異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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9章  隔たる轍    『世界の成り立つ理』

書の8前半 蒐集癖『そして、これも愛』

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■書の8前半■ 蒐集癖 Exceptional Mania

 ノイに向けて、そうやって無言で手を合わせていた所レッドが口を開いた。
「ペレストロイカ、だなんて名前だから分かりませんでしたが。あの石の彼女はフェニックスですね」
 すると今しがたノイの抜け殻を飲み込んだ溶岩が答える。
「ん?詳細は知らんけど。パスの話を聞くに、魔導都市で共に生まれたーとか言っとったね。彼女元は不死鳥なん?」
「恐らくそうでしょう。直死の魔法研究はタブーです。しかし不死の研究はそうでもない。割合多くの人が着手する課題で、詭弁的な方法も幾つか確定している。強欲な西方人などがたまにその技術を高額で買う場合がるものでしてね、嗜む魔導師も少なくないのです。カトブレパスが直死の魔物ならフェニックスは死なない魔物。不死生物研究に死んでも再構築しなおすという生物生成についてのレポートがあったと思います……記憶がはっきりしませんが確か、カトブレパスのレポートが提出された時期はそれ程離れていなかったように記憶しています。恐らく同じ魔導師が作った作品でしょう。もしかすれば不死と直死、どちらが勝るのかという安易な実験でも行ったのかも知れませんね」
 マツナギが少し怪訝な顔をしている。それを見つけて俺は尋ねていた。
「どうしたんだ?」
「ん、いや……ペレーとパス……彼女たちはノイのように悪い事をしてここで生を繰り返しているのかな?と思って。魔導師によって作られた存在なら別に、彼女らが悪性転生しなくても良いだろう?作った方に業は背負わせるべきだ、理不尽じゃないかと思って」
 レッドはマツナギに深く頷いて、勿論その報いを彼らは受けていますと答えた。
「……何度も言うようですが、直死研究および、三界接合に近づく人工合成生命の研究は魔導師の中では異端であり、禁忌です。ランドールパーティーの元白魔導師リオさんが三界接合術を研究して協会を追い出された、という話を憶えているでしょう。当然とカトブレパスやフェニックスなどを作った魔導師はその後、協会からそれなりの処分を受けたのです」
「けどよ、思うにそういうヤバい研究もお前らは平気でやるだろう。バレなきゃいいって事で」
 テリーの言葉にレッドは例の黒い笑みを漏らしやがった。
「そうですね、バレなければいいのだと地下に潜って禁忌の研究する者も少なからず居ます」
「つまりだ、その合成獣を作った魔導師は『バレた』って事だろうが。何か問題を起こしてバレちまったんじゃねぇのか?」
 おお、成る程。つまりそう云う事になるよな。
 テリーの指摘にレッドはその通りですと苦笑して頷いている。
「その通り。作った魔法合成獣が暴走して事が露見したのでしょう。ただ、魔導都市ではそういう事は日常茶飯事ですからね、研究生物が暴走した事自体はそれ程大問題として記録に残っていない。それよりも地下に埋もれた、禁忌である研究レポートの方が重要視されてちゃっかり天導館に収拾されたのです。あ、天導館というのは魔導都市ランの全記録図書機関ですよ」
 つまり、カトブレパスやらフェニックスが秘密裏に作られたがそれらが暴走して研究がばれた。
 ただそれらがどのような騒ぎをおこしたのか、という詳細については伝わってないと言う事である。暴走自体は記録する必要がない情報として軽く扱われてしまった訳だ……しょっちゅうそういう事やってるって事で。
 それに対して禁忌とはいえ製作レポートは重要とされてちゃっかり記録に収録されている……と。
 禁忌に振れた魔導師が作った怪物達が、具体的にどういう風に露見し暴れて始末が付いたのかという記録は残っていない。
「じゃ、二人とも……昔に、何か悪いことをしちゃったのかもしれないのね」
「詳細はわからんよ、彼女らがはっきり語りたがらんからね。けど、いずれ話せるようになるかもしれんね。そしてそうやって過去を受止めてからようやく、経験値のマイナス修正が始められるんよ」
 溶岩となってしまった大陸座、イーフリートが今、どんな顔で話をしているのかなんて勿論、分かったモンじゃないが……届く声音は、どこか柔らかく感じる。
「ウチがここに来た時は酷かったんよ~。ペレーちゃんが大暴走しててね、それをパスがなんとか止めてるって感じで。多くの住人が巻き込まれて迷惑しとってね。パスは未だに直死の能力を持ってるし、ペレーも再生能力もったままやろ?」
 姉妹による不毛な争いがあったらしい。石の森、あれはパスの『直死』能力によって作られているようだ。同様にペレーが石人形なのもパスの仕業であるようである。二人は自らの前世から持ち込んでしまった力に目覚め、恐らくは生前から続いている因縁の争いを再開させてしまったのだろう。
 それで死の国は廃退の危機に直面していたようだ。その後なんとか石の森と火の山で棲み分けて互いに干渉を避けた姉妹だったのだが、どうにもウィシャナさんは更に余計な世話を焼いたようである。
 何とか姉妹の仲を取り持とうと色々やってたみたいな話だが……。

