異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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10章  破滅か支配か  『選択肢。俺か、俺以外』

書の3前半 光と影の『被害者連合会結成の件』

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■書の3前半■ 光と影の Organize Alliance with a Victim

 理由になる話を聞くに、俺は段々と胃がキリキリしてきた。と同時に軍師連中の懸念とやらが痛い位に理解出来てしまう。
 てか、俺ってホントバカだな。
 そうなんだよ、そうなんだ……ちょっと考えればそういう悪意が働く可能性はあるじゃないか!
 俺はその悪意を受けたい、とか言っておいてその覚悟が足りていない。足りてないから今、胃が痛ぇんだよ……!

 ああ、説明しないといけないよなぁ……うう……。

 だからな、例えば。
 タトラメルツの惨状が誰の所為だって事が、俺の主張そのまま伝わっていたら実際の所どうなるのか、って話だよ。
 ようするに……タトラメルツを半壊させた『魔王』がカルケードにいるぞという情報が流れたらどうなる。その人相がどうにも、こういう……こいつ本当に魔王なのか?みたいな推定平凡な東方人っぽい青年だとか。信憑性とかはさておき。

 感情的に、人はどう思うだろう?

 疑われて、お前の所為かと問われたら俺は何って答えればいいのだろう。リオさんやミンに漏らしてしまった通りにそうだ、俺の所為だと言ったら。
 俺はどうなる?
 いや、俺はいい。俺の事はいいなどと言うとみんな怒るからこれは心の中で言うに留めておくけど。
 ぶっちゃけ俺を裁きたいのなら、それで気が収まるならそうすりゃ良いと思う。けど……それをみんな止めるだろ。回避したいと思ってる訳だろ。事も在ろうかカルケードの王様だって感情的に止めたいと思うだろ。
 タトラメルツを半壊させた理由は俺にある。間違いなく俺が関与している。事実だ。でも……理由を語ったら俺のだけの所為じゃないだろと俺を知る人達が庇ってくれる。

 それと同じ感情を世間体全てに期待したって、無駄だ。

 俺はそういう『論争』が起るのが嫌だ。俺の所為で誰かが争うのが嫌だ。だから俺の事なんかは良いとか言いたくなるんだ。

 タトラメルツを半壊した酷い奴がいる、こいつは『魔王』だ……と俺を悪意でもって名指しする奴が現れないとは限らない事くらい、俺は最初から推測はしてたよな?
 いずれバレて指差されるのではないかと、恐れていたよな?

 こいつは『鬼』だ。

 村という単位、町という単位。
 そんなものでは収まらない規模、世界の全てから指を差される可能性を理解して俺はそれに戦々恐々してたんじゃねぇのか。それを漠然と悟って俺はタトラメルツの惨状を目の当たりにして足が止まってしまったんだ。
 怖かった。
 レッドからこれは貴方の所為ですよと、その一言で自分の全部が崩れちまいそうだと思ったくらい。
 でもそれは俺だけが背負っている重さじゃない。俺達には誰もがこうなる可能性があった。結果、それが俺だっただけ。
 俺がいくら、なんでもないって笑っても仲間達は笑ってくれない。
 奴らは奴らで俺を一人、犠牲に差し出しちまったんじゃないかと思ってる訳だしな。
 それ知ったら、俺は一人怖いとか立ち止まっている場合じゃないと思ったんだ。何で俺が、とか被害者ぶった思いに頭を抱えている訳だけどさ、そもそもそうなった理由は俺にもある。俺達全員にもあると言える。はっきりしない何かを恨んだ所で事態は改善しない。
 俺はそうやってなんとか立ち直ってレッドと対峙した。
 レッドも含め、全員でタトラメルツを半壊させた事件を背負い、魔王八逆星あるいは赤い旗の『バグ』を取り除くために再び結束を誓ったんだ。

