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8章 怪奇現象 『ゴーズ・オン・ゴースト』
書の2後半 時間の王『一つ余計な世界の仕組み』
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■書の2後半■ 時間の王 BALDANDERS
「やべぇ……今日は中で3週目だから……アレが沸く日だ……」
もはや例えて満身創痍、ボロボロの状態で部屋に戻ってきた俺は、それでも這ってパソコンの電源を入れ……某仮想世界MMOゲームをするべくコントローラーを握っていた。
久しぶりに昼間からギアマックスではっちゃけてしまって、そのしわ寄せが今に来てます。要するに、疲れているのだ眠いのだッ。
「さっきまで速攻寝るって言ってたのは誰だよ」
「思い出したんだよ、羊クラで今日は定例狩り日じゃんか……」
「寝落ちして足引っ張るんじゃないの?」
「ナーッツ、すまん、下からコーヒー買ってきて。上段右から3つ目のブラックな奴……」
「だから、寝ろよお前」
ゲーセンに行ったらゲームをするのが……ゲーマーの鉄則だ。というかむしろ、条件反射?なんかオートで起動中のゲーム吟味してコインをスロットしちまうんだよ。
テリーや阿部瑠との対戦に適当に付き合っていたのだが、気が付いたらちょっとマジになってしまってだな。あれよあれといいう間に夕方になり、常連学生らが入ってきてマジになってしまった俺やらテリーやらとの対戦合戦が更に加熱する事に。
止てくれないといつまでもやりますからねゲームを、俺ら、基本的に。
阿部瑠が腹減ったとか言い出して、近くの丼もの屋で夕飯をかっ込んでいた所にナッツが仕事を終えて合流。
で、そのまま解散になるのかと思いきや……再びゲーセンに逆戻り。いや、駅に戻る道中どうしてもそこを通るもんで。
気が付いたらまた店内にいたり。
……なんかもう、さっきの事なんだが記憶が曖昧だ。
ゲームしていると時間なんてホント無視されている。そういう点女性陣ははっきり意識しているらしく、阿部瑠は次の日に響くからと、夜10時前くらいには引き上げて行ったと思う。
その後……俺はスタッフカウンターの所で雑談しつつ半分うたた寝。ええと……それで……ああ。ナッツから引きずられるようにして自分の部屋に戻ってきている訳だ。
うわやべぇ、今一瞬俺寝てた。
「大体……お前だってレア欲しいとか言ってたじゃねぇか」
「そうだよ、だから俺はお前ん家に来てるんじゃないか」
「……ああ?」
寝ぼけていてまともに話を聞いていなかったようだ。今ようやく合点する。
「なんだよ、なら話は早いや。……俺は寝る」
俺はそのままフラフラ席を立ち上がり、会社スーツを脱いでハンガーに掛けているナッツに席を譲って……万年床に向かって倒れ込んだ。
「ちょっと、ログアウト処理くらいしろよ!」
「え、俺のyato君もハンガーして連れてってくれるんじゃねぇの?」
「そんな余裕は無いからな、ロットも入れないぞ。放置でレベル下がるハメになってもいいならそうするけど。足手まといは要らないだろ?」
「うぅ……」
俺はベッドに仰向けに倒れ込んでいた所……ゾンビのように生気無くのろのろと立ち上がった。
「しかたねぇ……寝てたら起こせよー?」
「だから、今日は諦めて寝ろって俺は言ってるんですけど?」
どういう状況かというのを一応補足するとだな。
ええと……俺とナッツは某MMOゲームをこれからする訳だ。大人数参加型オンラインゲームだな。で、その中に特殊な道具で仲間登録しているグループがあってだな、そこのグループリーダーが定期的に特殊なイベントをクリアしに行く指揮をとりまとめているのだ。出席出来ない場合は出席しなくてもいいのだが……出席しない事には、その特殊イベントで貰えたり、ドロップするレアアイテムの分け前は無い。
俺はソレに参加したい訳で、ナッツも同じくそのゲーム内で欲しい装備があり、それの作成のためにこのイベントでドロップする『可能性のある』特殊レアアイテムを欲している訳だ。
で?どうして奴は俺の家にいるのかって?
……俺ん家、ゲーム用にパソコンが2台あるのだ。もちろんゲームしない用のパソコンも別に数台あるぞ。モニターはその倍以上あると考えてもらって構わん。で、オンラインできるゲーム機は、もれなく全機種揃っている。だから俺がその内の一台でログインして、他の一台でナッツがログインする事が可能なのだ。ゲーム専用機からのログインも可能なので、えーと、最大6人くらいはログイン可能じゃねぇかな。
俺は、ネカフェが好きではなかったりする。
個室もあるのだがどうも、心が安まらない。セキリュティ甘い所もあるしな。技術と機材があるなら自分の家が一番だぜ。
で、現在時刻夜の11時過ぎ。これから何時間ネットゲームするかだなんてヤボな事は聞くんじゃぁねぇ。ナッツはこの狩り日のために会社を早く上がってきたのだ。自宅に帰らずに俺ん家にいるのは……まぁ、よくある事なので特に俺はつっこみはしないが……。
テリーと阿部瑠に引っ張られ、俺がヘルプコールしたからかもしれん。
もちろんナッツさんはこのまま俺ん家で寝落ち、明日はここから真っ直ぐ会社に出社なさいます。何時も世話になっているのでナッツにだけは俺は、何も文句は言えないし言わない。
「明日、バイトあるんだろ?」
「お前だって出社だろうが」
「まぁそうだけどさ、いいんだよ。今一つ山越えて地獄のデバッグループ中だから。半分寝ながら連打検証でもやるつもりだから」
「じゃぁ俺も半分寝ながら狩りに行こう……」
そう言いつつ俺はテーブルに突っ伏した。
