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6章 アイとユウキは……『世界を救う、はずだ』
書の4前半 断固拒否。『知ってるだろ?俺のセオリー無視至上主義』
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■書の4前半■ 断固拒否。 give a flat refusal
ゆっくりと階段を上がる。
俺は、この戦いに勝つ事が出来るのだろうか?
正直に言えば自信は無い。
俺はたった一日前、前に進めないと怯えた自分を忘れはしない。
奴の言葉の何が致命的な槍となって、俺を貫き通すか分からない。
弁の立つ奴の事だ、すでに俺を粉々に砕く言葉の一つや二つ用意していて、それを出し惜しみ、じわじわ焦らしているだけかもしれない。
どれくらい俺が粘るのか、余裕に見下しているんだろうなと思うと本当に、ムカつく。
俺は顔を思わず顰めてレッドを見据えた。
「……本当に魔王側に付くつもりか」
「では一つ、正直に言いましょうか。僕は誰に荷担しようがそんな事は問題では無いのです。何より重要なのはこの僕が、何を信じ、何を望み、何を行うかという事」
「すっぱりきっぱり自分本位キャラに嵌まりやがって……」
憎々しく俺が呟くと、奴はにっこり邪悪に笑う。
「この世界では装う事が真。これが僕のキャラである以上はもちろん、思いっきり自分至上主義で行かせて頂きますが何か」
「じゃぁ俺だってそうするぜ。一応パーティーリーダーとして、お前の自分勝手は許さない」
「ではどうしますか、暴力に訴えてみますか?」
「……そんなお決まりパターンは趣味じゃねぇ」
俺は苦笑し、構えていた槍を下ろす。
「セオリー無視が俺のモットーだ。……本来勇者にあるまじき事だろうがこの際背に腹は抱えられん。言って見ろ、お前は何か魔王側に付いてでも望んでる事があるんだろ?……妥協して、付き合ってやらんでもない」
レッドはにっこりと笑う。
さっきの真っ黒い邪悪な微笑みとはなんか、違う。リアルで見た、あの屈託も無い微笑みに似ていた。
作られた笑みではなく、心の底から楽しいのだなと思える……奴の自然な微笑み。
「それが、とんでもないお願いだったらどうします?」
「んー……そりゃ、困るな」
まともに応答したら負けるからな。相手と同じ手段に出るしかない。
俺は奴がそうするようにとぼけて返答した。
「お前はそんなに人様に顔向け出来ないようなドス黒い野望でもあるのか?」
「ありますよ、結構黒いと自分でも思ってます」
何故か素直に認めてレッドは手を差し出した。
「ヤト、」
名前を呼びかけられ、俺は自然な笑みを浮かべるレッドの顔を眺めていた。
普段からこれくらい爽やかに笑っていれば印象も違うだろうにな、などと。
「僕と心中してくれます?」
「……―――は?」
すっとぼけてしまった。
いや、仕方なくない?
心中しろ?つまり、死ねって事か?
俺とお前で一緒に死ね?
なんでそれがお前の真っ黒い願いなんだよ。
「また変な嘘ついて誤魔化すつもりか?」
「いいえ、少なくとも貴方は死ぬんですよ」
少なくとも俺は死ぬって、そりゃどういう意味だ。
確かに、命ある者は皆いずれ死ぬ。ジョーシキだ。
「……それは今、ここでって意味か?」
重要な部分が欠けてるとすれば……そういう事だよな?
「ええ、思っていたより物分かりが早くて助かりますね」
「何で俺が死ななきゃいけないんだよ」
「決まっているでしょ、それが僕らのお仕事だからです」
「仕事ぉ?」
それはどっちの意味だ?
いや、どっちの意味でも結局同じかと、俺は考え直す。
リアル事情でもこっちの都合でも、俺達の目指す先は魔王討伐だ。
「俺は青旗プレイヤーだぞ?赤旗は、立ってないだろ?」
「自分の旗の色は見えない事情をお忘れですか?」
その言葉は俺の息を止めていた。
まさか。
ナッツもアベルも、テリーもアインもマツナギも……。
俺の頭上の旗の色が青じゃないのに、その事実を隠していたとでも言うのか?
また、俺が一人だけ『事実』を知らずにいたとでも……?
