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5章 際会と再会と再開 『破壊された世界へ』
書の5後半 涙に飛ぶ鳥 『知らない事は罪とは違う』
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■書の5後半■ 涙に飛ぶ鳥 tears birds
砂漠を走るのに最も適した早足砂馬は軽快に砂山を登り下って、あっという間にアベルに追いついていた。前回乗った時は移動をスキップするように心がけたからだろう、今更ながら砂漠を走るに適した早足砂馬のポテンシャルに俺は素直に驚いている。
こんな急な砂山を自力で登りきるアベルもアベルだが、それを軽快に追いかける陀獣もすげぇ。
今更話し辛いとか念頭に置いてる場合じゃない、俺はアベルに向かって手を伸ばす。
「掴まれ!」
声に振り返ったアベルは素直に手を伸ばしてくる。俺は差し出された彼女の手を掴み、引き上げた。砂馬は一応二人乗り程度はなんとか大丈夫らしいと戦士ヤトの記憶が言っています。正直、砂馬が嫌がった気配をちょっと感じたがな。
「どうしたんだよ、あの鳥がどうかしたのか?」
「追って!」
後ろの瘤に乗っかって俺の肩に手を置くアベルの声がどこか潤んでいて、俺は彼女を振り返ろうとしたが……後ろから頭を掴まれて強引に前を向かされた。
「む、」
「目が……あんまり見えないの。お願い、追い掛けて……!」
なんで泣くんだよ。どうしてそんな、ほいほい涙を見せてるんだよお前は。
そんな顔、お前が酔っ払ってベロベロになってる時位しか見た事ない。
いつでも強気に笑っているか、俺を睨んでいるか……そんな顔しか見た事ないし。
気がついたら俺、何故かむっつりしてひたすら砂馬を走らせていた。やっぱり二人乗りだと砂馬の速度は幾分落ちる……だが……追いかけている巨大な鳥は何故か段々と近づいてくる様に思える。
飛ぶ高度を落としているのか。俺はその先に見える杜、オアシス……を見やった。
カルケードは殆ど砂漠を占めてるが、地下水脈が割と豊富らしくてあちこちにオアシスが作られている。レッドが居るなら嬉々として色々説明してくれるだろうが今は、居ないからな。説明はナシで行くぞ。
巨大な鳥が杜の上に静かに舞い降りる……様に見えたが途端、その姿は幻のように掻き消えてしまった。
「消えた……」
「あそこよ!」
アベルが指を差す。
「きっとそう、あそこで間違い無い」
「何がだ?」
ふっと振り返るとすっかり涙は乾いたのか、何時もの凛々しい顔のアベルの横顔がそこにあった。
「……おい、」
アベルは無言で砂馬を飛び降り、自分の足で杜へ駆け出した。
「おいこら!俺の質問には答え無いのかよ……って!」
砂馬が突然速度を落とし、勝手に止まる。
「どうした?」
首筋を軽く叩いて砂馬を窺うと……真っ黒い目が何かをおびえたように真っ直ぐ前を向いているので顔を上げる。
「……?」
仕方なく俺は砂馬を下りゆっくり手綱を引く。嫌々ながら歩き出した砂馬を引っ張って俺は、アベルに遅れて杜へ入っていった。しかしアカシヤの茂みに入った途端、これ以上進みたくないといわんばかりに砂馬、脚を止めて動いてくれない。
しまいには座り込まれてしまった。
「くそぅ、仕方ない……」
手綱を木に縛り付け、俺は駆け足で杜の中へ向かった。そういや、砂馬って馬より従順な替わりに物凄く臆病だとか……と、何となくリコレクトしていた。
ああもう、今はそれどころじゃないだろ!
「……これは、」
杜の奥には陥没した小さな城跡があった。もう陽が落ちて来ている所為で黒々とした穴を明けている。湧き出している水がちょろちょろと、崩れた石造りの建物に流れる音が聞こえる。
「……アベルー?」
他に目立った施設も無いので、奴はきっとこの中だろうと察して呼びかけてみた。
と、
「久しぶりだな」
予想していなかった方向から声がして、俺は驚いて振り返る。丁度逆光。俺は目を眇め、声の主をまじまじと見つめて近づいて行った。
「……ヤト、無事だったんだ」
聞き覚えのある声。俺は警戒を解いて寄り添っている二つの影に走り寄っていた。
「ナッツ!?と、あんたは……カオスか?」
「ちゃんと覚えているようだな」
暗い影に隠れたカオスは相変わらず、ローブにうずもれた格好だ。水色の瞳だけが白く浮き上がるように見える。
「当たり前だろう、お前、こんな所で何……」
カオスから肩を貸してもらってなんとか立っているナッツの様子が漸く分かり、俺は腕を差し入れ支えるのを手伝った。ナッツ、相当に疲労しているな。こんな砂漠のオアシスで二人して何してたんだ?
反対側の肩を支えてやると有翼人であるナッツの状態がより分かって来る。背中に背負っている羽がボロボロで、酷いありさまだ……暗いからよく見えないがきっと汚れて、血の染みが出来ているのではないかと思う。ここまで酷いともしかすると、もはや飛ぶことも出来なかったのか?
