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7章 白旗争奪戦 『神を穿つ宿命』
書の7後半 とても眠い『夢に見る不思議な世界』
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■書の7後半■ とても眠い So very drowsy
俺はその夜、なかなかセーブに入れなかった。
不思議と眠いのに、眠れない、眠りたくない。
下された結論に疲れている、でもそれが何故なのか……追及せずにはいられない。
思い出していた。
自分のたどってきた歴史を順繰りリコレクトして、一体何が『蓋』だろうかと考えていた。
……本当に思い出したくない事は思い出せないもんだろう。
思い出すコマンドは万能の過去思い出しシステムではない。ロックしてあれば何をしたって思い出さない。記憶力がないと思い出す詳細が曖昧になる。
ただし一つ、普通の思い出す行為とは違う事には……
間違った事を思い出す事はないという事だ。
割と重要だよな、思い出し間違えたらリコレクトなんて怖くて出来ない。
ただし、間違って覚えている事はそのまま間違えた状態でリコレクトする。当たり前ではあるけれど。
シエンタ、田舎の小さな村。閉鎖的に成らざるを得ない森の奥の村だ。閉鎖的だから変な固執が多くある。
俺は、戦士ヤトはマツナギの一族の風習とやらに強く何かを言えない。
そう云う事は有るのだというのをものすごく、知っている。風習に縛られた地域に住んでいたから、彼らにとってそういう縛りが重要であるのは知っていた。
正しいかどうか、というのは置いておいて、だな。
コウリーリスというのは森の国で、小さな村や集落がぽつぽつと点在する国だ。広大な森のおかげで文化交流がものすごく遅れていて……どうしても村が閉鎖的になるのだな。
魔種も多く住んでいる、だから容易く混種しそうなもんだと思うだろうか?
ところがこれが逆で……小さな村でまとまっている分他との交流を極端に嫌う。
誰と交流したとか誰との子供だとか、村全体に全部筒抜けなのだな。だから下手な交流など出来ないのだ。
違うものを排他する気質が高い。
魔種との混血なんぞしようもんなら間違いなく追い出されるだろう。ヘタすりゃ焼き討ち、もっと酷けりゃ殺される。そういう原始的な所がある。
戦士ヤトが住んでいた家もそういう、村の意向にそぐわない人間を排出したらしい。
ガキだった俺は詳しい話はわからない。分からないが……どうも育ての親のじいさんが頭を下げて、俺だけは村に出入りして学校みたいな所に行かせていたらしい。
親どもは直接俺には何も言わなかったが、その子供達は素直に俺を避けた。
影で何を言っているのか分かったようなもんだぜ。勿論、親しくしてくれた人も居るにはいるけどな。
じんわりとリコレクトする。
そういえば俺、じいさんと仲悪かったな。多分一方的に俺が……反抗的な態度を取りまくっていた。
思えば家出して、事も有ろうか人さらいに向けて『どこかに連れて行け』というのはやりすぎだったかもしれない。後悔しなかった訳じゃない。
間違いなく戦士ヤトは後に、自分の行いを全面的に……後悔した。後悔したってどうしようもない事で、改善しない事だからと最終的に開き直った訳だけどさ。
ぶっちゃけて、剣闘士になっちまったのが一番の失敗だよな。
剣士になりたいというのが子供心に憧れとしてあった訳だけど、それって現実を見てない儚い夢だ。今過去を思い出して俺はその過去を笑う。誰の意見で笑っているんだろう?俺か、戦士ヤトか。
よくわからない。
剣士になってそれで、どうすんだよ。剣振り回すって事は誰かと傷つけ合うって事だ。
それをガキの俺は理解してなかった。
剣闘士ってのは分類としては最悪な選択肢だったと思う。
そう思いながら……つい目を閉じた。
殺人鬼の子供と陰口を叩かれる環境が気に入らなかった癖に、人と殺し合うという職業を選択してその名の通り、俺は殺人鬼に成らざるを得なくなったんだ。戦って勝たない事には自分が死ぬ。そいう環境に常に立たされ続けて今のこの強さだ。異常な環境に立たされ続けた戦士ヤトは精神的に歪んでいる。……まぁ、歪みもするだろうな。真っ直ぐってのは逆に、可能性として無い。アダさんから指摘された通りだと思う。
でも、それがイシュタル国エズでの剣闘士としての日常だ。
俺みたいなイカれた野郎は山ほどいるのがこの世界での常識である。だから、俺はそんな自分の経歴が異常だとは思っていない。
お偉い公族の癖に血のっ気多くて、生活困ってないはずなのに戦いを望んで殴りこんでくる奴もいる訳だしな。イカれ具合だったら俺より奴の方が上手だろ。……誰か、だと?テリーだよ、本名テリオス・ウィン。西方の偉い家の坊ちゃんって肩書きだっただろ?もちろん、俺はそんなの今回の旅で初めて知ったけどな。
……ううん、違うな。
俺はベッドの上でゴロゴロと寝返りをうちながらリコレクトしなおす。
エズ時代はそんなに問題じゃないと思う、あそこで色々と開き直ったのはあるけれど……。
シエンタでの事か。
記憶を再びもっと過去へ戻す。
……繰り返し思い出すのはじいさん、まだ健在なんだろうか?って事だった。というか、村の連中俺の事なんか覚えてないんじゃねぇの?厄介者が居なくなって間違いなく清々していると思うんだけどな。
それとも……鬱憤を晴らす奴が居なくなって困るんだろうか?
