異世界創造NOSYUYO トビラ

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9章  隔たる轍    『世界の成り立つ理』

書の3後半 玉座にて『正しき轍に戻す手立て』

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■書の3後半■ 玉座にて After the throne

 実際、俺の人生は沼みたいなもんだよ……うん。

 いやぁ、殴られた所為か溺れかけた所為か、重要な事を思い出したんですよねぇ俺。

 蜘蛛だよ蜘蛛、大蜘蛛!
 俺に噛みついたのも大蜘蛛、俺を木に縛り付けたのも大蜘蛛!ナドゥのおっさんは巨大な蜘蛛の魔物を引き連れて歩いていたんだ。これは、どういう事だ?
 大蜘蛛と一緒に居たのは謎の少年であり、あれは大蜘蛛の方が謎の腹減り少年を引き連れていた感じだったよな!?
 そして、ランドール達が追っかけているのはこの謎の大蜘蛛であって腹減り少年じゃない……と、すると?

 俺が見た蜘蛛さんはどこの蜘蛛さん?

 だがしかし、そのように思い出した謎を問いかけた所……それとこれとでは別の蜘蛛なのでは?とレッドからあっさり指摘されまして撃沈しました。
 ……確かに、それはありうると納得してしまった。
 何か特徴を覚えておりませんか?などと聞かれましても……すいません覚えてません。何か突飛な特徴でも無いと、大きな蜘蛛の個体差なんか分からないよ!模様は絡新婦っぽいと思ったがそれはどっちの個体も同じであり、そりゃ詳しく模様を並べて見たら多少の違いはあるだろうが、逆にあの黒と黄色の縞模様にわずかな赤い差し色構成は、逆に複雑すぎて違いなんて良く分からん。
 アインみたいに匂い識別なんて俺には出来ないしなぁ。

 同じ蜘蛛だと勘違いした理由があるんだ、ナドゥが引き連れていた大蜘蛛にも、赤旗がついてたんだよ。

 少年を引き連れていた蜘蛛とは別である可能性は高いが、同じだという可能性も捨てきれない。
 そのあたりの都合も詭弁的に絡めつつ軍師連中の決定という事で、有無を言わさず小さな蛇の大陸座、ドリュアートはここに残す事になった。
 てゆーか俺の『都合』が判明した時点でそれは確定しているんだけど……。今はまだ、ドリュアートからデバイスツールは受け取らないって事で話が纏まったという事だ。
 ついでにマーダーさんの登場で俺はすっかり忘れていたのだが。

 旅立つ前に、ナッツとレッドがにこやかに笑いながら俺に振り返る。

「その前に」
「違和感があるという腹の中を確認しましょう」
 俺は慌てて脇腹を押える。
「え?いや、あれはその、勘違いだったんだよ多分!」
「赤旗取れたってその理屈が結局分からないんだから。調べさせてもらうよ」
 逃げようとしたのだがあっというまに取り押さえられ……やっぱり睡眠薬によって強引に眠らされ……俺の開腹確認はやってくれたらしい。


 術後、目を覚ました頃には霧は晴れて、見上げた空には満天の星空が広がっているのだった。

 レッドが側に付いていてくれた様だ。目を覚まして起き抜けに、俺の内臓に何か問題あったかって聞いたら、特に問題なかったですとか言われました。
 うう、それってつまり無駄な事したって事じゃね?トホホ……

 明日には大蜘蛛を追いかけているはずのランドール達に合流すべく再び、森歩きに戻る。
 ナッツ曰く、連中はだいぶ近くまで来ているらしいし……こっちから出迎えた方が、後を追いかけるよりは早く合流できるはずだとか言っていた。

 で、俺は余計に眠らされたおかげで眠れないので今、夜の見張りを自ら進み出てこうやって引き続き、夜空を見上げている。

 俺は、いつまでこうやって夜空を見上げる事が出来るのだろう。

 数年だけと猶予がないのか。それとも……今俺の背後にある巨大な木が生き続ける限りずっと、ヘタをすれば数百年も……か。あるいは、もしこの木が枯れたとしても種が撒かれ、目を出して命をつなぐ限り永遠と、だったりするのだろうか?
 最終的にはこの可笑しな状況を解消し、その時にやっぱり……正しく死ぬことになるのか。