「お前、どうしてこんなボロボロで……そうだ、アベルは?」
「アベル、」
ナッツは今にも意識を失いそうにかすかに微笑んだ。
「ちゃんと、合流出来たんだね」
「奴は真っ先にここに走り込んで行ったぜ?アベルは……」
「……大変だった、んだよ……説得するの。大変で……」
「いいから喋るな、月白城に戻ろう……アベル!おい、アベル!」
俺の大声の呼びかけに……陥没した穴の奥から悲鳴のような声が帰って来た。
「居ないの!ここに居るはずなのに!」
俺は一瞬口を噤み、誰が『居ない』と彼女がヒステリックを起こしているのか察してやや、口調を抑えて叫んだ。
「戻って来い!ナッツはちゃんとここに居るよ」
珍しく息を切らしてアベルが走ってくる。
傾いた太陽の僅かな光に照らされて、ボロボロの羽を引き摺ったナッツの姿を見て息を呑む。
ゆっくりと歩み寄り、今は殆ど力を無くして項垂れている首に手を掛け、アベルはナッツの顔を抱きかかえた。
「よかった……」
「……はは……ギリギリなんとか……持たせた感じ……」
そう囁いてナッツは静かに目を閉じてそのまま、気を失ってしまった様である。
気を失ったナッツを俺が背負い込み、しっかり固定して砂馬に跨り起き上がらせようとしたが……なぜか、云う事を聞いてくれない。もう走りたくない、みたいな雰囲気ではないな……なんだろう、酷くおびえている様に感じる。
「おいおい、たのむよラクダちゃん」
「……では、私はこれで」
と、少し離れた所に立っていたカオスがローブを翻す。
「って待てよ!どこ行く、俺に事情を説明しろ」
しかしカオスは後ろ姿のまま感情の無い言葉を返した。
「次にやるべき事がある」
俺は出来るならとっ捕まえてでも事情を聞き出したいのだが……生憎ナッツを背負い込んでいるから動くに動けない。そのまま北の砂漠に歩み出し、あっという間に夕闇の中に消えて行ってしまった。
「あらら、行っちゃったし」
しかたない、ナッツの回復を待って事情を聞いてみるしかないな。第二軍師だし……少なくともアベルよりは遥かに頼りになるだろう。と、途端今までうんともすんとも動かなかった砂馬が立ち上がり、俺はあやうくナッツを背負ったまま転げ落ちそうになった。
「あっぶねぇ、」
「やだ!落とさないでよ!」
「分かってるって、お前は歩きで大丈夫なのか?」
「アンタを歩かせるよりはマシよ。ナッツを早く手当てしなきゃ」
「ん、そうだな」
俺が砂漠を歩くよりはマシ、も含めて。
アベルは自分を置いて早く城に行けと俺を急かしたが、俺は彼女に聞きたい事が山程あったし大体、お前一人にしたらマズイだろうと言ってその要求を無視した。
勿論、先に城に帰るなどという芸当だってアベルには出来ない筈だ。奴は壮絶方向音痴だからな、気を失ってしまったナッツのボロボロの羽を少し手の中に握る様にして、砂馬のペースに合わせて歩いて付いて来る。
聞きたい事が沢山ある。分からない事が沢山ある。
知らない事が多すぎて、きっと俺は腹を立てている。別に悪い事した訳じゃないだろうが……知らないという事は何か後ろめたい、そんな気がする。
知らない事を聞き辛いと思っていたけど今は……そうでもない。何だろうなこれって……もしかすると聞けなかったのは俺の所為じゃなくて、彼女が、何も聞かないでくれという雰囲気をまとっていたのかもしれない。
だがしかし、どういう状況だと……アベルに聞いても無駄なのかもしれん。アベルはあれこれと、俺と会話したくないわけでは無いのだろう。俺と話したい事は奴にもあるはずだ。
けど、会話したって何も説明出来ないし、解決もしないし、ヘタすると喧嘩になるだけなんだよ。俺達の仲ってそういう奴じゃねぇか。アベルは、俺とつまらない喧嘩をしたくないのだろう。だから今もひたすら黙って歩いているんだ。俺も……こいつとたった二人で、仲裁してくれる人も無く、言葉尻を捉える様なつまらない喧嘩でカロリーを消費するのは勘弁だ。
ただでさえ状況が良く分からなくてストレスフル、沸点の低い俺達は本当に些細な事で口喧嘩をしかねないだろう。そういう状況はなんとなく把握してきた俺は、ただただ黙っていたが、そうやって問題を先延ばしするのもどうだろうと、片隅では思っているんだ。
大体、城に戻るまでの道中が長い。さっきは全力疾走したからいいが、今は重傷のナッツ背負っているからそういうワケにもいかないしな。
ちらりとアベルを振り返ると、アベルもなぜか俺を見ていて一瞬目が合い、お互い慌てて目を逸らしてしまった。
俺は、段々沈黙が耐え切れなくなってきた。冷静に、丁寧に、沸点を極めて低くして……とか、そんな気配りできる人間でしたかねぇ、俺?大丈夫?本当に出来る?そんな事をグルグル考えるも、道中はまだまだ長い。
アベルと、話をするべきなんだ。そのように腹をくくって俺はようやくそれを切り出した。
なんで俺はカルケードに居るのだ?と。
「……分からないわ」
来たこれ。あー……やっぱりそう来たか、ダメだったか。もしかしたらナッツと合流したから何かあるかなと期待した俺でしたが予感通りのダメ展開に俺はアベルから見えない所で苦笑する。
進展、無し!ですッ!