「面倒だから小細工しねぇ、中衛希望って伝えといてくれ。準備は終わったから俺は暫く寝る、動いたら教えれー」
「あ……ちゃっかり阿部瑠がいるんだけど」
「……いいんじゃね?奴も一応同じグループだし」
「明日は朝から単位に響く授業があるとか言ってたのに……」
どうでもいい、俺には関係ない。
割と人が集まって、作戦や人員整理をするのに時間が掛るのだ。
どんくらい気を失っていたかはよくわからん、時間を見るのは段々意味が無い。
ようやくパーティー集団が動き出し、俺は幸いとナッツと同じ組になっていた。げ、阿部瑠もいる。他のメンツも知り合いばっかりの……一寸待て。リーダー組じゃねぇか。
これじゃぁ超前衛だよ!中衛希望したのに……。
とはいえ我が儘は言えない。これから挑むのは割と難しい上級クエスト、俺のストレートな設定は切り込みとして使うとのお達しだろう。
「なんだ、この申し合わせたような……組み合わせ」
「お前がリアル寝オチしてるからって伝えたら、コピさん気使ってくれたんだよ」
「成る程、前衛なら寝てるヒマもなく敵とリンクで処理祭だもんなぁ……」
コピの野郎、相変わらず人使いが荒いぜ。
「阿部瑠、フルで付き合うって事だよな?」
「ああ、話を聞いてみたら……早く帰ったのはインして寝オチする準備があるからだってさ」
……訳わからん。
むちゃくちゃな時間の使い込みだというのは……解っている。
どうして時間というのは一日24時間しかないのだろう。
いっつも疑問には思うが、定まりきっている事なんだからどうしようもない。
これ以上の眠気があろうかという、最上級ラリホーマを連続魔されている状態で……あぁやべ、なんか色々混じってる……。
商品を取り落としそうになるのを危うく回避、棚に入れた。
ノルマが終わらん……とはいえ、商品壊すよりはマシだ。
俺はトイレ休憩を随所に入れ、都度ブラックコーヒーを胃に流し込みつつバイト地獄を辛くも突破した。
コーヒー技は胃に来るんだよなぁ……すっかり胃もたれしてしまって気持ちが悪くなりつつも……すでにジャンキーなので気が付くとまたコーヒー手に握っている始末。とはいえ無意識にダメージを察してかコーヒー入りミルク飲料の方だった。
……簡易休憩喫煙室で俺は、半分寝ながらボンヤリと思った。
……家に帰りたくねぇ……!
今まで一度としてそんな事思った事ないのに、いつでも俺はああ家に帰りてぇと思って逃避していたのに。どうした事だ俺、家に帰りたくないとは!
……要するにだ、また誰かしら待ち構えて居るんじゃないかと思うとコーヒー作用じゃなくても胃がむかむかしてくるのだ。
嫌なのだが……ネカフェにでも避難するか。
他に逃げ込める場所が……俺にはない。
昼だ、夜ならナッツの家という手もあるが奴は仕事中だろうし……。
何処に行けば俺は、安らかな眠りをゲット出来るだろうとフラフラと仕事場を後にする。
今回は……携帯端末は電源を切ってあるぞ。抜かりは無い!
そのようにして地下鉄の入り口にさしかかった時、だな。
なんか……あれ?幻だろうか?ついに幻まで見えるのか俺。
「どうしたんです?ふらふらじゃぁないですか」
「……レッド?」
仮想の中と変わりない、黒髪黒目の眼鏡野郎……じゃぁ、ないんだったな。
でもそんなんどうでもいいや。
もう体力的に限界で、訪れた新しい局面に対応するだけの精神力が俺には残っていなかったようだ。
目の前に現れた見知っている人物に俺は、何でか安堵してしまったようである。
「眠い……」
それだけ呟いて、ちょっと。
俺の記憶が真っ白に飛んでしまいましたとさ。
このぼけッとする癖は直した方がいいかもしれん。
「……はッ!?」
気が付いた時、俺は……知らない匂いのする毛布にくるまって寝ていた。
ええと……カラオケ施設と……ゲーム機完備、……ドコだここは?嫌な予感がして怠い体を起こすと、備え付けのパソコンを弄っていた見知った顔が振り返る。
「ああ、起きましたか。だいぶ疲れているようでしたので」
俺は慌てて携帯端末を取り出し、現在時刻を確認しようとして……画面が真っ暗なのに一瞬驚く。あ、任意で電源落としてたんだって事をようやく思い出す。
すぐに起動しない画面に痺れを切らしてレッドに聞く事にした。
「何時間……俺、寝てた?」
「今夕方の5時前です」
「4時間ぶっちか……ここは?」
「ネカフェですよ、勝手に連れ込んでしまいましたが……貴方の家を知りませんからね」
よかった、とりあえず妥当な場所だった事にとりあえず胸をなで下ろしてしまった。完全に、何が起こってここにいるのか俺、憶えてないよ。
どんなにぶっ倒れそうな眠気に晒されても、気が付けば自分の部屋で寝ている場合が多いというのに。……それで、部屋に鍵掛けるのを忘れてナッツから怒られるというコンボが成立する訳だが。
それもこれも、テリーが俺の家に入り込むようになったからだ。あの野郎の訳の分からん更生とかいうプログラムの所為……どわッ!沸々と怒りを込み上げていたら、ようやく復旧した携帯端末が着信やらメールやらを受信してけたたましくバイブレード。
「……ああ、家に忘れていた訳じゃぁないのですね」
レッドからの着信があるのを見付けて……他にも色々あったが見なかった事にしよう……。俺は苦笑する。
「悪い、色々あってな……ウザくて」
……ようやく頭がはっきりしてきた。相変わらず胃はムカムカするが……。とりあえず、眠気は吹っ飛んじまったよ。
「ちょっと寝不足で……」
「その前に、聞く事があるでしょう?」
「……何だ?」
「ボクは貴方に用事があるから今、こうやって貴方の前にいるんですよ?」
「そうだろうけど」
俺はそう答えておいて……レッドから来ていたメッセージを開く。
……相談したい事があるから……お会い出来ませんか?
ふぅん……?
