異世界創造NOSYUYO トビラ

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9章  隔たる轍    『世界の成り立つ理』

書の7後半 故にア・イ『それが無いとつまらないじゃない?』

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■書の7後半■ 故にア・イ Love is reason

「とにかく、あたしの友達なの。燃やしちゃダメね」
「ふん、まぁいいわ。アインの友達なら仕方がないわね。特別にあたしの庭に入るのを許してあげる」
「ありがとっ、ペレーちゃん!」
 アインは再びまだ温度が軽く数百度はありそうな人形に抱きついた。
「で、アイン。その人……は?」
 マツナギが戸惑いながら尋ねた。
 そうだな。これは人、なのかどうか微妙な所である。しかしこの奇妙な死の国、普通喋らないものが喋る『神』の国だ。もはや石像が降ってきて動いて浮いていて喋っていても無用に驚かないな、俺達。
「あたしが生まれた時からお友達のペレストロイカちゃん。あたしの卵を孵してくれた人なの」
 ペレストロイカとはこりゃまた……ごっつい名前でございますな。リアル知識を引っ張ってくる限り、20世紀にあったというソ連とかいう国で起った改革運動が脳裏に出てくる。……俺がバカなのはこっちの世界設定によるんだ、リアルでは一応それなりの知識はあるんだからねっ?!
「……再構築、ですか」
 レッドが小さく呟いた。奴の事だ、ペレストロイカというのがリアルにおいてどういう意味であるのかは俺より深く把握しているだろう。逆に俺には、旧ソ連というかロシアというか、そっち方面のあんまり関係ないだろうイメージが湧くだけである。
 それでいてこっちの世界で、どういう意味があるのかって……のも分かっているはずだ。分かっていてそう、口に出したのだろうなと思う。
 リアルでの事情を口に出すのは、仮想世界であるトビラの中ではタブーである。何度も言うが、具体的には経験値取得領が減る、マイナス行為だ。
 レッドは勢いでミスを冒すような奴じゃない。とすれば、ペレストロイカというのがリアルのどっかの言語で……恐らくロシア語で、『再構築』とかいう意味があり、こっちの世界でもそういう様な意味になっているという事だろう。
 俺は頭を掻きながらレッドに聞いていた。
「パスさんもそうだけど、名前に何か意味があるのか?」
「そもそも、名前とは誰が付けるものでしょう。自分から名乗る場合もあれば、他人がそれを形容する為に関連付けされた名前を与える場合もあります」
 そうだな、名前なんぞ無いと主張すると勝手に周りが名前を付けちまう。そんなもんだ。どうでもいいと放置すると酷い名前になっちまう事がある。俺にもよく『覚え』のある事だ。
 自分を形容する名前なんてどうでもいいというのなら、他人に命名を任せてしまっても良いだろう。
 そういえば、パスさん……彼女は『カトブレパス』というのが正式名称らしいが、そうだと彼女から聞いた訳ではない。パスさん自身は自分の事を『パスと呼ばれている』と言ったはずだ。
 と云う事は、その名前は彼女が選んだものでは無いのかもしれない。
 誰かが、もしくは……何かの要因が、その様な名前を彼女に与えたのかもしれない訳だ。
 俺は、鎧の隙間に隠れているノイ……ノーデライを伺った。
「お前の名前はどうなんだ?」
「……さぁな」
 しかしなぜかノイは惚けて答える。ノーデライ……その意味は、なんだろうな。戦士ヤトだと学が無いので、当然魔導師たちが使っている古代語に殆ど理解が無い。ただ、出身が東方なので多少は、一般的に使われているリアルにおける横文字があったりもするのだが。
「で、アイン。こんなに大勢で何の用事?そこにいるのはノーデライ?」
 ノイは熱いのか鎧の隙間から出てこない。
「久しぶりだなペレー。相変わらず溶岩流に身投げばっかりしているのか?」
「身投げはあんたの得意技でしょ。そういうアンタは相変わらず虫じゃない」
「言ってろ」
 再び熱くなり始めたペレーだったが、ノイを会話をする間にすっかり冷えてしまった。
「イーフリートが戻ってきてるんじゃない?」
 アインの言葉に、石人形は小さく頷くと言うか実際には傾いで、くるりと背中を向けた。
「ウェシャナならこの先に籠もってるわよ。珍しく黙りしてるから追い出さないでいるけど……さっさと森に帰ればいいのにね。あの女だってまだ、居るんでしょ?」