自然とリアル俺の記憶が交り始める。
混ぜちゃいけないって分かってるのに、気が付くと連動して色々思い出しちまうんだ。
夢世界の事をリアルと比較したってしょうがないってのに。全く。
俺はリアル-サトウハヤトの余計な記憶をいろいろと思い出して、それで気分が悪くなってきている。戦士ヤトが、関係のない記憶に惑わされて戸惑って……勘違いしてるみたいだ。
というか、俺達がこの世界に騙されるのなら……この世界のものが現実の出来事に騙される事もあり得るのかも知れない。
レッドが良い例だ。
俺も?何かリアル-サトウハヤトの都合で取り違えている思いでもあるのだろうか?
よくわかんねぇや。
……夢を見ていたのかもしれない。
夢の中にあってその中で……奇妙な世界の夢を見ているのかもしれない。
俺は学生時代、イジメをした事はないしイジメられた覚えもない。だが一番最悪な事は多分に漏れずやってきた。
それは、関わらずに無視を通す事だ。イジメてる奴、イジメられてる奴に近づかず、存在に気が付いていないフリをする事。
それが一番卑怯だって分かってんのにな。そうしなきゃいけない、人間ってのは弱いのだ。
リアルでは力を示す事は難しい。
イジメであるだろう出来事がすぐ隣で起きているのに、俺は関係ないと無視している……いつしか、イジメられているのは幼い姿の戦士ヤトになる。
気に入らない奴を闘技場に引き上げて、観衆の前でぶち殺して鬱憤を晴らした記憶にリンクする。
そういえば……そんな事もあったなと反芻しながら俺は夢の中の夢から目を覚ました。
気が付いたらセーブして……エントランスに入るかどうかなど考えるヒマもなく朝までスキップしたみたいだ。
誰も起こしてくれないのに、ちゃんと小鳥が囀る時間には起きるのな、俺。
冷えるなぁ、季節的にはこれから夏なんだけど。流石は山の上だ。カーテンを明けると曇天で、雨が降りそうな低い雲が立ちこめている。……と、その薄暗い天気で危うく見逃す所だった。
……明らかに尋常じゃない煙がもくもく上がっているのが見える。
魔道都市の地理には疎いのでどこら辺なのかよく分からないが……いやぁ、まさかレブナント・ラボの方角じゃないよなぁアハハ~とか、気楽考えてに見なかった事にした俺。
昨夜考えた事を忘れていた訳では無いのでアレだが、やっぱり人間面倒な事には首を突っ込まないのが一番である。
見なかった事にして窓を閉め、顔でも洗うかと部屋を出た所、通路を歩いていたロキと遭遇。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
普通に喋るな……昨日レブナント・ラボで黙りだったのは、やっぱり意中だというレオパードの前だったからか?好きな人の前では黙っちゃうタイプ?
「眠れましたか?」
「ああ、何だかんだ考えたけど結局寝てたみたいだ。シェイディ国での疲れがようやく抜けたなぁ」
「……眠れたんですね」
少々呆れた顔をされた気がする。
ん?……ああ、俺の肝の座りっぷりに驚いているんだろうか。
へへっ……割とこれだけが俺のセールスポイントッスからッ。環境の変化で寝れないとかいう事は無いぞ、俺はどこでだって寝れるのだ。正直自分で思ってわびしいけど。
しかしロキは、抱えている大型の……ポットかな?あとタオルを俺に突き出しながらため息を漏らす。
「あんなに五月蠅かったのに……貴方って、鈍感なのね」
「……ウルサイ?」
すたすたと行ってしまったロキを見送り、俺は渡されたポットの蓋を開ける。
途端吹き出した熱気に顔を反らした、どうやらこいつは魔法瓶らしい。……魔法が掛かっている瓶じゃなくって二重構造になっていて保温能力があるリアルでもあるような魔法瓶の方な。
お湯が入っているようだ。
そういえば……部屋に水の入った巨大な瓶と顔がすっぽり入るくらいの皿が置いてあったな。
当たり前だがこの異世界、文化レベルは低い。シャワーとかフロとか、熱いのにいつでも入れるような所ではない。……いや、そういうシステムが整っている国もあるにはあるけれど。
寒かろうと冬だろうと、水しかない所が大半である。こうやってお湯を使わせてくれるのはありがたいのだ。
こんなん一々詳細やってられんからスキップするぞ。
とにかくお湯を貰って、顔やら体やら清めて着替えて部屋を出た。
その頃にはすっかり朝食の準備が出来ている。
たまんねぇ、コーヒーの匂いにつられるように離れからラボの方に俺は足を運んでいた。
「よぉ」
と、驚いた事にテリーとマツナギが席に座っているではないか。
「あれ、どうしたんだ……?」
マツナギがフル装備である事に俺は怪訝な顔になる。テリーなんか血まみれだ。服は脱いでラフな格好だが、体に付着した血をタオルで拭っては桶に張った水で濯ぐという作業を繰り返している。
俺には分かり切っている事だが、これはテリーの血ではない。他人の血だ。
奴が血を流す事は非常に稀である。直接戦った事がある手前、奴の実力の高さは誰より了解しているつもりだ。
俺がもう一人いるみたいなもんだ、間違いなく安心して背中を任せられる唯一の人物と言ってもいい。
「……何かあったのか」
「ああ、さっきまでやらかしててようやく片づいた所だ。迎えに来てやったって所だぜ」
眠むそうにあくびを漏らしている。
「そんな血まみれで来るんじゃねぇよ」
「そう言わないでヤト、一応心配してなんだから」
と苦笑するマツナギに余計な事言うなとテリーが小さくぼやいた。
「……誰と血みどろ戦やったんだ?魔導師か?」
「魔王軍だな」
「何?」
マツナギが厳しい顔になってテリーの言葉を肯定する。
「よくわからないけれど、魔王軍が襲いかかってきて大変な具合だったよ。夜中でね……この町って酷い所だね。魔導師が多く住んでいるのに、我関せずで誰も応援に駆けつけてくれないんだ」
少し怒ったマツナギの言葉にテリーは肩をすくめる。
「魔導師の家ってのは基本的に防御魔法がデフォルトで備わっているらしいな」
「……じゃ、あの煙って……レッドん家かっ!?」
「煙見えてるならお前、もうちょっと慌てて起きて来いよ」
「んな、まさかぁとか思ったんだよ!」
「確かにな、まさかとは俺も思ったが……」
テリーは何故かそこで可笑しそうに笑う。
「なんかすげぇ展開で大笑いだ。やべぇぞアイン。あいつすげぇ借りを作っちまって青くなってる」
「え?待て、アインは無事なのか?」
「無事も何も、あいつの所為でレブナント・ラボが大火事だ」
俺は呆れた顔を浮かべているだろう。
つまり何か。
奴の吹く灼熱のブレスの所為でレブナント・ラボが燃えたってのか!
