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7章 白旗争奪戦 『神を穿つ宿命』
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■ ぶっちゃけて俺の『何も無い過去』 ■
※ 本編とは別の 俺が俺の昔の事を思い出して、
それをまるっと見れる様にした記録だ
見ても、見なくてもいい。好きにしてくれ。
俺の記憶を覗き見したくない場合は
スキップして先に進めばいいと思うぞ ※
思い出す事が出来る限界、というものがある。
分かり易い極端な例えをすると、よちよち歩きしていた頃の自分なんてものは中々思い出せる事じゃねぇだろ?
ガキの頃の記憶の断片は具体的に何時で、何があってそうなったかなんて、当然とはっきり思い出せない。
そして何より、その時にどんな事を思ったなんて……思い出せるはずがない。
リアルにおいてもそうだ。
むしろ、リアルの方が記憶が曖昧であるように思う。
思い出して見せよう。
俺の、戦士ヤトの何もない過去について。
何もない、と言っても記憶がないという意味じゃない。
この場合は『何も特筆すべき事がない』という意味だ。
俺から見て、何も特殊な事など無いという意味で、だな。
特別な英雄の血を引く訳でもない、生まれも育ちもドが付く田舎、閉鎖的で文化的とは掛け離れた陸の小島にいた頃の俺の記憶。
ああいや……見方によってはおかしな血は引いてるのかもしれない。俺の分かっている正しい事は『経歴不明』だからはっきりとは分らないのだ。分らないものを断定してそうだ、とは言えんからな。
ヤト・ガザミの子供の頃の、思い出せる限り全てのリコレクト。
俺は、それを冒険を共にする仲間達に隅から隅まで暴露する。俺の言葉足らずで説明し忘れる事も無いように……全部だ。
そうする事で『何も特筆すべきことが無い』事を証明してやろう。
何しろ俺には、俺自身の事であるからだろうか……何も特別な事を感じる事が出来ない。
ならば……他人から評価を貰うしかない。
思い出せる全部の記憶を、ログ・コモンコピーという特別なコマンドで連中に公開する。これにより、ヤト・ガザミの記憶のデータベースに他の連中も関数を打ち込める。
それによって、俺の思いが変化する事を俺は、望んでいるのかもしれない。
具体的には俺が、アベノ・アダモスさんに言葉で説明した事の……詳細版だな。
もしかするともっと余計な事実が含まれる事もあるだろう。そして、そのように俺のリコレクトを観客的に見る者それぞれが違った思いを抱くかも知れない。
思いまでは縛れない、リコレクトするたびに俺自身でさえ、過去の出来事に対する評価は変わるのだ。
これから暴露する『何も特筆すべき事がない』と俺が評価している過去についてどう思うかは勝手だ。そして俺はその勝手を許すという事でもある。
これは多分……リアル-サトウハヤトには出来ない芸当だがな。
リアル俺はその、想定している『自分』という評価を、他人から変えられるのが怖いと思っているはずだ。
要するに他人から『どう思われているか』というのを知るのが怖いって事だな。
知りたくて堪らない癖に、その評価で自分が自分に見いだしている『価値』みたいなものが揺らぐのが怖い。怖いから他人との接触を拒み、価値の変動を防ごうとしているのだ。
バカみたいだな。
ここでそれに気が付いても意味の無い事なのに。
俺はこの仮想世界に置いて、現実の自分をも観客的に見る事が出来ている。
現実で何が『出来ていない』のかが『俺』にも見えている訳だ。でも、そうやって考える事自体が無駄だ。
この仮想世界で起こった出来事はいかなる事も夢となり、リアル俺の経験にはならないというのに。
俺が必死に『リアルの俺は』とか考えたって、結局リアルの俺には何も反映されないのだ。夢の中で思った事なんてどう足掻いたってただの夢なんである。
そこん所、忘れずに憶えておいてくれ。
この『思い』は……リアルでいくらリコレクトしてもリアル俺は、思い出せないから。
さーて、俺は投げやりかつ、ぶっちゃけまくってこれからログ・CCするわけだけど……。
もちろん、言いたくないと拒否してもよかったんだぜ。
『俺』は俺にそう言っておこう。とすると……戦士ヤトはこう答える。
ばぁか、戦士ヤトはそんなチキンなプレイは出来ねぇんだよ、お前とは違ってな。
レッドに、キャラクターを裏切るなと言った手前、俺はチキンなキャラクターに逃げる事が許されないのかもしれない。
まーいい、戦士ヤトは何も恐れていない。
それでも今このように色々弁明して恐れているのは多分、リアルチキンの『俺』の方だって事を覚えていてくれ。
リアルの俺は、自分の子供の頃の事なんて、ろくに思い出せない気がする。
でも、戦士ヤトについてはリコレクトすると色々と、思い出すようだ。割りと何度も反芻しさっさと笑い話にしたいと、その思いを引き摺った『過去』があるもんな。
出来れば忘れてしまいたいのだが忘れられないから……過去を受け入れる為に、そのように行動したのだろう。で、現在は完全に笑い話に昇華したと思っている。
苦も無く思い出せる事がその証拠だってな。
過去から順繰り思い出せばいいのだが、人の過去というのは芋蔓式に引き上げられるものであって……その順番が時間軸通りとは限らんのな。時に余計な事もリコレクトするかもしれん。ここ、割りと重要な所。
とりあえず、これから呼び出す場面よりもっと昔の事も覚えているけれど……戦士ヤトは子供の頃の記憶としてまず、ここを思い出すようだ。
そっから始めよう。
*** *** ***
思いっきり殴られて、固い粘土質の地面に尻餅をついていた。
目の前がチカチカする、星が飛んでいるってこういう事を言うんだろうな。
冷たく感覚が無かった左頬に急激な勢いで熱が差す。
殴られた、大人に殴られたのはこれが初めての体験なのだろう、だから俺はそれを覚えているのだ。
その後の人生に置いて、殴られた回数なんてそれこそ今目の前で飛んでいる星の数だ。ついでに、殴られて殴り返した数も同じく、だな。
更に余計な事を言うと、人生に置いて殴られた回数の2割はアベルだな……あいつ、俺を殴りすぎ。
何?それ程長い付き合いなのかって?
ああ……ついでだからアベルとテリー以外向けにリコレクトして置くか。
俺とアイツは本来、主従関係なのだ。というか……多分主従関係以下だな。
これから詳しく説明する訳だが、俺は自分で自身を奴隷の身分に蹴り落とした経歴がある。故に、俺は長らく身分的には最下層なのだ。
俺は隷属剣闘士という肩書きであり、奴はその剣闘士を抱える闘技場経営者の一人娘。接点すらない身分差だよ。
俺は奴にとって、消耗品としての奴隷剣闘士の一つに過ぎない。対し俺は、逆立ちしたって奴には逆らえない弱者だ。まぁそれが色々あって現在に至る。
その色々の部分はやはり、いろいろな事情から俺の口からは言えない。それは、アベルの事情であり俺の事情ではないからだ。
俺が言える範囲でなぜ今、俺とアベルが一緒に旅するなんて事になっているかと言えば……俺は実力で自分を買い戻して弱者である立場を脱出したから、と言えるだろう。
言った筈だな、俺はイシュタル国エズにある闘技場において最優勝者を勝ち取ったエラい肩書きを持つ戦士である、と。
ようするに戦いバカでしょ?とアベルから呆れられる訳だけど。
奴隷である俺には、そうする事でしか人権とやらをを買い戻す手段が無かったのだから仕方がない。
そして俺は、過去を語るとすれば自分でそういう立場に転落していった。誰かに蹴落とされたのではない。だから余計に誰も憎めないのだ。
戦いバカだった。……今もそのように評価される事を否定はしない。
話が脱線したな、とにかくだ。
俺は初めて大人から殴られた経験を覚えている。
やっぱりはじめの一発ってのは誰にとってもキツいもんだろう。人によっちゃぁ親父からも殴られた事がないなどと嘆き、赤の他人に初めて殴られるっていうもやしっ子だっている訳だし。
だが、俺には周知の通り、殴ってくれる父親も母親も居なかった訳で。
俺をその時、初めて殴ったのは――友達の、母親。
その日初めて対峙した大人だった。
いや……少し年上のアイツの事を友達と言っていいものか。少なくともこうやって殴られる前までは友達だと……俺は思っていた。
殴られてみてああ、成る程。
もしかするとアイツの事は、友達と言ってはいけなかったのかも知れないと、リコレクトして『思い出す』のだ。
何するんだよと、何時もジジイに杖でつつかれる度に強気に言い返していた俺だったが……何分小さな村に一緒に住んでいるとはいえ、ほぼ初めて目の前にする人で、大人で……俺が見知らぬ『母親』という存在だ。
すっかりびっくりしてしまって、長らく呆然と地面から立ち上がれずにいた。
火を当てられたように熱を持った頬に触れる。
血が出ているのかと思ったが……その様子はなかった。
唐突に、とぎれていた音が洪水となって俺を襲う。
大声で泣きわめいているアイツ、トマの声。慌てて俺を引っぱたいたトマの母親の腕を引っ張る他の……大人。
何が起こっているのかさっぱりだ。
おかげで、沢山の声が聞こえていたはずなのにその意味をくみ出せない。
気が付いた時、俺はその場に一人になっていた。
立ち上がっていて……落ちている棒きれを拾い上げ、そうそう。
ここからさらに過去をリコレクトしていくぞ。
これでトマとチャンバラごっこをしていたんだ。
トマ、というのはこの村におけるいわゆる、ガキ大将みたいな奴でな。体格の良い奴で何かと弱い者を虐めて遊ぶような……典型的ないじめっ子だ。とはいえ悪意を一方的に誰かに投げるほどじゃぁない。
全てが子供の遊び半分、俺も悪戯される標的の一つだったが幸い、一方的に嫌われている訳では無かった。
……この一件があるまではな。
多分、トマが一人だったからだろうと思い出す。
アイツは体格がいいから、ガキ共から一方的に恐れられている所があったんだろう。少々暴力的な事になるとトマに敵う奴がいない。
俺も最初は、間違いなく奴から一方的なイジメを受けていたように思う。けど俺は、昔っから負けん気だけは強い性格であったらしく……容易く奴に屈したりなぞしなかったのだな。
何がきっかけだったかは覚えていない、毎日のように悪戯と報復を繰り返し、追いかけられ、追いかける日々が続いていたらいつの間にかそういう『仲』になってしまっていた。
分かりやすく言うと俺は、唯一トマの同格、みたいな立場になっていたのだな。要するに好敵手と書いてライバルと読ます、だ。
肩を並べて歩くような事はしないものの、遊ぶ時には必ず俺が巻き込まれていた。
例えそれが『鬼』としてでも、子供の俺は構って貰えるだけで嬉しかったはずだ。
棒きれを手に持って引きずりながら、俺は村の外れにある家に帰った。
戸を叩く頃にはすっかり陽が落ちて真っ暗だ。いつもの事だ……それくらい、俺ん家は村はずれにある。
薄暗いランプの光が漏れるだけの寂しい小屋の引き戸を開ける。今にも崩れそうな掘っ立て小屋な所為か、立て付けが狂っていてかなり力がいる。
「……ただいま」
いつものように元気には言えなかったな。
やっぱりショックだったんだ。
ガキの俺には自分が受けたショックな出来事をどのように昇華すればいいかなど分からない。
「おかえり、元気が無いが……何かあったか」
「殴られて痛いんだ、……腫れてるか?」
薄暗い部屋の中、唯一の家族であるじいさんが立ち上がる、その影だけが見える。
「イタっ!」
冷たい手が少し強く俺の頬に触れる。
「……何をした」
誰から殴られたのか、まるで察しているように静かにじいさんは聞いて来た。