 石人形の後を追いかけて山を登るに連れて……彼女の所為ではなく、普通に俺達が活火山の環境に耐えられなくなってきた。
 空気が乾燥しているならまだしも、まとわりつく空気がまるでサウナみたいに高い湿度を適度に保っていて、息を吸うたびに喉の奥まで焼けるようだ。
 堪り兼ねて、レッドが充満している水分子を連結させて冷気の層を作って防御してくれなかったらこれ以上、俺達はこの山を登るのは無理だったろう。ノイもずいぶん苦しそうだ。
 植物や生物の気配はとっくに消えている。
 足下はぶつぶつと尖った黒い岩、オレンジ色に輝く溶岩の川を迂回しながら、アインを先頭に突然吹き出す蒸気の穴を回避しながら進む。距離的にはそれ程遠くないのに、たどり着くまで随分時間をくっちまった。
「アイン、お前こんな所でよく平気だな……」
「そりゃぁ、あたし一応炎属性のレッドドラゴンだもの」
「しかし、転生者の国というのは分かるとして……悪魔のように突然木の股から生まれるわけではないでしょう?貴方を生んだ両親が居るはずです。貴方は一体誰を父母としてこんな所で生まれたんですか?」
「さぁ、よく分からないわ」
「アインは卵でこの国に来たのよ」
 と、アインの先をふわふわ浮かんで進む石人形のペレーが振り返って答えてくれた。
「ここには人間が殆ど住んでないわ。それでも、たまに業を背負ったものが赤い海に流れ着くの。……私とあの女は、そうやってこの国にやってきた。アインもそう。卵でここに流れ着いたのよ。最も、誰も私もそれが卵とは思ってなかったんだけど。みんなただの丸い石だと思っていたみたい。それが、たまたま私の手元に回ってきたのよ」
 それでペレーの手元でアインは卵から孵ったって訳か。……ドラゴンにインプリンティングとかは無いのか?在ったらアイン、この動く石造を親だと思い込んだかもしれん。
 アインにはペレーが親だという認識は無いようだ。大切なお友達、という認識ではある様だが……むしろ、どういう経緯で死国に生まれたのかも特に知らなかったっぽいな。
「え、そうだったんだ!ペレーちゃん、どうしてそう云う事ちゃんと教えてくれないのよ!」
「だって、そんな事聞かなかったじゃない」
 成る程、確かにペレーとアインは長い付き合いであるようだ。考え方が良く似ている。
「貴方とパスさんは……」
「アイン、話してないの?」
 レッドの言葉を遮って、ペレーはアインに言ったようだな。
「何を?」
「あたし、あの女が、大ッ嫌いって事」
 あの女と、ペレーが言っているあのは間違いなくパスさんの事だろう。
「分かるわよね?」
 偉そうな口調でペレーが再び振り返った。

