異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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6章  アイとユウキは……『世界を救う、はずだ』

書の7前半 勝利&諦観『試合には負けたけど勝った気分』

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■書の7前半■ 勝利&諦観 triumph & resignation

 あの顔は何だったんだろうとリコレクトしている。
 ……横顔は笑っていたのか、悲しんでいたのか。どっちなのかは判別つかないけど間違いなく――ナドゥのおっさんは俺の鎧と篭手である槍を、意味のある視線を投げて眺めていた。
 そういう情景を嫌に覚えている。

 気が付いたのはあの時じゃない。
 むしろ、リコレクトした今さっき。

「タトラメルツの領主に挨拶は……」
「んな面倒な、大体俺カオスに会いたく無い」
 レッドの提案に俺はふてくされる。何って訳じゃないけど……なんかあいつ苦手だ。
「まぁ、それは僕も同意見ではあります」
「げ、何よ、お前もカオス苦手なのか?」
 正直レッドと同意見になるのにも嫌悪感がある俺だ。
「というか……」
 俺は頭を掻きながらテントを畳み、張り付いた白い砂を落としながら口を濁しているレッドに視線を投げる。
「奴が悪魔だって事情は本人が暴露したぜ」
「え?自分からお話したんですか」
 意外だという顔でレッドは目を瞬いた。
「なんでアレが悪魔だって、お前知ってたんだ?……知ってたんだよな?」
 同じくテントを畳んでまとめているテリーが聞く。
「……まぁ、僕は魔導師ですからね。魔王の正体について実は、ナーイアストに会った時点で少なからず予測を立てていました。魔王の正体を先に予測し、悪魔の介入があるとすれば……という相対的な判断ですね」
 レッドの言ってる事ではさっぱり、意味が分からないな。
「どうしてそれがカオスの正体が悪魔だって事になるのよ」
 テリーの肩に例によってしがみついているアインが首を伸ばすと、レッドは手にもっていた毛布を叩きながら語りだした。
「悪魔というのは……大きく分類すると二種類いるんですよ。空の悪魔と時の悪魔……この二つは発生した時からお互いを滅ぼすべき敵として認識しています。というのも、そのように戦う為に作り出されたのが『悪魔』というものですから」
「そうなのか?」
 とレッドの話を疑って俺はナッツに意見を求めて見る。
「古典も古典だけど、そうだと言うね」
 ふむ、レッドの嘘ではない事がこれで証明されました。 ……ま、しかたないよな。壮絶に嘘吐きだってのを思い知った後だもん、悪いとは思わない。しばらく俺はこういう思考になるのは避けられん。
「敵が時に連なる者、バルトアンデルトに関連するとすれば……無条件にこれと敵対する存在として僕が思いついたのは『空の悪魔』だった、それだけです」
 俺が奴の言葉に疑いを持っているのを、奴自信で悟ってない訳が無い。レッドは眼鏡のブリッジを押し上げて苦笑する。
「ご安心ください。僕が語るのは最低限世間体に通用する知識だけですから。難しい専門的な事は言いません。理解出来ないでしょうし」
 で、早速毒吐きやがるし。ホンット、可愛くねぇ奴。
「悪かったな、無知で!」