「で?」
「………」
促してみたら、笑ったまま固まりやがるし。
「だから、何だよ」
レッドは眼鏡のブリッジに手を置いて、ふいっと顔を背けた。
「……ちょっと待ってください。……こちらにも色々と……段取りというものが有る訳でして」
「何か?お前が女の件か?」
どうやら図星だな。瞬間、耳を真っ赤にして慌てたレッドを……リアルで拝めるたぁ思わなんだ。
家に帰りたくないという事情を聞かれ、俺が『テリーの野郎が、』まで口にした段階で大体察しやがったな。あいつが見た目に寄らずすげぇ喋り魔だという事は、すでにレッドも把握してるハズだ。
じゃぁまたコーヒーでも飲みに行きますかと誘われ……途端に俺のもたれた胃が拒否しやがった。
「いや、……なんか胃に優しいもんが食いてぇ……」
レッドが持ってた胃腸薬の苦い顆粒を……危うくまたコーヒーで流し込む所だった。……条件反射って怖ぇな。
セルフのドリンクサービスコーナーで気が付いたらコーヒー押しそうになってたよ。なんかこう、ジュースは嫌だしお茶も気分じゃねぇ、コーヒーだろとか消去法が働いてすっかり、薬を飲むって事を忘却してました。
レッドから水の入ったコップを差し出されようやく、当初の目的を思い出す。
そうでした、お薬飲むんでしたね俺。
「悪い……」
「まだ不調なのでは?ボクは、後日でも構いませんけど……」
「ばーか、」
言葉は続かなかった。でも、どう続くのかは奴の事だ。解ってるんだろう。
本音を隠すな、嘘つくな。
俺は、この現実世界ではその一言が、上手く言えない。
珍しく回りくどく……いや、別に珍しくないかもしれない。
仮想世界トビラでリコレクトした『レッド』というキャラクターと、今目の前にあるリアルなレッドすなわち、イガラシーミギワは同じじゃない。限りなく近しい存在だがそのままそっくり同じという訳ではないのだ。
こいつとこうやって二人きりで、現実顔付き合わせて会話するのは今回でようやく二回目。奴が実際にどんな奴なのか、そんなんは一回会っただけでは解らんもんだろ。
とにかく、レッドは回りくどい方法で俺に、一つお願いをしてきた。
面倒だから結論から言うと、だな。
現実女である事は、極力伏せて欲しいそうだ。
こいつは、どうやらバーチャルで性別を完全に偽っているらしい。しかし、バーチャル世界だけでは生きていけないだろう?実際に生活して生きている『世界』はこの現実なのだから。……当たり前だが。
こうやって割と大きな企業に就職する上、流石に会社に性別は偽れんだろう。
かといって、自分の性別に違和感があるという訳でもないようだ。性同一性障害とかいう奴じゃねぇって事だな。
今、某ファミレスで目の前にしているレッドはぱっと見女らしくは見えない。整った顔だから……もしかすると女?かな?という感じだ。
しかし女に見られないように胸は隠してあるし……もしかしたら最初から貧乳かもしれん……肩パットの入ったぽいスーツにネクタイを崩している姿だと、これが女とは思わんよなぁ。
「もちろん、高松さん達にもお願いしてあります」
「よく了承したな?まさか、そういう風に性別違うキャラをやれとお願いされたとか?」
「性別を偽った場合のキャラクターのデータ検証はすでに終わっているそうです、基本的には偽れないような仕様になっていますが、それでも偽る者は多いだろいうという事で」
「成る程な……だから、ってんじゃねぇよな?」
レッドは無言で首を横に振った。
「個人的に、余り公にしたくないのです」
「ネカマとかは多いけどよ、徹底的にバレたくなきゃそもそも、こんな公募なんか参加してねぇだろ?」
こんな公募とは、すなわちあの新型ハードのテストプレイヤーという奴な。
「……勿論、本来ならしていませんよ」
「ふぅん、」
何か理由があって参加した?それくらい新型ハードに興味があったとか?……それとも、何だろ。俺には想像がつかない。
「ま、いいぜ。お前の言いたい事は了解した。俺もなんつーか、確認し辛くて他にはまだ言ってなかったし……ぶっちゃけ男って思った方が話しやすいしな」
そう、不思議とコイツとの会話が苦痛じゃない。
阿部瑠との会話はめんどくさいと思うが、それはようするに……アイツが女だと、たとえ無意識でも意識しているからか?
まぁ他にも色々……敬遠する理由はある訳だがな。
いや、今目の前にいるのも女と見れば女らしんじゃねえのか?そう見えないしそう見て欲しくないと本人が望んでいる訳だけど……阿部瑠は違う、男っぽいラフな格好をしているが女である事を捨てている訳じゃない。要するにその違いか?
ともかく、レッドが男として認識して欲しいならそうしてやるさ。
「……でもよ、阿部瑠は知っているだろう?」
お前が、リアル女だって事。
「……はい」
レッドは苦い笑いを浮かべて、グルグルとカップの中をかき混ぜている。
「あいつにも口止めしたのか?」
「ええ……一応。正直……ドコまで信用していいか……冷や冷やしているんですけど」
「今度会ったら釘差しといてやるよ。ああ、テリーにだけは言わねぇほうがいいぞ、あいつすぐ人の秘密口に出しやがるからな」
「みたいですね」
そこで頼んだリゾットやらが運ばれてきて、会話はぶち切れた。
ぶち切れたついでに俺はドリンクバーに立つ。
再び条件反射でコーヒーを選びそうになって踏みとどまった。……いや、薬飲んだし。もーいっか。
そう思ってくるりと引き返したら、スタッフの人がすぐ背後に立っていて驚いてしまった。
「……んあ?」
「お、……驚かそうと思ったんだけどなぁ」
「あ?……マツナギィ?」
あれ、お前弁当屋でアルバイトじゃなかったのかよ?という疑問が口を出るより先に、マツナギは慌てながら小声で言った。
「バイト掛け持ち、皿洗い!」
「……」
はッ!?
沈黙が流れて俺はようやく状況を把握。
つまり、ここで俺とレッドが顔会わせている事を……全体的に秘密にしなくちゃいけないもんだと思ってたんだが……その計画がもろくも崩れ去りつつあるって事じゃぁねぇか!?