 彼女がそのようにして、俺達に何を望んでいるのか……まぁ、分からないでもない。

 色々と追求しようとしていたレッドが口を閉ざしてしまった。
 しかし俺達6人と一匹。全員が全員聞き分けが良い子達じゃりませんからなぁ。
「そんな言い方されたら、何があったか気になるじゃない」
 ぼそりとアベルが不機嫌に呟いた言葉、それをしっかり聞きつけてペレーの温度が再び上昇。
「何よ、何か言いたい事でもあるの?」
 あるからぼやいたんだと思うが。
 ええと、巻き込まれるのが嫌なので俺はどっちの擁護もしないぞっ!
「何も話したくないなら、思わせぶりな事なんて口に出さなきゃいいじゃない」
 文句あるなら言えば?と、ケンカ売られたら即買いするのがアベルさんクオリティです。ああ、俺は知らない!知らないぞ!
「あたしは何も言ってないわ」
「ふぅん?そう。じゃぁ無意識なのね」
 俺は耳を塞いでアベルさんに場所を譲るべく引き下がる。聞こえない、俺には何も聞こえないッ
「……あたしの機嫌を損ねたって、損をするだけだと思うわよ?」
 ペレーは挑戦的にそう言ってアベルににじり寄る。
「へぇ、アインの友達は燃やさないって言ったのに。その約束破るのかしら?」
 おおあ、なぜお前さん達はそんなに敵意むき出しで会話をするのだ!
 耳を塞いでいるはずなのだが完全にシャットアウト出来ないのが辛い。
 ペレーの温度が再び数百、あるいは数千度にまで引き上がった気配がする。
 レッドの防御壁があるとしても、気迫に負けて距離を取って背後に下がった様に見えたが……視線はまっすぐペレーを見据えているぞ、これは引き下がる気配がないって奴か。
 奴も有能種、外見通り『炎』属性である。燃えるような赤い髪と赤い目はイシュターラー先祖返りによるところ『赤炎龍種』であるとかナッツあたりから聞いた事がある。だからと言って暑いのに強い訳ではないらしいけど、間違いなくあの気性の荒さは炎だよなうんうん。
「何よ、あんた。何様?」
「何様って程の者じゃないわ。アンタこそ何様よ。こんな茫々とした火の山の主でもやってて、何が楽しいんだか」
 流石のアインも展開に困って俺の足にしがみついてしきりにこっちを伺ってくるが……やめてアインさん、そんな切ない瞳で俺を見ないで!
 テリーとかナッツも肩をつんつん叩いているようだが……だから、どうして俺を前に出そうとする貴様ら!
「この国にはこの国のルールがあるのよ。外からやってきて何を偉そうに……ここは、この山はあたしの場所なの。あたしがルールなのよ。本当はこの国の全てを燃やし尽くしてやりたい所だけどね……!」
「私はこの国の事は知らないし、あんたが全てを燃やせる程力があるってのも知らない。そうしたいならすればいいじゃない。実行もしない癖に……口で言うなら誰でも出来るわ。大体、この国はいいとして世界って、あんた一人で出来てるものじゃないでしょ?構って貰えないからって、ひねて閉じこもってるような奴相手に……アインも人がいいわよね」
 突然アベルとペレーの周りの土から水蒸気が吹き出した。
 が、二人とも動じない。明らかに、二人の間の温度があり得ない具合になっている。
「そろそろお止めになっては」
 レッドがこっそり俺に耳打ちしてくる。
「だから、どうしてそれを俺に言う!」
 俺は耳を塞いでついでにそっぽを向いている所言い返した。
「お前の仕事だろ?奴の暴走止めるの」
 テリーが真面目な顔で言いやがる。
「いつから俺の仕事になったんだよ!」
「お前が自分の暴走を止めるようにお願いしてるんだから、逆もしかりって奴じゃないのかな」
「酷い、ナッツさん!日和見!」
「とにかくヤト、あれはまずいよ。何とかして」
 ま、マツナギさん!何とかしたいならまず自分から動いたらどうなんですか!全員が全員俺の背中を押しやがる!
「こんな時の人柱じゃない、ヤト!」
「だーから、人柱言うな!」
 暴走止め役を一方的に押しつけ合う俺達に構わず、アベルとペレーはすでに視線で人を殺せそうな程睨み合っている。
 あ、あれをどうやって止めろというのだ!

 すると、俺の肩あたりでため息が漏れる。

「仕方がないな、俺もそろそろ限界だし……お前達。にらみ合うのは止めろ」
 鎧の隙間から頭を突き出して、突然喋り出したのは……ブルーメタリックの昆虫。
「俺は昔………悪いドラゴンだった」
「……何?」
 ノイは少し大声で告げる。
 睨み合う二人にも聞こえるように……だろうな。
「俺の名前に意味は……ある。憶えている、俺は……ライという名前のドラゴンだった。長い生の間に知恵を付け、南方の森で多くの生物達を脅かした。まだ南国に二つ国があった頃の話だ」
 突然語り出したノイの話は……真実なのか?
 ついナッツやレッドを伺うってしまう俺である。レッドは少し思い出すように視線を斜め上に上げた上で小さく頷いたな。