 ま、この辺りの話はいいだろう。後の事は全て推測だ。彼女らが直接話してくれた事じゃない。

 その過去を受け入れる事が重要だってイーフリートも言ってる通り。必要と思えば彼女たちが彼女たちで過去を振り返って罪を認めるだろう。
 ノーデライのように。

 ウィシャナさんはお節介焼きながらも大陸座だ。
 今この流れ、すなわち赤い旗のバグの存在。それが世界に蔓延ってヘタをすれば世界そのものを破綻させてしまうという事態。その世界の破綻を避ける為に……大陸座が『存在』する為に必要なデバイスツールを手放さなければいけない。
 そうやって、世界から撤退しなければいけない事態になっている事をウィシャナさんは把握してる。
 この辺り、稀に把握してない大陸座がいるのはなんでだろうって聞いたら、大陸座としての側面のデキの違いだ、とか言っている。
 要するに、バカで何も考えないキャラの場合は理解力が足りないからそこまで把握出来ないだけだ、とか。
 オレイアデントのノイザーとか、ドリュアートのマーダーさんなんかがそれに該当する訳ですが。

「正直、ウチ撤退したくないんよ」
 直球だ。ウィシャナさんは自分の大陸座としての立場をとりあえず置いておいてはっきりそのように言った。
「自分の立場は分かってんねん。けど、どうにも世話焼き止められへん」
 赤い溶岩が湧き出す中から声が届く。
「うち、そういうキャラやねん。パスとペレーを放ってはおけなくて、このまま黙ってやり過ごしたらダメやろかって……そんな狡賢い事考えとったわ……すまんな」
 それで、沈黙してたって事か。
「では、在る程度覚悟は出来たのですね」
「実際、ウチに何が出来たんやろうって思ったんよ」
 ウィシャナさんは静かにぼこりと、溶岩を吹き出す。
「でもノイの話聞いとって、別にウチじゃなきゃできへん事や無いなって。むしろ、今ウチに出来ることは何やろうって。そしたら、約束通りデバイスツール譲り渡す事やろうな。実際ウチは何も出来へん。……魂泥棒が出とるやろ?」
「魂泥棒?」
「ウリッグとナドゥの事じゃないかな。ウィシャナさんはこの国そのものなのだから、今何が起っているのかという情報自体は得ているのだと思うよ」
 ナッツの言葉にぼこりと溶岩が盛り上がって答える。
「そう言うことやね。……あれはいかん。この国は閉ざされてある必要があんねん、どこでこの国の『仕様』を知ったかしらんが、あんな事許しといたらいかんで。前例作ったらここの仕様がバレてまう」
「あんな事、って?」
「赤旗バグは魂にくっつくものとちゃう。あれは器にくっつくもんや。それは、あんたらもよく分かっとるやろ」
 確かに、魂という言い方は微妙であるが……すなわち精神と言い換えれば今まで繰り返し説明した事に当てはまるだろう。
 この世界の生物は器である肉体、心である精神、物理法則である幽体の三つで成り立つ。
 俺達、プレイヤーとしての目印であるブルーフラグは精神にくっついている。プレイヤーとしてこの世界に乱入してきているのは精神だけだ。肉体はリアルに置いてある。
 よくマンガとかでネットとかにダイブ・インするってのがあるよな。それで障害やトラブルが起こって精神的にダメージ受けたり戻って来れなかったりとか……あるだろう?
 随分ファンタジーあるいはフィクションだと思われるだろうが実際今、このMFCあるいは『トビラ』という、異なった世界に精神あるいは『魂』が直接入り込んでしまっているような『錯覚を起こす』ゲームが開発されている。実際には錯覚だ。脳が騙されてそのように感じるだけである。
 そんなゲームが実在している訳だけど……肉体ごと仮想世界に持っていく事は出来ていない。そればっかりは今の科学力でも無理。
 『トビラ』は脳を騙す手法で俺達に今もなお仮想世界を体験させてくれている。で、その騙している脳に物理的あるいは精神的なリアルなダメージを与える訳にはいかない。
 与えるようならそれこそコミック。危ないゲームとして市場流通など許して貰えないだろう。
 そこで、精神にはプレイヤーである事を示し保護するプロテクトがついている。
 それが、要するに青い旗だ。
 現在正式版のリリースに向けたテストプレイを行っている、コードネーム『MFC』、トビラというゲームは何が何でもプレイヤーの精神を守る構造になっている。
 現在赤旗バグがはびこっているがこれらに俺達プレイヤーが冒される事は無い。プレイヤーであるという印である青い旗が、俺達自身である精神を守っているからだ。

