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8章 怪奇現象 『ゴーズ・オン・ゴースト』
書の3前半 荒療治『言い訳は無用で情けは野暮?』
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■書の3前半■ 荒療治 High handedly therapy
一週間なんてあっという間、であるはずなのだが。
今週はなぜか、もの凄く長かった気がする。
金曜日、再びトビラに入るのは……明日の夕方。
本日木曜日、まだ木曜日だぞ?俺のリアル地獄はまだ続く!
月曜日のあの修羅場の後、火曜日にぶっ倒れ……水曜日もそのままレッド達の所に逃避する事でテリーの来襲を躱した俺。
本日木曜日バイト明けだ。やっぱり今日も逃げよう……と、逃げ出す事自体にまだ逃げていないのに油断していたのが……まずかった。
俺は今、奴に拉致られて……普段使わない電車に乗っている。
奴って誰だって?テリーさんですよあのウザい男、テルイータテマツにとッ捕まってしまいました。メールとか電話とか無視していたら待ち伏せしやがってた、なんて奴だ!逃げようと思った時にはすでに腕を固められていてだな……だから、リアルだと俺は最弱なんだっつーの!
後手をがっちり掴まれている。ヘタなことすると捻られる状態だ……痛い。
「全く、携帯端末を切るたぁやるじゃねぇか」
そこ、褒める所じゃねぇ。確かに社会的に端末を持たないっていうのは、今や色々リスクな時代ではあるのですが。電子決済機能を使っている場合が多く、電車移動するに必要だったりするが別に現金払いすればキップは買えるんだからな!?そりゃ、改札潜るまで面倒ちゃぁ面倒だけど。
「で……どこに行くのでしょうかこの電車」
もしかして俺が買ったのは……地獄への片道切符?
「たまには俺のシマにも来いって言っただろ?」
今じゃなくてもいいだろうそれは!それに、約束した憶えはないし約束したって俺は守らないからな!リアル約束なんか守らないんだから俺!……チキンな性格を利用してさらにチキンに陥っているようなダメ人間を、どーして貴様は放っておいてくれないのだ!
死ぬぞ?俺そのうち弱って死ぬかもしれんぞ?それくらい弱いんだからな俺?ある日ぽっくり死ぬかもしれんぞ?
ストレスたまってフラフラしていて交通事故に巻き込まれポックリ……という例えは某開発者の9人目が居た都合物騒だから脳内だけに留めるが……とにかく。
仮想世界で何度も死にかけては生き還ってるようなアイツと俺は別なんだからな?
……いやでも。
レッドと交わした約束は別かなぁとか都合よく思ってみたり。
あれはやっぱ守らなきゃいけないと思うのは何でかな。よくわからんが……とりあえず、この男にバラす意味はねぇ。
そうだ、意味のない行動はしないのだ俺は。
だが今この状況は無駄だ、絶対に無駄だぞ?何の経験にもならねぇに決まってる、ただ俺が疲弊するだけだ。
「何しろってんだよ」
「この前盛り上がっただろ?たまには違う奴と筐体挟んで戦うと楽しいぜ」
ゲーセンでの、対戦ゲームの話だろうな。
楽しくない、とは即座に断言できない自分が虚しい。
しぶしぶだった筈が、結局の所……気が付くとのめり込んでいる俺がいます。
結局相手がゲームだと俺には拒否する意味および手立てがない。それくらいにゲーム大好きだ、ゲームジャンキーである。
この対戦の合間に飲む缶コーヒーがまた最高にいいのだよ。
わからんかな、わからんだろうな……。
「調子出てきたじゃねぇか」
「先日から嫌って程対戦してりゃ、そりゃカンも戻るだろ」
「よし、じゃぁその調子でガンガンうちの若い奴らを蹴飛ばしておけ」
確かに今対戦しているのは殆ど学生さんだが……。
そういや、お前は昼間からブラブラしてていいのか?仕事は……何だっけな。聞いたはずだが興味なかったもんで……ああ、自営業だったっけか。
「配達が入っててな、俺はちょっと出てくる。……勝手に帰るんじゃねぇぞ?」
と言いつつ……拳を鳴らすのは止めて貰えませんかテリーさんや。
とりあえずペースは幾分落として、観戦したり他のゲームをやったりして時間を潰す。
その間、どうして逃げないで俺はここにいるのか散々自問しながらな。所で……奴が何時帰るのか……聞いたっけ?
