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10章 破滅か支配か 『選択肢。俺か、俺以外』
書の1前半 お膳立て『南国だよ!全員集合!』
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■書の1前半■ お膳立て Set the stage for the my dear piece
体力消耗って思っている以上に足を引っ張るものだ。
そんなもんガッツがあればどーにかなるだと、言うのはタダだ。実際俺達は、殆どガッツで立ってるようなものだったろう。
コンピューターゲームだとそういうリアリティは削られてしまう。リアリティを追求しようとするとTRPGなんかでは、体力消耗は思ってた以上に能力値を削り、足を引っ張ったりするものだ。で、その為に演出重視もTRPG一種の花である為に、ガッツに匹敵するシステムが適応になったりするわけで。
まぁその話は良い。リアルの話だ、自重してても気が付くと節操無くゲームの事を考えてしまう、俺は本当にゲームバカだよ。
この所まともな食事をせず、まともな休憩を取っていなかった俺達。特に言うとランドールパーティーにその傾向は顕著だ。本来であればあそこで、例えテニーさんととエース爺さんが裏切っていたとしてももうちょっと、まともに立ち回れた筈だと思う。全部後手に回ったのは、疲れのピークも原因の一つだろう。
少なくともここまで負傷者は出なかったはずだ。
きっと……アインはそう云う事は解っている。そんな都合無視して感情を顕わにして喚き散らしたって良いのにな。彼女は解っているからただ黙って……悲しみを耐えているのだろう。
ペレストロイカが突然やってきて俺達を背中に乗っけてまでここに、この修羅場に急いだ理由が分かったんだ。
そして、ちょっと自棄を起こし様な行動の理由も。
『魂』泥棒だったのはナドゥとウリッグじゃない、ランドールだったようだ。そのランドールと対峙したのはランドールパーティーだけじゃない。
『魂』泥棒をどうにかしたいと提案したのはそもそも、カトブレパスさんなのである。
……彼女は、余りにも無惨な姿と沈黙でもってその場に横たわっていた。お別れを言う事も出来ないままに。ざっくりと話を聞くに、ランドールから真っ先に切り殺されてしまったそうだ。元々そういう理屈に嵌らない暴力を突然振るうタイプの勇者様らしいが……完全に虚を突かれた、とマースが悔しそうに呟いている。そんな重鎧戦士君もかなりの重傷を負っている、手当てして先ほど意識を取り戻したばかりだ。
砂浜に至るまでの僅かな、草原の中にあった彼女の遺骸を、沈黙して岩になってしまったペレストロイカの近くに埋めて弔う事にした。
彼女の魂がまだ死の国に縛られているなら……また、この国のどこかで生きているのかも知れない。だけど、それ考えようとするとさっきペレーが言った言葉を思い出しちまうんだ。ペレーは姉、パスの死を理解したのだろう。その理屈についてはわからない、もしかすれば、空から実際見ていたのかもしれない。パスの事が嫌いだ、憎いなどと散々言っていたけれど……実際そうやって自分の片割れが死んでしまって、自分ひとり取り残されたとでも思ったのかな。
今更だが、もうちょっと、ペレーの行動の裏を考えるべきだったのかもしれん。
勿論、パスさんはランドールを敵と認識し、戦おうとしたのだろう。その為に『俯く者』として直死の力を備える、隠されていた目を開放したはずだ。しかし……その両目が無残に突き潰されている状況に俺は、力を持つ故に立ち向かった事でこの惨事となってしまった気がしてならない。これは、自身に向かって来た殺気や、攻撃性をランドールが反射的に攻撃した結果じゃないだろうか。
かと言って犯人がランドールだとこっちだって分かってた話じゃないし、反則的な力を持つから手出しはするなと忠告する理由も無かった。
アインは両目を潰されて殺されてしまったパスさんの次の転生を探そうとはせず……ペレーと並べて作られた墓の前で黙って項垂れている。
次にどこかで会う時はこの国の外だと良い。
そしてその時は。きっと姉と一緒だって、ペレーは言っていた。
その言葉を信じたいのだろう。俺は、項垂れた小さなドラゴンの小さな背中にどう声を掛けて良いものか迷ってそのままにしている。
パスさんを切り伏せ、次にワイズに襲いかかったランドールを前にしてリオさんは殆ど動けなかったようだ。そもそも彼女は前線向けじゃないしな。そこはなんとかマースが間に入った、しかし一撃のもとに切り伏せられて……あの状況だ。
その後、ワイズもランドールに向け小賢しい手口を使うに意識的に精一杯で、テニーさんが裏切るという行動を完全に読み損ねたのだろう。テニーさんからの攻撃を避けきれず、かなり致命的な一撃を貰って今だに……。
意識を回復させていない。
テリーも左腕に大怪我だ、マースも頑丈な鎧と鱗の皮膚に助けられたようだがそれなりに大怪我。突然斬りかかってきたランドールに対しワイズを庇った傷だが、全く手加減されている気配が無い。それはマースも理解しているようでその辺りにも色々、ショックを受けている様だ。
レッドはナドゥが逃げていった転移門を逆探知して目的地をしっかり絞り込んでいるようだが……この先の行先案内はせずに黙っている。今現在、俺達は瀕死のワイズに付きっきりで死国から動けない。
さっきから、砂浜から動かずナッツ達がワイズの処置に必至だ。
俺はマツナギに付き添い食料調達に向かったが……ダメだ。ここはフツーの森じゃない、死の国である。
海は真っ赤でマトモじゃないし森は火山で焼けてるし。近場にはろくな食い物がない。生き物も殆どいない。いたとして死国だ。
もし転生者だったら……ほら、やっぱ……いただきにくいだろ?