 ところが、実際精神は無事だとしても、だ。
 器になる肉体の方に問題を抱える場合がある、ってのが俺のバグ感染で明らかになった。

 はっきり答えが出た訳だよ。バグである赤い旗は、精神に立つものではなく肉体に根ざすものであるって事が。
 で、青旗は赤旗よりも権限が上……すなわち、精神の方が権限が上なのな。だからバグである赤旗に冒された肉体に青い旗が立つと、赤旗は青旗に上書きされてバグは一見解消されているようになってしまったりする。
 ついでに言うと、赤旗に感染すると生物としての法則が壊れてしまう。即ち……殆ど死んだも同然になる。
あるいは、死んだあとに付く可能性もありうる。死霊化現象の一種なのかもしれない、だから死霊使いというアブない肩書を持つレッドが疑似レッドフラグの魔法を動かせたりするのだろう。
 俺の肉体が赤旗になっちまったのは、俺が死にかけたからか、赤旗に感染したからなのかは分からない。どっちが先なのかはログが壊れたまんまで上手く思い出せないのではっきりしない。
 しかも、今その赤旗が理由も分からない内に解消されてしまった。
 更にナドゥ曰く俺は『不死身』になっているらしいが、実際どういう意味で不死身なのかは分かっていない。これから胸ぐら掴んで説明頂きに行かなきゃイケねぇトコだ。

 さてさて、ついでにはっきりしている訳だからレッドの言葉を借りて説明しておこうと思う。

 デバイスツールと呼んでいる特殊なツールがあるよな。開発者を意味する白い旗を灯したキャラクターが、世界の管理を任されて存在を許す特別なものだ。デバイスツール自体には何のフラグも立っていない。また、使えるのは特別な旗持ちに限られるようであるが、定義によっては強力に『世界を変えるだけの力を持ちうる』道具である。
 白い旗、これは何にくっついているかというとこの流れだ、分かるだろう。そもそも大陸座というのは概念であって目には見えないし触れ得ないものだ。死んでもすぐに新しく条件転生するなど、本来肉体などに縛られる法則を無視する通り概念である大陸座には……器としての肉体が存在しない。だから見えないし触れ得ないのだ。
 存在の定理が最初っから破綻してるからな。三つ無ければいけないもののうち二つしか持ってない。
 で、デバイスツールとして与えられている特別な権限、あるいは『力』が本来見えないものを見えるようにして、触れ得るようにしている。そうやって本来不干渉であるはずの大陸座という概念が世界への干渉力を備えている……というのが。

 開発者達のキャラクターが大陸座に結びついている『白旗』の正体だ。

 残念ながら今回のバグ騒ぎが起こってしまった第二の理由であもる。
 第一は、プレイヤーの強制抹消プログラムの失敗だな。
 消去に失敗して亡霊として残された、この世界における側面である『精神』。肉体を失い、幽体を失った概念としての亡霊が開発者にそれぞれ与える事になったデバイスツールを無条件で得る事になってしまい……詳細は分からないものの赤い旗のバグを生み出してしまった。
 デバイスツールというのは肉体を持たない大陸座の、擬似的な肉体のような働きをする。所が実際には器ではない。肉体そのものではなく足りない部分を補うという作用があるだけなのだ。
 大陸座というのははなっから『概念』だ。
 分かりやすく言えば神様である。実在しない心の中に描くもの……という意味での『神』な。
 で、大陸座という概念に開発者のキャラクターの側面『精神』を繋げた。実在するに必要なもう一つの概念、肉体をデバイスツールが補間する。そのように世界を騙して大陸座は突然、この世界に姿を現す事になった。