3時間くらい経過して、馬鹿馬鹿しくなってきてようやく帰ろうという気持ちになった。長い時間プレイできるゲームを選んでしまった自分もバカバカしい。昔のアクションRPGゲームはすでに終盤に差しかかっているんだが……捨てゲーするかという気持ちにまでなった。設定がデフォルトのままだからクレジットもめちゃくちゃ増えてるし、このままだと2周目になるしハイスコア更新になっちまうぞ、ああめんどくさい。
立ち上がろうとして振り返って、決断が遅かった事にがっかりする。
テリーの野郎、団体を引き連れて戻って来やがった。
げんなりする、走って逃亡できるならそうしたかったが……ここのゲーセン入り口一つだから無理だわな……。
「お、逃げなかったな」
「……今逃げる所だったんだよ……」
「とりあえず飯食いに行こうぜ、ウチの常連を紹介する」
「……帰らせてくれよ」
自分から、なかなか言えないセリフだなと口に出してみて思った。
良く言った俺、と少し自分に関心したくらいだ。
思うに、相手がテリーだから何とか口に出せた、そんな気がする。……実際よくわかんねぇ。
そんな事も俺は、日常上手く言えないのかとも愕然とする。
「なんだ?もう疲れたとか」
「疲れるだろ、バイト後直なんだぜ?」
「俺だって仕事後だが」
「お前より俺は年寄りなんだよ」
これは、事実だからな。トビラの中とは年齢が逆なのだよ。
「……ちょっと来い」
テリーは俺の力の無い腕を掴み、自販機が並んでいるトイレ付近まで引っ張っていきながらゲーセン特有の騒音の中言った。
「そうやって逃げてる限り、お前進展ねぇぞ」
「……知ってるよ」
「どうしても無理だっつうなら帰れ」
突然そのように妥協されると、何とも言えない気分になる。
「今日ナツメが残業なのは、お前も知ってるだろ?あいつは来れない、誰もお前を自宅まで引っ張ってく奴がいねぇからな」
それも確かに知っている。何しろ木曜日の夜だ、明日早引きする分仕事のしわ寄せがあるのだとナッツが言っていた。
「荒療治……と思ったが。どうやら先に体力を付けさせないとダメだな。先日倒れたって話は……ナギから聞いたぞ」
「……ああ、そう」
人と人との繋がりが俺の知らない所でどうなっているのかなんて、そんなものは知らない。どうでもいい、関係ない。
頼むから俺を放っておいてくれ。
それを、口に出して言えたら。
それさえも俺は……言葉に出来ない。
帰り道、レッドからのメッセージが届いた。携帯端末はな、電源を入れてなかっただけで一応は持っていたのだよ……うん。
ああ、約束はしてなかったけど今日もファミレスに行くような話はしたかもしれない。……それで約束はした事になるのかな。俺はそうは思わないんだけど。
心配されている内容に返信する力もなく、俺はそれを読んで携帯端末を閉じてしまった。
静かな自分の部屋に戻ってきて、自動的な程自然にメインPC立ち上げてその間、買ってきた夕食を食べつつ……ああ、明日は待ちに待った金曜日で奴らとは嫌でも顔会わせる訳で。
メインPCの前に、投げ出されている新しいノート。
この交換日記とやらを次の奴、最後の阿部瑠に渡さなければいけないのだ。それに気が付く。
って事は、何か書かないといけねぇんだよな。
パラパラと中身に目を通す。
真面目にトビラの事を書いている奴もいれば、気が付いたどうでもいい事を書いている奴もいるし……あれはRPGゲームとは違うよなぁ?的な初めて別ジャンルゲームをやるハメになった奴の感想文じみたものもある。
なんでノートなんだよと悪態を付き、……ボールペンしかねぇからこれでいいや。文字間違えたら黒く塗りつぶしながら俺は、適当な所見を書いた。
現実に書かれている文字、だけど……思考は仮想。
この文字の中にある俺の主観は俺であって、俺じゃない。そんな変な気分になってくる。
言葉にする事が出来ないのに、文字にする事は出来る。どっかにそーいうキャラいたよなぁ。……まぁいい。
MFCトビラについてでも書いとくか。
……現実から逃げ出したい奴に最適なゲーム、俺の感触だとまさしくこれだ。
間違いない、ただし……重要な事には。
他のゲームと違ってトビラは、逃げた気分には陥るが実際には逃げられない。
そういうゲームだ。
現実と仮想が混じらない。絶対に交差しない。危険性も無い。依存しようにも出来ない。
多分史上初めてになるだろう、そういうコンピューターゲームだと……俺はそのようにトビラに対する所見を締めた。
書き終えてちょっと恥ずかしくなって後悔する。
だがノートだからなぁ、破いたら破いたのバレちまうし……はッ!?そうか、だからノートなのかと今アインさんの巧妙なワザに気が付いた。
そもそも、書かないのが一番なんだけどな。でもゲームに対する仕事だったら適当に扱う事が俺には出来ない。ゲームに対する愛だけは人一倍と自負しているんだし。
さて。沈んだ時にはゲームして現実を忘れるに限るぜ。ゲームしよう。そう思った途端、再び携帯端末がメッセージの着信を告げる。
無視してもよかったんだけど……メッセージ確認するだけならしておくかと思って開くと、再びレッドからだった。
……テリーや阿部瑠やナッツだったらそのままパチンと閉じる所なのだが、さっきのに返信してなかった俺は気になって、それを開けていた。
題名が『無題』だったのもちょっと、おっかなくてな。
内容は……。
と言う訳で、ようやく金曜日です。
逃亡日です、待ちわびた……異世界に逃げ込む日がやってきたぜ。
これで来週までこっちの世界に戻って来れない、とかだったらサイコーだと思うのだが。それだと問題を先送りにしているだけか……ふぅ。
残念ながら本日夕方異世界に乱入すると、こっちに戻ってくるのは次の日土曜日の朝です。
どんなに逃げても、現実は何時も通りやってくる。
それでも一時、逃げたいと思う奴には堪らない存在になるんじゃねぇかな。今の、俺みたいに。
これが公式発売になったら、毎晩寝る前に異世界に逃げ込んで次の日の朝やっぱり、現実戻って来る訳だろう?
だから、逃げた気分にはなるが実際には逃げられない。逃げ込んだ世界の事をうまく記憶しておく事さえできない。そういうゲームだと俺は日記に書いたのだ。
その日記を忘れずに持って……あっと、認証キーも必要なんだったと白い箱からメモリスティックを抜く。
実際にはバックアップを会社で持ってるらしいけど。
逃避先のトビラを開ける重要な『鍵』だ、その先に逃げたいのにいざトビラの前で鍵がねぇなんて間抜けだ。
目的地が同じで、集合時間も同じともなると……電車の中でかち合うんだよな。
「よぅ、その後ちゃんと帰ったか?」
「当たり前だろ?」
近寄ってきたテリーの事、無視しようとしたのだが無視する力さえ俺には無いのだ。
いつものように対応されたら、やはりその通りに返してしまうんである。
駅を降りた所で、同じ電車の車両に乗っていたらしい。メージンとマツナギにも合流した。彼女、背が高くて目立つからな。同時にテリーも背が高いから目立つし。
駅を出た頃にはこれに阿部瑠とアインも合流。
某社を前にした所でナッツとレッドが入り口で俺らを待っていた。
「みんな同じ時間ので来たね」
腕時計を確認してナッツが苦笑した。
「お前らは?」
「俺は今日仕事を午前上がり、レッドと先に合流して今さっき下の食堂で夕飯すませた所」
俺達は逆に、これから早めの夕飯だ。
そして腹一杯になった所、睡眠薬一錠にお世話になって……ゲームを始めるんである。
「あー……やっぱり久しぶりって感覚はあるよなぁ」
エントランスにたどり着き、俺は独り言を漏らして自分の斜め上に目を向けた。
経験値振り分けの窓を開き、先日のプレイにおける経験値取得量を確認する。あまり多くないな、やっぱり最初の一回のプレイ時間が長かったんだと理解できる。実際、自宅でリコレクトしてみても冒険量は少ないという実感がある。
今回はあまり、マイナスされてませんなぁ。よしよし……とは言えマイナスがゼロではないけれどな……。
さてと……リコレクト。
これから俺は、どういう状態に放り込まれるんだっけ?