 どっちにしろ俺にはもう、普通の生活は出来ないよな。
 そんな事を一人、噛締めている。
 ぼんやりとだが、俺は長くは生きれないよなぁとか思っていた。ぼんやりと、だ。特に意味は無いのだが、剣闘士っていう職を経ての冒険野郎だ、何かへまをしてさっさとくたばっちまうんだろうと思ってる。今もその考えは覆った訳じゃねぇし、本来ならもっと早くに死んでいただろう。ガキの頃から結構無茶をしてきたから、決して長生きはしないだろう……ましてや、俺は人間だ、テリー以外の周りの仲間たちは俺に比べれば幾分長生きする種族だから、やっぱり、一番最初レベルで死ぬに違いない。
 でも今そういう生死が、はっきりと確定した未来として開けてしまった。生きている限り、死ぬ事なんてそうそう考える事は無い筈なのにいつしか自分の死って奴を無駄に意識している。それは確実に自分に訪れるのだと知覚してしまっている、それはなんだか変な気分だった。
 人間はいずれ死ぬんだと諦観するよりも、もっと変な気持ちになる。なんだろうな、いずれ死ぬんだと笑えるのではなく、いつか死ぬと決まったんだなって思うとなんだろう……怖い、みたいな感覚かな。
 いまいち良く分からない、このため息が漏れる変な感覚は怖いと表現して良いのだろうか?
 それは気持ちの良い感覚じゃ無い、チキンである俺は故にその感覚から逃げようと思考を切り替える。
 ……いいじゃねぇか。決まっていないよりはいい。
 いずれどうなるのかはっきりしてるってのは悪い事じゃねぇ。俺は、そう必死に思い込もうとしている。
 俺には定まった未来、運命があるのだと上手い事割り切れるって事だ。逃げる場所がある、とも言えるかもしれない……。少しくらいは逃げ腰でもいいだろう?
 永遠に生きるなんてのはくそくらえだ、ゲームシステム的にもあり得ない事だろう。それは何が何でも、デバイスツール使ってでも、正しく直してもらう事になるはずだ。だとすれば、今俺に定まっているのは当然の権利として、いずれ死ぬと言う事。
 そうさ、誰だって……いずれ死ぬんだ。そしてそれはきっと俺にとって、安らかな事だろうと想像をしてみる。運命くらいは俺の為に、少しばかりの安らぎを与えてくれていたっていいじゃないか。今更死ぬのを怖がってどうするんだ?何がどーなってソイツが怖いと感じているんだろう。
 そんな、とっくに答えが出ているはずの問答を星を見ながら心中、繰り返していると……視界の端で何者かが動いたのを知り、振り返る。
「なんだ、お前まだ寝てなかったのか?」
「仕込みをしていまして、これから休ませて頂きます」
 レッドがそのように少し頭を下げて答えた。
「何してたんだ?」
「転移門ですよ、いずれまた――いつか、ここに戻ってくる必要に迫られるでしょう。転移門を開けるように印を」
「……そっか」
 俺は……鳥の鳴く声だけが遠く聞こえてくる静寂の中、訊ねていた。
「……お前、知ってたんだろ」
「何が、ですか?」
 俺達は、互いにその後を言葉にしなかった。か細い火種だけの薪の光の中、少しの間視線を交わす。
「俺の状況について、推測はしていたんだろ?それでもお前の望みは……」
 俺に、生きていて欲しかった。そういう事なのだろうか。かき消えた言葉の続きを察してレッドは苦笑する。
「恥ずかしいですね」
「は?なんで?」
「……感情で行動するって、合理的じゃないです。理由が無い、付けられない。僕がそんな風に行動出来るなんて想像も出来ませんでした。完全に選択肢の中に無かった……だから混乱したのだなと、今冷静に過去を分析してみるんですけどね。それでも僕は自分の行動の全てが理解出来ない。自分の事なのに」
 毛布を広げ、衣服を丸めて枕に整えながらレッドは言葉を続ける。
「それでも、どうしてそんな事をしたんだって反復するたび、僕は自分の行動が恥ずかしいと思う。その気持ちは偽りようが無い、真実なのでしょう。僕は恥ずかしい」
「……俺を、助けた事が……か?」
「どうして僕は貴方を助けたいと思ったのでしょうね?正直僕も自分の事ながらよく分かりませんよ……でも、気持ちは変わりません。出来る限り僕は……いいえ。僕も」
 レッドは言い直して俺に視線を向ける。
「みんな、貴方を死なせたくはないと思っていますよ。みんな、貴方の側に居たいと願っているんです」
 俺はそれには何も答えられなかった。レッドもそれ以上、何も言わないで……休息に入ったと見える。


