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7章~8章間+10章までの 番外編
◆戦え!ボクらのゆうしゃ ランドール◆第一無礼武
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※ これは第9章直前までの某勇者パーティーの番外編です ※
◆第一無礼武◆『vs盗賊団!人質粉砕救出大作戦』
「ちわーっす、ブレイブでーす」
裏口を開けて元気にお酒を配達する様な気軽さで、重騎士の僕は外界の光と一緒にやって来た。
色々な意味で、薄暗いアジトで交渉の行方を待っていた盗賊一味はあっけに取られ、間違いなくたっぷり10秒は沈黙を返したであろう。
無いはずの壁に突然現れた扉、そこから現れた僕の意図的な、明るい掛け声。
他、諸々。
ここは地下に張り巡らされた地下排水路の中にある、秘密のアジトだね。直結する入り口に仕掛けられた、進入を感知する魔法が働いてから、この部屋にたどり着くには最低10分は必要だと思う。
そこからもトラップが数多く仕掛けられているから、実際にはもっと時間が掛かるはずだし……恐らく、住み着いているモンスターの多さに辟易して、たいていの人は地下排水路に入る事自体をまず躊躇う。
そんな自然の要塞と化した古い地下水路に構えたアジトに、出入りする為の秘密の出入り口は、そもそも誰にもバレていないと盗賊達は思っているはずだ。
だからこそ彼らは今まで、数多くの仕事で成功を収めてきたのだから。
外部からの侵入を察知するべく抑える所は……その秘密の通路だというのも彼らは知っているはず。
ここの存在がバレてしまえば、敵の侵入を許す可能性がある。だからこそ、厳重に侵入感知魔法が仕掛けられていた。それだけに安心せず、アジトへと続く秘密の通路の途中にもトラップを張り……少なくとも進入されたら十分に足止めできるものと算段しているに違いない。
3分あれば拘束している人質を引っつかみ、逆流不可の水路に身を投げて、迷路になっている地下排水路に逃げ込む事が出来る――彼らにとって地下排水路は庭だ。
恐らく、盗賊達の方が町の地下水路を、管理当局よりも把握しているだろう。
それもそのはず、盗賊団『ウォータープディング』は元々この町の排水路管理を任された人達で構成されているのだってさ。
一応経緯を付随しておこうかな。
大都市サラの東端に、水守を任されている町がある。
この町には……3K仕事、俗にいう『キつい・キけん・キたない』をこなしていた排水管理労働者がいた。
仕事の割りに待遇が良くないという事で、この大規模な排水管理を任されていた町の管理者と対立、たびたびストライキを起こしていたのだそうだ。
所が町は、この問題をまともに解決するつもりが無いらしく、労働者のストライキを無視し続けた。時に地下に労働者を置き去りにして……全てのマズイ問題を隠蔽。
更に3K仕事である事を隠蔽し、新たに地下排水口での仕事を、支払う事のない賃金設定で新たに募集する……という悪徳を繰り返していたのだった。
この町のそんな悪徳に気が付いたある『勇者』が、騙されて地下に働きにやって来た人達と徒党を組んでついに、結成されたのがこの盗賊団『ウォータープディング』というワケである。
すっかり町の地下事情を把握した盗賊団は、昼は町のために下水処理をきっちりこなし、夜は管理職の人間の家に悪さをするという……ちょっとへんてこな活動を繰り返していたりする。
当然だけど、町の人達には全く実害が無い。むしろ、いてもらわないと困る存在だからね。
逆に町を管理する職に就き、悪徳を繰り返していた人にとっては頭の痛い問題だ。
……身から出た錆ではあるけれど。
「おおッ!」
身代金要求の人質として囚われていた、町長のおっさんが真っ先に、この異常な状況から立ち直った。
今だに自身が、危険な状態に置かれているのは分かってないのだろう。全く、能天気なおっさんだよ。
僕は鉄仮面の下でげんなりと困った顔をして……小さくため息を洩らしていた。
そんなんだから盗賊もとい、雇い人達から裏切られてとっ捕まるんだよ?
自身の行いというものは、必ず自身に跳ね返ってくるものだからね。
僕は、そう唱える聖シュラードの教えは最もだと思っている。別に神様が一々もったいぶって説教しなくったって、世界の理とはそのように成り立っている事は信じられるな。
ともかく、悪徳をしていた人に都合の良い救いの手が入る事など稀なのだ、と。
僕は言いたい。
「残念ながら交渉は決裂してね……身代金はどうしたって払わないって言うんだよ」
僕は明るい外界の光の漏れ出す扉を閉じて、薄暗い盗賊団アジトに入り込んでしまってからそう切り出した。
すっと、壁に突然現れていた『扉』は閉じて、消えてしまう。勿論これは、エース爺さんに作ってもらった特別な魔法の扉だからね。
当然一瞬差し込んだ光は 文字通り 暗闇に消えたわけで。
町長のおじさんは驚いた。もがこうとしたがあっというまに盗賊一味に押さえ込まれてしまっている。
「支払わないッ?どういう事だ?」
「つまり、こういう事です町長」
冷静な盗賊の頭を勤めていた青年が、迷いの無い一撃で振りかざしたナイフは……無駄の無い動きで町長の首元に差し込まれていた。
呻き声も洩らすまもなく、首を皮一枚で繋がれた町長の死体が床に投げ出される。
僕はそれを一瞥して勤めて、明るく装った。
「悪いね、驚かせてしまって」
僕は突然盗賊のアジトに乗り込んできた事を謝って頭を下げた。
しかしその頃にはもう手遅れで……。