「お、……」
まさか、話を聞かれた?
レッドはドリンクバーに背を向けていて、こちらの状況には気が付いていない。……皿洗い?もしかするとあれがレッドだとは気が付いて無いかも知れない。
慌てるな俺、上手い事誤魔化すには……ええと、うんと……。
「ここね、駅から近いだろう?結構学生さんが来るんだけど……最近メージンがよく来るんだ。帰りに寄ってくれるから……もう暫くすると来るよ。あたしもこれから上がる所、なんだけど」
……だから?
「何をしているのだろうと思ったら、ナギさんじゃないですか。……いいんですか、スタッフ衣装のままで喋ってて」
レッドが様子に気が付いたようで、コーヒーおかわりをカップに注ぎながら小さく囁いた。
「あっ……ごめん、ええっと……」
「席、4人の所に移動をお願いしてください。あ、喫煙席はダメですからね?」
と云う事で、学校上がりのメージンが現れ、仕事を終えたマツナギも同席に。
「……世界って狭いよなぁ」
「しかたないでしょう、同じ街に住んでいるんです」
その街はすげぇ広いし人口密度ハンパねぇじゃねぇかよ。
「しッかし、ここが行きつけとかメージンは塾にでも通ってんのか?」
「まさか、僕高校生ですよ?学校の補習授業ですよ、私立なので大学進学に向けた特別プログラムが終わらなくって」
ここいらで進学校の私立っていうと……あそこか。
すげぇとこ通ってやがるな……それでよく、あれだけゲームレビューできるもんだ。
若いっていいなぁ……。
「とりあえず、大学に入ってしまえばこちらのものです。思いっきりゲームが出来ます」
「ほどほどにしないと、ナギさんみたいに単位が取れなくてという事になりますよ?」
「もう、言わないでよレッド」
……あれ?こいつら何か親しげじゃね?
「しかし、ヤトさんは今日はどうしたんですか?」
「あぁ……ちょっと寝不足でフラフラしてて……ぶっ倒れたのか?」
その辺り、よく憶えてないのだ俺。
「まぁ、倒れたに近しいでしょうね。行きつけのネカフェに行く途中に遭遇しまして」
と、云う事にしておきましょうという断りが俺に向けて含まれている言葉だな。
マツナギが、少しもじもじしながら俺を窺う。
「実はさ、あたし……レッドからレポート見て貰ってるのよ」
……はぁっッ?
いつからそういう事になってんだ?
「照井さんにはこればっかりは、頼めませんからね」
「そう、そういうのは当てにはならないんだよあの人!かといって困ってる事漏らすとグチグチ言われるし」
なんかそれは共振した。
「だよなぁ?何なんだアイツのあのウザさ?」
「確かに……ウザいんだけどね。……それでも色々とお世話になっているからさ」
マツナギは苦笑してほっぺたを掻いている。
「僕もついでに、レッドさんから宿題を見て貰っています」
メージンはそう言って、学生らしい肩掛け鞄からノートを取り出し始めた。
成る程、いつの間にかこういう繋がりが出来てたんだなぁ。知らなかった。
別に知りたかった訳じゃねぇけど。思うに、俺はそういう繋がりを知ろうとしていなかったな。
新しい繋がりが面倒で、今も逃げてる途中だ。
小さくため息を漏らしてしまう。
「丁度良かったです、これを渡したくって」
メージンから新しい大学ノートを手渡され、俺はソレを受け取って……表紙の文字に目を瞬く。
「今時ノートかよ……全く」
それは、アイン発のトビラ・交換日記だ。ある、という話は聞いていたが……まさかアナログだとは。
「とりあえず、いずれオンラインページも整備するからその前のひな形だって。ヘタにオンラインしない方がいいんじゃないかって事になったんだ。……バルトアンデルトの件で」
時間の精霊王、バルトアンデルト……というのは当然と異世界トビラでの話だ。
仮想異世界、八精霊大陸において『数えない習わしになっている』9つ目、時間の精霊王。……と言う事をナッツが言っていた。
残念ながら戦士ヤトはその辺り上手くリコレクト出来んらしく、俺は現実までそのあたりの記憶を引っ張れてない。交換日記の前半は、現在分かっているトビラ内のルールや時間軸、出来事や用語解説などの冒険記録確認項目になっている。成る程、寝て夢となって現実に持ち帰る程度なものだからゲーム記録を現実で反芻してみるに、こうやって互いに覚えている情報を補完しあうのは良いな。面白そうだという感想を素直に感じた俺である。
予定外の不具合が起きている。
だから、まだ表に出すのは控えようというのが現時点、テストプレイヤーの意向だ。高松さん達はそんなに気をつかわなくてもいいと言うんだけどな。
一つ、余計な仕組みが働いて……予定が狂っている。何しろ俺達が入ってる世界の名前は中において『八精霊大陸』ってんだろ?どうして数えられてないものが出しゃばりやがる。
しかしその、絶対にあるはずなのに無い事になっている、時間というものは、そういうものだというのもなんだか頷ける。
1日はどう足掻いても24時間。
世界の中で唯一全てのものが共有していてそれが当たり前で、変える事の出来ない揺るぎないもの。
時間ってのは不思議なもんだな。今更とそう思う。
「千変万化を時の精霊と据えましたか、おもしろいですね」
「バルトアンデルスか?」
今では割とこの名称はあちこちで見かけるからな。でもゲーム世界では歴史は薄いな……しょっぱじめに使われたのはライトノベルかな。俺の記憶の限り、ボードゲーム発祥のファンタジー単語じゃねぇのは確かだ。
「どっちかっていうと『ミミック』みたいな扱いが多いけど。あと、月関連?」