 つまり、そういう『説話』はある、という肯定だろう。

「森の奥に住んでいた俺は、ファイアーズ国と共存していた。俺の言う事を聞かないと、国を滅ぼしてやると殆ど、脅しながら……な。森を、草原を全て焼き払ってやると脅して、実際何度かそのように酷い仕打ちをして。長い間……俺が満足するような供物を差し出すように強要していた」
 アベルが怪訝な顔で振り返り、ペレーがふっと熱を消してその場に着地する。
「……ある日、ファイアーズ国に勇気ある王子が生まれた。生意気な王子だった、俺を恐れずに興味本位で俺の所に通うようになった。王子は、閉鎖的で何もない自国に飽きていたし、失望していたようだ。南方大陸北に位置する隣国カルケードをうらやましそうに語った。俺は、自分が満足する事だけを考えていて……ファイアーズ国の更に向こうに国がある事なんて知らなかった」
 レッドが眼鏡のブリッジを押し上げる。
「ああ、南国統一に伝わる……ラスハルト王子の説話ですか?もしかして」
 ようやく詳細を思い出したように呟いたのに、ノーデライは少し驚いたようにレッドに触手を向ける。。
「ラスを知っているのか」
 レッドは、小さく首を振る。
「それが、どれだけ昔の話だと思っているんです。ラスハルト・A・ファイアーズが自国を苦しめる竜を退治する為にカルケード国に助力を願い、その為に自分の国をカルケードに差し出したのは……恐らくは第六期後期の話ですよ。今から数千年前の古い昔話です。南国がファイアーズと和解した時に確か、珍しく南国なのにドラゴンの説話があるのですよね……とは思いましたけど……」
「俺は、その時討伐されてしまったからその後、自分がどうやって語られているのか知らない。だけど……どうにも自分が悪いドラゴンだったらしい事は分かっていた」
 第六期か……ちなみに今第八期な。
 百年一世紀とかいう数えとは違うもので、世界を揺るがす大きな出来事を区切りにして変わるとされている。六期から八期までの間にどれくらいの年月があるのか、というのは歴史を研究してる人達で千差万別に言われるらしい。誰がどう制定するのかも良く分からんのだが、八国か、それに近しい数の国のテッペンを揃えてで決める……らしい。うん、正直良く知りません。

 俺がリコレクトできる知識によれば、六期というのは魔物・魔種との差別が酷かった時代であり、その後南国カルケードの『革命』が起ってごちゃごちゃした時代だ。
 世界全体で見たら地形がらりと変わってしまう程の天変地異もあったとか。
 そんなんで、今となっては史実がはっきりしてない事も沢山ある時代であるらしい。

「ファイアーズの王子ラスはそのうち……俺にとって、良い話し相手になっていたんだ。気が合ったんだろう……俺は、あの生意気な勇気のある王子と仲良くなったつもりでいた。支配してだらだら生きるのに飽きていた俺は……ラスに提案したんだ。そんなにカルケードが羨ましいなら、俺がお前の為にお前をカルケードの王にしてやろう……ってね」
 力あるドラゴンが……気にいった者のに肩入れしようとした訳だな。レッドは眉を顰める。
「……ラスハルト王が、その説話の上で討ち取られたドラゴンと親しい間柄だった、という説話は伝わっていませんね」
「そりゃそうだろう」
 ノイは呆れたような声を出す。
「仲良くなったと思っていたのは俺だけだった。実際はそうじゃなく、ラスは国に寄生していた俺を疎ましく思っていて、仲良くするフリをしながら討伐する隙を伺っていただけなんだから。全部俺の首を掻き切る為の芝居だったんだ。俺は……騙されていたんだよ」
 ノイは一端言葉を切る。少し間を置いてから言葉を続ける。
「騙されたって気づいた時、しかたがない事だと思ったけど……でも、その後俺はその過去を引きずってここで生きなきゃいけなくなった。俺は、悪い行いをここで償う必要に迫られたんだ。そのうちに……仕方がない事だったのかどうか分からなくなった」 
 もう一度言葉を切り、ノイはしみじみと呟く。
「悲しかったな」
 それは、長い年月の間に噛みしめた、過去の記憶に対する評価なのだろう。
 本当なら悔しいとか恨めしいとか。親しいと思っていた人から裏切られて恨み辛みの感情を抱いてしかるべきだと思う。もっとも、それを悟った瞬間死んだのだから本来ならばそれで終わりなのだろう。
 そういう怨念をもって死んだ生物は放置すると死霊となって甦る場合があるが、恨まれていると知っているなら尚更しっかり弔う、という習慣がこの世界には古くから在る。
 それだけ、死を悼まない場合死霊化して暴れるという事象は昔からある、という話でもあるよな。
 ファイアーズを悩ませたという悪竜は討伐されたのち丁重に弔われているはずだ。数十世紀経った今でも説話が残る、という事はすなわちそういう事である。ノーデライの説話は数千と過ぎた今でも伝説として残り、かつて南国にあった悪竜を弔い続けているんだ。