そんな理由でマツナギがいくつかの鳥を撃ち殺すのを止めてしまった。食べてしまう事や、食べられてしまう事はこの死国のルール的に言えば別に悪いことじゃない。立派な食物連鎖なのだからそういう気遣いは無用なんだろうけれどな……。
俺達はサバイバル技能を振り絞り、記憶を頼りになんとか食えるものはないかと痩せた土地を徘徊したが、毒のない根植物と草の類を採取するに終わった。せめて栄養価の高い果実でもあればと少し遠くまでマツナギと歩いていって、小さな沼地で『喋らない』沼亀と、中型の蜥蜴と蛇を幾つか捕まえてこれでよしとする事に。
挨拶をしてみて、相手が喋らない事を確認するってのも間抜けだよなぁ……。
とりあえず、死の国は脱出した方が良いんじゃないか、というのをレッドに提案してやる事にしよう。どうも奴は遠慮して言い出せないでいる。成る程な、こういう時に何も考え無しに行先を示せる、それが俺の仕事だったじゃねーか。
野宿じゃ出来ることは限られている。ワイズの様態も気になるし……清潔なシートのあるベッドがあるどこかの町に一旦戻るべきだろう。
食料在庫も乏しいんだ。
森歩きの時はいい、現地調達が容易かったからな。でも今はそれも心許無い。
うちのパーティーで料理担当はもっぱらナッツとマツナギだ。食料調達までは俺でも手出し出来るが、流石に料理となると……ナッツやマツナギ程バリエーションは持って無い。煮込んで味付けする位なら出来るのだが毎日それじゃぁなぁ。
今はそのナッツがワイズ達の手当につきっきりなので、リオさんとマツナギで雑談を交わしながら少ない食材であーでもないこうでもない、と料理方法を話し合っているようだ。
俺は手持無沙汰だ、右手に包帯を巻いたアベルの所に向かっていた。
「見張り交代、お前は少し休め」
「……大丈夫だよ。ちょっと切られただけだもん」
ロープで縛ってアベルが監視しているのは……テニーさんだ。こういう扱いなのに文句を言えない事は分かっているようで目を閉じて、黙り込んでいる。
「いいから、……アインがずっと黙りだろ」
彼女は未だに姉妹の墓の前から動こうとしない。
アインにとってペレー達は家族みたいな存在だった訳だろ?それを、突然失ったんだ。落ち込んで当然だろう。当然だとは思うが……俺には正直その気持ちがよく分からない。分からないんだよ……家族と言えるのはシエンタに住んでた爺さんだけで、それもいつ死んだか看取りもしないで放置した俺には……分からない。
だから、隣に立ってどうやって声掛ければいいのかホント、分からんので困っているんだ。
「慰めてこいよ」
「あたしが?」
アベルは立ち上がりながら俺を、下から睨む。
「アンタ、アインの事が好きなんでしょ。それこそこういうの、アンタの仕事じゃない」
「ばぁか、だからこそだろ」
俺はあくまでアベルの機嫌を損ねる為に言い返してやった。
「好きだからこそこんな時、何って声かければいいか分かんねぇんだよ」
途端ほっぺたを引っぱたかれ、俺はひりひりした左頬を押さえて目を閉じた。
痛ぇ、手加減されてねぇ。右手怪我した癖に大した事無いって本当ですねアベルさん。
「ばぁーか!」
肩を怒らせて行ってしまったアベルを見送り俺は苦笑した。殴られるの覚悟で俺は言ったのだから……しょうがない。
テニーさんを振り返り伺うと、流石にこのやり取りには驚いたのか。目を開けてこちらを見ていた。それで、慌てて目を逸らされる。
「いや、悪いな」
ええと、何に向けて悪いと言っているのか自分でもよくわかんねぇけど……お惚気……じゃ、ねぇし。
「……悪いのは……こちらだろう」
俺はテニーさんの隣に座り込んでため息を漏らした。
「夕飯出来るまでヒマなんだ。ちょっと話でもしようぜ」
「……話す事など何も無いが」
「そうはいっても、疑問なんだから色々と聞きたいんだよ。どうしてそこまでしてあのバカ勇者に付き合うんだよ。ついには魔王連中について行きやがったんだぞ?あんた、それでもランドールの従者を貫くつもりか?」
俺は真面目な視線をテニーさんに投げた。バカ勇者とは当然、ランドールの事だぜ。
「……そうだ」
なんだかバカ勇者なのも全て肯定したように聞こえる。ふっ、いい気味だざまー見ろ。
「奴のやる事全て正しいって、どうしてそこまで盲信する」
テニーさんは目を閉じた。それについては話すつもりはないらしく沈黙が流れる。
「……そうか、正しいとは思ってない。それでも従わなきゃいけねぇのが……あんたの立場?」
テリーがバカ……違った……クソ兄!とか言って殴り掛ったもんな。奴だけが兄であるテニーさんが何をしようとしたのかすぐに悟って動いた。ようするにテリーはテニーさんがどういう理屈でランドールの元にいるのか知っていたって事だろう。
「ウィン家。ファマメント国のお偉いさん家らしいよな」
「……そうだな」
小さくテニーさんは肯定の言葉を呟いて、ようやく小さな声で応える。
「私はウィン家、そのものだ。テリオスが私を強く否定するのと同じく、私はウィン家を強く肯定しなければいけない。君に言える事はそれだけだ」
テリオスっつーのはテリーの本名の方な。ちなみに、テリオス?っていつだったか奴に呼び掛けてみたら即効首絞められ、殺され掛けました。どうにも本名結構地雷っぽいデス。
「テリーの奴に聞けばどうせバレるんだろ?」
アベルに殴られた頬を撫でながら俺は、なんとかテニーさんの態度を軟化させようとあの手この手を使ってみるぜ。
「……先ほど君の所の魔導師も同じような事を言って詳細を聞きに来たがね。言えんよ、奴は。知っていては成らない事なのだ。知っているはずが無い事を知っていると云う事は、テリオスは自分が否定するものを肯定しなければいけない。奴はそれから逃げているのだから」
可笑しそうに笑ってテニーさんは片目を開ける。
テリーから殴られて腫れている顎もあって、口の端を引き上げたその顔が邪悪に見えてしまうな。
「奴には言えん、私も……ランドール様に付き従う理由を言うつもりはない」
「……ワイズも知らないのか?」
「さてな、」
「……仲間だろうが」
「目的の為にはそんなもの、意味はない」
俺は視線を流した。ウチにも確かにそういう薄情な奴がいるしなぁ。と、思ったら流した視線の先に薄情な奴が写る。
「ご苦労様です、ごはん、出来たようですよ」
「おぅ、悪い」
量は期待出来ない。見た目も同じく。だが味は悪くなさそうだと、匂いから察する。
3人分を運んできたレッドは塩で固くなった地面に容器を置いて、重ねてきたお椀に分ける。俺はテニーさんの縄を解いてやった。
今更暴れたりした所でどうしようもない事はテニーさん、分かっているだろう。それでも縛り上げたのは一応用心って奴だ。俺は無言で椀を渡す。テニーさんだって疲れているだろう。手当無し、メシ抜きにする程俺達は鬼じゃない。
しばらく無言で雑炊を啜った。
亀肉うめぇ、泥臭いけど蛋白質と脂質はすげぇありがたい。上手い事灰汁を抜いたな、沼育ちの生物って下処理が命だ、もちろん完全に臭みは消えてないが、最初に口に運んだ一杯で美味いと思わせたのなら最後まで食える。今まで、味付けあく抜き失敗料理とかが無かった訳じゃないからな……試行錯誤極まって今、ここまで調理技能が高まったと言う事だろう。
膨らませてないパンを囓りながら短い食事を終える。最後に、これで最後と配られた発酵未熟なブドウ酒を仰ぐと、テニーさん自発的に無言で腕を出して来た。
確かに……今暫く拘束はさせてもらうつもりだ。
俺は再びテニーさんの腕を拘束し、ほどけないようにしっかり縛る。
ワイズを気にくわないと言って殺そうとしたのはランドールだが、それを実行したのはテニーさんだ。
ランドールはナドゥと一緒に行っちまったが、テニーさんは今まだここにいる。そしてランドールへの信奉も捨てていない。ともすれば、放っておいて生死の境を彷徨っているワイズに手出ししないとは限らないからな。
もしテニーさんに語りたくない事実があり、それをワイズが知っているなら……ランドールの思惑とは別に、その口を止めようするかもしれない。
「貴方は本当に、グランソールさんを殺すつもりだったのですか?」
自分から腕を出して拘束を許した行為を見て、レッドはお椀を重ねながら尋ねた。