盗賊団一味が僕に向って一斉に、平伏しているのだった。
全員、床に額を擦りつけるか、という具合に畏まっているのを……僕はもう一度ため息をついて見廻してしまうのだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「……確かに、お金は積まれましたけれど」
契約書と机の上に詰まれた革張りのケースにぎっしりと詰まった金貨を確認していた男は、ぞんざいな風で視線だけを上げた。
「ちょっと微妙ですね、」
「どこらへんが微妙だ」
黒髪の青年は契約書を投げて、ブーツを履いたままの足をテーブル上のケース隣に、乱暴に投げ出して不遜に聞いた。
空を舞う契約書を長い指で拾い上げたのは……長い髪を結い上げた背の高い占い師のリオだ。
「情報を集めてみた所、盗賊団を叩いても『多くは喜ばない』という事よ」
黒髪の青年は眉を潜める。リオの言い方は妙だけど……この傲慢な青年を動かすのには的確だね。
「つまり……民衆は喜ばないという事か?」
「そうね、」
リオは肩をすくめて苦笑した。
「なら、その仕事は止めよう」
あっけない言葉に一瞬絶句したのは……やはり背の高い男で……髪の色が緑色で前髪を長くして目元を隠している、グランソール。
「い、いや……ですけどねぼっちゃん。もう契約書は交わしちゃってる訳ですから……」
「栄光が伴わないのならば俺様の仕事ではない」
一蹴されて、グランソールは深いため息を洩らしてうな垂れている。
僕はこっそり苦笑した。
幸いな事に……僕はほぼ常に鉄仮面で顔を覆っているので、僕が笑ったのに気付く人は少ない。いや、青年……ぼっちゃんはたまに、勘、だと思うけど『笑うな』と怒る時はあるけれど。
大体彼の気分で言い散らす事だから、僕はその時笑っていても、笑っていなくても気にしないけれどね。
リオ、なんとか言ってくれよ、とか何とかグランとリオがこそこそ話し合っている隣で突然、奮起したのはこのパーティーの財務省を務める、テニー・ウィンさん。
「何をいいますかラン様!人質がとられておるのですよ!?それが誰であれ、そのような卑劣な行為を放置する事など『勇者』の道に反する事!」
「そうよ、お金も沢山貰ったんだからあたしたちが上手くやれば、きっとみんな褒めてくれるわ!」
黄緑色の髪の平原貴族のシリアも、なんだか良く分からない励ましを送っている。
大体にして尊大な青年、自称勇者、ランドールぼっちゃんの暴走の理由は……大半、君達の所為だよね。
「人質か……確かに、それはやりすぎだな」
ぼっちゃん、口元に手を置いて何やら考えているが……。
考えるまでも無い事だけど、盗賊団名乗ってるんなら人質取って身代金を要求する行為にやりすぎも何も無いんじゃないの?
盗賊ってそーいうのが本業だと思ってたけどな僕は。
「まぁ、確かに人質なんかが居られると色々と……都合は悪いですねぇ」
グランソールは苦笑している……その色々ある『都合の悪さ』とやらについては、理解すべき人達は理解していないと見るね。
ゆえに、グランソールの危惧の呟きは殆ど無視されてしまっている。
「まずは人質の安全を確保しなくてはいけません」
「……面倒だな」
……何か聞こえた気がしたが、全員あえてスルーしようとした、みたい。
流石にこればっかりはテニーさんでも賛同出来ないよねぇ?
「てゆーか。誰だって?その人質」
「町長だそうです」
「こんなに金積んでるのに誰も救い出せてないのか?」
説明を一緒に聞いてきたはずなのにぼっちゃん、大抵の事をちゃんと憶えてないよね。
救い出せる人が居ないんじゃないよ。
誰もその仕事を請け負いたくないから誰も、町長さんを救い出そうとしないんだよ。
まぁそのためにグランやリオみたいな人が一緒に行動してる訳だけど……。グランソールはあえてにっこり口元を笑わせて答えた。
「ちなみに、請求されている身代金は今回の報酬の10倍です」
「……と、言う事は?」
機嫌悪くランドールは指でテーブルの端を叩く。
グランはそーですねぇと白々しく天井を見上げた。
「最終的な『資産』になる可能性がありません」
「だから俺はその仕事、蹴ってしまえと言っている」
契約書にアンタのサインが入っているのに、そりゃないよねぇ。
グランがうな垂れる気持ちも良くわかるよ。
とは言うものの、契約書交わしちゃったんだからどうにかしなきゃいけない。
毎度の事だけど僕らはこの『どうにかする』ためにあくせくしなくちゃ行けないのだ。
「どうするんですか?」
「どーしましょっかねぇ」
大抵グランソールは楽天的に笑っている。
この人は何だかんだ言いつつも結局、進んでランドールぼっちゃんの無茶に従っているんじゃないかなと思うね。いつもいつも、引き起こされる騒動を楽しんでいるとしか思えない。
「町長に対してよい答えを持った人がまず、居ないわ」
リオが額を押さえてかき集めた資料を投げた。
「町の人々もすでに、町長の胡散臭いやり方を薄々感じて挙句に今回の騒動だと思っているわ。役員の一部も自分達が盗賊団から目をつけられる理由が、町の管理部にある事に気が付いている……町長なんか救い出したって誰も喜びはしない」
「とすると、ぼっちゃんの機嫌が悪くなるのは目に見えますねぇ」
「なんでこんなのの契約取ってくるのよ」
リオのグチに、グランソールはヘラヘラ笑っている。
「私に怒らないで下さい、テニーさんが悪いんですから」
テニーさんはいい人だけど毎度毎度罪作りだよ。
西方公族のお偉いさんであるが故に、コネなどがあっちこっち沢山あるのはいいのだけど……その分余計な事をやらされている感じもしないでもない。