白髪も髭も伸ばしっぱなしにしている、俺の唯一の家族であるジジイ。
血のつながりのある祖父なのか、孤児である俺を育てているだけなのか。よく分からない。
そういう重要な事をヤボだと言って、じいさんは決して話そうとしないのだ。俺が聞いても、頑なに口を閉ざしやがってな……それで、ガキの俺は聞きだすのを諦めたのだ。聞き出した所で父母が現れる訳じゃないの位は分っていた。
父母どっちか、あるいはどっちも居ない奴ってのは別に珍しい訳でもない。
俺が住んでいるこの小さな村シエンタでもそういう家庭は珍しくない。山賊に襲われて命を奪われたという不幸な事件から、病気で亡くなった人もいれば……崖を踏み外したとかいう事故まで。
人間ってのは些細な事で死ぬ。
死は、この世界では近しい存在だ。
「何も?」
俺はふて腐れてそう答えただろう。
何もせずに誰かが殴る事などあるまいとか、じじいがさらに頬を揉むように俺をたしなめる。
「トマの野郎を打ちのめしてやったんだよ、それだけだ!いつも事だろ?」
「それでトマから殴られたのか?」
「アイツに殴られてこんなに腫れるかよ」
奴とのとっくみあいのケンカなんか日常茶飯事だ。
小さく頷いてじいさんはため息を漏らした。
「ケンカなぞするなと、あれ程言っただろう」
「してねぇよ、ケンシごっこらしいぜ。俺は例によって鬼役なんだけどな。でもさ、鬼が武器もっちゃぁいけないという事はねぇだろ?……ちょっとした反撃に出ただけなのに」
……あのババァ、思いっきり殴りやがって。
ああ、また余計な事をリコレクト。
俺ガキの頃ものすごく口が悪かったんだよ。今と変わりない?まぁ、今は元に戻りつつあるな。色々あって口調をボクに改めた過去があったりするぞ。……ま、これはおいおい。
……なんでオトナから殴られなきゃいけないんだ。その時俺は、怒りとかの前に『何故』という事で身動きが出来なくなったんだと思う。
何故?どうして俺が殴られなきゃいけない。
さっきまで他の連中が、棒きれもって俺をしたたか撲っていたじゃないか。俺が反撃にトマを棒で叩いて、それでどうして俺だけが殴られなきゃいけないのだ。
ケンカするなとジジイが俺に口を酸っぱくしていつも言う。
殴られても、決して殴り返してはいけないってな。
理由も無しに頭ごなしにだ、俺に理解出来る訳がねぇ。
それでも何度もそう言われるから、仕方なく我慢していたが……限度ってもんがあるだろう?
だから、ジジイとの約束を反故してやり返した事がある。
それ以来、俺を無意味に叩いてきやがった連中は俺を殴らなくなった。相手が殴らないなら俺も相手を殴る必要がない、殴られるのを我慢する事もない、嫌な連鎖が止まるというのに。
なんでケンカするな、なんて俺に言う。理解できんと、むっつりしつつ一応出来る限りジジイのいう事は意識して暮らしていた。
……俺は当時理解出来なかった。出来る頭も持ち合わせてねぇんだ、仕方がない。
唯一トマだけが、俺がやり返してもまた、やり返して来たんだな。
それでイタチごっこしていたんだが……それでも俺は、反撃はなるべくため込んでからにしてたんだぞ。
一応ジジイとの言いつけを守って……なるべく我慢してきたんだ。
その後も都度ケンカなんぞしとらんだろうなと、クドく釘を刺してくるジジイの気配りは……つまり、こういう状況になる事を恐れての事だったんだ。
俺は、強者になってはいけなかったのだ。
この村で、弱者でなければいけなかった。
強い事を証明してしまうと途端、俺は一人になってしまう。
唯一俺と戦ってくれたトマが……以後俺を避けるようになったのは言うまでもない。
奴は俺から反撃されて号泣したんじゃないんだぜ、突然母親が乱入してきて俺を殴り飛ばし、あいつの体面を台無しにしたから……多分、そっちの方がショックだったんだろうとリコレクトして今、思う。
何が起こっているのか奴も多分、分からなかったんだと思う。
分からなくなって泣き出しちまったんだ。
ばぁか、泣きたいのはこっちだよ。
……いや、俺はその場で泣いていればよかったのか。
泣かずに居てしまった事が、俺がトマよりも『強い』という証明をしてしまったのだ。
そう思う。
成る程、俺はその頃には色々村の『仕組み』というのが薄々と理解できるようになっていた。
一人孤立してしまってから、ジジイが何を心配していたのか俺は理解する。
要するに俺が、こうやって本当に『鬼』になっちまう事を恐れていたんだ。
少し間違うと俺が『鬼』になっちまう事をじいさんは知っていた。
でも、それを説明したってガキの俺が理解出来るはずがない。話してくれれば理解できたとは俺も思わない。
じいさん家は『鬼』を排出した忌まわしい経歴を持つんだとさ。それで元々村八分にされてんだ。
俺はそこで不幸にも育てられた孤児なのだ。俺に実際鬼の血が入っているかなんてものは……そんなのは村の連中には関係無い。
血じゃないのだ。結局問題なのはドコに属しているか、という事なのだろうと思う。
しかし俺はそういう自分に架せられて行こうとする宿命を理解して……腹を立てたのだ。
好きでこんな所に住んでいるんじゃない、好きで孤児やってるんじゃない。好きで生きてるんじゃないんだ、ジジイに面倒見られている訳じゃないんだ。
俺の価値観をお前らが勝手に決めるな。
そんな具合かな。
とにかく閉鎖的な村の連中に次第に反発心が強まっていった俺だったが、不思議とその暗い思いが萎むのだ。
指をさされて、鬼子だ魔物だと言われる度に俺はがっかりして自分を戒めたのだろう。
そうやって悪い奴を決めて虐めて満足している様な、あんなちっちゃい奴らを憎むなんて止めろとブレーキが掛かったたのは……幸いなのだろうか?
俺はガキながら気が付いてしまったのだ。
ジイさんが俺に、ブレーキの掛け方を教えてくれていたからかもしれない。
憎まれて憎み返していたら……その、じいさんの息子だという鬼とやらと俺は同じだと、俺はそれだけは理解して村の人を逆恨みはしなかったんだ。というより……理解してしまったから出来なかったのだろう。
俺は鬼とは指さされるがそうじゃないと思っている、だから……自分から鬼として振舞うような事は虚しくなるから出来ないのだな。
じいさんが村人全員に頭を下げてまで、村の学校みたいな施設に俺を通わせてくれたんだけど――
もしかするとそれが、俺自身を更に過酷な道に進ませてしまったとも言えるんじゃないだろうか?。
天使教という西方国の宣教師が、このちっさなド田舎にもやって来て布教してるんだ。独自の宗教観を持つシエンタの村だったが、これを少しずつ改革するのがその宣教師の役目であるらしい。
とにかく宣教師が真っ先にすべき事は村の力になって協力姿勢を打ち出すだってんで……。宣教師は昼間の間子供達の世話をする事を申し出て、いろいろな事を教える学校を開設したんだそうだ。
宣教師の先生が、俺の素朴な疑問に丁寧に答えてくれたよ。
そうやってド田舎の村にもかかわらず学校という制度が根付いていた。
先生がいい人でな、村人の反発に屈せず鬼子と罵られる俺を受け入れてくれた。
間違いなく俺、ジジイより先生の方を信用してたかもしれんなぁ。とはいえ先生、忙しい人だから学校の授業の間くらいしか会えないんだけど。
先生はガイジン(村の外から来た人だからな)にも関わらず、良い人として村から絶対的な信頼を勝ち取っていたのは間違い無いだろう。俺もご多分に漏れず先生を信頼していた。
先生が語る、まるで夢物語のような『世界の外』の話に俺は夢中だった。
世界が広いと云う事をそれで知れた事が何より俺にとっては大きかった。
知らなかったら、俺は容易く他人を恨むようなちっちゃい奴に留まっていただろう。
このシエンタという村がどれだけ田舎か、という事を理解して……その中でウジウジ誰かに責任転嫁して恨んでいたってどうしようもないと、俺はそのように大きく構えていたのだ。
当然、この田舎村に長くいる気が無かったからだな。
逃げ出したかった。
あたりまえだ、長らくトマとの間にちょっとだけ歪な友情があったんだが、それももろくも崩れ去り……。大人も子供も俺を避けた。
鬼子だと罵られていた事はずっと前から知っていて、割とそういう扱いに開き直っていたんだけどな。
一人になってしまったのは流石に堪えたようだ。
外の世界というものに俺は夢中になっていた。逃避する事に必死になっていた。
村から逃げ出す事で頭がいっぱいだった頃、俺は孤立していたから時間は有り余っている……かというとそうでもない。
ジジイの家が孤立してるからな、日々食うものを確保する必要に迫られる。
幸いシエンタは季節はあるが雪が降るような極寒の厳しい冬は長くは無い。俺は獲物を捕まえる罠の仕掛けやら、食えるものの知識やらを幼い頃からごく普通に叩き込まれ……何もなければそのまま樵やら狩人やらで生計を立てていく事になっただろう。
ジジイとついでに俺も村八分されたからな、物々交換とか村人と成り立たないのだ。欲しいものは全部自分らで手に入れないといけない。
けどまぁ、俺は絶対樵や狩人にはならねぇと密かに心に誓っちまったけど。
ジジイの前ではそういう風に振る舞っていた訳だが、……周知の通り俺の望みはそうじゃなかった。
外の世界には『剣士』というのがいるらしい。
武器を携えて、強い者と戦うという。
この存在を聞いて単純に憧れない奴がいるだろうか?ロマンだよ、先生から色々な話を聞いてすっかり俺は虜になったね。
すっかり、外の世界に行って俺は『剣士』になると、心中息巻いていた訳だ。
ちなみに、そういうあこがれを抱いているのは俺だけとは限らんな。その話を聞いた殆どの男子が同じように夢中になったもんだ。
俺は万年鬼役だった、理不尽極まりないと思っていたが俺が必死に『俺は鬼じゃない』と否定したってどうしようもないのだ。
結局そういう肩書きは、俺が決めるんじゃなくて俺を取り巻く他の連中が決めるんである。
多数決だ、俺の事を鬼だと多くの人が指さした。それで俺は鬼役をやってなきゃいけない。
せめてジャンケンで公正に決めればいいのに……俺と村の子供達の立場はそもそも公正でもなければ平等でもない。
閉鎖された小さな村において、差別があり、落差があった。
それが当たり前。
当たり前の事を非難した所でどうなる訳じゃない。当たり前すぎて非難しようもないくらいだ。
連中は『ケンシ』を模して棒を剣として掲げ、鬼である俺を追い回す……という事が起こるようになった訳だよ。俺含むで皆ケンシというのにあこがれていた訳だからな。
そういう事が割と日常茶飯事ゴッコとしてあったわけだが……俺は鬼役として適任だったろうなぁ。
物語の中に置いて、剣士は強くなきゃいけない。
強さを証明するには戦う相手もまた強くなきゃいけないからな。
俺が弱虫のチキン野郎だったら鬼役はそもそも務まらなかっただろう。時に反撃と武器を取り、ケンシの奴らを追いかけ回したりするからこのゴッコは日常の中に遊びとして成立していたのだ。
で、鬼退治の事件になるわけだ。
ここでようやく冒頭の事件が起こる。
そして事件が起こって……徹底的に俺は疎外されることになってしまうのだ。
実は鬼が一番強かった事が判明してしまい、遊びが終わってしまったんだ。
『俺』としてコメントするが、その子供の遊びに親がマジスレするのは頂けないよな。
いわゆるDQNという奴だと思わねぇか?あ、そろそろ死語かこれ、若い子に分かる言葉で説明するには何って言えばいいんだ?モンスターペアレンツってのとも、ちょっと意味が違う気がするんだが……便利な表現なんだよなぁ、あの絶妙なダメ具合を表現するのに最適な略語だと思うんだが。
子供には子供の世界があるのに、そこまでして俺を大人達は排他したかったのか?