 深い霧に包まれた朝、俺達は広い沼を越えて、森に歩きに戻った。
 森の中にも霧は充満しているな。しかし元より草木の生い茂る中を歩くので、霧による視界の悪さはあまり気にならない。
 自然という植物の洪水の中、今自分がドコにいるかなどすぐに見失っちまう。地図なんて見たって、自分がどこにいるかはおおよそでしか分からない。目印になる山が見えるでもない、太陽がある方向と、夜空に伺う星から方角を見いだすのが精一杯だ。

 そんな中、はっきりとした見えない『縁』を辿り、ナッツはランドールパーティに同行している天使教の神官であるグランソール・ワイズの居場所を目指して道を示している。
 目的地がはっきりしてるといいな。
 見知らぬ森の中をさまよっているという不安を一時でも忘れる事が出来る訳だし。

 そうやって森を一日歩きまくって二日目、出発して間もなくナッツが反応を示す。
「ワイズも僕らが近づいているのに気が付いたね」
「お前は遠くにいるのをすでに察知してるのに、そりゃ随分遅い知覚だな」
 テリーの言葉に仕方がないよとナッツは苦笑する。
「彼は僕と違って万能型の魔導師じゃないからね」

 昼までガンガン道を切り開きながら前進していたら、ナッツが奇妙な事に気が付いたようだ。
「……軌道修正を掛けて来た?……ワイズ達も僕らに向けて方向を変えてきたな」
「それが何か変なの?」
 正直、何も考えず道を切り開く事に集中していた俺の意見も、アベルのぼやきに前倣えだ。
「おかしいでしょう、彼らは大蜘蛛を追いかけているはず。僕らに合流する事は二の次になるはずです」
 レッドの言葉にああそっか、という顔で納得する約二名俺含む。

 そして、急速にランドールパーティーがこっち目指してやってきた。
 ドリュアート跡を出発して二日目の夕方。
 俺達は4度、ランドールパーティーと合流する事になるのだった。