 ところが……俺は、だな。
 ……その恐怖を完全に払拭できているわけじゃねぇ。

 レッドが言った、この国を出ませんか?という言葉の意味。

 それが指す意味を理解して、俺は震えそうになる手を握り込んだ。
 お前は『鬼』だ。その言葉に流され、俺はその通り『鬼』になっちまうんじゃないのか。そうならないという保証が俺には出来ない。だから未だにタトラメルツの件を思い出すと胃が痛い。

「戦いましょう?」
 突然掛けられた声に俺は顔を上げた。リオさんが腕を組み、静かに俺に向けて頷いている。
「貴方はその、タトラメルツを破壊してしまったという事実から逃げて居る訳じゃないでしょ。認めてしまうだけじゃ戦う事を放棄しているのと同じだわ。貴方に降り掛かる可能性がある悪意は、貴方に振られた戦いでもある。……受けて立って欲しいと私は思っているわ」
「……それは、どういう」
「勿論、僕らは全力で手を貸しますよ」
 いまいち『戦う』相手がよく分からない俺に、にやりと笑ってレッドが言った。
「貴方一人では戦えない、そいう相手と貴方は『戦う』のです。ですから、一人で自分の所為だなんて背負うのは辞めてくださいと、そう言っているんです」
 一人では……そぅだな、無理だ。
 一人で背負うつもりなら俺は、ならば気の済むまで俺を殺せ、と……向けられる悪意の前に膝を付く事位しか出来そうにない。戦うなんて……とんでもねぇよ。一人で戦うつもりなら俺は、それこそ、その時は『鬼』に成らなきゃいけない。そうしないと敵になるんだろう『世間』には太刀打ち出来そうにない。
 でも……一人じゃないなら俺は、俺の背中を押しやがる奴を守るためにちょっと、やせ我慢が出来るんだ。
 今までもそうやって俺は意地を張ってきただけだよな。
 苦笑を漏らしてテーブルの上の似顔絵を乱暴につかみ、握りつぶした。
「で、俺はどう戦えばいいんだ?」


 とはいえ、この握りつぶした似顔絵の顔の人。
 俺が知る限り3人いるのだ。
 一人は鏡の向こうにいる俺。もう一人はアービス。

 それから、何やら南国で人攫いをやっているらしい奴。水商売の女の子がお持ち帰りされ、何人も行方知れずになっている。

 俺とアービスが南国を脱出した所でその、タトラメルツを破壊した張本人と噂の似顔絵の人は、全員カルケードを撤退した事にはならない。
 ああ、だからこそ予測される悪意が。カルケードで猛威を振るう可能性を軍師連中は察した訳か。
 南国で女性を攫った人相が俺似って時点で、何かしらの理由があるだろうと軍師連中は察し、その通り巨大な策略が動いている訳だよ。

 南国で起こりうる『何らか』の事態を放置していいのか?俺達が望んでやっている事じゃないが、俺の『顔』が迷惑掛けてるんだろう?