……したかったのか。
俺がいずれ、本当の鬼になる事を信じていて、恐れていたのかな。
……そのように排他する事が鬼って奴を生んだ事すら連中は知らんのだから……まぁ、仕方がない。
とにかく、多くの男の子が憧れる『剣士』への道にだな、多くはゴッコで終わる所、不幸にも俺は、それを実行に移すだけの行動力を持っていた一種『証明』を得てしまったのだ。
……不幸だぞ?
そうして今、現在のイタい人柱勇者が成形されている通りなんだからな。
地図なんて立派なものはシエンタには無い。
俺は村で唯一であろう、天使教の教会に飾られていた立派な世界地図を必死に模写した。
紙も鉛筆も貴重なものだ。
生活するに必要な仕事の合間を見て、俺は出入り自由の教会に平べったい大きな石版を持ち込んで、石炭でもってこれを必死に模写したな。
出来映えは……まぁ想像にお任せする。稚拙なものだったろう。
密かに、俺は村を脱出する計画を練っていた。模写した地図を見ながら、どこに行くかを考えた。しかしなまじ毎日近辺の森を歩いて獲物をしとめたりしているからだろうな。
どうやったらこの広大な森、そして立ちはだかっている巨大な山を越えるの検討がつかない。
森があれば生活するには困らないが……つまり何日もそうやってひたすら歩いてあの山を越えるしかないのかと、俺は他に良い方法はないものかと日々夢想していた。
ガキの考える事だからな、割と重要な事が抜けてたりする。
……ごく稀に、ガイジンが訪れる事がある。
その時……連中が騾馬やらに荷物を積んでいたり、自身もまた走りトカゲなどに乗っている場合がある事に俺は、唐突に気が付いた。
家で飼ってる家畜に乗っていけばいいんだと気が付いた訳であるが……これを持ち出してしまったら、ジジイは生活に困るだろうなぁというのが分かって諦めた。
ともすれば、新しく乗り物を調達すればいいとか考えるんだけど……。
……とかって、そう簡単に行くはずもなく、だけど。
金があるわけでもないし、そもそもどんなに良いものと交換を願ったって村の連中は俺と交渉なんぞしないだろう。
残る手段は野生の何かを調教……という手も考えたが、シエンタ近辺で飼い慣らして搭乗できるような生物が居ない事くらい嫌でも知っている。日々獲物を探して近辺の森を歩きまわっているんだからな。
山の奥まで行けば話は別だが……いつのまにか村を出て行くという計画から色々と外れて行っている気配に俺は、乗り物を使う方法は諦めていた。
そのように色々画策はした過去が俺にあるから乗馬スキルを始め、騎乗技能が備わっていると思いねぇ。
そうやって行き詰まっていたある年の冬。
森や気候にも波がある。その年の冬は少しばかり厳しいものだった。冬が長引く事を悟っている植物達が種を多くばらまく事を控え、厳しい冬を察知した動物達が我先にと少ない恵みを奪い合った。
人間は大概出遅れる。毎年同じだと根拠もなく信じ込んでいるからだろう。
特に群れていると……誰か聡い奴が危機感を抱かないかぎり周りの調子に合わせてのんびりになるんだとか。
ジジイがそう言っていた。じいさんはその冬が、厳しくなる事を敏感に察知していた様だ。
ならそうだと、村人らにも教えてやればいいのに……。
ちょっとばかしそう俺は思ったが……じいさんが黙っている理由が俺には理解できて俺も、黙っていた。
ああそうだ。どうせ信じて貰えない。
果たしてその通り、いつになく厳しい冬が訪れた。
動物達は厳しい冬を乗り切る為にずっと南下してしまい、静かな沈黙の森だけが動けず、必死に冷たい空気が行き過ぎるのを耐えている。
俺ん家は二人だからな、なんとか切りつめればいいんだけど。……それに前準備したしな。
大家族だと辛いらしく……村にある日、見慣れない一団が現れた。朝靄の掛る頃ひっそりと村の中央に現れた見慣れない馬車が村から出て行くまでを、俺は教会に通う途中見付けて、見届けていた。
朝一番に学校に行く癖が俺にはあったな。
すっかり孤立していた俺が、唯一気兼ねなく話せるのは先生くらいだった。とはいえ、勿論先生にも色々立場ってものがある。
俺が気兼ねなく話が出来るのは、早朝くらいだったんだ。
それで、朝一番に教会に行ってだな、先生にその見慣れない馬車の事を話した。
村八分である俺らの家には、村の行事の連絡など回っては来ないのだ。何かの行事かと聞いたのだな。
「ああ……そうですか」
少し残念そうに先生がため息を漏らしたのを覚えている。
「あれ、何なんだ?」
「今年の冬は長いだろう、それで……村では食糧難になっているそうだ。かく言う私も色々切りつめて、なるべく負担を掛けないようにしているんだけど」
俺は、いつもこっそり差し入れしている獲物に視線を落とした。
鶉の足を結わえたものを先生はありがたく受け取った上で……君の所は大丈夫なのですかと聞いてきた。
「まぁな、……こうなる事は分かってたって先生にも言ったよな。だから早めに色々蓄えてあったし……」
「ありがとう、助かっている」
雪こそは降らなかったが、朝晴れると森全体が凍りつくような寒い日がなかなか去らないのだ。
「……先生から言ってやればよかったのに」
冬が、厳しくなると。
「私にそのような神託の能力があるならばそのように、村人達に告げる事も出来ただろうね。でも……一度そう言う事を行ってしまうと続ける必要に迫られる。森の事をよく知らない私が不用意に口を出して良い事じゃないんだ」
成る程な、俺はその『仕組み』がなんとなく分かった。
だからって俺やじいさんが言っていたから、などと先生は言う事も出来ない。
情報の出所が俺やじいさんでは結局の所、聞き流されるだけだし。
そして、実際その通りになったとするならば……この厳しい冬を予言した俺やじいさんはどういう扱いを受けるのか。大体予想がつく。
圧倒的な悪意で避けられている俺らに対する評価は、常にあり得ない具合に歪んでやがるのだ。
ヘタをすればこの厳しい冬はお前らの所為だ、などというとばっちりにまで発展する可能性も信じる事が出来る位だ。
「……で、何なんだ?あの馬車」
「……人買いだよ、口減らしに……子供が売られていったのだろう」
非常に言いにくそうに先生はそう答えた。
正直すぐに意味がよく分からなかった俺だったが、ようするに少ない食料を分け合う人数を減らす為に幼い子供を、売り払って……村から追い払ったというのを理解して。
俺は、ひらめいたのだ。
村から追い払う?つまり、その人買いとやらはこの村から、この村ではない所に……子供を連れて行くと云う事か!