ああ……魔導師達に体を預けた状態だったな。
上手く行けば寝起きから始まる。
下手になってりゃまた氷漬け、な。
俺は他の奴らより先にログアウトしたんだったなと、今思い出した。
そう、仕様的にこういう事はログインしてエントランスの奥まで進まないと思いだせない。
グランドセーブと呼ばれる、7日の区切りを経過しないと確定しないログというのがあったりするらしい。経験値の確定もグランドセーブ後だな。
……ぐあっ!こっちに来た途端あれこれ他の事も思い出して来た!一週間の間毎日毎晩リコレクトはしないし、それで全部の経験を現実で認識するのは不可能なのだ。だから、こっちの世界に入った途端あれやこれやと現実で『リコレクト』出来てない事に気が付くのだ。
結局俺は、あっちすなわち現実で重大な事を思い出せていない!
「何してんのアンタ」
頭を抱えてうずくまっている俺に、ちょっとマジで心配気味の声を掛けるアベル。
「……何でもない……ほっとけ」
なんという事だ、一番重要な事を俺はリアルで一度もリコレクトしていないじゃぁないか!
「ヤートーくぅーん?」
微妙な重みが俺の頭から背中に乗っかかる。
ぐぎゃぁッ!
あとは相手が忘れているのを祈るのみとか思ったが、ばっちり憶えてるんですねぇアインさんーッ!
「何よぅ、ぜぇんぜん憶えてないじゃないの」
「いや、だって他に色々リアル修羅場があってそれどころじゃぁなく……」
「……何の話をしているんです」
「そうだ、コイツの所為だ!コイツとテリーの野郎の問題で俺はいっぱい一杯になっていてだなぁ!」
俺はレッドを指さしつつ、チビドラゴンを頭に乗せたまま勢いよく立ち上がった。
「っああッ!もう、俺のバカ!俺のバカーッ!」
「……所でヤト、思い出したとして……ちゃんと行動は出来るの?」
「……」
その的確かつ絶妙なアインからの突っ込みに俺は、再び撃沈した。
もっかいしゃがみ込んでうずくまってしまう。
「……さっきから何をしてんのよアンタは……」
「たのむ……もう、放っておいて」
……こっちの世界なら言えるのに、俺は現実ではその一言も言えないチキンだ。
多分、思い出せなかったのは思い出そうとしなかったから。
忘れているのは当たり前だ、こっちの、仮想世界の出来事は全部夢物語なのだから基本的には全部忘却している。
一度経験した記憶は何度もリコレクト出来る訳だが……条件がある。何度も説明したはずだ、思い出せるのは夢の中に限られる。
故に、目を覚ましたら再び仮想経験は全部夢物語だ。夢を現実で覚えておく事は非常に、難しい。ただでさえ消えやすい記憶だしな。そういう仕様である。
だがまず何より、思い出す事を意識しなければ……たとえ夢の中でもリコレクトできない。
繰り返し夢を見て、記憶を反芻する事で僅かだが……夢の世界の出来事を現実に『夢』として引っ張っていけるんだ。
経験を記憶として思い出す訳だが……思いまではその時と同じものを引っ張れないのは……前回のログアウト後に確認した通り。
ともすれば俺が『それ』を思い出しても……。
こっちの世界の戦士ヤトと同じ気持ちになってリアル-サトウハヤトが同じ気持ちを受け取るとは限らないよな。
だから、アインは俺次第だと言ったんだよ。そう……そうなんだ。
ん?何の話かって?……それを話すのも恥ずかしいのだが。
ほら、俺こっちでアインに『彼氏いるか』とか聞いただろ、シェイディ国に入る前にさ。
俺はアインが……好きだ。今も割とその気持ちは変わらないな。少なくとも見知っている女属性の奴の中では一番好きだ。
しかし種族が根本的に違うってのに、どうして俺はアインにすっ転んだんだろう。それはつまり、俺はチビドラゴンの中のアインというキャラクターそのものに恋をしているのだ。
だから、こっちの世界からあっちのアインに向けて『彼氏いるのか』などと聞いてしまったのだな。
俺はその経験を憶えておいて……かならず現実でリベンジするからなとその時宣言した。
ところが、これが、すっかり。
俺、そこの所現実でリコレクト出来てない。
かといって俺は……思い出したとしてアインの所に押しかけて仮想世界でやっていた事と同じ事が出来るだろうか?