「推測で動くのもどうだろうと思っていたのですが……猶予に構えている場合でもないと説得されまして」
「ワイズの意識だって戻ってないだろう。奴はどうするんだ?」
「ええ、それで。部隊を分けようか、と考えています」
 そもそも、俺は誰と戦えばいいんだ。
 まずはそれを教えてくれよ。俺の人相を使って一体誰が、何をしようとしているんだ?俺達の敵は多分一人じゃない。一人だったらバカな俺でも事態は読める。でも、この詳しい事を黙ったまま話を勧めやがる軍師連中の話では、それ程単純じゃねぇ、位の事しか俺には分からん。
 レッドはそんな俺の顔を見て腹の中まで察したように手を組み、ため息を漏らした。
「正直、推測で物事を説明したくないのですよね」
「外れていたら痛ぇからな」
「当っていたとしても、外れていても、です。推測で物事を語ってしまったらまるで、それが予言のように未来を蝕むような気がして」
 困った表情でレッドは視線をそらした。
「何か、俺に話したくない事情でもあるのか」
 そういう事が多すぎると思うんだがどうだろう?それが悩みの原因じゃね?すっきり話してしまったらどうだ。
「何を迷っているの?そういうヒマがないのは理解したと貴方、言ったわ」
 痺れを切らしたようにリオさんがレッドの隣のソファに腰を下ろして言った。しかし、レッドは眼鏡のブリッジを押し上げながらリオさんに向けていったな。
「リオさん、人間というものは些細な言葉で傷を負うものなのです。あなた達のリーダーだったランドールさんと同じように、ウチのリーダーに接する事はしない方が良い。僕が言うのも何ですが、この人はこれで結構打たれ弱いのです」
 その評価に俺は目を細めてしまった。どうなのだろう。
 人によっては俺の事強いというし、俺の仲間達は俺を指差しまた倒れるだろうから無茶するなと言う。俺も自覚して自分が有能だとは思っていない。
 それでも先頭に立ち続けたのはひとえに……これも単なる意地だよな。
「上手いだけです」
 何が、と俺とリオさんが同時に訊ね返してしまった。
「この人は、頼るべき人が周りにいると途端演技が上手くなる。痛くないと笑うのが上手なだけです」
 それを……お前に言われたくはねぇよ。
 そういうお前こそ何でもないですと例の黒い笑みを浮かべて容易く俺達を騙すじゃねぇか。
 でも言い返せない。俺とレッドは全く正反対のようで実はそっくりだという感じるのは……こういう所なんだろう。全てに意地を張って強がって見せる。そうやって嘘付いちゃう所が似ているのだ。
 レッドは自分の意思で嘘をつく。所が俺はそれを殆ど無意識でやっている。俺は後で気が付くんだ。
 ……自分が無茶をして、意地を張ってるだけだって事に。
「僕は多分、貴方を傷つける様な事をしたくないのでしょう。だから推論で物事を進めるのが気に入らない。出来れば全て分かった上で、差し支えない嘘でもって貴方を傷つけないように騙せたら良いなぁと思っている訳です」
「……てか、それを俺に明言しちゃうのもどうかと思うが」
 レッドは例の黒い笑みを浮かべて俺に改まって向き直る。
「ヤト、僕は南国カルケードに残ります。いえ……残らせてください。とてもじゃないが貴方の側についてはいけない」
「どういう意味だそりゃ」
「……推論を受け入れたくない。すなわちどんなに可能性が高くても僕は、今鑑みられている事実を信じたくないのです。正直逃げています。推論が当っているかどうかを確かめに行くのがぶっちゃけて嫌なのです」
 俺は怪訝な顔をしてしまう。
「お前がそんな事言うと俺も不安になるじゃねぇか。怖い事言うなよ。しかも『俺もここに残るぅー』はダメなんだろ?俺は南国から離れなきゃいけねぇわけだろ。つまり俺はそれを確かめに南国から出て行かなきゃいけねぇって事じゃんか」
「よくご理解頂けていますね」
「要するにお前は俺に向けて何かを説明するつもりが無いって事か?とにかく指示するからちょっと『どこそこ』に行ってらっしゃい……と」
「おっしゃる通り」
 相変わらずめんどくさい言い回しをする奴だが……。
 ようするに。こういう面倒くさい言い方をするのは、話の核心をバラさずに危機感だけは煽っておくという奴の手段なんだろう。必死に警告はしてくれてる訳だ。
 その肝心な内容については触れたくないと感情論で主張して……リオさんが嗾ける『戦い』は容易くないぞと、俺に忠告している。
 かといって俺に戦わない、という選択肢は無い。
 戦うさ、元剣闘士だ。こういう理不尽な戦いの舞台にゃ慣れてる。
「それで、俺は何処に行けばいい。それで……誰と戦ってくりゃいいんだよ」
「それを僕から申し上げる事が出来ないのです」
「貴方が知りたい事があったら私が答えるわ」
 そう言ってリオさんが立ち上がった。
「私が道案内を引き受ける。今の所トライアンが怪しいと思っているの。とりあえずそこに行こうと思う。何しろ例の謎の魔王軍が出現した場所になるわけでしょう?ルドランからもそれ程離れてはいないし……ただ国境を越えられるかどうか、というのが不安だけれど……」
「何の話だ」
 ルドラン?どこだそこは?
 西方の地理に疎い俺はトライアンの場所は辛うじてわかるがルドランとやらがどこなのかは分からん。国境越えが必要って事は、カルケード国じゃないって事くらいは分かるけど。
「……色々、道中説明するわ」



