異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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7章  白旗争奪戦   『神を穿つ宿命』

書の6後半 消えない疑惑『それは暮れ行く空の色』

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■書の6後半■ 消えない疑惑 Evening sky colors

 ああ。
 そっか。

 俺はふっと、アダさんとロキに挟まれてレブナントラボを後にしながら今更、理解する。

 もしかして俺が背負う重い過去って、俺が認識している様々な過去の出来事じゃぁなくて……。
 俺自身も理解していないこの余計な、属性そのものだったりするのか?
 いや、俺はこの魔法素質が高いという『余計な属性』を任意で付けたんだ。勝手に重くなった背景じゃぁ無いと思う。思うんだが……。
 『余計な属性』を元に重い過去を、MFCトビラが勝手に創造して俺に背負わせているのかもしれない。

 俺は、本当に知らないからな。天涯孤独、両親がいないとは散々言ったはずだ。すなわち、俺は父と母が誰なのか知らんのだ、本当に。
 無いものを意識した事がヤトに無いのかというと、そうではない。
 どうして俺にそれが『無い』のかガキの頃にはそれが、それなりに、困った事だったりもしたんだ。今はもう吹っ切れている、間違いなく吹っ切れてしまってそれで逆に……関心がなくなっちまってる。

 なんか嫌な気分だ。
 戦士ヤトではなく俺が、リアル-サトウハヤトが苦い思いを反芻してしまう。

 どうして戦士ヤトの過去に彼の父母が居ないのか、俺は浅はかにも大体それの『理由』の予想が付いちまう。
 多分それは―――俺が……望んでいるからだ。
 リアル両親と仲が良くないリアル俺は、ああいううざったい関係をこの嫌ってついにこの異世界で切り捨ててしまったのだろうと思う。

 いわば天涯孤独は俺の望む『俺』なのだ。
 こうであればいいという、幼稚な願いが叶えられている。

 口に出して望んだ訳じゃないのに、どうしてこの世界『ゲーム・トビラ』は俺の心の奥底にひっそりしまいこんでいるはずの願いをお節介にも叶えるんだ?
 それともこれは偶然だろうか?その偶然に俺が関連性を疑って、いちゃもん付けてるだけなのか。

 思えば不思議だよな。
 経験値の上昇に伴う、自動的に付加されるこの世界に刺さり込む為の楔、深く重い過去背景。
 そんなん、誰が設定した?
 少なくとも俺らプレイヤーは選んでこんな重いものを背負った覚えはない。自動的に設定されてしまったものだ。一応、経験値を支払って詳細を決める事も出来るらしいがそんな余計な経験値消費はしていない。
 俺達はそれをデバッカーとして、強いキャラクターを選択する為に費やした筈だ。そうだよな?

 ……アインは経験値を支払って余計な背景を選んだからサイバーという特殊な種族をやっているのかもしれない。
 レッドもまた、性別を転換させる為に、自分をもとことん騙す様な設定をして経験値を無駄に消費した。

 俺もまた、魔力素質が高いという余計な背景を背負ったがこれは人間で戦士という、安直であまり経験値を消費しないキャラクターだからこそ余った分でやらかした事だ。

 ただそれだけである。それだけだったはずだ。

 アベルはどうだ?ナッツは、テリーは。
 あいつらが、あえて余計な設定を自分に課す様な事をするだろうか?


 いつの間にか夕暮れ、真っ赤に染まる山の上より紫色から黒に塗りつぶされていく空を見上げる。

 この余りにリアルな異世界。
 リアルと俺達の脳を騙すシステム。
 リアルだと受け取っているのは俺達の脳で、同じ景色を見ていると思っていても受け取り方は千差万別。

 現実と同じだ。
 海は青い、空も青い。
 あの色が青だ、そう言って周りと同じだと安心しているけれど本当に、万人の目から見て海は青いか?空は青いか?
 本当は、青だと思っているのは赤なのかもしれない。
 そうやって、俺達は世界に騙されている。

 本当の事を暴く事は難しい、だから……騙されている事など気にも掛けずに生きているんだ。
 こんな事、リアル-サトウハヤトは現実で思いもしないだろう。
 本当に騙されて夢を見ている、この世界で気が付いたってどうしようもないのに。
 リアルと勘違いする、これは夢じゃないと思う。共有している記憶が、気持ちが、そういう裏付けをする。
 俺一人では目の前の色が何色なのか分からない、なんて。ようするにそう言う事だろう?

