異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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5章 際会と再会と再開 『破壊された世界へ』

書の5前半 涙に飛ぶ鳥 『知らない事は罪とは違う』

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■書の5前半■ 涙に飛ぶ鳥 tears birds

 俺の中にあったゲーム仲間であるアベル像は今や、音を立てて崩れ去っていた。今こうやって俺に縋り付いて泣いている彼女は、別人じゃなかろうかと疑ってしまっている俺。
 でも、そう思うのは仕方が無い事かもしれない。
 俺達はこの現実的である仮想世界『トビラ』の中で、組み立てられたキャラクターを演じている。
 俺は戦士ヤトだ。サトウハヤトではない。彼女はアベルだ。アベルイコとは違う。

 演じる事が真であるこの世界は、騙される事が理想だ。疑った所で何も得られはしない。とことん世界のリアリティに騙されるべきなのだ。
 いつまでも現実世界の思いを引き摺るべきではない。俺はサトウハヤトである事を捨て、戦士ヤトになりきってしかるべきなのだ。

 現実とのギャップに戸惑うのはもう止めよう。なぁ、止めようよ俺。
 リアルな自分がどうしても居て、完全にゲームに入り込めていない自分がもどかしく感じる程だ。

 置いていただけの手を回して、俺は彼女を強く抱き返す事が……出来た。リアルの俺はものすごく、恥ずかしいと感じている。これは俺の感覚なのか、戦士ヤトの正しい内心なのか。どっちなんだ?
「ごめん、俺はマジで……お前の事待たせたんだな……」
「たった半月なのに、たった……」
 アベルは今はしっかり俺にしがみついて声を震わせる。
「一人……だったの……ッ」
 たった一人で待っていたのか。
 何がどうなったのか訳もわからず、ようやく俺を見つけて……でも氷漬けで口も聞けない状況で……。
 俺が目を覚ますのを待ってたのか。
 三日程、目を醒ますのを待つのとは訳が違う。誰もいない、たった一人見知らぬ世界で……。一か月だぞ?その間、仲間は戻らない。誰一人行方知れずだったりするのか?あるいは俺とアベルが行方不明なのだろうか。

「探しにいこう」
 こっくりと、彼女が頷いたのを感じる。
 他の連中を探しに行こう。まだたった二人だけど……一人よりはいいさ。
 感極まったのかすすり泣きが号泣に変わったアベルを、俺は背中を軽く叩いて受け入れていた。彼女の泣きたい気持ちは……わからないでもないよな。ようやく俺は能天気なログイン状況から、正しく現状について何が起きているのか想像が追いついて来た感じがする。何もわからない自分の都合ではなく、自分以外の立場になって状況を真面目に考えて、同調し始めた……みたいな。
 俺だって一ヶ月誰とも合流できずに、しかも記憶が一部飛んでる状態でこんな『異世界』に投げ出されたら相当に参っちまうだろう。いくら戦士ヤトを演じてるったって……限度がある。
 このあまりにも現実的な仮想『異世界』。
 物凄いアウェイなんだよな。住み慣れた町から見知らぬ町に連れてこられた、なんて緩い設定じゃない。いくらある程度の知識をリコレクトできるったってそれでも、ここは……『異世界』だ。あっちの理屈は通用しない。こっちの理で生きるしかない。

 前回のログインで俺達が上手く立ち回れたのは一人じゃなかったからだ。きっと、仲間が居たから平気だっただけなんだ。
 本当は俺達、この見知らぬはずの異世界が怖くないはずが無いんだよな。



 どれ位そうやってたのか分かんないが……それこそスキップでもしたのか?落ち着いたアベルを隣に座らせて、サワさんが作った薔薇園を見回している。
「大丈夫か」
「……あんま、大丈夫じゃない」
 アベルはそう言って膝を抱えて顔を隠しながら呟いた。
「……ごめん」
「別に……お前の不安も分からんでもないし……」
「早く……」
 くぐもった声でアベルが小さく漏らしたのを俺は、聞き逃さなかった。
「……早く、ナッツに会いたい」