 それで早速だがその日の内に組み分けについての各人説得が行われ、いざ出発!てな事になるはずだったのだが。
 間が悪いなぁ。ちょっと事件発生。
 実はミスト王らには詳しい事情は説明せずにこっそり出かけるつもりだったのだ……今回もな。
 何でかって、事情を説明したら無用な心配掛けるだろ?ヒュンス隊長と相談して、何かと首を突っ込んで来る国王陛下には話は通さないでおこう、って話になったんだよ。
 ところが、そのヒュンスがいきなり俺達の所に駆け込んで来た。形相からして……何か起きてますって気配だ。
「どうしたんだヒュンス、まさか……わざわざ挨拶しに来た訳じゃないよな?」
「いや、そうではなく……こちらには来ていないと言う事だな?」
「……誰がだ」
 うーむ、嫌な予感ゲージが上昇しっぱなし。
 ヒュンスは息を整えながら小さく告げた。
「ミストラーデ王の行方が、分からなくなっている」

 昔ッから。ミストには監視役の目を欺いて自由行動をしたがる、という悪癖があるのだそうだ。
 某何代目か将軍の暴れん坊な説話じゃないが……そういう事されると困るのって側近の人達だよな。ヒュンスは隠密部隊だろ、割とも何も、元々はこの悪癖で城を抜け出すミストの監視も兼ねた側近部隊だったりするのだそうだ。
 がしかし、今は王子じゃなくて国王だ。
 いくら何でもそんな無責任な行動はしないだろうって、油断していたらしい。一々釘を刺すような事でもない、何しろ相手は国王だ。悪癖について改めて忠告進言していた訳ではないようだ。王座に封じられたのだから城から脱走なんて今後無いだろう、と少々高をくくっていた所はあったらしい。

「このタイミングは悪いだろう」
 俺は背負っていた荷物を下ろす。ミスト王探すの手伝わないとまずい!自発的に出て行ったのか、誘い出されたのか、それとも攫われたのかよく分からないが……とにかくまずい!
 魔王軍がどこに潜んでいるとも分からん状態で放っておけない。
「他に、行きそうな所は?」
「勿論探らせている、……お前達はもう出発したかとも思ったが私がここに来て良かった。王の事はこちらでなんとかする、お前達は出発した方が良い」
「何言ってるんだ!」
「いいから行け、早く!」
 なんだよ、そんな追い出すように言わなくったっていいじゃんか。俺はそのようにふて腐れて思ったのだが……。

 要するに、この展開をヒュンスは警戒していた訳だよな。

「やぁ、お邪魔します」

 悪意のある笑い声と共にヒュンスの次に現れたのは……。
 白い仮面を被っている魔王八逆星、クオレだ。
 しかも、一人じゃない。

 少し沈んだ表情を浮かべた黒髪の青年、ミストラーデ国王を背後に連れてきやがった……!

「良い具合に足止めしてくれたね。おかげで間に合ったみたいだ」
「王!貴方は何をしておいでなのですか!」
 ヒュンスの叱責にミスト王は弱々しく視線を逃がした。
 ……何だ、ミスト、お前……クオレから何を言われたッ!?