 野営を片付け終わり、結局の所タトラメルツには戻らない事で俺達は意見をまとめた。
 悪魔であるカオスが、俺達に何かを望んで企んでいる事は明白であるから……一々アイツの言葉に惑わされるのは止めようって話だな。
 ま、用事があるなら奴から姿を現すだろう。
「カオスは……第三位無心の悪魔と名乗っていたね」
 マツナギの言葉にレッドはうなずいた。
「空の悪魔第三位の事を『カオス』と言うのです……悪魔それぞれに名前がある、といわれていますから、本来彼の名前に値するのはカルマの方なのですね。カオスというのは第三位悪魔であるという称号名です」
「じゃ、もしかすっとお前、名前を聞いた時点で悪魔だって事、疑ってたりするか?」
「会ってすぐと言う訳ではありません……しかし、魔王を敵視している事を察してから彼らの正体に納得が行きました。本来世界を滅ぼす方であるのは悪魔と魔王、どちらだと思います?」
「……魔王が滅ぼすってのは、俺らの『勘違い』だろ?」
 俺は頭を掻きながらぞんざいに言った。
 魔王イコール、世界の破綻ってのはゲーム的なお約束の流れからその様に導き出した事に過ぎない。魔王ってのはそれなりの理由があって歪んだ側の頂きに立つ存在で……必ずしも世界の害になる存在とは限らんからな。
 逆に世界の秩序を担ってる場合だってある。
 というのもまぁ、ゲームやコミックや物語でのお約束の一つだが。
「という事は、こっちの世界的にはやっぱり悪魔の方が……世界を壊す方かしら?」
 ゲームオタクの俺達はそういう逆転している事情に、もはやいちいち驚きはしないのだ。俺の言ってる意味を理解した上でのアベルの言葉にレッドは頷いた。
「そうです、純粋に壊すと意識して世界を破壊するのは悪魔の方です。魔王には破壊する意思があるとは限らない。魔王が世界を破壊する理由は『破壊』ではない」
 随分としれっとした顔で言いやがったな。
 つい先日までお前も、その魔王とやらの定説にがっちりはまり込んでたくせに。
 魔王が世界を壊すのは、その前に叶えたい『望み』があるから。破壊なんてその副産物にすぎん訳だからな。
 という事で、俺は奴にだけ気付く程度に非難の視線を投げておいた。
「破壊したくて破壊するなんて、悪魔っておかしな存在なのね」
 と言ったのはアインだ。テリーの肩の上で小首を傾げている。
「そうですね……何故悪魔が世界を壊そうと働きかけるのか。はっきりとした理由は知られていません。まぁ調べたくても調べられない事なんですよね。接触する機会がまずありませんし」
「ホントか?」
「……信用は無いですが本当です」
 ややいじけた風にレッドは言った。ごめんねーほんとごめんね、信用しきれてなくてー。信じるのと信用すんのは別だ。似ているが違うんだぞ、別腹なんだぜ。
「だけど、空の悪魔と時の悪魔は必ず敵対する」
 ナッツの言葉にレッドはそう言う事ですねと再び頷いた。
「悪魔は『空』と『時』で戦う為に作られた存在です。そのように戦う為だけに作られたので争いの終結後、処分に困って別の時空に放棄された存在と伝えられています。悪魔は互いに存在している以上互いを滅ぼす事を優先させる……カオス・カルマが悪魔であって世界を破壊する事を後回しにする理由は……そう考えれば一つしかない」
「なる程、世界を壊すその前にぶっ潰したい『時の悪魔』が居るからって事か」


 そっからまだしばらく長ったらしいレッドによる解説が続いたが、全部やってると冒険の書がいくつあっても足りないので割愛する。
 詳しい事全部ガッテンしてたらやってらんねー。最低限……何しろ俺が覚えている事だから最低限だ、間違い無い事を軽くまとめて説明するぜ。


 まず、悪魔ってモノの詳細だな。こいつらは古代時代においての一種の『戦闘兵器』なのだそうだ。しかも精製方法がえげつない。作り主は精霊王とかいうのらしいがぶっちゃけて根源精霊のファマメントとバルトアンデルト。
 最も今の時代……八精霊大陸第8期においては精霊も神である方位神も『概念』でしかない。概念って事はさわれないって事だ。物理干渉する肉体が無く、キャラクターも本来無くて理力の方向性としてだけで存在の語られるモノだ、とか。当然触れえる世界に対し連中も触れえない。連中には世界に『おさわり』する為の肉体が無い、概念だからな。
 ところが昔、大昔。
 八精霊大陸第3期ってんだからどんだけ昔なのか、暦を数える事すら出来ない程過去の事。
 その昔……精霊同士で戦争やらかしてたんだそうだ。
 てゆーかそこまで古いと、本当に戦争やってたのかも疑わしいし、何かの比喩や誰かの物語として『神話』になってるだけのようにも思えるがな。
 とにかく、空の欲深き精霊ファマメントと、時のバルトアンデルトが『月』の所有権を巡って戦いをおっぱじめた。その当時精霊は概念じゃなくてちゃんと、世界に干渉できる状態であったらしい。
 で、その第3期には人間が居た。……魔物や魔種はまだいないし精霊干渉もできない。しかも魔法ってものすらまだ無い時代だそうだ。本当にそんな時代があったのか、真偽の程は分からんな。レッドが語る事だし。
 そんな時代にだな、精霊はドンパチする為に自分らの力を人間に与えて戦う為の駒をそろえたと云う訳だ。