聞くか聞くまいか、覚悟を決めろと悩んだ自分がアホらしくなってきた。
「……分からないけど、でもナッツの予想は当たってた。それでアンタに会えた」
小さく呟いた声が聞こえ、逸らしていた顔を元に戻し、足元を見ながら歩いているアベルを振り返る。
「って事は、ナッツが予測したのか?俺が南国に居る事を」
「そう、あたし……一人になってでもアンタと合流しろって言われて……それで……」
なる程、何となく把握出来てきたぞ。
さっき見たあの巨大な鳥の幻、幻にしては妙に生々しかったが……それもそのはず、ナッツは召喚魔法が使えたはずだからな。幻ではなく本物を呼び出し使役したと思われる。召喚にも色々あるらしく、これはレッドの領域なので俺は詳しい話を出来るはずもないのだが……。
レッドが死霊召喚から使役と云う魔法を使った時にだな、ナッツも召喚魔法を扱える事を零してたんだよ。ただし使役契約魔法がええっと……なんか専門用語だったけど、なんかレッド程万能じゃない的な話だった。
複雑な命令形が出せない、とかかな?
とにかく、あの鳥はナッツの召喚獣だったのだろうと俺は、リコレクトする記憶で推測できた。アベルは……あの鳥に導かれて南国カルケード首都ファルザットにたどり着いたに違いない。あれだけデカけりゃ流石のアベルも見失ったりはしないだろう。ロック鳥に、南国までの道案内をさせたと思われる。ナイス気配りだナッツ。道案内無くしてこの壮絶方向音痴が無事目的地にたどり着くなどありえないんだしな、そして再び案内をした巨鳥が現れたので、アベルはナッツの魔法と即座理解して追いかけたのだろう。
と言う事はナッツは、アベルを先に『一人』で行かせなければならない事情があったという事になる。
俺達は、またしばらく無言で歩いていたがやはり気になるのでその話を振った。
「何でお前一人だけになったよ」
「……それは」
アベルは視線をふいに上げた。真っ直ぐ前に向けて遠くを見ながら……静かに言った。
「追っ手が掛かったから」
「……魔王の連中か?」
「そうね、それしかあたし達を追いかける連中は居ないと思うし」
いまいちまだ中途が色々ぶち抜けてるが……そりゃぁ、酷い展開になったな。
サンプル一人でオッケーという事情が覆ったって話か?それとも……俺達には有意義な何か使い方を見出したのか。とにかく、間違い無く『俺』が奴らに捕まっていたはずなのに、どうした事か俺がフリーになってて他の連中が?
奴らにとっ捕まったとか?
知らずに険しい顔になってしまう。
「お前ら、何かアホな交換条件なんぞ出してないだろうな」
そんな事はしていないだろうと分かっているのに、聞かずには居られない。
「何よ、それ」
「……どうして俺が自由になってる?」
「……分からないわ」
って、そこ肝心なのに分からないじゃないだろうアベルさん。
「俺は……捕まったよな?」
確認する。
曖昧なログ。いまいち自信の無い穴だらけの記憶。
俺はアベルの横顔をじっと見つめて、答えを待ってしまった。
「……思い出したらムカついて来た。大体アンタが勝手に暴走するから悪いのよ!」
こっちを振り返り、アベルは俺を睨み付け指差して言った。
「た、確かに俺は暴走したけどアレはしょーが無いだろ?お前が俺の立場ならどうしたよ!」
「知らないわよそんなの!そうだ、次に会ったら絶対殴ってやらなきゃ気がすまないと思ってたのよ!」
そう言って……拳を固めるアベルさん。
「ひぃぃ、暴力反対!」
「殴ってでも暴走止めろって言ったのドコの誰よ?」
「今は暴走してねぇだろッ!」
「大体あんたねー……」
砂漠に罵声が響き渡る。
ああでも、こうやって喚き合うのは久しぶりで実際、やっぱこういう関係の方がコイツとは性に合ってるみたいで……。俺は内心酷く安心して、月の登る夜に酷く楽しく笑っていたりしていた。
背中のナッツには悪いけどな。
ナッツの怪我はそれ程酷くは無かった。羽はボロボロだが、骨などに致命的な傷を負っている訳は無いようだ。むしろ精神的な消耗が激しいという診断結果に……アベルが当然よ、と呟いたのを俺は聞き逃さない。
「何でだよ。……奴ぁあそこで何してたんだ?」
「分からない?」
「ワカリマセン」
砂漠を走っている時から続く調子は今も続く。というか、二人きりになるとこの通り会話がケンカ口調になるのが俺達にとっては常だ。ようやく遠慮なくケンカ出来る、ナッツ様サマだぜ。
「……追手を抑えていたのよ」
「……抑えて、って」
「タトラメルツから逃げる際に……皆バラバラになったわ。……足並みが揃わなかったの、だから別々に行動する事になってしまって」
「……」
黙り込んだアベルを見て俺は、おとなしく察する事にしよう。その先は、みなまで言わすなって所だな。
全力逃走した時の移動速度はそれぞれに違うと云える。一番遅いのは俺とテリーになるだろうな。何しろただの人間なんだ、体力的には遠東方人に遠く及ばず、翼を持つ訳でも無い。しかも魔法も一切使えないからな転位魔法とやらも無理。ドーピングや転移魔法が使える分レッドの方が逃げ足は速い。
結局一番遠くまで逃げたのがコイツで、次がナッツだったのか?テリーとアインが真っ先に脱落するのは分かるとして、マツナギとレッドはどうなんだろう。そんな疑問は当然あるのだが、アベルが真っ直ぐ前を見据えている顔がなんだかそれを聞き辛くさせる。
本人は気が付いているんだろうか、その仏頂面。全く、あからさまにこれ以上その話をしないでって顔しやがって……。
「一ヶ月?逃げ回ったのか」
アベルは俺の短い疑問に首を振る。
「アンタは南国で一ヶ月くらい氷漬けだった訳だけど、あたしたちはその間追っ手から逃げてた訳よ。アンタがきっと南国カルケードに居るだろうって予測してね。あたしが月白城についたのは……タトラメルツから逃げ出して二週間強ってとこかしら」
「ふぅむ……じゃ、俺を南国に逃がしたのはレッドって所か」
「……どうしてそう思うの?」
「だってそうだろ、俺がカルケードに居るだろうって推測したのがナッツだとするなら、その時すでにレッドはお前らと同行してない。そうじゃないのか?」
俺がやや厳しい顔でそう告げると、アベルは顔を逸らしてそうなるわね、と素直に肯定する。
「しかしどうして氷漬けにする必要性があるのか分からんがな」
「そうね」
これはさっさと本人とっちめて、問いたださないといけないな。
レッド、マツナギ、アイン、テリー。他四人がどこに居るのかさっぱり俺とアベルには分からない訳だけれど。
「ナッツはその追っ手を……半か月?抑えたってのか?」
「そう……覚えてる?アンタが使った結界魔法」
ああ、それは。
辛うじてログに残ってる。封印士ワイズから何気なく貰った護符に封印されていた……強力な結界魔法な。
「あれがどうしたんだ?」
「あれ、封印師のワイズから貰ったんでしょ?……誰の封印された魔法だったと思う?」
ん?まさか……。
「そう、もともとあの結界魔法はナッツの魔法だったの」
「ワイズの奴、ナッツの結界魔法を封印してたってのか?そりゃ……」
一体全体どういう事情であろう?
