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7章 白旗争奪戦 『神を穿つ宿命』
書の4後半 解析ツール『高望みはしないに、限る』
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■書の4後半■ 解析ツール analytical tool
レッドのラボは……。
たどり着いて俺は思わずその建物を見上げ呆れた。
ぅおい、ここのドコが安全なんだ。
顔が引きつりつつも俺は……それより先に気に掛かる事があったのでアベルを伺ってしまっていた。
「またここに来ちまったか」
アベルは無言で、俺と同じく多分呆れた顔だろうな……見覚えのある建物を見上げている。
テリーが腕を組んで納得というようにレッドを振り返った。
「何となくそうだろうとは思っていたが……成る程。お前があのレブナントか」
「お前……名前からして死霊属性だったんだな」
このラボ。レブナントという魔導師の家である。
何で知っているかって、昔色々な意味で世話になった……過去の、舞台の中心だったからだ。
「たまたまですよ、元々弟子入りした人がアルベルト・レブナントというご尊名でしたので」
「そりゃ師匠か?死んだのか?」
「今生きていれば良いお年です」
にっこり笑って、レッドは魔法で閉じられていた扉を開ける。
俺とアベルとテリー。このラボの扉を潜るのこれで二度目になるのである。
その時はコイツとは遭遇してない。世話になった魔導師の師弟がここに住んでいたんだが、本来このラボの持ち主はレブナントという上級魔導師だと説明を受けていた。
ここいら一帯の魔導師連中の師匠の家だとか……言われたっけかな。興味無かったから生返事で聞き流したんだけど。
おかげで色々納得する所がある。
コイツがどこからともなく俺達の前に現れて『魔王討伐に行きませんか?』などと持ちかけてきたのは……
俺は眉を顰める。
「つまり、全てお前の仕業か」
この町で俺とテリーとアベルが被った数々の災難。
成る程。
あれは全部コイツの陰謀だったという訳か。
今はレッドの性格とかにも色々納得行ったというか、諦めが入ったというか……おかげでもう怒る気力すら湧かん。俺は脱力して呆れてうなだれてしまう。
「少々腕を試させて頂いたまでです。そして貴方がたになら僕は力を貸しても良いと思わせた……正直力量に感服しました。していなければこのように、貴方にリーダーの席はお渡ししてません」
「……感服させてなきゃどうなったんだ?」
「多分脅されて弱み握られて、コイツにこき使われてたんだろうなぁ」
「テリーさん、よく分かってらっしゃる」
俺は深いため息を漏らして入り口前でしゃがみ込む。思うに、状況的にはそれと変わらん気がするんだが俺の気のせいだろうか?
「その望みでさえ、不純だってのにな」
小さな声で、隣に立っているレッドにだけ聞こえるように呟いていた。
とはいえアベルとかナッツとか、耳の良い奴らには聞こえているんだろうけど。俺は呟かずには居られなかった。
レッド、こいつが魔王を目指した理由とやらを知っている俺は。
レッドは苦笑を漏らして眼鏡のブリッジを押し上げる。
「……ですから、言ったじゃありませんか。僕は貴方に負け通しである、と」
そのうちに主の帰宅を知ってだろう、弟子の連中が世話に駆けつけてきた。
顔を出してきたのはやはり昔、この町でお世話になった顔なじみ。まだここに住んでるんだな、魔導師ってのは師匠の家で暮らす疑似家族を構成するとかなんとか……そーいやどっかで聞いたようなと朧気にリコレクトする。
「わー!お久しぶりですね、ヤトさん!元気そうで何よりですぅ!」
「おー、久しぶりだなサトー」
黄色マントにそばかす顔の、若い魔導師がすっ飛んできた。
見た感じは西方人、すなわち金髪碧眼のこいつはサトー・シバタ。俺のリアルネームと同じくサトーさんだ。でもサトーの方が名前であるらしい。東国ペランストラメールはこういうニホン名前っぽい発音の人名が比較的多いのな。
かく言う、俺はヤトだが……フルネーム名乗った事はなかったな。
俺のフルネームはヤト・ガザミである。
正直なじみがないもんでセカンドネームは俺自身が忘却気味。サトーの名前でなんとなくリコレクトしたくらいだ。
多分フルネームで誰かに名乗った事、一度も無いかもしれない。セカンドネームなんかあったんだーとか言われるのがオチだから今更主張はしねぇ。
俺には属するべき家族が存在しない。
ならファミリーネームなんて意味の無いものだ。
魔導師というのは師弟関係があってそのまま、血縁関係無視してファミリーになる場合があると言う。レッドの魔導師としての『偽名』であるレブナントというのはそのファミリーネームなんだろう。
この『家』の名前がブランドみたいなものになっているとかリコレクトする。
そういやサトーが言ってたんだっけ。レブナントもまた貪欲に有能な魔導師を取り込んで……ようやく紫魔導師を排出したブランドの一つに登り詰めた……とか。
と、ぼんやり考えていたらいつの間にかサトーが俺の手を捕まえて自分の頬にすり当てているのに気が付く。
「いやぁ、よかったぁ!ちゃんと無事に帰ってきましたね、本当によかったぁ……ぼくの大切な実験体」
「どわっ!気色悪ぃッ!」
慌ててふりほどく。そうだった。
サトーはこういう奴だったッ!