 ところが、死を弔って貰って死霊化はしなかったとしても、だ。

 システム的な問題から、ノーデライの前世である悪いドラゴンのライは悪い事をし過ぎてしまっていたのだな。見えない数値である経験値が、物凄いマイナス値を叩き出した事だろう。
 ライは死んだのだが業の深さが解消されてない。おかげで数千年立った未だに死の国で『ライ』としての人生から抜け出せない……と。

「俺は、一生虫かも知れないな。それだけの悪行をやったんだろう。ちなみに……俺も昔はこの国で、人間だったんだぜ」
 その言葉に、ペレーは驚いたように小さく身を傾ける。
「赤い海に流れ着いた非力な人間に転生して……思い出される記憶を元に、何時しか俺を騙した人間を恨んで過ごした。そんな風に荒んで過ごすウチに今では虫だからな。非望の内に死ぬたびに非力な生物に転生して、俺はずっと……苦い記憶を思い出してしまっては自傷まがいの行為を繰り返したものさ」
 今、払い落とせば下のマグマに落ちて死んでしまいそうな貧弱な虫が……この場に居る誰よりも歳を重ねた存在って事か。死国において、ノーデライの話が嘘とは思えない。ましてや今も残る伝説に確かにノーデライという悪竜は存在していたと云うのだからな。
「何故ラスが裏切ったのか?どうして俺は裏切られたのか。暫らくずっと、その先を考える事が出来ずに……どうして、何故と、苦しい思考を繰返しては止め、止めては繰返した」
 レッドが何故か神妙な顔でそっぽを向いた。なんでかは次にノーデライが言った言葉で俺も理解する。
「俺は、ラスから愛して貰えなかった事に絶望していた。ずっとずっと、その逆の発想が俺には出来なかったんだ……俺は、誰でも良い。愛してもらいたかったんだって事に。だからこそラスが望む事を叶えてやろうかと言ったんだろう。ラスの関心を引きたかった。誰もが恐れて俺の機嫌をうかがう中で俺の前に立って言葉を交わす、勇気ある王子の存在を俺は、無視出来なかった。何をしてでも俺は、関心を引きたかった。自分が望んでいる事を知らずに、忘れ去られる事だけが怖くて恐怖で、関心を引き続けていたんだ」
 ノイは熱っぽく語った後、静かにため息を漏らす。
「俺はバカだったんだな。何千年もただそれだけの事に気が付かずに、ついには虫になってしまって今だにここにいる。ようやく最近分かってきたんだ。悪かったのは……俺だったって事」
 ブルーメタリックの頭の角を突き出すのを、俺は危ないから止めろと指で押しとどめるのだが存外、この甲虫の力は強い。流石、見た目カブトムシっぽいだけはある。
「ラスは悪くなかったんだ。この俺の人生は誰の所為でもない。俺の所為なんだって事」
 ペレーは……突然のノイの話に戸惑っている様だ。
「そ、それが……何だっていうの?」
 「俺は、この話をお前にしたかったんだよ。ずっと、お前に話そうと思っていた。でも一人じゃ火の山に登れないし。……パスにはこの話、すでに話してあるんだ。パスからお前ら姉妹の話を聞いていたら……なんだかこのままだとお前らは俺の二の舞をしそうだと思ってさ。ようやくお前にも話す機会が出来たな」
 てゆーか。
 姉妹?姉妹って……何よ。俺は突っ込みたいが、今そういう雰囲気じゃないので黙っております。
「余計なお世話だわ」
「パスを悪く言うのは止めろよ」
 ノイのその言葉の後、かっと瞬間的にペレーは熱を帯びた。
