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10章 破滅か支配か 『選択肢。俺か、俺以外』
書の7後半 戦いを捧げろ!『神聖なる殺し合い』
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■書の7後半■ 戦いを捧げろ! Offer a struggle to for Ishtart
魔王八逆星の目的とか、奴らを俺がぶっ殺すとか。
それも問題なんだけど、実は俺はそれどころじゃない。
ぶっちゃけて、俺は俺の問題を考えるのにリソース半分以上持って行かれている。
テリーが、俺は『俺』だと保証してくれた経験だけが俺を力強くこの場に留めている気がする。
あいつがあれを言ってくれなかったら俺は……あそこで、あの地下施設で混乱してしまって使い物にならなくなっていた可能性もあるんだぜ。
テリーが俺達に付いてこなかったのはもしかすると、レッドらと同じで俺のこうなっている『可能性』に気が付いていて、俺が何をしなければ成らないのか、分かっていたからだろうか?
だったら着いて来てくれよ。
どうしても着いて行けないなんて……レッドの奴。
怖いって、何だよ。
一番この現状が怖いのは俺自身なんだからッ!
顔にも口にも出さないけれど、俺はこの所ずっとそんな事を考えていたりするんだ。
俺の行いは正しかったのか、正しくなかったのか、とかさ。
俺はやっぱり『俺』じゃなかった。なら俺というのはドレが正しい存在で、ナニが正常と言えるのだろう。
殺してしまった。消してしまった、無かった事にしてしまった。
間違いない、あれは俺だ。本来この世界にあるべき『俺』だ。ほとんど破綻して、死んだも同然に生かされていた。
そんな惨めな状態だったから変わりに俺が『俺』をやる。
俺にはその資格が果たしてあったのだろうか?
世界の中に俺がいるのではなく、俺が認識するからこの世界は存在する。『俺』のいない世界など幻想で、現実じゃない。
なのに、俺はその大切なものを破壊してしまった。
それでも世界は正しく認識できるのだろうか?
俺は今正しく世界の中にあるのだろうかと自問したら、間違いなく正しくないと力一杯に言えたりするな……ははは……。
なら俺は大人しく『俺』など辞めればいいのに。
目を閉じる。今の状態が辛いというのもあるけれど、今すぐ消えたいと言う程せっぱ詰まってはいない。
なんだかよく分からない都合で俺は今ここにいる。本当の、正しい『俺』を蹴り出して居なかった事にしてそれでも俺はここにいる。
存在するならどこまでも、足掻けるだけここにいて、俺が出来る事をしなくちゃいけない。そのあたりの責任は背負いたくないとか駄々はこねない。むしろ何もしないで存在するだけの方が俺には辛い。
俺は何が出来るだろう?世界のために、世界に正しく存在しない俺に出来る事とは何なのだろう。
……アインは俺が何に頭を悩ませているか『知っている』。
明らかに分かっている。分かった上で何も言ってこないのは……。この悩みは俺のものだから俺自身で悩むしかないって事、なのかな。
難しい、一人で悩むのは無理だって。決着が付きそうにない。
そろそろ本気でレッドの詭弁語りが恋しくなってきた。
イシュタル国の使者がやってきて、魔王討伐隊認定された俺を確認してからようやくエトオノ封鎖作業に入るのな。
もう昼廻るぞ?
そしてその頃ようやく起きてくるアインさん。
あくびを漏らしながら俺の頭の上にいるが……ちょっと話があるっていうから、廃墟になっているクルエセルの中を散歩する事に。
船の手配もイシュタル国でしてくれるっていうし、レッド達と連絡も取ってくれるって言うから作業が終わるの見届ける事になったんだ。専属魔導技術士がやってきてエトオノの塀を要にして何やら作業している。全部終わるの夕方になるってさ、それまで俺達手持ち無沙汰。
リオさんはその間にイシュタル国に買い物と、情報収集に出かけて行った。
結界敷く作業があるからエトオノ闘技場跡からは追い出されている、アービスがヒマそうに突っ立っているので一緒に散歩にでも行くか?と誘ったらリオさんが戻ってくるかもしれないから自分はここにいる、だってさ。付き合い悪い奴だ。
「もぅ、勝手にアービスちゃんを誘わないでよ」
「なんで?」
「なんでって、あたしはヤトに話があるの」
お、俺に話ですか。何でしょう、ちょっとわくわくしてしまうぜ。
しかし……その話を聞いて俺は……途端に思い出した。
リコレクトした。
ちょぉっとヤバい事情をリコレクトしてしまった!
「どうするの!メージンから聞いてるんでしょ?」
「……う……わ、どうしよう」
そうだった。
セーブするのにエントランスに入った時、メージンから忠告されたのすっかり忘れてた!
ログアウトが迫ってきている!
ヤバい。なんでかって?
俺がログアウトするすなわち、戦士ヤト君が暴走する可能性があるのだ。赤旗が解消されているらしいとは言うが……それがすなわち、大丈夫って事じゃないよな?大丈夫だという保証は無い!
ドリュアートの木に縛り付けられた時に何か、また余計な小細工された気配がある。軍師連中も詳しい事は話さないし……。
ナドゥの話が本当であるなら俺は、個の命ではない。
群の命となり、世界の真ん中にあった木の命と繋がった存在であるという。俺に赤旗付いてなくても、俺と繋がっている世界の真ん中にあった木にはばっちり赤旗が付いていた。そのバグを抑えるためにドリュアートの大陸座マーダーさんからデバイスツールを受け取る事を後回しにしている。
俺が死ぬと木が死ぬんじゃぁないらしい。俺が死なないのは、その前に木が生きているから……という都合がある。
とはいえその後、俺はまだ死ぬような目にはあっていないので具体的にどうなのかよく分からん。怪我はするしなぁ。アベルから散々ぶん殴られてそのたびに湿布のお世話に。
ランドールと戦った後も普通に打ち身が残った。
俺の中から這い出す不気味な蔦、あれは俺がかなり致命傷になって意識が混濁すると始めて現れる。
今でもあの得体の知れないモノは俺の中にいるのだろうか?
ログインする度に俺の状況変わるのな……うう、どうしよう。
こんな所でログアウトして俺は、何か変な事をしないという保証があるだろうか?本来赤旗という概念はこの『ゲーム』にはない。だから、赤旗に感染した場合はどうなるのかという決まった法則が無いのである。だから、何が起こるのかドキドキヒヤヒヤしながら毎度毎度変なログアウトとインを繰り返している。
前回、俺は結界敷かれた場所でログアウトし、見事に次のログインまでのたった3日の間に暴走をしていたという。
暴走とは即ち、戦士ヤトにログが残っていない勝手な行動、そしてそれに付随する暴走と言うしかない破壊行動だ。
しかし、赤旗感染が確認された俺はそういう、暴走をしでかすという可能性を察した軍師連中の読みが勝った。で、前回はなんとか被害は最小限に収まっている。
所が今、そうやって小細工してくれる軍師連中がいねぇ。
そんでもって、小細工頼める連中と合流する為に必要なログ容量が足りない。ログアウト期限がかなり間近に迫ってきている!いやまさか、こんな離れた国に飛ばされるとは考えてねぇもんな。メージンだってバックアップなだけで今後の展開が読めてるわけじゃないだろうし。
最速の船エイオール船でも捕まえられればあるいは……そうだ、エイオール船!