俺は隣で赤マントを脱いで珍しく、ラフな格好になったレッドを振り返る。
「分かった、納得した。こいつらがこういうろくでもない性格なのは……お前の影響だろうッ?」
「まさか。魔導師なんて皆そんなもんですよ」
苦笑しながらレッド、サトーさんと呼びかける。弟子であろうとも敬称付けるのだなお前。
途端サトーは慌てて直立に姿勢を正しどのようなご用でしょう高位、とはきはきと答えた。
……この二面性がなぁ……魔導師の特徴ねぇ……。
「レオパードさんはどうしました?」
「はい、それがシーミリオン国が国交正常をペランに申告しに、使者を派遣して来ているという件で出張中でぇす」
俺が無反応なので……というか、あれ?他の連中はどうしたんだ?
俺がちょっと惚けている間に居なくなっちまった。
「聞きましたか?」
「シーミリオン国って……ああ!ユースの国はシーミリオンだった!」
すっかりボケてしまった俺にレッドとサトーが笑った。
お前ら、笑い方まで似てやがる。
長らく鎖国していたシーミリオン国が、国交正常化を計って各国に使者を送っているという知らせに、俺は当然うれしく思う。いくら知り合いとはいえ冒険者と一国の王。本来はそんなにお近づきになれる立場ではない。……お互いにな。ともすれば立ち位置的にはどの辺りなんだろうな?
良かったなぁ、ホント良かったー……くらいしか言いようがない。
何でも、シーミリオン国とペランストラメール国はシェイディ国と同じくかなり親密な関係にあったんだとか。北方同盟?だとかレッドが言ってる。
というかペランは基本的に敵対国家が少ないのよな。唯一ディアスとは仲悪いんだけど……かく言うディアス国はぶっちゃけて全部と相性悪いのだが。
俺がぼーっとしている間に、アベルは……野暮用か。奴の目的地は分かってる、テリーを道案内に引っ張っていったんだろう。
ナッツは早速情報収集に出てしまって……マツナギはどこだ?
「ナギちゃんなら、ナッツと一緒に出かけていったわよ」
と、なぜかテーブルの下から縮こまったドラゴンが現れる。
「お前は?」
「あたしは町になんか出ないんだからッ!」
そうだった、この町で一番ヒドい扱いを受けていたのは何を隠そう、このチビドラゴンであった。
アインとの出会いもこの町だったな……。
ちょっとした手違いで……手違いと言ったらアインは怒るだろうけれど……でも、俺達にしてみりゃ手違いだった。
実験生物としてとっつかまっていたアインを『手違い』で助け出してしまったのだ。事情はよく分からないがアインは幼年ドラゴンのくせに人語を喋るからな。しかも知識も人並みにある。
サイバーすなわち神竜種だ。希少っつえば希少である。
あぁ、俺もヘタすれば実験検体としてとっつかまって人権剥奪されて大変な事になる所だったんだよなぁ。
いや……今もその危険性はあるのか。
虎視眈々と俺の様子をうかがうサトーが視界の端に写る。俺の視線に気が付いたように愛想笑いを浮かべてお盆を持ってやってきた。
「ヤトさーん、コーヒー大好きでしたよねー?」
「おぅ、気が利くじゃねぇか」
悪くない、香しい匂いを立てる白い煙を少し吸い込んでから俺は……遠慮無くそのコーヒーを手にとって……腰掛けていたテーブルの窓際に置いてあった何が住んでいるのかよく分からない緑色の藻で曇った水槽に注ぎ入れる。
暫くして、白い腹を浮かべて小魚がぷかぷか浮き出したのを何の感動も見いださずに眺めた。
「……お前、懲りないな」
「ちぃっ!ヤトさんこそ、ちょっと見ぬ間に小賢しくなりやがりましたねッ!」
俺は深いため息を漏らして頭を抱えた。
「どーして俺をこんな危険なトコロに置いていくんだよぅッ!皆の、バカーッ!」
レッド、安全じゃない。
ここじゃぁ全然俺には安全じゃないんですけどッ!?