「勿論だ、ラン様の都合はどうあれ……あの男は余計な事を知りすぎているし、余計な計略を回しすぎる。知らないだろうから言っておく。ハクガイコウ代理も含め、あの二人は天使教内では極めて異端だ、注意しておいた方が良い」
「それはありがたいご忠告ですが……聞きませんよ、僕らは」
レッドはテニーさんの言葉を鼻で笑った。
「カイエンを自由にはしない事だ」
カイエンっつーのは、ナッツの事だな。ハクガイコウ代理とか、そう呼ばれないとすれば奴の本名的にはこのカイエンという名前になる様である。
「僕らは容易く分裂する程、結束が弱くありませんから」
いや、レッド。それ実際裏切った事があるお前のセリフじゃねぇ。
そのように密かに呆れている俺をよそに、二人の視線の間で静かに火花が散っている。
「第一、貴方が見ている世界と僕らが見ている世界は違う」
「………」
レッドは目を細めて眼鏡のブリッジを押し上げた。
「貴方にとってカイエン・ナッツさんが気の置けない相手だからといって我々にとってもそうだとは限りません」
「……そうかな。君は紫を纏う者だろう、魔導師だ。それなりに裏があると云う事はお互いに察していて、対策はある程度打ってあってしかるべきだと思うが」
レッドは小さく頷いて細めた目を瞬く。
「そうですね、僕が正規の紫魔導であれば天使教幹部に対し、それなりの警戒はするでしょう。ですが……先にも述べた通り僕らは見ている世界が違う」
笑った。いつもの、とってもどす黒い笑みを浮かべてレッドはテニーさんに言い放つ。
「自分で言って何ですが。僕もコレで魔導師としては極めて異端なんですよ」
テニーさん、返す言葉もなく目を細めて黙り込んだな。
「異端同士、結構気はあったり、あっていなかったり」
「どっちだよ」
俺はすかさず突っ込んでしまった。実際どっちなのか俺には分からないからでもある。
「それぞれの望みが交差しない以上、僕らが分裂する事はありません。貴方は……取り巻く者達を『選びすぎた』のです」
「………」
俺には意味が分からんが、レッドの言葉にテニーさんは何か心当たりあるようで俯いて目を閉じている。
「どうにも誘われているようですが、ヤト」
「ん?何だ」
いきなり呼びかけられ、俺は顔を上げる。
「これからの行き先ですがとりあえず、貴方の言う通り死の国は出ましょう。環境が良くない、ワイズさんの様態もよくなりませんし、明日変化があってもなくても宿の取れる清潔な場所に向けて移動する事にします。手段については僕で何とかしますので」
「おう、了解」
「それで……彼ですが。連れて行きますよね」
「まぁな」
俺とレッドは俯いたテニーさんに振り返る。
ここに置いていってもそれまでだし、それだけ酷い事を確かにしたのかもしれない。だが、剣投げつけられたワイズもワイズで直前まで結構酷い事言ってたみたいだ。俺にはいまいち意味がわからん会話だったがな。
ワイズが悪いのかテニーさんが悪いのか。
いや、ランドールが悪いだろ。
俺はすっかり星の瞬く空を見上げてしまった。
とにかくワイズの言い分も聞いて、今は黙りしているがテニーさんからも事情を聞き出す必要がある。えん罪かもしれないしな。一番悪いのがワイズだって結果もあるかもしれない。
そもそも、なんでランドールがナドゥ側に行っちゃってんのかがわかんねぇ。それを良しとするテニーさんの事情もさっぱりわかんねぇ。
奴の頭上には……赤い旗があった。
混沌の怪物と化していなかったという事は、奴には赤旗感染源、ホストとしての能力が疑われる……魔王八逆星に数える事が可能な立場だ。
アービスが裏切ってこっちにいる以上、その穴を埋める必要が魔王八逆星にはあるだろう。アービスが言っていた儀式の上で、穴埋めは必要になるはずなのだ。一体どうやってナドゥの奴、あのとんでも勇者を手なずけた?自称勇者、どうして簡単に奴らに寝返った?
そもそもどーして赤い旗に感染している。
再び謎だらけだぜ……。
その上、事情を聞けるはずのランドールパーティーは空中分解寸前だしな。困ったもんだ。
「南国で待っている……そうですね」
テニーさん、静かに目を開けた。
「てっきり貴方の事、見捨てていくのかとも思いましたが。どうにもランドールさんは貴方を南国で待つと言った。あれは貴方だけに言った言葉だとは受け取りがたい。僕らにも南国に来いと言っているように受け取りますが……どうでしょう?」
「……それを私に聞いてどうするのだ?」
「それもそうですね」
レッドは小さく笑って肩をすくめる。
「と言う事でヤト、近場ですし。とりあえずミストラーデ王にご助力願おうと思います」
俺は頷いた。三度南国のお世話になるって訳だな。いやまぁ、三回目なのは俺とアベルとナッツだけだけど。
「ナドゥらの行き先も気になるしな……南国ったって広いけど。ミストん所に何かやっかいごと起ってなきゃいいが……」
で、レッドさんはどうやって南国カルケード首都に行こうと目論んでいるのでしょう。
朝起きて、俺。思い出した。
そういや月白城の薔薇庭にある、転移紋が刻まれている『王子の林檎』とかいう木。
あれ、俺の氷漬けが送りつけられた所為で瀕死なんだよ!殆ど枯れているも同じ状態だ。俺がお世話になってた時にはまだあったが……もうダメだから抜いて新しい苗木を植える様な事を庭師のサワさんが言ってたっけ!
俺は慌ててレッドの姿を探す。そういえば夜中の番はテリーが無理言って引き受けたんだよな。怪我してるから俺がやるって言ったんだが、逆に傷が火照って眠れないとか何とかいいやがって。
でもま、兄貴のテニーさんと何か話があるのかな?と思ってテリーに任せたんだ。
そのテリーと朝すれ違うに、どうにもぶすっと不機嫌な顔である。割といつもそういう顔だと言えばそうだけど。
テリーの様子も気になったがそれよりレッドだ。
見あたらないとウロウロしてたら、マツナギが山の方に行ったよと教えてくれた。
僅かに生えた草の中に紫色のマントを見付ける。
「おおい、レッド!」
「ああ、おはようございます。どうしましたか?」
あ、すまん。
こんな所に何の用事って、とってもプライベートな御用でしたか。わざわざ探しに来たって態度をするのもアレだし、そう言えば俺も……と思って別の草むらの中に向かいながら俺は尋ねた。
「どうもこうも、お前……どうやって南国に行くつもりだ?」
「転移門を使いますよ?」
汚れた手ぬぐいを折りたたみながらごく当たり前に言われてやっぱりな、と俺はため息を漏らす。
「お前、お前の所為で王子の林檎は……」
「……ああ。そうですか。枯れましたか」
レッドはそっぽを向いて俺の言葉を先廻って言った。
「その件は王に真っ先に謝らなければ成りませんね……」
「いや……まぁ、氷漬けにする必要があったんならしょうがねぇのかもしれねぇけど……いや、それはいい。だから、」
「そうですね、枯れたというのなら引き抜かれてしまった可能性もあるでしょう。ですがそもそもかなり年老いた木で引き抜かれるのが時間の問題である事など、僕は最初から把握しているのですが」
「……え?」
レッドが開いた転移門を潜る。
あー……やっぱり好きじゃないなこの移動方法。
そんな軽い酔いを感じながらたどり着いた空間は屋内らしく暗い。常夏の日差しにずっと晒された所からたどり着いた所為もあるだろう。瞳が暗闇に慣れず、一瞬何処にいるのか把握出来ない。
「うーん、我ながら名案だと思ったけどこうも上手く運ぶとは」
聞いたことのある、関心した声に俺は顔を上げていた。
「……ミスト……王?」
「久しぶりだな。……随分ボロボロの上……所帯が増えたみたいだが……」
ここは、石造りの建物の中。だだっ広い広間のはじっこに俺達はたどり着いていて、建物の中央には赤い立派な敷物の引かれた通路と玉座があった。
「……!?」
ここ、何処?
そんな疑問を口に出す前にミストラーデ王は笑いながらあっけにとられている謁見客や近衛兵やらを宥めながら、クッションに凭れていた背中を起き上がらせる。
「安心したまえ、ちゃんと月白城だ」
「や、そう言う問題ではなく……」
振り返ってみる。
多くはない調度品が並ぶ壁際に、ぴかぴかに磨き上げられた奇妙な形をした木の置物棚が……何の違和感もないように置いて在るではないか。
「君達ならまたそこから来ると思ったんだよ」
これ、庭にあった林檎の木だ……!