 そのようなまとめにウィシャナさんはそんな所やろう、って同意してくれたみたい。

 で、だ。
 その理論が間違っていないのなら……大陸座と開発者の手から離れたデバイスツールは、世界に置いて概念を失って壊れ掛けたものを強制補間する道具として機能するのではないか……と。
 レッドさんが申しております。

 そう云う事になるやろね、と再びウィシャナさんは肯定した。

 レッドの話を聞いて俺もガッテンだ。
 俺が赤旗に感染し青い旗を失っている間存在を保護したり、理論的に欠陥のある魔法を成り立たせたり……と。そんな便利ツールとして使用出来るって事が確定した訳だ。
 デバイスツールだけで出来ることは限られている。神のツールは手段の一つで、使い方によっては様々になるという話もどっかの大陸座から聞いていたはずだ。
 であるからして、デバイスツールを得たことイコール赤旗除去が出来る…典って事とにはならんのだな。
 この神のツールでバグを取っ払うには、取っ払う『理論』が必要なのだ。で、俺達はその理論をまだ構築出来ていない。
 そりゃ、仕方がない事だよな。
 そもそもどういう理屈で赤旗バグが出来たのか、という肝心な所が分かっていないのである。
 今、段々と全容が見えて来た所でしかない。

 さてはて最後のまとめです。
 開発者の頭上にある白い旗はデバイスツールを持つ事により初めて、トビラの中にある現実世界に見えるものとして現れる。普段開発者は『開発者レイヤー』という特別な所にいて世界に干渉できないのだ。
 俺達は今大陸座からデバイスツールを取り上げる事で白い旗を世界から除去し、大陸座達を『開発者レイヤー』に追いやる作業をしている。
 最終的に開発責任者の高松さんは……開発者レイヤーに『9人』いる開発者を全て退避させ、世界に干渉できない独自の世界であるそのレイヤーそのものを消去しようと俺達に働きかけている。開発者レイヤーごと開発者人格をこの世界から完全抹消する事で、赤旗バグの根っこを断絶出来ないかと目論んでいる訳だ。

「9人目か」
 まとめに対し、ウィシャナさんは少し感慨深く呟いた。
「そうか、結局ウチらが世界に迷惑かけとんのやね。誰を残したって誰かが9人目になる可能性はある……そやな。そうするのが一番かもしれへん」
「ですが、既に世界には赤い旗のバグが蔓延り過ぎている。僕らはなんとか赤旗の理論も得なければ」
 アベルがぱっと顔を上げた。自分が得たい情報の話には鋭く食いついてくるのだ、コイツは。
「それが分かればやっぱり、赤旗バグは除去出来るって事よね?」
「……そうですね、そうなるはずです」
 レッド、お前のその独白はあくまで一人事実を正しく伝えていないアベルに向けているよな。
 俺はアベルの背後で目を逸らしていた。
 デバイスツールがバグって壊れている、すなわち三つの概念の結びつきが破綻しているものを補間するという説は頷ける。今までの動作からすれば、確かにそのような作用はあると言える。
 ……アベルは俺と同じくあんまり頭が回る方じゃないから気が付いていない。だが、それでいいんだ。
 赤旗バグがもたらしている作用について奴はとりあえず今はまだ、事実を正しく正確に知らない方が良い。
 知ったら……俺また修羅場だからな。うん。
 アベルが気が付いていない、何が問題なのかって?
 赤旗は肉体の構成を変えてしまう、その過程どうしても生物としてを構成する『三界』を壊しちまう。
 デバイスツールは生物として破綻した所を補間出来る。だからこそ、俺やレッドの赤旗状態を押さえ込むことが出来たのだろう。
 でも、修正するまでの力はない。
 正しくはないな、本当の所開発者の高松さん達は赤旗を修正出来る程の力をデバイスツールに託したはずなのだ。
 直せるかもしれない、そのような希望を持って俺達テストプレイヤーに使用を許可したのである。ところが結局は完全な修復ツールとしては機能しなかったのだ。
 修復ツールにする為にはレッドが言った通り赤旗が発生する理論が必要で、その理論を元にした方法を開発してデバイスツールという手段で実行する必要がある。
 ところがどっこい。問題はそこじゃない。
 実は、赤旗を除去する意味が殆どなくなりつつあるのだ。
 レッドはあくまで理論があれば除去出来ると言ったがそれは、アベルに向けてである。
 今は殆ど無意味な事は、アベル以外は知っている。
 赤旗に感染する、すなわち生物を構築する『三界』が壊れる……イコール……正常な状態でそれは、死を意味している。