その後、遠慮無く注射器に入れた明らかにフツーじゃないだろう薬品を強引に注入しようと襲いかかってきたサトーを相手に、狭い部屋で軽く一騒動。
「観念してボクのレポートのネタになりやがりなさーい!」
「アホか!他を当たれよ!」
「嫌ですーッ、ボクはヤトさんをイジりたいんですぅッ!」
「あら、あたしのヤ印センサーに何かが」
とかいいつつ俺の首に絡みついておもむろに俺の邪魔をし出す腐れドラゴン!
「うぎゃーっ!ちょっと、アインさん!離してぇ!前見えねぇッ」
「さぁッ!サトーさんとやらッ!今のうちです!」
「お前どっちの味方だコノヤローッ」
これだけ騒いでいれば当然と、主が無反応な訳がない。
『フリーズ』
場が凍る。
その声を聞いた途端俺もアインもサトーも、その場で凍り付いたように動けなくなった。
吹き抜けの二階に続く階段の上から、レッドが呆れた顔で指を差し上げている。
「うるさいですよ貴方達、」
指を鳴らすと同時に掛けられた行動制限魔法が解けた。
「さ、流石師匠の師匠ッ、あのヤトさんに魔法を行使するとは……」
「黄位ごときと比較しないでください」
流石はここいらのボスだ。サトーを軽く一蹴してレッドは俺に視線を投げる。魔導師の癖にサトーが薬品で攻め立ててくるのは、奴が俺に向けて行使する魔法はどうにも相性が悪すぎて、チクリとも効かないからだ。
「それよりヤト、さっさと例の処理について考えましょう」
先にラボの奥に籠もってなにやら調べものをしていたようだな。オレイアデントから預かった石もマツナギからレッドに渡っている。
「何か分かったか?……石の使い方」
「いえ、それはまだ。その前に僕らの状態を把握する必要があります」
俺は首にしがみついているアインをひっつかんで階段に向かう。途中サトーを一睨み。
「何するんだ?」
「とりあえず検体取らせてください」
「ぶッ」
階段に足を駆けた俺の背後でサトーが目を光らせたのを俺は、見た気がした。
「け、……検体って」
「何でもいいですけど……。やっぱ血ですかね?」
「高位!ボクにもおこぼれくださいッ!」
「サトーさん、弁えなさい。この人は僕の研究対象です」
「えぇーッ!?それはないでしょう高位ィ!最初にツバつけたの間違いなくボクですよぅ?」
「弟子のものは師匠のものです」
にっこりブラックに笑いながら言うなお前。
「てゆーか。その前に俺の人権はないのか?」
「ジンケン?はて、そんな言葉は魔導都市にあったかどうか?」
「ぐわーッ!最悪だお前!」
などと言いつつ検体出すのを渋ってる場合ではない。サトーならともかく。
俺はアインと一緒に二階に上がった。
不思議とサトーは追いかけてこないな。レッドに続いて部屋の奥へ行く途中、そのタネを頼んでもないのに聞かせてくれた。
「重要なものが多く置いてあります。レオパードさんはともかく最下位弟子の位である黄位のサトーさんは二階には上がれません」
「へぇ、そういう結界でも敷いているのか?」
「一応探知はついていますが……魔導師にとって師弟関係はある意味、家族の絆よりも強く、強固です。掟なのだから守るしかないのですよ」
「ふぅん……割とそう言うのアバウトなイメージがあったけどな」
「属性にも因ります。レブナントは長兄会……規律や掟に最も厳しい。なぜだか分かります?」
笑いながら振り返ったレッドに、俺とアインは同時に首をかしげた。
「魔導師は詭弁家の代名詞、そもその最もたる特徴を備えているのが『長兄会』です。厳しい掟や規律に縛られるのは、隙あらば容赦なくその隅を突く……そういう性格から来ているのだという研究報告があります」
「……意味がよくわかんねぇけど……?」
「要するに、法の抜け穴を探ってそこを突破するのが『長兄会』の常套手段なのです。だから……法を厳しく自らに課す必要がある。安易に抜け出さないようにね」
俺は本が並ぶ本棚の上、ホルマリン漬けの不気味な標本が並ぶのを目で眺めながら口を曲げる。
「要するに自分を戒める為に厳しく自分を縛るってか」
「僕がお約束やお膳立てをきっちりこなすのはこの、長兄会的な属性の所為でしょうね」
「そのくせ嘘付きまくりじゃねぇか」
「嘘はいいんですよ。法則や掟に厳しいのは自分自身に向けてです。相手に向けてではない」
「けっ、それからして詭弁的でやんの」
青白い光に包まれた小部屋に通された。
中央の小さなテーブルに色々器具がごちゃごちゃ置かれていて……その中に漆黒の滴のようなオレイアデントの石が無造作に紛れている。
テーブル近くの椅子に座らせられ、俺はすでに鎧類は脱いでいたので腕をまくる。
検体……血、抜くんだよな。
と、テーブルの上の小さガラス皿の上が、すでに血で黒く汚れているのを見るつけて眉をしかめた。
「……レッド」
「どうしました」
「……大丈夫かお前」