 そして、なんだかとんでもない事になっている事態をようやく把握する事になるんである。



「わーん!代理ィイィ!」
 薄暗い森の中、鉈を振り上げて目の前の蔦を振り払おうとした俺の目の前の藪から飛び出した、緑髪の長身の男に俺に、ぎょっとして身を引いた。
 こいつは、グランソール・ワイズだな、しかし危うく鉈を振り下ろす所だったぞ!?
 そのようびびっている俺を無視して、ワイズは背後で地図をつけていたナッツに……文字通り飛びついて縋る様な形で半場倒れ込む。
「わ、何だよ!どうしたんだワイズ!」
「ウチの坊ちゃん見なかった?方向的にアレでしょ?ドリュアートから来たんだよね?違う?違うくないよね!」
「グラン、落ち着け!」
 そう言いつつも次に藪を越えてきたのは……テリーの実兄テニーさんだ。落ち着け、と言う割に急ぎ足でナッツの所まで行きワイズを押さえつつ同じような事聞いて来る。
「我々はドリュアート跡を目指していた、方向的にこちらで合っているだろうか?」
「……まさか、迷子になってるとかじゃないでしょうね?」
 壮絶方向音痴のアベルからソレを言われたらおしまいだなぁ……。
「殆ど迷子よ、もう……」
 その次に藪を越えてきたのは……平原貴族種の女の子。
 ……何かおかしいな?不思議と前に感じた『お姉さん』という雰囲気ではない。この子は……『女の子』……だな。最も、貴族種だから年齢的には人間よりずっと長生きだから、見た目では判断できない。恐らくは俺よりもずっと年上だろうけど。
 前に見たのは装った姿だったのかなと、疲れが蓄積して本性丸出し、といった感じの彼女をぼんやりと見やる。
 と、俺の目の前で藪がばっさり切り払われた。
 そして……重鎧装備という冒険者にあるまじき姿の者がのっそりと現れる。
「もー、勝手に先に行かないでくださいよぅ」
 そして、何とも違和感のある声が……間違いなくこの鎧から聞こえましたね?
 俺が呆然と見ているのに気が付いたようだが、俺には重鎧がどこを見ているのか視線が鉄仮面に隠れていてよく分からない。そういえば、この重鎧の人物と会話した事ないな。
「こんにちわ、ええと……この前はご迷惑をおかけしました」
 すると重鎧がギシリと撓ませながら腰を折る。
「社交辞令はいいじゃろ、それより……情報交換する間くらい少し休ませてくれんかのぅ」
「エースじいさんはいいじゃない、ずっと僕らの後ろを浮かんで着いてくるだけなんだから」
「何言っとる、足腰の悪い儂にこの悪路を歩けと言うか。飛行魔法とてそれなりに体力は使うものぞ?」
「エース?……まさか、エース・ソードか」
 重鎧の後ろから現れた竜顔の、ローブを被った……しゃべり方からするとおじいさんらしい人物を見て、マツナギがただでさえ高い背を伸ばしてこちらを覗きこむ。
「ん?おおやはり、お前さんマツナギだったか」
 なんだか顔見知りが多かったんだなぁ。これも経験値に伴う設定の重さの成せる技ってトコか。
「シェイディにはおられない様だったし、ヘルトやタトラメルツで見かけた時はまさかとは思っていたけれど……」
「ワシもじゃ、他人の空似かのぅと思っとったよ」
 お互い顔を付き合わせたタトラメルツの領主での時、このローブのじいさんは確か……目深くローブを被って寝ていたと記憶する。
「お前さんこそなぜまたこんな連中と同行しておるんじゃ……いや、多く聞くまい」
 マツナギの顔色が悪くなったのを敏感に察して竜顔の魔術師は手を振った。
「何はともあれ元気そうで何よりじゃ」
 最後に背の高い、目の細いお姉さんが藪を越えて出てくる。ランドールパーティーの実質軍師であるというリオさんだな。
 そして……合流した大人数を見渡してから口を開いた。
「状況は把握して頂けたかしら?」
「はぁ、おおよそは」
 レッドは苦笑し眼鏡のブリッジを押し上げる。
「もう蜘蛛を追いかけているのではないのですね?そして……貴方がたのリーダーも行方不明ですか」
「……も、ってどういう事だい?」
 む、めざといですね。
 重鎧のなのに甲高い不思議な声の持ち主が小首をかしげている。隠す事でもないとナッツが苦笑して説明したな。
「僕らのリーダーもねぇ、行方不明になっちゃって。先日ようやく合流した所なんだ」
「ドリュアート跡で?やっぱりあなた達ドリュアート跡に居たのね」
 背の高い目が細いお姉さんが更に目を細めて聞き返して来る。そこん所を何より確定で聞きたいらしいな、この人達。
「しかし、貴方がたのリーダー?ランドールさん?僕らは彼を見かけてはいません。これから大蜘蛛の問題を片づける為、事情を聞く為にも貴方がたと合流しようとした所ですし……」
「どうしたっていうんだ、まさか大蜘蛛から攫われたとか、そんなんじゃぁないよね?」
 レッドとナッツが逆に問い正す。
 ランドールが大蜘蛛から攫われる?俺と同じシチュエーションだったら笑えないぞ。いや、笑ってやるけどな、ざまぁみろって。
「坊ちゃんが攫われる?ははは、悪い冗談だよそれ」
 ワイズ、お前今、笑ってるだろうよ。
「攫う事など出来んだろ、攫える者がいるなら賞賛に値するぞ」
「ラン様は強いんだから!そんな間抜けな事あるはずないわ」
 ぐさり。
 一人ダメージ被弾している俺。
「じゃぁ、どうしたっていうんです?」
 一人微妙に傷ついて傾いている俺を横目にレッドが聞いた。
「いやまぁ……何とも珍妙な事なんだけどねぇ。……こっち来てくれないかな、事情は話せる人だから」
 とワイズは、リオさんと言う目の細い東方人を最後に暗闇となった、藪の向こうに向かって呼びかける。
 ……まだそこに誰か居るのか?
 ナッツとレッドが何やら目で会話している。俺はその様子をちらっと見て、再び藪の闇に目を投げた。
「……なんだか覚えのある匂いの人だわね」
 テリーの肩に止まっているアインの言葉に、まるで観念したように影よりも暗い人影が動いた。
 暗視を持っているアベルとマツナギの顔色が変わる。
 アベルなんか剣の柄に手を掛けているではないか。
 おかげで俺も警戒し、少し場を後に下がった。
 暗い影、それがのっそりと藪を越えて現れた。こちらも……全身鎧だな。しかも真っ黒だ。上から下まで、隙間なく黒い固まりが静かに兜を脱ぎ捨てると、中途半端な長さの頭髪も黒だ。しかし肌の色は対比して白く嫌に目立つ。
「……誰だ?」
 今は夕方で森の中だ。薄暗くて俺には誰だかよく分からない。
 しかし嫌な予感がするので黒い人物の頭上あたりを意識して見てみると……やっぱり。