「レッド達に連絡取れればあっちにはミンがいる!フクロウ船ならここまでどのくらいだ?」
「あたしはそれ分かんないわ。リオさんに聞いてみてよ」
急ぐ必要はあるがなんでそんなに急ぐの、と聞かれたらどうしようとアインに相談する。
「そぅねぇ……まぁ、タトラメルツで暴走した前例があるわけだし、その周期があるとか何とか言ってみたらどうかしら」
「成る程、それでいこう!」
崩れた壁の向うに光差す空間を見つけて俺はそっちに歩みを進める。言った通り俺達が散歩しているのはクルエセル闘技場跡地。闘技場施設だけじゃない、大型だと育成管理施設や経営会社なんかも併設しているのだ。
「しっかし、こっちはメタメタだな」
レンガ造りは崩れて潰れているし、所々火がついた気配もある。落書きとかも酷い。
それでも……闘技場の中央にある聖地は比較的綺麗だった。
ここはイシュタル国において聖域だ。戦いの神と崇める偶像イシュタルトに闘争を捧げる舞台。
闘技場によって様々な形がある。エトオノは壁で囲んだ楕円の舞台だが、クルエセルは堀に囲まれた長方形。こんな所でも極端に違う。……俺はここで戦った事もある。闘技場同士で交流戦みたいなのもやるんだぜ。闘技場の形やタイプによって剣闘士の相性もあるという。
俺はオールラウンダーとして有名だったから、ドコで誰と戦っても弱点を責めにくい相手として嫌がられました。まぁ、総合的であるために特出した相手の能力とかに振り回されたりするんだけど。
急勾配に盛られた舞台の土は所々崩れていたが、はめ込まれている石の階段から上はほとんど無傷だ。
落書きとかされててもおかしくないだろうに。ここだけやけに綺麗に……当時のまま残っている。
俺は空から光の差し込むその舞台に上がってみて、観客のいない、破壊されたクルエセルの観客席を見渡した。
誰もいないだろうと思ってそのようにしたというのに……体を捻って見渡したその視界の先。
膝を組んで、傾いた観覧席の一つに腰掛けている見慣れない女性を見つけ、驚いて体をそちらに向け直す。
「びっくりさせたみたいね」
女性だ。
立ち上がって、軽々と半分崩れ落ちている観覧席から飛び降りてくる。
青みがかった黒髪を持つその女性が、舞台に向けて跳躍して来た。その姿は太陽の光を背負って俺の視界をもろに焼く。
「うわ!見てよヤト!」
一瞬奪われた視界に目の前がチカチカする。目前に降りてきた女性を俺は、アインに言われて目を眇めて眺めた。
……何かがおかしいな。何だろ?……ん?
「あ、三ツ目だ!」
三つ目がとおるだ!このお姉さん、額にもう一つ目ん玉がある!
「そこじゃないってば!」
アインから頭を叩かれた。
「じゃぁどこだよ!」
「ここじゃない?」
三つの目を持つ女性は笑って自分の頭上を指さしているのでそれで、納得。
降り注ぐ光の所為か、俺には一瞬何もないように思えた。いや、ぽっかりとそこに光の窓が開いている。
白い旗だ。
「大陸座……イシュタルトか!」
場所的にここで現れるだろう存在は、中立の大陸座イシュタルトしかないだろう。イシュタルトを表す紋章として一つ目模様が有名だとリコレクトする。その一つの目の紋章は『第三眼』と言って……イシュタルトの三つ目の瞳、とかいう意味なんだとか。
俺が驚愕して指さしたのに、三つの瞳は同時に細められ笑っている。
この微笑み、俺はどこかで見た事があるような気がする……な?
というか、三つの目はともかくこの、顔。
黒髪で、別に耳が長い訳でも人間外生物というわけでもない。おかげで似ているのがよく分かるんだ。
思い出す。
これはリコレクトじゃない。リコレクトで思い出せる範囲の記憶じゃぁない。
「リョウ姐さんだ!」
「ん?リョウの事をそんな風に呼んでいるの?」
うぉっと!それは俺の脳内での呼称でしたと、俺は顔を真っ赤にして慌ててしまうのだった。
亮姐さんと心の中でお呼びする事にしている開発者の一人、ササキリョウさんの顔をしている大陸座が、自分の自己紹介をする前に俺は手を突き出して止めた。
「ちょっと待って、」
「何?」
「名前、俺当てもいいか?ずばり、キリさんだろ!」
「あら、なんで知っているの?誰かから聞いた?」
ヒントはマーダーさんから貰っている。
元になっている側面、すなわち開発者人格の名前の間を取って名前がついていると聞いている。ササキリョウ、なら真ん中取ればササ-キリ-ヨウだろ?
しかし……もう少し捻ったらどうなのリョウ姐さん……。
「ここら辺で待っていれば必ず来るって思ってたわ。待っていた」
イシュタルトの大陸座、キリさんは無邪気に笑って俺の手を取る。
「キリさんはデバイスツールを手放してっていう話は聞いているのね」
「ん?何それ」
キリさん、笑いながら首をかしげる。
「いや、俺達は赤旗バグを解決するためにその根本となる……」
「あ、その話ね。そんな話もあったわねぇ」
「そんな話もあったわねぇって……じゃぁ、なんでここで俺達を待ってたんだ?それ以外に何の用事……が?」
「用事って、決まってるじゃない?」
俺の手を取っていた手をぱっと放し、キリさんは……腰を落とし低く構え、背後に交差させて背負っている短剣の柄を握り込んだ。
「至高の戦いを私に捧げに来たんでしょ?」
俺は瞬間構えた。
殺気当てられたら構えてしまう、これは元剣闘士の癖だ。
「アイン、場外に出ていろ」
「え?何?ちょっと?」
「いいから邪魔だ」
「邪魔ですって!」
あぐあぐと頭を……か、噛まないでアインさん!離れるつもりが無いみたいだが、相手が構えているんじゃ俺も構えを解けない。
しかし流石はイシュタルト。
舞台に『3つ』存在している所で儀式を始めるつもりはないようだな。少し怒ったように構えを解く。
「ちょっと、早くどっかにいきなさいよ。それとも貴方が戦いを捧げてくれるの?」
どうやら今なら話が通じると見た。俺はアインを頭上から引き剥がしながら尋ねる。
「というか、イシュタルトが直々に戦いを挑んでくるなんて話も伝承も聞いた事ないけどな!?」
「当たり前でしょ、あたしがイシュタルトだって知ったら誰もあたしと戦ってくれないじゃない」
いや、そう言う問題か?
というかそもそも……イシュタルトというのは一番『ドコにいるのか分からない』精霊じゃぁなかったっけか?
伝承じゃそういう事になっている。大陸座の都合も同じくで、イシュタル国にいるだろうけれどどこにいるのか皆目見当がつかない、ってレッドが言ってなかったか?
俺とかアベルとか、長らくイシュタル国に住んでた訳だけど大陸座がどこにいるか、なんて話聞いたこともない。知っているなら早く軍師連中に報告している。
それなのにここ、闘技の町エズでは戦いの神と崇める、どこにいるのかわからないモノに至高の戦いをささげている。
「そんな三ツ目じゃすぐに怪しい人物ってばれるんじゃねぇのかよ?」
「……貴方には見えるのね……流石青旗の勇者。貴方には昔からその素質があったのよ……多分そう」
その言い方だと普通の人には見えないという意味か。しかし、彼女はずっと『見てきた』……そういう風に聞こえる。
どうにかアインを引き剥がし、首の後ろを捕まえて暴れるのを押さえ込んだがさて……どうしよう。
「なんで突然戦わなきゃ行けないのよ!それとも何?勝ったらデバイスツール渡すとか?」
「そんなにデバイスツールが欲しいならそれでもいいわよ?」
キリさんはとても好戦的に微笑んだ。
イシュタルト……戦いの神とここに国では崇められているのだが……大陸座もそれに合わせてこんな戦いバカのお手本みたいな性格じゃなくてもいいじゃんか!