黄緑色に薄く発光しているシャーレの中に、黒いトカゲみたいなものが小さくうごめいているのを俺は見ていた。
忘れない、これは……今レッドの体に巣くっている……アーティフィカルゴースト。
振り返った奴の顔は、下から照らす青白い光にものすごく、不健康そうに見えた。
……今更だけど。
「問題はありません……痛みは魔法で消しています」
「お前……」
「本来であれば痛いだなんて、僕は暴露しませんよ?最後まで嘘を突き通して何ともありませんと笑うでしょう」
「……」
つまり、今の奴は『大丈夫じゃ無い』と言う事だ。
俺と違ってレッドの中に巣くっている者は容赦なくレッドに痛みを与え続けている。
それを、コイツは魔法で誤魔化していると今、暴露した。
今まで全くそれに気付かなかった俺はこれ以上何も言えない。
「この人工幽霊、レッドが作った魔法なんでしょ?と言う事は解き方も分かるのよね?」
「ええ、一応は。……ただ見ての通り」
俺達には見える。
魔法で密封されたシャーレの中のトカゲに赤い、旗が立っている現状が。
「レッドフラグが深く、僕の構築した理論をねじ曲げている。もしオレイアデントが言っていたデバイスツールの効果が僕の予測通り、全ての理に干渉し歪めるものであるならば。レッドフラグで歪んでしまって干渉できない次元に置かれているアーティフィカルゴーストをとりあえず『一般化』する事が可能かと」
「わかんねぇ、つまり何とかなるって事だな?元に戻せるという事でいいんだな」
レッドは笑って頷いた。
「ええ、そうです」
俺は安堵のため息を漏らした。アインが俺の膝の上で俺の鼻をつつく。
「安心するのはまだ早いわ、ヤト、貴方も同じもの抱えてるんだからね?」
「……同じかよ」
嘲気味に笑って俺が俯いた途端、神妙な顔に戻ってしまったレッドを伺う。
「俺にはお前みたいに痛みが無い。それに……一度完全に暴走している。その上死んでるんだぞ?……同じという訳にはいかんだろ」
「……それは、そうだろうけれど……」
心配そうなドラゴンの小さな頭に手を置いて、俺は何とか笑う。
「ま、全治までは期待してねぇからな」
「ヤト」
俺はレッドに苦笑を投げる。
「ぶっちゃけ、そろそろログアウトが近い……セーブの時にエントランスで警告をお前も……見ているんだろ」
黙り込んだな、そうだ。
ログアウトが近い。
セーブ……すなわちこっちの世界での睡眠だな。セーブする度にエントランスに入れるんだが、ここでメージンからそろそろログアウトだと警告されているのだ。
全員知っている事だろうからいちいち、こっちで確認するまでもない。
「俺がログアウトしたら『ヤト』はどうなる」
サトウハヤトとして俺は尋ねた。
「……何も、保証は」
「そうだ、メージンも保証は出来ないと言っている」
メージンの言葉すなわち……開発者達の言葉の代弁だ。
「そう深刻な顔をすんじゃねぇよ」
俺は笑ってレッドを見上げた。
「全治は期待しない。でも俺は……俺である事を諦めたくもないんだ。その為に力を貸してくれるんだろ?それとも出来ないとでもいうのか?」
そんな事はないとレッドは首を横に振る。
「ログアウトが危険だというならぶっちゃけ、次のログインまでまた最悪、氷付けも許す」
「ヤト」
「とにかく騙せ、この俺の中のヤバい旗を上手い事、お前の詭弁で騙くらかしてくれりゃいい」
レッドは俺の前にしゃがみ込む。そしてまくし上げていた腕をそっと掴んだ。
「……自分の事です。貴方は分かっているのですね」
「何がだ?」
「自分がどういうものであるのか。貴方は本能的に悟っているからそんな事を言うのでしょう」
「……さぁな」
ため息を漏らす。
誤魔化してみたけどきっと通用しねぇんだろうなぁ。
……俺は知ってる。それだけだ。
一度死んだ人間が復活する事は基本的に許されてねぇんだ。それはこの世界では、例え神でも出来ない。
南国で聞いた北神の悲劇。
一度死んだ神が再び復活するも……それはぶっちゃけ別人ってオチだろう。
何も過去を覚えていないとはすなわちそう言う事だ。
てゆーか。リアルもそうだけど。
この世界では死は曖昧なものではなく、コンピューター上のデータのようにはっきりとしたもので。
やっぱりゲームって事か?そんな風に俺は自嘲の笑みを漏らした。
「僕は……根拠のない事は言えません」
「知ってる、」
「それでも貴方をなんとかしたいと思っている。貴方のように絶対にどうにかする、とは言えません。言えませんけど……」
「無茶すんな、キャラ裏切んな」
「……」
「お前はそれで迷ったんだろ。もう迷うな」
俺はもう一度顔を上げる。
「しかたねぇなぁ。じゃぁ俺が言ってやるよ。……俺はきっと、どうにか上手い具合になるってな」
レッドのラボは……。
たどり着いて俺は思わずその建物を見上げ呆れた。
ぅおい、ここのドコが安全なんだ。