……うん、出来ねぇな。いやいや、出来ねぇと決めつけるんじゃねぇ。少なくともこっちに来ている俺は、その行動に出たいと思っているんだ。
しかし……俺が。俺自身であるサトウーハヤトが……問題な訳でして。
現実ターンで、逃げる事に必死だったな俺。
テリーとレッドの所為だとか弁解したけど……ばぁか、本当は違う、そうじゃない。
……俺が意識せず、憶えていないのが問題なんだ。
「ねぇヤト」
今だ俺の頭の上にいるドラゴンが、小さな声で俺の耳の側で囁いた。
「思い人は一人にした方がいいわよ」
「……何だよそれ」
「リード出来ないなら、リードしてくれる人でいいじゃない」
「…… ちょ……っと待てや」
俺は嫌な予感がしてにこにこ笑っているような気がするドラゴンを頭の上から引き剥がす。ちなみに、ドラゴンの鱗に覆われた顔には表情らしいものなど無いのだがッ。
「あたしはぁ、泥沼化もいいかなッて思うんだけどぅ……カインちゃんは頑なに……」
「待て、なんでそこでカインの話が出てきやがる?」
「察したでしょ?」
「察しましたがッ!俺は真面目なのに、どーしてお前はいっつもふざけているんだよ」
あたしはべつにふざけて無くて結構真面目に好きだけど、と恐ろしい前置きをしてからアインは言った。
「ここの世界で真面目になったってしょうがないでしょ?何度も言うけど」
「そうだけどさぁ、」
「誤解されるのが嫌なら、ちゃんと現実で彼女を確保しなさい」
俺は、アインから羽でペチリと額を叩かれてしまった。
そうだな、確かにその通りだ。
俺、ゲームオタクで二次女で満足してるフリしてるけど……本音を言えばそうじゃないぞ。当たり前だが。
ああ……情けねぇ。……結局、あの腐れ外道シスターズの餌食になるのを回避するには、俺の彼氏……じゃねぇ!彼女居ない歴を払拭するしかないのだな。
しかし、そんな理由の為に大の苦手としている人付き合いをしなきゃいけない……馬鹿馬鹿しいと思って結局何時も。
何も進展しないのだ。
カインの奴、面倒な事ばっかりして……あいつはそこまでして……。
「ねぇ」
声を掛けられて思考を止めた。俺は慌てて顔を上げる。
「あたしの姉がどうかしたの?」
アベルの顔を見て、俺はため息を漏らした。察しているとは思いますがカインというのが例の、アベルの姉でアインの相方だ。アインとどこぞで会ったよな?という認識があったのは、俺はカインおよびアベルの姉妹と面識があるからだったのだ。
「……ああ、いや。何でもない」
「アイ、何なの?」
俺が惚けたからアインに聞きやがったな。アインは惚けたように小さな手を頬に当てる。
「……トビラ解禁になったらトビラで新刊作るって話」
あ、アベルさん。本気でドラゴンを殴った。
「ちょっと!あんた、それだけはやめなさいって言ったじゃないの!お姉ちゃんにも止めてっていったのに!」
「ふえぇえん、アベちゃんが殴ったぁあぁ」
「こんな時ばっかり子供のフリするなーッ!」
「アベル……頼んでいいのか。奴らを……止めてくれるのかッ」
俺は、真剣な顔でこういう時は頼もしい同志となってくれる彼女を見る。
「頼まなくたって、気持ち悪いから阻止するわよ!」
「……お前ら、何の話をしている」
「テリー、世の中には知らない方が幸せって事もあるんだよ」
事情を察しているナッツが遠い目をしているぞ。
激しく脱線したが。
何の話をしていたかなど、俺はあまりにもおぞましくて口には出したくないのだがッ!そんな俺がなぜ全ての事情を知っているか、だって?……奴らから一度餌食にされているのだ……学生時代にな。
トラウマと言えばトラウマだ。ナッツ曰く、関係ないと思えばいいんだよとか言うが……それは関係ない事にしたいという貴様の願望に過ぎないだろう?
何の餌食だと……ッ?
だから、それを口にするのがおぞましいのだ!察しろ、察してくださいお願いします。
カインというのは……お察しの通りアベルの姉の……ハンドルネームである。本名はアベカナコだったはず。あだ名で呼んでいると本名をすっかり忘れるって奴だハハハハ。しかし割合アベルの名前から本名を連想しやすく、その姉の名前も連想しやすいが為に奇跡的に本名の方も覚えている。普段は俺、周りの奴らの口調に合わせて『姉さん』とか呼んでたりするな。
分かるだろ?そういうキャラなのだカインという奴は。アベルの姉にして、見事に姉御肌な性格をしている大変に押しの強い女性だ。
まぁそんなんはいい。微妙に姉妹の立場逆だし……そもそもアベル&カインと言えば兄弟だろうが。
ここの、阿部家姉妹はそろってゲーマーである。
しかしその前に姉のカインはアインの相方であるという通り……腐女子同人屋、な。
頼むからこれで全てを察してくれ。
こいつがまぁ外道でな、腐れ外道でなぁ。腐女子の鏡みたいな奴なんだよ。同級生であった事とゲーム趣味が合致してまぁ多少の会話が成立する女だったんだが……暫くして奴の本性というのを俺は知る事になる。
カインの妹、アベルを経由して……な。
変わった奴らだよ、間違いなく姉妹揃って。変な奴らだ。
「あのバカ姉め……最近円卓の騎士とかに走ってたからすっかり安心して、あたし色々喋っちゃってたけど……最近やけに動向を聞いてくるから何かと思ったらそう云う事か……」
「うふふふふ……あたしが染め直しておきました」
「……アベル、アインさんをもう一発殴って良いぞ」
とか言い終わる前にアベルの、遠慮無い蹴りがアインに炸裂。
「キャウンッ!」
転がるように蹴り飛ばされるチビドラゴン。くぅ、転がる様も可愛いがっ、思わず駆けよって大丈夫かと抱き上げたい気持ちになるが!ここは我慢だ、心を鬼にして我慢しろ俺。
「言われなくてもッ!」
しかし……
「……お前さ、どうして言う前に実行するんだよ」
「その前に、いくらドラゴンが頑丈な作りだからってそんなに殴ったり蹴ったりして……大丈夫なのかい?」
「大丈夫よナギちゃん、愛に障害は……つきものなの!」
地を這いつつドラゴンが小さな手で親指らしいものを立てています。
「……頭大丈夫か?」
「ある意味、良い具合に腐ってらっしゃるんでしょうねぇ」
一週間なんてあっという間、であるはずなのだが。
今週はなぜか、もの凄く長かった気がする。
金曜日、再びトビラに入るのは……明日の夕方。
本日木曜日、まだ木曜日だぞ?俺のリアル地獄はまだ続く!