 報告なんかするもんかと思っていたが前言撤回。これは、報告差し上げなければいけない様です。
「もしかして……機嫌悪い?」
「あ、分かりますか?」
 俺はニコニコしながら実際には腸が煮え繰り返るほど怒っている。
 ああ、怒っているとも。
 自分でもなんでこんなに腹立ててるのか良く分からんがとにかく、気分が悪いのでぶっちゃけてすっきりしようかと思います。
 中途半端な苦笑を浮かべているミスト王の執務室に、恐らく俺はドス黒いオーラを発散しながら入って来たのだろう。王は、お蔭様でやや引いている。
 なんか、レッドがにっこり笑いながらドス黒い事を言う気持ちが少しだけ分かった気がした俺だ。
 ほんの少しだけだが……。要するに……苛立ちを隠す為にアイツは毒舌で発散する訳だな?
 俺は……今、猛烈にイライラしている。
「……ちゃんと謝ったけど……ダメだったとか」
「あーはい、俺はちゃんと謝ったんですよ。確かに俺は寝起きで何も分かっちゃいなかったし、現状に対する気配りもしてませんでしたよ。でも俺だって氷漬けの状態で訳が分からないのに……それなのに……」
「それなのに?」
「……あいつ、泣き出しやがりまして」
「泣かせちゃダメじゃないか」
 完全に相手が王様だって事を忘れて、俺はむっとした顔をしたのだろう。明らかにミスト王は怯んだ。
「泣きたいのはこっちだって同じなのに!」
「や……ヤト君……?」
 すっかりぶちまけて見て……これですっきりするはずなのにどうだ。
 全然スッキリしないぞ畜生ッ!
「あー……。すみません」
 でも苛々した気分は少し散漫して、逆に冷静さが戻って来て俺は、ばつが悪くなった。今更冷静に意識する。だから、目の前の人物は王様なんだってば俺。
 無礼者!頭が高い!とか怒鳴られたり、ヘタすればそのままばっさり斬られているかもしれない状況じゃないか。礼がなって無いという事でそのまま兵士達に連行されて、牢屋行きになってもおかしくない様な……俺はとても失礼な事をやらかしていないか?

 途端負のオーラが全部、自己嫌悪に切り替わった。

 真面目に俺、ここで泣きたい気分になってきた。
「……報告は以上です、……あの俺、帰りますね……お邪魔、しました……」
 最初の勢いはどこへ行ったのか。違った意味で別の黒いオーラを纏った俺は、ミスト王の執務室を幽霊のように後にしていた。
「ちょっと待って」
 扉を閉めた途端慌ててミスト王が追いかけてくる。勢い良く戸を開けて俺の腕を掴んだ。
「……私の所為だな」
「……何がですか」
「私が余計な事を昨日言ったのが悪かったんだ、すまない」
 俺は驚いて首を振る。
「違いますよ、別に王様が悪い訳じゃないんですよ、結局の所はアイツが……」
 言葉が続けられず、俺は代わりに溜め息を漏らす。
「……とにかく、俺達仲間を探しに西に戻りますんで」
「それはヒュンスが帰ってきてからにしたまえ」
「そうしたいのは山々ですけど」
「君達の情報を集めるように命じてあるんだ」
 ミスト王は俺の腕を掴む手に力を込め、真っ直ぐ目を見つめてきた。暗い所では黒いが、明るい所では深い青い瞳が、迷う事なく俺を覗き込んでくる。綺麗な目だとぼんやり思った。
「あても無いのだろう?ヒュンスの報告を聞いてからでも出発は遅くは無いよ」


 待つのも、進むのも辛い。俺は月白城をぶらぶら歩き回りながら溜め息ばっかり付いていた。状況は進展せず、アベルとは話し辛い、かといってこうくそ暑いと城下町や首都ファルザットまで降りる気力も無いし……。