「色々と言えない事情があって封印する羽目になっちゃったってナッツが言ってたわ」
あらら、言えないのね。あいつら何やら隠し事で満載だからな。
「でもヤトが使っちゃった事で……封印が破れた事になるらしいわ。あたしもよく理屈はわからないんだけど」
リコレクト。連発。
魔法知識は無い戦士ヤトですが何か思い出せないだろうかと思ったら、何か記憶から引っ張り出して来ました。
……封印師と封入師、封印はその物事を封じて動作しないようにする事で、封入はその物事を何かに封じて一時的に保持する事……。
ドコで聞いた話かわからんけどそんな事を思い出した。
要するに、封印された場合は今後一切使えなくなるという事だ。レッドがサンサーラの魔法使いに石化魔法を譲り渡した為に、その魔法を行使できなくなるのと状況は似ている。魔法というのはそうやって譲渡や行使の永久禁止なども出来る力であるようだ。
行使させた魔法を封印する事で、その人のその魔法を『行使中』として拘束し、使えないように制限してしまうのが封印、なのかもしれない。
俺は、そのナッツの所持魔法であったとびきり強力な結界魔法の封を破り、解禁した。可能性を言えばあの場、ワイズがナッツの魔法を封じていなければ『俺がやっていた事』をナッツが実行していた可能性もあるんだな。
なんで結界魔法をワイズに封じさせたのか秘密らしいが……ともかく、封印は解けた。ナッツは再行使可能になった結界魔法で『追っ手』とやらをを閉じ込め、食い止めたて……その間、アベルをカルケードへ逃がした。
半か月……。その結界魔法で追手を抑えていたって事か?それで精神的に疲労が激しい、という訳だな。
どうした事か、俺が解凍されて魔王連中の追撃が止んだ、って事かな?
俺は……自分が行使した結界魔法が破られた瞬間をよく覚えていない。
ログが壊れててなんとも上手く思い出せないが……半月も結界魔法張りつづけるってのは相当なもんじゃないかと思う。あれすげぇ維持コスト高いとかワイズも言ってた気がするし。
俺は静かに目を閉じているナッツを見つめる。
「ワイズの奴、そういう所まで見越して俺にあの魔法渡したんだな」
「そうかな」
「そうだよ、多分……アイツは自分で封じた魔法を解く訳にはいかなかったんだろ?その、ナッツの言う色々な事情って奴で。でも出来れば開放してナッツに『返したかった』んじゃねぇのか?その為には封印したものを解く大義名分が必要だってんだろう。使い所が難しい、とか何とか言ってたしな。あれはそういう意味で、か……」
あの野郎、やっぱり見かけに寄らず色々企んでるよな。気を許さないようにしないと。などと考えていたら、ゆっくり音を立てないように扉が開く。
「まだ起きていたのか」
ランプを手にしているのは……地下族の黒ずんだ肌の手。暗くてよく顔が見えなかったが確信する。
「ヒュンス!」
「静かに、起きてしまうぞ」
驚いて椅子を立ち上がった俺に、口に人差し指を当てながらヒュンスは小さく言った。
ナッツが死んだように眠っている。……俺達はそれから目が離せずにいてずっと部屋で待っていたんだ。すぐに目を醒まさ無いと知っていてもなんだか、近くにいないと落ち着かない。
もう離れたくない、そういう事だ。広い意味でも。
「もう夜も遅い、休んだ方が良いだろう」
「そういうお前はこんな夜中に……」
「君達がまだ起きていると聞いて、さっさと寝ろと言いに来ただけだ。良い知らせを持ってきた……明日の朝伝える」
そういえばヒュンスの奴、しばらく城に居なかったんだよな。
それでミスト王が……。『俺達』を探す様に言いつけていた、とか。もしかしなくても、王さまに秘密でタトラメルツに行かせてしまった責任を取らされていたんだろうか。だとするなら本当、迷惑かけ通しで申し訳ない。しかしだな、良い知らせを朝に伝える?冗談じゃない。俺は素早くヒュンスの腕を掴んでいた。
「……今、教えてくれ」
「……素直に休むか?」
黒い瞳が交換条件を示す。さすが諜報部隊長、俺らにやられっぱなしという事は無い。迷惑掛けた自覚が俺にはあったのでここは、素直に折れよう。
「分かった、だから今教えてくれ」
「よかろう、」
砂漠を走るのに最も適した早足砂馬は軽快に砂山を登り下って、あっという間にアベルに追いついていた。前回乗った時は移動をスキップするように心がけたからだろう、今更ながら砂漠を走るに適した早足砂馬のポテンシャルに俺は素直に驚いている。