「あいつテンパっちまって、いやぁ。レッドと魔導師連中の顔も見物だったぜ?あんなに放心した顔は見た事ねぇな」
うわ、それ……俺も見たかったなぁ。他人事のように思ってみたり。
「大丈夫なんだろうな?」
「もちろん、人的被害は無しだ。二階の重要資料は色々と灰になっちまったらしいがな」
朝食を交えつつ詳しい状況を聞いた。
ついでにアダさんに魔王軍の事というか……俺達が魔王討伐隊である事を説明する。
ところが、勿論俺らに『魔王討伐に行かないか』と誘ったのがそもそもレッドなのだから、俺達の目的がそれであるのはアダさんは承知していた。
しかし、実際に魔王八逆星連中と顔を合わせた事があるというのには正直、驚いたようである。
「ペランでは、八逆星の動きは何かあるんですか?」
「特に無いとは思うがね……レブナントの事がある。影の取引で言えばどうなのかは分からん」
「おい、レブナントってレッドの事だろう?奴に何かあるってのか?」
テリーの疑問の声に俺はバカだなぁとスプーンを指した。割とマナーにうるさいテリーは俺のスプーンを叩き落とす。
「あいつ一回魔王に寝返ったじゃんか」
「……けどそりゃぁ」
「実は元からレッドはその気だったんだ。改心してもっかい寝返ってこっちに戻ってきたけど」
「……聞いてねぇぞそれ」
ああ、言ってなかったと思います。
「戻ってきたんだから引きずる事じゃねぇだろ?」
マツナギが無言で笑って、俺の言葉に同意してくれた。テリーはため息を漏らしつつ頭を掻く。
「それで、魔王軍の出現は?ランでは今回初か?」
「初めてになるだろうな、……そういえば、倒した怪物達は?」
「レッドが放置しておけって言うからそのまま通路に捨て置いてあるが……。アレだろ、どうせ物好きな魔導師連中が全部回収するってんだろ」
アダさんが苦笑している所、その通りだという事だろう。
「って事は、間違いなく俺らに嗾けられたもんだな」
「悪く思う必要はない、君達で撃破したみたいだし……魔王軍に興味を示している魔導師も多い。呼び込んできてくれてありがとうとか思っているだろう」
「そういう変人どもが多くて助かるぜ。普通の街だとこうはいかないからな」
確かに、被害を出してなくても呼び込んだのが俺らだったら間違いなく、町から叩き出されるわな。
悪いのは魔王軍なのに、ついでに俺達も悪者扱いになっちゃうんだろう。自治体ってのはどうしてこう、ちっちゃいんだろうな?気持ちは分からんでも無いけどさぁ。
「じゃ、まだこの町に居ても問題は無いな?」
「むしろ……どういうご関係ですかと魔導師が殺到する可能性もあるか」
「げ、それも困るな……」
「それは無いでしょう」
素っ気なくロキが、食後のお茶をいれつつ言った。
「相手がレブナントとなれば……好奇心より世間体を優先するか。好き勝手な想定をして終わる事だと思います」
「……確かにそれもある」
俺は黙ってそれらを聞いていたけど……流石にここまでくるとレッドの野郎が不憫に思えてきた。
「あいつはそんなにこの町で嫌われてんのかよ」
「彼が嫌われているのではない、忌避されているのは彼の肩書きの方だと私は思う」
「……脱ぐに脱げない、紫の位か。……アダさんには聞けねぇしなぁ。テリー、何か奴から聞いてるか」
「聞いたぞ、襲撃騒ぎは昨日レッドが暴露してる途中の出来事だったからな」
「何したってんだよ」
「師匠殺しの疑惑があるらしいぜ」
「……確かに奴なら殺してそうだ」
俺は素直に気持ちを口に出しました。ええ、そりゃもう素直に。
おかげでマツナギから呆れられてしまう。
「そう言う所は疑わないんだね」
「あいつはそーいう奴だよ。付き合いは短いがよぉく分かった」
アダさんの手前これは口には出さないが、はっきりいって王道展開を自ら選んで突き進む奴は確かに、師匠殺しもデフォルトであるような気がする……いや、間違いなく黒だろ。
王道展開するなら間違いなくやらかしてるぞ野郎。
「聞いた話じゃ師匠……アルベルト?そいつも最低な野郎らしいぜ。一番ヘタな扱いをされたのはレッドだろう。殺意があるのは当然なんじゃねぇ?」
そのアルベルトと親友だったというアダさんの前だったが、俺は気にせずにそう言っていた。アダさんもレッドの事を心配してたみたいだし。
「君はその疑惑は真実だと……そう思うのか」
「え?ああ……俺はアダさんよりは付き合い短いですけど、あいつはそーいう事やる奴だと思いますけど」
「……付き合いが長いからこそ、私はそんな事はしないだろうと根拠もなく信じているのかも知れない。……そうか」
アダさんはそう言って少し俯いてしまった。