「ああ、ご安心ください。今はちゃんと青です」
「び、びびらせんなよ!」
って、待て。
俺は胸をなでおろした次の瞬間慌てて顔を上げる。
「今は、とはどういう事だ」
「……ナーイアストの石。僕が持っているだろうと、貴方は先程責めましたね」
「あ、ああ」
唐突に切り替えられた話題に慌てて相槌を打つ。
レッドは少し視線を泳がせ、俺に視線を合わせずに言った。
「僕は石を持っていませんよ」
「……何?じゃぁ、誰に渡した?」
「分かりませんか。まぁ、そうでしょうね」
石の階段を降りる音が近付いてくる。
レッドが石段を降りて近付いてきたのに、俺は黙って階段の中腹辺りで待ってしまった。俺は、敵意には敏感な方だと心得ている。そういう技能持ちのキャラである事も把握しているからな、だから……奴から殺気とか、敵意とかを特に感じられない都合、接近を許してやったのだ。
手の届く所に来て、レッドは軽く手を伸ばし、俺の胸を軽くはじく。
「石は、貴方が持っているじゃありませんか」
息が詰まる。
レッドが俺の胸を軽く弾いた瞬間、その奥が抉られたような感覚が襲い、遅れて痛みが突き抜ける。
無意識に体が痙攣する程の、痛みというよりは衝撃。弱く強く胸の奥を中心として痛みが広がり、俺は壁際に寄りかかっていた。
「何しやがった?」
じわりと噴き上がる脂汗が流れていくのを感じる。
定期的に突き上げる、胸を貫かれたような痛みに縮こまってみるが当然、内側から突き上げる痛みを軽減する事など出来なしない。それでも体は自然に防御の姿勢を取ろうとしてしまうものらしい。
普通に立っていられないのだ。
「石、貴方の胸の中にあるんですよ?」
「何でッ!」
「何でって、じゃぁ思い出してみますか?」
奴は……笑っていた。
その笑みは暗く、嗜虐的な意趣が感じられる。
俺は痛みに蹲り歯を食いしばる。声を上げて苦しがりたい気持ちが少しだけ分かる。だけど俺は男の子だからガマンだ。何が何でもガマン、しなけれ……ば。
無防備な頭を、髪を撫でられる感覚。
背筋にぞっとした感覚が走った。柔らかく、俺の髪を梳く奴の手を、出来れば払いのけたいのだが手が上がらない。
俺は今、それどころじゃない。
記憶が甦ってくる。
思い出したくないのに、この身体を突き抜ける痛みと共に思い出してしまう。
痛みに連動して勝手に、俺はリコレクトする。
あの時味わった絶望的な痛みの事を。
身体が全て切られ抉り削り抜かれていくような不快感と、空になった体に流れ込んでくるどろっとしていて熱い、得体の知れない物体の感覚。
それが、穴だらけの身体の隅々にまで侵食してくる。
俺の身体が浸るのではなく、俺の体に満ちる『俺ではない何か』
その時抱いた、支配されてしまうという感覚さえも痺れて行く。
代わりに心に満ちてくる、
何とも自分の言葉で言い現す事の出来ない、絶望感。
悲しい?違う。
寂しい?そうじゃない。
確か……一言で言い現す言葉があったはずだ。
あったはずなのに、的確な言葉を思い出せない。
たった一言、それで事足りる『俺のものではない意識』が、俺の全てを占拠する。
片隅に追いやられた俺の本当の意識は、そのどうしようもなく溢れる思いに飲み込まれ、ただ只管恐ろしくて震えている、そんな感覚。
どうしようも出来ない、俺の身体で、俺の意識なのに手も足も出ない。
俺は、そいつにその時、乗っ取られた。
そして俺は……。
リコレクトし終えて、俺は足から力が抜けて倒れ込んでいた。
胸に込み上げる不快感を素直に吐き出せば、それは生ぬるい自らの血。
それからずっと俺は、
コイツに乗っ取られたままではないか!
吐血する、階段の上でうつ伏せに倒れ込み息をするヒマもなく口から溢れ出す自分の血が、石の階段をゆっくり滑り落ちていく。
ああ、確かに。
俺の死は確定していた。
俺の胸の中に埋まる石は今、作動して……壊れた理を正す為に俺を殺すのだろう。
上手く行かなかったのだ、きっと。あの時はまだデバイスツールは完成していなくて……殺すまでには至らなかった。
レッドはこの瞬間を待っていたのか?
デバイスツールが完成して、この俺を死に追いやるこの時を?
俺?俺って、どっちの俺だ?『俺』か?それとも……
一気には全て思い出せない。痛みに混乱した俺はあの時、何を選んだのかだけをまず、強く思い出したのだと思う。
自分が選んだ『結末』を思い出して目を閉じた。
その『結末』に死んでしまって良いのだと思っている。
勇者とは死をも覚悟した、そんなトンデモな奴だと鼻で笑って。俺達はそういう暴勇を名乗る資格があるのだと勘違いして。
でも、それでもこの世界で死ぬのは嫌だと思ったのは、嘘ではない。
死にたくない、いつかそういう志を持つ事が出来たのに、俺は再び生きる意思を手放している。
それが俺自身の為ではなく、俺以外の誰か、何かを救う事になるからそれなら……死ぬのは仕方が無い。
などと考えて、自分というキャラクターを消耗品のように軽く見積もって……。
それが俺の選んだ『結末』
死にたくないと足掻けば良かった。
俺がここで選んだ『結末』
自分の死。
死なない、簡単には死なない、殺される事もないと算段しておきながらも一方で、その『結末』が来る事も受け入れたという事。
だが……待て。
まだ過去完了系で語るな俺。
少なくとも俺はまだ、今はまだ、
死んでないだろう?
手を伸ばし、何かを掴む。
「……まだ、意識があるのですか」
レッド、助けてくれ。助けてくれ。
言葉は出ない、だけどしっかりと俺の手は何かを握り締める。それでその意思を伝えようとする。
動いた右手の意識を集中し、指の先まで意識して、決してそれを離さないようにと力を込める。
「死にたくないのですね」
そうだ、俺は、死にたくない!