「戦わずにデバイスツール渡すのは」
「そもそも、私は戦いを辞めたいとは思っていないのよ?世界が壊れるとかバグだとか、そんなのはどうだっていいの」
成る程……魔王討伐隊第一陣に人員を送ってこない訳だ……。というか、出来るなら自身で行きたかったに違いない。
この性格じゃぁな、開発者人格の方でたとえば上司にあたる斉藤さんであるらしいファマメントや伊藤さんであるイフリートから協力しろと言われても、……その上下関係はこっちの世界では通用しない。
こっちのササキ・リョウさんは上の都合など聞く気はない……と。
「アイン、外に出ていろ」
「戦うつもり?」
「俺はこれでも歴代チャンプの一人だぜ?」
ようやく暴れるのをやめたアインに、俺は好戦的に笑いかける。
「勝てばデバイスツール回収させてくれるってんだ」
「本当かどうか分からないじゃない」
俺はアインを投げて場外に追い出した。
「ヤト!」
「誓うんだろう、イシュタルト!」
俺は剣を抜き、目の前に立てて静かに跪く。目前にあるは仮にも戦いの神。イシュタルト国の作法に乗っ取り俺は、一人の剣闘士として神聖なる儀式の誓いを立てる。
「誓おう。我、真実と力のイシュタルト」
二刀流、見た感じ軽剣士。パワータイプではないだろうと思うが……見た目で騙される例としてアベルみたいな事もある。
イシュターラーは潜在能力が高い場合があるから、見た目だけで全ては判断出来ない。しかし、三ツ目種族は知らんなぁ?リコレクトしてもこの世界にそういう種族が居るとは聞いた事がない。
と言う事は魔種か魔物だ。分類されてないなら能力値は未知数。
場外に投げ出されたチビドラゴンに三つ目のうち二つを閉じてウインクを投げ、キリさんは言った。
「私は嘘を付けるようには出来ていないから安心して」
お互いに武器を構え、静かに背後に下がって距離を取る。
「マント、脱いでいいか」
「よろしい、許す」
「他武器制限は」
「私は貴方の全てを受けたい」
俺は装備を整え直し、邪魔な道具袋をアインの方に投げ渡す。
「いいか、何があっても勝敗付くまで舞台に上がるなよ」
「なんでよ」
「これはな、一応儀式なんだ」
神聖な、殺し合いなんだ。
儀式だから作法がある。必ず一対一でなければ行けない。舞台は戦いを捧げるための場所であるから二人以外が登る事が許されていない。
「で、でもぅ……勝敗って何でつくの?」
審判さんがいないじゃない、とか言っているが。あのな、疑似闘争のスポーツとは訳が違うんだっつーの。
「……どちらか負けを認めるか、あるいはどっちかが死ぬか……だ」
「ええええっ!」
戦いているアインに俺は、籠手をきつく巻き付けながら苦笑を投げる。
「心配すんな、俺……負けるつもりねぇから」
まずは相手の特性を掴まなければ行けない。
俺は武器を中段構えて突っ込んでいく。突きの構えだ、ぶっちゃけて相手にチャンスを与えているようなものである。キリさんが俺の攻撃を避ければ俺には大きな隙が生じる。
すなわち俺は相手の攻撃を誘ってみている。
両手に短剣を構えていたキリさんは俺の突撃に、左右に避けず上に飛んだ。突き抜けて俺は舞台ぎりぎりで踏みとどまり、空中で一回転して軽く着地した相手を確認。
来る、意識で考えるより先に剣を下段に構え、殺気を伴って襲いかかってくる二撃を空に打ち上げた。
着地したと同時にこちらに突っ込んできたキリさんの攻撃を絡め取ってはじき飛ばす。
力は……普通か?
吹き飛ばしたはずなのにすぐに剣が戻ってくる。
俺は左腕に盾を構えこれを弾き、アベル程ではないにせよ外見に見合わない力が相手の攻撃に秘められている事を感じとった。
まだ相手も小手調べだ、本気出して来てない。
二刀流は邪道だ、と言う奴がいる。
両手に武器を構えているから攻撃を防げない、ってな。しかし、そんな事はないのだ。
剣には武器を受け流すという使い方もある。普段カイトシールドやバックラーを使っていると勝手が違うんだろうけどな。手で握ってその切っ先で力を受止めるから重い一撃には不利ではあるけれどその時は、二つの剣で受止めるという技が使える。
武器も防具も使いようだ。
流れるような軌跡を描き、俺の盾や剣による弾きさえも計算しつくされたような剣戟が流れるように襲いかかってくる。力任せじゃない、剣に振り回されているようでそうではない。
素早い突きや交えてくる攻撃のいくつかが俺の防御をかいくぐってくる。武器の鍔で流すつもりの刃がするりと角度を変えて俺の腕をついばむ。右の籠手の隙間を着実に縫い込む切っ先が、浅い傷を与えてくるが痛みは今感じるものじゃない。
後だ。
お互いがお互いの首を落とせる立ち位置で、巧みな武器と防具を操る攻防戦。普通はこんなに長く続くものじゃない。俺も、3分を超えて近距離で斬り合うなんて経験そうそうない。逆に言うとあんまり長いと不利だ。集中力がどこまで続くか分かったもんじゃない。
戦いは運も重要だがそれを待ってはいけないと剣闘士時代、俺の監督を務めたバックス老が言っていた。
自分が勝てる確立が高い方へ戦況を導いていく技量が問われる。
切れ味が凄まじいと知る俺の剣は、切っ先が少しでも当れば相手を切り裂く。キリさんの腕も俺と同じくすでに無数の浅い傷が出来ていて剣が瞬くたびに血が舞う。
この血がたとえば、顔に掛かって瞬きすらまともに出来ない目に入ろうものなら状況は一気に不利になる。……お互いにな。
でも相手は三ツ目だからどうなのだろう。それはリスクなのか有利なのか。
キリさんは大きく背後に逃げた。俺が戦法を変えた所為だ。
武器を手にしたままバク転して背後に下がり、俺は突然突き出した槍でそれを追いかけるように逃げ場がなかった所から中央に戻る。
微妙に場所も悪くってなぁ、多分イシュタルトは嫌がるだろうがこういう堀がある舞台の場合、場外も勝敗を決める対象になる。落ちたら負けだ。だからって安易には落ちちゃいけねぇ。
勝負が付いたら、敗者は勝者に何も文句言えないからな。
無様な戦いだったと観客にブーイングくらったら、舞台から落ちた敗者に明日を迎える命はない。
突然俺が槍を出したのにキリさんは別段文句は無いようだ、もちろんだ。舞台に上がったらたとえ武器の差があろうがなかろうが平等である。
決着が付くまで戦うまで。
それが、このイシュタル国に昔から伝わる神聖なる儀式としての闘技、俺に言わせれば……殺し合いだ。
再び交差する、今度の攻撃は互いに力が乗っている。大きく輪を描くような大きな剣の軌道、小手先を狙っていない、相手の致命傷を狙う攻撃を見切りながら受け流しこっちの攻撃に有利な体勢に持っていく。
時に槍と盾を交互に出しながら相手の攻撃を攪乱、これも余り長くはやっていられない。パターン読まれたら負ける。本当はギリギリまで出さずに必殺で繰り出すべきなのかもしれないが、それもまたリスクのある話だ。
相手を必ず仕留めるつもりの一撃は、自然とその後が無防備になっちまうんだよな。何しろ、相手を沈めるつもりで放っている。その後を想定してない場合が多い。
再び距離を取る。
俺はあえて槍を左で構えて突進。テリーみたいにこっちの攻撃手段が悉く叩き落とされる、とかじゃない分……ぶっちゃけて、この戦いは楽しい。
お互いに手数を知らないから色々試しながら戦っている。
純粋に相手の攻撃の手を読みあい、相手の隙を伺う一撃を繰り出しては弾かれる緊張が溜まらなく気持ちいい。もちろん一撃一撃勝敗に繋がるようなダメージは狙って繰り出している訳だが、まだすべての攻撃に『弾かれる』という予測が働いてくる。で、どのように相手が攻撃をしのいでくるのか、どの手段を取ったのかを目前にして『そうキタか』とか思わず膝を叩きたくなるような感じ。相手の力量を認め、同時に自分の実力も相手に試す。
槍で足下を狙い、右手一本で二刀流を相手にする。両手を操る上に足下にも最大の注意を払わなければ行けない相手は、自然と攻撃の手数が減る。器用さでは俺の方が上か?