「……すいません、」
「いや、気にしないでくれ。別に真実がどちらであろうとも構わないんだ。だが……彼をそんなにまっすぐに見てくれる人が居るのだというのが逆に、私は嬉しいのだ」
「まっすぐって」
照れる通り越して背筋が凍りそうですよ、それ。
「それでヤト、お前の問題はどうなんだい?」
「それが、どうも術式でどうにかなるもんじゃねぇみたいだな。……一旦故郷に戻ってみろとか言われてるんだけど……じ……いや。いいのかなぁ?」
危うく『時間あるかなぁ』と言う所だった。
これはNGである。
ログアウトが近いから正直プレイヤーの俺達には『時間が無い』。だが、それは連続してこの世界の住人である人物には意味のない概念で、理解されない事である。
こういう不用意な発言をすると、稼いだ経験値が削られてしまう訳だ。
「よし、じゃぁその件含めてレッドのラボに戻るぞ。いくらすぐに追い出されないとはいえ……正直尻の座りの良い場所じゃねぇからな。さっさと方向決めて魔導都市とはおさらばしようぜ」
そうしたいのは俺も山々だが、ちょっと待てよテリー。
「アダさん、俺の調査は?」
「ああ、それは昨日大体やっただろう、あとはレブナントに説明するために資料をまとめるだけだから。後で持っていこう……ロキ」
「……」
無言で、明らかに嫌そうな顔でロキが振り返った。
「レブナント家の後始末、手伝っておいで」
「……分かりました」
彼女、顔で現しているほど嫌じゃないらしいからな、アダさん曰く。
いやぁ、派手にやったもんだ。
戻る道中、魔導師達が我先にと黒い怪物の死骸を巡る争奪戦を繰り広げているのを横目に、俺達はレブナント・ラボに戻った。
道順なんか覚えてなかったけど苦労しなかったな。
珍しい怪物の死骸を得ようとする魔導師の群れおよび、残っている血痕をたどればいいんだもん。
「ひでぇマーキングもあったもんだなぁ」
「おかげで迷子にはならずに済むだろ」
テリーの奴、こういう事任意でやってるんだな……。
「アダさん家は分かったのか?」
「ああ、ナギも近い距離なら追跡は得意なんだとよ。一応、お前ん所にもとばっちり行ってる場合もあるだろうってんで……俺とナギが派遣された感じだ。心配して損したけどな」
すいませんね、一人ぐっすり眠らせて頂きましたよ。
で、到着しましたレブナント家。
……あちゃぁ、完全に二階部分が焼けて穴空いてる。
「どう弁償するつもりだ?……アイン」
「こりゃぁもう身売りしかねぇかもな」
話を聞く所、ダブルブッキングだったらしい。
すなわち、アインを狙う魔導師の襲撃その後に魔王軍の襲来があったそうだ。
よっぽどとッ捕まっていた魔導師達が怖かったのか、混乱してしまったアインは室内に忍び込んできた魔導師相手に、奴の攻撃コマンドである火炎ブレスを遠慮なく見舞っちまったんだな。
室内で火はやばいだろう。
しかも書籍とか、燃えやすいものが多い所でそれは一番やっちゃいけない事だ。ここまで来るとコメディだよ。
だが何より、レブナント家に忍び込んでくる魔導師もイイ度胸してる。よりにもよって世間体からキビシー目で見られているレブナント・ラボに飛び込んで来るんだからな。なんか、色々よっぽどだったんだな、と思う。魔導士は自分らの欲為なら何だってする連中だ、常識なんぞ当てにならんな。サトーとか見てるとものすごく納得するぜ。
「で、アインを追っかけてきた魔導師は」
「黒こげだ、レッドん家に入ってくる時点で浅はかな連中だってのは予想つくだろ?まさかアインがあんな強力なブレスを吹くとは知らなかったのか……同情の余地はねぇ」
「消し炭になったんだな……ご愁傷様。しかしそれ、問題ねぇのか?」
俺はロキに振った。
「他人のラボに進入した時点で何も文句は言えまい」
「……そういう世界だったな」
法なんて有るようで無い。魔導都市では人権無視なんて朝飯前か。時に世界の約束すら破る連中だ。
流石は法の国西方と対極の東国である。
「凄い所なんだね」
今更的にマツナギが関心している。凄いっていうのはつまり……
「ああ、めちゃくちゃな所だ」
という意味で、だけど。
俺はその夜、なかなかセーブに入れなかった。
不思議と眠いのに、眠れない、眠りたくない。
下された結論に疲れている、でもそれが何故なのか……追及せずにはいられない。
思い出していた。
自分のたどってきた歴史を順繰りリコレクトして、一体何が『蓋』だろうかと考えていた。
……本当に思い出したくない事は思い出せないもんだろう。