月曜日のあの修羅場の後、火曜日にぶっ倒れ……水曜日もそのままレッド達の所に逃避する事でテリーの来襲を躱した俺。
本日木曜日バイト明けだ。やっぱり今日も逃げよう……と、逃げ出す事自体にまだ逃げていないのに油断していたのが……まずかった。
俺は今、奴に拉致られて……普段使わない電車に乗っている。
奴って誰だって?テリーさんですよあのウザい男、テルイータテマツにとッ捕まってしまいました。メールとか電話とか無視していたら待ち伏せしやがってた、なんて奴だ!逃げようと思った時にはすでに腕を固められていてだな……だから、リアルだと俺は最弱なんだっつーの!
後手をがっちり掴まれている。ヘタなことすると捻られる状態だ……痛い。
「全く、携帯端末を切るたぁやるじゃねぇか」
そこ、褒める所じゃねぇ。確かに社会的に端末を持たないっていうのは、今や色々リスクな時代ではあるのですが。電子決済機能を使っている場合が多く、電車移動するに必要だったりするが別に現金払いすればキップは買えるんだからな!?そりゃ、改札潜るまで面倒ちゃぁ面倒だけど。
「で……どこに行くのでしょうかこの電車」
もしかして俺が買ったのは……地獄への片道切符?
「たまには俺のシマにも来いって言っただろ?」
今じゃなくてもいいだろうそれは!それに、約束した憶えはないし約束したって俺は守らないからな!リアル約束なんか守らないんだから俺!……チキンな性格を利用してさらにチキンに陥っているようなダメ人間を、どーして貴様は放っておいてくれないのだ!
死ぬぞ?俺そのうち弱って死ぬかもしれんぞ?それくらい弱いんだからな俺?ある日ぽっくり死ぬかもしれんぞ?
ストレスたまってフラフラしていて交通事故に巻き込まれポックリ……という例えは某開発者の9人目が居た都合物騒だから脳内だけに留めるが……とにかく。
仮想世界で何度も死にかけては生き還ってるようなアイツと俺は別なんだからな?
……いやでも。
レッドと交わした約束は別かなぁとか都合よく思ってみたり。
あれはやっぱ守らなきゃいけないと思うのは何でかな。よくわからんが……とりあえず、この男にバラす意味はねぇ。
そうだ、意味のない行動はしないのだ俺は。
だが今この状況は無駄だ、絶対に無駄だぞ?何の経験にもならねぇに決まってる、ただ俺が疲弊するだけだ。
「何しろってんだよ」
「この前盛り上がっただろ?たまには違う奴と筐体挟んで戦うと楽しいぜ」
ゲーセンでの、対戦ゲームの話だろうな。
楽しくない、とは即座に断言できない自分が虚しい。
しぶしぶだった筈が、結局の所……気が付くとのめり込んでいる俺がいます。
結局相手がゲームだと俺には拒否する意味および手立てがない。それくらいにゲーム大好きだ、ゲームジャンキーである。
この対戦の合間に飲む缶コーヒーがまた最高にいいのだよ。
わからんかな、わからんだろうな……。
「調子出てきたじゃねぇか」
「先日から嫌って程対戦してりゃ、そりゃカンも戻るだろ」
「よし、じゃぁその調子でガンガンうちの若い奴らを蹴飛ばしておけ」
確かに今対戦しているのは殆ど学生さんだが……。
そういや、お前は昼間からブラブラしてていいのか?仕事は……何だっけな。聞いたはずだが興味なかったもんで……ああ、自営業だったっけか。
「配達が入っててな、俺はちょっと出てくる。……勝手に帰るんじゃねぇぞ?」
と言いつつ……拳を鳴らすのは止めて貰えませんかテリーさんや。
とりあえずペースは幾分落として、観戦したり他のゲームをやったりして時間を潰す。
その間、どうして逃げないで俺はここにいるのか散々自問しながらな。所で……奴が何時帰るのか……聞いたっけ?
