異世界創造NOSYUYO トビラ

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10章  破滅か支配か  『選択肢。俺か、俺以外』

書の4後半 大円団『脊髄反射感情論』

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■書の4後半■ 大円団 Spinal Reflex Passion Utopia

「アイジャンの奴、ミストから殺されるの待ってやがったんだ……!」
 それなのに僕が、という自虐の笑みを仮面の下で浮かべているのだろう。クオレはうめき声のような笑い声を漏らした。
「そうなっていれば随分愉快な事になっただろうにな……!」
「と言う事は、お前はアイジャンと同じ事をしようとしたね?」
 マツナギの冷静な問いにクオレは笑った。
「ああ、実は、そうなんだよ」
「なんだと?」
 ミストラーデ王に殺せと言った裏にはそんな恐ろしい陰謀があったってのか……!
 流石にこれは許せねぇ。俺はクオレの胸元を掴んでしまった。
「……最後まで黙っていてるつもりだったけど」
 仮面の下、覗き穴から見える瞳は俺を見てはいなかった。そっぽを向いている。
「もういいや、……いい。だからヤト、僕の事をいくら許せなくても殺しちゃダメだ。僕がこの紋様を与えてやりたいのはアイツだけだ、それ以外の人を巻き込むつもりは正直、無いから」
「……バカ野郎」
 俺は残念ながらこれで半分魔王八逆星に足突っ込んでるんだ。だから……俺は誰であろうと剣を向けられる。そもそも青旗の俺達には赤旗感染はしない。
 魔王八逆星に手を下したモノには、その称号が移るという情報はぶっちゃけ、怖いものじゃねぇ。青旗つけてるから感染しません、とは言えないから理由については語れないものの。
 しかしその感染ルートは、俺達以外には脅威になりうる。
 と言う事はまさか、ランドールの奴は……。魔王八逆星に値する何かを殺したのか。それで赤旗感染しやがったって事か。
 ……ウリッグか?それしか考えられねぇ。
「アイジャン殺して魔王八逆星になって、そんでなんで、お前は行方を眩ました?」
「流石にショックだったんだよ。どうしていいのか分からなくなった。そこに、手を差し出してくれたのがナドゥだったんだ」
 またあいつかッ!しかし、確かにあの時奴はアイジャンの隣に侍ってやがったからな。その後何処に行ったかと思っていたら、ちゃっかりミストの弟誑かしていやがったって事かよ!
「なんでお前はそういう怪しい奴について行っちまうんだよ」
 ランドールもそうだ。一体アイツに何を唆されたというのだ。
「……それが、よく分からないんだ」
「分からない?」
「正直……それから後の事が少し記憶にない……分からないんだ。考えれば考える程何があったのか分からなくなるような気がする……そもそもどうして僕はナドゥに言われて南国に向かっていたのだろう」
「何を言い出すのだお前は」
 クオレは仮面越しに額を抑えた。
「さっきから何か変だなって考えていた。そう……僕はアイジャンを殺し、魔王になって……ナドゥに連れられて……。タトラメルツで君達を見た。封じるに必要だからって……そう、あの時座が足りなかったから穴を埋める人材が必要で……」
 順ぐり記憶を呼び出して確認するようにつぶやくクオレの様子がどうにもおかしく、俺はちょっと心配になって声をかけようとしたところ。
「んー、そろそろ破綻する頃だろうなぁとは思ったけど。君は一体どこにいるんだよ」
「うわぁ!」
 びっくりした。
 いつの間にか俺の足下にしゃがみ込んでこちらを伺っている少年がいるではないか。
 で、こいつを知っている全員で名前を呼んでしまう。ようするに、リオさん以外だ。
「インティ!」
 リオさん以外が俺含め驚いて身構えた。それに対し魔王八逆星の魔法使いの少年、インティは笑いながら緊張感無く手を振る。
「まぁまぁ、そんな構えないで」
「相変わらずお前はいきなり現れるよな……」
 アービスが呆れている。
「うん、結構びっくりさせるの好きだしね」
 無邪気に笑って立ち上がる。
「……どういう事だ?僕に……何かしたのか?」
 クオレは少し怯んだ様子で後ず去る。
「僕じゃないけどね。……というか君はさ、南国に居るはずなのにどうしてこんな所にいるんだよ。おかげで探しちゃったじゃないか」
 その問いに弾かれたようにクオレは顔を上げる。
「……僕にはやっぱり無理だったんだ」
「いいなぁ、それでお兄ちゃんと一緒南国からにここまで来た訳?」
「てか、貴様俺をおにーちゃん言うなッ!」
 前から思っていたが気色悪いんだよッ!何かしらんが懐かれてるんだよな……何でだ?
「一体誰が南国の統率取るんだい。ナドゥがぼやいていたよ」
「僕なんてお飾りだろ……ッ!居ても居なくても同じだ!」
「だから、それは君が……ん、ていうかなんでお兄ちゃんここにいるのさ」
「人の話を聞けよお前!」
 インティは俺を振り返って小首をかしげた。
「ああ、もしかしてウチに用事があるのかな?」
 例の杜を指してインティはウチと言いましたね。なんか、そういう言われ方されると……気が抜ける。
 困るなぁ、とか言われてバトルに突入するかというと……これがそうでもないしな。
 突然俺の手を引いてインティの奴、事も在ろうか嬉しそうに言いやがった。
「わーい、遊びに来てくれたんだね!」
 俺は額を抑えて項垂れる。
「……あのさ、お前……前にも言ったと思うけど俺、お前らを倒す方なんだけどそこらへん、ご理解頂けてる?」
「うん、一応ね」
 一応じゃ困るぞ俺は。
「正直さぁ、僕はやっぱり君の方がいいんだよ」
「それ、どういう意味で言ってるのかしら」
 ワクテカしながら首を伸ばすなアイン!
「丁度ナドゥが留守なんだ。ほら、クオレが放置するもんだから南国に行って指揮とってる。……今のうちじゃない?」