「大体ワシらに頼んできている時点で町は、町長を救い出す気など無いのじゃろ?」
竜顔の魔術師、エース爺さんが言ってしまった。
そう、それが核心だから誰も言わなかったのに。
リオとグランソールががっくりと頭を下げる。
「そうよねぇ、身代金出す気は更々無いって意味よね、結局」
腕の立つパーティーに10分の1の代金で解決を望む、その意味ね。
「つまり、そういう決着をしてくれって意味だろ?」
グランは苦笑してテーブルに肘を着いた。
「ま、やってもらうしかないじゃない?」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
次の日、町の広場には季節外れの櫓が立っていた。
何時の間にやら町のあちこちには集会を知らせるポスターが。
「ご町内の皆様~、えーお騒がせしております。西方勇者ランドール、ランドール・ブレイブでございます」
拡張伝達魔法で繰り広げられる広報活動、天使教神官の癖に魔法使いでもあるグランソールの軽薄な声が響き渡っている。
騒動を聞いた民衆の野次馬が次の野次馬を呼び、昼過ぎには集会会場はお祭り状態。
人口密度が上がると、狡猾な連中は決まって商売を始める。
気が付いたら屋台なんかがいくつか出てるのね。
「何をしている!」
行動の早さにおいて、ウチのパーティに勝る自治体などあるだろうか?多分、無い。
行動力は電光石火の如く、だよ。ぼっちゃんの号令一つで敏速に、全てを動かすのが僕らランドール・ブレイブだからね。大抵町側の対応は僕らに対して後手になる。
人の山を掻き分けて、櫓の下に設置された簡易事務所に町の役員が慌てて駆け込んできたのは昼も過ぎてこれから集会が始まろうか、という時だった。
グランにしてみれば、これくらい相手が後手に回る事は予測済みらしい。
「いやぁ、遅いですよ貴方達。もう少しで集会始まっちゃうじゃないですか。ほら、役員様方の特等席も設定しているのに。来ないのかと思ってやきもきしちゃいましたよ」
そうじゃない、という疲れた顔をして役員はもう一度同じ事をわめいた。
「勝手に何をしていると聞いている!」
「あれ、チラシ見てません?魔法伝達で広報しましたよね?ウチの……勇者様がありがたい演説をですね、タダで!無料で!皆様にお届けすると申されておりまして……」
……こっそりグランが『……』の間に『自称』と小さく言ったのには、多分リオと僕くらいしか気が付いて無いだろう。
エース爺さんは耳遠いし。
「高いんですよ、ウチの勇者の説法。それをタダも同然で……」
「そうじゃないだろ、まず町長の救出が……」
「あ、ちなみに地下にも広布しておきましたんで」
「何ィ?」
グランソールはさり気なく合図。リオがスイッチオン。
魔法照明が櫓を照らし出す。
それを合図に集まった野次馬達が沸き立ち……我等が勇者ランドール・アースドが爽やかな営業用の笑顔を浮かべながら手を上げ、舞台に上がるのだった。
絶妙のタイミングでテニーさんが拍手、集団というのは面白いもので……一人の行動があっという間に伝染する。テニーさんの情熱的な拍手が瞬く間に全体に伝染。
ランドールぼっちゃんは営業なのか、それとも心の底から陶酔しているのか良く分からないけれど……こういう舞台の上での笑顔が一番輝いて見えるんだよね。
『やぁ、ありがとう、ありがとう』
手を軽く上げて拍手に答えていたぼっちゃんはまずそう軽く発声し、それから大声で……。
茶番劇を始めた。
自己紹介もそこそこに、ランドールが始めたのは……秘密にされていた町長誘拐の事実とその実態についての暴露話。
勇者たる自分が何故この町にきたのか、事の詳細を暴露し始めたのだ。
何をしていると釈明を聞きに来た町の役員は真っ青になってその場に固まってしまっている。
「秘密にされているのは知ってましたが……秘密にするなという契約は交わしてませんからねぇ」
わざとらしくグランソールはぼやいているが……そんなんしている内に、内容に驚いたほかの役員達も駆けつけてくる。
止めろ、止めろと言って集会を妨害しようものなら、今ランドールが饒舌に語っている事が事実だと認めるも同じ。
蒼白な顔で何をやっていると駆け込んでくる人達を迎え撃つのは……テニーさんのお仕事だ。
「こんな事をしては、町長の命が……!」
「問題はありません、盗賊達の目的はあくまで、金です。こんな挑発に乗る程盗賊団はバカではない。それはあなた方のほうが良くわかっているはず」
「…………」
副町長という髭の男は一瞬怯み……苦々しく話が違うと吐き捨てた。
「我々は町長を助け出すように……」
「確かに契約書上はそうなっておりますな。ですが、力技で人質となっている町長を助け出すは我々でも荷の重い事。これらは全て我々の計画の一部なのです。黙ってお聞きいただけないでしょうか?」
「し、しかしッ!」
その間も、赤裸々に暴露される町の管理体制。
賃金をまともに支払わずに低賃金で下水管理を請負っては人材を使い捨てにしてきた経緯が、盗賊の結成につながり、この度の人質騒動も未払い分賃金の支払いを求めた運動の一部である事がランドールの口から説明されていく。
『……人のものを盗み、命でもって対価を求める。これは決して許される行為ではない。我々は、そのような行為に出た盗賊達を成敗するように、ひいては人質を助け出すようにと、この町に召喚された次第である。卑劣な悪の行為に、正当な対価を支払う必要など無い、それが……この町の判断という事なのだろう』
どうだろう、それは。
どっちが悪いのだろう?