顔が引きつりつつも俺は……それより先に気に掛かる事があったのでアベルを伺ってしまっていた。
「またここに来ちまったか」
アベルは無言で、俺と同じく多分呆れた顔だろうな……見覚えのある建物を見上げている。
テリーが腕を組んで納得というようにレッドを振り返った。
「何となくそうだろうとは思っていたが……成る程。お前があのレブナントか」
「お前……名前からして死霊属性だったんだな」
このラボ。レブナントという魔導師の家である。
何で知っているかって、昔色々な意味で世話になった……過去の、舞台の中心だったからだ。
「たまたまですよ、元々弟子入りした人がアルベルト・レブナントというご尊名でしたので」
「そりゃ師匠か?死んだのか?」
「今生きていれば良いお年です」
にっこり笑って、レッドは魔法で閉じられていた扉を開ける。
俺とアベルとテリー。このラボの扉を潜るのこれで二度目になるのである。
その時はコイツとは遭遇してない。世話になった魔導師の師弟がここに住んでいたんだが、本来このラボの持ち主はレブナントという上級魔導師だと説明を受けていた。
ここいら一帯の魔導師連中の師匠の家だとか……言われたっけかな。興味無かったから生返事で聞き流したんだけど。
おかげで色々納得する所がある。
コイツがどこからともなく俺達の前に現れて『魔王討伐に行きませんか?』などと持ちかけてきたのは……
俺は眉を顰める。
「つまり、全てお前の仕業か」
この町で俺とテリーとアベルが被った数々の災難。
成る程。
あれは全部コイツの陰謀だったという訳か。
今はレッドの性格とかにも色々納得行ったというか、諦めが入ったというか……おかげでもう怒る気力すら湧かん。俺は脱力して呆れてうなだれてしまう。
「少々腕を試させて頂いたまでです。そして貴方がたになら僕は力を貸しても良いと思わせた……正直力量に感服しました。していなければこのように、貴方にリーダーの席はお渡ししてません」
「……感服させてなきゃどうなったんだ?」
「多分脅されて弱み握られて、コイツにこき使われてたんだろうなぁ」
「テリーさん、よく分かってらっしゃる」
俺は深いため息を漏らして入り口前でしゃがみ込む。思うに、状況的にはそれと変わらん気がするんだが俺の気のせいだろうか?
「その望みでさえ、不純だってのにな」
小さな声で、隣に立っているレッドにだけ聞こえるように呟いていた。
とはいえアベルとかナッツとか、耳の良い奴らには聞こえているんだろうけど。俺は呟かずには居られなかった。
レッド、こいつが魔王を目指した理由とやらを知っている俺は。
レッドは苦笑を漏らして眼鏡のブリッジを押し上げる。
「……ですから、言ったじゃありませんか。僕は貴方に負け通しである、と」
そのうちに主の帰宅を知ってだろう、弟子の連中が世話に駆けつけてきた。
顔を出してきたのはやはり昔、この町でお世話になった顔なじみ。まだここに住んでるんだな、魔導師ってのは師匠の家で暮らす疑似家族を構成するとかなんとか……そーいやどっかで聞いたようなと朧気にリコレクトする。
「わー!お久しぶりですね、ヤトさん!元気そうで何よりですぅ!」
「おー、久しぶりだなサトー」
黄色マントにそばかす顔の、若い魔導師がすっ飛んできた。
見た感じは西方人、すなわち金髪碧眼のこいつはサトー・シバタ。俺のリアルネームと同じくサトーさんだ。でもサトーの方が名前であるらしい。東国ペランストラメールはこういうニホン名前っぽい発音の人名が比較的多いのな。
かく言う、俺はヤトだが……フルネーム名乗った事はなかったな。
俺のフルネームはヤト・ガザミである。
正直なじみがないもんでセカンドネームは俺自身が忘却気味。サトーの名前でなんとなくリコレクトしたくらいだ。
多分フルネームで誰かに名乗った事、一度も無いかもしれない。セカンドネームなんかあったんだーとか言われるのがオチだから今更主張はしねぇ。
俺には属するべき家族が存在しない。
ならファミリーネームなんて意味の無いものだ。
魔導師というのは師弟関係があってそのまま、血縁関係無視してファミリーになる場合があると言う。レッドの魔導師としての『偽名』であるレブナントというのはそのファミリーネームなんだろう。
この『家』の名前がブランドみたいなものになっているとかリコレクトする。
そういやサトーが言ってたんだっけ。レブナントもまた貪欲に有能な魔導師を取り込んで……ようやく紫魔導師を排出したブランドの一つに登り詰めた……とか。
と、ぼんやり考えていたらいつの間にかサトーが俺の手を捕まえて自分の頬にすり当てているのに気が付く。
「いやぁ、よかったぁ!ちゃんと無事に帰ってきましたね、本当によかったぁ……ぼくの大切な実験体」
「どわっ!気色悪ぃッ!」
慌ててふりほどく。そうだった。
サトーはこういう奴だったッ!