「それで良いのです」
優しくレッドが言った言葉の続きに、俺は一瞬で意識を吹き飛ばされそうになった。
「執着してください、貴方が死に至る経緯に。その分だけ、死した貴方を死霊として使役しやすくなりますから」
幸いな事に……吹き飛ばされかけた意識の反動は、俺を叩き起こす事に成功したらしい。
「恨んでも良いのです。憎んでも良い、後悔しながら足掻いてください。その未練の程に貴方はその思いに囚われる」
俺は閉じていた目を開けた。血で乾いた喉で咽せる。
「じょ……だんじゃねぇ」
「……しぶといですね」
「リビングデッドで復活なんて死んでもお断りだッ」
「死んだ貴方には選ぶ権利は無いんですよ?」
「だったら、」
掴んでいた手に力をこめ、腕に力を込めて俺は倒れていた体を持ち上げようとする。左手を自らの血だまりに突いて押し上げる。
「俺は後悔しないで死ぬッ!」
湧き上がる、それは生命のざわめき。
咲かせた花が枯れ、実が熟し、はじけてばら撒いた種の一粒。
種となって眠りについていたものが今、殻を破って根を伸ばし、子葉を広げる。
手を伸ばし、腕を伸ばし、絡みつく。
痛みを忘れて俺は立ち上がった。
俺の体を這い上がる蔦を模した枝、地を這う根。
流した血を吸い上げろ、破けた肉を繋ぎ、挫けた骨を支える幾千の蔓。
俺が伸ばした手と一緒に伸び行く蔦から逃げるようにレッドが身を引いた。
引き攣った笑みを俺は下から睨み上げる。
「逃げるなレッド」
両手でしっかりと掴み、押さえつける。
「どうしたよ、俺を殺して思い通りに使役したかったんじゃねぇのか?」
「その状態で……意識があるのですか?」
今やはっきりとした怯えの色を顔に浮かべてレッドは呟いた。
「無けりゃこんな風に手を伸ばしたりしない」
俺は逃れようとするレッドを引き寄せる。
「貴方は忌まわしい」
離れようと身を懸命に引きながら、レッドは引きつった笑みを浮かべる口から呟いた。その言葉を聞いて、俺は自嘲して体にまとわりつく、俺の体の中から伸びる緑色の蔓に視線を投げる。
「どーなってんだか、これが忌まわしい原因か?」
俺は自分の胸の中へ手を伸ばそうとしたが、それを掴んで止められる。
「取り上げてはいけない、意識を保っていられるのはその石のお陰かもしれない……いや、逆でしょうか?」
「お前は俺の死を望んでいるんだろう?俺の意識があろうが無かろうが、そんな事は関係ないだろうが。むしろ『俺』っていう意志はお前にとっては邪魔だろうがよ」
さっさと魔法か何かでトドメでも刺しとけばよかったろうに、いや……死霊召喚の作法的に出来ないとかだろうか?自分でぶっ殺した奴は使役できないとか制約があるとかか?よく知らんけど。
「貴方は……僕の嘘八百な言葉など信じないのではなかったのですか。真に受けないでください……それとも、結局貴方も僕の嘘など何一つ見抜けないだけですか」
ぬ、そうは言うがお前、
お前の語る言葉の、どれが真実でどれが嘘かを見極めるのは相当に骨なんだぞ?
ナッツでさえ匙を投げたんだからな。
この俺に、本当にそんな事が出来ると思うのか?
もうすでに、奴の言った言葉の何を信じていいのか俺にはよく分からなくなって来たと言うのに。
「とにかく、俺を殺さにゃなならん訳だろ?職務的にも。それがお前の望みなんだろ?」
しっかりと把握した事実を元に、同意を引き出そうとするのだが……。
「意地悪を言わないでください」
俺の手をしっかりと握り、レッドは俯いて語尾を震えさせてしまいには笑い出す。
「僕が、貴方の死を願うはずないじゃないですか」
「矛盾してねぇか?」
「矛盾など、していませんよ」
強く俺の手を握り、ゆっくりとレッドは俺に寄りかかってくる。力が抜けるように寄りかかって来るのを俺は支えるハメになった。
途端、かすかな音を立てて俺とレッドを絡みとった蔦が枯れる。
パラパラという密かな音を立てて、茶色に干からびた草は粉々になって足元に降り積もった。
……こいつらはよく分からない。何なのかも……はっきり言って分からない。
さらに、俺の方で制御出来ない。
あたりまえだ……だってこれは『俺』じゃない。
だがこのチカラがタトラメルツを3分の1、消し去った。あの時、俺の中に入って来て俺を乗っ取っているヤバいモノである事は間違いない。
それを俺は、はっきりとリコレクト出来てしまう。
多分、もっと思い出さなきゃいけない事があるのだと俺は悟って……記憶を探った。
その途中、ほぅとレッドが溜め息を漏らす。
「……困りましたね」
「俺も困ってるぞ、」
野郎から寄りかかられても嬉しくないです。
「……貴方は本当に、困った人だ。どうしていつも僕の緻密な計画を滅茶苦茶にするんです?」
「知らね、大体お前が何を計画してたのかも知らんし」
突然突き放すようにしてレッドは俺から離れた。
軽く飛翔するようにして階段の上へ逃れていく。
「これは……もう少し魔王側に居るしかないですかね」
「!?」
空間が歪む、増殖する石の階段が俺とレッドとの距離を引き伸ばす。
「おい、ちょっと待て!話はまだ終わってねぇぞ!」
「待てといわれて誰が待ちますか」
この野郎ッ!