 人間と精霊を混ぜたんだ。
 悪魔というのはつまり、人間と精霊の混血種の事を言うというオチって訳だよ。

 この悪魔の誕生をきっかけに、八精霊大陸には『魔法』が現れたんだな。元々理にかなった力しかなかったのに、人間が心っていう全てを曲げる事が出来る力が加わって……理が曲がっちまった力すなわち、魔力ってのが発生した。
 魔法は元々悪魔の力、悪魔のツールだ。
 それがまぁ色々あって……今は人間も使えるようになったと言う訳であるらしい。

 時代にして八精霊大陸第3期終わり、空と時の精霊の戦争は他の精霊達から選出された『精霊王』の介入によって終結したんだそうだ。
 終わったからには空と時は握手した。和解したって意味だな。勝敗が付いた訳だがどっちが勝ったか負けたかはどうでもいいのだろう。この場合その後、後腐れが在るか無いかが重要なのだ。
 月は奪おうとした空から奪還され、時の手元に戻った。

 で、作られた兵器達は『兵器』として作られたばっかりに処分されたのだ。空と時が和解して触れ合った所に生まれた『時空』という裂け目に収容されて……世界から追放されてしまったと言う訳。
 多分、そのまま放置すると世界をぶっ壊しちまうんだろうな。元の精霊の意思に関係なく戦いを続けると踏んだんだろう。

 実際その通りになっちまった。
 根源が和解したってのに、その手先は後腐れありまくりだったって事な。

 こっちの世界に戻ってきた悪魔は純粋に世界を破壊する物として振る舞う。……見捨てられた事に腹を立てているという説もあるらしい。
 が、ここはレッドも言っていた通り。実際何故そんな事をするのかはっきりとした理由はわからないんだと。

 実際時の悪魔が『時空』から呼び出される事は無いそうだ。こっちの世界に戻ってくるのは基本的に空の悪魔。しかも最高で第三位『カオス』までが限界だとか。
 レッド曰く、大昔に一度だけ第二位悪魔が召喚された例があるとか言うがな、とにかく問題はそこではない。

 人間の行える魔法召喚門……いや、この場合一方通行だからやっぱり『トビラ』か。

 人が呼び戻す事が出来る悪魔の階級は空の第三位までが限界、とすると……階級が二つしかないという時の悪魔は存在がデカすぎて、呼び出すに見合う『トビラ』を開ける事など不可能なんだとよ。

 じゃぁ自ら空の悪魔と暴露したカオス・カルマが、世界を破滅に導く手を休めてまで叩きのめしたい存在とは何だよって事になるよな?
 だって、時の悪魔はこっちの世界に戻って来る事は不可能なんだし。

 さてここで……浮かび上がってくるのが『大陸座』だ。
 もともと大陸座ってのは……存在しないものだったらしいからな。それがある時突然存在する物になっちまった。
 何の事はない、その『ある時』とは……トビラが開いた時だ。
 俺達にとってこっちの世界は『トビラ』と言う仮想世界。この仮想世界を開発したはずの人達……開発チームの高松さん達がこの世界に干渉した日。すなわち、『トビラ』を開いた日に、大陸座はこの世界に存在するものになってしまったのだな。
 けどまぁ別に、高松さん達は『大陸座』としてログインした通り、ちゃんとこの世界の保守者である訳だから別に世界を壊したりはしない。ヘタな干渉もしないはずなんだ。
 当然今世界を騒がし、狂わせる赤い旗『レッドフラグ』なんてものを意図的にばら撒く事などありえない。
 ならば誰がこの致命的なバグをばら撒いているのか?