 俺は鞘の封印を解いて柄に手をあてた。相手は赤旗ぶったてた魔王だ、良からぬ事をたくらむってんなら……今度こそここで叩き斬ってやる!俺のその気配を察してかミストラーデ王は弾かれたように顔を上げる。
「すまない、軽率なのは分かっている……分かっているが……。俺は自分の足で城を出たのだし、自分の意思で……もう一度、彼に会ったんだ」
 少し弱々しく語尾を消え入られせながら、再びミスト王は視線を落とす。
「彼は……悪い申し出をしているのではないのかもしれない」
「何言ってるんだ!」
「勿論、町を一つ差し出せなどという話を呑む訳にはいかないがね」
 視線を床に投げたままミスト王は強く断言した。そうしてからゆっくり顔を上げる。
「俺は、どんな事態になろうとも自分で決断して戦う。だから彼にはここから撤退しろ……と、話をしに行っただけなのだ」
「わざわざ自分から出向いてくれるなんてねぇ、僕もちょっと驚いてしまったよ」
 などとクオレは言っているがなぜだか、驚いているようには思えない。明らか事態を楽しんでいるように聞こえる。
 なんだ、このムカつく態度は?
「まぁ、国王陛下自らそこまでしてもらっちゃぁね、僕も少し考えなきゃいけないかなぁって思って。どうにも首を縦に振ってくれないんじゃぁしょうが無い。それで……ね」
 仮面の、推定青年は含み笑いを零しながら言った。
「仕方がないから一旦西方に帰ろうかなぁと」
「……ふぅん?」
 なら、なんで俺らの所に顔を出す必要性がある。
「どうせ君達の事だもの。これから僕らの軍隊の根っ子を根絶しようとか思って、トライアンにでも向かう所だろう?」
 俺はまだ事情をよく把握していないが、目的地がトライアンなのはドンぴしゃ当たりだ。
「ついでだからさぁ、僕も一緒にそこに連れてってくれない?」
「はぁ?何おぅ?」
「僕の護衛の人達は君達が全部倒しちゃったし、流石に一人でトライアンまで帰るの心細くて」

 なんだ?こいつの、このずぶっとい神経は……何なんだ?

「それは俺らの所為じゃないだろ、お前が俺達に嗾けてくるからそうなるんだろうが!大体……」
「大体、魔王軍の本拠地バラしちゃっていいの、って?」
 構える俺を恐れる気配もなくのぞき込み、仮面の下で間違いなく笑いながらクオレは言った。
「本拠地が分かった所でアレでしょ。君達、タトラメルツの二の舞はしたくないだろうし」
 くすくす笑いながら、それ引き合いに出されたら黙るしかない俺を威圧するようにクオレは言った。
「制圧しようとするのと出来るかどうかっていうのは別問題だもの」
 俺は目の前で笑う青年を振り払い、睨み付けていた。
「お前のペースで事が運ぶと思うな、誰がお前の面倒なんか見るか!帰りたきゃ勝手に帰れ、というか」
 俺は突き飛ばした相手に素早く剣を向けていた。
「その前にもっと根本的な所にでもお帰りなさったらどうですかね?あぁ?」
「君、無抵抗な人でも遠慮無く斬れるんだ?」
 挑発的な言葉に俺はクオレの仮面の下、首下に剣を差し入れピッタリと止めた。
「無抵抗でもお前が魔王八逆星ならな」
「ふぅん、じゃあ単なる自称、だったらどうするの?」
 自称だと?そんな脅しは俺達に通用しねぇんだよ……!お前の頭上にはあるだろうが!赤い、禍々しい色のバグを示す旗がぶっささている……。
 おっと。そうか。
 俺は目を細め、俺が振る舞うべき態度に気が付いてしまった。

 そうだった。
 赤い旗、なんてものが見えているのは俺達だけだ。

 それだけでは相手が魔王八逆星だという証明には成り得ない。いや、実際には成るのだが。
 赤い旗が見えていない人にはそうだという証明が出来ない。

 証明するもの……あとは、デバイスツールか。赤い旗が近くにあると発光して示してくれる。
 しかし、それを堂々と魔王八逆星に見せつけるのはどうだろう。ちょっと危険ではなかろうか?デバイスツールというモノがある事情を、魔王連中に秘密のままに出来ている、とは思っていない。少なくともナドゥはそういうモノがあるのに気が付いている気配だ。
 これは、誰にでも使える可能性がある。使用権限は限定してある、との大陸座の話だったが、レッドフラグを持つ者でどれ程制限があるのかは未知数すぎる。
 とにかく、魔王連中に渡すと拙いモノとして俺達は取り扱いには注意しているのだ。そういう情報をヘタに与える訳にも行かないだろ?
 だから、今この場でクオレの言葉を覆すためにデバイスツールを出すに出せずにナッツ達は口を閉じているはずだ。

「それとも、証明する何かがあるのかい?」

 くっ……これはデバイスツールを出すように誘われているとしか思えねぇ……!