 なんか、とっても変な事になって来たような気がする。

「……あの、ご迷惑なのでは」
 何故か敬語になってしまう俺。
「いいよいいよ、僕は全然構わないから!」
 いやでも、ナドゥは構うと思うけどな?奴の都合など心配する必要はないのだが。
「まぁ、ぶっちゃけて君に会いたがっている人もいるしさぁ。僕的には全然オッケー。今のウチだよお兄ちゃん!」
「だからお兄ちゃんはやめろっつーの。俺はお前の兄じゃねぇ」
 しかしインティはそんな俺の対応に嬉しそうな顔をするのだ。何を狙っているのだこいつは?そう思ったら、とんでもないこと言いやがった。
「その反応が面白いんだってば」
 大人をからかうのもいい加減にしろよ貴様!


 それで、結局鬼……もとい、ナドゥの居ぬ間に俺達を『おうち』にお招きする事にインティは決めてしまったらしい。
 元より突撃するつもりではあったものの……。
「リオさん、どうやってあの杜に進入するつもりだったんだ?」
「そんなに小細工する気はなかったわ。アービスに手伝って貰うつもりでいたの」
 どーん、という物騒な音が杜の向う側から聞こえますよね。
 その余韻を聞き終えてから……リオさんは言った。
「ああいう具合に反対方向で騒ぎを起こして貰ってその隙に……」
 あー……、確かに小細工も何もない。


 俺達はインティが人為的に起こしている騒ぎによって包囲網が薄くなった所を……強行突破する事に。
 見張り兵だけになっていたファマメント軍に背後から襲いかかり、正体が見破られる前に気絶させて放置。
「よし、行くぞ!」
 結構背の高い、枯れ始めたススキなどが群生している平原へ飛び込んでいった。


 斥候部隊が監視するに利用している獣道がある。身を屈めてそこを走り抜け、俺達は問題の杜にようやく転がり込んだ。
「ファマメント軍はなんだってここを厳重に見張ってるんだ?危ない工場があると知っているなら、突撃してぶっ壊していてもいいだろうに」
「そうね、その疑問もあるわ。でも、出来ないと判断していたのなら、とにかく外部とのヘタな接触を遮断して監視しておくに留めておくでしょう」
 手出しが出来ない、か。よっぽど強い門番でもいるとか、か?
「この近辺から新生魔王軍が現れた事も先方は把握しているはず、それはディアス国、カルケード国で被害を出している事も。ともすれば、それらの勢力がここを調べに来る事も予見し、これ以上自国から出た膿を外に知られないように情報統制しているつもりだったのかもしれないわ」
 成る程、な。俺達みたいな勢力がうかつに近づけないようにする為の包囲と監視か。