俺は隣で赤マントを脱いで珍しく、ラフな格好になったレッドを振り返る。
「分かった、納得した。こいつらがこういうろくでもない性格なのは……お前の影響だろうッ?」
「まさか。魔導師なんて皆そんなもんですよ」
苦笑しながらレッド、サトーさんと呼びかける。弟子であろうとも敬称付けるのだなお前。
途端サトーは慌てて直立に姿勢を正しどのようなご用でしょう高位、とはきはきと答えた。
……この二面性がなぁ……魔導師の特徴ねぇ……。
「レオパードさんはどうしました?」
「はい、それがシーミリオン国が国交正常をペランに申告しに、使者を派遣して来ているという件で出張中でぇす」
俺が無反応なので……というか、あれ?他の連中はどうしたんだ?
俺がちょっと惚けている間に居なくなっちまった。
「聞きましたか?」
「シーミリオン国って……ああ!ユースの国はシーミリオンだった!」
すっかりボケてしまった俺にレッドとサトーが笑った。
お前ら、笑い方まで似てやがる。
長らく鎖国していたシーミリオン国が、国交正常化を計って各国に使者を送っているという知らせに、俺は当然うれしく思う。いくら知り合いとはいえ冒険者と一国の王。本来はそんなにお近づきになれる立場ではない。……お互いにな。ともすれば立ち位置的にはどの辺りなんだろうな?
良かったなぁ、ホント良かったー……くらいしか言いようがない。
何でも、シーミリオン国とペランストラメール国はシェイディ国と同じくかなり親密な関係にあったんだとか。北方同盟?だとかレッドが言ってる。
というかペランは基本的に敵対国家が少ないのよな。唯一ディアスとは仲悪いんだけど……かく言うディアス国はぶっちゃけて全部と相性悪いのだが。
俺がぼーっとしている間に、アベルは……野暮用か。奴の目的地は分かってる、テリーを道案内に引っ張っていったんだろう。
ナッツは早速情報収集に出てしまって……マツナギはどこだ?
「ナギちゃんなら、ナッツと一緒に出かけていったわよ」
と、なぜかテーブルの下から縮こまったドラゴンが現れる。
「お前は?」
「あたしは町になんか出ないんだからッ!」
そうだった、この町で一番ヒドい扱いを受けていたのは何を隠そう、このチビドラゴンであった。
アインとの出会いもこの町だったな……。
ちょっとした手違いで……手違いと言ったらアインは怒るだろうけれど……でも、俺達にしてみりゃ手違いだった。
実験生物としてとっつかまっていたアインを『手違い』で助け出してしまったのだ。事情はよく分からないがアインは幼年ドラゴンのくせに人語を喋るからな。しかも知識も人並みにある。
サイバーすなわち神竜種だ。希少っつえば希少である。
あぁ、俺もヘタすれば実験検体としてとっつかまって人権剥奪されて大変な事になる所だったんだよなぁ。
いや……今もその危険性はあるのか。
虎視眈々と俺の様子をうかがうサトーが視界の端に写る。俺の視線に気が付いたように愛想笑いを浮かべてお盆を持ってやってきた。
「ヤトさーん、コーヒー大好きでしたよねー?」
「おぅ、気が利くじゃねぇか」
悪くない、香しい匂いを立てる白い煙を少し吸い込んでから俺は……遠慮無くそのコーヒーを手にとって……腰掛けていたテーブルの窓際に置いてあった何が住んでいるのかよく分からない緑色の藻で曇った水槽に注ぎ入れる。
暫くして、白い腹を浮かべて小魚がぷかぷか浮き出したのを何の感動も見いださずに眺めた。
「……お前、懲りないな」
「ちぃっ!ヤトさんこそ、ちょっと見ぬ間に小賢しくなりやがりましたねッ!」
俺は深いため息を漏らして頭を抱えた。
「どーして俺をこんな危険なトコロに置いていくんだよぅッ!皆の、バカーッ!」
レッド、安全じゃない。
ここじゃぁ全然俺には安全じゃないんですけどッ!?