 はぁ。

 中庭に流れる小さな水の流れを眺めた。
 丘の上に立つ城なのに、どこかから水でも引いているのだろうかと流れを目で辿っていくと……北向きの城壁奥に風車が回っているのを見つける。確かこの塀の向こうの下に小川が流れていたな。そこから水を水車か何かで引き上げているのかもしれない。もしかすれば小川からじゃなくてもっと下、豊富だと聞く地下水脈から引いたものかもしれなかった。
 俺はちろちろと流れる水にそっと手を入れてみる。
 温かった、それでも水の気化作用で途端手がひんやりとして気持ちよい。水の撥ねる音と姦しい鳥の鳴き声に目を向ける。小鳥達が水浴びをしている姿を見て……俺はようやく心が癒される様にぼんやりと笑う。
 ぱたぱたと舞う鳥の羽を見ていると……やっぱり、どうしてもナッツの事を思い出してしまうんだけどな。
 他の奴らもそうだけどナッツの奴、一体どこにいるんだろう。
 俺が氷漬けになってる事態も相当に謎だが……アベルが一人で行動しているのも謎だ。俺がカルケードに飛ばされて来ている事情はどういったものだろう?ここに、アベルが一人で辿り付いた理由もよく分からない。

 聞けばいいんだよな、直接。

 カンタンな事だ。どうしてなんだと聞き出せばいい。
 でも、……正直口を利きたくない。アベルが怒っている訳じゃないし、俺を避けてる訳でもない。だけど話したくない……つまり俺が悪いのだ。今彼女から逃げて避けて、勝手に立腹しているのはむしろ俺の方。
 なんで怒ってるのかって?
 そりゃぁ……そりゃぁ……。
 …… …… ……。
 俺はしゃがみ込んでいた所立ち上がる。気配に小鳥達が驚いて飛び立って行った。
 ……ばっきゃろう、俺だってそうだよ。
 お前だけじゃねぇよ。俺だってナッツに会いたくてたまんねぇよ!

 暇と思っていてもいつの間にか陽は傾きかけていて、オレンジ色に世界を染めてる。バタバタと鳥が飛び立つ音に、俺は驚いて背後を振り返った。
 北の城壁の向こうから突然鳥の大群が空へ舞い上がる。いや、あれは鳥の大群か?目をすがめ良く見て目を見張る。
「な、何だぁッ?」
 巨大な影が城を覆った。陽が傾いている所為もありその影はあまりに巨大で一瞬、光が全て失われた様な錯覚を引き起こす。
 生ぬるい風が吹き抜けた。巨大な羽ばたきに、ありえない暴風が庭木を揺らす。

 あれは……あの巨大な翼の持ち主は……俗に言うロック鳥か!
 戦士ヤトの知識枠に巨鳥があった、田舎コウリーリスではお馴染み、とまではいかないがそんな驚かない程度には拝める魔物である様だ。