「このあたしを、こんな惨めな姿にしてくれたあいつを、恨まずにどうしろって言うの?」
「パスだってお前にしてしまった事を悔いてるんだ。だからお前と話がしたいが近付けない。気を使っているんだろ。それに……パスは俺の話を聞くまでもなく、お前の『自殺』を止めたかったからそういう姿にさせたのだと思うぜ」
 レッドが何かに気が付いたように少し俯いた。アベルが呆れたようにため息を漏らす。
「何だかよくわからないけど、とにかくこんな所に閉じこもってないでって話よね?」
 んー……そうだろうか?
 バカ底辺の俺はアベルと同じ思考レベルなので思わず悩んでしまいますが。
 そのように昆虫を窺うと、小さな首を横に振ってます。虫もこういうぐさすると可愛いもんだな。
「別にそう言う意味じゃない。ただ……もうちょっと仲良くしてもいいんじゃないかって話だ。もしこの国の全てを全部燃やしてしまったら、その分長くお前はこの国から出る事が出来ないだけなんだよ。多分、今よりずっと惨めな事になる。今の俺のようにな」
 しかしペレーはそっぽを向いた。
「ふん、別にアンタから忠告されなくったって……暴れた所で。溶岩に身を投げた所であたしはあたしから脱出出来ないって事くらい、分かってるわよ」
「……そうか。ならいいんだけど」
 ノイが意外そうに小さな首を振ったな。明らかに疑っているようである。そうだな、あの石娘アベルと同レベルでアホそうだもんな。
 だが、再び熱を失って石人形は静かに告げる。
「不本意だけど、だから大人しくしてるんだしね……だから」
 ペレーはアベルを少し意識したように揺れた。
「あたしの事は放って置いて」
 事情は分かってないっぽいが、どうにも引き下がらなきゃいけない空気は読んだらしい。アベルはしぶしぶ、引き下がるように口を閉ざした。
 それから訪れた僅かな沈黙を破ったのは、脳天気そうなチビドラゴン。
「へぇーノイって昔ドラゴンだったんだ……。ところで、ラスハルトは王子だからともかく、ノイって性別どっち?」
 アインさん……この物語が一応シリアスだって事をぶった切るようなつっこみはすんな!腐女子自重!
 ……いや、こういう殺伐とした雰囲気をあえて、粉砕する為だろうけど。
 アインは……成りは小さいけどもの凄く気の回る奴なんだよな。でも振るべきネタとしてそれはどーよ。どうなのよ。
「南国のドラゴンに性別はありませんよ、と。昔誰かに話しませんでしたっけ?」
 あー、そう言われれば確かに、レッドからいつかそんな話を聞いたような。
 俺がリコレクトするより早くナッツが答える。
「スウィートでの事かな。ほら、アベルがさ。アインの性別ってどっちだろうって話をした時に」
「そうでした。南国ファイアーズに討伐された魔竜がいた、という説話をあの時思い出しましてね。確か、そのドラゴンは性別が無くて個体で卵を産むとかいう話を思い出したんです」
「残念だったわね、アイン」
 何が残念だったのかはヒント・腐女子でお察しください。
 でも、どっちでも良い展開ね、とか怪しい含み笑いを漏らしているアインである。
 おお、怖い。ナニが良い展開なのかよく分からないがその含み笑いおっかねぇ腐女子。
「あれあれ、何か騒がしいと思ったら」
 言葉的にはおかしい所はないのが。
 聞くにイントネーションがおかしい言葉が聞こえて俺達はそちらを振り返る。
「珍しい人が来とるね、」
 声がする。がしかし。