 わからねぇか?だから。

 赤旗取っちまったらそいつは……赤旗立ててる奴は死ぬんだよ。

 死んでいる状態が『正しい』状態だ。それじゃぁ元の状態に戻したとは言えない気もするが……そのそも、バグ自体が死を誘発させてしまっているのだからどうしようもない。
 重要なのは赤旗を除去するツールではない。
 赤旗に感染させない、と云う事なのだ。

 で、あるからして俺は、レッドみたいに寄生感染ではない俺は……。
 やっぱり間違いなく一度死んでいる。
 そして今現在も――俺の正しい状態とは『死体』だ。

 俺はこっそり退屈そうに話を聞いているアベルを伺っていた。いずれ正しい事を言わないといけない。誰にも頼れない……俺が、俺自身の事をあいつに説明してやらなければいけないんだ。
 正直、めんどくせぇとは思ってるけど。

 俺はもう死んでいるから。まぁいろいろと、諦めろ……と。

「デバイスツールは渡す。渡したら、ウチはこの世界から消える。姉妹の事は気になるけどそれより世界の行く末や。ウチらが干渉して壊したらあかん、そうは思っていてもつい手を出してしまう。きっとこれは警告なんやろうなぁ……」
 再び明るい黄色の溶岩が鈍い音を立てながら吹き出す。
 デバイスツールを手放したらどうなるのか、それは俺らも大陸座も分かっている。レッドが一歩前に出た。
「その前に少し聞いてもよろしいでしょうか?」
「何やろ」
「アインさんもよく分かっていないみたいですし、パスさんも多くは教えてくれそうにない。よろしければこの国について二三、お聞きしたいのです」
 ぶくぶくと小さな気泡が沸き上がった後イーフリートが答える。
「魔導師に答えるとろくな事に成らんような気もするけどな……ま、ええやろ。何が聞きたいん?」
「経験値マイナスから起る世界の調整機関として、この死の国があるという話は理解しました。先ほどメージンさんにもこっそり問い合わせましたが、そういうのは確かにあるようですね」
 バックアップオペレーター、メージンのアドバイスは個人に向けても可能だ。まぁ、基本的には使わないという方向性で最近定着している。俺は最近だと繰り上げ単位がややこしいグラム通貨を使う時くらいしかお世話になってない。
「それで、アインさんはそのシステムを利用してドラゴンというキャラクターを作ったようですね。この世界で死ぬとロストするキャラクター情報が経験値をマイナスに落とすと実は『消滅しないで条件転生する』という理屈を、アインさんは経験値が世界にもたらす情報を熟読した上で看破しました」
 そう、そう云う事だろうなと俺も考えていた。
 ここ『トビラ』をリアルでゲームとして市場公開するに辺り……情報漏洩強化が必要な所である。死の国の存在は裏技に匹敵するだろう。都市伝説くらいにしておかないとまずいと思うな。その裏技を早速暴いて来たアインは、見た目はともあれ猛者ゲーマーの一人である事を頷くよりない。
「しかし、どうにもこの『死の国』の事を知っている者が居る」
 レッドが微かに視線を逸らした先に居るのは……ナドウ・DSに違いない。
「そうやねぇ……情報が漏れるのはしゃーないわ。今後は入国出来ないように調整せんといかんね」
「どこから漏れるのでしょう?」
「そら、アインだってこの国から出て行ったん。出て行きたくて出て行く奴も居ない訳やない。難しいから多くは無いようやけどな。ここに送られてくる連中は基本、出てく、出てかない所の話じゃないねん。寿命が短い生物に条件転生が多いし訳やし……ああ、歳を負うごとに『思い出す』んがデフォルトや。寿命が一週間の虫なら一時間ごとに思い出す。逆に」
 ぼこりと吹き出した溶岩がアインの方に吹いた。
「竜なんて寿命が無いとも言われる生物の場合は思い出す速度はすこぶる遅いで。恐らく殆ど『過去』なんて、思い出せてへんのやろ」
 アインはその通り、とこくりと頷いた。
「そこらへんも見越してドラゴンになるように経験値マイナスに落としたんやったら大したもんや」
 アインさんのドラゴン愛に俺はちょっと感慨深くなってきました。
「……他に質問は?」
 促したウェシャナさんにレッドは小さく頷いた。
「そうですね、色々ありますがとりあえず……これくらいにしておきます」
「そか。じゃぁ早速……あ、ちょっと下がっといて」
 声の通り、俺達は会話している溶岩だまりから離れた。
 すると一層激しくぼこぼこと吹き出す溶岩が辺りに飛び散り、涼しい音を立てて何かが黒い岩の上に吐き出された。
「アインさん、拾って頂けます?」
 そうだな。溶岩の中から出てきたからどうにも、それは熱そうだ。
 レッドの願いにアインは頷いて、真っ赤な宝石のよう丸い結晶を口でくわえて拾い上げる。
「託したで、どうにも現状何が起っているのかよくわからんけど……とにかく世界を、正しい形になおしたってや」
 俺達は同時に頷いた。
 吹き出すマグマの動きが鈍くなり、粘着質になって固まり始める。
「あ、この国の外れで何やらどんぱちしてるみたいやから……早めに、駆けつけてやったって」
 その最後であろう言葉に、そういえばランドール達らはどうなったろう……と、嫌な予感を胸に抱く俺達であった。