思い出すコマンドは万能の過去思い出しシステムではない。ロックしてあれば何をしたって思い出さない。記憶力がないと思い出す詳細が曖昧になる。
ただし一つ、普通の思い出す行為とは違う事には……
間違った事を思い出す事はないという事だ。
割と重要だよな、思い出し間違えたらリコレクトなんて怖くて出来ない。
ただし、間違って覚えている事はそのまま間違えた状態でリコレクトする。当たり前ではあるけれど。
シエンタ、田舎の小さな村。閉鎖的に成らざるを得ない森の奥の村だ。閉鎖的だから変な固執が多くある。
俺は、戦士ヤトはマツナギの一族の風習とやらに強く何かを言えない。
そう云う事は有るのだというのをものすごく、知っている。風習に縛られた地域に住んでいたから、彼らにとってそういう縛りが重要であるのは知っていた。
正しいかどうか、というのは置いておいて、だな。
コウリーリスというのは森の国で、小さな村や集落がぽつぽつと点在する国だ。広大な森のおかげで文化交流がものすごく遅れていて……どうしても村が閉鎖的になるのだな。
魔種も多く住んでいる、だから容易く混種しそうなもんだと思うだろうか?
ところがこれが逆で……小さな村でまとまっている分他との交流を極端に嫌う。
誰と交流したとか誰との子供だとか、村全体に全部筒抜けなのだな。だから下手な交流など出来ないのだ。
違うものを排他する気質が高い。
魔種との混血なんぞしようもんなら間違いなく追い出されるだろう。ヘタすりゃ焼き討ち、もっと酷けりゃ殺される。そういう原始的な所がある。
戦士ヤトが住んでいた家もそういう、村の意向にそぐわない人間を排出したらしい。
ガキだった俺は詳しい話はわからない。分からないが……どうも育ての親のじいさんが頭を下げて、俺だけは村に出入りして学校みたいな所に行かせていたらしい。
親どもは直接俺には何も言わなかったが、その子供達は素直に俺を避けた。
影で何を言っているのか分かったようなもんだぜ。勿論、親しくしてくれた人も居るにはいるけどな。
じんわりとリコレクトする。
そういえば俺、じいさんと仲悪かったな。多分一方的に俺が……反抗的な態度を取りまくっていた。
思えば家出して、事も有ろうか人さらいに向けて『どこかに連れて行け』というのはやりすぎだったかもしれない。後悔しなかった訳じゃない。
間違いなく戦士ヤトは後に、自分の行いを全面的に……後悔した。後悔したってどうしようもない事で、改善しない事だからと最終的に開き直った訳だけどさ。
ぶっちゃけて、剣闘士になっちまったのが一番の失敗だよな。
剣士になりたいというのが子供心に憧れとしてあった訳だけど、それって現実を見てない儚い夢だ。今過去を思い出して俺はその過去を笑う。誰の意見で笑っているんだろう?俺か、戦士ヤトか。
よくわからない。
剣士になってそれで、どうすんだよ。剣振り回すって事は誰かと傷つけ合うって事だ。
それをガキの俺は理解してなかった。
剣闘士ってのは分類としては最悪な選択肢だったと思う。
そう思いながら……つい目を閉じた。
殺人鬼の子供と陰口を叩かれる環境が気に入らなかった癖に、人と殺し合うという職業を選択してその名の通り、俺は殺人鬼に成らざるを得なくなったんだ。戦って勝たない事には自分が死ぬ。そいう環境に常に立たされ続けて今のこの強さだ。異常な環境に立たされ続けた戦士ヤトは精神的に歪んでいる。……まぁ、歪みもするだろうな。真っ直ぐってのは逆に、可能性として無い。アダさんから指摘された通りだと思う。
でも、それがイシュタル国エズでの剣闘士としての日常だ。
俺みたいなイカれた野郎は山ほどいるのがこの世界での常識である。だから、俺はそんな自分の経歴が異常だとは思っていない。
お偉い公族の癖に血のっ気多くて、生活困ってないはずなのに戦いを望んで殴りこんでくる奴もいる訳だしな。イカれ具合だったら俺より奴の方が上手だろ。……誰か、だと?テリーだよ、本名テリオス・ウィン。西方の偉い家の坊ちゃんって肩書きだっただろ?もちろん、俺はそんなの今回の旅で初めて知ったけどな。
……ううん、違うな。
俺はベッドの上でゴロゴロと寝返りをうちながらリコレクトしなおす。
エズ時代はそんなに問題じゃないと思う、あそこで色々と開き直ったのはあるけれど……。
シエンタでの事か。
記憶を再びもっと過去へ戻す。
……繰り返し思い出すのはじいさん、まだ健在なんだろうか?って事だった。というか、村の連中俺の事なんか覚えてないんじゃねぇの?厄介者が居なくなって間違いなく清々していると思うんだけどな。
それとも……鬱憤を晴らす奴が居なくなって困るんだろうか?