「時の大陸座、8精霊に数えないならわしの9つ目の精霊。そして、過去形で現される開発者のキャラクター。それが魔王ギガースの正体でしょう」

 メージンから詳しい説明でも入るかと思ったが……何も入らなかったな。
 間違っているのか正解なのか、おかげで今だよく分からない。ギガースというのは本当に、時の精霊バルトアンデルトの大陸座の事なのか、どうか。
 だがカオスが魔王に、ひいては赤旗に敵対心を向けるのはつまりそれが『時』に連なる物事で……時と人の間の属性を備え持った『時の大陸座』だからだ、という説明は確かに、納得できる。
 それから感染して広がる『赤旗=レッドフラグ』バグが限りなく、時の悪魔と近しい存在である事に起因するんじゃぁないかと言うレッドの予測は……今ん所俺達が見事に騙されるに相応しい、非の打ち所の無い仮説だな。


 ギガース、か。
 俺があの時、魔王連中にタトラメルツでとっ捕まって、鉄格子のトビラをあけて覗き見た、あの男。

 何と言っていた?
 今だに上手くリコレクトできない事がある。

 たった一言。
 それが全てを語ると分かっているのに俺は、あいつが俺に向けて言ったたった一言を今だに思い出す事が出来ないでいる。




 あんまり悠長な事もやってられんのだよな。
 早い所別のデバイスツールを手に入れて、コレの使い方を詳しく教えてもらわないとだ。
 何しろレッドと、ヘタすると俺も……いつナーイアストの石による効力が切れて存在の限界が来るとも限らない。
 むしろ何時が限界なのか分からない。それだけにおっかねぇんだよな。

 デバイスツールは『大陸座』が預かっている。という事は、大陸座に会いに行けばいい。
 所が……大陸座ってのはそう簡単に会えるような場所には居ないし、ドコにいるのか今だに分からん奴も居るんだそうだ。
 ……くそ、お約束な展開だぜッ。

「まず、ファマメントは無理」
 一番近くで尚且つ、居場所が確実にわかっているというのに、真っ先にナッツが無理発言をしやがるし。
「何でだよ」
「一般人が会えると思うのかい?……僕だってもう近付く事が出来ないのに」
「何でだよ、お前最高神官なんだろ?」
「そんなの名前だけさ……最高神官がふらふら冒険者として世界をうろついてるなんて、おかしな話だろう?」
 うーむ確かにその通りではあるのだが。
「ファマメントと接触するには色々と、方法を考えないと無理だ……まず奥院から彼女自身が出ない事にはどうしようもない」
 色々わかんない事は一杯あるが……ファマメントとすでに顔見知りであるナッツに段取りは任せて問題は無いだろう。だが、そのナッツが無理だと言うんだもんなぁ。
「……とすると、この時期は絶望的だよ。半年は待ってくれ」
「分かった、別を当たろう」
 俺はあっさり諦めて他に意見を求める。
「別ったって……あと場所がはっきりしてんのはドコだよ?」
「イーフリートは?……こっからだと結構……ううん。かなり遠いけど」
 アインが首を傾げながら言った。
「どんだけよ」
「南端よ、カルケード国の一番南端。砂漠を越えて~ジャングル越えて~死熱の海越えてもっと向こう~」
 アインが羽を広げて気楽に謳うが……砂漠越えジャングル越えはまだわかるとして……死熱の海越えはちょっと無理じゃねぇ?その海一応八洋に数えられてるが伝説級なんだぞ?おまえどうやってコッチに来たんだよ。……八洋巡りの梟船、エイオールならなんとかなるのだろうか?
「……距離的にはそれ程ではないにせよ、恐らく足を確保するのが困難ですね」
「ドリュアートはどうだろう?唯一『不動』の大陸座だよね」
「んー、確かノースロード山脈の端っこだったな」
 ドリュアートは俺の出身国であるコウリーリスの大陸座だからな。俺でも知ってる。
「って事は……こっからだとジャングルぶったぎって行くか、一端シェイディ国まで出て山脈沿いに行くかだろ?」
「地図見る限りはこっからもいけそうな気がするが」
 と、西国からコウリーリスの中央をぶった切るルートを示すテリーの言葉に俺は舌を鳴らす。
「甘い、甘いぜテリー。緑の森を舐めんなよ?道無き森にぬかるむ湿地、動脈状の川、突然開ける渓谷……ハンパねぇぞ?」
「現地人が力説するとなると……ヤバそうだな」
 現地人ったってそんなに長く暮らしてはいなんだがなぁ実際。
「その他は?」
 アベルの言葉に一同、肩を竦める。
 他には……イシュタルト、ジーンウイント、ユピテルト。全部行方のわかんねぇ大陸座ばっかだ。それから……
「……オレイアデントは?」
 マツナギの提案に俺達は顔を上げる。
「オレイアデントの居場所は地下大陸、としか判明して居なかったはずですが……詳細をご存知なんですか?」
「ああ……うん、そうなんだよね。偶然なのかなそれともあたしの『背景』の関係なのかな」
 マツナギは苦笑して頬を掻く。
「オレイアデントまでなら……道のりもそれ程遠くは無いんじゃないかい?」