 

 急いで山を下ろうにも……溶岩の流れは大人しくなったけど容易くはない。登りよりもむしろ降りがキツいというのは山道の常識だ。下手に足を運べば転げ落ちる、慎重に成らざるを得ないだろ?
「あんたたち、何ちんたら歩いてるの?」
 と、そこへさっきの石人形が興味本位だろうなぁ……飛んできやがった。
「見りゃ分かるだろ、急いで山を降ってる所だ」
 足も元はゴツゴツだわ、捕まる木も枝もないわ、しかも地面は湯気噴く程熱いわで四苦八苦している。所帯が多いのでレッドらに頼んで飛んで下る訳にもいかない。
「……しょうがないわね」
 ツンデレ少女、そう言うなりふっといなくなりやがった。
 何がしょうがないのか。
 そう思っていたら、突然地鳴り静かに迫ってきて、徐々に地面がぐらぐらと揺れ始める。
「ちょ、地震かよ!」
 泣きっ面に蜂とはこの事だ、足場が悪い、近くにまだオレンジ色を残した溶岩吹き溜まりがある。ナッツの指示で俺達は寄り固まり、地震で転倒するのを防ぐ為互いに身を寄せる。
「あれ、ペレーちゃんだ!」
 その溶岩吹き溜まりの中に例の石人形がいるじゃねぇか。眩しくて見えてなかったが、アインが羽で指した所を凝視すると確かに石人形だ。
 その石人形の脳天からびしり、とひびが入ったのが辛うじて見える。
 オレンジ色のまばゆい溶岩を噴き上げ、それを体全身に纏うようにしてペレーは突然吹き上がった。
 そう、溶岩が突然爆発して吹き上がりやがった!だがそれが俺達に降りかかってくる事はない。溶岩が壁となって吹き上がり上空で巨大な形を形成して羽ばたく。
 鳥だ。分かるだろ?この流れである。

 溶岩から飛び出してくる鳥なんざ、相場が決まっているってもんだ!

「仕方がないからあたしが連れてってあげるわよ」
 オレンジ色のまばゆい光を放つ巨大な鳥がゴツゴツした岩の上に降り立った。
 いつぞやナッツが召還した巨大な鳥、ロック鳥、南国風だとルフーと言うらしい典…程も大きなまばゆい光を放つ鳥が緩やかに羽ばたく。熱そうな外見だが巻き起こる風は……涼やかだ。頭の上の数本の飾り羽は七色に光り、尾羽は長く先が絶妙な捻りにふわりと中空に漂っている。派手派手しさはない。だが……
「わぁ……ペレーちゃん、綺麗……」
 そうだ……綺麗だ。
 これがあの生意気なツンデレ人形とは思えない程に澄んだ黒い瞳。吸い込まれそうだ。
 アインの呟きに、明らかに照れた火の鳥ペレストロイカは長い首でそっぽを向いた。
「綺麗も汚いも、この火の山では関係ないでしょ」
 ものの見事にツンデレである。
「何よ、放っておいて欲しいんじゃなかったの?」
 アベルの意地悪な言葉に、ペレーはぐいっと長い首を突き出してきた。
「うるさいのよ、あたしとパスの庭でごちゃごちゃされるのが気にくわないだけ!あんた達もそうよ、用事が終わったらさっさと追い出してやるんだから」
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