そう感じた瞬間相手に隙が出来ている、躊躇うことなく右下からすくい上げるように俺は前に大きく踏み出しながら武器を繰り出した。
必殺ではないがここぞとばかりに俺は力を込める。鋭い切っ先は空気を断ち、真空の刃を纏う。物理的に届いていなくとも物質を斬る事は……ここではファンタジーじゃない、アリだ。いや、まぁ世界的にはファンタジーですけど。
勢いよく掬い上げて来る攻撃をキリさんは止める必要に迫られている。一歩前に踏み出す事で攻撃はどこまでも深く相手に突き刺さるだろう。背後にステップして逃げられないように足並みはすでに乱してあるんだ。
相手の動きを読む事が重要だ。何故ならその次を読めるって事になるからな。
俺の読み通り、キリさんは二つの剣を交差させて上から叩き込む形で攻撃を防いできた。こっちは片腕で斬り上げている。両手で防がれたら俺の剣はそこで止まるしかない。男女の差による力の差はあまりない。あとは片腕か両腕かというのでパワー関係は決まる。
ようするに俺の渾身の一撃は防がれた、という事だ。だがこれは必殺の一撃じゃぁない。俺はその次を読んでいる。
止まったのは俺の剣だけじゃねぇ。相手の攻撃手段であり、防御機関でもある武器も同じくそこで止まっているって事だ。
剣が既に纏っていた真空がキリさんの太ももを細く切り裂いた。軽量を重視したような皮の鎧を容易く切り裂き血が噴き出す。その足を俺は槍でなぎ払ってやった。
剣の勢いを殺していた互いの武器が支えを失い、はじき飛ばされ俺はバランスを崩す……が、すでに足払いは放った後だ。キリさんはそれを避けようが無く支えを完全に失い、背後に吹き飛ばされていく。
しかしだ……吹き飛ばされるという事はダメージは拡散したって事なんだよな。
俺は圧倒的に開いた距離を確認してから槍を籠手に収納、武器を担いだ。
「ちょっと悪い癖が出た」
「ふふ……嫌いじゃないわ」
何かって?
実は俺、キリさんにトドメさせたんだよな。
足払いしないで槍を突き出せば良かったんだ。まぁ打ち込める所は限られていたけど確実に致命傷を与えられたはずだ。
そしてその危機をキリさんも察したはず。
足払いまで手抜きにしたら戦いの神に叱られるから、攻撃自体の手を抜いた訳じゃない。
何やってんだテメェ!とかいう罵倒ともに観客からゴミ投げつけられる事態になる。
今はその観客もいない。そして、叱るであろう神と戦っている。俺の悪い癖、すなわち……戦いを楽しもうとするばかりに決着を引き延ばした事を『嫌いじゃないわ』と言われたらそりゃ、俄然燃えますな。
再び構えてみて……成る程。
だから俺はアベル曰く戦いバカなんだなぁと口を歪ませた。
両足に致命的なダメージを負ったキリさんはゆっくり立ち上がる。……折れてはいないが俺は足を折りに行った。かなりのダメージがあるはずだ。
それでもキリさんは剣を鋭く構える。上中段。
戦いはこっからがいい。
良い具合に体が火照り、呼吸は荒くなる。冷静さを保つ事が難しくなる。あとは……緊張の頂点を目指して上り詰めるだけだ。
キリさんの先行、目では捕えきれない早さで踏み込んでくる。ダメージなど気にしていない。そうとも、痛みがある事など見せたらソコを叩かれる。
左腕が抉られる、いや……間一髪身を逸らしたおかげで左腕を失わずには済んだ。
俺が殺気でもって攻撃を読む癖がある事が見抜かれた。それを瞬時に悟る。
攻撃に反応出来なかったと言う事はすなわち、そう云う事だ。殺気を殺して攻撃された、だから反応しきれなかった。
俺は元来臆病な人間で、だからこそ殺気には人一倍敏感で感化されやすい。
例えて目を瞑って戦えると前に言ったと思う。あれはつまり、相手の殺気を確実に読めるという自信があるからだ。
殺気、すなわちこちらの肉を傷つけようとする意図、執着する感覚。そういうのを隠す事は難しいんだろうと思う。殺気むき出しにして誰しもが襲いかかってくるからな。これが完全に消えているような人と俺は戦った事がない位。
盛大に血をまき散らしながら左を攻撃された意味を理解。盾と槍を兼ねる水龍銀の籠手が吹っ飛ばされた。これで手数を減らしたつもりか。
俺は瞬間顔を歪め、骨まで到達するかという深さに今も左腕を滑って来る剣を無視して前に踏み込む。
相手の懐というのは武器を操るものにとって案外も何も死角だ。ヘタに武器を翳せない。
こう言う時は格闘技術が必要になり、武器を構えたまま相手の間接などを絡め取るなりするか、武器の柄での打撃に切り替えなければいけない。
とっくみあいか打撃か、二択に絞って俺は予測を立てる。
打撃!
俺のこめかみを確実に願う相手の、左手による攻撃を読み抜く。遠慮無く殺しに来てくれる相手に感謝だ。
最初に受けた殺気は真実を語る。嘘は言わない。
狙う場所が分かるなら、どの角度から武器が自分の方向に入ってくるのかなんてモロに分かる。
俺は右手に握る武器をすでに、踏む込む前に逆手に構えていた。そのまま上に突き上げて柄尻で、俺のこめかみめがけて迫って来ていたキリさんの左手を跳ね上げる。
鈍い音がしてキリさんの左手から武器を吹き飛ばした感触を得た。
その音が鳴りやむ前に逆手に掴んだ剣を手首を捻り角度を変え、左に振り抜く。
キリさん身を低く沈めて回避、そのまま転がるように横に逃げるもしゃがみ込んだ姿勢から立ち上がらない。足へのダメージもあるだろうが、実は低い姿勢ってのは結構……有利でもある。あえてその姿勢を保ったのだろう。
吹き飛ばされた武器が場外に落ちた音を聞き、俺はゆっくり、剣を両手で構えた。
左手のダメージ?大丈夫だ、痛ぇけど筋は繋がっている、痛ぇけど武器は握れる。
ならば俺はまだ戦える。
魔王八逆星の目的とか、奴らを俺がぶっ殺すとか。
それも問題なんだけど、実は俺はそれどころじゃない。
ぶっちゃけて、俺は俺の問題を考えるのにリソース半分以上持って行かれている。
テリーが、俺は『俺』だと保証してくれた経験だけが俺を力強くこの場に留めている気がする。
あいつがあれを言ってくれなかったら俺は……あそこで、あの地下施設で混乱してしまって使い物にならなくなっていた可能性もあるんだぜ。
テリーが俺達に付いてこなかったのはもしかすると、レッドらと同じで俺のこうなっている『可能性』に気が付いていて、俺が何をしなければ成らないのか、分かっていたからだろうか?