 都合がいい。北方シェイディ国はシーミリオン国の隣だ。恐らくエイオール船を捕まえればそのまま真っ直ぐ行けるだろう。
 という事で、俺達はタトラメルツから三国境界をぶったぎって西国最大の港町であるケレフェッタに向かった。ここで船を捕まえて、シーミリオン国経由でシェイディに向かうって寸法だ。
 ケレフェッタくらいデカい港であれば、エイオール船じゃなくてもそういう経路を取る船の一つや二つは間違いなくあるだろう。
 シェイディ国に行くのは問題無い。

 問題なのはその前に……どーやってシーミリオン国のユーステルらと連絡を取るか、だ。



「ミンジャンは何でキリュウと連絡取ってんだろうな?」
「魔法伝達でしょうね、恐らくは」
 こんな時、携帯電話の存在しない世界では思わず頭を抱えたくなる。けどまぁ、リアル一世代前までは電話ってのは必ずしも携帯するもんじゃなかったそうだけど。
 今じゃリアル、携帯電話端末は個人IDや財布も兼ねてる一人1台持って当然のデバイスだもんなぁ。
「くそう、さっさと伝えなきゃいけない事があるってのに」
「……しかし、伝えてどうしますか」
 レッドの言葉に俺はしばらく悩んで無言を返した。
「そんなん、俺が決める事じゃねぇし」
「そうですね」
「それよりお前、」
 ケレフェッタに向かう道中、まぁ大体の展開を例によってスキップしてるんだが……スキップするという事は、重要な展開は無いと言う事だ。
「話さないつもりなのか?」
 お前の、隠している重大な『事情』を、な。
「……もう少し落ち着いてからでもいいでしょう?」
 ちんたら歩いている場合でもない。割かし、時間は切迫している状態だ。
 貧乏ではない俺達は、一番早く目的地に近付く交通手段を駆使してファマメント国を横断中である。つまり全員で、顔合わせてる時間があんまねぇのな。
 おかげでややマイナールートを進行中だ。
 西方大陸において一番高い山である、セレスティス山系山脈ってのをなぞって北上する、田舎道を……走りトカゲで爆走中。
 山道に適応した魔種派生の家畜で、トライアン地方では利用されていない、セレスティス山系特有の乗り物だ。
 これは南方でお世話になった早足砂馬程従順じゃない。それなりに乗りこなす技量が無いと扱えないが……幸い馬よりはるかにデカいので最高3人まで乗れる。
 俺は騎乗スキルがあるからな、走りトカゲも例外無く乗れます。種類が違うが二足歩行するモンスターの家畜はコウリーリスにもいる。それから、マツナギも騎乗は得意という事でアベルを乗せて、俺の操るトカゲの後ろを走っている。ついでにアインもあっちにいるんだが……さて。問題は。