恐らくそんな動揺が人々の間を走り抜けているのは間違い無い。
そんな傍若無人な勇者による『正義』の為の活動演説に……黙って怒りを抑えている副町長達。
……グランソールは悪魔の一言。
「あぁ。ちなみにこれって都市部の方にも配信されてますので」
「な、にィッ!?」
それをトドメ、とも言う。
「ご安心下さい。明日にも盗賊一掃活動ひいては、町長救出作戦を決行しますから、これで貴方がたの意見は盗賊達のみなさんにも伝わった事でしょう」
「ど、どこが安心できるというのだ!」
「これで私たちは安心して正義の鉄槌を振るいに行けます。警告はこの通り」
「ふざけるな!」
「ふざけてはおりません」
テニーさんは大真面目だ。
どんな場合でもこうやって真面目な顔が出来てしまうのでかなり貴重な人材であると思うね、僕は。
「身代金は払わない、安い賃金で悪組織を一掃する……この契約書にはつまりそういう意味が込められているのだと……ランドール様は御解釈なさっているのですが?」
間違いなく誤解釈だと思ってるよ、その人達。
「さて、どうなさいますか?」
リオさんがにっこり笑って新しい契約書を交わす場を整えている。
「あ……」
「大人しく正義の行いをするか、」
テニーさんは町と交わした古い契約書を右手にして、蜀台を左手に取った。
「それとも、新しい契約を交わしますかな?」
現在交わしている契約書を破棄し、町長を取り戻す為に身代金を盗賊もとい……労働者に対して支払うか。
それとも。
僕は町の管理部側が散々と迷っている意味が良くわからずに小首をかしげた。
「経理をだいぶ誤魔化しとるんだろ、請求額を捻出できんのでは無いかね?」
そんな僕の様子を見てか、爺さんがこそっと呟く。
「そんなに貧乏なんですか、この町」
僕の隣でまったりお茶を飲んでいた、竜顔の魔術師エース爺さんに僕がこっそり囁き返すと、爺さんは舌を器用に鳴らしてから教えてくれた。
「ファマメント国ひいては中央管理局であるサラに提出する書類があるのじゃよ。長期に渡って誤魔化した賃金を今、一気に支払えと言われても……それだけの資金の流れを書類上捻り出す事が出来んのじゃろな。……不正していたのを大人しくバラすか否か、って所かのぅ」
ああ、なるほど。
僕は納得して相槌を打ってしまった。
「大変なんですねぇ、裏金出すのも」
「国は万丈に見えるとも、末端の枝根は腐りつつある。そういう事じゃぁな」
なるほど。
ランドールぼっちゃん……じゃなかった。
テニーさんがこの厄介ごとを引っ掛けてきたのはそういう意味なのか。
僕はてっきり……後始末だと思ったんだけどな、もっと別の意図があったのに気がつけないとは。僕もまだまだ配慮が足りない。
「……大体、あの盗賊団結成させたのだって確か、ウチらだよね?」
だから僕はこっそり、爺さんに確認をとっておいた。
「ああ、そんな事もあったかの」
エース爺さんはカラカラと笑って答えた。
僕、西方騎士マース・マーズは仮面の下で苦笑するしかない。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
そんな訳で、すったもんだの末。
僕が、竜鱗鬼種という奇怪な容姿で外見よろしくない為に顔を隠し重騎士をやっているこの僕が、大体の場合こうやって汚れ仕事をやるハメになる。
でも僕はそういう待遇に今更文句は言わないよ。
何だかんだ言うけどランドールぼっちゃんの下で働いているのは、それなりの忠義を捧げる気持ちがあるからなんだし。すごいなぁと尊敬している所はあるんだ。
僕は頭も良くないし、目立ったことも出来ないのだから……こうやってみんなの役に立つしかないのだしね。
今回の一件もその一つ。
いつもやる事なす事メチャクチャだけど、あの人バカだ……あいや。ごふん。
ランドールぼっちゃんはとても真面目で正義感溢れた絵に描いた様な勇者様(棒読み)ですけど。
全体的に目指している所はそれほど、悪くないと思う。
自称勇者は多少バ……がふん……位が割りと丁度いいのかもしれない。とか。
「助かりました、これでようやく俺達も盗賊団を解散できます」
「いやいや、僕に頭を下げられても困るよ」
「ランドール様は?」
「あ~」
僕は言葉を濁してしまった。
本当なら……ここにはランドール坊ちゃんが来るべきだろうに。
あっさりと拒否られちゃってね。
地下排水路など俺様が足を運ぶ場所ではない、とか何とか。いつもの事なんだけど。
「はい、契約書」
僕は防水加工された平べったい皮の表紙に挟んだ書類を差し出した。
「やっぱりすぐに賃金は支払えないって事で……分割になるみたいだけれど」
「この契約書だけで我々には十分だ」
勇者ランドールの据えたお仕置きは、存分に効いたみたいだね。
副町長は町の管理体制を改める事をぼっちゃんの目の前で誓約。
実はグランソールが囁いた『都市部にも伝布』というのは脅しだ。先にそうしたと嘯いたのは、最終的に事実が都市部まで知れ渡ればどうなるか、という事を連中に存分に『想像』させる為、らしい。
案の定不正が上にばれて処分、資産取り押えなどされるよりだったら裏金など捻出させずに真面目に管理に精を出す事を誓約してくれた訳。
地下排水講労働者にも正当賃金を支払う事を約束した。僕が盗賊団の人達に向け、渡しに来た書類はその契約書の正式な複写。
そして僕がここで果たすもう一つの目的は……悪の討伐として支払われた分の見送り、かな。
首を掻っ切られて『悪』として断罪されてしまった町長のなきがらを、僕は引き取ってアジトをあとにした。
僕らランドール・ブレイブが請け負った賃金分の仕事は……『悪』の部分を処分する事。
悪なのは盗賊団じゃぁ無いって事だね。悪だったのは……町長の方だったんだ。
僕は袋に入れてもらった町長の亡骸を背負って、じゃぁご苦労様、などと笑って地下水路側の扉を開ける。
地下水路には水生モンスターがウジャウジャしているからね。
盗賊団ウォータープディングの名前は、もちろんそのモンスターに由来している。