内心の興奮を表に出さないようにしながら、俺は先生に聞いていた。
「それって、どこから来てるんだ?」
「さぁ、私は何も言えない立場だけれど……正直反対だからね。恐らくペランだとは思うが……どうしたんだい?」
必死に隠したつもりだったが……興奮は抑え切れていなかったようだ。
先生から訝しまれて俺は何でもないと必死に答えた。
そして、そのまま朝靄の消えない村を飛び出していったのだ。
必死に追いかけた、先ほど出て行った馬車の作った轍を辿り、必死に駆けた。
何も考えていなかった。
このチャンスを失ったら二度と俺は、この村から出て行けないと思ったのだ。思い込んだんである。
この、どーしようもない後先を考えない行動力、なんとかならんもんかね?思い出しながら思わず苦笑するよ。
太陽が森の木々の真上に輝く頃、俺は乾いた泥の道の果てに……山賊達が休んでいるのに俺は、追いついてしまった。
「お?なんだ坊主」
目の前に迫った事に安堵し、俺は膝に手を付いて荒い息を整える。
俺の姿を見付けた一人が近づいてきたのに、俺は顔を上げて相手に掴みかかる勢いで言った。
「俺も、俺も連れて行け!」
「はぁ?」
相手がどういう連中であるかなど、俺は勿論知らん。
とにかく『村の外に連れて行ってくれる人だー』という認識しかなかったはずだ。
とにかくカシラとかいう奴の判断を仰ぐからと、馬車の近くまで俺は近づいた。
野豚を運ぶ荷台に幌を掛け、鉄の錠の掛けられた馬車の中では……村で見知った顔のガキ共が泣きべそをかいていた。
俺は正直、どうして連中が泣いているのか理解できなかったな。
だって、あの村から出て行けるのに。何が悲しいのだろう?そう思ったのだ。
俺主体で全体を考えていた。人間不信から色々ませた考え方をした方だったろうが、結局の所はガキだからしょうがない。
「どうします?」
「どうしますってお前、そりゃ、棚からアゲ餅ってのはこの事を言うんだろうが」
「頭ぁ、それ言うならぼた餅ッス」
どつかれた一人を押しのけ、カシラという名前であるらしい……とその時は本気で思っていた、がたいの良いものっそい悪相の男が俺の前に立ちはだかった。
流石の俺もビビったくらい、もの凄い迫力のある男だ。
怖い、そうかこれが怖いからみんな泣いているんだなと思った位だ。
ぐっと顎を掴まれ、顔をのぞき込まれる。
「悪くねぇぞ、おもしろい配色の……上玉だぜ」
「自分から連れてけ、だもんなぁ」
低い笑い声に包まれて、流石に……ちょっとだけ怖くなってきていた。
「少しばかり教育すりゃぁ、こりゃひょっとするとひょっとするんじゃ?」
「悪くねぇぞ。……やっぱり上に行くか?」
カシラという男のその言葉に、取り巻いていた他の連中が手を叩いて喜びの声を上げる。
リコレクトしてその状況を思い出して整理するに、ようするにこういう事であるらしい。
上、というのはこの場合イシュタル国を差しているようだ。地図を見ると上の方に位置するのが遠東方イシュタル国なのだな。どうやらこの上の国に行く事が連中は嬉しいようである。
後に理解する訳だが、イシュタル国の、俺が売り飛ばされた先であるエズという町には闘技場賭博のある……要するに娯楽の街だな。しかし先立つものが無ければエズに行ったってどうしようもない。
俺は、どうやらエズにおいて『まとまった金』になる存在であると連中は判断したようである。
で、連中の思惑通り、俺はエズで売れました。おめでとう俺。
ところが盗賊達を前にして、そういう事になるとは俺は思ってもみない訳だからな。長年夢見た『村の外に行く』と言う事に安心しまくっていた。
だから、乱暴に籠のなかに入れられて始まった新しい最悪の事態に、どんだけ自分の行動の浅はかさを呪ったか。
ま、売り飛ばされる訳だから当たり前なんだけど。その『売り飛ばされる』という具体的な意味などがまぁったくの想定外だった訳で。
もーぅいい加減笑い話だ。頼むから、笑い飛ばさせてくれ。
その時の事が、情けなくって堪らないんだよ俺。
その最悪な生活から脱出して今があるのだから、俺は全ての過去を酒の席で笑いながら語れるまでに至っている。
この間抜けな説話はテリーは知ってるからな、村から逃げ出すために自分を売り払ったというのは、割とエズでは俺の暴露話としてはオハコである。
……で、エズで何があったかだと?はっはっは、聞きたいか貴様ら。
毎日血反吐を吐きながら地べたをはいずり回り、毎週のように命を賭して殺し合う毎日。それ以上、以下でもない。
とにかく、俺は必死に生きた。死のうとは思わなかったな。死んだら全体的に負けだから俺は必死に勝ちに行かなきゃ行けなかったのだ。
生きたかったと言うより俺は、勝ちたかった。そして勝つ為には強くなきゃいけなかった。強くなる為にひたすら自分虐めの毎日だよ。
勿論当初はその生活に絶望したがな。おかげで自暴自棄な時もあった。色々やったな、雇い主に腹を立てて刃を向けた事だってある。とにかく嫌な位に不仕合わせ満載な生活だった訳よ。もはや自慢話の域である。
凄ぇ俺。よく生きてるな俺。
そうやって開き直らないと やってけない 思いつく限り最悪の連続を潜り抜けていると思いねぇ。
俺は生きたくて生きたというよりは、むしろこの場合不幸にも生き残ったと言う表現が正しいと思う。
だがな、こういう経歴の人間は少なく無いのを俺は知っている。
要するにイジめられていた奴がなんとかかんとか村を逃げ出して、色々辛い目にあいながらも必死に生き抜いた物語である。
動機として実にありがちな過去。
ムラというものはとかく一人や二人やっかみ者を作っては排他するもんなのだ、文化レベルが低いんだからな!
ここはそういうのがアリな世界だ。
こういう事はどこでも起こっている事であり、俺と同じ経歴の奴の物語が『特筆すべき』だとするなら、どんだけ多くの物語が作れると思っている。
俺の観客的なコメントを言えば『王道』って事だ。
ありきたりすぎてつまらんわー!という事でもある。
鬼の血を引いているのは特殊だ?ばーか、だから、俺に実際鬼の血が入っているかどうかは分からんし大体……ムラにおけるオニとやらがどういったものなのか、そんなのたかが知れてるだろうが。
問題の『鬼』ってのは実は、じいさんの息子がちょっとだけ変わり者で、そりが合わずに村を出て行った程度の事かもしれないんだぞ? そしてその可能性が濃厚だ。
はっきり言ってあの小さな村において、大事件なんてそんなもんだぜ。そういう些細な事で散々除け者にされて、ありえない話をでっち上げられて忌避される気質というのをお前らは理解しとらんのか?
確かにニホンでは、人権とか個人情報とか必死な具合に保護されているからよく分からんのかもしれんが……学校におけるイジメの発端の小ささくらいは分かるだろう?
あれが罷り通るのが、この世界におけるムラだ。
これが俺にとって笑い話になるのは、呆気なく幕を閉じるであろう不幸な人生を『生き残ってしまった』というトコロにあるのだ。
ユーアンダースタン?
俺の経歴が重いのではない。
俺が重いと思わなければ決して重くはないのだ。俺はそう思っている。
ただ、今その様に俺が生きている事態が重いとは言えるかもしれないな。かといって……今が幸せな訳でもないしなぁ。不幸はまだ続いている、気もしないでもない。
故郷の生活の方がどんだけ平和で幸せであったか、離れてみて気が付くのだ。そう云う事はいつだってそうだろう?
とりあえず……エズよりも先に寄った魔導都市で振り落とされなかった事に今は安堵しているぞ。勿論エズで売れなければ魔導都市に逆戻りという事もあり得るし、ヘタすると無駄足だったとその場で八つ裂きもあっただろう。
そしてそうであった方が俺には『幸せ』だったかもしれない。
不幸な事に俺は、その勝ち気な性格が隷属剣闘士に向いているとしてエズに運ばれ、不運にも夢見た『剣士』のまねごとが出来る事になった。
もちろん、夢は夢であって現実とは違う。
隷属剣闘士は夢見ていた姿と……相当にかけ離れた肩書きであるのは言わずもがな。
強い相手とは戦える、自らの命を賭して……その名誉を奪い合うという所までは合っているものの。剣闘士は殺し合う奴隷であり、道具だ。
俺は、決して殺し合いをしたい訳じゃなかったし、実際それが一番嫌だったのに。
俺は故郷が嫌で、故郷で鬼子だ魔物だと呼ばれるのが嫌だったから逃げ出した筈なのになぁ。
気が付いたら俺は自ら、忌避した鬼の道に転落しているじゃねぇか。
で、奴隷という身分を買い戻す為に俺はエズにおいての最優秀戦士という称号を頂いた。
ようするに年間一番人間を殺した数が多いチャンプだな。そんなものに国を挙げて祝辞を送るってのもどーよな国と思われるだろう。しかし、それがイシュタル国では『正しい』事なのだからしょーがない。
エズの闘技場で行われているのは儀式なんだとよ。
他国民に殺し合いをさせるのが儀式かと笑いたくもなるが、残念ながらその儀式に死ぬ人間の経歴云々は関係無い。儀式の中において、相手が誰であるのかは関係ない。殺し合う、その行為に神聖さを見出している様だ。
この世界にはこの世界の法があり、歴史がある。
外の価値観で批判したってしょうがない、とにかくそういう儀式であるから国に認められている殺し合いなのだ。
しかし……俺個人として言えば、儀式だからといって自分の手を血で染めた行為を転嫁は出来そうにない。
それをして、俺がイシュタル国で崇められる『剣の神』に寄り添う事は出来ない。
思うに、本当はそうやって神に寄り添わなきゃいけないんだろうと思う。そういう信奉者を生む為の儀式のようにも捻って考えれば思えなくもない。
だが戦士ヤトはそうしなかった。
全部自分の責任なのだと逃げずに受け止めちまっている。そして……それが出来てしまう俺というのは実は、強い人間なのだと指摘される訳だな。
でもな、自分でそうしなければと追い込んでいる訳でもない。戦士ヤトからするとそれは、そんな凄い事かなと疑問に思うのだ。
要するに俺は開き直っているだけじゃねぇか。
鬼と呼ばれるのが嫌だったけれど、この世界では鬼である事を自称する事が許されている。
ならば、俺が鬼で、モンスターである事はアリだ。はじめは嫌でたまらなかった訳だけど、結局その肩書きに俺は開き直ってこの通り。
誰も、その価値観は間違っていると言う訳でもない。
村の外に出て、そこで剣士になりたいなどと思い抱いて具体的に色々足掻いた訳だが、至る道はそれぞれで正しい間違いはないのだ。
現実は知らんぞ、俺はあくまで『この世界』での仕組みで語っているのだ。そこは勘違いしないでくれ。
だから、俺はそうやって自分で自分を奴隷の立場に突き落として置いて、そうしてたどり着いた経歴を、失敗した最悪だったとは思うが……間違いだったとは思っていない。
それもまた、道の一つだ。
今はそう思って全てを振り返る事が俺には出来ている。
ああ、もしかすれば俺の幻想かもしれない。
だが俺には実感が無いのだ。だからこうやって暴露している。
ぶっちゃけて、何もない。俺の過去についてこのように。
*** *** ***
※ 本編とは別の 俺が俺の昔の事を思い出して、
それをまるっと見れる様にした記録だ
見ても、見なくてもいい。好きにしてくれ。
俺の記憶を覗き見したくない場合は
スキップして先に進めばいいと思うぞ ※
思い出す事が出来る限界、というものがある。
分かり易い極端な例えをすると、よちよち歩きしていた頃の自分なんてものは中々思い出せる事じゃねぇだろ?