その後、遠慮無く注射器に入れた明らかにフツーじゃないだろう薬品を強引に注入しようと襲いかかってきたサトーを相手に、狭い部屋で軽く一騒動。
「観念してボクのレポートのネタになりやがりなさーい!」
「アホか!他を当たれよ!」
「嫌ですーッ、ボクはヤトさんをイジりたいんですぅッ!」
「あら、あたしのヤ印センサーに何かが」
とかいいつつ俺の首に絡みついておもむろに俺の邪魔をし出す腐れドラゴン!
「うぎゃーっ!ちょっと、アインさん!離してぇ!前見えねぇッ」
「さぁッ!サトーさんとやらッ!今のうちです!」
「お前どっちの味方だコノヤローッ」
これだけ騒いでいれば当然と、主が無反応な訳がない。
『フリーズ』
場が凍る。
その声を聞いた途端俺もアインもサトーも、その場で凍り付いたように動けなくなった。
吹き抜けの二階に続く階段の上から、レッドが呆れた顔で指を差し上げている。
「うるさいですよ貴方達、」
指を鳴らすと同時に掛けられた行動制限魔法が解けた。
「さ、流石師匠の師匠ッ、あのヤトさんに魔法を行使するとは……」
「黄位ごときと比較しないでください」
流石はここいらのボスだ。サトーを軽く一蹴してレッドは俺に視線を投げる。魔導師の癖にサトーが薬品で攻め立ててくるのは、奴が俺に向けて行使する魔法はどうにも相性が悪すぎて、チクリとも効かないからだ。
「それよりヤト、さっさと例の処理について考えましょう」
先にラボの奥に籠もってなにやら調べものをしていたようだな。オレイアデントから預かった石もマツナギからレッドに渡っている。
「何か分かったか?……石の使い方」
「いえ、それはまだ。その前に僕らの状態を把握する必要があります」
俺は首にしがみついているアインをひっつかんで階段に向かう。途中サトーを一睨み。
「何するんだ?」
「とりあえず検体取らせてください」
「ぶッ」
階段に足を駆けた俺の背後でサトーが目を光らせたのを俺は、見た気がした。
「け、……検体って」
「何でもいいですけど……。やっぱ血ですかね?」
「高位!ボクにもおこぼれくださいッ!」
「サトーさん、弁えなさい。この人は僕の研究対象です」
「えぇーッ!?それはないでしょう高位ィ!最初にツバつけたの間違いなくボクですよぅ?」
「弟子のものは師匠のものです」
にっこりブラックに笑いながら言うなお前。
「てゆーか。その前に俺の人権はないのか?」
「ジンケン?はて、そんな言葉は魔導都市にあったかどうか?」
「ぐわーッ!最悪だお前!」
などと言いつつ検体出すのを渋ってる場合ではない。サトーならともかく。
俺はアインと一緒に二階に上がった。
不思議とサトーは追いかけてこないな。レッドに続いて部屋の奥へ行く途中、そのタネを頼んでもないのに聞かせてくれた。
「重要なものが多く置いてあります。レオパードさんはともかく最下位弟子の位である黄位のサトーさんは二階には上がれません」
「へぇ、そういう結界でも敷いているのか?」
「一応探知はついていますが……魔導師にとって師弟関係はある意味、家族の絆よりも強く、強固です。掟なのだから守るしかないのですよ」
「ふぅん……割とそう言うのアバウトなイメージがあったけどな」
「属性にも因ります。レブナントは長兄会……規律や掟に最も厳しい。なぜだか分かります?」
笑いながら振り返ったレッドに、俺とアインは同時に首をかしげた。
「魔導師は詭弁家の代名詞、そもその最もたる特徴を備えているのが『長兄会』です。厳しい掟や規律に縛られるのは、隙あらば容赦なくその隅を突く……そういう性格から来ているのだという研究報告があります」
「……意味がよくわかんねぇけど……?」
「要するに、法の抜け穴を探ってそこを突破するのが『長兄会』の常套手段なのです。だから……法を厳しく自らに課す必要がある。安易に抜け出さないようにね」
俺は本が並ぶ本棚の上、ホルマリン漬けの不気味な標本が並ぶのを目で眺めながら口を曲げる。
「要するに自分を戒める為に厳しく自分を縛るってか」
「僕がお約束やお膳立てをきっちりこなすのはこの、長兄会的な属性の所為でしょうね」
「そのくせ嘘付きまくりじゃねぇか」
「嘘はいいんですよ。法則や掟に厳しいのは自分自身に向けてです。相手に向けてではない」
「けっ、それからして詭弁的でやんの」
青白い光に包まれた小部屋に通された。
中央の小さなテーブルに色々器具がごちゃごちゃ置かれていて……その中に漆黒の滴のようなオレイアデントの石が無造作に紛れている。
テーブル近くの椅子に座らせられ、俺はすでに鎧類は脱いでいたので腕をまくる。
検体……血、抜くんだよな。
と、テーブルの上の小さガラス皿の上が、すでに血で黒く汚れているのを見るつけて眉をしかめた。
「……レッド」
「どうしました」