俺は全速力で階段を駆け上がった。何故か増殖していく石段を二段抜きで跳躍し、レッドに向かって手を伸ばす。
突然階段が無くなって、俺は落下した……様な気がした。
しかし実際には俺は、自分の足に蹴躓いた要領で手を前に出したまますっ転んでいただけだった。
突然迫る石床に素晴らしい反射神経で両手を付いて顔面ダイブを免れる。ビバ!戦士な俺!
危うく鼻から床に向けて激烈なキスを見舞う所だったぜ。
「さて、仕切り直しです」
声に顔を上げる。
青空が広がる大きな窓があり、そこから生ぬるい風が吹き込んできて俺の髪を揺らす。
窓の前に、ゆっくりとした足取りでレッドが立った。
「今度は何だ?」
幻?
今までの出来事は全部幻なのか?
違うそうじゃない。
俺は顎に張り付く感触を袖で拭い、乾いた血を確認した。
この胸を突き抜けた痛みは本物で、俺が血を吐き出したのも事実だ。
そして、甦った記憶も確かなもので、俺の中に巣食っているいる存在も今ははっきり認識できる。
俺は膝をつきながら立ち上がり、今はすっかり治まった胸の痛みを反芻する。
その痛みの襲い掛かった場所を抑えた。
この胸に埋まっている石。そこに寄り添う一粒の種。
その均衡が崩れた時、俺は『俺』では居られなくなる。
もう手遅れなのだ。知っている。俺の体が、俺のものではない何かに置き換わってしまった。思い出した痛みはそれを物語る。あの痛みの中で俺は、俺ではない何かに置き換わってしまった。
あの時ここで、あの『トビラ』を開いた時に。
そして『結末』を選んだ時に、か。
それなのになぜ、俺はこうやって再び『俺』として立てるのだろう?疑問だ。相当に謎だ。
俺はすでに『俺』ではないのに。
無いはずなのに。
「少々誤算でした。が、事実貴方がそこにそう在るのですから……その事実は大人しく認めましょう」
すっかり落ち着きを取り戻したレッドがその様に切り出す。
「……どの、事実だ?」
バカな俺にも分かるように説明しろ。そんな視線を久しぶりに送る。
「そうですね、貴方も理解したいでしょう。何故貴方が『貴方』として今そこにいるか、という事実」
「興味あるな、どうして俺は『俺』で居られる?」
「思い出しましたか」
「そりゃな、」
「ちゃんと受け入れたのですね」
「ま、一応」
俺は頭を掻きながら相槌を入れ『それ』をリコレクトする。
「そういうお前も事情は分かってるのな」
「腐っても魔導師ですからね……その事実に辿りつく為のヒントさえあれば」
俺はレッドを見上げた。
「ようやくたどり着いたぜ、お前の意図まで」
「どうでしょうね」
レッドは微笑して俺の視線を真っ向から受け止めた。
「……どうやら、入れ物が何であろうと関係無いようですが。それで、ご理解いただけますか?」
「入れ物?」
「貴方という入れ物と、貴方という意識。僕らブルーフラグはレッドフラグよりも高い次元にいます。赤旗は青旗を侵す事が出来ません。では……青旗である貴方が降り立つ肉体が赤旗であったらどうなるのでしょう?」
レッドの言葉はまさに今の俺の状態を説明している。
ようするに、そういう事だ。
「関係無いのですね、青旗である以上器が何であろうと関係無いのです」
俺は今やはっきりとそれを知っているし、受け入れる事が出来てしまう。
ナッツも言っていたな、赤旗は青旗に干渉する事は出来ない。青旗である俺達が赤旗に感染する事は絶対に、ありえない。
だが逆は可能なのだ。青旗であれば赤旗に干渉する事は可能なのである。
しかし赤旗に存在を侵されない立場でありながら結局の所、世界に破壊を齎し魔王として振る舞った『俺』とは何か?
答えは割と簡単だ。何も難しくは無い。
俺は死んだ。だからそういう事態になった。
そこに『俺』がいなくなったからだ。
俺の形をした、別の何かがそこに居坐ったからだ。
レッドは死んだ俺を死霊として呼び出してやるなどと言ったが実は、俺はすでにそれに近い状態と言える。いったん『俺』は乖離しちまったんだな、そして赤旗の侵食を許した。
だが……死霊みたいに存在が破綻している訳ではない。
俺は『俺』として今、割と正常に存在している。
試したのか。
俺が死んでいるのか生きているのか、死まで追い込んで俺の正体を暴こうとした?
デバイスツールの完成を待ち、それを試したのか?