だったら着いて来てくれよ。
どうしても着いて行けないなんて……レッドの奴。
怖いって、何だよ。
一番この現状が怖いのは俺自身なんだからッ!
顔にも口にも出さないけれど、俺はこの所ずっとそんな事を考えていたりするんだ。
俺の行いは正しかったのか、正しくなかったのか、とかさ。
俺はやっぱり『俺』じゃなかった。なら俺というのはドレが正しい存在で、ナニが正常と言えるのだろう。
殺してしまった。消してしまった、無かった事にしてしまった。
間違いない、あれは俺だ。本来この世界にあるべき『俺』だ。ほとんど破綻して、死んだも同然に生かされていた。
そんな惨めな状態だったから変わりに俺が『俺』をやる。
俺にはその資格が果たしてあったのだろうか?
世界の中に俺がいるのではなく、俺が認識するからこの世界は存在する。『俺』のいない世界など幻想で、現実じゃない。
なのに、俺はその大切なものを破壊してしまった。
それでも世界は正しく認識できるのだろうか?
俺は今正しく世界の中にあるのだろうかと自問したら、間違いなく正しくないと力一杯に言えたりするな……ははは……。
なら俺は大人しく『俺』など辞めればいいのに。
目を閉じる。今の状態が辛いというのもあるけれど、今すぐ消えたいと言う程せっぱ詰まってはいない。
なんだかよく分からない都合で俺は今ここにいる。本当の、正しい『俺』を蹴り出して居なかった事にしてそれでも俺はここにいる。
存在するならどこまでも、足掻けるだけここにいて、俺が出来る事をしなくちゃいけない。そのあたりの責任は背負いたくないとか駄々はこねない。むしろ何もしないで存在するだけの方が俺には辛い。
俺は何が出来るだろう?世界のために、世界に正しく存在しない俺に出来る事とは何なのだろう。
……アインは俺が何に頭を悩ませているか『知っている』。
明らかに分かっている。分かった上で何も言ってこないのは……。この悩みは俺のものだから俺自身で悩むしかないって事、なのかな。
難しい、一人で悩むのは無理だって。決着が付きそうにない。
そろそろ本気でレッドの詭弁語りが恋しくなってきた。
イシュタル国の使者がやってきて、魔王討伐隊認定された俺を確認してからようやくエトオノ封鎖作業に入るのな。
もう昼廻るぞ?
そしてその頃ようやく起きてくるアインさん。
あくびを漏らしながら俺の頭の上にいるが……ちょっと話があるっていうから、廃墟になっているクルエセルの中を散歩する事に。
船の手配もイシュタル国でしてくれるっていうし、レッド達と連絡も取ってくれるって言うから作業が終わるの見届ける事になったんだ。専属魔導技術士がやってきてエトオノの塀を要にして何やら作業している。全部終わるの夕方になるってさ、それまで俺達手持ち無沙汰。
リオさんはその間にイシュタル国に買い物と、情報収集に出かけて行った。
結界敷く作業があるからエトオノ闘技場跡からは追い出されている、アービスがヒマそうに突っ立っているので一緒に散歩にでも行くか?と誘ったらリオさんが戻ってくるかもしれないから自分はここにいる、だってさ。付き合い悪い奴だ。
「もぅ、勝手にアービスちゃんを誘わないでよ」
「なんで?」
「なんでって、あたしはヤトに話があるの」
お、俺に話ですか。何でしょう、ちょっとわくわくしてしまうぜ。
しかし……その話を聞いて俺は……途端に思い出した。
リコレクトした。
ちょぉっとヤバい事情をリコレクトしてしまった!
「どうするの!メージンから聞いてるんでしょ?」
「……う……わ、どうしよう」
そうだった。
セーブするのにエントランスに入った時、メージンから忠告されたのすっかり忘れてた!
ログアウトが迫ってきている!
ヤバい。なんでかって?
俺がログアウトするすなわち、戦士ヤト君が暴走する可能性があるのだ。赤旗が解消されているらしいとは言うが……それがすなわち、大丈夫って事じゃないよな?大丈夫だという保証は無い!
ドリュアートの木に縛り付けられた時に何か、また余計な小細工された気配がある。軍師連中も詳しい事は話さないし……。
ナドゥの話が本当であるなら俺は、個の命ではない。
群の命となり、世界の真ん中にあった木の命と繋がった存在であるという。俺に赤旗付いてなくても、俺と繋がっている世界の真ん中にあった木にはばっちり赤旗が付いていた。そのバグを抑えるためにドリュアートの大陸座マーダーさんからデバイスツールを受け取る事を後回しにしている。
俺が死ぬと木が死ぬんじゃぁないらしい。俺が死なないのは、その前に木が生きているから……という都合がある。
とはいえその後、俺はまだ死ぬような目にはあっていないので具体的にどうなのかよく分からん。怪我はするしなぁ。アベルから散々ぶん殴られてそのたびに湿布のお世話に。
ランドールと戦った後も普通に打ち身が残った。
俺の中から這い出す不気味な蔦、あれは俺がかなり致命傷になって意識が混濁すると始めて現れる。
今でもあの得体の知れないモノは俺の中にいるのだろうか?
ログインする度に俺の状況変わるのな……うう、どうしよう。
こんな所でログアウトして俺は、何か変な事をしないという保証があるだろうか?本来赤旗という概念はこの『ゲーム』にはない。だから、赤旗に感染した場合はどうなるのかという決まった法則が無いのである。だから、何が起こるのかドキドキヒヤヒヤしながら毎度毎度変なログアウトとインを繰り返している。
前回、俺は結界敷かれた場所でログアウトし、見事に次のログインまでのたった3日の間に暴走をしていたという。
暴走とは即ち、戦士ヤトにログが残っていない勝手な行動、そしてそれに付随する暴走と言うしかない破壊行動だ。
しかし、赤旗感染が確認された俺はそういう、暴走をしでかすという可能性を察した軍師連中の読みが勝った。で、前回はなんとか被害は最小限に収まっている。
所が今、そうやって小細工してくれる軍師連中がいねぇ。
そんでもって、小細工頼める連中と合流する為に必要なログ容量が足りない。ログアウト期限がかなり間近に迫ってきている!いやまさか、こんな離れた国に飛ばされるとは考えてねぇもんな。メージンだってバックアップなだけで今後の展開が読めてるわけじゃないだろうし。
最速の船エイオール船でも捕まえられればあるいは……そうだ、エイオール船!