3時間くらい経過して、馬鹿馬鹿しくなってきてようやく帰ろうという気持ちになった。長い時間プレイできるゲームを選んでしまった自分もバカバカしい。昔のアクションRPGゲームはすでに終盤に差しかかっているんだが……捨てゲーするかという気持ちにまでなった。設定がデフォルトのままだからクレジットもめちゃくちゃ増えてるし、このままだと2周目になるしハイスコア更新になっちまうぞ、ああめんどくさい。
立ち上がろうとして振り返って、決断が遅かった事にがっかりする。
テリーの野郎、団体を引き連れて戻って来やがった。
げんなりする、走って逃亡できるならそうしたかったが……ここのゲーセン入り口一つだから無理だわな……。
「お、逃げなかったな」
「……今逃げる所だったんだよ……」
「とりあえず飯食いに行こうぜ、ウチの常連を紹介する」
「……帰らせてくれよ」
自分から、なかなか言えないセリフだなと口に出してみて思った。
良く言った俺、と少し自分に関心したくらいだ。
思うに、相手がテリーだから何とか口に出せた、そんな気がする。……実際よくわかんねぇ。
そんな事も俺は、日常上手く言えないのかとも愕然とする。
「なんだ?もう疲れたとか」
「疲れるだろ、バイト後直なんだぜ?」
「俺だって仕事後だが」
「お前より俺は年寄りなんだよ」
これは、事実だからな。トビラの中とは年齢が逆なのだよ。
「……ちょっと来い」
テリーは俺の力の無い腕を掴み、自販機が並んでいるトイレ付近まで引っ張っていきながらゲーセン特有の騒音の中言った。
「そうやって逃げてる限り、お前進展ねぇぞ」
「……知ってるよ」
「どうしても無理だっつうなら帰れ」
突然そのように妥協されると、何とも言えない気分になる。
「今日ナツメが残業なのは、お前も知ってるだろ?あいつは来れない、誰もお前を自宅まで引っ張ってく奴がいねぇからな」
それも確かに知っている。何しろ木曜日の夜だ、明日早引きする分仕事のしわ寄せがあるのだとナッツが言っていた。
「荒療治……と思ったが。どうやら先に体力を付けさせないとダメだな。先日倒れたって話は……ナギから聞いたぞ」
「……ああ、そう」
人と人との繋がりが俺の知らない所でどうなっているのかなんて、そんなものは知らない。どうでもいい、関係ない。
頼むから俺を放っておいてくれ。
それを、口に出して言えたら。
それさえも俺は……言葉に出来ない。
帰り道、レッドからのメッセージが届いた。携帯端末はな、電源を入れてなかっただけで一応は持っていたのだよ……うん。
ああ、約束はしてなかったけど今日もファミレスに行くような話はしたかもしれない。……それで約束はした事になるのかな。俺はそうは思わないんだけど。
心配されている内容に返信する力もなく、俺はそれを読んで携帯端末を閉じてしまった。
静かな自分の部屋に戻ってきて、自動的な程自然にメインPC立ち上げてその間、買ってきた夕食を食べつつ……ああ、明日は待ちに待った金曜日で奴らとは嫌でも顔会わせる訳で。
メインPCの前に、投げ出されている新しいノート。
この交換日記とやらを次の奴、最後の阿部瑠に渡さなければいけないのだ。それに気が付く。
って事は、何か書かないといけねぇんだよな。
パラパラと中身に目を通す。
真面目にトビラの事を書いている奴もいれば、気が付いたどうでもいい事を書いている奴もいるし……あれはRPGゲームとは違うよなぁ?的な初めて別ジャンルゲームをやるハメになった奴の感想文じみたものもある。
なんでノートなんだよと悪態を付き、……ボールペンしかねぇからこれでいいや。文字間違えたら黒く塗りつぶしながら俺は、適当な所見を書いた。
現実に書かれている文字、だけど……思考は仮想。
この文字の中にある俺の主観は俺であって、俺じゃない。そんな変な気分になってくる。
言葉にする事が出来ないのに、文字にする事は出来る。どっかにそーいうキャラいたよなぁ。……まぁいい。
MFCトビラについてでも書いとくか。
……現実から逃げ出したい奴に最適なゲーム、俺の感触だとまさしくこれだ。
間違いない、ただし……重要な事には。
他のゲームと違ってトビラは、逃げた気分には陥るが実際には逃げられない。
そういうゲームだ。
現実と仮想が混じらない。絶対に交差しない。危険性も無い。依存しようにも出来ない。
多分史上初めてになるだろう、そういうコンピューターゲームだと……俺はそのようにトビラに対する所見を締めた。
書き終えてちょっと恥ずかしくなって後悔する。
だがノートだからなぁ、破いたら破いたのバレちまうし……はッ!?そうか、だからノートなのかと今アインさんの巧妙なワザに気が付いた。
そもそも、書かないのが一番なんだけどな。でもゲームに対する仕事だったら適当に扱う事が俺には出来ない。ゲームに対する愛だけは人一倍と自負しているんだし。
さて。沈んだ時にはゲームして現実を忘れるに限るぜ。ゲームしよう。そう思った途端、再び携帯端末がメッセージの着信を告げる。
無視してもよかったんだけど……メッセージ確認するだけならしておくかと思って開くと、再びレッドからだった。
……テリーや阿部瑠やナッツだったらそのままパチンと閉じる所なのだが、さっきのに返信してなかった俺は気になって、それを開けていた。
題名が『無題』だったのもちょっと、おっかなくてな。
内容は……。
と言う訳で、ようやく金曜日です。
逃亡日です、待ちわびた……異世界に逃げ込む日がやってきたぜ。
これで来週までこっちの世界に戻って来れない、とかだったらサイコーだと思うのだが。それだと問題を先送りにしているだけか……ふぅ。
残念ながら本日夕方異世界に乱入すると、こっちに戻ってくるのは次の日土曜日の朝です。
どんなに逃げても、現実は何時も通りやってくる。
それでも一時、逃げたいと思う奴には堪らない存在になるんじゃねぇかな。今の、俺みたいに。
これが公式発売になったら、毎晩寝る前に異世界に逃げ込んで次の日の朝やっぱり、現実戻って来る訳だろう?
だから、逃げた気分にはなるが実際には逃げられない。逃げ込んだ世界の事をうまく記憶しておく事さえできない。そういうゲームだと俺は日記に書いたのだ。
その日記を忘れずに持って……あっと、認証キーも必要なんだったと白い箱からメモリスティックを抜く。
実際にはバックアップを会社で持ってるらしいけど。
逃避先のトビラを開ける重要な『鍵』だ、その先に逃げたいのにいざトビラの前で鍵がねぇなんて間抜けだ。
目的地が同じで、集合時間も同じともなると……電車の中でかち合うんだよな。
「よぅ、その後ちゃんと帰ったか?」
「当たり前だろ?」
近寄ってきたテリーの事、無視しようとしたのだが無視する力さえ俺には無いのだ。
いつものように対応されたら、やはりその通りに返してしまうんである。
駅を降りた所で、同じ電車の車両に乗っていたらしい。メージンとマツナギにも合流した。彼女、背が高くて目立つからな。同時にテリーも背が高いから目立つし。
駅を出た頃にはこれに阿部瑠とアインも合流。
某社を前にした所でナッツとレッドが入り口で俺らを待っていた。
「みんな同じ時間ので来たね」
腕時計を確認してナッツが苦笑した。
「お前らは?」
「俺は今日仕事を午前上がり、レッドと先に合流して今さっき下の食堂で夕飯すませた所」
俺達は逆に、これから早めの夕飯だ。
そして腹一杯になった所、睡眠薬一錠にお世話になって……ゲームを始めるんである。
「あー……やっぱり久しぶりって感覚はあるよなぁ」
エントランスにたどり着き、俺は独り言を漏らして自分の斜め上に目を向けた。
経験値振り分けの窓を開き、先日のプレイにおける経験値取得量を確認する。あまり多くないな、やっぱり最初の一回のプレイ時間が長かったんだと理解できる。実際、自宅でリコレクトしてみても冒険量は少ないという実感がある。
今回はあまり、マイナスされてませんなぁ。よしよし……とは言えマイナスがゼロではないけれどな……。
さてと……リコレクト。
これから俺は、どういう状態に放り込まれるんだっけ?