 杜に入ったが、見た感じ何も変った所ではない。変な怪物がいるでもないし、人食い植物が生えている訳でもないしな。西にしては珍しい木が多いかな、なんというか……庭が手入されずに好き勝手育ちに育った、というイメージを受けなくも無い。
 薄暗い、ひんやりとした杜の中に入っていく。外からは小山のようになっているよな……と見えたが……ちょっとした急斜面を昇り終えると、その先には見事に陥没した小さな更地があるではないか。元々石造りの建物があったな、という残骸も転がっている。
 だが、この窪みは比較的最近人為的に出来たものに思える。余りに綺麗に陥没してねぇか……?と、目を凝らし……。
 その中央になにか居やがるな……と、立ち止まる。
 まだ杜を完全に抜けてないので俺には、それが何なのかよく見えない。
 ところがアベルやマツナギはそうじゃない。この二人は感覚系が鋭い。その二人は俺より先に足を止めているのを振り返って確認。
「どうした?」
「どうした、じゃないわよ」
 アベルの口元が引きつっている。アインが俺の頭の上でくんくんと例によって鼻を鳴らし……俺の顔を覗き込んできた。
「あぁ、ギルが居るわね」
「うげ、マジか」

 そりゃぁお二人の足も止まるってもんですな。

 その様に怯んだ俺達に、珍しくアービスが先頭に出て言った。
「突然斬りかかってくる様なことはしないよ……何なら私が話を付ける」
「大丈夫かよ?インティが戻ってくるの待った方がよくね?」
 奴を頼りにするのも何なのだが……ようするに、ギルがここにいるって事は奴は番犬だろ?インティの野郎、軽々しくおうちにご招待とかいって、ナドゥより数倍やっかいな鬼が残ってるんじゃどうしようもねぇじゃねぇか。
 なるほど、ファマメント軍が包囲するにとどまる訳だぜ。
「いや、ちょっと待って、あれは……少し様子がおかしく無いかい?」
 マツナギがそう言って警戒して釘付けになっている視線を細めた。
「どんな具合になってんだよ」
「というか、あの中央にいるのがそうなの?」
 リオさんの問いにマツナギとアベルは頷いた。埒があかない。俺からは何か居るな、位にしか見えないのだ。お前ら目が利きすぎ。
「とにかく、もうちょっと近づいてみよう」
 二人の腕を掴み、俺は引きずるようにして杜が切れる所まで進む事にした。


 で、確認するに確かにあれはギルだな。近づいてみて……様子がおかしいという事情が理解出来る。
「封印されてるじゃない」
「あ、やっぱりそうか」
 リオさんの言葉にマツナギは頭を掻く。
「何か魔法的な結界が働いているな、とは見えたんだけどね。あたしにはその知識はないし」
「どういう事だ?」
 なぜだろう。
 抉れた中央に八本の楔、それを何重かの鎖で渡した結界の中にギルが体半分没している。要するに……奴は今鎖に繋がれていると言う状況だ。番犬は番犬でも、鎖付けちゃったらこの場合意味ねぇだろうが。吠えるだけじゃ役が務まらないだろうによ。
「………」
 無言で先に行こうとしたアービスを止める。
「ちょっと待て、状況が分からん。なんであいつはあの状況だ?」
「私にもそれは……」
「おい、そこで何をごちゃごちゃ話している」
 う、聞かれてたみたいだ。
 まだ数百メートルは距離が開いているんだがなぁ。ギルはこちらに振り向かず、大声で明らかに俺達に言った。一応、用心して奴の背後から近付いていたんだが。
 あれは、振り向かないんじゃないな。こっちに振り向けないようである。
 渡されている鎖に絡まれていて動けないようだ。おかしいな、そんな鎖軽く引きちぎりそうな雰囲気なのに。
 インティが戻ってくる気配はなく、むしろ杜の向こうで魔法が炸裂したのだろう物騒な音とか、悲鳴とかが酷くなる一方だ。ちょっと……やりすぎてないかあの野郎。