「ええ、そういう一つの解釈が罷り通っているのですね。元々はドイツ作家によるお話に出てくる存在で、あらゆるものに姿を変える、常に姿を変化させるという怪物の事なのですよ。だから月になぞらえているのでしょう」
ふぅん成る程ねぇ。レッドの解説にそんな顔をして関心する、俺とマツナギだ。
「やべぇ……今日は中で3週目だから……アレが沸く日だ……」
もはや例えて満身創痍、ボロボロの状態で部屋に戻ってきた俺は、それでも這ってパソコンの電源を入れ……某仮想世界MMOゲームをするべくコントローラーを握っていた。
久しぶりに昼間からギアマックスではっちゃけてしまって、そのしわ寄せが今に来てます。要するに、疲れているのだ眠いのだッ。
「さっきまで速攻寝るって言ってたのは誰だよ」
「思い出したんだよ、羊クラで今日は定例狩り日じゃんか……」
「寝落ちして足引っ張るんじゃないの?」
「ナーッツ、すまん、下からコーヒー買ってきて。上段右から3つ目のブラックな奴……」
「だから、寝ろよお前」
ゲーセンに行ったらゲームをするのが……ゲーマーの鉄則だ。というかむしろ、条件反射?なんかオートで起動中のゲーム吟味してコインをスロットしちまうんだよ。
テリーや阿部瑠との対戦に適当に付き合っていたのだが、気が付いたらちょっとマジになってしまってだな。あれよあれといいう間に夕方になり、常連学生らが入ってきてマジになってしまった俺やらテリーやらとの対戦合戦が更に加熱する事に。
止てくれないといつまでもやりますからねゲームを、俺ら、基本的に。
阿部瑠が腹減ったとか言い出して、近くの丼もの屋で夕飯をかっ込んでいた所にナッツが仕事を終えて合流。
で、そのまま解散になるのかと思いきや……再びゲーセンに逆戻り。いや、駅に戻る道中どうしてもそこを通るもんで。
気が付いたらまた店内にいたり。
……なんかもう、さっきの事なんだが記憶が曖昧だ。
ゲームしていると時間なんてホント無視されている。そういう点女性陣ははっきり意識しているらしく、阿部瑠は次の日に響くからと、夜10時前くらいには引き上げて行ったと思う。
その後……俺はスタッフカウンターの所で雑談しつつ半分うたた寝。ええと……それで……ああ。ナッツから引きずられるようにして自分の部屋に戻ってきている訳だ。
うわやべぇ、今一瞬俺寝てた。
「大体……お前だってレア欲しいとか言ってたじゃねぇか」
「そうだよ、だから俺はお前ん家に来てるんじゃないか」
「……ああ?」
寝ぼけていてまともに話を聞いていなかったようだ。今ようやく合点する。
「なんだよ、なら話は早いや。……俺は寝る」
俺はそのままフラフラ席を立ち上がり、会社スーツを脱いでハンガーに掛けているナッツに席を譲って……万年床に向かって倒れ込んだ。
「ちょっと、ログアウト処理くらいしろよ!」
「え、俺のyato君もハンガーして連れてってくれるんじゃねぇの?」
「そんな余裕は無いからな、ロットも入れないぞ。放置でレベル下がるハメになってもいいならそうするけど。足手まといは要らないだろ?」
「うぅ……」
俺はベッドに仰向けに倒れ込んでいた所……ゾンビのように生気無くのろのろと立ち上がった。
「しかたねぇ……寝てたら起こせよー?」
「だから、今日は諦めて寝ろって俺は言ってるんですけど?」
どういう状況かというのを一応補足するとだな。
ええと……俺とナッツは某MMOゲームをこれからする訳だ。大人数参加型オンラインゲームだな。で、その中に特殊な道具で仲間登録しているグループがあってだな、そこのグループリーダーが定期的に特殊なイベントをクリアしに行く指揮をとりまとめているのだ。出席出来ない場合は出席しなくてもいいのだが……出席しない事には、その特殊イベントで貰えたり、ドロップするレアアイテムの分け前は無い。
俺はソレに参加したい訳で、ナッツも同じくそのゲーム内で欲しい装備があり、それの作成のためにこのイベントでドロップする『可能性のある』特殊レアアイテムを欲している訳だ。
で?どうして奴は俺の家にいるのかって?
……俺ん家、ゲーム用にパソコンが2台あるのだ。もちろんゲームしない用のパソコンも別に数台あるぞ。モニターはその倍以上あると考えてもらって構わん。で、オンラインできるゲーム機は、もれなく全機種揃っている。だから俺がその内の一台でログインして、他の一台でナッツがログインする事が可能なのだ。ゲーム専用機からのログインも可能なので、えーと、最大6人くらいはログイン可能じゃねぇかな。
俺は、ネカフェが好きではなかったりする。
個室もあるのだがどうも、心が安まらない。セキリュティ甘い所もあるしな。技術と機材があるなら自分の家が一番だぜ。
で、現在時刻夜の11時過ぎ。これから何時間ネットゲームするかだなんてヤボな事は聞くんじゃぁねぇ。ナッツはこの狩り日のために会社を早く上がってきたのだ。自宅に帰らずに俺ん家にいるのは……まぁ、よくある事なので特に俺はつっこみはしないが……。
テリーと阿部瑠に引っ張られ、俺がヘルプコールしたからかもしれん。
もちろんナッツさんはこのまま俺ん家で寝落ち、明日はここから真っ直ぐ会社に出社なさいます。何時も世話になっているのでナッツにだけは俺は、何も文句は言えないし言わない。
「明日、バイトあるんだろ?」
「お前だって出社だろうが」
「まぁそうだけどさ、いいんだよ。今一つ山越えて地獄のデバッグループ中だから。半分寝ながら連打検証でもやるつもりだから」
「じゃぁ俺も半分寝ながら狩りに行こう……」
そう言いつつ俺はテーブルに突っ伏した。
「面倒だから小細工しねぇ、中衛希望って伝えといてくれ。準備は終わったから俺は暫く寝る、動いたら教えれー」
「あ……ちゃっかり阿部瑠がいるんだけど」