俺が死ぬか、それとも。生き残るのか。
赤と青、どちらの俺が本物で、今目の前にいる『俺』がどちらなのか。
そしてどっちが真実で、どっちが虚構か。
そんなん、この嘘偽りの世界ではどっちでも良いようにも思えるのは、俺の中に『俺』がいるからだ。そう思う。そう思ってるのは戦士ヤトじゃない。リアル-サトウハヤト。
分からなくなる、ますますレッドの意図が読めなくなってきた。
ゆっくりと階段を上がる。
俺は、この戦いに勝つ事が出来るのだろうか?
正直に言えば自信は無い。
俺はたった一日前、前に進めないと怯えた自分を忘れはしない。
奴の言葉の何が致命的な槍となって、俺を貫き通すか分からない。
弁の立つ奴の事だ、すでに俺を粉々に砕く言葉の一つや二つ用意していて、それを出し惜しみ、じわじわ焦らしているだけかもしれない。
どれくらい俺が粘るのか、余裕に見下しているんだろうなと思うと本当に、ムカつく。
俺は顔を思わず顰めてレッドを見据えた。
「……本当に魔王側に付くつもりか」
「では一つ、正直に言いましょうか。僕は誰に荷担しようがそんな事は問題では無いのです。何より重要なのはこの僕が、何を信じ、何を望み、何を行うかという事」
「すっぱりきっぱり自分本位キャラに嵌まりやがって……」
憎々しく俺が呟くと、奴はにっこり邪悪に笑う。
「この世界では装う事が真。これが僕のキャラである以上はもちろん、思いっきり自分至上主義で行かせて頂きますが何か」
「じゃぁ俺だってそうするぜ。一応パーティーリーダーとして、お前の自分勝手は許さない」
「ではどうしますか、暴力に訴えてみますか?」
「……そんなお決まりパターンは趣味じゃねぇ」
俺は苦笑し、構えていた槍を下ろす。
「セオリー無視が俺のモットーだ。……本来勇者にあるまじき事だろうがこの際背に腹は抱えられん。言って見ろ、お前は何か魔王側に付いてでも望んでる事があるんだろ?……妥協して、付き合ってやらんでもない」
レッドはにっこりと笑う。
さっきの真っ黒い邪悪な微笑みとはなんか、違う。リアルで見た、あの屈託も無い微笑みに似ていた。
作られた笑みではなく、心の底から楽しいのだなと思える……奴の自然な微笑み。
「それが、とんでもないお願いだったらどうします?」
「んー……そりゃ、困るな」
まともに応答したら負けるからな。相手と同じ手段に出るしかない。
俺は奴がそうするようにとぼけて返答した。
「お前はそんなに人様に顔向け出来ないようなドス黒い野望でもあるのか?」
「ありますよ、結構黒いと自分でも思ってます」
何故か素直に認めてレッドは手を差し出した。
「ヤト、」
名前を呼びかけられ、俺は自然な笑みを浮かべるレッドの顔を眺めていた。
普段からこれくらい爽やかに笑っていれば印象も違うだろうにな、などと。
「僕と心中してくれます?」
「……―――は?」
すっとぼけてしまった。
いや、仕方なくない?
心中しろ?つまり、死ねって事か?
俺とお前で一緒に死ね?
なんでそれがお前の真っ黒い願いなんだよ。
「また変な嘘ついて誤魔化すつもりか?」
「いいえ、少なくとも貴方は死ぬんですよ」
少なくとも俺は死ぬって、そりゃどういう意味だ。
確かに、命ある者は皆いずれ死ぬ。ジョーシキだ。
「……それは今、ここでって意味か?」
重要な部分が欠けてるとすれば……そういう事だよな?
「ええ、思っていたより物分かりが早くて助かりますね」
「何で俺が死ななきゃいけないんだよ」
「決まっているでしょ、それが僕らのお仕事だからです」
「仕事ぉ?」
それはどっちの意味だ?
いや、どっちの意味でも結局同じかと、俺は考え直す。
リアル事情でもこっちの都合でも、俺達の目指す先は魔王討伐だ。
「俺は青旗プレイヤーだぞ?赤旗は、立ってないだろ?」
「自分の旗の色は見えない事情をお忘れですか?」
その言葉は俺の息を止めていた。
まさか。
ナッツもアベルも、テリーもアインもマツナギも……。
俺の頭上の旗の色が青じゃないのに、その事実を隠していたとでも言うのか?
また、俺が一人だけ『事実』を知らずにいたとでも……?