帰り掛けにこの、肉塊をおとりにして僕はさっさと地上に帰るとしよう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「結局残りはこれだけかぁ」
残ったお金を数え終えたシリアが小さくぼやいた。
「もっとぼったくればよかったのよ。あと、櫓とかポスターとかサクラに賃金払いすぎ」
「何を言う、金銭など問題ではない。重要なのはラン様に数多くの支持者をつける事、」
「儲からないなぁ、」
とはいえ、実は僕等のパーティー資金は……すでにハンパ無い金額が集まっている。
沢山の資産を溜め込む理由はそれなりに在るわけだけど、シリアさんは金にがめつい訳ではなく単なる貯金魔なだけだね。資産は山ほどあるけれど、それがひっきりなしに遠慮なく流出していく事に哀愁を感じるのだそうだ。
僕は良く分からない。
ともかく。
今回もブレイブ事……勇者ランドールご一行は大活躍だったと言えるだろう。
僕は……そんな自称勇者、ランドール坊ちゃんの無礼で武力がハチャメチャなブレイブストーリをこっそり、語っていこうと思う。
本編ではしょられてるらしいんだよね、僕等の事。その為の場でもあるんだけど。
坊ちゃんがそれで実は腹を立ててる、というのもあると、思う。そういうのはメタと云うのじゃぞ、とエース爺さんから言われたけど、僕にはあんまりその意味が分からないな。
てゆーか、冒険譚にもっと顔を出したいのなら、もっとヤトさん達に絡めばいいじゃない?とも思うけど……僕は、そういう事進言するほど命知らずじゃないから言わないよ。
僕は、ランドールぼっちゃんが何を目的にしているのかとか、どうして僕らが彼の下に集ったか、などをこの番外編枠で暴露していこうかな~と思っているよ。
もちろん、こっそりと……ね。
◆第一無礼武◆『vs盗賊団!人質粉砕救出大作戦』
「ちわーっす、ブレイブでーす」
裏口を開けて元気にお酒を配達する様な気軽さで、重騎士の僕は外界の光と一緒にやって来た。
色々な意味で、薄暗いアジトで交渉の行方を待っていた盗賊一味はあっけに取られ、間違いなくたっぷり10秒は沈黙を返したであろう。
無いはずの壁に突然現れた扉、そこから現れた僕の意図的な、明るい掛け声。
他、諸々。
ここは地下に張り巡らされた地下排水路の中にある、秘密のアジトだね。直結する入り口に仕掛けられた、進入を感知する魔法が働いてから、この部屋にたどり着くには最低10分は必要だと思う。
そこからもトラップが数多く仕掛けられているから、実際にはもっと時間が掛かるはずだし……恐らく、住み着いているモンスターの多さに辟易して、たいていの人は地下排水路に入る事自体をまず躊躇う。
そんな自然の要塞と化した古い地下水路に構えたアジトに、出入りする為の秘密の出入り口は、そもそも誰にもバレていないと盗賊達は思っているはずだ。
だからこそ彼らは今まで、数多くの仕事で成功を収めてきたのだから。
外部からの侵入を察知するべく抑える所は……その秘密の通路だというのも彼らは知っているはず。
ここの存在がバレてしまえば、敵の侵入を許す可能性がある。だからこそ、厳重に侵入感知魔法が仕掛けられていた。それだけに安心せず、アジトへと続く秘密の通路の途中にもトラップを張り……少なくとも進入されたら十分に足止めできるものと算段しているに違いない。
3分あれば拘束している人質を引っつかみ、逆流不可の水路に身を投げて、迷路になっている地下排水路に逃げ込む事が出来る――彼らにとって地下排水路は庭だ。
恐らく、盗賊達の方が町の地下水路を、管理当局よりも把握しているだろう。
それもそのはず、盗賊団『ウォータープディング』は元々この町の排水路管理を任された人達で構成されているのだってさ。
一応経緯を付随しておこうかな。
大都市サラの東端に、水守を任されている町がある。
この町には……3K仕事、俗にいう『キつい・キけん・キたない』をこなしていた排水管理労働者がいた。
仕事の割りに待遇が良くないという事で、この大規模な排水管理を任されていた町の管理者と対立、たびたびストライキを起こしていたのだそうだ。
所が町は、この問題をまともに解決するつもりが無いらしく、労働者のストライキを無視し続けた。時に地下に労働者を置き去りにして……全てのマズイ問題を隠蔽。
更に3K仕事である事を隠蔽し、新たに地下排水口での仕事を、支払う事のない賃金設定で新たに募集する……という悪徳を繰り返していたのだった。
この町のそんな悪徳に気が付いたある『勇者』が、騙されて地下に働きにやって来た人達と徒党を組んでついに、結成されたのがこの盗賊団『ウォータープディング』というワケである。
すっかり町の地下事情を把握した盗賊団は、昼は町のために下水処理をきっちりこなし、夜は管理職の人間の家に悪さをするという……ちょっとへんてこな活動を繰り返していたりする。
当然だけど、町の人達には全く実害が無い。むしろ、いてもらわないと困る存在だからね。
逆に町を管理する職に就き、悪徳を繰り返していた人にとっては頭の痛い問題だ。
……身から出た錆ではあるけれど。
「おおッ!」
身代金要求の人質として囚われていた、町長のおっさんが真っ先に、この異常な状況から立ち直った。
今だに自身が、危険な状態に置かれているのは分かってないのだろう。全く、能天気なおっさんだよ。
僕は鉄仮面の下でげんなりと困った顔をして……小さくため息を洩らしていた。
そんなんだから盗賊もとい、雇い人達から裏切られてとっ捕まるんだよ?
自身の行いというものは、必ず自身に跳ね返ってくるものだからね。
僕は、そう唱える聖シュラードの教えは最もだと思っている。別に神様が一々もったいぶって説教しなくったって、世界の理とはそのように成り立っている事は信じられるな。
ともかく、悪徳をしていた人に都合の良い救いの手が入る事など稀なのだ、と。
僕は言いたい。
「残念ながら交渉は決裂してね……身代金はどうしたって払わないって言うんだよ」
