俺達は、やけに大所帯の集団と鉢合わせしたのだった。
 タトラメルツってのは西方では1、2を争う程の歴史ある都市でな、波乱万丈な元国家だ。今は町の名前の一つに落ち着いてしまっている訳だけども。
 波乱万丈な歴史は余り関係ないが、古くからの伝統在る街って云う事情は重要だ。お陰で区画整備とか近代的な都市計画が成されて無い―――つまり、昔ながらの城攻めしにくい入り組んだ、細い路地の多い街なんだよな。
 つまり、見通しが利かないんだから仕方が無い。この遭遇は避けようが無かった事故だ。しかも『奴等』とは深く交流した訳ではないので、アインの方で匂いを覚えていない。

 先頭は俺が歩いてる場合が多い、そんで一番後ろが大体テリーなんだが……。

「あーッ!」
「げーッ!」

 同じ様な口調で突然出会い頭の二人が指を差し合ったかと思った途端、一方は回れ右。もう一方は俺をどついて更にレッドを脇に押しのけ、ナッツを突き飛ばしアベルの脇をすり抜けようとして……誰かに足を引っ掛けられて盛大に転ぶ。
 マツナギとカオスは倒れたおっさんに巻き込まれそうになった所、狭い路地でなんとか背後に下がって避けた。
 一番最後に居たテリーはすでに、その時には肩にアインを乗せたまま消えている。顔を上げれば通路の奥へ逃げて行いく姿が……見えなくなりつつあった。

 ぐねぐね通路が曲がりすぎなんだよなぁ、行き止まりとか変な路地多いし……本当この街歩きにくい。

「テメェ!」
 で、出会い頭の一人が咄嗟に剣の柄に手を掛ける。それを睨みつけてアベル、平然と相手を見下しながら転んだ男の肩を踏みつけた。
「うっさいわね、先にぶつかってきたのはあんた達でしょ?」
 ……だからってアベル、お前やりすぎ。大立ち周りしすぎ。
「ん?……」
 すると、抜刀しようといきり立った男が怪訝な顔で、アベルをじっと見つめて目を眇めた。
「……何よ?」
「貴方とは……以前、どこかでお会いしませんでしたか?」
 突然口調があからさまに柔らかになり、男は剣の柄に掛けていた手を広げて問答無用で、アベルの手を取った。
 ……油断してると奴からそのまま背負い投げをお見舞いされるぞ。
「ヘルトでお会いしたはずでは?こんな所で再びお会いできるとは……奇遇ですね」
 会心のスマイルゼロ円。顔が良いので一見爽やかにキラキラ星が瞬いてそうな微笑みだが、それって明らかに営業スマイルだよなぁ。

 そうだろ、ランドール。

「おやおや、お久しぶりですねぇ」
 暢気に挨拶をかます、背の高い男はスウィートでお世話になった封印士のワイズだ。相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべて、お気楽そうに口を半開きにしている。
 アベルは……取られた手をそのままに眉をひそめ、俺に振り返った。
「誰だっけ?」
 あー……あの、アベルさん。それってワザと言ってますよね?