「レッド達に連絡取れればあっちにはミンがいる!フクロウ船ならここまでどのくらいだ?」
「あたしはそれ分かんないわ。リオさんに聞いてみてよ」
急ぐ必要はあるがなんでそんなに急ぐの、と聞かれたらどうしようとアインに相談する。
「そぅねぇ……まぁ、タトラメルツで暴走した前例があるわけだし、その周期があるとか何とか言ってみたらどうかしら」
「成る程、それでいこう!」
崩れた壁の向うに光差す空間を見つけて俺はそっちに歩みを進める。言った通り俺達が散歩しているのはクルエセル闘技場跡地。闘技場施設だけじゃない、大型だと育成管理施設や経営会社なんかも併設しているのだ。
「しっかし、こっちはメタメタだな」
レンガ造りは崩れて潰れているし、所々火がついた気配もある。落書きとかも酷い。
それでも……闘技場の中央にある聖地は比較的綺麗だった。
ここはイシュタル国において聖域だ。戦いの神と崇める偶像イシュタルトに闘争を捧げる舞台。
闘技場によって様々な形がある。エトオノは壁で囲んだ楕円の舞台だが、クルエセルは堀に囲まれた長方形。こんな所でも極端に違う。……俺はここで戦った事もある。闘技場同士で交流戦みたいなのもやるんだぜ。闘技場の形やタイプによって剣闘士の相性もあるという。
俺はオールラウンダーとして有名だったから、ドコで誰と戦っても弱点を責めにくい相手として嫌がられました。まぁ、総合的であるために特出した相手の能力とかに振り回されたりするんだけど。
急勾配に盛られた舞台の土は所々崩れていたが、はめ込まれている石の階段から上はほとんど無傷だ。
落書きとかされててもおかしくないだろうに。ここだけやけに綺麗に……当時のまま残っている。
俺は空から光の差し込むその舞台に上がってみて、観客のいない、破壊されたクルエセルの観客席を見渡した。
誰もいないだろうと思ってそのようにしたというのに……体を捻って見渡したその視界の先。
膝を組んで、傾いた観覧席の一つに腰掛けている見慣れない女性を見つけ、驚いて体をそちらに向け直す。
「びっくりさせたみたいね」
女性だ。
立ち上がって、軽々と半分崩れ落ちている観覧席から飛び降りてくる。
青みがかった黒髪を持つその女性が、舞台に向けて跳躍して来た。その姿は太陽の光を背負って俺の視界をもろに焼く。
「うわ!見てよヤト!」
一瞬奪われた視界に目の前がチカチカする。目前に降りてきた女性を俺は、アインに言われて目を眇めて眺めた。
……何かがおかしいな。何だろ?……ん?
「あ、三ツ目だ!」
三つ目がとおるだ!このお姉さん、額にもう一つ目ん玉がある!
「そこじゃないってば!」
アインから頭を叩かれた。
「じゃぁどこだよ!」
「ここじゃない?」
三つの目を持つ女性は笑って自分の頭上を指さしているのでそれで、納得。
降り注ぐ光の所為か、俺には一瞬何もないように思えた。いや、ぽっかりとそこに光の窓が開いている。
白い旗だ。
「大陸座……イシュタルトか!」
場所的にここで現れるだろう存在は、中立の大陸座イシュタルトしかないだろう。イシュタルトを表す紋章として一つ目模様が有名だとリコレクトする。その一つの目の紋章は『第三眼』と言って……イシュタルトの三つ目の瞳、とかいう意味なんだとか。
俺が驚愕して指さしたのに、三つの瞳は同時に細められ笑っている。
この微笑み、俺はどこかで見た事があるような気がする……な?
というか、三つの目はともかくこの、顔。
黒髪で、別に耳が長い訳でも人間外生物というわけでもない。おかげで似ているのがよく分かるんだ。
思い出す。
これはリコレクトじゃない。リコレクトで思い出せる範囲の記憶じゃぁない。
「リョウ姐さんだ!」
「ん?リョウの事をそんな風に呼んでいるの?」
うぉっと!それは俺の脳内での呼称でしたと、俺は顔を真っ赤にして慌ててしまうのだった。
亮姐さんと心の中でお呼びする事にしている開発者の一人、ササキリョウさんの顔をしている大陸座が、自分の自己紹介をする前に俺は手を突き出して止めた。
「ちょっと待って、」
「何?」
「名前、俺当てもいいか?ずばり、キリさんだろ!」
「あら、なんで知っているの?誰かから聞いた?」
ヒントはマーダーさんから貰っている。
元になっている側面、すなわち開発者人格の名前の間を取って名前がついていると聞いている。ササキリョウ、なら真ん中取ればササ-キリ-ヨウだろ?
しかし……もう少し捻ったらどうなのリョウ姐さん……。
「ここら辺で待っていれば必ず来るって思ってたわ。待っていた」
イシュタルトの大陸座、キリさんは無邪気に笑って俺の手を取る。
「キリさんはデバイスツールを手放してっていう話は聞いているのね」
「ん?何それ」
キリさん、笑いながら首をかしげる。
「いや、俺達は赤旗バグを解決するためにその根本となる……」
「あ、その話ね。そんな話もあったわねぇ」
「そんな話もあったわねぇって……じゃぁ、なんでここで俺達を待ってたんだ?それ以外に何の用事……が?」
「用事って、決まってるじゃない?」
俺の手を取っていた手をぱっと放し、キリさんは……腰を落とし低く構え、背後に交差させて背負っている短剣の柄を握り込んだ。
「至高の戦いを私に捧げに来たんでしょ?」
俺は瞬間構えた。
殺気当てられたら構えてしまう、これは元剣闘士の癖だ。
「アイン、場外に出ていろ」
「え?何?ちょっと?」
「いいから邪魔だ」
「邪魔ですって!」
あぐあぐと頭を……か、噛まないでアインさん!離れるつもりが無いみたいだが、相手が構えているんじゃ俺も構えを解けない。
しかし流石はイシュタルト。
舞台に『3つ』存在している所で儀式を始めるつもりはないようだな。少し怒ったように構えを解く。
「ちょっと、早くどっかにいきなさいよ。それとも貴方が戦いを捧げてくれるの?」
どうやら今なら話が通じると見た。俺はアインを頭上から引き剥がしながら尋ねる。
「というか、イシュタルトが直々に戦いを挑んでくるなんて話も伝承も聞いた事ないけどな!?」
「当たり前でしょ、あたしがイシュタルトだって知ったら誰もあたしと戦ってくれないじゃない」
いや、そう言う問題か?
というかそもそも……イシュタルトというのは一番『ドコにいるのか分からない』精霊じゃぁなかったっけか?
伝承じゃそういう事になっている。大陸座の都合も同じくで、イシュタル国にいるだろうけれどどこにいるのか皆目見当がつかない、ってレッドが言ってなかったか?
俺とかアベルとか、長らくイシュタル国に住んでた訳だけど大陸座がどこにいるか、なんて話聞いたこともない。知っているなら早く軍師連中に報告している。
それなのにここ、闘技の町エズでは戦いの神と崇める、どこにいるのかわからないモノに至高の戦いをささげている。
「そんな三ツ目じゃすぐに怪しい人物ってばれるんじゃねぇのかよ?」
「……貴方には見えるのね……流石青旗の勇者。貴方には昔からその素質があったのよ……多分そう」
その言い方だと普通の人には見えないという意味か。しかし、彼女はずっと『見てきた』……そういう風に聞こえる。
どうにかアインを引き剥がし、首の後ろを捕まえて暴れるのを押さえ込んだがさて……どうしよう。
「なんで突然戦わなきゃ行けないのよ!それとも何?勝ったらデバイスツール渡すとか?」
「そんなにデバイスツールが欲しいならそれでもいいわよ?」
キリさんはとても好戦的に微笑んだ。
イシュタルト……戦いの神とここに国では崇められているのだが……大陸座もそれに合わせてこんな戦いバカのお手本みたいな性格じゃなくてもいいじゃんか!
