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8章 怪奇現象 『ゴーズ・オン・ゴースト』
書の3後半 荒療治『言い訳は無用で情けは野暮?』
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■書の3後半■ 荒療治 High handedly therapy
最悪な始まりで申し訳ない。
とにかく、気分を入れ替えてトビラ世界への乱入を開始するぜ。しかしその前に。
これから起こる事を先に言っておく。
前回のログインからログアウトに至った経緯では、ログインは同時だが俺だけ一足先にトビラからログアウトした事になっている。他連中は俺より後に、あえて時間をずらしてログアウトしているのだな。
さて、こういう事をするとどうなるのか。要するに冒険した時間すなわち総合ログイン時間の差が出来ている現状であるはずだ。
僅かな差だが、差には変わりない。
するとどうなるのか……すでに答えはある。
その前にログインとかログアウトとかある世界の話、ようするにオンラインゲームの事情を話すか。
基本的には仮想世界に流れている時間ってのがあって、プレイヤーはそこに流れている時間軸を指定してログインする事は出来ない。
ある程度、リアルに流れている時間との関連性というか……一定の連動はしているわけだ。当たり前だな、プレイヤーは厳密にはその仮想世界にある時間の中にいる訳ではない。
仮想世界の中にいるのは、仮のキャラクターアイコンであってプレイヤー自身ではないんだから結局そうなる。
プレイヤーは現実にいるから、当たり前に現実の時間軸に晒されている。
つまり、時間軸というものを突破する事は出来ないのだ。
多くの人が途切れのない時の中を、入れ替わり立ち替わり出たり入ったりしているからな。時間ってのは一日24時間であるという『概念』があるだけで、実際には決して止まらないもので区切りを入れられるようなものではない。
ところが、今俺らがテストプレイしているゲームは一般的にある共有仮想世界ゲームとはちょっと違う。
途切れる事の無いはずの時間の軸を、実質無視出来るのだ。
でもそれは、今ゲームしてるのが俺ら8人だけだからじゃねぇのって思うか?いいや、そうじゃない。
結局、時間というものを干渉出来うる『概念』に解体するとだな……
情報の積み重なりだという処理の仕方になるはずだ。
人の脳およびデータベースによって情報を制御する事が第一であるこのゲームは、展開する脳に対し時間という概念も情報で齎して来る。
具体的な実例で説明しよう。
とある二人が初めてトビラにログインし冒険を共にする。これを1日目ログインのAとする。
その次の日、別の二人が同じ状況でログインして冒険する。これが2日目のログインB。その間Aグループはログインしてない。当然Bは昨日はログインしてない。
3日目になって最初のAの二人がログインすると……さて、彼らはBの二人に会う事は可能だろうか?もちろん、3日目にBの二人はログインしていない。
答えは、可能、という事になるのがこのMFCのトビラというゲームだ。
逆に言えば、現実の3日目にならないとこの二つのグループは、仮想トビラの中で会う事は出来ないとも言える。
Aの二人しかログインしていないのに、トビラの場合は昨日ログインしていた人達とゲーム内で会う事が可能である。
なぜなら、時間軸をある程度遡ってトビラ世界の過去にログインする事が可能だからだ。
4日目、Bの二人がログインすると……Aの二人と二行動を共にして冒険をしている自分達を発見する。これも逆に言うと、2日目、3日目の段階ではBグループはAと会った事をログイン中に認識出来ない。
ところが、Bは5日目にログインしていない間、Aと会った事をログアウトした状態での『リコレクト』が出来ない。同じく、Aは4日目でBに会った事を『リコレクト』出来ていないんである。この場合のリコレクトとは、ログインしないで現実で冒険をリロードしてみる事だ。いっそR・リコレクトなどと名前を付けて差別化すべきだと思う。
それはともかく置いておいて。
さて6日目、Bの二人の内一人が都合でログインできずに片方だけがログインした。これをb1。同時に6日目にAの二人の内一人が都合でログイン出来ずに片方のa1だけがログインする。
7日目にして全員同時にログイン出来るかと思ったが……残念ながらb2だけはログイン出来なかった。
8日目。よーやっと4人同時にログインすると、ログインしている時間がそれぞれ大幅に違うにもかかわらずトビラの中では……時を同じくして冒険をする事が……可能である。そういう冒険が、4人にそうする意思があれば出来ていた事になっている。