 俺達の脳を騙し、同じ夢を見せる。
 詳細な世界と、そこに住まう数多くのキャラクター。
 その中にある自分のアイコンと、それが背負う設定情報。

 誰が『それ』を作ったのだろう?

 ……開発者の高松さん?この膨大な量の情報をどうやって打ち込んだってんだ。
 時間が進むに連れて自動的に増えていく情報量、二進法じゃとてもじゃないが足りないだろうな。そもそも、コンピュータで処理出来ているなら現実で展開だって出来るだろ。画像に、音に、情報として展開出来るはずだ。

 それが出来ないってのはどういう事なんだ?

 俺の脳が夢を見ている。
 ここで現実と勘違いする、他の連中の脳とコンタクトしてあの夢で見た、空の色は青だと保証しあう。

 どうしてそんな事が可能なのだ。

 ……俺はバカだ。
 だから……どんなに頭をひねったってその答えは出てこない。思うに俺がこんな事考えてるなら、レッドやナッツはとっくの昔にこの問題にぶち当たって不思議がっているんだろうな。
 答えはやっぱり出ないのか。答えを出すのが愚かなのか……多分後者かな。

 目の前にあるリアルに騙されてそれでよし。
 それをひたすらに突きつけられている。
 空が暮れて行く。星が瞬く。
 経験した事のある空。
 ……そう思う俺の気持ちはリアルのものかそれとも……戦士ヤトのものか。



「一応、礼を言っておきたいのだが」
 どうやら着いたらしい、長らくマトモとは言い難い道を歩いて……転移門は使わずに大きな家の前でアダさんは振り返った。
「ここがアダさんのラボっすか?」
「ああ……寂れた区画だろう」
 と言われても、どういう景色が寂れているのか俺にはよくわからない。相変わらずごちゃごちゃした街だ。
 家の規模が無駄にでかい、しかもがっちり柵や塀などで囲まれている区画が多い。住居兼研究所を兼ねているからだろう。人に見られたくない事を沢山やっていやがるに違いない。
 しかし俺、アダさんの言葉に、返事をしていない事に気が付いて頭を掻いた。何を言われているのか分からないから逃避しての言葉だったかもしれない。
「あー……礼も何も、アイツはアレで俺らの……仲間っスからね」
 なんか言うの、こっ恥ずかしい。
「彼には、この町は合わなかったのだろうな。彼はそういう人間関係をここで作る事が出来なかった」
「確かにすげぇ嘘吐きやがって、たまにむかっ腹に来ますけど」
「嘘を付くのは魔導師連中の常だ、……そう言う事ではない。……レブナントはあの若さで名を継いだ。相当に恨まれているのを知っていて……」
「心臓に毛が生えてそうなアイツでも、たまらなくなって逃げ出すって事はあるんだな」
 俺は笑って軽口を叩く。余計な反撃をされない、自由でいいもんだ。
「それ位、ここに居るのは針のむしろだったのだろう」


 館に入れてもらう。整理整頓行き届いたラボだ、全体的な作りはレッドのラボによく似ている。
「ロキ、部屋を」
 無言で付き従っている黒魔導師がやはり、無言で頷いて行ってしまった。
「……彼女は喋らないとか?」
「必要最低限は話すよ、……無言なのは彼女の手段だ」
「はぁ」
 よく分からない。

 アベノ・アダモスさんはなんでもレッドの師匠であるアルベルト・レブナントと学友以来の親友、という関係であるらしい。レッドから見ればアダさんは、父と等しい師匠アルベルトの大切な友人で先輩ってな具合か。
 師というわけではないようだ。畑が違うらしい。

 曰く、多くの魔導師と多くの弟子がアルベルト・レブナントの死をきっかけに離反したんだと。
 それは名前を継いだレッドの所為だという訳ではない。

 アルベルトっつー魔導師はどうも、元からあんまり評判の良い人じゃぁないらしい。
 レッドが笑いながら言っていた。
 アルベルトの死後、弟子や長らく付き合いのあった魔導師達からことごとく愛想を尽かされたそうだ。死ぬまではなんとか体面的に師弟関係を結んでいた弟子も、彼が死んだとたんに我も我もと絶縁され、レブナント家にはレッドだけが残ってしまったという具合なんだと。

 魔導都市ランって結構、歴史のある古い町だ。
 この町にジンケンが無いなどと笑いながら言われる通り、割とアンダーグラウンドで何でもありの世界であると聞いている。
 世間一般的にはえげつない事も、人体実験だって知りたいという欲求の前に容赦なく突破する。
 奇人変人が居るのは当たり前のそういう伝統ある外道の町で、愛想を尽かされるほどの外道とはどんなものだろう。俺には想像も付かねぇよ。