「……いいんじゃね?奴も一応同じグループだし」
「明日は朝から単位に響く授業があるとか言ってたのに……」
どうでもいい、俺には関係ない。
割と人が集まって、作戦や人員整理をするのに時間が掛るのだ。
どんくらい気を失っていたかはよくわからん、時間を見るのは段々意味が無い。
ようやくパーティー集団が動き出し、俺は幸いとナッツと同じ組になっていた。げ、阿部瑠もいる。他のメンツも知り合いばっかりの……一寸待て。リーダー組じゃねぇか。
これじゃぁ超前衛だよ!中衛希望したのに……。
とはいえ我が儘は言えない。これから挑むのは割と難しい上級クエスト、俺のストレートな設定は切り込みとして使うとのお達しだろう。
「なんだ、この申し合わせたような……組み合わせ」
「お前がリアル寝オチしてるからって伝えたら、コピさん気使ってくれたんだよ」
「成る程、前衛なら寝てるヒマもなく敵とリンクで処理祭だもんなぁ……」
コピの野郎、相変わらず人使いが荒いぜ。
「阿部瑠、フルで付き合うって事だよな?」
「ああ、話を聞いてみたら……早く帰ったのはインして寝オチする準備があるからだってさ」
……訳わからん。
むちゃくちゃな時間の使い込みだというのは……解っている。
どうして時間というのは一日24時間しかないのだろう。
いっつも疑問には思うが、定まりきっている事なんだからどうしようもない。
これ以上の眠気があろうかという、最上級ラリホーマを連続魔されている状態で……あぁやべ、なんか色々混じってる……。
商品を取り落としそうになるのを危うく回避、棚に入れた。
ノルマが終わらん……とはいえ、商品壊すよりはマシだ。
俺はトイレ休憩を随所に入れ、都度ブラックコーヒーを胃に流し込みつつバイト地獄を辛くも突破した。
コーヒー技は胃に来るんだよなぁ……すっかり胃もたれしてしまって気持ちが悪くなりつつも……すでにジャンキーなので気が付くとまたコーヒー手に握っている始末。とはいえ無意識にダメージを察してかコーヒー入りミルク飲料の方だった。
……簡易休憩喫煙室で俺は、半分寝ながらボンヤリと思った。
……家に帰りたくねぇ……!
今まで一度としてそんな事思った事ないのに、いつでも俺はああ家に帰りてぇと思って逃避していたのに。どうした事だ俺、家に帰りたくないとは!
……要するにだ、また誰かしら待ち構えて居るんじゃないかと思うとコーヒー作用じゃなくても胃がむかむかしてくるのだ。
嫌なのだが……ネカフェにでも避難するか。
他に逃げ込める場所が……俺にはない。
昼だ、夜ならナッツの家という手もあるが奴は仕事中だろうし……。
何処に行けば俺は、安らかな眠りをゲット出来るだろうとフラフラと仕事場を後にする。
今回は……携帯端末は電源を切ってあるぞ。抜かりは無い!
そのようにして地下鉄の入り口にさしかかった時、だな。
なんか……あれ?幻だろうか?ついに幻まで見えるのか俺。
「どうしたんです?ふらふらじゃぁないですか」
「……レッド?」
仮想の中と変わりない、黒髪黒目の眼鏡野郎……じゃぁ、ないんだったな。
でもそんなんどうでもいいや。
もう体力的に限界で、訪れた新しい局面に対応するだけの精神力が俺には残っていなかったようだ。
目の前に現れた見知っている人物に俺は、何でか安堵してしまったようである。
「眠い……」
それだけ呟いて、ちょっと。
俺の記憶が真っ白に飛んでしまいましたとさ。
このぼけッとする癖は直した方がいいかもしれん。
「……はッ!?」
気が付いた時、俺は……知らない匂いのする毛布にくるまって寝ていた。
ええと……カラオケ施設と……ゲーム機完備、……ドコだここは?嫌な予感がして怠い体を起こすと、備え付けのパソコンを弄っていた見知った顔が振り返る。
「ああ、起きましたか。だいぶ疲れているようでしたので」
俺は慌てて携帯端末を取り出し、現在時刻を確認しようとして……画面が真っ暗なのに一瞬驚く。あ、任意で電源落としてたんだって事をようやく思い出す。
すぐに起動しない画面に痺れを切らしてレッドに聞く事にした。
「何時間……俺、寝てた?」
「今夕方の5時前です」
「4時間ぶっちか……ここは?」
「ネカフェですよ、勝手に連れ込んでしまいましたが……貴方の家を知りませんからね」
よかった、とりあえず妥当な場所だった事にとりあえず胸をなで下ろしてしまった。完全に、何が起こってここにいるのか俺、憶えてないよ。
どんなにぶっ倒れそうな眠気に晒されても、気が付けば自分の部屋で寝ている場合が多いというのに。……それで、部屋に鍵掛けるのを忘れてナッツから怒られるというコンボが成立する訳だが。
それもこれも、テリーが俺の家に入り込むようになったからだ。あの野郎の訳の分からん更生とかいうプログラムの所為……どわッ!沸々と怒りを込み上げていたら、ようやく復旧した携帯端末が着信やらメールやらを受信してけたたましくバイブレード。
「……ああ、家に忘れていた訳じゃぁないのですね」
レッドからの着信があるのを見付けて……他にも色々あったが見なかった事にしよう……。俺は苦笑する。
「悪い、色々あってな……ウザくて」
……ようやく頭がはっきりしてきた。相変わらず胃はムカムカするが……。とりあえず、眠気は吹っ飛んじまったよ。
「ちょっと寝不足で……」
「その前に、聞く事があるでしょう?」
「……何だ?」
「ボクは貴方に用事があるから今、こうやって貴方の前にいるんですよ?」
「そうだろうけど」
俺はそう答えておいて……レッドから来ていたメッセージを開く。
……相談したい事があるから……お会い出来ませんか?
ふぅん……?