 俺は仕方なく剣を引っ込めるしかなかった。
 そもそもすぐそこにアービスがいる。こいつも赤旗立てている。故に、現在デバイスツールは点灯しっぱなしだったりする。ただ、強弱で度合いも示すのでアービスだけの時と、クオレとアービスがいる状態で光り具合も違う。しかしそんな些細な違いを説明出来る状態でもないだろ?
 そもそも、デバイスツールをこいつらに見せるのからして危険だ。実はリオさんにはデバイスツールについて説明はしてあるのだが、鈍感なアービスにはそんな便利なものがある事をちゃんと説明してないのだ。……そういう都合もある。
「ははは、ちゃんと証明してやらないと。王様が困っているよ?」
 その言葉にミストラーデ国王は明らかに顔を歪めた。
「それが知りたくて駆けつけたのにねぇ。ねぇ王様。貴方の権限でご命令なさってみてはどう?どうして、僕が、魔王八逆星なのかその理由は何だと、はっきりお聞きになったらどうですか」
 突然ミスト王はきっと顔を上げる。そして、この奇妙な事態を見守っていたヒュンスに命じた。
「ヒュンス、クオレを捕えろ!」
「はッ!」
 命じられた事に一瞬迷ったようだが淀みなく返答し、ヒュンス隊長は素早く魔王八逆星クオレに掴みかかる。
 対しクオレの方は、さすがにこの展開は予測してなかったみたいだな。
「うわ、何するんだ!」
 慌てて抵抗し、逃げようとしたクオレだったが……あっという間に地に伏せられ、両手を後ろでに掴まれ首後ろを押さえられて固められている。
 うん、本当に抵抗する手段が口先だけしかないみたいだなコイツ。
「王様!突然何をするんですか!」
「……ヒュンス」
「は、」
 ミストラーデ国王は少し迷ってから言った。
「そいつの仮面を取り上げろ」
 途端、クオレが狂気じみた笑い声を上げた。
 ぎょっとしたヒュンスが手に掛けた仮面を剥ぎ取る行動を止めたくらいだ。
 いや、もしかすると……。

 これが誰なのか、ヒュンスも察したと云う事かも知れない。

「ヤト君……。この自称魔王は拘束した。その上で、君達が知りうる事を正確に答えて欲しい」
 白い髪飾りごと毟る取るようにしてミストラーデ国王自ら、クオレの仮面を取り上げる。
 途端、慌てたようにクオレは自分の顔を地面に向けて隠してしまった。
「酷いなぁ……僕は自分の顔が大嫌いだって、貴方にも言ったじゃないですか」
「ヒュンス……立たせろ」
 命令通り、ヒュンスは地に伏せていたクオレを引っ張り上げ、立ち上がらせる。
 白髪に黒い目の……こいつはええと、うん?確かに見覚えがあるがはて、何処で見たんだっけ?
 俺は……あえて惚けたのではない。一瞬本当に誰なのか分からなかったのだ。