 赤い旗がついている訳でして。

「……久しぶり、になるかな」
 声、聞いた事あるな。
 リコレクトして俺は目の前の人物の正体を悟る。
「アービス?」
「特に名乗ってなかったけどね、憶えてくれて光栄だ。ヤト君」
 段々と闇に包まれる森の中、気を利かせてかレッドが照明魔法を働かせてその姿がはっきりとする。
 玄武と呼ばれる黒亀の鎧を纏った、見た目は悪者には見えない好青年……と、言ったら今は完全にどつかれるな。
 鉄仮面越し、剣を交えた状態で覗き込んだ顔しか覚えてなかったけど……こうやって兜を取るとはっきりするんだ。
 色彩こそ違う、背格好も同じとは言い難い。
 でも……俺でも分かる。

 こいつ、何でか知らんが俺に……似ている顔をしている。

 黒い髪と黒い目の男は静かに頭を下げた。
「……敵意はない、暫く戦いは預けて欲しい。協力しろと云うのならなんでもする。頼む」
 何を頼むのか、アービスは下げていた頭を更に、ゆっくり上げた。
 俺から見て右側、奴からは左の頬に模様があるな。魔王八逆星が全身に纏っている法則性の無い、謎の紋様だ。それが奴は半身にしか現れていない様である。
「今は見逃してくれないかな」
 それは『俺』に向けての言葉だとようやく理解した。
 確かに、俺は魔王八逆星を『滅ぼす』と宣言している人物である……が。でも姿を見たから見境無く襲いかかるような事はしないぞ?そこまでじゃない、そこまでやっちゃうのはむしろランドールの方だ。
「ワケがわからん、なんでお前が勇者様御一行と一緒に行動してるんだ。その理由を説明しろ、パーティーリーダーがまずそれを……許さんだろフツー?……いや、行方不明?」
 あのランドールが、魔王軍、しかも八逆星の一人の同行を許すとは思えない。いや?アービスが肩書に口を閉ざしていたのならばありえなくはないのか?とにかく、そこら辺もよく分からん。
「だから、それを説明するんだって」
 ワイズは長い前髪に隠された顔から唯一除く口で笑いながら言った。常に笑っている顔のイメージがあるのだが、隠されている目も笑っているとは限らないよな。
 見た目とは裏腹に狡猾な奴だ、というのはすでに知っている。本来ならレッド以上に警戒してもいいのだろうが、ナッツがのほほんと対応している所……外見イメージ通りの人なのかな?とも、戸惑っている。いや、ナッツの言動からすると、ワイズの事を完全に信頼している風ではないんだよな。でも、今は警戒している風ではない。
 ワイズは説明したいんだけど、ともう一度前置きをしてから片手を手を上げて、言った。
「あ、でもドリューアート跡に坊ちゃんの手がかりが無いと云うならその前に……」