「だ、だからって王の間にこんなもの置いたら危ないでしょう!」
「西方ならね、でもここは南国だ。私は誰かに命を狙われるような憶えはないし、そんな事におびえる必要はない」
南国人は圧倒的にマイペースだというが……国王からしてコレだ。南国は盗賊に盗みに入られるとか、誰かが進入してきて謀反を企てるとか……そういう事件自体が滅多に『起らない』という素晴らしい土地柄を有している。
だからこそこのようなマイペース国王も生まれてしまう訳だ。
いや、良い連鎖だとは思うけど。どーかなぁ?
「お久しぶりです国王陛下」
と、そうでした。
目の前のマイペースなお兄さんはこれで実のところ国王、カルケード国王陛下なのだ。レッドが前に進み出て畏まったのに、俺は慌てて片膝を床に着いて習う。
「突然の来訪、ご容赦を。連れが怪我をしているのです……頭を垂れない無礼、お許しください」
「何だって?誰か、すぐに人を呼べ!」
そんでもってようやく、呆然としていて立ち止まっていた兵士達が慌ただしく走り出して行く。
それを察して深く頭を下げていたレッドは顔を上げ、笑いながら……ええと、黒い方だな……で、言った。
「しかしミストラーデ国王陛下、流石にこの場所に転移門を置くのはどうかと思われます。この木に刻まれているのは僕の転移紋だけではない。誰がここを目指して来るかも分からないでしょう?」
「あー、それはまぁ分かっていてそこに置いたんだが……」
苦笑しているところ、散々反対されたのだろう事は察しますね王様。
「やっぱ、まずいか」
すっかり威厳を緩めただの青年に戻ってミストラーデ王は苦笑した。
「陛下はともかく、ご来訪される方々のご迷惑になる場合もあるか、と」
陛下はともかくとか、それって失礼じゃねぇのかレッド。
だがしかし、恐らく同じ事を散々いわれたらしいミストラーデ王は苦笑いを強めて首をかしげる。
「……耳が痛いな、分かった。俺の我が儘は今、叶ったのだから後にしかるべき場所に移すとしよう。ともかく……ようこそ我が国へ」
両手を広げ、ミストラーデ・ルーンザード・カルケードは微笑んで、俺達がこうやって再び来る事を待ち構えていた事実を教えてくれるのだった。
長く森を彷徨っていた旅の疲れと、汚れを落とす沐浴をする為に、ミスト王は城のすぐ裏手にある施設をまるっと貸してくれた。
権力者とお友達になるっていいですねぇ。
広々とした大理石の建物が作り出す影は心地よく、通り抜ける風は適度に冷やされていて心地よい。
男湯と女湯別なのにこの広さ。たまりに溜まった汚れを洗い流し、沙漠の地下から湧き出しているという温泉に浸かる。
温泉っても温度はさほど高くない。比較的浅い地表から湧き出す地下水だそうだ。沙漠王国カルケードでは冷水の方が貴重なんだってさ。この上等な沐浴施設にはその貴重な冷水も、深く掘った井戸から汲み出されていて水風呂として一槽用意されていた。
「はぁ……」
ナッツがため息を漏らして湯から上がった音を聞き、俺はぬるま湯に浸かってうたた寝していた所目を開ける。
「もう行くのか?」
「ワイズの様態が気になる。この国の医者達に一通り状況は説明してきたけど……」
意識を回復しない、重傷を負ったワイズは南国城お抱えの医者に任せてある。テニーさんは拘留所を借りる事にしてそちらに収容中。南国ってのは罪人にも寛大らしいな。ちゃんと罪人用の沐浴場もあるって話だ。宗教的な問題です、とかレッドが言ってたかもしれん。べ、別に俺は牢屋にお世話になった憶えはないけどなっ!?
身を清めた後、結局ナッツ自ら俺達全員、怪我の診断タイムとなった。
今までの怪我の処置は、衛生状態が良いとは言えない場所での応急処置だったから、改めて処置をさせろとの事だ。
傷塞ぎの魔法で閉じていた傷を……再び裂いて消毒し直す。麻酔を効かせて丁寧に傷口を洗い……妖しい飲み薬を暫らく飲む事を強要、さらに注射も必須項目だとか云い始めた。随分仰々しいな……。俺は切り傷は無い。テリーとかマースとかがそういう処置を受けているのだが、傷の具合によって薬の種類は違うみたいだな。
「あたしも……やんなきゃだめ?」
右腕の甲側に切り傷を負ったアベルが、見ているだけで痛そうな処置に尻込みしている。黙って手招きするナッツに仕方なく従い、右手の触診をされて痛いのだろう、アベルは顔を顰めている。
「患部が腫れているの、自分でも分かるだろう?」
「………」
「アベル、このまま放っておくと化膿してもっと悪くなるし、傷跡が残っちゃうよ」
傷跡残っちゃうよ、に流石に抵抗は諦めたようだ。
さて、俺は別に怪我らしいものはしてないし……と、こっそり部屋を出て行こうとしたら呼び止められてしまう。
「ヤト、お前も一応具合を見る。ランドールから蹴られただろ?」
「別に、何ともないぜ?」
「嘘付け、さっき風呂場で必死に隠してたみたいだけど僕はちゃんと確認したからな。左腕も内出血してるだろ、さっさと患部を見せろ。あと、かすり傷から風土病に感染している場合もある。一応その検査と処置もするから」
ち、バレてたか。
そんな慌ただしい一日のスキップを思い出しながら、森の中に入って生活するって簡単じゃねぇんだなぁ……とようやく訪れた自分の自由な時間を堪能している。
何もしないでぼーっと町の様子を眺める。
何も考えずに……本当は色々考えないと行けない事があるんだろうけれどな。澱重なっていた疲れが静かに体の節々から吹き出し、暴れ出してきた。忘れていただるさ、痛さを感じながらぼーっとする。
辺りに警戒をする必要もないしな。こういう時間が無償に今、ちょっと幸せ。
「よぉ!元気そうで何よりだ!」
聞き慣れた声が下から聞こえて、俺はあてがわれた宿のバルコニーから身を乗り出して見下ろす。太陽が沈んで薄暗い中に溶け込んだ肌、明るい頭髪と白い歯が見えた。
「ミン?久しぶりだな!」
ミンジャン、世界の八洋を又に航海する唯一の船、エイオールの船長だ。招待制の情報屋でもある。いろいろお世話になった俺達だが、ユーステル(便宜上)女王を救出した後彼女(便宜上)を国に送り返す為に海に出て、それ以来会っていない。
「おう、聞いたぜ。あれからタトラメルツに殴り込んだんだってな」
そうだ。
あれから、俺達は軽い気持ちで魔王に挑んだ。そして……。
俺は自分が冒した過ちを思い出し、辛い気持ちを抑え込む。