「戦わずにデバイスツール渡すのは」
「そもそも、私は戦いを辞めたいとは思っていないのよ?世界が壊れるとかバグだとか、そんなのはどうだっていいの」
成る程……魔王討伐隊第一陣に人員を送ってこない訳だ……。というか、出来るなら自身で行きたかったに違いない。
この性格じゃぁな、開発者人格の方でたとえば上司にあたる斉藤さんであるらしいファマメントや伊藤さんであるイフリートから協力しろと言われても、……その上下関係はこっちの世界では通用しない。
こっちのササキ・リョウさんは上の都合など聞く気はない……と。
「アイン、外に出ていろ」
「戦うつもり?」
「俺はこれでも歴代チャンプの一人だぜ?」
ようやく暴れるのをやめたアインに、俺は好戦的に笑いかける。
「勝てばデバイスツール回収させてくれるってんだ」
「本当かどうか分からないじゃない」
俺はアインを投げて場外に追い出した。
「ヤト!」
「誓うんだろう、イシュタルト!」
俺は剣を抜き、目の前に立てて静かに跪く。目前にあるは仮にも戦いの神。イシュタルト国の作法に乗っ取り俺は、一人の剣闘士として神聖なる儀式の誓いを立てる。
「誓おう。我、真実と力のイシュタルト」
二刀流、見た感じ軽剣士。パワータイプではないだろうと思うが……見た目で騙される例としてアベルみたいな事もある。
イシュターラーは潜在能力が高い場合があるから、見た目だけで全ては判断出来ない。しかし、三ツ目種族は知らんなぁ?リコレクトしてもこの世界にそういう種族が居るとは聞いた事がない。
と言う事は魔種か魔物だ。分類されてないなら能力値は未知数。
場外に投げ出されたチビドラゴンに三つ目のうち二つを閉じてウインクを投げ、キリさんは言った。
「私は嘘を付けるようには出来ていないから安心して」
お互いに武器を構え、静かに背後に下がって距離を取る。
「マント、脱いでいいか」
「よろしい、許す」
「他武器制限は」
「私は貴方の全てを受けたい」
俺は装備を整え直し、邪魔な道具袋をアインの方に投げ渡す。
「いいか、何があっても勝敗付くまで舞台に上がるなよ」
「なんでよ」
「これはな、一応儀式なんだ」
神聖な、殺し合いなんだ。
儀式だから作法がある。必ず一対一でなければ行けない。舞台は戦いを捧げるための場所であるから二人以外が登る事が許されていない。
「で、でもぅ……勝敗って何でつくの?」
審判さんがいないじゃない、とか言っているが。あのな、疑似闘争のスポーツとは訳が違うんだっつーの。
「……どちらか負けを認めるか、あるいはどっちかが死ぬか……だ」
「ええええっ!」
戦いているアインに俺は、籠手をきつく巻き付けながら苦笑を投げる。
「心配すんな、俺……負けるつもりねぇから」
まずは相手の特性を掴まなければ行けない。
俺は武器を中段構えて突っ込んでいく。突きの構えだ、ぶっちゃけて相手にチャンスを与えているようなものである。キリさんが俺の攻撃を避ければ俺には大きな隙が生じる。
すなわち俺は相手の攻撃を誘ってみている。
両手に短剣を構えていたキリさんは俺の突撃に、左右に避けず上に飛んだ。突き抜けて俺は舞台ぎりぎりで踏みとどまり、空中で一回転して軽く着地した相手を確認。
来る、意識で考えるより先に剣を下段に構え、殺気を伴って襲いかかってくる二撃を空に打ち上げた。
着地したと同時にこちらに突っ込んできたキリさんの攻撃を絡め取ってはじき飛ばす。
力は……普通か?
吹き飛ばしたはずなのにすぐに剣が戻ってくる。
俺は左腕に盾を構えこれを弾き、アベル程ではないにせよ外見に見合わない力が相手の攻撃に秘められている事を感じとった。
まだ相手も小手調べだ、本気出して来てない。
二刀流は邪道だ、と言う奴がいる。
両手に武器を構えているから攻撃を防げない、ってな。しかし、そんな事はないのだ。
剣には武器を受け流すという使い方もある。普段カイトシールドやバックラーを使っていると勝手が違うんだろうけどな。手で握ってその切っ先で力を受止めるから重い一撃には不利ではあるけれどその時は、二つの剣で受止めるという技が使える。
武器も防具も使いようだ。
流れるような軌跡を描き、俺の盾や剣による弾きさえも計算しつくされたような剣戟が流れるように襲いかかってくる。力任せじゃない、剣に振り回されているようでそうではない。
素早い突きや交えてくる攻撃のいくつかが俺の防御をかいくぐってくる。武器の鍔で流すつもりの刃がするりと角度を変えて俺の腕をついばむ。右の籠手の隙間を着実に縫い込む切っ先が、浅い傷を与えてくるが痛みは今感じるものじゃない。
後だ。
お互いがお互いの首を落とせる立ち位置で、巧みな武器と防具を操る攻防戦。普通はこんなに長く続くものじゃない。俺も、3分を超えて近距離で斬り合うなんて経験そうそうない。逆に言うとあんまり長いと不利だ。集中力がどこまで続くか分かったもんじゃない。
戦いは運も重要だがそれを待ってはいけないと剣闘士時代、俺の監督を務めたバックス老が言っていた。
自分が勝てる確立が高い方へ戦況を導いていく技量が問われる。
切れ味が凄まじいと知る俺の剣は、切っ先が少しでも当れば相手を切り裂く。キリさんの腕も俺と同じくすでに無数の浅い傷が出来ていて剣が瞬くたびに血が舞う。
この血がたとえば、顔に掛かって瞬きすらまともに出来ない目に入ろうものなら状況は一気に不利になる。……お互いにな。
でも相手は三ツ目だからどうなのだろう。それはリスクなのか有利なのか。
キリさんは大きく背後に逃げた。俺が戦法を変えた所為だ。
武器を手にしたままバク転して背後に下がり、俺は突然突き出した槍でそれを追いかけるように逃げ場がなかった所から中央に戻る。
微妙に場所も悪くってなぁ、多分イシュタルトは嫌がるだろうがこういう堀がある舞台の場合、場外も勝敗を決める対象になる。落ちたら負けだ。だからって安易には落ちちゃいけねぇ。
勝負が付いたら、敗者は勝者に何も文句言えないからな。
無様な戦いだったと観客にブーイングくらったら、舞台から落ちた敗者に明日を迎える命はない。
突然俺が槍を出したのにキリさんは別段文句は無いようだ、もちろんだ。舞台に上がったらたとえ武器の差があろうがなかろうが平等である。
決着が付くまで戦うまで。
それが、このイシュタル国に昔から伝わる神聖なる儀式としての闘技、俺に言わせれば……殺し合いだ。
再び交差する、今度の攻撃は互いに力が乗っている。大きく輪を描くような大きな剣の軌道、小手先を狙っていない、相手の致命傷を狙う攻撃を見切りながら受け流しこっちの攻撃に有利な体勢に持っていく。
時に槍と盾を交互に出しながら相手の攻撃を攪乱、これも余り長くはやっていられない。パターン読まれたら負ける。本当はギリギリまで出さずに必殺で繰り出すべきなのかもしれないが、それもまたリスクのある話だ。
相手を必ず仕留めるつもりの一撃は、自然とその後が無防備になっちまうんだよな。何しろ、相手を沈めるつもりで放っている。その後を想定してない場合が多い。
再び距離を取る。
俺はあえて槍を左で構えて突進。テリーみたいにこっちの攻撃手段が悉く叩き落とされる、とかじゃない分……ぶっちゃけて、この戦いは楽しい。
お互いに手数を知らないから色々試しながら戦っている。
純粋に相手の攻撃の手を読みあい、相手の隙を伺う一撃を繰り出しては弾かれる緊張が溜まらなく気持ちいい。もちろん一撃一撃勝敗に繋がるようなダメージは狙って繰り出している訳だが、まだすべての攻撃に『弾かれる』という予測が働いてくる。で、どのように相手が攻撃をしのいでくるのか、どの手段を取ったのかを目前にして『そうキタか』とか思わず膝を叩きたくなるような感じ。相手の力量を認め、同時に自分の実力も相手に試す。
槍で足下を狙い、右手一本で二刀流を相手にする。両手を操る上に足下にも最大の注意を払わなければ行けない相手は、自然と攻撃の手数が減る。器用さでは俺の方が上か?