「ああ、ご安心ください。今はちゃんと青です」
「び、びびらせんなよ!」
って、待て。
俺は胸をなでおろした次の瞬間慌てて顔を上げる。
「今は、とはどういう事だ」
「……ナーイアストの石。僕が持っているだろうと、貴方は先程責めましたね」
「あ、ああ」
唐突に切り替えられた話題に慌てて相槌を打つ。
レッドは少し視線を泳がせ、俺に視線を合わせずに言った。
「僕は石を持っていませんよ」
「……何?じゃぁ、誰に渡した?」
「分かりませんか。まぁ、そうでしょうね」
石の階段を降りる音が近付いてくる。
レッドが石段を降りて近付いてきたのに、俺は黙って階段の中腹辺りで待ってしまった。俺は、敵意には敏感な方だと心得ている。そういう技能持ちのキャラである事も把握しているからな、だから……奴から殺気とか、敵意とかを特に感じられない都合、接近を許してやったのだ。
手の届く所に来て、レッドは軽く手を伸ばし、俺の胸を軽くはじく。
「石は、貴方が持っているじゃありませんか」
息が詰まる。
レッドが俺の胸を軽く弾いた瞬間、その奥が抉られたような感覚が襲い、遅れて痛みが突き抜ける。
無意識に体が痙攣する程の、痛みというよりは衝撃。弱く強く胸の奥を中心として痛みが広がり、俺は壁際に寄りかかっていた。
「何しやがった?」
じわりと噴き上がる脂汗が流れていくのを感じる。
定期的に突き上げる、胸を貫かれたような痛みに縮こまってみるが当然、内側から突き上げる痛みを軽減する事など出来なしない。それでも体は自然に防御の姿勢を取ろうとしてしまうものらしい。
普通に立っていられないのだ。
「石、貴方の胸の中にあるんですよ?」
「何でッ!」
「何でって、じゃぁ思い出してみますか?」
奴は……笑っていた。
その笑みは暗く、嗜虐的な意趣が感じられる。
俺は痛みに蹲り歯を食いしばる。声を上げて苦しがりたい気持ちが少しだけ分かる。だけど俺は男の子だからガマンだ。何が何でもガマン、しなけれ……ば。
無防備な頭を、髪を撫でられる感覚。
背筋にぞっとした感覚が走った。柔らかく、俺の髪を梳く奴の手を、出来れば払いのけたいのだが手が上がらない。
俺は今、それどころじゃない。
記憶が甦ってくる。
思い出したくないのに、この身体を突き抜ける痛みと共に思い出してしまう。
痛みに連動して勝手に、俺はリコレクトする。
あの時味わった絶望的な痛みの事を。
身体が全て切られ抉り削り抜かれていくような不快感と、空になった体に流れ込んでくるどろっとしていて熱い、得体の知れない物体の感覚。
それが、穴だらけの身体の隅々にまで侵食してくる。
俺の身体が浸るのではなく、俺の体に満ちる『俺ではない何か』
その時抱いた、支配されてしまうという感覚さえも痺れて行く。
代わりに心に満ちてくる、
何とも自分の言葉で言い現す事の出来ない、絶望感。
悲しい?違う。
寂しい?そうじゃない。
確か……一言で言い現す言葉があったはずだ。
あったはずなのに、的確な言葉を思い出せない。
たった一言、それで事足りる『俺のものではない意識』が、俺の全てを占拠する。
片隅に追いやられた俺の本当の意識は、そのどうしようもなく溢れる思いに飲み込まれ、ただ只管恐ろしくて震えている、そんな感覚。
どうしようも出来ない、俺の身体で、俺の意識なのに手も足も出ない。
俺は、そいつにその時、乗っ取られた。
そして俺は……。
リコレクトし終えて、俺は足から力が抜けて倒れ込んでいた。
胸に込み上げる不快感を素直に吐き出せば、それは生ぬるい自らの血。
それからずっと俺は、
コイツに乗っ取られたままではないか!
吐血する、階段の上でうつ伏せに倒れ込み息をするヒマもなく口から溢れ出す自分の血が、石の階段をゆっくり滑り落ちていく。
ああ、確かに。
俺の死は確定していた。
俺の胸の中に埋まる石は今、作動して……壊れた理を正す為に俺を殺すのだろう。
上手く行かなかったのだ、きっと。あの時はまだデバイスツールは完成していなくて……殺すまでには至らなかった。
レッドはこの瞬間を待っていたのか?
デバイスツールが完成して、この俺を死に追いやるこの時を?
俺?俺って、どっちの俺だ?『俺』か?それとも……
一気には全て思い出せない。痛みに混乱した俺はあの時、何を選んだのかだけをまず、強く思い出したのだと思う。
自分が選んだ『結末』を思い出して目を閉じた。
その『結末』に死んでしまって良いのだと思っている。
勇者とは死をも覚悟した、そんなトンデモな奴だと鼻で笑って。俺達はそういう暴勇を名乗る資格があるのだと勘違いして。
でも、それでもこの世界で死ぬのは嫌だと思ったのは、嘘ではない。
死にたくない、いつかそういう志を持つ事が出来たのに、俺は再び生きる意思を手放している。
それが俺自身の為ではなく、俺以外の誰か、何かを救う事になるからそれなら……死ぬのは仕方が無い。
などと考えて、自分というキャラクターを消耗品のように軽く見積もって……。
それが俺の選んだ『結末』
死にたくないと足掻けば良かった。
俺がここで選んだ『結末』
自分の死。
死なない、簡単には死なない、殺される事もないと算段しておきながらも一方で、その『結末』が来る事も受け入れたという事。
だが……待て。
まだ過去完了系で語るな俺。
少なくとも俺はまだ、今はまだ、
死んでないだろう?
手を伸ばし、何かを掴む。
「……まだ、意識があるのですか」
レッド、助けてくれ。助けてくれ。
言葉は出ない、だけどしっかりと俺の手は何かを握り締める。それでその意思を伝えようとする。
動いた右手の意識を集中し、指の先まで意識して、決してそれを離さないようにと力を込める。
「死にたくないのですね」
そうだ、俺は、死にたくない!