ABグループの4人は常に行動を共にするパーティーを組んで行動していたというログが成立する、という事である。
そして次の日の朝から、4人は過去7日分のログイン分のR・リコレクトが可能になる。
こうなる仕組みは二つ。
一つは、時間軸の辻褄あわせの為、トビラの中の世界は168時間ごとに過去が仕切られると言う事。ようするに現実時間の一週間で等しく、過去へのログインが出来なくなるという事だな。
ともすればもう一つは当然こういう事になる。
現実時間168時間の中で生まれた、プレイヤーごとにプレイ時間の差は仮想世界の中に置かれた写し身であるアイコンが自動的に補間する。……解りやすく言うか。
プレイヤーの思考ルーチンで勝手に時間が進むって事だ。
残念ながらプレイヤーにはCOMと言っても良いだろう、COMによって勝手に進められてしまった時間と自分がプレイした時間の差が解らない。
記憶の積み重なりは脳の中に置いて、容易く時間軸を突破するのだ。ようするにもたらされる経験にとことん騙されるという事だな。
たとえ2ヶ月ぶりにログインしても、そのプレイヤーは何の遜色もなくゲームの続きを行える。その間、共に行動をしている人が常にログインしている場合どうなるかというと……168時間の区切りの中、プレイヤーがいないキャラクターには旗が立たない。そして同時にプレイヤーがログインしていないキャラクターには『旗は立っていない』という事を認識する事になる。
テストプレイの間に一週間置くのは、デバック検証以外にもそういう意味があったのだな。経験値が入ってくるのもやはり、168時間の区切りすなわち『グランドセーブ』後の一週間後だ。
ま、今はテストプレイだから仮のグランドセーブはログアウト後にやってるらしい。だから、家でR・リコレクトがある程度可能という事になっている。
さて、俺は旗の立っていないキャラクターを見た事がないかというと……そうじゃぁないよな。
俺は旗の立ってないテリーというのを見た事がある。まぁあれはちょっと特殊な状況だったわけだが……ログインしたテリーはすぐにも状況を『リコレクト』した。そしてその前までは、仮想的に与えられたルーチンによって動いていた訳だ。マツナギの場合もそういう状態だ。
ログインが何らかの方法で阻害されていて……旗が立った途端に失っていた過去を思い出す。
そういう状況を作り出したのはレッドだったな。あの時、奴はテリーとマツナギに対して何らかの方法でプレイヤーをキャラクターから引き剥がし『違う』ルーチンを打ち込んでプレイヤーがログイン出来ないようにしていたという事になる。
違うものが中にいた場合、その間の事はよく憶えていなかったりする訳で……。
俺にもまた、そのように『違うもの』が入っていて憶えていない出来事というのが未だに有る訳だ。
最初のログアウト、そういえば……少しだけ変な事があったっけな。もしかするとそれは……俺が、キャラクター戦士ヤトから強制的に引き剥がされ、追い出された結果だったのかもしれない。
って事で、改めて現状を説明しよう。
先にログアウトした俺と、後にログアウトした他の連中の記憶の差は……どんなにがんばっても今はまだリコレクトできないのだ。俺も、他の連中もだ。
それは時間軸が前回のログインでは定まっていなくて、これから『トビラの中に入る事』でようやく定まり……リコレクトが出来るようになる事だからだな。エントランスでリコレクト出来てもいいのだが、そうするとどこからが自分の主観でどこからがコンピューター思考なのか騙しにくくなる。だから一応そういうお約束になっているようだ。
エントランスの中に居る状態は、家でMFCを起動してリコレクトしている状態に同じ。ただ家では、このエントランスに繋がるバイパスが仮設定だから、どんなに同じ時間に寝たって一人である。MFCを家庭的に繋ぐ正式なオンラインはまだ無い、ネットやら電話線やらとは別回線の予定らしいからな。今は一時的にネット回線でリコレクト情報だけは引っ張れる。もちろん、いずれ正式に発売されたらログインも家から可能になるんだろう。今はまだそういう状態じゃないから、自宅からMFCによって出来る作業はR・リコレクトに限られている状況って事だ。
ようするに、トビラは一方通行なのだな。
都合よく橋が掛り記憶や情報の相互受け渡しはされない。
新しい記録を得る為に、俺達は橋を渡り……一方通行のトビラを開けて自分自身で経験を取りに行かなきゃいけない。
切れていた、バイパスを繋ぎトビラを潜り世界そのものに触れた時。
そうした時、俺達は初めてあの異世界へログインした事になるのだ。
さぁ、冒険の続きを始めよう。
願うぞ、俺……暴走していませんように……!