ああ……魔導師達に体を預けた状態だったな。
上手く行けば寝起きから始まる。
下手になってりゃまた氷漬け、な。
俺は他の奴らより先にログアウトしたんだったなと、今思い出した。
そう、仕様的にこういう事はログインしてエントランスの奥まで進まないと思いだせない。
グランドセーブと呼ばれる、7日の区切りを経過しないと確定しないログというのがあったりするらしい。経験値の確定もグランドセーブ後だな。
……ぐあっ!こっちに来た途端あれこれ他の事も思い出して来た!一週間の間毎日毎晩リコレクトはしないし、それで全部の経験を現実で認識するのは不可能なのだ。だから、こっちの世界に入った途端あれやこれやと現実で『リコレクト』出来てない事に気が付くのだ。
結局俺は、あっちすなわち現実で重大な事を思い出せていない!
「何してんのアンタ」
頭を抱えてうずくまっている俺に、ちょっとマジで心配気味の声を掛けるアベル。
「……何でもない……ほっとけ」
なんという事だ、一番重要な事を俺はリアルで一度もリコレクトしていないじゃぁないか!
「ヤートーくぅーん?」
微妙な重みが俺の頭から背中に乗っかかる。
ぐぎゃぁッ!
あとは相手が忘れているのを祈るのみとか思ったが、ばっちり憶えてるんですねぇアインさんーッ!
「何よぅ、ぜぇんぜん憶えてないじゃないの」
「いや、だって他に色々リアル修羅場があってそれどころじゃぁなく……」
「……何の話をしているんです」
「そうだ、コイツの所為だ!コイツとテリーの野郎の問題で俺はいっぱい一杯になっていてだなぁ!」
俺はレッドを指さしつつ、チビドラゴンを頭に乗せたまま勢いよく立ち上がった。
「っああッ!もう、俺のバカ!俺のバカーッ!」
「……所でヤト、思い出したとして……ちゃんと行動は出来るの?」
「……」
その的確かつ絶妙なアインからの突っ込みに俺は、再び撃沈した。
もっかいしゃがみ込んでうずくまってしまう。
「……さっきから何をしてんのよアンタは……」
「たのむ……もう、放っておいて」
……こっちの世界なら言えるのに、俺は現実ではその一言も言えないチキンだ。
多分、思い出せなかったのは思い出そうとしなかったから。
忘れているのは当たり前だ、こっちの、仮想世界の出来事は全部夢物語なのだから基本的には全部忘却している。
一度経験した記憶は何度もリコレクト出来る訳だが……条件がある。何度も説明したはずだ、思い出せるのは夢の中に限られる。
故に、目を覚ましたら再び仮想経験は全部夢物語だ。夢を現実で覚えておく事は非常に、難しい。ただでさえ消えやすい記憶だしな。そういう仕様である。
だがまず何より、思い出す事を意識しなければ……たとえ夢の中でもリコレクトできない。
繰り返し夢を見て、記憶を反芻する事で僅かだが……夢の世界の出来事を現実に『夢』として引っ張っていけるんだ。
経験を記憶として思い出す訳だが……思いまではその時と同じものを引っ張れないのは……前回のログアウト後に確認した通り。
ともすれば俺が『それ』を思い出しても……。
こっちの世界の戦士ヤトと同じ気持ちになってリアル-サトウハヤトが同じ気持ちを受け取るとは限らないよな。
だから、アインは俺次第だと言ったんだよ。そう……そうなんだ。
ん?何の話かって?……それを話すのも恥ずかしいのだが。
ほら、俺こっちでアインに『彼氏いるか』とか聞いただろ、シェイディ国に入る前にさ。
俺はアインが……好きだ。今も割とその気持ちは変わらないな。少なくとも見知っている女属性の奴の中では一番好きだ。
しかし種族が根本的に違うってのに、どうして俺はアインにすっ転んだんだろう。それはつまり、俺はチビドラゴンの中のアインというキャラクターそのものに恋をしているのだ。
だから、こっちの世界からあっちのアインに向けて『彼氏いるのか』などと聞いてしまったのだな。
俺はその経験を憶えておいて……かならず現実でリベンジするからなとその時宣言した。
ところが、これが、すっかり。
俺、そこの所現実でリコレクト出来てない。
かといって俺は……思い出したとしてアインの所に押しかけて仮想世界でやっていた事と同じ事が出来るだろうか?