「それで良いのです」
優しくレッドが言った言葉の続きに、俺は一瞬で意識を吹き飛ばされそうになった。
「執着してください、貴方が死に至る経緯に。その分だけ、死した貴方を死霊として使役しやすくなりますから」
幸いな事に……吹き飛ばされかけた意識の反動は、俺を叩き起こす事に成功したらしい。
「恨んでも良いのです。憎んでも良い、後悔しながら足掻いてください。その未練の程に貴方はその思いに囚われる」
俺は閉じていた目を開けた。血で乾いた喉で咽せる。
「じょ……だんじゃねぇ」
「……しぶといですね」
「リビングデッドで復活なんて死んでもお断りだッ」
「死んだ貴方には選ぶ権利は無いんですよ?」
「だったら、」
掴んでいた手に力をこめ、腕に力を込めて俺は倒れていた体を持ち上げようとする。左手を自らの血だまりに突いて押し上げる。
「俺は後悔しないで死ぬッ!」
湧き上がる、それは生命のざわめき。
咲かせた花が枯れ、実が熟し、はじけてばら撒いた種の一粒。
種となって眠りについていたものが今、殻を破って根を伸ばし、子葉を広げる。
手を伸ばし、腕を伸ばし、絡みつく。
痛みを忘れて俺は立ち上がった。
俺の体を這い上がる蔦を模した枝、地を這う根。
流した血を吸い上げろ、破けた肉を繋ぎ、挫けた骨を支える幾千の蔓。
俺が伸ばした手と一緒に伸び行く蔦から逃げるようにレッドが身を引いた。
引き攣った笑みを俺は下から睨み上げる。
「逃げるなレッド」
両手でしっかりと掴み、押さえつける。
「どうしたよ、俺を殺して思い通りに使役したかったんじゃねぇのか?」
「その状態で……意識があるのですか?」
今やはっきりとした怯えの色を顔に浮かべてレッドは呟いた。
「無けりゃこんな風に手を伸ばしたりしない」
俺は逃れようとするレッドを引き寄せる。
「貴方は忌まわしい」
離れようと身を懸命に引きながら、レッドは引きつった笑みを浮かべる口から呟いた。その言葉を聞いて、俺は自嘲して体にまとわりつく、俺の体の中から伸びる緑色の蔓に視線を投げる。
「どーなってんだか、これが忌まわしい原因か?」
俺は自分の胸の中へ手を伸ばそうとしたが、それを掴んで止められる。
「取り上げてはいけない、意識を保っていられるのはその石のお陰かもしれない……いや、逆でしょうか?」
「お前は俺の死を望んでいるんだろう?俺の意識があろうが無かろうが、そんな事は関係ないだろうが。むしろ『俺』っていう意志はお前にとっては邪魔だろうがよ」
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ぬ、そうは言うがお前、
お前の語る言葉の、どれが真実でどれが嘘かを見極めるのは相当に骨なんだぞ?
ナッツでさえ匙を投げたんだからな。
この俺に、本当にそんな事が出来ると思うのか?
もうすでに、奴の言った言葉の何を信じていいのか俺にはよく分からなくなって来たと言うのに。
「とにかく、俺を殺さにゃなならん訳だろ?職務的にも。それがお前の望みなんだろ?」
しっかりと把握した事実を元に、同意を引き出そうとするのだが……。
「意地悪を言わないでください」
俺の手をしっかりと握り、レッドは俯いて語尾を震えさせてしまいには笑い出す。
「僕が、貴方の死を願うはずないじゃないですか」
「矛盾してねぇか?」
「矛盾など、していませんよ」
強く俺の手を握り、ゆっくりとレッドは俺に寄りかかってくる。力が抜けるように寄りかかって来るのを俺は支えるハメになった。
途端、かすかな音を立てて俺とレッドを絡みとった蔦が枯れる。
パラパラという密かな音を立てて、茶色に干からびた草は粉々になって足元に降り積もった。
……こいつらはよく分からない。何なのかも……はっきり言って分からない。
さらに、俺の方で制御出来ない。
あたりまえだ……だってこれは『俺』じゃない。
だがこのチカラがタトラメルツを3分の1、消し去った。あの時、俺の中に入って来て俺を乗っ取っているヤバいモノである事は間違いない。
それを俺は、はっきりとリコレクト出来てしまう。
多分、もっと思い出さなきゃいけない事があるのだと俺は悟って……記憶を探った。
その途中、ほぅとレッドが溜め息を漏らす。
「……困りましたね」
「俺も困ってるぞ、」
野郎から寄りかかられても嬉しくないです。
「……貴方は本当に、困った人だ。どうしていつも僕の緻密な計画を滅茶苦茶にするんです?」
「知らね、大体お前が何を計画してたのかも知らんし」
突然突き放すようにしてレッドは俺から離れた。
軽く飛翔するようにして階段の上へ逃れていく。
「これは……もう少し魔王側に居るしかないですかね」
「!?」
空間が歪む、増殖する石の階段が俺とレッドとの距離を引き伸ばす。
「おい、ちょっと待て!話はまだ終わってねぇぞ!」
「待てといわれて誰が待ちますか」
この野郎ッ!