目が……開かない。
くそ……やっぱりまた氷漬けなんだろうか。
音が聞こえてくる。
「……たのですから……それで満足すべきなのでは」
「いや、徹底的にやるべきです」
「……僕はそれの危険性を再三申し上げているのですが、」
「とりあえず、場所は解っているのですから……切除してはどうでしょうかね」
「……それはいいかもしれませんね、」
「また同じ事が起こるのでは?」
「大体かなり中心部なんだろう?全摘出?」
「誰かの移植をするにも、三界接合術はまだ完璧には……」
「あぁ……れて……。レッド、」
「……………」
おかしい、音が再び……途切れて……。
目を開ける。
おんやぁ?
「あれれ?ヤトさん……また追い出されたんですか?」
声に振り返ると……メージンが今から自分専用のエントランスに据え置かれたディスプレイに座る所、驚いている。
俺も驚きだ。
今しがた、トビラにログインしたと思ったら……速攻意識失いやがった俺!
とっさにエントランス行きを希望したのは……つまり、何が起こっているのかを知りたかったからだな。
俺の目の前に窓が開いていて、寝ている俺を取り囲む魔導師連中と……ナッツとレッド。
俯瞰図がそこにあった……が……一寸待てぇ!
あわてて窓にしがみついたがそこにはガラス窓があるように……映し出されている情景には手出しが出来ない。
「奴ら、俺の腹ぁ裂いてやがる!ダメだ、俺眠ったまま意識を戻してない!」
「それはそうですよ、だって前回の続きをやるんですから」
「でも、時間軸の差があるんだろ?」
「結局大して差は生じていないと云う事じゃぁないかな。流れてる情報量が違いますからね。それにヤトさん、結局危険だからってずと意識を奪われたままだから進展が無いんだと思います。実際には……あれから3日目のようです」
「げぇ、じゃぁその間俺はずっと寝てるのかよ」
とにかく、俺の腹が裂かれる状況を見守るしかないのか……。
「……何故でしょう、どうして今回は……何もない」
「……」
知らない魔導師が呟いた言葉に、レッドは口を横に結んで無言を返している。視線で何やらナッツと意思疎通しているな。
さっき、全摘出とか何とか……すげぇ物騒な事言ってなかったか?何を全摘出するつもりだ奴ら。
俺はハラハラと自分のハラが裂かれてる手術を見ているが、レッドがナッツの手に渡したものを見てちょっと驚いた。
欠けてる石、随分……小さくなったような気がするが……。あれは、ナーイアストから貰った石だ。
特徴がある訳じゃないが無色透明の美しい結晶体、間違いなくそうだろう。デバイスツールには旗が無いが、プレイヤーには直感的になんか、ソレと分かるっぽい気がする。
レッドが俺の中に埋め込んで、それを俺が強引に抜き出して……その際に割れたと思われるものだな。
で、後にレッドの中に埋められていたが……先だってレッドの中に巣くって赤旗立てた『アーティフィカル・ゴースト』なるものを完全除去するに辺り再び取り出したものだ。
……またそれを、俺に埋めるのか。
どうやらそうらしい。前に、レッドが受けた処置に似た手術に俺はそれを確認する。
ナッツの手の中にあるのは……俺のピンク色の肝臓、そこにぷっくりと異様なふくらみがあるのが見える。
ぷつりと針を刺す程度に切り、その中から……すげぇ小さな石ころを血と一緒に絞り出す。
「……随分小さいな……」
すっかり丸くなった小さな石を指先にとって翳すナッツ。
「やはり、消費していると見て良いのでしょうね」
「場所は?」
「近くにしよう」
もういいや、こっちの俺は内臓見るのになれているとはいえ……自分のだと思うとちょっと気分が悪い。
とりあえず暴走はしていないと思う。思うが、俺の意識がなかったのだ……。
はっきりとは解らない。
覚悟を決めて立ち上がる。
「メージン、俺戻るわ」
「はい、」
目を覚まし、長い……長いスキップから抜ける。
リコレクト、ずっと寝ていたなら思い出すべき事などさほど無いだろう。
痺れた瞼をあけ、乾いた喉を鳴らした。