ガキの頃の記憶の断片は具体的に何時で、何があってそうなったかなんて、当然とはっきり思い出せない。
そして何より、その時にどんな事を思ったなんて……思い出せるはずがない。
リアルにおいてもそうだ。
むしろ、リアルの方が記憶が曖昧であるように思う。
思い出して見せよう。
俺の、戦士ヤトの何もない過去について。
何もない、と言っても記憶がないという意味じゃない。
この場合は『何も特筆すべき事がない』という意味だ。
俺から見て、何も特殊な事など無いという意味で、だな。
特別な英雄の血を引く訳でもない、生まれも育ちもドが付く田舎、閉鎖的で文化的とは掛け離れた陸の小島にいた頃の俺の記憶。
ああいや……見方によってはおかしな血は引いてるのかもしれない。俺の分かっている正しい事は『経歴不明』だからはっきりとは分らないのだ。分らないものを断定してそうだ、とは言えんからな。
ヤト・ガザミの子供の頃の、思い出せる限り全てのリコレクト。
俺は、それを冒険を共にする仲間達に隅から隅まで暴露する。俺の言葉足らずで説明し忘れる事も無いように……全部だ。
そうする事で『何も特筆すべきことが無い』事を証明してやろう。
何しろ俺には、俺自身の事であるからだろうか……何も特別な事を感じる事が出来ない。
ならば……他人から評価を貰うしかない。
思い出せる全部の記憶を、ログ・コモンコピーという特別なコマンドで連中に公開する。これにより、ヤト・ガザミの記憶のデータベースに他の連中も関数を打ち込める。
それによって、俺の思いが変化する事を俺は、望んでいるのかもしれない。
具体的には俺が、アベノ・アダモスさんに言葉で説明した事の……詳細版だな。
もしかするともっと余計な事実が含まれる事もあるだろう。そして、そのように俺のリコレクトを観客的に見る者それぞれが違った思いを抱くかも知れない。
思いまでは縛れない、リコレクトするたびに俺自身でさえ、過去の出来事に対する評価は変わるのだ。
これから暴露する『何も特筆すべき事がない』と俺が評価している過去についてどう思うかは勝手だ。そして俺はその勝手を許すという事でもある。
これは多分……リアル-サトウハヤトには出来ない芸当だがな。
リアル俺はその、想定している『自分』という評価を、他人から変えられるのが怖いと思っているはずだ。
要するに他人から『どう思われているか』というのを知るのが怖いって事だな。
知りたくて堪らない癖に、その評価で自分が自分に見いだしている『価値』みたいなものが揺らぐのが怖い。怖いから他人との接触を拒み、価値の変動を防ごうとしているのだ。
バカみたいだな。
ここでそれに気が付いても意味の無い事なのに。
俺はこの仮想世界に置いて、現実の自分をも観客的に見る事が出来ている。
現実で何が『出来ていない』のかが『俺』にも見えている訳だ。でも、そうやって考える事自体が無駄だ。
この仮想世界で起こった出来事はいかなる事も夢となり、リアル俺の経験にはならないというのに。
俺が必死に『リアルの俺は』とか考えたって、結局リアルの俺には何も反映されないのだ。夢の中で思った事なんてどう足掻いたってただの夢なんである。
そこん所、忘れずに憶えておいてくれ。
この『思い』は……リアルでいくらリコレクトしてもリアル俺は、思い出せないから。
さーて、俺は投げやりかつ、ぶっちゃけまくってこれからログ・CCするわけだけど……。
もちろん、言いたくないと拒否してもよかったんだぜ。
『俺』は俺にそう言っておこう。とすると……戦士ヤトはこう答える。
ばぁか、戦士ヤトはそんなチキンなプレイは出来ねぇんだよ、お前とは違ってな。
レッドに、キャラクターを裏切るなと言った手前、俺はチキンなキャラクターに逃げる事が許されないのかもしれない。
まーいい、戦士ヤトは何も恐れていない。
それでも今このように色々弁明して恐れているのは多分、リアルチキンの『俺』の方だって事を覚えていてくれ。
リアルの俺は、自分の子供の頃の事なんて、ろくに思い出せない気がする。
でも、戦士ヤトについてはリコレクトすると色々と、思い出すようだ。割りと何度も反芻しさっさと笑い話にしたいと、その思いを引き摺った『過去』があるもんな。
出来れば忘れてしまいたいのだが忘れられないから……過去を受け入れる為に、そのように行動したのだろう。で、現在は完全に笑い話に昇華したと思っている。
苦も無く思い出せる事がその証拠だってな。
過去から順繰り思い出せばいいのだが、人の過去というのは芋蔓式に引き上げられるものであって……その順番が時間軸通りとは限らんのな。時に余計な事もリコレクトするかもしれん。ここ、割りと重要な所。
とりあえず、これから呼び出す場面よりもっと昔の事も覚えているけれど……戦士ヤトは子供の頃の記憶としてまず、ここを思い出すようだ。
そっから始めよう。
*** *** ***
思いっきり殴られて、固い粘土質の地面に尻餅をついていた。
目の前がチカチカする、星が飛んでいるってこういう事を言うんだろうな。
冷たく感覚が無かった左頬に急激な勢いで熱が差す。
殴られた、大人に殴られたのはこれが初めての体験なのだろう、だから俺はそれを覚えているのだ。
その後の人生に置いて、殴られた回数なんてそれこそ今目の前で飛んでいる星の数だ。ついでに、殴られて殴り返した数も同じく、だな。
更に余計な事を言うと、人生に置いて殴られた回数の2割はアベルだな……あいつ、俺を殴りすぎ。
何?それ程長い付き合いなのかって?
ああ……ついでだからアベルとテリー以外向けにリコレクトして置くか。
俺とアイツは本来、主従関係なのだ。というか……多分主従関係以下だな。
これから詳しく説明する訳だが、俺は自分で自身を奴隷の身分に蹴り落とした経歴がある。故に、俺は長らく身分的には最下層なのだ。
俺は隷属剣闘士という肩書きであり、奴はその剣闘士を抱える闘技場経営者の一人娘。接点すらない身分差だよ。
俺は奴にとって、消耗品としての奴隷剣闘士の一つに過ぎない。対し俺は、逆立ちしたって奴には逆らえない弱者だ。まぁそれが色々あって現在に至る。
その色々の部分はやはり、いろいろな事情から俺の口からは言えない。それは、アベルの事情であり俺の事情ではないからだ。
俺が言える範囲でなぜ今、俺とアベルが一緒に旅するなんて事になっているかと言えば……俺は実力で自分を買い戻して弱者である立場を脱出したから、と言えるだろう。
言った筈だな、俺はイシュタル国エズにある闘技場において最優勝者を勝ち取ったエラい肩書きを持つ戦士である、と。
ようするに戦いバカでしょ?とアベルから呆れられる訳だけど。
奴隷である俺には、そうする事でしか人権とやらをを買い戻す手段が無かったのだから仕方がない。
そして俺は、過去を語るとすれば自分でそういう立場に転落していった。誰かに蹴落とされたのではない。だから余計に誰も憎めないのだ。
戦いバカだった。……今もそのように評価される事を否定はしない。
話が脱線したな、とにかくだ。
俺は初めて大人から殴られた経験を覚えている。
やっぱりはじめの一発ってのは誰にとってもキツいもんだろう。人によっちゃぁ親父からも殴られた事がないなどと嘆き、赤の他人に初めて殴られるっていうもやしっ子だっている訳だし。
だが、俺には周知の通り、殴ってくれる父親も母親も居なかった訳で。
俺をその時、初めて殴ったのは――友達の、母親。
その日初めて対峙した大人だった。
いや……少し年上のアイツの事を友達と言っていいものか。少なくともこうやって殴られる前までは友達だと……俺は思っていた。
殴られてみてああ、成る程。
もしかするとアイツの事は、友達と言ってはいけなかったのかも知れないと、リコレクトして『思い出す』のだ。
何するんだよと、何時もジジイに杖でつつかれる度に強気に言い返していた俺だったが……何分小さな村に一緒に住んでいるとはいえ、ほぼ初めて目の前にする人で、大人で……俺が見知らぬ『母親』という存在だ。
すっかりびっくりしてしまって、長らく呆然と地面から立ち上がれずにいた。
火を当てられたように熱を持った頬に触れる。
血が出ているのかと思ったが……その様子はなかった。
唐突に、とぎれていた音が洪水となって俺を襲う。
大声で泣きわめいているアイツ、トマの声。慌てて俺を引っぱたいたトマの母親の腕を引っ張る他の……大人。
何が起こっているのかさっぱりだ。
おかげで、沢山の声が聞こえていたはずなのにその意味をくみ出せない。
気が付いた時、俺はその場に一人になっていた。
立ち上がっていて……落ちている棒きれを拾い上げ、そうそう。
ここからさらに過去をリコレクトしていくぞ。
これでトマとチャンバラごっこをしていたんだ。
トマ、というのはこの村におけるいわゆる、ガキ大将みたいな奴でな。体格の良い奴で何かと弱い者を虐めて遊ぶような……典型的ないじめっ子だ。とはいえ悪意を一方的に誰かに投げるほどじゃぁない。
全てが子供の遊び半分、俺も悪戯される標的の一つだったが幸い、一方的に嫌われている訳では無かった。
……この一件があるまではな。
多分、トマが一人だったからだろうと思い出す。
アイツは体格がいいから、ガキ共から一方的に恐れられている所があったんだろう。少々暴力的な事になるとトマに敵う奴がいない。
俺も最初は、間違いなく奴から一方的なイジメを受けていたように思う。けど俺は、昔っから負けん気だけは強い性格であったらしく……容易く奴に屈したりなぞしなかったのだな。
何がきっかけだったかは覚えていない、毎日のように悪戯と報復を繰り返し、追いかけられ、追いかける日々が続いていたらいつの間にかそういう『仲』になってしまっていた。
分かりやすく言うと俺は、唯一トマの同格、みたいな立場になっていたのだな。要するに好敵手と書いてライバルと読ます、だ。
肩を並べて歩くような事はしないものの、遊ぶ時には必ず俺が巻き込まれていた。
例えそれが『鬼』としてでも、子供の俺は構って貰えるだけで嬉しかったはずだ。
棒きれを手に持って引きずりながら、俺は村の外れにある家に帰った。
戸を叩く頃にはすっかり陽が落ちて真っ暗だ。いつもの事だ……それくらい、俺ん家は村はずれにある。
薄暗いランプの光が漏れるだけの寂しい小屋の引き戸を開ける。今にも崩れそうな掘っ立て小屋な所為か、立て付けが狂っていてかなり力がいる。
「……ただいま」
いつものように元気には言えなかったな。
やっぱりショックだったんだ。
ガキの俺には自分が受けたショックな出来事をどのように昇華すればいいかなど分からない。
「おかえり、元気が無いが……何かあったか」
「殴られて痛いんだ、……腫れてるか?」
薄暗い部屋の中、唯一の家族であるじいさんが立ち上がる、その影だけが見える。
「イタっ!」
冷たい手が少し強く俺の頬に触れる。
「……何をした」
誰から殴られたのか、まるで察しているように静かにじいさんは聞いて来た。
白髪も髭も伸ばしっぱなしにしている、俺の唯一の家族であるジジイ。
血のつながりのある祖父なのか、孤児である俺を育てているだけなのか。よく分からない。
そういう重要な事をヤボだと言って、じいさんは決して話そうとしないのだ。俺が聞いても、頑なに口を閉ざしやがってな……それで、ガキの俺は聞きだすのを諦めたのだ。聞き出した所で父母が現れる訳じゃないの位は分っていた。