「で?」
「………」
促してみたら、笑ったまま固まりやがるし。
「だから、何だよ」
レッドは眼鏡のブリッジに手を置いて、ふいっと顔を背けた。
「……ちょっと待ってください。……こちらにも色々と……段取りというものが有る訳でして」
「何か?お前が女の件か?」
どうやら図星だな。瞬間、耳を真っ赤にして慌てたレッドを……リアルで拝めるたぁ思わなんだ。
家に帰りたくないという事情を聞かれ、俺が『テリーの野郎が、』まで口にした段階で大体察しやがったな。あいつが見た目に寄らずすげぇ喋り魔だという事は、すでにレッドも把握してるハズだ。
じゃぁまたコーヒーでも飲みに行きますかと誘われ……途端に俺のもたれた胃が拒否しやがった。
「いや、……なんか胃に優しいもんが食いてぇ……」
レッドが持ってた胃腸薬の苦い顆粒を……危うくまたコーヒーで流し込む所だった。……条件反射って怖ぇな。
セルフのドリンクサービスコーナーで気が付いたらコーヒー押しそうになってたよ。なんかこう、ジュースは嫌だしお茶も気分じゃねぇ、コーヒーだろとか消去法が働いてすっかり、薬を飲むって事を忘却してました。
レッドから水の入ったコップを差し出されようやく、当初の目的を思い出す。
そうでした、お薬飲むんでしたね俺。
「悪い……」
「まだ不調なのでは?ボクは、後日でも構いませんけど……」
「ばーか、」
言葉は続かなかった。でも、どう続くのかは奴の事だ。解ってるんだろう。
本音を隠すな、嘘つくな。
俺は、この現実世界ではその一言が、上手く言えない。
珍しく回りくどく……いや、別に珍しくないかもしれない。
仮想世界トビラでリコレクトした『レッド』というキャラクターと、今目の前にあるリアルなレッドすなわち、イガラシーミギワは同じじゃない。限りなく近しい存在だがそのままそっくり同じという訳ではないのだ。
こいつとこうやって二人きりで、現実顔付き合わせて会話するのは今回でようやく二回目。奴が実際にどんな奴なのか、そんなんは一回会っただけでは解らんもんだろ。
とにかく、レッドは回りくどい方法で俺に、一つお願いをしてきた。
面倒だから結論から言うと、だな。
現実女である事は、極力伏せて欲しいそうだ。
こいつは、どうやらバーチャルで性別を完全に偽っているらしい。しかし、バーチャル世界だけでは生きていけないだろう?実際に生活して生きている『世界』はこの現実なのだから。……当たり前だが。
こうやって割と大きな企業に就職する上、流石に会社に性別は偽れんだろう。
かといって、自分の性別に違和感があるという訳でもないようだ。性同一性障害とかいう奴じゃねぇって事だな。
今、某ファミレスで目の前にしているレッドはぱっと見女らしくは見えない。整った顔だから……もしかすると女?かな?という感じだ。
しかし女に見られないように胸は隠してあるし……もしかしたら最初から貧乳かもしれん……肩パットの入ったぽいスーツにネクタイを崩している姿だと、これが女とは思わんよなぁ。
「もちろん、高松さん達にもお願いしてあります」
「よく了承したな?まさか、そういう風に性別違うキャラをやれとお願いされたとか?」
「性別を偽った場合のキャラクターのデータ検証はすでに終わっているそうです、基本的には偽れないような仕様になっていますが、それでも偽る者は多いだろいうという事で」
「成る程な……だから、ってんじゃねぇよな?」
レッドは無言で首を横に振った。
「個人的に、余り公にしたくないのです」
「ネカマとかは多いけどよ、徹底的にバレたくなきゃそもそも、こんな公募なんか参加してねぇだろ?」
こんな公募とは、すなわちあの新型ハードのテストプレイヤーという奴な。
「……勿論、本来ならしていませんよ」
「ふぅん、」
何か理由があって参加した?それくらい新型ハードに興味があったとか?……それとも、何だろ。俺には想像がつかない。
「ま、いいぜ。お前の言いたい事は了解した。俺もなんつーか、確認し辛くて他にはまだ言ってなかったし……ぶっちゃけ男って思った方が話しやすいしな」
そう、不思議とコイツとの会話が苦痛じゃない。
阿部瑠との会話はめんどくさいと思うが、それはようするに……アイツが女だと、たとえ無意識でも意識しているからか?
まぁ他にも色々……敬遠する理由はある訳だがな。
いや、今目の前にいるのも女と見れば女らしんじゃねえのか?そう見えないしそう見て欲しくないと本人が望んでいる訳だけど……阿部瑠は違う、男っぽいラフな格好をしているが女である事を捨てている訳じゃない。要するにその違いか?
ともかく、レッドが男として認識して欲しいならそうしてやるさ。
「……でもよ、阿部瑠は知っているだろう?」
お前が、リアル女だって事。
「……はい」
レッドは苦い笑いを浮かべて、グルグルとカップの中をかき混ぜている。
「あいつにも口止めしたのか?」
「ええ……一応。正直……ドコまで信用していいか……冷や冷やしているんですけど」
「今度会ったら釘差しといてやるよ。ああ、テリーにだけは言わねぇほうがいいぞ、あいつすぐ人の秘密口に出しやがるからな」
「みたいですね」
そこで頼んだリゾットやらが運ばれてきて、会話はぶち切れた。
ぶち切れたついでに俺はドリンクバーに立つ。
再び条件反射でコーヒーを選びそうになって踏みとどまった。……いや、薬飲んだし。もーいっか。
そう思ってくるりと引き返したら、スタッフの人がすぐ背後に立っていて驚いてしまった。
「……んあ?」
「お、……驚かそうと思ったんだけどなぁ」
「あ?……マツナギィ?」
あれ、お前弁当屋でアルバイトじゃなかったのかよ?という疑問が口を出るより先に、マツナギは慌てながら小声で言った。
「バイト掛け持ち、皿洗い!」
「……」
はッ!?
沈黙が流れて俺はようやく状況を把握。
つまり、ここで俺とレッドが顔会わせている事を……全体的に秘密にしなくちゃいけないもんだと思ってたんだが……その計画がもろくも崩れ去りつつあるって事じゃぁねぇか!?