……眩しい。
……眇めた目が焦点を合わせて……見上げている、天上に青いものがある。
違った。
青い空が覗いていた。
「……え?」
「起きましたね」
目だけで声を追う。
でも俺は、人物じゃなくその背後に焦点を合わせていた。
「気分はどうですか?」
「……あんま良くない」
もの凄い空腹感が襲いかかり、ついでにもの凄い情けない気分になった。なんだかよくわからない……しかし俺は上半身を起き上がらせて……惨状を見渡す。
「……俺、やらかしたみたいだな」
「ええ、」
否定はせず、素直に認めてレッドは小さく呟いた。
かつてここで眠る前、何重にも張られていた魔法陣らしいものがものの見事に破壊されていた。何か巨大なものがのたうったような破壊の跡が壁に曲線を描いて走っていやがる。
天井の一部が抜け落ちていて……そこら中に瓦礫が降り積もっていた。
小さな鈍痛に腹を押さえる、薄い下着をめくり、肋骨の下あたりの直線上の疼きを撫でた。
「……何をした?」
「少々の荒療治となりました、結局……赤旗の問題はこの通りで……手出しが出来ませんでしたので。ナーイアストの石を再び埋める手術を」
「……」
「もう、勝手に取り出しては行けませんよ」
「……ああ」
そういえば、俺がどうやってその石を自分の中から取りだしたのか。レッドには言ってなかったんだよな。奴も、あえて聞かなかったし。でも今はどうやって取り出したのかナッツ辺りから聞いたんだろう。
「……被害は」
「お聞きになりたいんですか?」
「……聞きたいだろ、そりゃ」
「貴方が悪く思う必要はありません、僕は再三止めたのです。でも言う事を聞かない連中が先走って貴方の開腹を行おうとして……貴方の中の何者かを叩き起こした」
「……でも、この手術は?」
「貴方がログインしてから行いました」
ああ、成る程な。
今ログ・CC許可が下りて今さっき、エントランスで見ていた事を思い出す俺。
つまり赤旗状態から青旗に切り替わったから、暴走はしないという確信を得た訳か。俺の腹に再び埋められたデバイスツールの他に、ログイン状態でキャラクターの上に立つ青い旗もバグである赤旗を抑える作用があるのは……すでに分かっている事だ。
「何か、解ったのか」
「ええ、一応」
……なんか、喋りにくいな。いつもならレッドから勝手にあれこれ喋るのに。どうして区切るように言葉を止める。仕方なく俺は再び問いを投げる。
「何が解ったんだよ」
「……貴方がログアウトすると、貴方にはやはり……赤旗が立ちます」
ふむ、やっぱりそれで合ってるんだな。
「しかし……その旗が立っている要因……例えて僕ならアーティフィカル・ゴーストがその要因でしたが。貴方に赤旗を発現させている要因は、物理・理論的なものとして残念ながら、特定する事が出来ませんでした」
「……ああ」
「それが、解った事です」
くそ、俺。
何個やっかいごとを抱えりゃ気がすむんだよ。
最悪な始まりで申し訳ない。
とにかく、気分を入れ替えてトビラ世界への乱入を開始するぜ。しかしその前に。
これから起こる事を先に言っておく。
前回のログインからログアウトに至った経緯では、ログインは同時だが俺だけ一足先にトビラからログアウトした事になっている。他連中は俺より後に、あえて時間をずらしてログアウトしているのだな。
さて、こういう事をするとどうなるのか。要するに冒険した時間すなわち総合ログイン時間の差が出来ている現状であるはずだ。
僅かな差だが、差には変わりない。
するとどうなるのか……すでに答えはある。
その前にログインとかログアウトとかある世界の話、ようするにオンラインゲームの事情を話すか。
基本的には仮想世界に流れている時間ってのがあって、プレイヤーはそこに流れている時間軸を指定してログインする事は出来ない。
ある程度、リアルに流れている時間との関連性というか……一定の連動はしているわけだ。当たり前だな、プレイヤーは厳密にはその仮想世界にある時間の中にいる訳ではない。