……エイオールは情報屋だ。タトラメルツが今、どういう状況になっているかは知っているだろう。
「上がれよミン」
互いの情報を交換し、今世界で何が起っているのか。それを確認しよう。起ってしまった事は今でも辛い。けどだからって避けて通る事は俺には出来ない。
沐浴場の2階部分にあるなんだかゴージャスな宿泊施設……こういうのをマスターベッドルームって言うそうです。レッドさんが教えてくれました。貧乏冒険者の俺はなんだか落ち着かないが、ミスト王が折角手配してくれたのだから使わない訳にもいかない。
ツインルームが並ぶ中央にあるリビングルームに、レッドとリオさんがいて何やら話し合っているのを見つけた。
「ミンが来たぜ、情報交換したらどうだ?」
それが誰なのか、一瞬分からないという風にリオさんが眉を潜めた。……が、流石ランドール側の軍師。遅れてエイオール船の船長ミンジャンの事だと知って少し驚いた顔をする。
「それはありがたいですね、ご案内ください」
「おっけ、連れてくる」
体力消耗って思っている以上に足を引っ張るものだ。
そんなもんガッツがあればどーにかなるだと、言うのはタダだ。実際俺達は、殆どガッツで立ってるようなものだったろう。
コンピューターゲームだとそういうリアリティは削られてしまう。リアリティを追求しようとするとTRPGなんかでは、体力消耗は思ってた以上に能力値を削り、足を引っ張ったりするものだ。で、その為に演出重視もTRPG一種の花である為に、ガッツに匹敵するシステムが適応になったりするわけで。
まぁその話は良い。リアルの話だ、自重してても気が付くと節操無くゲームの事を考えてしまう、俺は本当にゲームバカだよ。
この所まともな食事をせず、まともな休憩を取っていなかった俺達。特に言うとランドールパーティーにその傾向は顕著だ。本来であればあそこで、例えテニーさんととエース爺さんが裏切っていたとしてももうちょっと、まともに立ち回れた筈だと思う。全部後手に回ったのは、疲れのピークも原因の一つだろう。
少なくともここまで負傷者は出なかったはずだ。
きっと……アインはそう云う事は解っている。そんな都合無視して感情を顕わにして喚き散らしたって良いのにな。彼女は解っているからただ黙って……悲しみを耐えているのだろう。
ペレストロイカが突然やってきて俺達を背中に乗っけてまでここに、この修羅場に急いだ理由が分かったんだ。
そして、ちょっと自棄を起こし様な行動の理由も。
『魂』泥棒だったのはナドゥとウリッグじゃない、ランドールだったようだ。そのランドールと対峙したのはランドールパーティーだけじゃない。
『魂』泥棒をどうにかしたいと提案したのはそもそも、カトブレパスさんなのである。
……彼女は、余りにも無惨な姿と沈黙でもってその場に横たわっていた。お別れを言う事も出来ないままに。ざっくりと話を聞くに、ランドールから真っ先に切り殺されてしまったそうだ。元々そういう理屈に嵌らない暴力を突然振るうタイプの勇者様らしいが……完全に虚を突かれた、とマースが悔しそうに呟いている。そんな重鎧戦士君もかなりの重傷を負っている、手当てして先ほど意識を取り戻したばかりだ。
砂浜に至るまでの僅かな、草原の中にあった彼女の遺骸を、沈黙して岩になってしまったペレストロイカの近くに埋めて弔う事にした。
彼女の魂がまだ死の国に縛られているなら……また、この国のどこかで生きているのかも知れない。だけど、それ考えようとするとさっきペレーが言った言葉を思い出しちまうんだ。ペレーは姉、パスの死を理解したのだろう。その理屈についてはわからない、もしかすれば、空から実際見ていたのかもしれない。パスの事が嫌いだ、憎いなどと散々言っていたけれど……実際そうやって自分の片割れが死んでしまって、自分ひとり取り残されたとでも思ったのかな。
今更だが、もうちょっと、ペレーの行動の裏を考えるべきだったのかもしれん。
勿論、パスさんはランドールを敵と認識し、戦おうとしたのだろう。その為に『俯く者』として直死の力を備える、隠されていた目を開放したはずだ。しかし……その両目が無残に突き潰されている状況に俺は、力を持つ故に立ち向かった事でこの惨事となってしまった気がしてならない。これは、自身に向かって来た殺気や、攻撃性をランドールが反射的に攻撃した結果じゃないだろうか。
かと言って犯人がランドールだとこっちだって分かってた話じゃないし、反則的な力を持つから手出しはするなと忠告する理由も無かった。
アインは両目を潰されて殺されてしまったパスさんの次の転生を探そうとはせず……ペレーと並べて作られた墓の前で黙って項垂れている。
次にどこかで会う時はこの国の外だと良い。
そしてその時は。きっと姉と一緒だって、ペレーは言っていた。
その言葉を信じたいのだろう。俺は、項垂れた小さなドラゴンの小さな背中にどう声を掛けて良いものか迷ってそのままにしている。
パスさんを切り伏せ、次にワイズに襲いかかったランドールを前にしてリオさんは殆ど動けなかったようだ。そもそも彼女は前線向けじゃないしな。そこはなんとかマースが間に入った、しかし一撃のもとに切り伏せられて……あの状況だ。
その後、ワイズもランドールに向け小賢しい手口を使うに意識的に精一杯で、テニーさんが裏切るという行動を完全に読み損ねたのだろう。テニーさんからの攻撃を避けきれず、かなり致命的な一撃を貰って今だに……。
意識を回復させていない。
テリーも左腕に大怪我だ、マースも頑丈な鎧と鱗の皮膚に助けられたようだがそれなりに大怪我。突然斬りかかってきたランドールに対しワイズを庇った傷だが、全く手加減されている気配が無い。それはマースも理解しているようでその辺りにも色々、ショックを受けている様だ。
レッドはナドゥが逃げていった転移門を逆探知して目的地をしっかり絞り込んでいるようだが……この先の行先案内はせずに黙っている。今現在、俺達は瀕死のワイズに付きっきりで死国から動けない。
さっきから、砂浜から動かずナッツ達がワイズの処置に必至だ。
俺はマツナギに付き添い食料調達に向かったが……ダメだ。ここはフツーの森じゃない、死の国である。
海は真っ赤でマトモじゃないし森は火山で焼けてるし。近場にはろくな食い物がない。生き物も殆どいない。いたとして死国だ。
もし転生者だったら……ほら、やっぱ……いただきにくいだろ?