僕は明るい外界の光の漏れ出す扉を閉じて、薄暗い盗賊団アジトに入り込んでしまってからそう切り出した。
すっと、壁に突然現れていた『扉』は閉じて、消えてしまう。勿論これは、エース爺さんに作ってもらった特別な魔法の扉だからね。
当然一瞬差し込んだ光は 文字通り 暗闇に消えたわけで。
町長のおじさんは驚いた。もがこうとしたがあっというまに盗賊一味に押さえ込まれてしまっている。
「支払わないッ?どういう事だ?」
「つまり、こういう事です町長」
冷静な盗賊の頭を勤めていた青年が、迷いの無い一撃で振りかざしたナイフは……無駄の無い動きで町長の首元に差し込まれていた。
呻き声も洩らすまもなく、首を皮一枚で繋がれた町長の死体が床に投げ出される。
僕はそれを一瞥して勤めて、明るく装った。
「悪いね、驚かせてしまって」
僕は突然盗賊のアジトに乗り込んできた事を謝って頭を下げた。
しかしその頃にはもう手遅れで……。
盗賊団一味が僕に向って一斉に、平伏しているのだった。
全員、床に額を擦りつけるか、という具合に畏まっているのを……僕はもう一度ため息をついて見廻してしまうのだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「……確かに、お金は積まれましたけれど」
契約書と机の上に詰まれた革張りのケースにぎっしりと詰まった金貨を確認していた男は、ぞんざいな風で視線だけを上げた。
「ちょっと微妙ですね、」
「どこらへんが微妙だ」
黒髪の青年は契約書を投げて、ブーツを履いたままの足をテーブル上のケース隣に、乱暴に投げ出して不遜に聞いた。
空を舞う契約書を長い指で拾い上げたのは……長い髪を結い上げた背の高い占い師のリオだ。
「情報を集めてみた所、盗賊団を叩いても『多くは喜ばない』という事よ」
黒髪の青年は眉を潜める。リオの言い方は妙だけど……この傲慢な青年を動かすのには的確だね。
「つまり……民衆は喜ばないという事か?」
「そうね、」
リオは肩をすくめて苦笑した。
「なら、その仕事は止めよう」
あっけない言葉に一瞬絶句したのは……やはり背の高い男で……髪の色が緑色で前髪を長くして目元を隠している、グランソール。
「い、いや……ですけどねぼっちゃん。もう契約書は交わしちゃってる訳ですから……」
「栄光が伴わないのならば俺様の仕事ではない」
一蹴されて、グランソールは深いため息を洩らしてうな垂れている。
僕はこっそり苦笑した。
幸いな事に……僕はほぼ常に鉄仮面で顔を覆っているので、僕が笑ったのに気付く人は少ない。いや、青年……ぼっちゃんはたまに、勘、だと思うけど『笑うな』と怒る時はあるけれど。
大体彼の気分で言い散らす事だから、僕はその時笑っていても、笑っていなくても気にしないけれどね。
リオ、なんとか言ってくれよ、とか何とかグランとリオがこそこそ話し合っている隣で突然、奮起したのはこのパーティーの財務省を務める、テニー・ウィンさん。
「何をいいますかラン様!人質がとられておるのですよ!?それが誰であれ、そのような卑劣な行為を放置する事など『勇者』の道に反する事!」
「そうよ、お金も沢山貰ったんだからあたしたちが上手くやれば、きっとみんな褒めてくれるわ!」
黄緑色の髪の平原貴族のシリアも、なんだか良く分からない励ましを送っている。
大体にして尊大な青年、自称勇者、ランドールぼっちゃんの暴走の理由は……大半、君達の所為だよね。
「人質か……確かに、それはやりすぎだな」
ぼっちゃん、口元に手を置いて何やら考えているが……。
考えるまでも無い事だけど、盗賊団名乗ってるんなら人質取って身代金を要求する行為にやりすぎも何も無いんじゃないの?
盗賊ってそーいうのが本業だと思ってたけどな僕は。
「まぁ、確かに人質なんかが居られると色々と……都合は悪いですねぇ」
グランソールは苦笑している……その色々ある『都合の悪さ』とやらについては、理解すべき人達は理解していないと見るね。
ゆえに、グランソールの危惧の呟きは殆ど無視されてしまっている。
「まずは人質の安全を確保しなくてはいけません」
「……面倒だな」
……何か聞こえた気がしたが、全員あえてスルーしようとした、みたい。
流石にこればっかりはテニーさんでも賛同出来ないよねぇ?
「てゆーか。誰だって?その人質」
「町長だそうです」
「こんなに金積んでるのに誰も救い出せてないのか?」
説明を一緒に聞いてきたはずなのにぼっちゃん、大抵の事をちゃんと憶えてないよね。
救い出せる人が居ないんじゃないよ。
誰もその仕事を請け負いたくないから誰も、町長さんを救い出そうとしないんだよ。
まぁそのためにグランやリオみたいな人が一緒に行動してる訳だけど……。グランソールはあえてにっこり口元を笑わせて答えた。
「ちなみに、請求されている身代金は今回の報酬の10倍です」
「……と、言う事は?」
機嫌悪くランドールは指でテーブルの端を叩く。
グランはそーですねぇと白々しく天井を見上げた。
「最終的な『資産』になる可能性がありません」
「だから俺はその仕事、蹴ってしまえと言っている」
契約書にアンタのサインが入っているのに、そりゃないよねぇ。
グランがうな垂れる気持ちも良くわかるよ。
とは言うものの、契約書交わしちゃったんだからどうにかしなきゃいけない。
毎度の事だけど僕らはこの『どうにかする』ためにあくせくしなくちゃ行けないのだ。
「どうするんですか?」
「どーしましょっかねぇ」
大抵グランソールは楽天的に笑っている。
この人は何だかんだ言いつつも結局、進んでランドールぼっちゃんの無茶に従っているんじゃないかなと思うね。いつもいつも、引き起こされる騒動を楽しんでいるとしか思えない。
「町長に対してよい答えを持った人がまず、居ないわ」
リオが額を押さえてかき集めた資料を投げた。
「町の人々もすでに、町長の胡散臭いやり方を薄々感じて挙句に今回の騒動だと思っているわ。役員の一部も自分達が盗賊団から目をつけられる理由が、町の管理部にある事に気が付いている……町長なんか救い出したって誰も喜びはしない」