仮想世界の中にいるのは、仮のキャラクターアイコンであってプレイヤー自身ではないんだから結局そうなる。
プレイヤーは現実にいるから、当たり前に現実の時間軸に晒されている。
つまり、時間軸というものを突破する事は出来ないのだ。
多くの人が途切れのない時の中を、入れ替わり立ち替わり出たり入ったりしているからな。時間ってのは一日24時間であるという『概念』があるだけで、実際には決して止まらないもので区切りを入れられるようなものではない。
ところが、今俺らがテストプレイしているゲームは一般的にある共有仮想世界ゲームとはちょっと違う。
途切れる事の無いはずの時間の軸を、実質無視出来るのだ。
でもそれは、今ゲームしてるのが俺ら8人だけだからじゃねぇのって思うか?いいや、そうじゃない。
結局、時間というものを干渉出来うる『概念』に解体するとだな……
情報の積み重なりだという処理の仕方になるはずだ。
人の脳およびデータベースによって情報を制御する事が第一であるこのゲームは、展開する脳に対し時間という概念も情報で齎して来る。
具体的な実例で説明しよう。
とある二人が初めてトビラにログインし冒険を共にする。これを1日目ログインのAとする。
その次の日、別の二人が同じ状況でログインして冒険する。これが2日目のログインB。その間Aグループはログインしてない。当然Bは昨日はログインしてない。
3日目になって最初のAの二人がログインすると……さて、彼らはBの二人に会う事は可能だろうか?もちろん、3日目にBの二人はログインしていない。
答えは、可能、という事になるのがこのMFCのトビラというゲームだ。
逆に言えば、現実の3日目にならないとこの二つのグループは、仮想トビラの中で会う事は出来ないとも言える。
Aの二人しかログインしていないのに、トビラの場合は昨日ログインしていた人達とゲーム内で会う事が可能である。
なぜなら、時間軸をある程度遡ってトビラ世界の過去にログインする事が可能だからだ。
4日目、Bの二人がログインすると……Aの二人と二行動を共にして冒険をしている自分達を発見する。これも逆に言うと、2日目、3日目の段階ではBグループはAと会った事をログイン中に認識出来ない。
ところが、Bは5日目にログインしていない間、Aと会った事をログアウトした状態での『リコレクト』が出来ない。同じく、Aは4日目でBに会った事を『リコレクト』出来ていないんである。この場合のリコレクトとは、ログインしないで現実で冒険をリロードしてみる事だ。いっそR・リコレクトなどと名前を付けて差別化すべきだと思う。
それはともかく置いておいて。
さて6日目、Bの二人の内一人が都合でログインできずに片方だけがログインした。これをb1。同時に6日目にAの二人の内一人が都合でログイン出来ずに片方のa1だけがログインする。
7日目にして全員同時にログイン出来るかと思ったが……残念ながらb2だけはログイン出来なかった。
8日目。よーやっと4人同時にログインすると、ログインしている時間がそれぞれ大幅に違うにもかかわらずトビラの中では……時を同じくして冒険をする事が……可能である。そういう冒険が、4人にそうする意思があれば出来ていた事になっている。
ABグループの4人は常に行動を共にするパーティーを組んで行動していたというログが成立する、という事である。
そして次の日の朝から、4人は過去7日分のログイン分のR・リコレクトが可能になる。
こうなる仕組みは二つ。
一つは、時間軸の辻褄あわせの為、トビラの中の世界は168時間ごとに過去が仕切られると言う事。ようするに現実時間の一週間で等しく、過去へのログインが出来なくなるという事だな。
ともすればもう一つは当然こういう事になる。
現実時間168時間の中で生まれた、プレイヤーごとにプレイ時間の差は仮想世界の中に置かれた写し身であるアイコンが自動的に補間する。……解りやすく言うか。