自然とリアル俺の記憶が交り始める。
混ぜちゃいけないって分かってるのに、気が付くと連動して色々思い出しちまうんだ。
夢世界の事をリアルと比較したってしょうがないってのに。全く。
俺はリアル-サトウハヤトの余計な記憶をいろいろと思い出して、それで気分が悪くなってきている。戦士ヤトが、関係のない記憶に惑わされて戸惑って……勘違いしてるみたいだ。
というか、俺達がこの世界に騙されるのなら……この世界のものが現実の出来事に騙される事もあり得るのかも知れない。
レッドが良い例だ。
俺も?何かリアル-サトウハヤトの都合で取り違えている思いでもあるのだろうか?
よくわかんねぇや。
……夢を見ていたのかもしれない。
夢の中にあってその中で……奇妙な世界の夢を見ているのかもしれない。
俺は学生時代、イジメをした事はないしイジメられた覚えもない。だが一番最悪な事は多分に漏れずやってきた。
それは、関わらずに無視を通す事だ。イジメてる奴、イジメられてる奴に近づかず、存在に気が付いていないフリをする事。
それが一番卑怯だって分かってんのにな。そうしなきゃいけない、人間ってのは弱いのだ。
リアルでは力を示す事は難しい。
イジメであるだろう出来事がすぐ隣で起きているのに、俺は関係ないと無視している……いつしか、イジメられているのは幼い姿の戦士ヤトになる。
気に入らない奴を闘技場に引き上げて、観衆の前でぶち殺して鬱憤を晴らした記憶にリンクする。
そういえば……そんな事もあったなと反芻しながら俺は夢の中の夢から目を覚ました。
気が付いたらセーブして……エントランスに入るかどうかなど考えるヒマもなく朝までスキップしたみたいだ。
誰も起こしてくれないのに、ちゃんと小鳥が囀る時間には起きるのな、俺。
冷えるなぁ、季節的にはこれから夏なんだけど。流石は山の上だ。カーテンを明けると曇天で、雨が降りそうな低い雲が立ちこめている。……と、その薄暗い天気で危うく見逃す所だった。
……明らかに尋常じゃない煙がもくもく上がっているのが見える。
魔道都市の地理には疎いのでどこら辺なのかよく分からないが……いやぁ、まさかレブナント・ラボの方角じゃないよなぁアハハ~とか、気楽考えてに見なかった事にした俺。
昨夜考えた事を忘れていた訳では無いのでアレだが、やっぱり人間面倒な事には首を突っ込まないのが一番である。
見なかった事にして窓を閉め、顔でも洗うかと部屋を出た所、通路を歩いていたロキと遭遇。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
普通に喋るな……昨日レブナント・ラボで黙りだったのは、やっぱり意中だというレオパードの前だったからか?好きな人の前では黙っちゃうタイプ?
「眠れましたか?」
「ああ、何だかんだ考えたけど結局寝てたみたいだ。シェイディ国での疲れがようやく抜けたなぁ」
「……眠れたんですね」
少々呆れた顔をされた気がする。
ん?……ああ、俺の肝の座りっぷりに驚いているんだろうか。
へへっ……割とこれだけが俺のセールスポイントッスからッ。環境の変化で寝れないとかいう事は無いぞ、俺はどこでだって寝れるのだ。正直自分で思ってわびしいけど。
しかしロキは、抱えている大型の……ポットかな?あとタオルを俺に突き出しながらため息を漏らす。
「あんなに五月蠅かったのに……貴方って、鈍感なのね」
「……ウルサイ?」
すたすたと行ってしまったロキを見送り、俺は渡されたポットの蓋を開ける。
途端吹き出した熱気に顔を反らした、どうやらこいつは魔法瓶らしい。……魔法が掛かっている瓶じゃなくって二重構造になっていて保温能力があるリアルでもあるような魔法瓶の方な。
お湯が入っているようだ。
そういえば……部屋に水の入った巨大な瓶と顔がすっぽり入るくらいの皿が置いてあったな。
当たり前だがこの異世界、文化レベルは低い。シャワーとかフロとか、熱いのにいつでも入れるような所ではない。……いや、そういうシステムが整っている国もあるにはあるけれど。
寒かろうと冬だろうと、水しかない所が大半である。こうやってお湯を使わせてくれるのはありがたいのだ。
こんなん一々詳細やってられんからスキップするぞ。
とにかくお湯を貰って、顔やら体やら清めて着替えて部屋を出た。
その頃にはすっかり朝食の準備が出来ている。
たまんねぇ、コーヒーの匂いにつられるように離れからラボの方に俺は足を運んでいた。
「よぉ」
と、驚いた事にテリーとマツナギが席に座っているではないか。
「あれ、どうしたんだ……?」
マツナギがフル装備である事に俺は怪訝な顔になる。テリーなんか血まみれだ。服は脱いでラフな格好だが、体に付着した血をタオルで拭っては桶に張った水で濯ぐという作業を繰り返している。
俺には分かり切っている事だが、これはテリーの血ではない。他人の血だ。
奴が血を流す事は非常に稀である。直接戦った事がある手前、奴の実力の高さは誰より了解しているつもりだ。
俺がもう一人いるみたいなもんだ、間違いなく安心して背中を任せられる唯一の人物と言ってもいい。
「……何かあったのか」
「ああ、さっきまでやらかしててようやく片づいた所だ。迎えに来てやったって所だぜ」
眠むそうにあくびを漏らしている。
「そんな血まみれで来るんじゃねぇよ」
「そう言わないでヤト、一応心配してなんだから」
と苦笑するマツナギに余計な事言うなとテリーが小さくぼやいた。
「……誰と血みどろ戦やったんだ?魔導師か?」
「魔王軍だな」
「何?」
マツナギが厳しい顔になってテリーの言葉を肯定する。
「よくわからないけれど、魔王軍が襲いかかってきて大変な具合だったよ。夜中でね……この町って酷い所だね。魔導師が多く住んでいるのに、我関せずで誰も応援に駆けつけてくれないんだ」
少し怒ったマツナギの言葉にテリーは肩をすくめる。
「魔導師の家ってのは基本的に防御魔法がデフォルトで備わっているらしいな」
「……じゃ、あの煙って……レッドん家かっ!?」
「煙見えてるならお前、もうちょっと慌てて起きて来いよ」
「んな、まさかぁとか思ったんだよ!」
「確かにな、まさかとは俺も思ったが……」
テリーは何故かそこで可笑しそうに笑う。
「なんかすげぇ展開で大笑いだ。やべぇぞアイン。あいつすげぇ借りを作っちまって青くなってる」
「え?待て、アインは無事なのか?」
「無事も何も、あいつの所為でレブナント・ラボが大火事だ」
俺は呆れた顔を浮かべているだろう。
つまり何か。
奴の吹く灼熱のブレスの所為でレブナント・ラボが燃えたってのか!