父母どっちか、あるいはどっちも居ない奴ってのは別に珍しい訳でもない。
俺が住んでいるこの小さな村シエンタでもそういう家庭は珍しくない。山賊に襲われて命を奪われたという不幸な事件から、病気で亡くなった人もいれば……崖を踏み外したとかいう事故まで。
人間ってのは些細な事で死ぬ。
死は、この世界では近しい存在だ。
「何も?」
俺はふて腐れてそう答えただろう。
何もせずに誰かが殴る事などあるまいとか、じじいがさらに頬を揉むように俺をたしなめる。
「トマの野郎を打ちのめしてやったんだよ、それだけだ!いつも事だろ?」
「それでトマから殴られたのか?」
「アイツに殴られてこんなに腫れるかよ」
奴とのとっくみあいのケンカなんか日常茶飯事だ。
小さく頷いてじいさんはため息を漏らした。
「ケンカなぞするなと、あれ程言っただろう」
「してねぇよ、ケンシごっこらしいぜ。俺は例によって鬼役なんだけどな。でもさ、鬼が武器もっちゃぁいけないという事はねぇだろ?……ちょっとした反撃に出ただけなのに」
……あのババァ、思いっきり殴りやがって。
ああ、また余計な事をリコレクト。
俺ガキの頃ものすごく口が悪かったんだよ。今と変わりない?まぁ、今は元に戻りつつあるな。色々あって口調をボクに改めた過去があったりするぞ。……ま、これはおいおい。
……なんでオトナから殴られなきゃいけないんだ。その時俺は、怒りとかの前に『何故』という事で身動きが出来なくなったんだと思う。
何故?どうして俺が殴られなきゃいけない。
さっきまで他の連中が、棒きれもって俺をしたたか撲っていたじゃないか。俺が反撃にトマを棒で叩いて、それでどうして俺だけが殴られなきゃいけないのだ。
ケンカするなとジジイが俺に口を酸っぱくしていつも言う。
殴られても、決して殴り返してはいけないってな。
理由も無しに頭ごなしにだ、俺に理解出来る訳がねぇ。
それでも何度もそう言われるから、仕方なく我慢していたが……限度ってもんがあるだろう?
だから、ジジイとの約束を反故してやり返した事がある。
それ以来、俺を無意味に叩いてきやがった連中は俺を殴らなくなった。相手が殴らないなら俺も相手を殴る必要がない、殴られるのを我慢する事もない、嫌な連鎖が止まるというのに。
なんでケンカするな、なんて俺に言う。理解できんと、むっつりしつつ一応出来る限りジジイのいう事は意識して暮らしていた。
……俺は当時理解出来なかった。出来る頭も持ち合わせてねぇんだ、仕方がない。
唯一トマだけが、俺がやり返してもまた、やり返して来たんだな。
それでイタチごっこしていたんだが……それでも俺は、反撃はなるべくため込んでからにしてたんだぞ。
一応ジジイとの言いつけを守って……なるべく我慢してきたんだ。
その後も都度ケンカなんぞしとらんだろうなと、クドく釘を刺してくるジジイの気配りは……つまり、こういう状況になる事を恐れての事だったんだ。
俺は、強者になってはいけなかったのだ。
この村で、弱者でなければいけなかった。
強い事を証明してしまうと途端、俺は一人になってしまう。
唯一俺と戦ってくれたトマが……以後俺を避けるようになったのは言うまでもない。
奴は俺から反撃されて号泣したんじゃないんだぜ、突然母親が乱入してきて俺を殴り飛ばし、あいつの体面を台無しにしたから……多分、そっちの方がショックだったんだろうとリコレクトして今、思う。
何が起こっているのか奴も多分、分からなかったんだと思う。
分からなくなって泣き出しちまったんだ。
ばぁか、泣きたいのはこっちだよ。
……いや、俺はその場で泣いていればよかったのか。
泣かずに居てしまった事が、俺がトマよりも『強い』という証明をしてしまったのだ。
そう思う。
成る程、俺はその頃には色々村の『仕組み』というのが薄々と理解できるようになっていた。
一人孤立してしまってから、ジジイが何を心配していたのか俺は理解する。
要するに俺が、こうやって本当に『鬼』になっちまう事を恐れていたんだ。
少し間違うと俺が『鬼』になっちまう事をじいさんは知っていた。
でも、それを説明したってガキの俺が理解出来るはずがない。話してくれれば理解できたとは俺も思わない。
じいさん家は『鬼』を排出した忌まわしい経歴を持つんだとさ。それで元々村八分にされてんだ。
俺はそこで不幸にも育てられた孤児なのだ。俺に実際鬼の血が入っているかなんてものは……そんなのは村の連中には関係無い。
血じゃないのだ。結局問題なのはドコに属しているか、という事なのだろうと思う。
しかし俺はそういう自分に架せられて行こうとする宿命を理解して……腹を立てたのだ。
好きでこんな所に住んでいるんじゃない、好きで孤児やってるんじゃない。好きで生きてるんじゃないんだ、ジジイに面倒見られている訳じゃないんだ。
俺の価値観をお前らが勝手に決めるな。
そんな具合かな。
とにかく閉鎖的な村の連中に次第に反発心が強まっていった俺だったが、不思議とその暗い思いが萎むのだ。
指をさされて、鬼子だ魔物だと言われる度に俺はがっかりして自分を戒めたのだろう。
そうやって悪い奴を決めて虐めて満足している様な、あんなちっちゃい奴らを憎むなんて止めろとブレーキが掛かったたのは……幸いなのだろうか?
俺はガキながら気が付いてしまったのだ。
ジイさんが俺に、ブレーキの掛け方を教えてくれていたからかもしれない。
憎まれて憎み返していたら……その、じいさんの息子だという鬼とやらと俺は同じだと、俺はそれだけは理解して村の人を逆恨みはしなかったんだ。というより……理解してしまったから出来なかったのだろう。
俺は鬼とは指さされるがそうじゃないと思っている、だから……自分から鬼として振舞うような事は虚しくなるから出来ないのだな。
じいさんが村人全員に頭を下げてまで、村の学校みたいな施設に俺を通わせてくれたんだけど――
もしかするとそれが、俺自身を更に過酷な道に進ませてしまったとも言えるんじゃないだろうか?。
天使教という西方国の宣教師が、このちっさなド田舎にもやって来て布教してるんだ。独自の宗教観を持つシエンタの村だったが、これを少しずつ改革するのがその宣教師の役目であるらしい。
とにかく宣教師が真っ先にすべき事は村の力になって協力姿勢を打ち出すだってんで……。宣教師は昼間の間子供達の世話をする事を申し出て、いろいろな事を教える学校を開設したんだそうだ。
宣教師の先生が、俺の素朴な疑問に丁寧に答えてくれたよ。
そうやってド田舎の村にもかかわらず学校という制度が根付いていた。
先生がいい人でな、村人の反発に屈せず鬼子と罵られる俺を受け入れてくれた。
間違いなく俺、ジジイより先生の方を信用してたかもしれんなぁ。とはいえ先生、忙しい人だから学校の授業の間くらいしか会えないんだけど。
先生はガイジン(村の外から来た人だからな)にも関わらず、良い人として村から絶対的な信頼を勝ち取っていたのは間違い無いだろう。俺もご多分に漏れず先生を信頼していた。
先生が語る、まるで夢物語のような『世界の外』の話に俺は夢中だった。
世界が広いと云う事をそれで知れた事が何より俺にとっては大きかった。
知らなかったら、俺は容易く他人を恨むようなちっちゃい奴に留まっていただろう。
このシエンタという村がどれだけ田舎か、という事を理解して……その中でウジウジ誰かに責任転嫁して恨んでいたってどうしようもないと、俺はそのように大きく構えていたのだ。
当然、この田舎村に長くいる気が無かったからだな。
逃げ出したかった。
あたりまえだ、長らくトマとの間にちょっとだけ歪な友情があったんだが、それももろくも崩れ去り……。大人も子供も俺を避けた。
鬼子だと罵られていた事はずっと前から知っていて、割とそういう扱いに開き直っていたんだけどな。
一人になってしまったのは流石に堪えたようだ。
外の世界というものに俺は夢中になっていた。逃避する事に必死になっていた。
村から逃げ出す事で頭がいっぱいだった頃、俺は孤立していたから時間は有り余っている……かというとそうでもない。
ジジイの家が孤立してるからな、日々食うものを確保する必要に迫られる。
幸いシエンタは季節はあるが雪が降るような極寒の厳しい冬は長くは無い。俺は獲物を捕まえる罠の仕掛けやら、食えるものの知識やらを幼い頃からごく普通に叩き込まれ……何もなければそのまま樵やら狩人やらで生計を立てていく事になっただろう。
ジジイとついでに俺も村八分されたからな、物々交換とか村人と成り立たないのだ。欲しいものは全部自分らで手に入れないといけない。
けどまぁ、俺は絶対樵や狩人にはならねぇと密かに心に誓っちまったけど。
ジジイの前ではそういう風に振る舞っていた訳だが、……周知の通り俺の望みはそうじゃなかった。
外の世界には『剣士』というのがいるらしい。
武器を携えて、強い者と戦うという。
この存在を聞いて単純に憧れない奴がいるだろうか?ロマンだよ、先生から色々な話を聞いてすっかり俺は虜になったね。
すっかり、外の世界に行って俺は『剣士』になると、心中息巻いていた訳だ。
ちなみに、そういうあこがれを抱いているのは俺だけとは限らんな。その話を聞いた殆どの男子が同じように夢中になったもんだ。
俺は万年鬼役だった、理不尽極まりないと思っていたが俺が必死に『俺は鬼じゃない』と否定したってどうしようもないのだ。
結局そういう肩書きは、俺が決めるんじゃなくて俺を取り巻く他の連中が決めるんである。
多数決だ、俺の事を鬼だと多くの人が指さした。それで俺は鬼役をやってなきゃいけない。
せめてジャンケンで公正に決めればいいのに……俺と村の子供達の立場はそもそも公正でもなければ平等でもない。
閉鎖された小さな村において、差別があり、落差があった。
それが当たり前。
当たり前の事を非難した所でどうなる訳じゃない。当たり前すぎて非難しようもないくらいだ。
連中は『ケンシ』を模して棒を剣として掲げ、鬼である俺を追い回す……という事が起こるようになった訳だよ。俺含むで皆ケンシというのにあこがれていた訳だからな。
そういう事が割と日常茶飯事ゴッコとしてあったわけだが……俺は鬼役として適任だったろうなぁ。
物語の中に置いて、剣士は強くなきゃいけない。
強さを証明するには戦う相手もまた強くなきゃいけないからな。
俺が弱虫のチキン野郎だったら鬼役はそもそも務まらなかっただろう。時に反撃と武器を取り、ケンシの奴らを追いかけ回したりするからこのゴッコは日常の中に遊びとして成立していたのだ。
で、鬼退治の事件になるわけだ。
ここでようやく冒頭の事件が起こる。
そして事件が起こって……徹底的に俺は疎外されることになってしまうのだ。
実は鬼が一番強かった事が判明してしまい、遊びが終わってしまったんだ。
『俺』としてコメントするが、その子供の遊びに親がマジスレするのは頂けないよな。
いわゆるDQNという奴だと思わねぇか?あ、そろそろ死語かこれ、若い子に分かる言葉で説明するには何って言えばいいんだ?モンスターペアレンツってのとも、ちょっと意味が違う気がするんだが……便利な表現なんだよなぁ、あの絶妙なダメ具合を表現するのに最適な略語だと思うんだが。
子供には子供の世界があるのに、そこまでして俺を大人達は排他したかったのか?