プレイヤーの思考ルーチンで勝手に時間が進むって事だ。
残念ながらプレイヤーにはCOMと言っても良いだろう、COMによって勝手に進められてしまった時間と自分がプレイした時間の差が解らない。
記憶の積み重なりは脳の中に置いて、容易く時間軸を突破するのだ。ようするにもたらされる経験にとことん騙されるという事だな。
たとえ2ヶ月ぶりにログインしても、そのプレイヤーは何の遜色もなくゲームの続きを行える。その間、共に行動をしている人が常にログインしている場合どうなるかというと……168時間の区切りの中、プレイヤーがいないキャラクターには旗が立たない。そして同時にプレイヤーがログインしていないキャラクターには『旗は立っていない』という事を認識する事になる。
テストプレイの間に一週間置くのは、デバック検証以外にもそういう意味があったのだな。経験値が入ってくるのもやはり、168時間の区切りすなわち『グランドセーブ』後の一週間後だ。
ま、今はテストプレイだから仮のグランドセーブはログアウト後にやってるらしい。だから、家でR・リコレクトがある程度可能という事になっている。
さて、俺は旗の立っていないキャラクターを見た事がないかというと……そうじゃぁないよな。
俺は旗の立ってないテリーというのを見た事がある。まぁあれはちょっと特殊な状況だったわけだが……ログインしたテリーはすぐにも状況を『リコレクト』した。そしてその前までは、仮想的に与えられたルーチンによって動いていた訳だ。マツナギの場合もそういう状態だ。
ログインが何らかの方法で阻害されていて……旗が立った途端に失っていた過去を思い出す。
そういう状況を作り出したのはレッドだったな。あの時、奴はテリーとマツナギに対して何らかの方法でプレイヤーをキャラクターから引き剥がし『違う』ルーチンを打ち込んでプレイヤーがログイン出来ないようにしていたという事になる。
違うものが中にいた場合、その間の事はよく憶えていなかったりする訳で……。
俺にもまた、そのように『違うもの』が入っていて憶えていない出来事というのが未だに有る訳だ。
最初のログアウト、そういえば……少しだけ変な事があったっけな。もしかするとそれは……俺が、キャラクター戦士ヤトから強制的に引き剥がされ、追い出された結果だったのかもしれない。
って事で、改めて現状を説明しよう。
先にログアウトした俺と、後にログアウトした他の連中の記憶の差は……どんなにがんばっても今はまだリコレクトできないのだ。俺も、他の連中もだ。
それは時間軸が前回のログインでは定まっていなくて、これから『トビラの中に入る事』でようやく定まり……リコレクトが出来るようになる事だからだな。エントランスでリコレクト出来てもいいのだが、そうするとどこからが自分の主観でどこからがコンピューター思考なのか騙しにくくなる。だから一応そういうお約束になっているようだ。
エントランスの中に居る状態は、家でMFCを起動してリコレクトしている状態に同じ。ただ家では、このエントランスに繋がるバイパスが仮設定だから、どんなに同じ時間に寝たって一人である。MFCを家庭的に繋ぐ正式なオンラインはまだ無い、ネットやら電話線やらとは別回線の予定らしいからな。今は一時的にネット回線でリコレクト情報だけは引っ張れる。もちろん、いずれ正式に発売されたらログインも家から可能になるんだろう。今はまだそういう状態じゃないから、自宅からMFCによって出来る作業はR・リコレクトに限られている状況って事だ。
ようするに、トビラは一方通行なのだな。
都合よく橋が掛り記憶や情報の相互受け渡しはされない。
新しい記録を得る為に、俺達は橋を渡り……一方通行のトビラを開けて自分自身で経験を取りに行かなきゃいけない。
切れていた、バイパスを繋ぎトビラを潜り世界そのものに触れた時。
そうした時、俺達は初めてあの異世界へログインした事になるのだ。
さぁ、冒険の続きを始めよう。
願うぞ、俺……暴走していませんように……!