こんな急な砂山を自力で登りきるアベルもアベルだが、それを軽快に追いかける陀獣もすげぇ。
今更話し辛いとか念頭に置いてる場合じゃない、俺はアベルに向かって手を伸ばす。
「掴まれ!」
声に振り返ったアベルは素直に手を伸ばしてくる。俺は差し出された彼女の手を掴み、引き上げた。砂馬は一応二人乗り程度はなんとか大丈夫らしいと戦士ヤトの記憶が言っています。正直、砂馬が嫌がった気配をちょっと感じたがな。
「どうしたんだよ、あの鳥がどうかしたのか?」
「追って!」
後ろの瘤に乗っかって俺の肩に手を置くアベルの声がどこか潤んでいて、俺は彼女を振り返ろうとしたが……後ろから頭を掴まれて強引に前を向かされた。
「む、」
「目が……あんまり見えないの。お願い、追い掛けて……!」
なんで泣くんだよ。どうしてそんな、ほいほい涙を見せてるんだよお前は。
そんな顔、お前が酔っ払ってベロベロになってる時位しか見た事ない。
いつでも強気に笑っているか、俺を睨んでいるか……そんな顔しか見た事ないし。
気がついたら俺、何故かむっつりしてひたすら砂馬を走らせていた。やっぱり二人乗りだと砂馬の速度は幾分落ちる……だが……追いかけている巨大な鳥は何故か段々と近づいてくる様に思える。
飛ぶ高度を落としているのか。俺はその先に見える杜、オアシス……を見やった。
カルケードは殆ど砂漠を占めてるが、地下水脈が割と豊富らしくてあちこちにオアシスが作られている。レッドが居るなら嬉々として色々説明してくれるだろうが今は、居ないからな。説明はナシで行くぞ。
巨大な鳥が杜の上に静かに舞い降りる……様に見えたが途端、その姿は幻のように掻き消えてしまった。
「消えた……」
「あそこよ!」
アベルが指を差す。
「きっとそう、あそこで間違い無い」
「何がだ?」
ふっと振り返るとすっかり涙は乾いたのか、何時もの凛々しい顔のアベルの横顔がそこにあった。
「……おい、」
アベルは無言で砂馬を飛び降り、自分の足で杜へ駆け出した。
「おいこら!俺の質問には答え無いのかよ……って!」
砂馬が突然速度を落とし、勝手に止まる。
「どうした?」
首筋を軽く叩いて砂馬を窺うと……真っ黒い目が何かをおびえたように真っ直ぐ前を向いているので顔を上げる。
「……?」
仕方なく俺は砂馬を下りゆっくり手綱を引く。嫌々ながら歩き出した砂馬を引っ張って俺は、アベルに遅れて杜へ入っていった。しかしアカシヤの茂みに入った途端、これ以上進みたくないといわんばかりに砂馬、脚を止めて動いてくれない。
しまいには座り込まれてしまった。
「くそぅ、仕方ない……」
手綱を木に縛り付け、俺は駆け足で杜の中へ向かった。そういや、砂馬って馬より従順な替わりに物凄く臆病だとか……と、何となくリコレクトしていた。
ああもう、今はそれどころじゃないだろ!
「……これは、」
杜の奥には陥没した小さな城跡があった。もう陽が落ちて来ている所為で黒々とした穴を明けている。湧き出している水がちょろちょろと、崩れた石造りの建物に流れる音が聞こえる。
「……アベルー?」
他に目立った施設も無いので、奴はきっとこの中だろうと察して呼びかけてみた。
と、
「久しぶりだな」
予想していなかった方向から声がして、俺は驚いて振り返る。丁度逆光。俺は目を眇め、声の主をまじまじと見つめて近づいて行った。
「……ヤト、無事だったんだ」
聞き覚えのある声。俺は警戒を解いて寄り添っている二つの影に走り寄っていた。
「ナッツ!?と、あんたは……カオスか?」
「ちゃんと覚えているようだな」
暗い影に隠れたカオスは相変わらず、ローブにうずもれた格好だ。水色の瞳だけが白く浮き上がるように見える。
「当たり前だろう、お前、こんな所で何……」
カオスから肩を貸してもらってなんとか立っているナッツの様子が漸く分かり、俺は腕を差し入れ支えるのを手伝った。ナッツ、相当に疲労しているな。こんな砂漠のオアシスで二人して何してたんだ?
反対側の肩を支えてやると有翼人であるナッツの状態がより分かって来る。背中に背負っている羽がボロボロで、酷いありさまだ……暗いからよく見えないがきっと汚れて、血の染みが出来ているのではないかと思う。ここまで酷いともしかすると、もはや飛ぶことも出来なかったのか?