「あいつテンパっちまって、いやぁ。レッドと魔導師連中の顔も見物だったぜ?あんなに放心した顔は見た事ねぇな」
うわ、それ……俺も見たかったなぁ。他人事のように思ってみたり。
「大丈夫なんだろうな?」
「もちろん、人的被害は無しだ。二階の重要資料は色々と灰になっちまったらしいがな」
朝食を交えつつ詳しい状況を聞いた。
ついでにアダさんに魔王軍の事というか……俺達が魔王討伐隊である事を説明する。
ところが、勿論俺らに『魔王討伐に行かないか』と誘ったのがそもそもレッドなのだから、俺達の目的がそれであるのはアダさんは承知していた。
しかし、実際に魔王八逆星連中と顔を合わせた事があるというのには正直、驚いたようである。
「ペランでは、八逆星の動きは何かあるんですか?」
「特に無いとは思うがね……レブナントの事がある。影の取引で言えばどうなのかは分からん」
「おい、レブナントってレッドの事だろう?奴に何かあるってのか?」
テリーの疑問の声に俺はバカだなぁとスプーンを指した。割とマナーにうるさいテリーは俺のスプーンを叩き落とす。
「あいつ一回魔王に寝返ったじゃんか」
「……けどそりゃぁ」
「実は元からレッドはその気だったんだ。改心してもっかい寝返ってこっちに戻ってきたけど」
「……聞いてねぇぞそれ」
ああ、言ってなかったと思います。
「戻ってきたんだから引きずる事じゃねぇだろ?」
マツナギが無言で笑って、俺の言葉に同意してくれた。テリーはため息を漏らしつつ頭を掻く。
「それで、魔王軍の出現は?ランでは今回初か?」
「初めてになるだろうな、……そういえば、倒した怪物達は?」
「レッドが放置しておけって言うからそのまま通路に捨て置いてあるが……。アレだろ、どうせ物好きな魔導師連中が全部回収するってんだろ」
アダさんが苦笑している所、その通りだという事だろう。
「って事は、間違いなく俺らに嗾けられたもんだな」
「悪く思う必要はない、君達で撃破したみたいだし……魔王軍に興味を示している魔導師も多い。呼び込んできてくれてありがとうとか思っているだろう」
「そういう変人どもが多くて助かるぜ。普通の街だとこうはいかないからな」
確かに、被害を出してなくても呼び込んだのが俺らだったら間違いなく、町から叩き出されるわな。
悪いのは魔王軍なのに、ついでに俺達も悪者扱いになっちゃうんだろう。自治体ってのはどうしてこう、ちっちゃいんだろうな?気持ちは分からんでも無いけどさぁ。
「じゃ、まだこの町に居ても問題は無いな?」
「むしろ……どういうご関係ですかと魔導師が殺到する可能性もあるか」
「げ、それも困るな……」
「それは無いでしょう」
素っ気なくロキが、食後のお茶をいれつつ言った。
「相手がレブナントとなれば……好奇心より世間体を優先するか。好き勝手な想定をして終わる事だと思います」
「……確かにそれもある」
俺は黙ってそれらを聞いていたけど……流石にここまでくるとレッドの野郎が不憫に思えてきた。
「あいつはそんなにこの町で嫌われてんのかよ」
「彼が嫌われているのではない、忌避されているのは彼の肩書きの方だと私は思う」
「……脱ぐに脱げない、紫の位か。……アダさんには聞けねぇしなぁ。テリー、何か奴から聞いてるか」
「聞いたぞ、襲撃騒ぎは昨日レッドが暴露してる途中の出来事だったからな」
「何したってんだよ」
「師匠殺しの疑惑があるらしいぜ」
「……確かに奴なら殺してそうだ」
俺は素直に気持ちを口に出しました。ええ、そりゃもう素直に。
おかげでマツナギから呆れられてしまう。
「そう言う所は疑わないんだね」
「あいつはそーいう奴だよ。付き合いは短いがよぉく分かった」
アダさんの手前これは口には出さないが、はっきりいって王道展開を自ら選んで突き進む奴は確かに、師匠殺しもデフォルトであるような気がする……いや、間違いなく黒だろ。
王道展開するなら間違いなくやらかしてるぞ野郎。
「聞いた話じゃ師匠……アルベルト?そいつも最低な野郎らしいぜ。一番ヘタな扱いをされたのはレッドだろう。殺意があるのは当然なんじゃねぇ?」
そのアルベルトと親友だったというアダさんの前だったが、俺は気にせずにそう言っていた。アダさんもレッドの事を心配してたみたいだし。
「君はその疑惑は真実だと……そう思うのか」
「え?ああ……俺はアダさんよりは付き合い短いですけど、あいつはそーいう事やる奴だと思いますけど」