そう感じた瞬間相手に隙が出来ている、躊躇うことなく右下からすくい上げるように俺は前に大きく踏み出しながら武器を繰り出した。
必殺ではないがここぞとばかりに俺は力を込める。鋭い切っ先は空気を断ち、真空の刃を纏う。物理的に届いていなくとも物質を斬る事は……ここではファンタジーじゃない、アリだ。いや、まぁ世界的にはファンタジーですけど。
勢いよく掬い上げて来る攻撃をキリさんは止める必要に迫られている。一歩前に踏み出す事で攻撃はどこまでも深く相手に突き刺さるだろう。背後にステップして逃げられないように足並みはすでに乱してあるんだ。
相手の動きを読む事が重要だ。何故ならその次を読めるって事になるからな。
俺の読み通り、キリさんは二つの剣を交差させて上から叩き込む形で攻撃を防いできた。こっちは片腕で斬り上げている。両手で防がれたら俺の剣はそこで止まるしかない。男女の差による力の差はあまりない。あとは片腕か両腕かというのでパワー関係は決まる。
ようするに俺の渾身の一撃は防がれた、という事だ。だがこれは必殺の一撃じゃぁない。俺はその次を読んでいる。
止まったのは俺の剣だけじゃねぇ。相手の攻撃手段であり、防御機関でもある武器も同じくそこで止まっているって事だ。
剣が既に纏っていた真空がキリさんの太ももを細く切り裂いた。軽量を重視したような皮の鎧を容易く切り裂き血が噴き出す。その足を俺は槍でなぎ払ってやった。
剣の勢いを殺していた互いの武器が支えを失い、はじき飛ばされ俺はバランスを崩す……が、すでに足払いは放った後だ。キリさんはそれを避けようが無く支えを完全に失い、背後に吹き飛ばされていく。
しかしだ……吹き飛ばされるという事はダメージは拡散したって事なんだよな。
俺は圧倒的に開いた距離を確認してから槍を籠手に収納、武器を担いだ。
「ちょっと悪い癖が出た」
「ふふ……嫌いじゃないわ」
何かって?
実は俺、キリさんにトドメさせたんだよな。
足払いしないで槍を突き出せば良かったんだ。まぁ打ち込める所は限られていたけど確実に致命傷を与えられたはずだ。
そしてその危機をキリさんも察したはず。
足払いまで手抜きにしたら戦いの神に叱られるから、攻撃自体の手を抜いた訳じゃない。
何やってんだテメェ!とかいう罵倒ともに観客からゴミ投げつけられる事態になる。
今はその観客もいない。そして、叱るであろう神と戦っている。俺の悪い癖、すなわち……戦いを楽しもうとするばかりに決着を引き延ばした事を『嫌いじゃないわ』と言われたらそりゃ、俄然燃えますな。
再び構えてみて……成る程。
だから俺はアベル曰く戦いバカなんだなぁと口を歪ませた。
両足に致命的なダメージを負ったキリさんはゆっくり立ち上がる。……折れてはいないが俺は足を折りに行った。かなりのダメージがあるはずだ。
それでもキリさんは剣を鋭く構える。上中段。
戦いはこっからがいい。
良い具合に体が火照り、呼吸は荒くなる。冷静さを保つ事が難しくなる。あとは……緊張の頂点を目指して上り詰めるだけだ。
キリさんの先行、目では捕えきれない早さで踏み込んでくる。ダメージなど気にしていない。そうとも、痛みがある事など見せたらソコを叩かれる。
左腕が抉られる、いや……間一髪身を逸らしたおかげで左腕を失わずには済んだ。
俺が殺気でもって攻撃を読む癖がある事が見抜かれた。それを瞬時に悟る。
攻撃に反応出来なかったと言う事はすなわち、そう云う事だ。殺気を殺して攻撃された、だから反応しきれなかった。
俺は元来臆病な人間で、だからこそ殺気には人一倍敏感で感化されやすい。
例えて目を瞑って戦えると前に言ったと思う。あれはつまり、相手の殺気を確実に読めるという自信があるからだ。
殺気、すなわちこちらの肉を傷つけようとする意図、執着する感覚。そういうのを隠す事は難しいんだろうと思う。殺気むき出しにして誰しもが襲いかかってくるからな。これが完全に消えているような人と俺は戦った事がない位。
盛大に血をまき散らしながら左を攻撃された意味を理解。盾と槍を兼ねる水龍銀の籠手が吹っ飛ばされた。これで手数を減らしたつもりか。
俺は瞬間顔を歪め、骨まで到達するかという深さに今も左腕を滑って来る剣を無視して前に踏み込む。
相手の懐というのは武器を操るものにとって案外も何も死角だ。ヘタに武器を翳せない。
こう言う時は格闘技術が必要になり、武器を構えたまま相手の間接などを絡め取るなりするか、武器の柄での打撃に切り替えなければいけない。
とっくみあいか打撃か、二択に絞って俺は予測を立てる。
打撃!
俺のこめかみを確実に願う相手の、左手による攻撃を読み抜く。遠慮無く殺しに来てくれる相手に感謝だ。
最初に受けた殺気は真実を語る。嘘は言わない。
狙う場所が分かるなら、どの角度から武器が自分の方向に入ってくるのかなんてモロに分かる。
俺は右手に握る武器をすでに、踏む込む前に逆手に構えていた。そのまま上に突き上げて柄尻で、俺のこめかみめがけて迫って来ていたキリさんの左手を跳ね上げる。
鈍い音がしてキリさんの左手から武器を吹き飛ばした感触を得た。
その音が鳴りやむ前に逆手に掴んだ剣を手首を捻り角度を変え、左に振り抜く。
キリさん身を低く沈めて回避、そのまま転がるように横に逃げるもしゃがみ込んだ姿勢から立ち上がらない。足へのダメージもあるだろうが、実は低い姿勢ってのは結構……有利でもある。あえてその姿勢を保ったのだろう。
吹き飛ばされた武器が場外に落ちた音を聞き、俺はゆっくり、剣を両手で構えた。
左手のダメージ?大丈夫だ、痛ぇけど筋は繋がっている、痛ぇけど武器は握れる。
ならば俺はまだ戦える。
0
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