目が……開かない。
くそ……やっぱりまた氷漬けなんだろうか。
音が聞こえてくる。
「……たのですから……それで満足すべきなのでは」
「いや、徹底的にやるべきです」
「……僕はそれの危険性を再三申し上げているのですが、」
「とりあえず、場所は解っているのですから……切除してはどうでしょうかね」
「……それはいいかもしれませんね、」
「また同じ事が起こるのでは?」
「大体かなり中心部なんだろう?全摘出?」
「誰かの移植をするにも、三界接合術はまだ完璧には……」
「あぁ……れて……。レッド、」
「……………」
おかしい、音が再び……途切れて……。
目を開ける。
おんやぁ?
「あれれ?ヤトさん……また追い出されたんですか?」
声に振り返ると……メージンが今から自分専用のエントランスに据え置かれたディスプレイに座る所、驚いている。
俺も驚きだ。
今しがた、トビラにログインしたと思ったら……速攻意識失いやがった俺!
とっさにエントランス行きを希望したのは……つまり、何が起こっているのかを知りたかったからだな。
俺の目の前に窓が開いていて、寝ている俺を取り囲む魔導師連中と……ナッツとレッド。
俯瞰図がそこにあった……が……一寸待てぇ!
あわてて窓にしがみついたがそこにはガラス窓があるように……映し出されている情景には手出しが出来ない。
「奴ら、俺の腹ぁ裂いてやがる!ダメだ、俺眠ったまま意識を戻してない!」
「それはそうですよ、だって前回の続きをやるんですから」
「でも、時間軸の差があるんだろ?」
「結局大して差は生じていないと云う事じゃぁないかな。流れてる情報量が違いますからね。それにヤトさん、結局危険だからってずと意識を奪われたままだから進展が無いんだと思います。実際には……あれから3日目のようです」
「げぇ、じゃぁその間俺はずっと寝てるのかよ」
とにかく、俺の腹が裂かれる状況を見守るしかないのか……。
「……何故でしょう、どうして今回は……何もない」
「……」
知らない魔導師が呟いた言葉に、レッドは口を横に結んで無言を返している。視線で何やらナッツと意思疎通しているな。
さっき、全摘出とか何とか……すげぇ物騒な事言ってなかったか?何を全摘出するつもりだ奴ら。
俺はハラハラと自分のハラが裂かれてる手術を見ているが、レッドがナッツの手に渡したものを見てちょっと驚いた。
欠けてる石、随分……小さくなったような気がするが……。あれは、ナーイアストから貰った石だ。
特徴がある訳じゃないが無色透明の美しい結晶体、間違いなくそうだろう。デバイスツールには旗が無いが、プレイヤーには直感的になんか、ソレと分かるっぽい気がする。
レッドが俺の中に埋め込んで、それを俺が強引に抜き出して……その際に割れたと思われるものだな。
で、後にレッドの中に埋められていたが……先だってレッドの中に巣くって赤旗立てた『アーティフィカル・ゴースト』なるものを完全除去するに辺り再び取り出したものだ。
……またそれを、俺に埋めるのか。
どうやらそうらしい。前に、レッドが受けた処置に似た手術に俺はそれを確認する。
ナッツの手の中にあるのは……俺のピンク色の肝臓、そこにぷっくりと異様なふくらみがあるのが見える。
ぷつりと針を刺す程度に切り、その中から……すげぇ小さな石ころを血と一緒に絞り出す。
「……随分小さいな……」
すっかり丸くなった小さな石を指先にとって翳すナッツ。
「やはり、消費していると見て良いのでしょうね」
「場所は?」
「近くにしよう」