そんな理由でマツナギがいくつかの鳥を撃ち殺すのを止めてしまった。食べてしまう事や、食べられてしまう事はこの死国のルール的に言えば別に悪いことじゃない。立派な食物連鎖なのだからそういう気遣いは無用なんだろうけれどな……。
俺達はサバイバル技能を振り絞り、記憶を頼りになんとか食えるものはないかと痩せた土地を徘徊したが、毒のない根植物と草の類を採取するに終わった。せめて栄養価の高い果実でもあればと少し遠くまでマツナギと歩いていって、小さな沼地で『喋らない』沼亀と、中型の蜥蜴と蛇を幾つか捕まえてこれでよしとする事に。
挨拶をしてみて、相手が喋らない事を確認するってのも間抜けだよなぁ……。
とりあえず、死の国は脱出した方が良いんじゃないか、というのをレッドに提案してやる事にしよう。どうも奴は遠慮して言い出せないでいる。成る程な、こういう時に何も考え無しに行先を示せる、それが俺の仕事だったじゃねーか。
野宿じゃ出来ることは限られている。ワイズの様態も気になるし……清潔なシートのあるベッドがあるどこかの町に一旦戻るべきだろう。
食料在庫も乏しいんだ。
森歩きの時はいい、現地調達が容易かったからな。でも今はそれも心許無い。
うちのパーティーで料理担当はもっぱらナッツとマツナギだ。食料調達までは俺でも手出し出来るが、流石に料理となると……ナッツやマツナギ程バリエーションは持って無い。煮込んで味付けする位なら出来るのだが毎日それじゃぁなぁ。
今はそのナッツがワイズ達の手当につきっきりなので、リオさんとマツナギで雑談を交わしながら少ない食材であーでもないこうでもない、と料理方法を話し合っているようだ。
俺は手持無沙汰だ、右手に包帯を巻いたアベルの所に向かっていた。
「見張り交代、お前は少し休め」
「……大丈夫だよ。ちょっと切られただけだもん」
ロープで縛ってアベルが監視しているのは……テニーさんだ。こういう扱いなのに文句を言えない事は分かっているようで目を閉じて、黙り込んでいる。
「いいから、……アインがずっと黙りだろ」
彼女は未だに姉妹の墓の前から動こうとしない。
アインにとってペレー達は家族みたいな存在だった訳だろ?それを、突然失ったんだ。落ち込んで当然だろう。当然だとは思うが……俺には正直その気持ちがよく分からない。分からないんだよ……家族と言えるのはシエンタに住んでた爺さんだけで、それもいつ死んだか看取りもしないで放置した俺には……分からない。
だから、隣に立ってどうやって声掛ければいいのかホント、分からんので困っているんだ。
「慰めてこいよ」
「あたしが?」
アベルは立ち上がりながら俺を、下から睨む。
「アンタ、アインの事が好きなんでしょ。それこそこういうの、アンタの仕事じゃない」
「ばぁか、だからこそだろ」
俺はあくまでアベルの機嫌を損ねる為に言い返してやった。
「好きだからこそこんな時、何って声かければいいか分かんねぇんだよ」
途端ほっぺたを引っぱたかれ、俺はひりひりした左頬を押さえて目を閉じた。
痛ぇ、手加減されてねぇ。右手怪我した癖に大した事無いって本当ですねアベルさん。
「ばぁーか!」
肩を怒らせて行ってしまったアベルを見送り俺は苦笑した。殴られるの覚悟で俺は言ったのだから……しょうがない。
テニーさんを振り返り伺うと、流石にこのやり取りには驚いたのか。目を開けてこちらを見ていた。それで、慌てて目を逸らされる。
「いや、悪いな」
ええと、何に向けて悪いと言っているのか自分でもよくわかんねぇけど……お惚気……じゃ、ねぇし。
「……悪いのは……こちらだろう」
俺はテニーさんの隣に座り込んでため息を漏らした。
「夕飯出来るまでヒマなんだ。ちょっと話でもしようぜ」
「……話す事など何も無いが」
「そうはいっても、疑問なんだから色々と聞きたいんだよ。どうしてそこまでしてあのバカ勇者に付き合うんだよ。ついには魔王連中について行きやがったんだぞ?あんた、それでもランドールの従者を貫くつもりか?」
俺は真面目な視線をテニーさんに投げた。バカ勇者とは当然、ランドールの事だぜ。
「……そうだ」
なんだかバカ勇者なのも全て肯定したように聞こえる。ふっ、いい気味だざまー見ろ。
「奴のやる事全て正しいって、どうしてそこまで盲信する」
テニーさんは目を閉じた。それについては話すつもりはないらしく沈黙が流れる。
「……そうか、正しいとは思ってない。それでも従わなきゃいけねぇのが……あんたの立場?」
テリーがバカ……違った……クソ兄!とか言って殴り掛ったもんな。奴だけが兄であるテニーさんが何をしようとしたのかすぐに悟って動いた。ようするにテリーはテニーさんがどういう理屈でランドールの元にいるのか知っていたって事だろう。
「ウィン家。ファマメント国のお偉いさん家らしいよな」
「……そうだな」
小さくテニーさんは肯定の言葉を呟いて、ようやく小さな声で応える。
「私はウィン家、そのものだ。テリオスが私を強く否定するのと同じく、私はウィン家を強く肯定しなければいけない。君に言える事はそれだけだ」
テリオスっつーのはテリーの本名の方な。ちなみに、テリオス?っていつだったか奴に呼び掛けてみたら即効首絞められ、殺され掛けました。どうにも本名結構地雷っぽいデス。
「テリーの奴に聞けばどうせバレるんだろ?」
アベルに殴られた頬を撫でながら俺は、なんとかテニーさんの態度を軟化させようとあの手この手を使ってみるぜ。
「……先ほど君の所の魔導師も同じような事を言って詳細を聞きに来たがね。言えんよ、奴は。知っていては成らない事なのだ。知っているはずが無い事を知っていると云う事は、テリオスは自分が否定するものを肯定しなければいけない。奴はそれから逃げているのだから」
可笑しそうに笑ってテニーさんは片目を開ける。
テリーから殴られて腫れている顎もあって、口の端を引き上げたその顔が邪悪に見えてしまうな。
「奴には言えん、私も……ランドール様に付き従う理由を言うつもりはない」
「……ワイズも知らないのか?」
「さてな、」
「……仲間だろうが」
「目的の為にはそんなもの、意味はない」
俺は視線を流した。ウチにも確かにそういう薄情な奴がいるしなぁ。と、思ったら流した視線の先に薄情な奴が写る。
「ご苦労様です、ごはん、出来たようですよ」
「おぅ、悪い」
量は期待出来ない。見た目も同じく。だが味は悪くなさそうだと、匂いから察する。
3人分を運んできたレッドは塩で固くなった地面に容器を置いて、重ねてきたお椀に分ける。俺はテニーさんの縄を解いてやった。
今更暴れたりした所でどうしようもない事はテニーさん、分かっているだろう。それでも縛り上げたのは一応用心って奴だ。俺は無言で椀を渡す。テニーさんだって疲れているだろう。手当無し、メシ抜きにする程俺達は鬼じゃない。
しばらく無言で雑炊を啜った。
亀肉うめぇ、泥臭いけど蛋白質と脂質はすげぇありがたい。上手い事灰汁を抜いたな、沼育ちの生物って下処理が命だ、もちろん完全に臭みは消えてないが、最初に口に運んだ一杯で美味いと思わせたのなら最後まで食える。今まで、味付けあく抜き失敗料理とかが無かった訳じゃないからな……試行錯誤極まって今、ここまで調理技能が高まったと言う事だろう。
膨らませてないパンを囓りながら短い食事を終える。最後に、これで最後と配られた発酵未熟なブドウ酒を仰ぐと、テニーさん自発的に無言で腕を出して来た。
確かに……今暫く拘束はさせてもらうつもりだ。
俺は再びテニーさんの腕を拘束し、ほどけないようにしっかり縛る。
ワイズを気にくわないと言って殺そうとしたのはランドールだが、それを実行したのはテニーさんだ。
ランドールはナドゥと一緒に行っちまったが、テニーさんは今まだここにいる。そしてランドールへの信奉も捨てていない。ともすれば、放っておいて生死の境を彷徨っているワイズに手出ししないとは限らないからな。
もしテニーさんに語りたくない事実があり、それをワイズが知っているなら……ランドールの思惑とは別に、その口を止めようするかもしれない。