 黒い目と、額にある目のような模様が俺を睨む。

 魔王八逆星の肌に現れる、不気味な紋様がそいつの顔にも浮き出ていた。それが偶々額に目があるような模様になっている。
「お前に僕を殺されちゃ困るってさ……そりゃそうだよね。僕を殺すのは僕を邪魔だと思っている国王陛下だ」
「……俺は、そんな事は思っていない」
 感情を押し殺し、ミストラーデ国王は手に掴んでいた仮面を地面に投げ捨ててから言った。
「ただ……責任を感じて欲しいだけだよ」
「責任?自分で望んだ訳でもないのに突然玉座に座れ、だなんて言われたこの僕に、一体何の責任があるって言うんだ」
 乾いた笑いを零しながら、クオレは歯をむき出してミストラーデ国王……。
 いや。
 双子の兄であるミストに呪詛の言葉を吐く。
「確認なんか不要さ、僕は魔王八逆星だ。お前の国に戦火を呼ぶためにこうやって今ここにいる。さぁ殺せ、それで僕の役目は終わりだ、それで晴れて自由の身さ!」
「……エルーク」
 ミストは弟の名前を呼び、暴れるその首を押さえ込むようにして言った。
「お前は魔王八逆星クオレである前に、エルーク・ルーンザード・カルケードだ。南国の民である以上王家も何も関係ない……等しく裁きを受けなければいけないのだ」
「くくく……あわよくば僕の正体など気が付かない振りをして、外に逃がそうとした癖に」
「ああ。そうだな……その行いを否定はしない」
 ミストは素直に認め、エルークの首を押さえていた手で頬に触れる。
 ミスト王、クオレの正体に真っ先に気が付いたんだ。
 どこでだろう?いや……何しろ彼らは兄弟で、双子だって言うじゃないか。色彩は異なっているが成る程顔はそっくりなんだよな……。最初から、対峙するだけで何か違和感を感じるようにクオレの正体を勘ぐっていたのかも知れない。
 その上できっとミスト王は、エルークが背負った役割を悟ったのだろう。
 この国から出て行けと自身で一人話しをしに行ったのは……俺らの手がかかる前に逃げろという意味もあったのだろう。
 クオレはそれを嘲笑っている。
「……このような……醜い紋様を背負い……叔父と同じような道をお前が歩まなければいけないと思えば。それ以外に南国の罪も償えなどとは俺は、どうしても言えなかった」
「触れるな、」
 噛みつくように鋭く言われてミストは、仕方が無く手を引っ込める。
「だが、悟ったのだ」
 ミスト王はふっと俺達の方を振り返る。
「すまない、俺は再び我が儘を言う。エルークの言う通り……出来れば。彼をトライアンに連れて行ってやってくれないか」
「国王陛下、それは、どういう」
 流石のレッドも意図が掴めてない。ミストは目を閉じ、少し頭を下げるようにして語った。
「……恐らく、トライアンに戻ったら戻ったでエルークには居場所など無かろう」
「………」
 クオレ、もとい。
 ミストの双子弟エルークは鼻で笑うようにして視線を横に流した。
「自らの意思で魔王八逆星に下ったのか、そうでないのか。聞いた所で素直には答えないだろう。だが俺には分かる、居場所が何処にもないのだと言う事くらい、容易く」
「黙れ!」
「エルーク……お前が望むなら俺はいくらでもお前の為に、お前が望む場所を与えてやれる」
「気休めを、それと、僕をその名前で呼ぶな!」
「……お前が望むなら、だ」
 ミストはエルークの前に片膝をつく。
「望まない限り俺は、お前に手を差し出す事は出来ない。資格が無い。お前が俺を……恨む気持ちも分かる」
「わかる、だって?フン……じゃぁ、僕にこの国を譲れと言ったらお前はその通りにするのか?」
 嘲りを含んだその言葉に、ミストは……迷い無く応えた。
「……カルケード国王は自らの一存で全てを決める事は出来ない。だが、国王が国王である事を辞める権限はある。……国は俺の持ち物じゃない。国が、俺を戴いているに過ぎない。それでもお前が望むなら俺は……国王である事など辞められる」
「!」
 おいおいミスト、そんな事言っていいのかよ……お前!
「随分無責任な事を言うんですねぇ国王陛下」
 エルークは俺達一同が思っている通りに切り返し、漏れ出す笑い声を耐えるように暫く俯いていた。
「そもそも、それが目的かもしれないのにね」
「………エルーク」
「いい加減止めろって言ってる」
 少し疲れたようにエルークは顔を上げ、跪いている兄を見下ろした。
「僕は、お前に兄貴顔されるのが嫌だっていうのがまだ分からないのか。好きでもないのにお前と同じ顔で生まれて……鏡越しに、どれだけこの顔を呪った事か。お前に望む事なんて何もない、何もないからな……!」
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エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

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