「お前、どうしてこんなボロボロで……そうだ、アベルは?」
「アベル、」
ナッツは今にも意識を失いそうにかすかに微笑んだ。
「ちゃんと、合流出来たんだね」
「奴は真っ先にここに走り込んで行ったぜ?アベルは……」
「……大変だった、んだよ……説得するの。大変で……」
「いいから喋るな、月白城に戻ろう……アベル!おい、アベル!」
俺の大声の呼びかけに……陥没した穴の奥から悲鳴のような声が帰って来た。
「居ないの!ここに居るはずなのに!」
俺は一瞬口を噤み、誰が『居ない』と彼女がヒステリックを起こしているのか察してやや、口調を抑えて叫んだ。
「戻って来い!ナッツはちゃんとここに居るよ」
珍しく息を切らしてアベルが走ってくる。
傾いた太陽の僅かな光に照らされて、ボロボロの羽を引き摺ったナッツの姿を見て息を呑む。
ゆっくりと歩み寄り、今は殆ど力を無くして項垂れている首に手を掛け、アベルはナッツの顔を抱きかかえた。
「よかった……」
「……はは……ギリギリなんとか……持たせた感じ……」
そう囁いてナッツは静かに目を閉じてそのまま、気を失ってしまった様である。
気を失ったナッツを俺が背負い込み、しっかり固定して砂馬に跨り起き上がらせようとしたが……なぜか、云う事を聞いてくれない。もう走りたくない、みたいな雰囲気ではないな……なんだろう、酷くおびえている様に感じる。
「おいおい、たのむよラクダちゃん」
「……では、私はこれで」
と、少し離れた所に立っていたカオスがローブを翻す。
「って待てよ!どこ行く、俺に事情を説明しろ」
しかしカオスは後ろ姿のまま感情の無い言葉を返した。
「次にやるべき事がある」
俺は出来るならとっ捕まえてでも事情を聞き出したいのだが……生憎ナッツを背負い込んでいるから動くに動けない。そのまま北の砂漠に歩み出し、あっという間に夕闇の中に消えて行ってしまった。
「あらら、行っちゃったし」
しかたない、ナッツの回復を待って事情を聞いてみるしかないな。第二軍師だし……少なくともアベルよりは遥かに頼りになるだろう。と、途端今までうんともすんとも動かなかった砂馬が立ち上がり、俺はあやうくナッツを背負ったまま転げ落ちそうになった。
「あっぶねぇ、」
「やだ!落とさないでよ!」
「分かってるって、お前は歩きで大丈夫なのか?」
「アンタを歩かせるよりはマシよ。ナッツを早く手当てしなきゃ」
「ん、そうだな」
俺が砂漠を歩くよりはマシ、も含めて。
アベルは自分を置いて早く城に行けと俺を急かしたが、俺は彼女に聞きたい事が山程あったし大体、お前一人にしたらマズイだろうと言ってその要求を無視した。
勿論、先に城に帰るなどという芸当だってアベルには出来ない筈だ。奴は壮絶方向音痴だからな、気を失ってしまったナッツのボロボロの羽を少し手の中に握る様にして、砂馬のペースに合わせて歩いて付いて来る。
聞きたい事が沢山ある。分からない事が沢山ある。
知らない事が多すぎて、きっと俺は腹を立てている。別に悪い事した訳じゃないだろうが……知らないという事は何か後ろめたい、そんな気がする。
知らない事を聞き辛いと思っていたけど今は……そうでもない。何だろうなこれって……もしかすると聞けなかったのは俺の所為じゃなくて、彼女が、何も聞かないでくれという雰囲気をまとっていたのかもしれない。
だがしかし、どういう状況だと……アベルに聞いても無駄なのかもしれん。アベルはあれこれと、俺と会話したくないわけでは無いのだろう。俺と話したい事は奴にもあるはずだ。
けど、会話したって何も説明出来ないし、解決もしないし、ヘタすると喧嘩になるだけなんだよ。俺達の仲ってそういう奴じゃねぇか。アベルは、俺とつまらない喧嘩をしたくないのだろう。だから今もひたすら黙って歩いているんだ。俺も……こいつとたった二人で、仲裁してくれる人も無く、言葉尻を捉える様なつまらない喧嘩でカロリーを消費するのは勘弁だ。
ただでさえ状況が良く分からなくてストレスフル、沸点の低い俺達は本当に些細な事で口喧嘩をしかねないだろう。そういう状況はなんとなく把握してきた俺は、ただただ黙っていたが、そうやって問題を先延ばしするのもどうだろうと、片隅では思っているんだ。
大体、城に戻るまでの道中が長い。さっきは全力疾走したからいいが、今は重傷のナッツ背負っているからそういうワケにもいかないしな。
ちらりとアベルを振り返ると、アベルもなぜか俺を見ていて一瞬目が合い、お互い慌てて目を逸らしてしまった。
俺は、段々沈黙が耐え切れなくなってきた。冷静に、丁寧に、沸点を極めて低くして……とか、そんな気配りできる人間でしたかねぇ、俺?大丈夫?本当に出来る?そんな事をグルグル考えるも、道中はまだまだ長い。
アベルと、話をするべきなんだ。そのように腹をくくって俺はようやくそれを切り出した。
なんで俺はカルケードに居るのだ?と。
「……分からないわ」
来たこれ。あー……やっぱりそう来たか、ダメだったか。もしかしたらナッツと合流したから何かあるかなと期待した俺でしたが予感通りのダメ展開に俺はアベルから見えない所で苦笑する。
進展、無し!ですッ!
聞くか聞くまいか、覚悟を決めろと悩んだ自分がアホらしくなってきた。
「……分からないけど、でもナッツの予想は当たってた。それでアンタに会えた」
小さく呟いた声が聞こえ、逸らしていた顔を元に戻し、足元を見ながら歩いているアベルを振り返る。
「って事は、ナッツが予測したのか?俺が南国に居る事を」
「そう、あたし……一人になってでもアンタと合流しろって言われて……それで……」
なる程、何となく把握出来てきたぞ。
さっき見たあの巨大な鳥の幻、幻にしては妙に生々しかったが……それもそのはず、ナッツは召喚魔法が使えたはずだからな。幻ではなく本物を呼び出し使役したと思われる。召喚にも色々あるらしく、これはレッドの領域なので俺は詳しい話を出来るはずもないのだが……。
レッドが死霊召喚から使役と云う魔法を使った時にだな、ナッツも召喚魔法を扱える事を零してたんだよ。ただし使役契約魔法がええっと……なんか専門用語だったけど、なんかレッド程万能じゃない的な話だった。
複雑な命令形が出せない、とかかな?