俺は全速力で階段を駆け上がった。何故か増殖していく石段を二段抜きで跳躍し、レッドに向かって手を伸ばす。
突然階段が無くなって、俺は落下した……様な気がした。
しかし実際には俺は、自分の足に蹴躓いた要領で手を前に出したまますっ転んでいただけだった。
突然迫る石床に素晴らしい反射神経で両手を付いて顔面ダイブを免れる。ビバ!戦士な俺!
危うく鼻から床に向けて激烈なキスを見舞う所だったぜ。
「さて、仕切り直しです」
声に顔を上げる。
青空が広がる大きな窓があり、そこから生ぬるい風が吹き込んできて俺の髪を揺らす。
窓の前に、ゆっくりとした足取りでレッドが立った。
「今度は何だ?」
幻?
今までの出来事は全部幻なのか?
違うそうじゃない。
俺は顎に張り付く感触を袖で拭い、乾いた血を確認した。
この胸を突き抜けた痛みは本物で、俺が血を吐き出したのも事実だ。
そして、甦った記憶も確かなもので、俺の中に巣食っているいる存在も今ははっきり認識できる。
俺は膝をつきながら立ち上がり、今はすっかり治まった胸の痛みを反芻する。
その痛みの襲い掛かった場所を抑えた。
この胸に埋まっている石。そこに寄り添う一粒の種。
その均衡が崩れた時、俺は『俺』では居られなくなる。
もう手遅れなのだ。知っている。俺の体が、俺のものではない何かに置き換わってしまった。思い出した痛みはそれを物語る。あの痛みの中で俺は、俺ではない何かに置き換わってしまった。
あの時ここで、あの『トビラ』を開いた時に。
そして『結末』を選んだ時に、か。
それなのになぜ、俺はこうやって再び『俺』として立てるのだろう?疑問だ。相当に謎だ。
俺はすでに『俺』ではないのに。
無いはずなのに。
「少々誤算でした。が、事実貴方がそこにそう在るのですから……その事実は大人しく認めましょう」
すっかり落ち着きを取り戻したレッドがその様に切り出す。
「……どの、事実だ?」
バカな俺にも分かるように説明しろ。そんな視線を久しぶりに送る。
「そうですね、貴方も理解したいでしょう。何故貴方が『貴方』として今そこにいるか、という事実」
「興味あるな、どうして俺は『俺』で居られる?」
「思い出しましたか」
「そりゃな、」
「ちゃんと受け入れたのですね」
「ま、一応」
俺は頭を掻きながら相槌を入れ『それ』をリコレクトする。
「そういうお前も事情は分かってるのな」
「腐っても魔導師ですからね……その事実に辿りつく為のヒントさえあれば」
俺はレッドを見上げた。
「ようやくたどり着いたぜ、お前の意図まで」
「どうでしょうね」
レッドは微笑して俺の視線を真っ向から受け止めた。
「……どうやら、入れ物が何であろうと関係無いようですが。それで、ご理解いただけますか?」
「入れ物?」
「貴方という入れ物と、貴方という意識。僕らブルーフラグはレッドフラグよりも高い次元にいます。赤旗は青旗を侵す事が出来ません。では……青旗である貴方が降り立つ肉体が赤旗であったらどうなるのでしょう?」
レッドの言葉はまさに今の俺の状態を説明している。
ようするに、そういう事だ。
「関係無いのですね、青旗である以上器が何であろうと関係無いのです」
俺は今やはっきりとそれを知っているし、受け入れる事が出来てしまう。
ナッツも言っていたな、赤旗は青旗に干渉する事は出来ない。青旗である俺達が赤旗に感染する事は絶対に、ありえない。
だが逆は可能なのだ。青旗であれば赤旗に干渉する事は可能なのである。
しかし赤旗に存在を侵されない立場でありながら結局の所、世界に破壊を齎し魔王として振る舞った『俺』とは何か?
答えは割と簡単だ。何も難しくは無い。
俺は死んだ。だからそういう事態になった。
そこに『俺』がいなくなったからだ。
俺の形をした、別の何かがそこに居坐ったからだ。
レッドは死んだ俺を死霊として呼び出してやるなどと言ったが実は、俺はすでにそれに近い状態と言える。いったん『俺』は乖離しちまったんだな、そして赤旗の侵食を許した。
だが……死霊みたいに存在が破綻している訳ではない。
俺は『俺』として今、割と正常に存在している。
試したのか。
俺が死んでいるのか生きているのか、死まで追い込んで俺の正体を暴こうとした?
デバイスツールの完成を待ち、それを試したのか?
俺が死ぬか、それとも。生き残るのか。
赤と青、どちらの俺が本物で、今目の前にいる『俺』がどちらなのか。
そしてどっちが真実で、どっちが虚構か。
そんなん、この嘘偽りの世界ではどっちでも良いようにも思えるのは、俺の中に『俺』がいるからだ。そう思う。そう思ってるのは戦士ヤトじゃない。リアル-サトウハヤト。
分からなくなる、ますますレッドの意図が読めなくなってきた。
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