 陥没した砂地へ飛び降りた。石の柱が倒れているのを伝いながら、鎖に繋がれた番犬……いや、狂犬の正面にゆっくりと回り込む。鎖がどこまで届くかが問題だ。
 ワンワンってファイヤーボールも効かない無敵状態だしな。噛みつける限界があるのが救いだ。
 殺気立っているかと思ったけどそうでもない。
 割と静かに……むしろ嵐の前の静けさ……?逆に相手が静かなのがおっかねぇ。
「なんだ、お前らかよ」
 その声に、なんだか嬉しそうな響きが混じっている気がして更に怖い。
「お前……何してんだここで?」
「何って見ての通りだ。謹慎中って奴だな」
 ぎ……ギルを押さえつけられる奴っているんだな……。その謹慎中って言葉を信用した訳じゃないが、ちょっと関心してそんな事を考えた俺だ。
「入り口はそこだぜ」
 顎でギルは俺達の背後を指した。
「お前は俺らの都合は聞かないのか?」
「聞かなくったって分かる。ここをぶっ壊しに来たんだろ?ついでにこいつを引き抜いてくれるってんなら御の字だが」
 じょーだんじゃない。
 誰が狂犬もとい怪獣を好き好んで解放するかッ
 そんな訴えは口にするまでもなく俺達の顔に書いてあったとでも言うのか。残念そうにギルは苦笑した。
「本気で恩に着るぜ?何ならここ壊すの手伝ってやっても良いのに」
「お前の言う事なんか信用できねぇ」
「何でだ?俺はお前らに酷い事したという自覚はあるが信用を裏切るようなことはした覚えは無いがな」
 それで十分だボケ。
「というか、俺はお前らとは一切取引はしない」
 動けない相手に武器を構える程俺はチキンじゃないからな。正直に言えば武器を構えたいのだが。ギルを指さして俺はそのように宣言した。
「そうだな、……そうやってお前は俺らの誘いを蹴ったんだった」
 おかげさまで……俺はタトラメルツぶっ壊すハメになったらしい。それは、一応俺分かってる。受け入れている。
 どうやら本当に動けないイコール害がないと察したようで、少しばかりアベルらの緊張が解けたな。
 リオさんはこいつの凄まじさをよく理解していないと見える。アベルやマツナギが緊張している理由がよく分かっていないようだ。
「なんで……謹慎になったの?」
「おい、そんなの聞いたってしょうがないだろ」
 リオさんの質問の言葉を止めようとした俺だが、まぁ……興味ない訳じゃないんだけどな。うん。
「何、たいしたことじゃねぇ」
 ため息を漏らしてギルは、大した事を言った。
「ここの下にある施設が気にくわなくってな。壊そうとして失敗したってザマァよ」
 あら奇遇ですね。俺らの目的と同じだとは。
「壊す?気にくわないってどういう事よ?」
「何があるんだ?……やっぱり地下施設か……魔王軍のプラントだって聞いてきたんだけどな」
 俺とアベルの質問にギルは呆れた顔をした。
「なんだお前ら。何があるのか知りもしないでここに入り込んできたのか」
 その後、喉を鳴らして笑いだす。
 ……正直怖くなってきたぞ。

 レッドもここには来たくない、という趣旨の事を言ってたように思えてきた。
 注意しろと奴は俺に言っていたはずだ。回りくどい方法で……警戒しろと俺に伝えたかったはずだ。
 何に身構えれば良いんだ。俺は、ここで何を破壊すればいいというのだろう。
 とにかく行ってみるしかない。