 ところで、基本的に魔導都市ランに住んでいる『魔導師』ってのは人間種族が多い。ちなみに住んでる全てが魔導師と云う訳では無いそうだ。圧倒的に魔導師は多いがやはり、魔導師だけでは手の回らない部分も在ってそういう所には我慢強い人間が住んでいると云う話である。
 魔種は魔法使う種族も多い訳だけど、連中は人間種族より断然に有能だから魔法を行使するのにわざわざ魔導師なんて肩書きはまず、使わない。
 いい例がいるな、アベルだ。それからナッツ。
 アベルは理屈を理解せずに魔法を使う。ああいう風に魔法行使素質だけが飛び抜けて、理屈抜きでの魔法を行使する者は魔導師ではなく魔術師と呼んで区別されている。とはいえ細かい分類だとアベルは魔術師ともまた違うらしいので、そういう良く分からんが魔法を使う連中はひっくるめて『魔法使い』だ。魔種は、魔法使いが多いんである。
 ナッツもそうだ、あいつも有翼族で元より魔法行使能力が高い。でも魔術師というよりは肩書的には西方神官である都合、魔法使いの西方神官、って云う感じだな。

 人間は逆で、魔法を誰かに教わって技術力を高めない事には行使出来ない事が多いんだそうだ。
 俺がそうであるように潜在能力の差は人それぞれにあったとしても、どのように魔法を使うかという方法を人間は理解しないと魔法が使えないらしい。
 魔導都市ランにおける魔種および魔物というのは、例外なく実験用と云う笑えない冗談がある。
 魔種であるレオパードなんかは、魔法と相性の良くない自分が『魔法を行使する事』を研究にしている節があるくらいだ。
 おわかりだろうか?
 なんでレッドの弟子が人間じゃなくて鬼種なのか、これで合点するだろ?
 レオパードとかサトーとか、魔種の連中が魔導師を名乗る為にどっかの魔導師に弟子入りするのが困難なんだな。まず、受け入れて貰えないという事実がある。
 受け入れてもらったとしても必ず、差別が付きまとうのだ。

 ここで思い出しておいて欲しいんだが……レッドはあれで魔種だからな?フレイムトライブ、人間よりも長生きで有能な、耳は尖っていないが殆ど貴族種みたいな特徴をもっている種族である。

 アダさんは言っていた。
 レッドもまた、入門したての頃は何かと差別を受けたと云う事を。とはいえ、そこを持ち前の実力ではね飛ばし、あっという間に黒衣に上り詰めたんだという。
 その次の位は浅葱なのだが……。
 浅葱の位ってのは魔導協会役員の仕事を回されちまうんだそうだ。レッドはそれを嫌がったし、魔導協会でも黒以上の位を魔種に出す事を渋ったらしいな。
 全く、お偉いさんってのはどこの世界でも同じだ。
 自分らの存在を脅かす有能な人材を恐れて排斥しようとする。
 最終的にレッドは上位浅葱の位をすっ飛ばして高位紫魔導となったそうだ。
 それもどーかと思うんだが。


「アルベルトが嫌われたのは致し方あるまいよ」
 その理由についてはよく分からない。
 レオパードも口を濁すし当然と、レッドも多くは語らないからな。
「アルベルトにとって彼は……道具だったに違いない」
「……彼って、レッドの事だよな」
「レッドか……それは彼の本名なのかな」
「らしいッスよ?」
 ま、本当に本当の所はよく分からないが。
 別に名前に力があるとかいう法則があるわけじゃない、名前なんて本人が名乗ったものが本名だろうと思う。
「彼は、自分の名前を名乗る事が許されていなかった。ジュニアと呼ばれていたよ、つまり……アルベルトの後を受け継ぐ正式なレブナント家養子という扱いになっていた。知っているとは思うが魔導師のファミリーとは血ではなく掟の方だ、師弟の間でその関係に同意すれば問題無い」
「……名前を、名乗れないか」
 俺は席を勧められて座り、手を組んでしまった。
 ……ドコでもよくある話だ。
「アルベルト・レブナント・ジュニアは本当に掟に同意したのだろうか?……だがいくら親友の弟子とはいえそんな事を私は聞けん。どうなのだろう、彼は足下を見られていたように思える」
 確かに、あの腹黒魔導師なら……相手から利用されている振りして逆に手玉に取ってそうな気配がするな。
「……黒から突然紫だって話を聞いたけど」
「その通りだ。アルベルトは黒で止まっていたが彼はアルベルトが死ぬ間際、実力が認められて紫を与えられた」
 師弟関係が実力上、逆転したんだな。
 でもそれがレブナント家の願う所だったってか。