「とすると、ぼっちゃんの機嫌が悪くなるのは目に見えますねぇ」
「なんでこんなのの契約取ってくるのよ」
リオのグチに、グランソールはヘラヘラ笑っている。
「私に怒らないで下さい、テニーさんが悪いんですから」
テニーさんはいい人だけど毎度毎度罪作りだよ。
西方公族のお偉いさんであるが故に、コネなどがあっちこっち沢山あるのはいいのだけど……その分余計な事をやらされている感じもしないでもない。
「大体ワシらに頼んできている時点で町は、町長を救い出す気など無いのじゃろ?」
竜顔の魔術師、エース爺さんが言ってしまった。
そう、それが核心だから誰も言わなかったのに。
リオとグランソールががっくりと頭を下げる。
「そうよねぇ、身代金出す気は更々無いって意味よね、結局」
腕の立つパーティーに10分の1の代金で解決を望む、その意味ね。
「つまり、そういう決着をしてくれって意味だろ?」
グランは苦笑してテーブルに肘を着いた。
「ま、やってもらうしかないじゃない?」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
次の日、町の広場には季節外れの櫓が立っていた。
何時の間にやら町のあちこちには集会を知らせるポスターが。
「ご町内の皆様~、えーお騒がせしております。西方勇者ランドール、ランドール・ブレイブでございます」
拡張伝達魔法で繰り広げられる広報活動、天使教神官の癖に魔法使いでもあるグランソールの軽薄な声が響き渡っている。
騒動を聞いた民衆の野次馬が次の野次馬を呼び、昼過ぎには集会会場はお祭り状態。
人口密度が上がると、狡猾な連中は決まって商売を始める。
気が付いたら屋台なんかがいくつか出てるのね。
「何をしている!」
行動の早さにおいて、ウチのパーティに勝る自治体などあるだろうか?多分、無い。
行動力は電光石火の如く、だよ。ぼっちゃんの号令一つで敏速に、全てを動かすのが僕らランドール・ブレイブだからね。大抵町側の対応は僕らに対して後手になる。
人の山を掻き分けて、櫓の下に設置された簡易事務所に町の役員が慌てて駆け込んできたのは昼も過ぎてこれから集会が始まろうか、という時だった。
グランにしてみれば、これくらい相手が後手に回る事は予測済みらしい。
「いやぁ、遅いですよ貴方達。もう少しで集会始まっちゃうじゃないですか。ほら、役員様方の特等席も設定しているのに。来ないのかと思ってやきもきしちゃいましたよ」
そうじゃない、という疲れた顔をして役員はもう一度同じ事をわめいた。
「勝手に何をしていると聞いている!」
「あれ、チラシ見てません?魔法伝達で広報しましたよね?ウチの……勇者様がありがたい演説をですね、タダで!無料で!皆様にお届けすると申されておりまして……」
……こっそりグランが『……』の間に『自称』と小さく言ったのには、多分リオと僕くらいしか気が付いて無いだろう。
エース爺さんは耳遠いし。
「高いんですよ、ウチの勇者の説法。それをタダも同然で……」
「そうじゃないだろ、まず町長の救出が……」
「あ、ちなみに地下にも広布しておきましたんで」
「何ィ?」
グランソールはさり気なく合図。リオがスイッチオン。
魔法照明が櫓を照らし出す。
それを合図に集まった野次馬達が沸き立ち……我等が勇者ランドール・アースドが爽やかな営業用の笑顔を浮かべながら手を上げ、舞台に上がるのだった。
絶妙のタイミングでテニーさんが拍手、集団というのは面白いもので……一人の行動があっという間に伝染する。テニーさんの情熱的な拍手が瞬く間に全体に伝染。
ランドールぼっちゃんは営業なのか、それとも心の底から陶酔しているのか良く分からないけれど……こういう舞台の上での笑顔が一番輝いて見えるんだよね。
『やぁ、ありがとう、ありがとう』
手を軽く上げて拍手に答えていたぼっちゃんはまずそう軽く発声し、それから大声で……。
茶番劇を始めた。
自己紹介もそこそこに、ランドールが始めたのは……秘密にされていた町長誘拐の事実とその実態についての暴露話。
勇者たる自分が何故この町にきたのか、事の詳細を暴露し始めたのだ。
何をしていると釈明を聞きに来た町の役員は真っ青になってその場に固まってしまっている。
「秘密にされているのは知ってましたが……秘密にするなという契約は交わしてませんからねぇ」
わざとらしくグランソールはぼやいているが……そんなんしている内に、内容に驚いたほかの役員達も駆けつけてくる。
止めろ、止めろと言って集会を妨害しようものなら、今ランドールが饒舌に語っている事が事実だと認めるも同じ。
蒼白な顔で何をやっていると駆け込んでくる人達を迎え撃つのは……テニーさんのお仕事だ。
「こんな事をしては、町長の命が……!」
「問題はありません、盗賊達の目的はあくまで、金です。こんな挑発に乗る程盗賊団はバカではない。それはあなた方のほうが良くわかっているはず」
「…………」
副町長という髭の男は一瞬怯み……苦々しく話が違うと吐き捨てた。
「我々は町長を助け出すように……」
「確かに契約書上はそうなっておりますな。ですが、力技で人質となっている町長を助け出すは我々でも荷の重い事。これらは全て我々の計画の一部なのです。黙ってお聞きいただけないでしょうか?」
「し、しかしッ!」
その間も、赤裸々に暴露される町の管理体制。
賃金をまともに支払わずに低賃金で下水管理を請負っては人材を使い捨てにしてきた経緯が、盗賊の結成につながり、この度の人質騒動も未払い分賃金の支払いを求めた運動の一部である事がランドールの口から説明されていく。
『……人のものを盗み、命でもって対価を求める。これは決して許される行為ではない。我々は、そのような行為に出た盗賊達を成敗するように、ひいては人質を助け出すようにと、この町に召喚された次第である。卑劣な悪の行為に、正当な対価を支払う必要など無い、それが……この町の判断という事なのだろう』
どうだろう、それは。
どっちが悪いのだろう?