 休憩を取らせて、と……倒れ込むように崩れ落ちた。
 それを見て、ランドールパーティの多くが同じ事を唱え、しゃがみ込んでしまう。

 あー、やっぱり色々限界だったんだな。お前らの移動力絶対異常だと思ってたもん。


 とりあえず大人数の野営を行う場所を確保し、そこまではなんとかご足労頂いた。
 ナッツのどこでも医療室開業中。
 ちょっと覗いてみた所、全員足が死んでますな……見るも痛々しい状況になっている。
 女の子も居るからあんまりジロジロ観察する訳にはいかないが、紫色に腫れ上がった足をさすり、湿布を貼り付けて包帯で巻き上げたものをゆっくりと慎重に解いている……平原貴族種のシリアさん、元東方白魔導いうリオさんの状況にはご愁傷様というよりもむしろ、腹が立って来た。
 ランドールめ、女の人にここまで苦労を強いてまで歩かせるなんて最低だぞ!
 ウチのパーティーの女どもと違って、シリアさんやリオさんは全然か弱い方の女性だからな。ちゃんと気を回してやるべきだろ。そこんとこ、ウチの女性陣のアベルとマツナギはヘタすると俺やテリーより体力と持久力が在るはずだ。マツナギは傭兵戦士としてナッツの護衛を果たしている立派なレンジャーだし、アベルは種族的なポテンシャルの高さで全部凌駕しているタイプの魔法剣士である。……よっぽど俺とテリーの方がヘタレだろう。対して、ランドールパーティーのシリアさんは、ランドールに憧れて里を飛び出してきた家出娘であって、多少魔法などの心得はあれど冒険特化している訳ではないし、リオさんなんて魔法使えないし魔種でもなんでもない、俺と同じフツーの東方人らしいじゃねぇか。ただまぁフィールドワークであちこち歩き回って居るのでそれなりに足腰には自信があった、とは言ってたけど……。
「一度十分に休むか、ペースを落として歩いた方が良いよ」
 ナッツのそんな、当然とも思える言葉に反論したのは、元白魔導という東方人、細目のリオさんだ。
「……そんな悠長な事を言っている場合ではないの」
「そうよ、早くラン様と合流しなくちゃ!」
 ……肉体はどうであれ、精神的に強いというのは……双方パーティの女性陣に当てはまる事なのかな。
 いや……ウチの女性陣が精神的に強いかどうかは……微妙か。


 ランドールパーティの意向はとりあえず無視する方向で、やや長期休息の準備を整える俺達。当然とアービスにも手伝って貰う。
 薪拾いをお願いしようとしたがこういう作業は初めてらしく、慣れてないみたいだからマツナギの食料現地調達に同行させた。
 ……いきなりそんなに信用していいのかって話だが、不思議とこの人は大丈夫だろうという穏和なオーラを纏っているんだよな、あの赤旗魔王八逆星の人……。

 リコレクトするに、タトラメルツで俺がいろいろと暴走した時も、どこかこっちを庇うような事ばっかり言ってたな。
 だがその時は状況が状況だけに俺はアービスの事、バカだなって思った。
 どっちに味方をすればいいのか迷っている、そんな様子が伝わってきて……ああこいつバカだ、と率直に思ったのでその通り、言ってやったっけ。
 自分の意見をちゃんと持っていない、周りの状況にただ仕方が無く流されている、そういうバカな奴だって俺にはすぐ分かったんだ。
 でも今は、ちゃんと自分の意思で動いているんだろう。言葉に迷いが無かったから信用してもいいと思う。