 相手は動けないのだと言い聞かせ、俺はギルに背を向けた。
「おい、ヤト」
 がしかし、名前呼ばれてびっくりして振り返ってしまう。
「前言撤回だ。先に俺を自由にしろ」
「……何を、俺はお前と取引しないと言っただろうが!」
「ならお前は頼らねぇ。アービス、そこの杭抜いてくれ」
「アービス、抜いちゃダメ」
 俺とギルの言葉の間でアービスは困った顔をする。
「彼は……話をすれば通じる人だと私は思っているけど」
「コイツは無意味に暴力を振るう奴じゃぁないよ?」
 なんでかクオレも肩もつのな。
「アービス、お前は魔王八逆星はもう辞めたんだろ?なら、奴の話は聞くな。あと、意味あろうがなかろうが好んで暴力振るう奴は信用出来ません」
「ああ、辞めればいいのか?」
 動く首を回して天を見上げ、ギルは笑いながら言った。
「………?」
「いい加減この体勢も飽き飽きしていた所だ。条件に八逆星辞めろと付けるなら付けても良いぞ。とにかく、先に俺を自由にしろよ」
「何言ってんだ貴様?惚けるのも大概にしろよ?」
 大ボスに値する奴が何を言い出す。
「惚けてはいない。そもそも、この状況から察しろよお前」
 ギルは笑いながら首を元に戻し、俺達を下から見上げる。
「俺は、奴らの意図に反しているから今現在こうなってるんだぜ?」
「………」
 ちょっと俺にも迷いが出てしまった。
 何しろこいつは強い。強い、と言うレベルではない。おかしい。
 戦って決着を付けられるような相手ではない。殺しても死にそうにない。てか、俺一度半殺しの目に合いながらも相手を半殺しにしているはずなのだが今もピンピンしてやがる。いやまぁそれはお互い様ですけど。
 そんなバケモノと、もしかすれば……今後一切戦わなくても良い事になりはしないか?
 いや、話が良すぎる。罠か、罠だろ。
「……話が見えないわね?貴方が破壊魔王と呼ばれるギルだという事は分かるけど……。どうしてここの施設を貴方が壊さなきゃいけないのかしら?」
 リオさんがようやく状況を整理して口を開いてくれた。今頭脳的に頼りになるのは貴方だけです。なんとかこの場を上手いこと収めてくれ!
「どうして、自由になりたいの?」
「決まっている、ここの地下施設を俺が、壊したいからだ」
「そんなんお前がやらんでも俺がやってくるわい」
 リオさん、目を細めて腕を組んだ。
「つまり、私達に壊されると都合が悪い訳ね?」
「くくく……まぁ、要するにそう云う事だな」
 ならば交渉は決裂だ。
 何かたくらんでいる奴の都合など知った事か!
 俺は今度こそ背を向ける。
「しらねぇぞ」
 ギルが低い声で警告する声が届く。
「大人しく俺に任せておけばいいのに。後悔する事になるぜ」
「うるせぇ!」


 俺は掛けられた言葉を無視して大股に、地下施設の入り口である……崩れかけた階段の入り口に進んだ。
「まって、ヤト!」
 引き留める声があったがもう聞かない、面倒だ、さっさと蹴り付けてやる!

 例えこの地下に例の『大魔王』がいたって俺はもう驚かないからな!
 そんで、奴が。
 バルトアンデルトがいるっつーなら今度こそ、怯まず決着付けてやる!

 階段を駆け下り、魔法照明らしいものが点々と灯る長い廊下に出た。所々十字路になっているのがここからも伺える。
「もう、待ってよ!」
 仕方なく全員付いてきたな。アービスとクオレも素直に地下に降りてきた。
「結構広い施設のようね」
 リオさんが長い廊下の左右を見渡して呟いた。
「魔王軍とか駐在してんのか?」
「いや、多分……まともに動ける奴は殆ど居ないと思うよ。それは全部南国に行っているはずだ」
 クオレの言葉はわりかし当てになりそうだな。
「じゃ、手分けして探索する?というか……何を探せばいいのかしら?」
 俺の頭上に乗っかっているアインは鼻を鳴らして首を回しているな。
「というか、君達何を探しているんだ?」
 クオレからそう言われて……んん?一体何を探せばいいのか俺はまだはっきりリオさんから聞いていないような気がしてきた。途中でインティが乱入してきてうやむやになってここまで来てしまったもんな。
「ようするに、ここに魔王軍の増産基地があるわけだろ?それを俺らはぶっ潰しに来たんだよな?何でも良いからぶっ壊してくればいいのか?」
「結局、そう言う事になるのかしらねぇ」
 リオさんは少し困ったように呟いた。
「おいおい、どうすればいいんだよ」
「すっかり私の理論が壊れちゃってるのよ。予定が変わってるの。レッドの言ってた事は正しいのね。魔王軍は三界接合だけで生まれてきている訳じゃない事は把握した訳だし、どうしてそれを言わなかったのかしらとさっきから考えているのよ。……多分、話したら私の考えが変わるからかしら」
 苦笑してもとから細い目を糸の様にしてリオさんは俺を伺った。
「レッドは何はともあれ私達をここに向かわせたかったのでしょうね。だから私に全部は話さなかったのかも知れない」
「ったく、相変わらずめんどくさい事をやる奴だなぁ。悪いなぁなんか」
「いいのよ」
「で、リオさんは何をここで見いだせばいいって思ってたんだ?」
「……そうね……あるかどうか分からないけど。あの鎧の新しい魔王軍の核になるようなものがあるはずだと思っていたの」
「核?」
 不定形生物とかにある、弱点となる奴みたいな感じの奴だろうか。
「それを壊してしまえば全部片が付くと思っていたの。私が展開していた理論上はね……というのも、あの新しい魔王軍は今までとは規格が違う。みんな『同一規格』なの。だから基になったものがどこかにあるはずだと思ったのよ。でもそれはようするに、あの魔王軍を生み出したいずれかの魔王八逆星がそうだって事になる訳でしょ。私が考えていたものはここにはないかもしれない」
「クオレ、なんか心当たりとか無いのか?」
 すると何故だか否定も肯定もせずに沈黙を返されてしまった。そんでもって突然提案する。
「ここから北と南で同じくらいのフロアがあったはずだ。構造はそれ程ややこしくない、二手に分かれたらどうだろう」
「じゃ、私はこっちを見るわ。ヤトはそっち」
 リオさんが戦力差を見て俺とアベルとアイン、それにクオレを割り振ってきた。ちょ、なんでアベルと一緒にいかねばならんのだ。そのように文句も言えない。言ったらまたケンカになる。まぁいいか、クオレも一緒だし。
 クオレがさっさと一方に歩き出したのでそれを慌てて追いかけながら、俺は頭上のアインを剥がし、アベルに手渡した。
「一応、何かあると悪いからお前ら一緒にいろ」
 その理由については二人もと把握はしている。ようするに、アベルが壮絶方向音痴なのがこの場合問題なのだ。