 しかしランドール、なぜかめげない。

「確かに、せっかく出会ったというのにあの場では名を伝える事が出来なかった。改めて名乗ろう、僕はランドール・A。今この地にはびこる魔王軍を滅ぼす為に戦っている」
 男と女で態度が違い過ぎやしねぇか?そういうのって、典型的に男にとって『最悪に嫌な奴』って相場は決まってるからな。……覚悟しておけ。
「あら奇遇ね、あたし達もそうなのよ?」
「アベルさん、」
 レッドがちょっと非難気味に突付いたが……無視されている。どうやらアベル、何が気にいらなかったのか相当に頭にキている様だ。
「貴方が?魔王討伐を……?」
 一瞬怪訝な顔を浮かべてから再び輝く笑顔。ヤバいランドール、お前キモいよそれ。こっちは本性知ってるからマジキモいよ。
「それは本当に奇遇だ、是非僕らと一緒に……」
 漸くアベルはランドールの手から強引に手を引き抜き、今だ踏みつけられている哀れな男をヒールで蹴飛ばす。そう、この有能遠東方人のゴリラ女は事も在ろうか旅に、ヒールのある靴で挑んでいるのである。……恐らくは足の構造が違うのだろう、どーしてその不安定そうな靴であの機動力があって、疲れ知らずで動き回れるのだろう。と、リアルの方のアインが不思議がっていたな。曰く、かなり疲れる構造の靴だとサトウハヤトはリアル知識で認識しています。
「そんな事はどーでもいいのよ、あんた、これはあんたの?」
「……いかにも、僕の部下だが」
 おいおい可愛そうだろう?人はモノじゃねぇんだぞお前ら。
「突然突っ込んできて人を突き飛ばしておいて、ケガでもしたらどうしてくれるのよ?躾がなって無いわ、まずそれを謝るべきじゃぁない?」
 自分が優位に立っている事を悟っている様だ。アベルは傲慢にもランドールを見下して腕を組む。あああ、よりにもよって推定ライバルパーティーに、魔王本拠地とも噂されるタトラメルツの街中でケンカ売らなくてもいいじゃねぇかよ!ってさっきから俺、完全にオロオロしてますね。いかん、リーダーとしてここはなんとか円満に……。
「だからって足蹴にしちゃいかんだろうが。おい、大丈夫か?」
 俺がしゃがみこんで倒れたままの男に手を差し出そうとしたが、おっさんは大丈夫だと手でやんわり示して身を起こす。
「テニー、」
 漸く立ち上がるモーションに入った男に、しかしランドールは非情な声で言う。
「ちゃんと謝れ」
 男の顔をようやくまともに見た。おっさんの気配は間違ってるのかも……若干老け顔の男だ、いやこの人顔が良いんだな、お蔭でちょっと年齢不詳ぎみに感じる。おっさん臭く見える割と厳つい顔だが、まだ皺はそんなに無いので年齢は比較的若いのかもしれない。西方人だが……まぁ、顔立ち自体は良いし服装も整っている。育ちが良さそうなランドールよりは遥かに年上という風体なのだが……ふむ?
 男は自らの非を間違いなく認めた顔で静かに、アベル達に頭を下げた。達っていうのは、突き飛ばしたナッツを含む、だな。
「申し訳ない事をした、我ながら幼稚な行動に出たと反省している。しかし君達」
 ぱっと顔を上げ、男はずずいっと前に顔を突き出す。
「あれ……いや、あの男とはどういう関係だ!?」

 金髪、碧眼、育ちの良さそうな男。
 あー。はいはい、良く見るとテリーに顔立ちがよくにておりますねぇこの方。

 テリーが何から逃げ出したのか俺達は、すっかり思い出した。
 経験値上昇による、背景の複雑化が齎すテリー・T・ウィンの事情。それは西方公族ウィン家の人間でありながら家を出て、大好きな血みどろ格闘家に走った事に留まらない。事もあろうか好敵手パーティーに実兄が居るという状況にまで『重く』なってしまっていたのだ。

「それはそのー……何と言うか、」
 他人です、と言ってやった方が奴は喜ぶか?いや、その嘘は何時までも付ける物じゃねぇだろうし、逃げ回ってたって仕方が無いと思うんだよな、俺は。根本的解決をすべきだろう。
「それってテリー……の事だよな?奴に何か用事があるのか?」
「あれは私の出来の悪い弟です、家出をしてかれこれ十年近く音信不通。久しぶりの再会に逃げ出すとは……全く呆れてものも言えない」
 頭痛がするという風に、男は額を抑えて頭を振った。
「何なら俺達も手伝うけど……捕まえようか?」
「本気で言ってます?」
 レッドが呆れて聞き返す。俺はレッドが考えそうな次元の言葉を返してやった。
「俺がテリーに恩を売って、それで何か得するとは思わないんだよな。ここははっきり決着つけさせるべきだろ」
「……という事ですが」
 レッドがどうするか一同を振り向くと、うむこれは賛成多数で可決されましたな。軍師の連中はあくまで中立を保ちたいらしいが、はっきり言ってこれは突然舞い込んだ修羅場を見学したい……野次馬精神の勝ちだ。



 残念ながら、などと書くからこの冒険の書は余計なRAM領域を増やすんだよなぁ。
 ……だからこの場合は残念でいいのだ、うむ。ええと、大捕り物と云う程の大規模な捕獲作戦および、追い駆けっこはするまでもなかった。何しろ捕まえる相手は実力はケタ外れとはいえタダの拳闘士。
 俺達が本気になれば人間一人の確保くらいどーって事はない。
 ……気をつけよう、俺も奴と立場は同じだ。誰かから追い掛け回される様な因縁だけは持たないようにしねぇとだな、と心に刻みました。