……うん、出来ねぇな。いやいや、出来ねぇと決めつけるんじゃねぇ。少なくともこっちに来ている俺は、その行動に出たいと思っているんだ。
しかし……俺が。俺自身であるサトウーハヤトが……問題な訳でして。
現実ターンで、逃げる事に必死だったな俺。
テリーとレッドの所為だとか弁解したけど……ばぁか、本当は違う、そうじゃない。
……俺が意識せず、憶えていないのが問題なんだ。
「ねぇヤト」
今だ俺の頭の上にいるドラゴンが、小さな声で俺の耳の側で囁いた。
「思い人は一人にした方がいいわよ」
「……何だよそれ」
「リード出来ないなら、リードしてくれる人でいいじゃない」
「…… ちょ……っと待てや」
俺は嫌な予感がしてにこにこ笑っているような気がするドラゴンを頭の上から引き剥がす。ちなみに、ドラゴンの鱗に覆われた顔には表情らしいものなど無いのだがッ。
「あたしはぁ、泥沼化もいいかなッて思うんだけどぅ……カインちゃんは頑なに……」
「待て、なんでそこでカインの話が出てきやがる?」
「察したでしょ?」
「察しましたがッ!俺は真面目なのに、どーしてお前はいっつもふざけているんだよ」
あたしはべつにふざけて無くて結構真面目に好きだけど、と恐ろしい前置きをしてからアインは言った。
「ここの世界で真面目になったってしょうがないでしょ?何度も言うけど」
「そうだけどさぁ、」
「誤解されるのが嫌なら、ちゃんと現実で彼女を確保しなさい」
俺は、アインから羽でペチリと額を叩かれてしまった。
そうだな、確かにその通りだ。
俺、ゲームオタクで二次女で満足してるフリしてるけど……本音を言えばそうじゃないぞ。当たり前だが。
ああ……情けねぇ。……結局、あの腐れ外道シスターズの餌食になるのを回避するには、俺の彼氏……じゃねぇ!彼女居ない歴を払拭するしかないのだな。
しかし、そんな理由の為に大の苦手としている人付き合いをしなきゃいけない……馬鹿馬鹿しいと思って結局何時も。
何も進展しないのだ。
カインの奴、面倒な事ばっかりして……あいつはそこまでして……。
「ねぇ」
声を掛けられて思考を止めた。俺は慌てて顔を上げる。
「あたしの姉がどうかしたの?」
アベルの顔を見て、俺はため息を漏らした。察しているとは思いますがカインというのが例の、アベルの姉でアインの相方だ。アインとどこぞで会ったよな?という認識があったのは、俺はカインおよびアベルの姉妹と面識があるからだったのだ。
「……ああ、いや。何でもない」
「アイ、何なの?」
俺が惚けたからアインに聞きやがったな。アインは惚けたように小さな手を頬に当てる。
「……トビラ解禁になったらトビラで新刊作るって話」
あ、アベルさん。本気でドラゴンを殴った。
「ちょっと!あんた、それだけはやめなさいって言ったじゃないの!お姉ちゃんにも止めてっていったのに!」
「ふえぇえん、アベちゃんが殴ったぁあぁ」
「こんな時ばっかり子供のフリするなーッ!」
「アベル……頼んでいいのか。奴らを……止めてくれるのかッ」
俺は、真剣な顔でこういう時は頼もしい同志となってくれる彼女を見る。
「頼まなくたって、気持ち悪いから阻止するわよ!」
「……お前ら、何の話をしている」
「テリー、世の中には知らない方が幸せって事もあるんだよ」
事情を察しているナッツが遠い目をしているぞ。
激しく脱線したが。
何の話をしていたかなど、俺はあまりにもおぞましくて口には出したくないのだがッ!そんな俺がなぜ全ての事情を知っているか、だって?……奴らから一度餌食にされているのだ……学生時代にな。
トラウマと言えばトラウマだ。ナッツ曰く、関係ないと思えばいいんだよとか言うが……それは関係ない事にしたいという貴様の願望に過ぎないだろう?
何の餌食だと……ッ?
だから、それを口にするのがおぞましいのだ!察しろ、察してくださいお願いします。
カインというのは……お察しの通りアベルの姉の……ハンドルネームである。本名はアベカナコだったはず。あだ名で呼んでいると本名をすっかり忘れるって奴だハハハハ。しかし割合アベルの名前から本名を連想しやすく、その姉の名前も連想しやすいが為に奇跡的に本名の方も覚えている。普段は俺、周りの奴らの口調に合わせて『姉さん』とか呼んでたりするな。
分かるだろ?そういうキャラなのだカインという奴は。アベルの姉にして、見事に姉御肌な性格をしている大変に押しの強い女性だ。
まぁそんなんはいい。微妙に姉妹の立場逆だし……そもそもアベル&カインと言えば兄弟だろうが。
ここの、阿部家姉妹はそろってゲーマーである。
しかしその前に姉のカインはアインの相方であるという通り……腐女子同人屋、な。
頼むからこれで全てを察してくれ。
こいつがまぁ外道でな、腐れ外道でなぁ。腐女子の鏡みたいな奴なんだよ。同級生であった事とゲーム趣味が合致してまぁ多少の会話が成立する女だったんだが……暫くして奴の本性というのを俺は知る事になる。
カインの妹、アベルを経由して……な。
変わった奴らだよ、間違いなく姉妹揃って。変な奴らだ。
「あのバカ姉め……最近円卓の騎士とかに走ってたからすっかり安心して、あたし色々喋っちゃってたけど……最近やけに動向を聞いてくるから何かと思ったらそう云う事か……」
「うふふふふ……あたしが染め直しておきました」
「……アベル、アインさんをもう一発殴って良いぞ」
とか言い終わる前にアベルの、遠慮無い蹴りがアインに炸裂。
「キャウンッ!」
転がるように蹴り飛ばされるチビドラゴン。くぅ、転がる様も可愛いがっ、思わず駆けよって大丈夫かと抱き上げたい気持ちになるが!ここは我慢だ、心を鬼にして我慢しろ俺。
「言われなくてもッ!」
しかし……
「……お前さ、どうして言う前に実行するんだよ」
「その前に、いくらドラゴンが頑丈な作りだからってそんなに殴ったり蹴ったりして……大丈夫なのかい?」
「大丈夫よナギちゃん、愛に障害は……つきものなの!」
地を這いつつドラゴンが小さな手で親指らしいものを立てています。
「……頭大丈夫か?」
「ある意味、良い具合に腐ってらっしゃるんでしょうねぇ」
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