……したかったのか。
俺がいずれ、本当の鬼になる事を信じていて、恐れていたのかな。
……そのように排他する事が鬼って奴を生んだ事すら連中は知らんのだから……まぁ、仕方がない。
とにかく、多くの男の子が憧れる『剣士』への道にだな、多くはゴッコで終わる所、不幸にも俺は、それを実行に移すだけの行動力を持っていた一種『証明』を得てしまったのだ。
……不幸だぞ?
そうして今、現在のイタい人柱勇者が成形されている通りなんだからな。
地図なんて立派なものはシエンタには無い。
俺は村で唯一であろう、天使教の教会に飾られていた立派な世界地図を必死に模写した。
紙も鉛筆も貴重なものだ。
生活するに必要な仕事の合間を見て、俺は出入り自由の教会に平べったい大きな石版を持ち込んで、石炭でもってこれを必死に模写したな。
出来映えは……まぁ想像にお任せする。稚拙なものだったろう。
密かに、俺は村を脱出する計画を練っていた。模写した地図を見ながら、どこに行くかを考えた。しかしなまじ毎日近辺の森を歩いて獲物をしとめたりしているからだろうな。
どうやったらこの広大な森、そして立ちはだかっている巨大な山を越えるの検討がつかない。
森があれば生活するには困らないが……つまり何日もそうやってひたすら歩いてあの山を越えるしかないのかと、俺は他に良い方法はないものかと日々夢想していた。
ガキの考える事だからな、割と重要な事が抜けてたりする。
……ごく稀に、ガイジンが訪れる事がある。
その時……連中が騾馬やらに荷物を積んでいたり、自身もまた走りトカゲなどに乗っている場合がある事に俺は、唐突に気が付いた。
家で飼ってる家畜に乗っていけばいいんだと気が付いた訳であるが……これを持ち出してしまったら、ジジイは生活に困るだろうなぁというのが分かって諦めた。
ともすれば、新しく乗り物を調達すればいいとか考えるんだけど……。
……とかって、そう簡単に行くはずもなく、だけど。
金があるわけでもないし、そもそもどんなに良いものと交換を願ったって村の連中は俺と交渉なんぞしないだろう。
残る手段は野生の何かを調教……という手も考えたが、シエンタ近辺で飼い慣らして搭乗できるような生物が居ない事くらい嫌でも知っている。日々獲物を探して近辺の森を歩きまわっているんだからな。
山の奥まで行けば話は別だが……いつのまにか村を出て行くという計画から色々と外れて行っている気配に俺は、乗り物を使う方法は諦めていた。
そのように色々画策はした過去が俺にあるから乗馬スキルを始め、騎乗技能が備わっていると思いねぇ。
そうやって行き詰まっていたある年の冬。
森や気候にも波がある。その年の冬は少しばかり厳しいものだった。冬が長引く事を悟っている植物達が種を多くばらまく事を控え、厳しい冬を察知した動物達が我先にと少ない恵みを奪い合った。
人間は大概出遅れる。毎年同じだと根拠もなく信じ込んでいるからだろう。
特に群れていると……誰か聡い奴が危機感を抱かないかぎり周りの調子に合わせてのんびりになるんだとか。
ジジイがそう言っていた。じいさんはその冬が、厳しくなる事を敏感に察知していた様だ。
ならそうだと、村人らにも教えてやればいいのに……。
ちょっとばかしそう俺は思ったが……じいさんが黙っている理由が俺には理解できて俺も、黙っていた。
ああそうだ。どうせ信じて貰えない。
果たしてその通り、いつになく厳しい冬が訪れた。
動物達は厳しい冬を乗り切る為にずっと南下してしまい、静かな沈黙の森だけが動けず、必死に冷たい空気が行き過ぎるのを耐えている。
俺ん家は二人だからな、なんとか切りつめればいいんだけど。……それに前準備したしな。
大家族だと辛いらしく……村にある日、見慣れない一団が現れた。朝靄の掛る頃ひっそりと村の中央に現れた見慣れない馬車が村から出て行くまでを、俺は教会に通う途中見付けて、見届けていた。
朝一番に学校に行く癖が俺にはあったな。
すっかり孤立していた俺が、唯一気兼ねなく話せるのは先生くらいだった。とはいえ、勿論先生にも色々立場ってものがある。
俺が気兼ねなく話が出来るのは、早朝くらいだったんだ。
それで、朝一番に教会に行ってだな、先生にその見慣れない馬車の事を話した。
村八分である俺らの家には、村の行事の連絡など回っては来ないのだ。何かの行事かと聞いたのだな。
「ああ……そうですか」
少し残念そうに先生がため息を漏らしたのを覚えている。
「あれ、何なんだ?」
「今年の冬は長いだろう、それで……村では食糧難になっているそうだ。かく言う私も色々切りつめて、なるべく負担を掛けないようにしているんだけど」
俺は、いつもこっそり差し入れしている獲物に視線を落とした。
鶉の足を結わえたものを先生はありがたく受け取った上で……君の所は大丈夫なのですかと聞いてきた。
「まぁな、……こうなる事は分かってたって先生にも言ったよな。だから早めに色々蓄えてあったし……」
「ありがとう、助かっている」
雪こそは降らなかったが、朝晴れると森全体が凍りつくような寒い日がなかなか去らないのだ。
「……先生から言ってやればよかったのに」
冬が、厳しくなると。
「私にそのような神託の能力があるならばそのように、村人達に告げる事も出来ただろうね。でも……一度そう言う事を行ってしまうと続ける必要に迫られる。森の事をよく知らない私が不用意に口を出して良い事じゃないんだ」
成る程な、俺はその『仕組み』がなんとなく分かった。
だからって俺やじいさんが言っていたから、などと先生は言う事も出来ない。
情報の出所が俺やじいさんでは結局の所、聞き流されるだけだし。
そして、実際その通りになったとするならば……この厳しい冬を予言した俺やじいさんはどういう扱いを受けるのか。大体予想がつく。
圧倒的な悪意で避けられている俺らに対する評価は、常にあり得ない具合に歪んでやがるのだ。
ヘタをすればこの厳しい冬はお前らの所為だ、などというとばっちりにまで発展する可能性も信じる事が出来る位だ。
「……で、何なんだ?あの馬車」
「……人買いだよ、口減らしに……子供が売られていったのだろう」
非常に言いにくそうに先生はそう答えた。
正直すぐに意味がよく分からなかった俺だったが、ようするに少ない食料を分け合う人数を減らす為に幼い子供を、売り払って……村から追い払ったというのを理解して。
俺は、ひらめいたのだ。
村から追い払う?つまり、その人買いとやらはこの村から、この村ではない所に……子供を連れて行くと云う事か!