 俺は大量の薪を拾い集めながら、リコレクトを交えて色々考えながら狭い空に向かってため息を漏らしていた。
「しっかし、あれ本当にお前にそっくりだな」
 すでに多くの枯れ木……枝じゃない木だ、豪快な……を背負ったテリーが戻ってきて俺に声を掛けてくる。
「お前、ちゃんと薪を拾えよ薪を!」
「いいじゃねぇか、こいつはしっかり枯れてるから持ち帰って粉砕すりゃいいだろ?」
「テメェでやれよ、俺は手伝わないからな」
「別にそんなの期待してねぇよ、それよりお前の感想はどうなんだ?」
 ……だから、どうした。
 世の中には同じ顔をした奴が3人は居る、とかいう話もあるんだぞ。
 ……まさかテリーさん、顔じゃなくて性格がとかいうトラップでも張っているんでしょうか?いやぁ、それはないと思うが。何はともあれ俺は、嫌な顔で振り返っていた。
「知らねぇよ」
「知らないという事情は信じたい所だが、それでも色々疑いたくなる気持ちも分かるだろうが」
「だから、知らねぇってば」
「……知りたくねぇの間違いじゃねぇのか」
 枯れ木を背負ったテリーが俺に背を向ける。
「もしかすれば……だぞ?お前が把握してねぇ出生について何か解るかもしれないんだぜ。それなのにお前は知らない、関係ないって言ってる訳だろうが」
「……ああ、成る程」
 普通にその可能性を切り捨てていたな、俺。
 だから俺は、知りたくないと言っていたのかもしれない。無意識の言葉に今更気が付いて……俺は乱暴に足元の、長くて運び辛い枝を踏みしだき、折りたたむ。
「じゃ、色々と聞いてみるよ」
 俺があっさりそのようにテリーに返したら、ちょっと驚いたように奴は振り返った。それで周りの木々に引っかかってパラパラと葉が落ちてくる。
「なんだ、怖いとか嫌だとかいう訳じゃねぜんだな」
 奴め、少しニヤニヤしている様な気がする。剣の柄に付加して貰った明り魔法だけが頼りの暗闇の中なのではっきりとは見えないけれど、その様に感じるのは……やっぱり俺の心の迷いか?
「別に?今更何が怖いってんだ」

 失うモノなどもはや……何もない。

 俺は今確実に、そして着実に……典型的な勇者って奴の階段を登っている状況にある。楽しくなんかないぞ、一段一段踏みしめるたびに激痛が走るような……そんな自虐の道だ。
 上に上がるたびに大切なものをひたすらふるい落としてしまう。そんな宿命とか、運命とかに背を押されている気分になる。
 勇者などというものに憧れた事など俺は、一度もない。
 俺が憧れたのはカッコいいともてはやされる剣士であって勇者ではない。勇者なんてものは絵空事の上に在るものであって実在しないんだ。それくらいは解っている。

 この世界に準じた解り易い例えをするなら、勇者という称号を頂いている人物はシュラードとかルミザだろうな。どっちも方位神という触れ得ない、伝説上の『人格者』だ。
 元々実在した、とかいう話もあるらしいが……今残っているのは間違いなく精神的な側面でしかない、要するにキャラクターだけが存在していてそれが宗教になっていたり、伝説を語っているだけ。シュラードやルミザというキャラクターが一人歩きしていまも語り継がれているに過ぎない。
 シュラードは西方方位神で一度西方を統一したという、エルエラーサ国王で後にディアスを建国したとされる。ディアスにおいて王は柱……つまり、神だな。柱は神を数える単位でもある。人柱という言葉は、この世界では方位神シュラードの説話から生まれている位だったりするぞ。
 それからルミザ。南方方位神で例の、南国カルケードでミスト王から聞いた『北神の恋』とかいう説話にも出てくる、聖剣士という称号を自動的に継承する宿命らしい奴だ。方位神の説話の中では……確か、二回ほど勇者の立ち回りを行っていたはずだ。
 むしろそのように『勇者として死ぬ』のがデフォで備わっている様なキャラクターなんだろう。
 ルミザは眠りにつき……そして再び目を覚ます。南国において、眠りとは死を表す隠語だからな。

 俺は、出来れば回避したいぞ?
 本音を言えば別に、俺は勇者になりたかった訳ではないんだから。ただちょっと、ランドールに対抗しただけであり、勇者という単語の『悪い方の意味』で、色々と冗談半分に唱えていただけだ。
 誰が好き好んで茨の道を行くか。
 しかし俺は今……その茨の道を進んでいる。もはや否定はしない。だからと云って自暴自棄になるつもりもない、そんな事をしたい訳でもない。

 それをやってしまったら、実は一番守りたいと思っているものが守れない事を俺は……ちゃんと知っているんだ。

 これ以上、俺が自棄を起こすような事実があるというのか?いや、そうじゃないな。
 今更何を知った所でもはや俺には、俺の人生にはあまり関係はない。問題なのは俺を取り囲む周りの環境だ。

 俺が守りたいのは俺じゃぁなくて、俺を取り巻く環境の方。
 すなわち、広い意味で捉えてこの世界だ。
 うん、ちょっと広すぎだってのは解ってますハイ。

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那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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