恐らくそんな動揺が人々の間を走り抜けているのは間違い無い。
そんな傍若無人な勇者による『正義』の為の活動演説に……黙って怒りを抑えている副町長達。
……グランソールは悪魔の一言。
「あぁ。ちなみにこれって都市部の方にも配信されてますので」
「な、にィッ!?」
それをトドメ、とも言う。
「ご安心下さい。明日にも盗賊一掃活動ひいては、町長救出作戦を決行しますから、これで貴方がたの意見は盗賊達のみなさんにも伝わった事でしょう」
「ど、どこが安心できるというのだ!」
「これで私たちは安心して正義の鉄槌を振るいに行けます。警告はこの通り」
「ふざけるな!」
「ふざけてはおりません」
テニーさんは大真面目だ。
どんな場合でもこうやって真面目な顔が出来てしまうのでかなり貴重な人材であると思うね、僕は。
「身代金は払わない、安い賃金で悪組織を一掃する……この契約書にはつまりそういう意味が込められているのだと……ランドール様は御解釈なさっているのですが?」
間違いなく誤解釈だと思ってるよ、その人達。
「さて、どうなさいますか?」
リオさんがにっこり笑って新しい契約書を交わす場を整えている。
「あ……」
「大人しく正義の行いをするか、」
テニーさんは町と交わした古い契約書を右手にして、蜀台を左手に取った。
「それとも、新しい契約を交わしますかな?」
現在交わしている契約書を破棄し、町長を取り戻す為に身代金を盗賊もとい……労働者に対して支払うか。
それとも。
僕は町の管理部側が散々と迷っている意味が良くわからずに小首をかしげた。
「経理をだいぶ誤魔化しとるんだろ、請求額を捻出できんのでは無いかね?」
そんな僕の様子を見てか、爺さんがこそっと呟く。
「そんなに貧乏なんですか、この町」
僕の隣でまったりお茶を飲んでいた、竜顔の魔術師エース爺さんに僕がこっそり囁き返すと、爺さんは舌を器用に鳴らしてから教えてくれた。
「ファマメント国ひいては中央管理局であるサラに提出する書類があるのじゃよ。長期に渡って誤魔化した賃金を今、一気に支払えと言われても……それだけの資金の流れを書類上捻り出す事が出来んのじゃろな。……不正していたのを大人しくバラすか否か、って所かのぅ」
ああ、なるほど。
僕は納得して相槌を打ってしまった。
「大変なんですねぇ、裏金出すのも」
「国は万丈に見えるとも、末端の枝根は腐りつつある。そういう事じゃぁな」
なるほど。
ランドールぼっちゃん……じゃなかった。
テニーさんがこの厄介ごとを引っ掛けてきたのはそういう意味なのか。
僕はてっきり……後始末だと思ったんだけどな、もっと別の意図があったのに気がつけないとは。僕もまだまだ配慮が足りない。
「……大体、あの盗賊団結成させたのだって確か、ウチらだよね?」
だから僕はこっそり、爺さんに確認をとっておいた。
「ああ、そんな事もあったかの」
エース爺さんはカラカラと笑って答えた。
僕、西方騎士マース・マーズは仮面の下で苦笑するしかない。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
そんな訳で、すったもんだの末。
僕が、竜鱗鬼種という奇怪な容姿で外見よろしくない為に顔を隠し重騎士をやっているこの僕が、大体の場合こうやって汚れ仕事をやるハメになる。
でも僕はそういう待遇に今更文句は言わないよ。
何だかんだ言うけどランドールぼっちゃんの下で働いているのは、それなりの忠義を捧げる気持ちがあるからなんだし。すごいなぁと尊敬している所はあるんだ。
僕は頭も良くないし、目立ったことも出来ないのだから……こうやってみんなの役に立つしかないのだしね。
今回の一件もその一つ。
いつもやる事なす事メチャクチャだけど、あの人バカだ……あいや。ごふん。
ランドールぼっちゃんはとても真面目で正義感溢れた絵に描いた様な勇者様(棒読み)ですけど。
全体的に目指している所はそれほど、悪くないと思う。
自称勇者は多少バ……がふん……位が割りと丁度いいのかもしれない。とか。
「助かりました、これでようやく俺達も盗賊団を解散できます」
「いやいや、僕に頭を下げられても困るよ」
「ランドール様は?」
「あ~」
僕は言葉を濁してしまった。
本当なら……ここにはランドール坊ちゃんが来るべきだろうに。
あっさりと拒否られちゃってね。
地下排水路など俺様が足を運ぶ場所ではない、とか何とか。いつもの事なんだけど。
「はい、契約書」
僕は防水加工された平べったい皮の表紙に挟んだ書類を差し出した。
「やっぱりすぐに賃金は支払えないって事で……分割になるみたいだけれど」
「この契約書だけで我々には十分だ」
勇者ランドールの据えたお仕置きは、存分に効いたみたいだね。
副町長は町の管理体制を改める事をぼっちゃんの目の前で誓約。
実はグランソールが囁いた『都市部にも伝布』というのは脅しだ。先にそうしたと嘯いたのは、最終的に事実が都市部まで知れ渡ればどうなるか、という事を連中に存分に『想像』させる為、らしい。
案の定不正が上にばれて処分、資産取り押えなどされるよりだったら裏金など捻出させずに真面目に管理に精を出す事を誓約してくれた訳。
地下排水講労働者にも正当賃金を支払う事を約束した。僕が盗賊団の人達に向け、渡しに来た書類はその契約書の正式な複写。
そして僕がここで果たすもう一つの目的は……悪の討伐として支払われた分の見送り、かな。
首を掻っ切られて『悪』として断罪されてしまった町長のなきがらを、僕は引き取ってアジトをあとにした。
僕らランドール・ブレイブが請け負った賃金分の仕事は……『悪』の部分を処分する事。
悪なのは盗賊団じゃぁ無いって事だね。悪だったのは……町長の方だったんだ。
僕は袋に入れてもらった町長の亡骸を背負って、じゃぁご苦労様、などと笑って地下水路側の扉を開ける。
地下水路には水生モンスターがウジャウジャしているからね。
盗賊団ウォータープディングの名前は、もちろんそのモンスターに由来している。
帰り掛けにこの、肉塊をおとりにして僕はさっさと地上に帰るとしよう。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「結局残りはこれだけかぁ」
残ったお金を数え終えたシリアが小さくぼやいた。
「もっとぼったくればよかったのよ。あと、櫓とかポスターとかサクラに賃金払いすぎ」
「何を言う、金銭など問題ではない。重要なのはラン様に数多くの支持者をつける事、」
「儲からないなぁ、」
とはいえ、実は僕等のパーティー資金は……すでにハンパ無い金額が集まっている。
沢山の資産を溜め込む理由はそれなりに在るわけだけど、シリアさんは金にがめつい訳ではなく単なる貯金魔なだけだね。資産は山ほどあるけれど、それがひっきりなしに遠慮なく流出していく事に哀愁を感じるのだそうだ。
僕は良く分からない。
ともかく。
今回もブレイブ事……勇者ランドールご一行は大活躍だったと言えるだろう。
僕は……そんな自称勇者、ランドール坊ちゃんの無礼で武力がハチャメチャなブレイブストーリをこっそり、語っていこうと思う。
本編ではしょられてるらしいんだよね、僕等の事。その為の場でもあるんだけど。
坊ちゃんがそれで実は腹を立ててる、というのもあると、思う。そういうのはメタと云うのじゃぞ、とエース爺さんから言われたけど、僕にはあんまりその意味が分からないな。
てゆーか、冒険譚にもっと顔を出したいのなら、もっとヤトさん達に絡めばいいじゃない?とも思うけど……僕は、そういう事進言するほど命知らずじゃないから言わないよ。
僕は、ランドールぼっちゃんが何を目的にしているのかとか、どうして僕らが彼の下に集ったか、などをこの番外編枠で暴露していこうかな~と思っているよ。
もちろん、こっそりと……ね。
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