とにかく、あの鳥はナッツの召喚獣だったのだろうと俺は、リコレクトする記憶で推測できた。アベルは……あの鳥に導かれて南国カルケード首都ファルザットにたどり着いたに違いない。あれだけデカけりゃ流石のアベルも見失ったりはしないだろう。ロック鳥に、南国までの道案内をさせたと思われる。ナイス気配りだナッツ。道案内無くしてこの壮絶方向音痴が無事目的地にたどり着くなどありえないんだしな、そして再び案内をした巨鳥が現れたので、アベルはナッツの魔法と即座理解して追いかけたのだろう。
と言う事はナッツは、アベルを先に『一人』で行かせなければならない事情があったという事になる。
俺達は、またしばらく無言で歩いていたがやはり気になるのでその話を振った。
「何でお前一人だけになったよ」
「……それは」
アベルは視線をふいに上げた。真っ直ぐ前に向けて遠くを見ながら……静かに言った。
「追っ手が掛かったから」
「……魔王の連中か?」
「そうね、それしかあたし達を追いかける連中は居ないと思うし」
いまいちまだ中途が色々ぶち抜けてるが……そりゃぁ、酷い展開になったな。
サンプル一人でオッケーという事情が覆ったって話か?それとも……俺達には有意義な何か使い方を見出したのか。とにかく、間違い無く『俺』が奴らに捕まっていたはずなのに、どうした事か俺がフリーになってて他の連中が?
奴らにとっ捕まったとか?
知らずに険しい顔になってしまう。
「お前ら、何かアホな交換条件なんぞ出してないだろうな」
そんな事はしていないだろうと分かっているのに、聞かずには居られない。
「何よ、それ」
「……どうして俺が自由になってる?」
「……分からないわ」
って、そこ肝心なのに分からないじゃないだろうアベルさん。
「俺は……捕まったよな?」
確認する。
曖昧なログ。いまいち自信の無い穴だらけの記憶。
俺はアベルの横顔をじっと見つめて、答えを待ってしまった。
「……思い出したらムカついて来た。大体アンタが勝手に暴走するから悪いのよ!」
こっちを振り返り、アベルは俺を睨み付け指差して言った。
「た、確かに俺は暴走したけどアレはしょーが無いだろ?お前が俺の立場ならどうしたよ!」
「知らないわよそんなの!そうだ、次に会ったら絶対殴ってやらなきゃ気がすまないと思ってたのよ!」
そう言って……拳を固めるアベルさん。
「ひぃぃ、暴力反対!」
「殴ってでも暴走止めろって言ったのドコの誰よ?」
「今は暴走してねぇだろッ!」
「大体あんたねー……」
砂漠に罵声が響き渡る。
ああでも、こうやって喚き合うのは久しぶりで実際、やっぱこういう関係の方がコイツとは性に合ってるみたいで……。俺は内心酷く安心して、月の登る夜に酷く楽しく笑っていたりしていた。
背中のナッツには悪いけどな。
ナッツの怪我はそれ程酷くは無かった。羽はボロボロだが、骨などに致命的な傷を負っている訳は無いようだ。むしろ精神的な消耗が激しいという診断結果に……アベルが当然よ、と呟いたのを俺は聞き逃さない。
「何でだよ。……奴ぁあそこで何してたんだ?」
「分からない?」
「ワカリマセン」
砂漠を走っている時から続く調子は今も続く。というか、二人きりになるとこの通り会話がケンカ口調になるのが俺達にとっては常だ。ようやく遠慮なくケンカ出来る、ナッツ様サマだぜ。
「……追手を抑えていたのよ」
「……抑えて、って」
「タトラメルツから逃げる際に……皆バラバラになったわ。……足並みが揃わなかったの、だから別々に行動する事になってしまって」
「……」
黙り込んだアベルを見て俺は、おとなしく察する事にしよう。その先は、みなまで言わすなって所だな。
全力逃走した時の移動速度はそれぞれに違うと云える。一番遅いのは俺とテリーになるだろうな。何しろただの人間なんだ、体力的には遠東方人に遠く及ばず、翼を持つ訳でも無い。しかも魔法も一切使えないからな転位魔法とやらも無理。ドーピングや転移魔法が使える分レッドの方が逃げ足は速い。
結局一番遠くまで逃げたのがコイツで、次がナッツだったのか?テリーとアインが真っ先に脱落するのは分かるとして、マツナギとレッドはどうなんだろう。そんな疑問は当然あるのだが、アベルが真っ直ぐ前を見据えている顔がなんだかそれを聞き辛くさせる。
本人は気が付いているんだろうか、その仏頂面。全く、あからさまにこれ以上その話をしないでって顔しやがって……。
「一ヶ月?逃げ回ったのか」
アベルは俺の短い疑問に首を振る。
「アンタは南国で一ヶ月くらい氷漬けだった訳だけど、あたしたちはその間追っ手から逃げてた訳よ。アンタがきっと南国カルケードに居るだろうって予測してね。あたしが月白城についたのは……タトラメルツから逃げ出して二週間強ってとこかしら」
「ふぅむ……じゃ、俺を南国に逃がしたのはレッドって所か」
「……どうしてそう思うの?」
「だってそうだろ、俺がカルケードに居るだろうって推測したのがナッツだとするなら、その時すでにレッドはお前らと同行してない。そうじゃないのか?」
俺がやや厳しい顔でそう告げると、アベルは顔を逸らしてそうなるわね、と素直に肯定する。
「しかしどうして氷漬けにする必要性があるのか分からんがな」
「そうね」
これはさっさと本人とっちめて、問いたださないといけないな。
レッド、マツナギ、アイン、テリー。他四人がどこに居るのかさっぱり俺とアベルには分からない訳だけれど。
「ナッツはその追っ手を……半か月?抑えたってのか?」
「そう……覚えてる?アンタが使った結界魔法」
ああ、それは。
辛うじてログに残ってる。封印士ワイズから何気なく貰った護符に封印されていた……強力な結界魔法な。
「あれがどうしたんだ?」
「あれ、封印師のワイズから貰ったんでしょ?……誰の封印された魔法だったと思う?」
ん?まさか……。
「そう、もともとあの結界魔法はナッツの魔法だったの」
「ワイズの奴、ナッツの結界魔法を封印してたってのか?そりゃ……」
一体全体どういう事情であろう?