 名前はブランドとして認識されていて……レッドの師匠は自分が得られない肩書きを弟子に取らせて、夢を叶えようとした。
 そんな感じなんだろうか。
 サトーが言っていた、有能な魔導師を排出してブランドの一つに上り詰めたというのは……レッドの事を言っていたんだな。
 確かにそれなら、レッドはただ利用されただけだ。

「ばっかでぇ、死んじまったら栄光も何も無いだろうに」
「弟子達や周りの魔導師は、アルベルトの肩書きへの固執に呆れていた。有能な魔種を連れ込んで弟子として、彼を利用して名を上げる手段に辟易していた」
「……アダさんは?」
「私は周りが言う通り世話好きでな、忠告は何度もしたが聞き入れて貰えなかったよ。呆れてはいたが正直、彼が心配でね」
 ふっと、お茶を持ったロキが戻ってきた。
 お茶を差し出しながら初めて口を開く。
「珍しいんですよ、魔導師ではこういう人種」
「へ?」
 ずっと仏頂面かと思ったけど、お茶を差し出しながらロキは微笑する。
「頼んでいないのに人の世話をせっせと焼くの。だからいつも他人に利用されてばかり。今回もそう」
「そう言うな、私はうれしかったよ」
「勿論です、上位の気持ちを組んでいるから私も協力しました」
 お盆を抱えてさっさと行ってしまった、ロキを指してアダさんは苦笑する。
「素直じゃなくてな彼女……秘密だぞ、アレで実はレオパードの奴が好きで何かと世話焼いてるのだ。人の事言えないのに」
「上位、聞こえてます」
 冷たい声が遠くから聞こえてアダさんは肩をすくめた。
「全く、とにかくだ……君の事情は軽くだが聞いている。レブナントが素直にこちらを頼ってくれたのだ、喜んで協力しよう」
「そういえば、礼って?」
 俺の返答が素直じゃなかったから、アダさんも別の事を応えて返したもんな。
「ああ。……ずいぶん丸くなって帰ってきたなと思ってね。君らの影響なんだろう?」

 そうか。
 俺はようやく理解した。お茶の入った椀を手にして揺れる面に写る自分を眺める。

 アダさんは知っているんだな。
 レッドが、あいつが、胸に抱く暗い望みを。

「……一応全部吐き出しましたよ」
「ん、そうか」
「今後気安く死ぬだなんて、あいつは言わないだろうな。死にたいならアーティフィカルゴーストは放置してるだろうし……そっか。丸くなってるんだなぁやっぱり」
 確かにちょっとだけ素直になったな、という感じは受けていたけれど。
 錯覚じゃなかったんだ。お茶を口に運ぶ。ほうじ茶だ、不思議と甘い。
 顔を上げるとアダさんが俺を真剣な目で見ていたのでちょっとびっくりして、動作を止めてしまう。
「私は、レブナントから……君を生かして欲しいと頼まれたが」
「ああ。……まぁ、色々ありましてね」
「とは言っても、見た目間違いなく君は生きている。私には君のどこに欠陥があるのか見いだせなかった。だが……レブナントは巧妙だ、君を術式に呼んだのはああなる事を予測してだろうな。おかげで私にもよく事情が分かった」

 俺の中からはい出す蔦、だな。

 何でか知らんが術式に酔ってつい解放しちまったらしい。制御できないからどうしようもないんだが、割とナーイアストの石は関係なく別の要因で押さえているんだろうか?
 たとえば、俺の中にある桁外れの魔力とか。

「どうなんだ、俺はバカだから詳しい事はわかんねぇけど。……俺はどうなる」
「……生物は三つによって構成される。精神、幽体、肉体。君は一見するとこのバランスが取れているように見える。幽体に莫大な質量を抱えているにもかかわらずだ。バランスの悪い生物は何かしらでバランスを取る為に歪むというのが魔導師としての見解だ。これは人間を基準とした考え方である、だが今日いる魔種の殆どは人間から変化したもので、魔法というのも人間の心の中に隠されている手段であろう」
 ……ぶっちゃけてさっぱり理解できん。
 とりあえず、アホ面のままアダさんの話を聞いておこう。
「……君には蓋がされているのだな」
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