「貴方は本当に、グランソールさんを殺すつもりだったのですか?」
自分から腕を出して拘束を許した行為を見て、レッドはお椀を重ねながら尋ねた。
「勿論だ、ラン様の都合はどうあれ……あの男は余計な事を知りすぎているし、余計な計略を回しすぎる。知らないだろうから言っておく。ハクガイコウ代理も含め、あの二人は天使教内では極めて異端だ、注意しておいた方が良い」
「それはありがたいご忠告ですが……聞きませんよ、僕らは」
レッドはテニーさんの言葉を鼻で笑った。
「カイエンを自由にはしない事だ」
カイエンっつーのは、ナッツの事だな。ハクガイコウ代理とか、そう呼ばれないとすれば奴の本名的にはこのカイエンという名前になる様である。
「僕らは容易く分裂する程、結束が弱くありませんから」
いや、レッド。それ実際裏切った事があるお前のセリフじゃねぇ。
そのように密かに呆れている俺をよそに、二人の視線の間で静かに火花が散っている。
「第一、貴方が見ている世界と僕らが見ている世界は違う」
「………」
レッドは目を細めて眼鏡のブリッジを押し上げた。
「貴方にとってカイエン・ナッツさんが気の置けない相手だからといって我々にとってもそうだとは限りません」
「……そうかな。君は紫を纏う者だろう、魔導師だ。それなりに裏があると云う事はお互いに察していて、対策はある程度打ってあってしかるべきだと思うが」
レッドは小さく頷いて細めた目を瞬く。
「そうですね、僕が正規の紫魔導であれば天使教幹部に対し、それなりの警戒はするでしょう。ですが……先にも述べた通り僕らは見ている世界が違う」
笑った。いつもの、とってもどす黒い笑みを浮かべてレッドはテニーさんに言い放つ。
「自分で言って何ですが。僕もコレで魔導師としては極めて異端なんですよ」
テニーさん、返す言葉もなく目を細めて黙り込んだな。
「異端同士、結構気はあったり、あっていなかったり」
「どっちだよ」
俺はすかさず突っ込んでしまった。実際どっちなのか俺には分からないからでもある。
「それぞれの望みが交差しない以上、僕らが分裂する事はありません。貴方は……取り巻く者達を『選びすぎた』のです」
「………」
俺には意味が分からんが、レッドの言葉にテニーさんは何か心当たりあるようで俯いて目を閉じている。
「どうにも誘われているようですが、ヤト」
「ん?何だ」
いきなり呼びかけられ、俺は顔を上げる。
「これからの行き先ですがとりあえず、貴方の言う通り死の国は出ましょう。環境が良くない、ワイズさんの様態もよくなりませんし、明日変化があってもなくても宿の取れる清潔な場所に向けて移動する事にします。手段については僕で何とかしますので」
「おう、了解」
「それで……彼ですが。連れて行きますよね」
「まぁな」
俺とレッドは俯いたテニーさんに振り返る。
ここに置いていってもそれまでだし、それだけ酷い事を確かにしたのかもしれない。だが、剣投げつけられたワイズもワイズで直前まで結構酷い事言ってたみたいだ。俺にはいまいち意味がわからん会話だったがな。
ワイズが悪いのかテニーさんが悪いのか。
いや、ランドールが悪いだろ。
俺はすっかり星の瞬く空を見上げてしまった。
とにかくワイズの言い分も聞いて、今は黙りしているがテニーさんからも事情を聞き出す必要がある。えん罪かもしれないしな。一番悪いのがワイズだって結果もあるかもしれない。
そもそも、なんでランドールがナドゥ側に行っちゃってんのかがわかんねぇ。それを良しとするテニーさんの事情もさっぱりわかんねぇ。
奴の頭上には……赤い旗があった。
混沌の怪物と化していなかったという事は、奴には赤旗感染源、ホストとしての能力が疑われる……魔王八逆星に数える事が可能な立場だ。
アービスが裏切ってこっちにいる以上、その穴を埋める必要が魔王八逆星にはあるだろう。アービスが言っていた儀式の上で、穴埋めは必要になるはずなのだ。一体どうやってナドゥの奴、あのとんでも勇者を手なずけた?自称勇者、どうして簡単に奴らに寝返った?
そもそもどーして赤い旗に感染している。
再び謎だらけだぜ……。
その上、事情を聞けるはずのランドールパーティーは空中分解寸前だしな。困ったもんだ。
「南国で待っている……そうですね」
テニーさん、静かに目を開けた。
「てっきり貴方の事、見捨てていくのかとも思いましたが。どうにもランドールさんは貴方を南国で待つと言った。あれは貴方だけに言った言葉だとは受け取りがたい。僕らにも南国に来いと言っているように受け取りますが……どうでしょう?」
「……それを私に聞いてどうするのだ?」
「それもそうですね」
レッドは小さく笑って肩をすくめる。
「と言う事でヤト、近場ですし。とりあえずミストラーデ王にご助力願おうと思います」
俺は頷いた。三度南国のお世話になるって訳だな。いやまぁ、三回目なのは俺とアベルとナッツだけだけど。
「ナドゥらの行き先も気になるしな……南国ったって広いけど。ミストん所に何かやっかいごと起ってなきゃいいが……」
で、レッドさんはどうやって南国カルケード首都に行こうと目論んでいるのでしょう。
朝起きて、俺。思い出した。
そういや月白城の薔薇庭にある、転移紋が刻まれている『王子の林檎』とかいう木。
あれ、俺の氷漬けが送りつけられた所為で瀕死なんだよ!殆ど枯れているも同じ状態だ。俺がお世話になってた時にはまだあったが……もうダメだから抜いて新しい苗木を植える様な事を庭師のサワさんが言ってたっけ!
俺は慌ててレッドの姿を探す。そういえば夜中の番はテリーが無理言って引き受けたんだよな。怪我してるから俺がやるって言ったんだが、逆に傷が火照って眠れないとか何とかいいやがって。
でもま、兄貴のテニーさんと何か話があるのかな?と思ってテリーに任せたんだ。
そのテリーと朝すれ違うに、どうにもぶすっと不機嫌な顔である。割といつもそういう顔だと言えばそうだけど。
テリーの様子も気になったがそれよりレッドだ。
見あたらないとウロウロしてたら、マツナギが山の方に行ったよと教えてくれた。
僅かに生えた草の中に紫色のマントを見付ける。
「おおい、レッド!」
「ああ、おはようございます。どうしましたか?」
あ、すまん。
こんな所に何の用事って、とってもプライベートな御用でしたか。わざわざ探しに来たって態度をするのもアレだし、そう言えば俺も……と思って別の草むらの中に向かいながら俺は尋ねた。
「どうもこうも、お前……どうやって南国に行くつもりだ?」
「転移門を使いますよ?」
汚れた手ぬぐいを折りたたみながらごく当たり前に言われてやっぱりな、と俺はため息を漏らす。
「お前、お前の所為で王子の林檎は……」
「……ああ。そうですか。枯れましたか」
レッドはそっぽを向いて俺の言葉を先廻って言った。
「その件は王に真っ先に謝らなければ成りませんね……」
「いや……まぁ、氷漬けにする必要があったんならしょうがねぇのかもしれねぇけど……いや、それはいい。だから、」
「そうですね、枯れたというのなら引き抜かれてしまった可能性もあるでしょう。ですがそもそもかなり年老いた木で引き抜かれるのが時間の問題である事など、僕は最初から把握しているのですが」
「……え?」
レッドが開いた転移門を潜る。
あー……やっぱり好きじゃないなこの移動方法。
そんな軽い酔いを感じながらたどり着いた空間は屋内らしく暗い。常夏の日差しにずっと晒された所からたどり着いた所為もあるだろう。瞳が暗闇に慣れず、一瞬何処にいるのか把握出来ない。
「うーん、我ながら名案だと思ったけどこうも上手く運ぶとは」
聞いたことのある、関心した声に俺は顔を上げていた。
「……ミスト……王?」
「久しぶりだな。……随分ボロボロの上……所帯が増えたみたいだが……」
ここは、石造りの建物の中。だだっ広い広間のはじっこに俺達はたどり着いていて、建物の中央には赤い立派な敷物の引かれた通路と玉座があった。
「……!?」
ここ、何処?