 武器を抜き放ち、見つけた部屋に入り込んでは……怪しい計器を片っ端からぶっ壊していく。書棚があればアインに消し炭にさせながら次の部屋を目指した。
 思っていた程何も無いな……いや、見るからに怪しい水槽とか薬品棚とかはあるけれど。実験中です、みたいな物体は見かけない。クオレが言った通り魔王軍などの怪物の気配もない。
 あっという間に通路の最後まで来た。
 ドン詰まりかと思ったら……小さな階段がさらに下に向けて続いているな。
 先に進もうとしたらクオレがちょっと待ってと立ち止まった。
「何だ?」
「……いや、そういえばこの先に僕は入った事無いな……と、思って」
「何があるか分からない訳だな。ますます怪しい」
「待ってよ」
 さっそく階段を降りようとした俺の手をクオレは掴む。
「君はそう云う所に入るの怖いとは思わないのか?」
 階段に足を伸ばしていた俺は振り返る。
 怖い?今更何を言うのだ。
「……その先には行かない方が良い……と、僕は、言われた」
「誰からだよ」
「ナドゥと。あとは、インティかな」
「ふぅん」
 て事は、インティはこの先に何があるのか分かってるって事だろ。
 ギルも分かっていて、分かっているから何か気にくわない事があって壊したいとか言っている。
「何があるか分からないなら、行ってみるしかないじゃない?」
 アベルの言葉に俺は頷いた。こう言う時は意見が合うんだよなぁ。
 俺達は渋っているクオレの背中を押して……ちょっと狭い階段を下りた。
 降りた先に明りはない。真っ暗だ。
「見えねぇ……明りは?」
「ヤト、左手の壁の何かパネルみたいなのがあるわよ」
 アベルに言われて探ってみるとほんとだ、壁際に何か人工的な凹凸がある。何かよく分かんないから押し込んでみた。パチンという音は……電気が通って弾けた音だな。
 紫色の蛍光灯似にた光が灯り、部屋の様子がぼんやりと浮かび上がる。割と蛍光灯かもしれない。足下で薄暗く発光しているチューブを足で突いてみた。多分真空率が良くないんだろうな。あんまり明るくはない。

 ここは、明らかにうさんくさい感じだな。やばそうという雰囲気がとっても漂っている。大きなガラス瓶に満ちている、得体の知れない液体……そういうのがずらっと奥に向けて並んでいる。見た感じ、そのガラス瓶の中に何かが収まっているのは見受けられないが……。
 いや、一番奥に何か居るな。
 びっしり並んだ巨大ガラス瓶の一番奥、俺は一人ゆっくりそれに近づいていって……成る程。

 後悔するぞの意味をそこでようやく理解するハメになってしまった。

「何、奥に何か居るの?」
「……アベル、ちょっと……そこから動くな」
 危険なものかと驚いてアベルの足が止まったのを音で確認する。
 俺はそちらを振り返り、クオレがまだ入り口付近でまごついているのも確認した。
「お前ら、俺が良いって言うまでそっから動くな」
「え?何でよ」
「いいから、ちょっとそこで待ってろ!」
 拘束力がどれだけ続くかは分からん。それは、俺の態度に掛かっているんだろうな。
 俺は静かに奥へ歩いていった。
 そこにあるものに目を釘付けにして、警戒しているという雰囲気を保ったまま。