もういいや、こっちの俺は内臓見るのになれているとはいえ……自分のだと思うとちょっと気分が悪い。
とりあえず暴走はしていないと思う。思うが、俺の意識がなかったのだ……。
はっきりとは解らない。
覚悟を決めて立ち上がる。
「メージン、俺戻るわ」
「はい、」
目を覚まし、長い……長いスキップから抜ける。
リコレクト、ずっと寝ていたなら思い出すべき事などさほど無いだろう。
痺れた瞼をあけ、乾いた喉を鳴らした。
……眩しい。
……眇めた目が焦点を合わせて……見上げている、天上に青いものがある。
違った。
青い空が覗いていた。
「……え?」
「起きましたね」
目だけで声を追う。
でも俺は、人物じゃなくその背後に焦点を合わせていた。
「気分はどうですか?」
「……あんま良くない」
もの凄い空腹感が襲いかかり、ついでにもの凄い情けない気分になった。なんだかよくわからない……しかし俺は上半身を起き上がらせて……惨状を見渡す。
「……俺、やらかしたみたいだな」
「ええ、」
否定はせず、素直に認めてレッドは小さく呟いた。
かつてここで眠る前、何重にも張られていた魔法陣らしいものがものの見事に破壊されていた。何か巨大なものがのたうったような破壊の跡が壁に曲線を描いて走っていやがる。
天井の一部が抜け落ちていて……そこら中に瓦礫が降り積もっていた。
小さな鈍痛に腹を押さえる、薄い下着をめくり、肋骨の下あたりの直線上の疼きを撫でた。
「……何をした?」
「少々の荒療治となりました、結局……赤旗の問題はこの通りで……手出しが出来ませんでしたので。ナーイアストの石を再び埋める手術を」
「……」
「もう、勝手に取り出しては行けませんよ」
「……ああ」
そういえば、俺がどうやってその石を自分の中から取りだしたのか。レッドには言ってなかったんだよな。奴も、あえて聞かなかったし。でも今はどうやって取り出したのかナッツ辺りから聞いたんだろう。
「……被害は」
「お聞きになりたいんですか?」
「……聞きたいだろ、そりゃ」
「貴方が悪く思う必要はありません、僕は再三止めたのです。でも言う事を聞かない連中が先走って貴方の開腹を行おうとして……貴方の中の何者かを叩き起こした」
「……でも、この手術は?」
「貴方がログインしてから行いました」
ああ、成る程な。
今ログ・CC許可が下りて今さっき、エントランスで見ていた事を思い出す俺。
つまり赤旗状態から青旗に切り替わったから、暴走はしないという確信を得た訳か。俺の腹に再び埋められたデバイスツールの他に、ログイン状態でキャラクターの上に立つ青い旗もバグである赤旗を抑える作用があるのは……すでに分かっている事だ。
「何か、解ったのか」
「ええ、一応」
……なんか、喋りにくいな。いつもならレッドから勝手にあれこれ喋るのに。どうして区切るように言葉を止める。仕方なく俺は再び問いを投げる。
「何が解ったんだよ」
「……貴方がログアウトすると、貴方にはやはり……赤旗が立ちます」
ふむ、やっぱりそれで合ってるんだな。
「しかし……その旗が立っている要因……例えて僕ならアーティフィカル・ゴーストがその要因でしたが。貴方に赤旗を発現させている要因は、物理・理論的なものとして残念ながら、特定する事が出来ませんでした」
「……ああ」
「それが、解った事です」
くそ、俺。
何個やっかいごとを抱えりゃ気がすむんだよ。
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