 そんくらいあっさりとっ捕まったテリー。

 割かし本気で逃げてたみたいなんだけどな。俺達の事ほっぽって街を一旦外に出ようとしてた位だ。
 そこの所アインを引っ掛けたままだったのが失敗だったな。アインと、どうして逃げるのだ的な説得と押し問答をかます羽目になったらしい。それで強引にアインを置き去りにしたのが奴の敗因である。おとなしくアインを掻っ攫ったまま逃げれば、もう少しこっちは手間取っただろうがな。
 アインは匂いで目標物を探し出す優秀な警察犬と同じ働きをするんだぞ。ヘタな探査魔法なんかよりよっぽどの精度がある。奴の嗅覚は伊達ではない……ドラゴンなのにな。ホント変なの。


「もう絶対肩に乗せてやらねぇ……」
 逃げるので、という名目で魔法強化された縄でふん縛られているテリーは、恨めしそうにアインを見上げている。一方アインは俺の頭の上で長い首を回してそっぽを向いた。どうしてなのかアインさん、俺の上で羽を休める場合はテリーの場合とは違って何故か、俺の肩じゃなくて頭にしがみつくのな。……微妙にその前足の爪が頭皮に優しくないんですがねぇ?
「お、早いねぇ」
 ナッツから案内されて、ランドールパーティーの……二人だけがやって来る。お気楽な声で察する通り二人とは、緑色の髪の巨人ワイズとテリーの『設定上の兄』であるテニーさんだ。テリーが縛られてなお抵抗するので、ここから場所移動出来ずに困っていた所だ。強引に引き摺っても行けるのだが……なるべく楽をしたいわよね、というアベルの談。
 確かに、引き摺っていくメインメンバーに局所怪力であるアベルは参加するハメになるだろうからな。
 それで悪いが、テリーの『設定上の兄』であるテニーさんにご足労いただいたのだ。
「あれ、他はどうしたよ」
 てっきり俺はランドールご一行で来るものだと思ったが。
「ラン様には関係の無い私事、先に宿屋で休んでおられる」
 テニーさんって、西ファマメント国で有名な政治家系のエラい家系の人じゃなかったっけ?ウィン家の嫡男って奴?テリーもさりげなくこれに属している訳だが、ファマメント国を裏で牛耳っている家の一つだという。
 それが事もあろうかあの、イヤな裏表野郎であるランドールに対してどうしてそこまで遜る?しかも相手は年下だろう?エラいのか?そんなにアイツはエラい立場か?
 ……というツッコミをしたくてウズウズしているのだが、アベルやレッドからそんなのは後にしなさい的な視線を喰らったので口を閉じている俺。
 そうだな、今はそれより十年ぶりという兄弟の再会について傍観しないとだからな。横槍は入れないでおくぜ。ビバ!野次馬!
 ……ランドール含め他の連中は興味無いみたいだけど。