 乗り物酔いをするテリーだ。
 テリーも馬には乗れる、車の運転と同じ理屈は通らないはずなんだが、奴は自分でたずなを取る以上は酔わないのだそうだ。
 所がどうも爬虫類と愛称悪いのな。西方人は爬虫類系をあまり好かないらしい、文化的な問題があるらしくて使役もしないし割りと美味いのに、食べたりもしないんだそうだ。……ドラゴンであるアインさんとは仲良くやっているくせに。
 テリーは、走りトカゲの騎乗を拒否しやがった。宗教的な都合で断固拒否しやがったのだ。
 じゃぁ走って付いてこいよ、と言いたい所だが……そうも言ってられん状況という事で。 
 俺は空を見上げた。
 そこで俺達を誘導する唯一、自力でかなりの移動力を誇るナッツが……テリーを抱えて飛んでいる。それが肉眼で窺える。
 ナッツもやはり同じ宗教上の都合でトカゲには乗れないが、奴は自力で飛べるから問題ない。という事で……テリーとナッツは空を移動しているのだった。

 とはいえ、野郎が野郎にしがみ付いているのは滑稽だ。
 ナッツも人がいい、俺だったら断固拒否するけどな。

 という事で?俺の操るトカゲには荷物と、レッドが同乗してるって訳だ。だからこのように、連中にはまだ話していない事を話してるって訳。

「話すつもりはあるのか」
「あります、けれど……ちょっと今話すと、色々混乱させるような気がしまして」
「何時話そうが絶対混乱すると思うが?」
 俺が振り返ってそう言うと苦笑を浮かべている。何の話かって?ようするに、レッドが戸籍上は女性であり、それに起因する諸々の、俺から云わせるとくだらない事情の事である。
「大体、アベルさんはすでに知っている事なんですけどね……口止めはしていませんが、何故か話さずにいてくれているんですね」
「割と、自分の見たものを疑ってて信じて無ぇんじゃねぇの?アイツはそーいう奴だ」
「気を使ってくれているのだと思います」
「あぁん?アイツにそんな気配りが出来るかねぇ」
 ……と、言っておいてレッドの向こう側に見えるトカゲに乗っている奴が、俺の言葉を聞いていたりしてないよな、と心配する。
 だいぶ距離を空けて走っているから大丈夫だと思うが……あいつ恐ろしい程の『地獄耳』だってのを戦士ヤトがリコレクトして注意を喚起しやがるんだ。
「まぁそれはとにかく、なんとか方法を考えてくれよ。ユースと連絡取る方法」
「そうですねぇ……できる方法で言えば啓示魔法……一方的な意思伝達魔法なんですが、これを送るしかないでしょう。問題は距離がかなり離れている事」
「届かねぇのか?」
「誰に言ってるんです」
 レッドは俺の背後で恐らく、不敵に笑って眼鏡のブリッジを押し上げているだろう。
「実質上最高位である紫魔導に行使出来ない魔法などありません。ただ少々、専門外なので気軽に利用出来ないだけです……ケレフェッタに着いたら少し、時間をいただく事になると思いますが」
「はぁ、それでお前の事情を話す機会がまた遠のいていく訳だな……」
 まぁいいけど、俺は理解してるし。
 問題なのはまだ理解してない他の連中と、お前自身の身の振り方だ。
 ……俺は説明する気無いからな?説明しろって言われたって拒否する。上手く説明する自信無いし、アベルあたりから流れ弾を貰いかねないもんな。

 幸い道中天気は良かった。風も変則的な吹き方はしなかったし雨もたいした事はない。
 山脈をぐるりと回りこむ要領で……5日間、トカゲを中継基地でとっかえながら走りこんで……西方大陸西に広がる外海の見える町、シータ郊外までたどり着く事が出来た。
 こっからはケレフェッタまで定期便も幾つかある……っても馬車だけどな。テリーは嫌な顔を隠さなかったが、それしか移動手段が無いんだから嫌な顔もしてらんないのは分かってるみたいだ。
 大体ケレフェッタ港についたら、今度は奴の大っ嫌いな船だぞ。なんで大嫌いかって、そりゃ周りが海で逃げ場が無いからな。


 さっさとケレフェッタに入っちまえって事で、馬車乗り場に繰り出した俺達。
 そこで……待ち構えていた、見た覚えのある顔に俺達は当然驚く事となった。


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