 姿が見えない。

 キョロキョロする俺達に、こっちこっちと声がする……その先には、真っ赤な溶岩流があった。
 ……動物や虫、石人形でさえ喋るんだからもはや、木々や石ころが喋ってもこの場合、不思議じゃないのか?
 まさかとは思うが……いや、まさか?

「ウェシャナ、ようやく喋ったわね」
「そりゃ、気分的に黙りしてたい時だってウチにもあるんよ?」
 ……もしかして、いやしかし……

 溶岩がしゃべったりするんだろうか?

「アインも久しぶりやね、元気そうで何よりやわ」
 姿の見えない声に、アインは何も驚く事などないという風に返答する。
「イーフリート、どうして今まで黙ってたの?」
「潮時かなと思ったんや。……例の時期が来た訳やろ?ウチとしては……ペレーちゃんとパスちゃんの問題どうにかしてやりたいと思っとったんよ。どうすればいいもんやろって思って、悩んでたん」
 俺は溶岩を指さしてアインに無言で確認してみた。が、いまいち意味を組んでくれない。アインはアインでこの島の異常な生態を何も疑問に思ってないんだろう。レッドが呟いた。
「もしかして、この山……いえ。この島全体がイーフリートなのでは?」
「流石魔導師、鋭いねぇ。本来はそう云う訳じゃないんやけどね。偶々に、色々あってそんな感じになってもうたのね」
 
 てことは、それでビンゴか!!この、剥き出しになった山の生きている部分が一番『イーフリート』に近いからアインは、ここに俺達を連れて来たのかよ。

 溶岩に向かってお話する、というのも奇妙な感じだ。

 イーフリートのウェシャナさん……この変な訛りであるからしてやっぱり、大陸座イーフリートは開発者のイトウ―サナエさんで間違いなさそうだ。
 勿論彼女は元々この『トビラ』世界において普通の人間のキャラクターだったのだ。ドリュアートのマーダーと同じだ。ウェシャナはこの島の管理を任されてから……双子の姉妹が引き起こした闘争に巻き込まれて、その時に溶岩の中に落ちちゃったらしい。そして、こうなってしまった。
 彼女は事も在ろうか『死国』の土地に条件転生してしまっている。
 大陸座はホワイトフラグを立てた特別なキャラクターだろ?死んだら勝手に条件転生するって話はマーダーさんから聞いた通り。おかげで溶岩に落ちちゃったウェシャナさんは、この特殊な国そのものとして同化してしまったらしい。
 そうそう、カトブレパスさんとペレストロイカ……パスとペレーだな。
 彼女らは姉妹で合ってるそうだ。彼女達は、赤い海に流れ着いた女性の腹から生まれた双子の姉妹なのだと後に聞いた。母親の女性は……その時、すでに死んでいたとか。双子の姉妹は『死』から『死国』で生まれたという話だった。
 この辺り、ペレーは人が聞いているのも嫌がるらしい。俺達がそれをウェシャナから聞けたって事は、即ちペレーがこの場から居なくなったからだ。
 元より放って置いて欲しい彼女はあっさり、どこかに行ってしまったな。特に何も言わずに登場時と同じく、太陽輝く白い空に飛んでいってしまったぜ。
 もう一人、大陸座と混み合った話をしたい俺達的には退場願わなければいけないヒトがいる。
 ノーデライだ。だがこちらは……。

 ついさっき死んだ。

 とはいえ、悲しむ必要はない。悲しむな、とノイが言った。
 業が消えない限り、システム的に言えば経験値マイナスが解消されない限り、再びノイはこの国のどこかで生を受ける。
 元々虫だからあんまり長くは生きれないそうだ。リアルで聞いた事がある、カブトムシ系は殆ど一年で死ぬらしい。クワガタ虫系は年越す場合もあるらしいけど。
 いい加減虫から脱出出来る事でも祈ってくれと言って、ノイは足を畳んで俺の鎧の隙間から滑り落ちていったんだ。油断していて手を伸ばす間も無かった。
 落ちたノイを、俺は慌てて拾い上げたがダメだった。鎧の隙間から落ちた段階ですでに、死んでいた様だった。
 ……悲しむな、と言ったってそんなの……無理だろ。
 みんなと目配せして、溶岩の中にブルーメタリックの甲虫の死骸を投げ入れてやる。
 そんで、手を合わせて弔った所だ。次こそは虫よりも良い生物になって……いや、あるいは。
 今度こそ死国の浄化を受けてデータテーブルを鬼籍に入れて、ノーデライというキャラクターがただの情報として解体されて消え行く事を。

 ノイはファイアーズの王子から裏切られた事、悲しいって言って、仕方がない事だって切り捨てたみたいだけどさ、俺は……悲しかったのは王子も同じだったと思うぜ。まぁ、妄想ですけど。
 もはや物語として残るだけの王子と魔竜の説話。それに悲しいという思いを抱く人はどれだけいるだろう。
 でも俺は思うよ。お前と同じく悲しいってな。
 ついでに信じておこうと思う。お前が直接足掻かなくたって、お前に手を合わせてくれる人が世界に居るだけ、お前は救われていくのだって事。
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