 内心、ああ。
 だからレッドの野郎ここに来たくないと言ったんだと納得出来て、そう言う事かよと俺は、今起きている事を正確に把握する。
 そんでもって、俺は。

 何をすればいいのかぶっちゃけて困ってしまった。

 後悔?……正直、めちゃくちゃしている。

 でもなんでこれがギルにとって気にくわないのか俺には分からない。これが気にくわないのは……いや、気にくわないで済ませちゃまずいだろう。
 アベルが止めた所から動いていないのを確認し、もう一度視線で動くなよと牽制。
「まだ?」
 何があるのよ、と首を伸ばされてしまって……俺は、溜まらず額を抑えた。……迷いとの決別だ。
「何?」
 瞬間俺は剣を抜く。
 そして思いっきり目の前のガラス瓶を叩き割った。内圧で容易く瓶は崩壊し、生ぬるい液体が頬に当る。
 そして中空にぶら下がった『そいつ』を目がけてもう一度剣を振りかざそうとして……動けなくなってしまう。
「……あっ」
 途端アインが何か悟ったような声を上げたのを聞いていた。
 そうだ、密封されていたからアインはこれが何なのか気が付いていなかったのだろう。
 咳き込む声が響き渡り、濡れそぼった髪の隙間からそいつが、間違いなく俺を見下ろす。

 分かる。
 俺には向けられている視線の意味が分かってしまう。

 だって、これ。
 ………俺だ。

 右腕と上半身一部、あと頭しか残っていない。酷い、下半身が無い。内臓が遠慮程度にぶら下がっているのに生命維持装置と思われる管やらがつながっている。空気の膜みたいなものがあってそれに押し上げられていたソレは、瓶の破損とともに流れ出した液体の所為で破れる。しばらく逆さにつるされていたが重みでついには……全部がずるりと落ちた。
 ガラスの破片にまみれ、どこからか血を流しながらそいつは苦しそうにあえぐ。
 生きていやがる、俺は剣を向けるがどうしても……どうしても打ち込めない。
 惨めだ、残っている右腕もほとんど動かせていないのだろう、肉が残っていない。
 ていうか、生きていて当たり前だよな。
 だって、俺とりあえず今生きてるじゃねぇか。

 今目の前に、間違いなく俺死んだよな?と、覚えている経験が事実であった事を突き付けられている。

 ……こいつ、俺が殺しても良いのか?
 その途端俺も死ぬ事になりゃしねぇか?
 てか、別にそんなのどうでもいいだろ。だって……俺、本当はもう生きてないし。間違いなく存在が破綻してるし。エラー叩き出しているし、赤い旗ついてたし。一回間違いなく死んでいるし。

 しかし、しかし……。
 『俺』が決めていいのか?だってこれ、こいつが……俺の原本だろうがよ……ッ!

「くはっ」
 苦しそうに通っていた液体を吐き出した音が響き渡り俺は、無駄にびくついて肩を震わせる。
 怠そうな視線が俺を見上げている。
 鏡を覗いたって何も違和感無いのに、俺の目はこんなに……何って言うかこんなに……。死んだような目をしているのだろうか?
 奴が俺を見ている視線に乗せられている意味が痛い位に分かってしまうんだ。何かのバイパスが繋がっているのかもしれない。記憶が共有できているわけではないというのに、こいつが何を、俺にどういった感情を向けているのか分かる。共有できているなら俺は俺がこうなっている事態にはもっと早く気がついただろう。
 感情が読めるのはひとえに俺だからだ。
 俺がこういう状況に陥ったら、どういう事を考えるかなんて事……容易く理解出来る。だからだ。

 そいつは笑い出した。

 息さえまともに出来ない癖に、喉を震わせて動けないでいる俺を軽蔑するように。

 ああ、そうだ。

 投げやりな一撃を落とす。
 剣の重みでよく切れる切っ先はそいつの額を切り裂いた。
 支える力を失って下ろしてしまった剣、その後は、もう、なんだか嫌で嫌で溜まらなくなって俺は……証拠隠滅に走って何度も剣をそれに向かって叩き付けてしまっていた。

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