「くそ、他人事だと思いやがって」
「ばーか、他人事だぜ」
 にやにやしながら俺はテリーの前にテニーさんを案内した。いいかげん観念すればいいのにテリーの奴、まだ抵抗するつもりのようでそっぽを向いている。
「……全く、」
 どうするんだろう、怒鳴るか?泣くか?殴るのか?などと期待するのもどうかと思うが、ちょっとした修羅場を望んでしまう。いや、それが野次馬ってもんだよ。しかしテニーさんはテリーに合わせてしゃがみ込むと、溜め息を漏らしながらぽんと奴の頭に手を置いた。
「10年どこをほっつき歩いていたんだ、テリオス」
「って、誰?」
「黙ってなさい!」
 アベルから肘鉄食らって俺は黙った。いや悪い、余計な口出ししちゃいけないと思いつつ気が付いたら条件反射的に突っ込んじまったんだって!
 テリオス?おお?誰それ?
 テリーはそっぽを向いたままだ。しかも頭上に兄の手が乗っかったままで……テニーさん、どけるつもりが無いみたいなのでようやくテリーが低く呟く。
「手ェどけろよ」
「……取り合えず、元気そうでなによりだ」
 立ち上がったテニーさんが思っていたより落ち着いて笑って言った言葉に、テリーは舌を鳴らしてまだ目を逸らしている。何だよお前、そんなにこの兄さんが嫌いなのかね?見た感じエラい家系の割に腰低そうで『いい人』じゃねぇ?
「今更戻れ、とは言わんよ。現状については私も……」
「黙れよ、俺はあんたと話す事なんか何も無い」
「……心配していたと言っても……信じないか。父上や母上の事は気に……」
「いいから黙れ!」
 こいつは一体何に対してこんなに苛立っているんだ?戦闘中はともかく、普段こんなに感情を露にする事が無いだけに新鮮と言うか……ちょっとびっくり。
「何が心配だ、俺達の縁なんかとっくに切れてるだろうが!俺はな、そう云う覚悟をして家を出てるんだ!それ位……分かれよ……!」
「ならば堂々とすればいい」
 この二人、ちょっと年が離れているんだよな……。テリーはこっちの設定だと……25歳位だが、テニーさんは明らかに三十路越えだ。四十超えてる可能性もありうる。外見からの分類的にはおっさんに入るか入らないかという際どいラインにいる。いや、十歳程度の年の差なんてそんな、珍しいもんじゃねぇのかな?

 俺はこっちの世界の設定上、天涯孤独だからその辺り良く分からない。多分……理解できない。兄弟も家族もいねぇもんな。

「なぜこそこそと逃げ回る?」
「……それは」
 睨み付けていた目を再び逸らすテリーに、テニーさんは厳しい顔で相手を見下ろす。
「全てを捨てたつもりなら……ウィンなどとは名乗らぬ事だ。関係が無いと突っぱねればいいだけの話。それが出来ずに私から逃げるのは、何故だ?……お前が結局『家』から離れきれていない証拠だろう」
「……」
 言い返す言葉も無い、って感じか。何だか野次馬してるのが後ろめたくなってきた。
 俺達、割と背負ってるものが重いんだな。テリーは楽天的な、どうでもいいような理由で『家出』してるもんだと思っていたのに。こいつはこいつなりに重大な決断をして家を飛び出していたんだ。
 まぁ、自分で選んだ設定じゃない訳だけど……。
 それ言ったら俺の天涯孤独設定だって自動付加背景だ。他の奴らもそれなりに想像もしていなかった重い背景設定を背負っている事だろう。
 世界に深く関わる為のシステム上のルール。
 避けては通れない、実績無くして突然に世界と深く結びつく事などできはしないという約束事。

 その為の、重い足枷。

「まぁいい、ヤト君から大体の経緯は聞いた。同じ目的を持つとなれば今後、会う機会も多かろう。お前が何も話したくないというのなら無理に話そうとは思わんよ」
 テニーさん、外見の通り大人です。テリーも相当に冷静で大人ぶってる奴だが流石はその兄者。一枚上手だ。
「すまない、戒めを解いてやってくれないか」
「いいんですか?……もっとこう、ガツーンと言う事があるんじゃないんですか?」
 余計なお世話かもしれないが、野次馬として俺達そういう事を期待していたわけですから、ねぇ。
「……先程も言ったがね、私は単純に心配していただけなんだよ。いきなり逃げ出したからちょっと私も動転してしまってね。でも冷静に考えたら逃げたくなる気持ちも分からないでもない」
 ようやく立ち上がったテリーは、しかし兄と顔を合わせることなく背中を向けている。とりあえず……もうこの場から逃げ出すつもりはないようだ。
「無事に生きていた、それがはっきりわかっただけでも良しとしなくては」
「……ちっ」
 何故か、そこでテリーがものすごく毒づいている。
 兄のテニーさんは、深いため息を漏らして弟の態度を暫らく眺めてから呟くように言った。
「私は今も『家』そのものだ」
「……黙れ」
 テリーの低い静止の言葉に、テニーさんは口を閉じる。
「行こう、ワイズ」
「はいはい、ではヤトさんまた明日にでも」
 去っていった二人に軽く手を振って見送った俺であったが……ちょっと待て?
 待てよおい!また明日って、何?
「すっかり余計なイベントをこなしてしまいましたが。……ヤト、ちゃんと認識してますか?この街が例の魔王本拠地の一つと言われている……タトラメルツなんですけど」
「あ、」

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