そんな疑問を口に出す前にミストラーデ王は笑いながらあっけにとられている謁見客や近衛兵やらを宥めながら、クッションに凭れていた背中を起き上がらせる。
「安心したまえ、ちゃんと月白城だ」
「や、そう言う問題ではなく……」
振り返ってみる。
多くはない調度品が並ぶ壁際に、ぴかぴかに磨き上げられた奇妙な形をした木の置物棚が……何の違和感もないように置いて在るではないか。
「君達ならまたそこから来ると思ったんだよ」
これ、庭にあった林檎の木だ……!
「だ、だからって王の間にこんなもの置いたら危ないでしょう!」
「西方ならね、でもここは南国だ。私は誰かに命を狙われるような憶えはないし、そんな事におびえる必要はない」
南国人は圧倒的にマイペースだというが……国王からしてコレだ。南国は盗賊に盗みに入られるとか、誰かが進入してきて謀反を企てるとか……そういう事件自体が滅多に『起らない』という素晴らしい土地柄を有している。
だからこそこのようなマイペース国王も生まれてしまう訳だ。
いや、良い連鎖だとは思うけど。どーかなぁ?
「お久しぶりです国王陛下」
と、そうでした。
目の前のマイペースなお兄さんはこれで実のところ国王、カルケード国王陛下なのだ。レッドが前に進み出て畏まったのに、俺は慌てて片膝を床に着いて習う。
「突然の来訪、ご容赦を。連れが怪我をしているのです……頭を垂れない無礼、お許しください」
「何だって?誰か、すぐに人を呼べ!」
そんでもってようやく、呆然としていて立ち止まっていた兵士達が慌ただしく走り出して行く。
それを察して深く頭を下げていたレッドは顔を上げ、笑いながら……ええと、黒い方だな……で、言った。
「しかしミストラーデ国王陛下、流石にこの場所に転移門を置くのはどうかと思われます。この木に刻まれているのは僕の転移紋だけではない。誰がここを目指して来るかも分からないでしょう?」
「あー、それはまぁ分かっていてそこに置いたんだが……」
苦笑しているところ、散々反対されたのだろう事は察しますね王様。
「やっぱ、まずいか」
すっかり威厳を緩めただの青年に戻ってミストラーデ王は苦笑した。
「陛下はともかく、ご来訪される方々のご迷惑になる場合もあるか、と」
陛下はともかくとか、それって失礼じゃねぇのかレッド。
だがしかし、恐らく同じ事を散々いわれたらしいミストラーデ王は苦笑いを強めて首をかしげる。
「……耳が痛いな、分かった。俺の我が儘は今、叶ったのだから後にしかるべき場所に移すとしよう。ともかく……ようこそ我が国へ」
両手を広げ、ミストラーデ・ルーンザード・カルケードは微笑んで、俺達がこうやって再び来る事を待ち構えていた事実を教えてくれるのだった。
長く森を彷徨っていた旅の疲れと、汚れを落とす沐浴をする為に、ミスト王は城のすぐ裏手にある施設をまるっと貸してくれた。
権力者とお友達になるっていいですねぇ。
広々とした大理石の建物が作り出す影は心地よく、通り抜ける風は適度に冷やされていて心地よい。
男湯と女湯別なのにこの広さ。たまりに溜まった汚れを洗い流し、沙漠の地下から湧き出しているという温泉に浸かる。
温泉っても温度はさほど高くない。比較的浅い地表から湧き出す地下水だそうだ。沙漠王国カルケードでは冷水の方が貴重なんだってさ。この上等な沐浴施設にはその貴重な冷水も、深く掘った井戸から汲み出されていて水風呂として一槽用意されていた。
「はぁ……」
ナッツがため息を漏らして湯から上がった音を聞き、俺はぬるま湯に浸かってうたた寝していた所目を開ける。
「もう行くのか?」
「ワイズの様態が気になる。この国の医者達に一通り状況は説明してきたけど……」
意識を回復しない、重傷を負ったワイズは南国城お抱えの医者に任せてある。テニーさんは拘留所を借りる事にしてそちらに収容中。南国ってのは罪人にも寛大らしいな。ちゃんと罪人用の沐浴場もあるって話だ。宗教的な問題です、とかレッドが言ってたかもしれん。べ、別に俺は牢屋にお世話になった憶えはないけどなっ!?
身を清めた後、結局ナッツ自ら俺達全員、怪我の診断タイムとなった。
今までの怪我の処置は、衛生状態が良いとは言えない場所での応急処置だったから、改めて処置をさせろとの事だ。
傷塞ぎの魔法で閉じていた傷を……再び裂いて消毒し直す。麻酔を効かせて丁寧に傷口を洗い……妖しい飲み薬を暫らく飲む事を強要、さらに注射も必須項目だとか云い始めた。随分仰々しいな……。俺は切り傷は無い。テリーとかマースとかがそういう処置を受けているのだが、傷の具合によって薬の種類は違うみたいだな。
「あたしも……やんなきゃだめ?」
右腕の甲側に切り傷を負ったアベルが、見ているだけで痛そうな処置に尻込みしている。黙って手招きするナッツに仕方なく従い、右手の触診をされて痛いのだろう、アベルは顔を顰めている。
「患部が腫れているの、自分でも分かるだろう?」
「………」
「アベル、このまま放っておくと化膿してもっと悪くなるし、傷跡が残っちゃうよ」
傷跡残っちゃうよ、に流石に抵抗は諦めたようだ。
さて、俺は別に怪我らしいものはしてないし……と、こっそり部屋を出て行こうとしたら呼び止められてしまう。
「ヤト、お前も一応具合を見る。ランドールから蹴られただろ?」
「別に、何ともないぜ?」
「嘘付け、さっき風呂場で必死に隠してたみたいだけど僕はちゃんと確認したからな。左腕も内出血してるだろ、さっさと患部を見せろ。あと、かすり傷から風土病に感染している場合もある。一応その検査と処置もするから」
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「よぉ!元気そうで何よりだ!」
聞き慣れた声が下から聞こえて、俺はあてがわれた宿のバルコニーから身を乗り出して見下ろす。太陽が沈んで薄暗い中に溶け込んだ肌、明るい頭髪と白い歯が見えた。
「ミン?久しぶりだな!」
ミンジャン、世界の八洋を又に航海する唯一の船、エイオールの船長だ。招待制の情報屋でもある。いろいろお世話になった俺達だが、ユーステル(便宜上)女王を救出した後彼女(便宜上)を国に送り返す為に海に出て、それ以来会っていない。
「おう、聞いたぜ。あれからタトラメルツに殴り込んだんだってな」
そうだ。
あれから、俺達は軽い気持ちで魔王に挑んだ。そして……。
俺は自分が冒した過ちを思い出し、辛い気持ちを抑え込む。
……エイオールは情報屋だ。タトラメルツが今、どういう状況になっているかは知っているだろう。
「上がれよミン」
互いの情報を交換し、今世界で何が起っているのか。それを確認しよう。起ってしまった事は今でも辛い。けどだからって避けて通る事は俺には出来ない。
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ツインルームが並ぶ中央にあるリビングルームに、レッドとリオさんがいて何やら話し合っているのを見つけた。
「ミンが来たぜ、情報交換したらどうだ?」
それが誰なのか、一瞬分からないという風にリオさんが眉を潜めた。……が、流石ランドール側の軍師。遅れてエイオール船の船長ミンジャンの事だと知って少し驚いた顔をする。
「それはありがたいですね、ご案内ください」
「おっけ、連れてくる」
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