「色々と言えない事情があって封印する羽目になっちゃったってナッツが言ってたわ」
あらら、言えないのね。あいつら何やら隠し事で満載だからな。
「でもヤトが使っちゃった事で……封印が破れた事になるらしいわ。あたしもよく理屈はわからないんだけど」
リコレクト。連発。
魔法知識は無い戦士ヤトですが何か思い出せないだろうかと思ったら、何か記憶から引っ張り出して来ました。
……封印師と封入師、封印はその物事を封じて動作しないようにする事で、封入はその物事を何かに封じて一時的に保持する事……。
ドコで聞いた話かわからんけどそんな事を思い出した。
要するに、封印された場合は今後一切使えなくなるという事だ。レッドがサンサーラの魔法使いに石化魔法を譲り渡した為に、その魔法を行使できなくなるのと状況は似ている。魔法というのはそうやって譲渡や行使の永久禁止なども出来る力であるようだ。
行使させた魔法を封印する事で、その人のその魔法を『行使中』として拘束し、使えないように制限してしまうのが封印、なのかもしれない。
俺は、そのナッツの所持魔法であったとびきり強力な結界魔法の封を破り、解禁した。可能性を言えばあの場、ワイズがナッツの魔法を封じていなければ『俺がやっていた事』をナッツが実行していた可能性もあるんだな。
なんで結界魔法をワイズに封じさせたのか秘密らしいが……ともかく、封印は解けた。ナッツは再行使可能になった結界魔法で『追っ手』とやらをを閉じ込め、食い止めたて……その間、アベルをカルケードへ逃がした。
半か月……。その結界魔法で追手を抑えていたって事か?それで精神的に疲労が激しい、という訳だな。
どうした事か、俺が解凍されて魔王連中の追撃が止んだ、って事かな?
俺は……自分が行使した結界魔法が破られた瞬間をよく覚えていない。
ログが壊れててなんとも上手く思い出せないが……半月も結界魔法張りつづけるってのは相当なもんじゃないかと思う。あれすげぇ維持コスト高いとかワイズも言ってた気がするし。
俺は静かに目を閉じているナッツを見つめる。
「ワイズの奴、そういう所まで見越して俺にあの魔法渡したんだな」
「そうかな」
「そうだよ、多分……アイツは自分で封じた魔法を解く訳にはいかなかったんだろ?その、ナッツの言う色々な事情って奴で。でも出来れば開放してナッツに『返したかった』んじゃねぇのか?その為には封印したものを解く大義名分が必要だってんだろう。使い所が難しい、とか何とか言ってたしな。あれはそういう意味で、か……」
あの野郎、やっぱり見かけに寄らず色々企んでるよな。気を許さないようにしないと。などと考えていたら、ゆっくり音を立てないように扉が開く。
「まだ起きていたのか」
ランプを手にしているのは……地下族の黒ずんだ肌の手。暗くてよく顔が見えなかったが確信する。
「ヒュンス!」
「静かに、起きてしまうぞ」
驚いて椅子を立ち上がった俺に、口に人差し指を当てながらヒュンスは小さく言った。
ナッツが死んだように眠っている。……俺達はそれから目が離せずにいてずっと部屋で待っていたんだ。すぐに目を醒まさ無いと知っていてもなんだか、近くにいないと落ち着かない。
もう離れたくない、そういう事だ。広い意味でも。
「もう夜も遅い、休んだ方が良いだろう」
「そういうお前はこんな夜中に……」
「君達がまだ起きていると聞いて、さっさと寝ろと言いに来ただけだ。良い知らせを持ってきた……明日の朝伝える」
そういえばヒュンスの奴、しばらく城に居なかったんだよな。
それでミスト王が……。『俺達』を探す様に言いつけていた、とか。もしかしなくても、王さまに秘密でタトラメルツに行かせてしまった責任を取らされていたんだろうか。だとするなら本当、迷惑かけ通しで申し訳ない。しかしだな、良い知らせを朝に伝える?冗談じゃない。俺は素早くヒュンスの腕を掴んでいた。
「……今、教えてくれ」
「……素直に休むか?」
黒い瞳が交換条件を示す。さすが諜報部隊長、俺らにやられっぱなしという事は無い。迷惑掛けた自覚が俺にはあったのでここは、素直に折れよう。
「分かった、だから今教えてくれ」
「よかろう、」
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