内心の興奮を表に出さないようにしながら、俺は先生に聞いていた。
「それって、どこから来てるんだ?」
「さぁ、私は何も言えない立場だけれど……正直反対だからね。恐らくペランだとは思うが……どうしたんだい?」
必死に隠したつもりだったが……興奮は抑え切れていなかったようだ。
先生から訝しまれて俺は何でもないと必死に答えた。
そして、そのまま朝靄の消えない村を飛び出していったのだ。
必死に追いかけた、先ほど出て行った馬車の作った轍を辿り、必死に駆けた。
何も考えていなかった。
このチャンスを失ったら二度と俺は、この村から出て行けないと思ったのだ。思い込んだんである。
この、どーしようもない後先を考えない行動力、なんとかならんもんかね?思い出しながら思わず苦笑するよ。
太陽が森の木々の真上に輝く頃、俺は乾いた泥の道の果てに……山賊達が休んでいるのに俺は、追いついてしまった。
「お?なんだ坊主」
目の前に迫った事に安堵し、俺は膝に手を付いて荒い息を整える。
俺の姿を見付けた一人が近づいてきたのに、俺は顔を上げて相手に掴みかかる勢いで言った。
「俺も、俺も連れて行け!」
「はぁ?」
相手がどういう連中であるかなど、俺は勿論知らん。
とにかく『村の外に連れて行ってくれる人だー』という認識しかなかったはずだ。
とにかくカシラとかいう奴の判断を仰ぐからと、馬車の近くまで俺は近づいた。
野豚を運ぶ荷台に幌を掛け、鉄の錠の掛けられた馬車の中では……村で見知った顔のガキ共が泣きべそをかいていた。
俺は正直、どうして連中が泣いているのか理解できなかったな。
だって、あの村から出て行けるのに。何が悲しいのだろう?そう思ったのだ。
俺主体で全体を考えていた。人間不信から色々ませた考え方をした方だったろうが、結局の所はガキだからしょうがない。
「どうします?」
「どうしますってお前、そりゃ、棚からアゲ餅ってのはこの事を言うんだろうが」
「頭ぁ、それ言うならぼた餅ッス」
どつかれた一人を押しのけ、カシラという名前であるらしい……とその時は本気で思っていた、がたいの良いものっそい悪相の男が俺の前に立ちはだかった。
流石の俺もビビったくらい、もの凄い迫力のある男だ。
怖い、そうかこれが怖いからみんな泣いているんだなと思った位だ。
ぐっと顎を掴まれ、顔をのぞき込まれる。
「悪くねぇぞ、おもしろい配色の……上玉だぜ」
「自分から連れてけ、だもんなぁ」
低い笑い声に包まれて、流石に……ちょっとだけ怖くなってきていた。
「少しばかり教育すりゃぁ、こりゃひょっとするとひょっとするんじゃ?」
「悪くねぇぞ。……やっぱり上に行くか?」
カシラという男のその言葉に、取り巻いていた他の連中が手を叩いて喜びの声を上げる。
リコレクトしてその状況を思い出して整理するに、ようするにこういう事であるらしい。
上、というのはこの場合イシュタル国を差しているようだ。地図を見ると上の方に位置するのが遠東方イシュタル国なのだな。どうやらこの上の国に行く事が連中は嬉しいようである。
後に理解する訳だが、イシュタル国の、俺が売り飛ばされた先であるエズという町には闘技場賭博のある……要するに娯楽の街だな。しかし先立つものが無ければエズに行ったってどうしようもない。
俺は、どうやらエズにおいて『まとまった金』になる存在であると連中は判断したようである。
で、連中の思惑通り、俺はエズで売れました。おめでとう俺。
ところが盗賊達を前にして、そういう事になるとは俺は思ってもみない訳だからな。長年夢見た『村の外に行く』と言う事に安心しまくっていた。
だから、乱暴に籠のなかに入れられて始まった新しい最悪の事態に、どんだけ自分の行動の浅はかさを呪ったか。
ま、売り飛ばされる訳だから当たり前なんだけど。その『売り飛ばされる』という具体的な意味などがまぁったくの想定外だった訳で。
もーぅいい加減笑い話だ。頼むから、笑い飛ばさせてくれ。
その時の事が、情けなくって堪らないんだよ俺。
その最悪な生活から脱出して今があるのだから、俺は全ての過去を酒の席で笑いながら語れるまでに至っている。
この間抜けな説話はテリーは知ってるからな、村から逃げ出すために自分を売り払ったというのは、割とエズでは俺の暴露話としてはオハコである。
……で、エズで何があったかだと?はっはっは、聞きたいか貴様ら。
毎日血反吐を吐きながら地べたをはいずり回り、毎週のように命を賭して殺し合う毎日。それ以上、以下でもない。
とにかく、俺は必死に生きた。死のうとは思わなかったな。死んだら全体的に負けだから俺は必死に勝ちに行かなきゃ行けなかったのだ。
生きたかったと言うより俺は、勝ちたかった。そして勝つ為には強くなきゃいけなかった。強くなる為にひたすら自分虐めの毎日だよ。
勿論当初はその生活に絶望したがな。おかげで自暴自棄な時もあった。色々やったな、雇い主に腹を立てて刃を向けた事だってある。とにかく嫌な位に不仕合わせ満載な生活だった訳よ。もはや自慢話の域である。
凄ぇ俺。よく生きてるな俺。
そうやって開き直らないと やってけない 思いつく限り最悪の連続を潜り抜けていると思いねぇ。
俺は生きたくて生きたというよりは、むしろこの場合不幸にも生き残ったと言う表現が正しいと思う。
だがな、こういう経歴の人間は少なく無いのを俺は知っている。
要するにイジめられていた奴がなんとかかんとか村を逃げ出して、色々辛い目にあいながらも必死に生き抜いた物語である。
動機として実にありがちな過去。
ムラというものはとかく一人や二人やっかみ者を作っては排他するもんなのだ、文化レベルが低いんだからな!
ここはそういうのがアリな世界だ。
こういう事はどこでも起こっている事であり、俺と同じ経歴の奴の物語が『特筆すべき』だとするなら、どんだけ多くの物語が作れると思っている。
俺の観客的なコメントを言えば『王道』って事だ。
ありきたりすぎてつまらんわー!という事でもある。
鬼の血を引いているのは特殊だ?ばーか、だから、俺に実際鬼の血が入っているかどうかは分からんし大体……ムラにおけるオニとやらがどういったものなのか、そんなのたかが知れてるだろうが。
問題の『鬼』ってのは実は、じいさんの息子がちょっとだけ変わり者で、そりが合わずに村を出て行った程度の事かもしれないんだぞ? そしてその可能性が濃厚だ。
はっきり言ってあの小さな村において、大事件なんてそんなもんだぜ。そういう些細な事で散々除け者にされて、ありえない話をでっち上げられて忌避される気質というのをお前らは理解しとらんのか?
確かにニホンでは、人権とか個人情報とか必死な具合に保護されているからよく分からんのかもしれんが……学校におけるイジメの発端の小ささくらいは分かるだろう?
あれが罷り通るのが、この世界におけるムラだ。
これが俺にとって笑い話になるのは、呆気なく幕を閉じるであろう不幸な人生を『生き残ってしまった』というトコロにあるのだ。
ユーアンダースタン?
俺の経歴が重いのではない。
俺が重いと思わなければ決して重くはないのだ。俺はそう思っている。
ただ、今その様に俺が生きている事態が重いとは言えるかもしれないな。かといって……今が幸せな訳でもないしなぁ。不幸はまだ続いている、気もしないでもない。
故郷の生活の方がどんだけ平和で幸せであったか、離れてみて気が付くのだ。そう云う事はいつだってそうだろう?
とりあえず……エズよりも先に寄った魔導都市で振り落とされなかった事に今は安堵しているぞ。勿論エズで売れなければ魔導都市に逆戻りという事もあり得るし、ヘタすると無駄足だったとその場で八つ裂きもあっただろう。
そしてそうであった方が俺には『幸せ』だったかもしれない。
不幸な事に俺は、その勝ち気な性格が隷属剣闘士に向いているとしてエズに運ばれ、不運にも夢見た『剣士』のまねごとが出来る事になった。
もちろん、夢は夢であって現実とは違う。
隷属剣闘士は夢見ていた姿と……相当にかけ離れた肩書きであるのは言わずもがな。
強い相手とは戦える、自らの命を賭して……その名誉を奪い合うという所までは合っているものの。剣闘士は殺し合う奴隷であり、道具だ。
俺は、決して殺し合いをしたい訳じゃなかったし、実際それが一番嫌だったのに。
俺は故郷が嫌で、故郷で鬼子だ魔物だと呼ばれるのが嫌だったから逃げ出した筈なのになぁ。
気が付いたら俺は自ら、忌避した鬼の道に転落しているじゃねぇか。
で、奴隷という身分を買い戻す為に俺はエズにおいての最優秀戦士という称号を頂いた。
ようするに年間一番人間を殺した数が多いチャンプだな。そんなものに国を挙げて祝辞を送るってのもどーよな国と思われるだろう。しかし、それがイシュタル国では『正しい』事なのだからしょーがない。
エズの闘技場で行われているのは儀式なんだとよ。
他国民に殺し合いをさせるのが儀式かと笑いたくもなるが、残念ながらその儀式に死ぬ人間の経歴云々は関係無い。儀式の中において、相手が誰であるのかは関係ない。殺し合う、その行為に神聖さを見出している様だ。
この世界にはこの世界の法があり、歴史がある。
外の価値観で批判したってしょうがない、とにかくそういう儀式であるから国に認められている殺し合いなのだ。
しかし……俺個人として言えば、儀式だからといって自分の手を血で染めた行為を転嫁は出来そうにない。
それをして、俺がイシュタル国で崇められる『剣の神』に寄り添う事は出来ない。
思うに、本当はそうやって神に寄り添わなきゃいけないんだろうと思う。そういう信奉者を生む為の儀式のようにも捻って考えれば思えなくもない。
だが戦士ヤトはそうしなかった。
全部自分の責任なのだと逃げずに受け止めちまっている。そして……それが出来てしまう俺というのは実は、強い人間なのだと指摘される訳だな。
でもな、自分でそうしなければと追い込んでいる訳でもない。戦士ヤトからするとそれは、そんな凄い事かなと疑問に思うのだ。
要するに俺は開き直っているだけじゃねぇか。
鬼と呼ばれるのが嫌だったけれど、この世界では鬼である事を自称する事が許されている。
ならば、俺が鬼で、モンスターである事はアリだ。はじめは嫌でたまらなかった訳だけど、結局その肩書きに俺は開き直ってこの通り。
誰も、その価値観は間違っていると言う訳でもない。
村の外に出て、そこで剣士になりたいなどと思い抱いて具体的に色々足掻いた訳だが、至る道はそれぞれで正しい間違いはないのだ。
現実は知らんぞ、俺はあくまで『この世界』での仕組みで語っているのだ。そこは勘違いしないでくれ。
だから、俺はそうやって自分で自分を奴隷の立場に突き落として置いて、そうしてたどり着いた経歴を、失敗した最悪だったとは思うが……間違いだったとは思っていない。
それもまた、道の一つだ。
今はそう思って全てを振り返る事が俺には出来ている。
ああ、もしかすれば俺の幻想かもしれない。
だが俺には実感が無いのだ。だからこうやって暴露している。
ぶっちゃけて、何もない。俺の過去についてこのように。
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え? 私の「手芸創作」ってそんなことができちゃうの?
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