「……大丈夫かお前」
黄緑色に薄く発光しているシャーレの中に、黒いトカゲみたいなものが小さくうごめいているのを俺は見ていた。
忘れない、これは……今レッドの体に巣くっている……アーティフィカルゴースト。
振り返った奴の顔は、下から照らす青白い光にものすごく、不健康そうに見えた。
……今更だけど。
「問題はありません……痛みは魔法で消しています」
「お前……」
「本来であれば痛いだなんて、僕は暴露しませんよ?最後まで嘘を突き通して何ともありませんと笑うでしょう」
「……」
つまり、今の奴は『大丈夫じゃ無い』と言う事だ。
俺と違ってレッドの中に巣くっている者は容赦なくレッドに痛みを与え続けている。
それを、コイツは魔法で誤魔化していると今、暴露した。
今まで全くそれに気付かなかった俺はこれ以上何も言えない。
「この人工幽霊、レッドが作った魔法なんでしょ?と言う事は解き方も分かるのよね?」
「ええ、一応は。……ただ見ての通り」
俺達には見える。
魔法で密封されたシャーレの中のトカゲに赤い、旗が立っている現状が。
「レッドフラグが深く、僕の構築した理論をねじ曲げている。もしオレイアデントが言っていたデバイスツールの効果が僕の予測通り、全ての理に干渉し歪めるものであるならば。レッドフラグで歪んでしまって干渉できない次元に置かれているアーティフィカルゴーストをとりあえず『一般化』する事が可能かと」
「わかんねぇ、つまり何とかなるって事だな?元に戻せるという事でいいんだな」
レッドは笑って頷いた。
「ええ、そうです」
俺は安堵のため息を漏らした。アインが俺の膝の上で俺の鼻をつつく。
「安心するのはまだ早いわ、ヤト、貴方も同じもの抱えてるんだからね?」
「……同じかよ」
嘲気味に笑って俺が俯いた途端、神妙な顔に戻ってしまったレッドを伺う。
「俺にはお前みたいに痛みが無い。それに……一度完全に暴走している。その上死んでるんだぞ?……同じという訳にはいかんだろ」
「……それは、そうだろうけれど……」
心配そうなドラゴンの小さな頭に手を置いて、俺は何とか笑う。
「ま、全治までは期待してねぇからな」
「ヤト」
俺はレッドに苦笑を投げる。
「ぶっちゃけ、そろそろログアウトが近い……セーブの時にエントランスで警告をお前も……見ているんだろ」
黙り込んだな、そうだ。
ログアウトが近い。
セーブ……すなわちこっちの世界での睡眠だな。セーブする度にエントランスに入れるんだが、ここでメージンからそろそろログアウトだと警告されているのだ。
全員知っている事だろうからいちいち、こっちで確認するまでもない。
「俺がログアウトしたら『ヤト』はどうなる」
サトウハヤトとして俺は尋ねた。
「……何も、保証は」
「そうだ、メージンも保証は出来ないと言っている」
メージンの言葉すなわち……開発者達の言葉の代弁だ。
「そう深刻な顔をすんじゃねぇよ」
俺は笑ってレッドを見上げた。
「全治は期待しない。でも俺は……俺である事を諦めたくもないんだ。その為に力を貸してくれるんだろ?それとも出来ないとでもいうのか?」
そんな事はないとレッドは首を横に振る。
「ログアウトが危険だというならぶっちゃけ、次のログインまでまた最悪、氷付けも許す」
「ヤト」
「とにかく騙せ、この俺の中のヤバい旗を上手い事、お前の詭弁で騙くらかしてくれりゃいい」
レッドは俺の前にしゃがみ込む。そしてまくし上げていた腕をそっと掴んだ。
「……自分の事です。貴方は分かっているのですね」
「何がだ?」
「自分がどういうものであるのか。貴方は本能的に悟っているからそんな事を言うのでしょう」
「……さぁな」
ため息を漏らす。
誤魔化してみたけどきっと通用しねぇんだろうなぁ。
……俺は知ってる。それだけだ。
一度死んだ人間が復活する事は基本的に許されてねぇんだ。それはこの世界では、例え神でも出来ない。
南国で聞いた北神の悲劇。
一度死んだ神が再び復活するも……それはぶっちゃけ別人ってオチだろう。
何も過去を覚えていないとはすなわちそう言う事だ。
てゆーか。リアルもそうだけど。
この世界では死は曖昧なものではなく、コンピューター上のデータのようにはっきりとしたもので。
やっぱりゲームって事か?そんな風に俺は自嘲の笑みを漏らした。
「僕は……根拠のない事は言えません」
「知ってる、」
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「……」
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俺はもう一度顔を上げる。
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