「……付き合いが長いからこそ、私はそんな事はしないだろうと根拠もなく信じているのかも知れない。……そうか」
アダさんはそう言って少し俯いてしまった。
「……すいません、」
「いや、気にしないでくれ。別に真実がどちらであろうとも構わないんだ。だが……彼をそんなにまっすぐに見てくれる人が居るのだというのが逆に、私は嬉しいのだ」
「まっすぐって」
照れる通り越して背筋が凍りそうですよ、それ。
「それでヤト、お前の問題はどうなんだい?」
「それが、どうも術式でどうにかなるもんじゃねぇみたいだな。……一旦故郷に戻ってみろとか言われてるんだけど……じ……いや。いいのかなぁ?」
危うく『時間あるかなぁ』と言う所だった。
これはNGである。
ログアウトが近いから正直プレイヤーの俺達には『時間が無い』。だが、それは連続してこの世界の住人である人物には意味のない概念で、理解されない事である。
こういう不用意な発言をすると、稼いだ経験値が削られてしまう訳だ。
「よし、じゃぁその件含めてレッドのラボに戻るぞ。いくらすぐに追い出されないとはいえ……正直尻の座りの良い場所じゃねぇからな。さっさと方向決めて魔導都市とはおさらばしようぜ」
そうしたいのは俺も山々だが、ちょっと待てよテリー。
「アダさん、俺の調査は?」
「ああ、それは昨日大体やっただろう、あとはレブナントに説明するために資料をまとめるだけだから。後で持っていこう……ロキ」
「……」
無言で、明らかに嫌そうな顔でロキが振り返った。
「レブナント家の後始末、手伝っておいで」
「……分かりました」
彼女、顔で現しているほど嫌じゃないらしいからな、アダさん曰く。
いやぁ、派手にやったもんだ。
戻る道中、魔導師達が我先にと黒い怪物の死骸を巡る争奪戦を繰り広げているのを横目に、俺達はレブナント・ラボに戻った。
道順なんか覚えてなかったけど苦労しなかったな。
珍しい怪物の死骸を得ようとする魔導師の群れおよび、残っている血痕をたどればいいんだもん。
「ひでぇマーキングもあったもんだなぁ」
「おかげで迷子にはならずに済むだろ」
テリーの奴、こういう事任意でやってるんだな……。
「アダさん家は分かったのか?」
「ああ、ナギも近い距離なら追跡は得意なんだとよ。一応、お前ん所にもとばっちり行ってる場合もあるだろうってんで……俺とナギが派遣された感じだ。心配して損したけどな」
すいませんね、一人ぐっすり眠らせて頂きましたよ。
で、到着しましたレブナント家。
……あちゃぁ、完全に二階部分が焼けて穴空いてる。
「どう弁償するつもりだ?……アイン」
「こりゃぁもう身売りしかねぇかもな」
話を聞く所、ダブルブッキングだったらしい。
すなわち、アインを狙う魔導師の襲撃その後に魔王軍の襲来があったそうだ。
よっぽどとッ捕まっていた魔導師達が怖かったのか、混乱してしまったアインは室内に忍び込んできた魔導師相手に、奴の攻撃コマンドである火炎ブレスを遠慮なく見舞っちまったんだな。
室内で火はやばいだろう。
しかも書籍とか、燃えやすいものが多い所でそれは一番やっちゃいけない事だ。ここまで来るとコメディだよ。
だが何より、レブナント家に忍び込んでくる魔導師もイイ度胸してる。よりにもよって世間体からキビシー目で見られているレブナント・ラボに飛び込んで来るんだからな。なんか、色々よっぽどだったんだな、と思う。魔導士は自分らの欲為なら何だってする連中だ、常識なんぞ当てにならんな。サトーとか見てるとものすごく納得するぜ。
「で、アインを追っかけてきた魔導師は」
「黒こげだ、レッドん家に入ってくる時点で浅はかな連中だってのは予想つくだろ?まさかアインがあんな強力なブレスを吹くとは知らなかったのか……同情の余地はねぇ」
「消し炭になったんだな……ご愁傷様。しかしそれ、問題ねぇのか?」
俺はロキに振った。
「他人のラボに進入した時点で何も文句は言えまい」
「……そういう世界だったな」
法なんて有るようで無い。魔導都市では人権無視なんて朝飯前か。時に世界の約束すら破る連中だ。
流石は法の国西方と対極の東国である。
「凄い所なんだね」
今更的にマツナギが関心している。凄いっていうのはつまり……
「ああ、めちゃくちゃな所だ」
という意味で、だけど。
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