 その巨大さから何かとラスボス的なモンスターとして起用される、象をも足で鷲掴みしちまいそうな程ドでかい鳥の事だ。リアルにおける千夜一夜物語のシンドバットの冒険で有名なアレだな。こっちの世界でも……リコレクト……うむ、名称はロック鳥でよいらしいです。
 しかし戦士ヤトは、ついでに余計な事を『思い出した』。
 俺はコウリーリス国のド田舎出身なので、このロック鳥の事を珍しい魔物だとは思わなくて、どうにも見た事がある様である。がしかし、それは自然溢れるコウリーリスでの話だ。
 砂漠が8割の南国カルケードにロック鳥がいるはずが無い、という事を俺は、ついでにリコレクトしたのだった。
 俺は夕闇に赤く染まった巨大な鳥が、オレンジ色の大空へ羽ばたいたのを見上げ、慌てて走り出していた。南国でもよく居る魔物だというのならば、
 あー巨大な鳥さんが飛んでる~
 位で流しただろうが……居ないはずだと認識したからただ事じゃない。異様だ、そのように戦士ヤトの直感が言っている。俺があの鳥を追いかけたのはただそれだけの理由。
 でも……どうやらその『ありえない!』を狙っていた事を後に知る事となる。
 慌てて城の塀を抜ける通路に走り込み、外堀から北を飛ぶ巨鳥を見やる。と、見慣れた色が眼下をちらついたのに目を奪われた。
「アベルッ!?」
 外堀の向こう、砂漠の上を走る赤い髪の女を見つけて俺は身を乗り出した。
「おいおい!何、まさかッ?」
 遥か上空で羽ばたく巨鳥を俺は見上げ、奴もなぜかアレを追いかけているのだと察した。
「くそ……ッ!」
「ヤートー!」
 穏やかな声が呼びかけるのを聞いて振り返る。一段下にある城兵達の宿舎の影から、庭師のサワさんが手を大きく振っているのが見えた。
「砂馬は乗れる~?」
 彼女が引いている家畜を見て、俺は素早く数メートルはある段差を飛び降りた。任せろ、乗馬のスキルはちゃんと持ってる!
「彼女に砂馬用意したのだけど……先に自分で走っていってしまったみたいねぇ」
 彼女とはきっとアベルの事だろう。後ろ足の長い小型の……ラクダ、だよな。瘤あるし……でも見た事の無い種類だ。リコレクト……早足砂馬……様は足の早いラクダだ、前回殆どスキップしたけど乗った経験があるじゃねぇか、すっかり忘れてた。
 俺は砂の地面を蹴り上げて陀獣の鞍に飛び乗った。
「やっぱりアイツ、あの鳥追っかけてったのか?」
「そうみたいね……ルフーよ、珍しいわ」
「ルフー?」
「コウリーリスではロックと言うのだそうね。余り有名ではないけれど南国にもロック鳥はいるのよ」
 それは知らなかった、でも今はその話はゆっくりやってられない。
「ありがとう、ちょっと借ります!」
 軽く腹を蹴ると、早足砂馬が長い後ろ足で地面を蹴り上げる。俺はリアルで乗馬経験なんぞ無いが、戦士ヤトは乗馬スキルを持ってる。不思議な気分だ、多くない経験のはずなのに知っているという感覚。
 まるであの時……一番最初にこの世界に入った時に海を見た途端抱いた違和感に似ている。ゲームでなら馬に乗った事はあるけどな、馬の動きに合わせて視界が揺れたり……でもそんな『経験』だけでは裏付け出来ないはずの現実感。
 ともかく、馬よりは乗りやすいと戦士ヤトな俺は感じた様だ。
 従順で足場の悪い砂地を力強く蹴り上げる感覚、鳥のように軽快な足運びは……うーむ、サトウハヤト的には馬ってよりも黄色の某空を飛べない鳥っぽい、などと思うがどうよ?
 ともかく遥か上空を飛ぶ巨大な鳥を追いかけて手綱を操る。
 夕暮れに陰影をはっきりさせた砂漠の山の向こうに、赤い点が砂山を駆け上がって行くのが見えた。
 流石はイシュターラー、砂地でも全力疾走できるのだからとんでもない。人間ならあの砂山、まともに登れずに転げ落ちるだろうに。
 大体なんであの鳥を追っかける?サワさんの話じゃ別に、ここいらにも生息する普通の魔物って話じゃねぇか。アベルの奴、城や三階建ての建物ですら迷う壮絶方向音痴の癖に、このだだっ広い砂漠に一人で出てしまったら戻ってこれないに違いない……だろう……に。
 と、俺はその時ようやく一つの根本的な謎に行き着いた。
 そもそも奴はたった一人で、どのようにしてタトラメルツからカルケードまで来たのだろう?あの、壮絶方向音痴が?地図も読めない地理感も無い、それなのに南方に、自分の意志で?
 ……ありえねぇ。
 そんな事出来るハズが無い、自分の意志であいつはカルケードに『戻ってくる』事など出来ないのだ。
 断言する、絶対に無理。

 と、いう事は。

 俺は砂混じりの風に目を眇めながら赤い彼女の髪を見失わないようにしながら小さく口の中で呟く。
「誰が、あいつをここまで導いた?」
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