「お、……」
まさか、話を聞かれた?
レッドはドリンクバーに背を向けていて、こちらの状況には気が付いていない。……皿洗い?もしかするとあれがレッドだとは気が付いて無いかも知れない。
慌てるな俺、上手い事誤魔化すには……ええと、うんと……。
「ここね、駅から近いだろう?結構学生さんが来るんだけど……最近メージンがよく来るんだ。帰りに寄ってくれるから……もう暫くすると来るよ。あたしもこれから上がる所、なんだけど」
……だから?
「何をしているのだろうと思ったら、ナギさんじゃないですか。……いいんですか、スタッフ衣装のままで喋ってて」
レッドが様子に気が付いたようで、コーヒーおかわりをカップに注ぎながら小さく囁いた。
「あっ……ごめん、ええっと……」
「席、4人の所に移動をお願いしてください。あ、喫煙席はダメですからね?」
と云う事で、学校上がりのメージンが現れ、仕事を終えたマツナギも同席に。
「……世界って狭いよなぁ」
「しかたないでしょう、同じ街に住んでいるんです」
その街はすげぇ広いし人口密度ハンパねぇじゃねぇかよ。
「しッかし、ここが行きつけとかメージンは塾にでも通ってんのか?」
「まさか、僕高校生ですよ?学校の補習授業ですよ、私立なので大学進学に向けた特別プログラムが終わらなくって」
ここいらで進学校の私立っていうと……あそこか。
すげぇとこ通ってやがるな……それでよく、あれだけゲームレビューできるもんだ。
若いっていいなぁ……。
「とりあえず、大学に入ってしまえばこちらのものです。思いっきりゲームが出来ます」
「ほどほどにしないと、ナギさんみたいに単位が取れなくてという事になりますよ?」
「もう、言わないでよレッド」
……あれ?こいつら何か親しげじゃね?
「しかし、ヤトさんは今日はどうしたんですか?」
「あぁ……ちょっと寝不足でフラフラしてて……ぶっ倒れたのか?」
その辺り、よく憶えてないのだ俺。
「まぁ、倒れたに近しいでしょうね。行きつけのネカフェに行く途中に遭遇しまして」
と、云う事にしておきましょうという断りが俺に向けて含まれている言葉だな。
マツナギが、少しもじもじしながら俺を窺う。
「実はさ、あたし……レッドからレポート見て貰ってるのよ」
……はぁっッ?
いつからそういう事になってんだ?
「照井さんにはこればっかりは、頼めませんからね」
「そう、そういうのは当てにはならないんだよあの人!かといって困ってる事漏らすとグチグチ言われるし」
なんかそれは共振した。
「だよなぁ?何なんだアイツのあのウザさ?」
「確かに……ウザいんだけどね。……それでも色々とお世話になっているからさ」
マツナギは苦笑してほっぺたを掻いている。
「僕もついでに、レッドさんから宿題を見て貰っています」
メージンはそう言って、学生らしい肩掛け鞄からノートを取り出し始めた。
成る程、いつの間にかこういう繋がりが出来てたんだなぁ。知らなかった。
別に知りたかった訳じゃねぇけど。思うに、俺はそういう繋がりを知ろうとしていなかったな。
新しい繋がりが面倒で、今も逃げてる途中だ。
小さくため息を漏らしてしまう。
「丁度良かったです、これを渡したくって」
メージンから新しい大学ノートを手渡され、俺はソレを受け取って……表紙の文字に目を瞬く。
「今時ノートかよ……全く」
それは、アイン発のトビラ・交換日記だ。ある、という話は聞いていたが……まさかアナログだとは。
「とりあえず、いずれオンラインページも整備するからその前のひな形だって。ヘタにオンラインしない方がいいんじゃないかって事になったんだ。……バルトアンデルトの件で」
時間の精霊王、バルトアンデルト……というのは当然と異世界トビラでの話だ。
仮想異世界、八精霊大陸において『数えない習わしになっている』9つ目、時間の精霊王。……と言う事をナッツが言っていた。
残念ながら戦士ヤトはその辺り上手くリコレクト出来んらしく、俺は現実までそのあたりの記憶を引っ張れてない。交換日記の前半は、現在分かっているトビラ内のルールや時間軸、出来事や用語解説などの冒険記録確認項目になっている。成る程、寝て夢となって現実に持ち帰る程度なものだからゲーム記録を現実で反芻してみるに、こうやって互いに覚えている情報を補完しあうのは良いな。面白そうだという感想を素直に感じた俺である。
予定外の不具合が起きている。
だから、まだ表に出すのは控えようというのが現時点、テストプレイヤーの意向だ。高松さん達はそんなに気をつかわなくてもいいと言うんだけどな。
一つ、余計な仕組みが働いて……予定が狂っている。何しろ俺達が入ってる世界の名前は中において『八精霊大陸』ってんだろ?どうして数えられてないものが出しゃばりやがる。
しかしその、絶対にあるはずなのに無い事になっている、時間というものは、そういうものだというのもなんだか頷ける。
1日はどう足掻いても24時間。
世界の中で唯一全てのものが共有していてそれが当たり前で、変える事の出来ない揺るぎないもの。
時間ってのは不思議なもんだな。今更とそう思う。
「千変万化を時の精霊と据えましたか、おもしろいですね」
「バルトアンデルスか?」
今では割とこの名称はあちこちで見かけるからな。でもゲーム世界では歴史は薄いな……しょっぱじめに使われたのはライトノベルかな。俺の記憶の限り、ボードゲーム発祥のファンタジー単語じゃねぇのは確かだ。
「どっちかっていうと『ミミック』みたいな扱いが多いけど。あと、月関連?」
「ええ、そういう一つの解釈が罷り通っているのですね。元々はドイツ作家によるお話に出てくる存在で、あらゆるものに姿を変える、常に姿を変化させるという怪物の事なのですよ。だから月になぞらえているのでしょう」
ふぅん成る程ねぇ。レッドの解説にそんな顔をして関心する、俺とマツナギだ。
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