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11章 禁則領域 『異世界創造の主要』
書の2後半 リプレイ『リベンジだそうです』
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■書の2後半■ リプレイ REPLAY & REVENGE
「そっかぁ……社会人かぁ」
何はともあれ、リアルにおいて問題はそこなんだな。
俺は頭を抱えた。それが……お付き合いをする為の条件ですかアインさんッ!
「……いやさ、一応テストプレイの後に開発手伝っても良い事になってるだろ?あれはノーカウント?」
正式採用も王手だ。黙っていてもトビラ開発に関わる事が出来る権限は持ってる事になってる。って事は、一応トビラが正式リリースになったら俺は開発者の一人としてクレジットされるワケで、そんでその後も関わっていける――ゲーム会社社員って事になるんだが。
「今は正式採用じゃなくてアルバイト契約じゃない」
「……どうするつもりだ?」
ええと、正式採用お前は受けるのか?と俺はアインに聞いている。
「んー……正直、条件が良かったら転職する、今の会社は辞めるつもりではいるわよ。ただ、ゲーム会社って結構勤務時間が酷いって話も聞くから、迷ってる所はある」
俺が精神的にグダグダのままなら、間違いなく正社員になったとしても即効上から首を切られる危険性がある。それはテリーの奴に指摘された通りだ。実際俺にもその未来が見える気がする。
んーだけど……なら、それなら。ちょっとがんばっちゃおぅかなぁ。
珍しくそんな意欲も湧いてきたよ俺?
「あの」
何だと視線をレッド投げると……即座に逸らしやがった。何なんだお前のその反応は。
「ボクなら何も条件出しませんけどね」
「……何が?」
俺にはレッドの言った言葉の意味が読めなかったのだが……アインはそうじゃないみたいだな。即座レッドが言っている言葉の意味を把握したらしい。
「わぁ、よかった!この場に引き留めておいて正解!」
いや、本当に俺はなにも把握してないんだけど。アインの言葉に嫌な予感だけはせり上がってきた。
「……だから、何が?」
「ああもぅ、鈍い子!そこがまたいい!」
な、何がだ?アインさんの腐属性アビリティが発動したのを感じて俺は身を引いてしまう。
「それ、いいわ!お姉さん的にはそっちの方が萌える!」
「ななな、何がだよ!」
「さぁレッド!はっきり言っておしまい!」
「茶化さないでください、」
眼鏡のブリッジを押し上げて顔を隠しながらちょっと強めにレッドは言うが、その手が微妙に震えているように思えるのだがドシタ?お前、……どうした?
何?何だ?
何が起っているッ!?
『と、いう事があって大変デシタ』
『そりゃ、ご愁傷様』
実際には顔文字もついている、話し相手限定にしたゲーム上でのチャットなのだが顔文字はこのテキストの性質上省略させて頂く。
『グチすまそ』
『はいはい、ごちでした』
む、なんかデイトもといナッツさん、怒ってませんか?
『焼けてる?』
『うん、ちょっと』
苦笑い顔文字、か。
本日あった事を相談すべくナッツに報告した俺だが……まとめるにアレか?人生に数度モテ期ってのがあると言われるがまさしくそれなのか?彼女いない歴イコール実年齢の俺を突然取り巻いた色のある世界の事情に、ナッツさん素直に羨ましいと返してきた。
え?全部話したのかって。
話しましたが何か?
ここまで事態をぶっちゃけれる相手は俺には、ナッツしかいないんだから!
ネット友人は多くいるが、実際顔をつきあわせていてリアルでも俺の事よく分かっているのは間違いなく、ナッツだけ。
正直俺が女だったら、ナッツんところに特攻しているだろうくらい依存はしている。とか、言ったらアイン姉さんが喜びそうだからここだけの話でよろしく頼む。仮定の話だから大いに冗談だ、そこは把握してくれお願いだッ!
『あれ、そういや同僚の某さんはドシタ?』
俺はあえてナッツの色のある話を振ってみる。俺が正直に話す通り、ナッツの方も俺に遠慮なく色々ぶっちゃけた話をしてくれるのだ。俺は相談相手にはなっていないだろうが……発言が当てにならないという意味で。ナッツいわく、内側にため込んでいるより誰かに話した方がいろいろすっきりするんだってさ。俺はその相手をしている。
『うん、断っちゃった』
『えー』
ナッツにもそういう話がない訳じゃない。俺みたいに半引きこもりじゃなく、社会に出て真っ当な……ゲーム会社だけどとか言ったらゲーム会社どんだけブラックなんだと言っているようなもんでアレだが……職を持っているナッツ。奴はそれだけ多くの人と出会う機会を持っている。趣味的にもゲーム会社って事でうち解けやすいだろうしな。男ばかりの職場ではないぞ、女性のゲーマーも少なく無い世の中だ。いや、職員が皆ゲーマーだというのは幻想であるとナッツさんは言うけど。
しかしあ奴め、割と凝り性でえり好みが酷いんだ。あれこれ理由付けてすぐ別れてしまったりする。
それがあんまり酷いので他に好きな人がいるんじゃないのかと、このゲームでメインにしているグループのクランリーダー、コピさんから色々疑われてたな。
今やってる例のMMOゲームの中には明らかに腐属性があるよな、という人もいる。こういうのはキャラとして仮想世界で付き合うには何も問題は無い。ゲーム上仮想だから装うのは常でそれが当たり前だし。
そういう世界で交わしている言葉をリアルでも本気だって考えて悩んだりする方がバカらしい。
仮想世界の出来事をモトにして脳内妄想するのは勝手ではあるが。
で、公言腐趣味キャラのクラン仲間がいるんだけど。そいつら……一人ではないのだ残念ながら……から、俺とナッツの仲の良さを茶化されていたりもする。まぁ仮想世界なので俺も適当に上手い事言うだけ言って置いたけど、仮想世界ですから何でもありデス。
……何度も言うが冗談だからな、な?
ゲーム内でエンゲージの真似事も出来たりするんだが、実はその契りを交わしていたりするのだって男友人らのあり得ない事前提の冗談ですからね?腐属性の奴らはそこらへん、分かっていて茶化す奴と本気で取る奴がいるから怖い。あと、その違いが結構見分け付かない所も怖い。
ただ、リアルじゃねぇから現実で被った、例のカインからの被害みたいに脅威とは思っていない。
『やっぱり本命いるんだろ』
と言う事で俺はそのように改めてナッツを突いてみる。
『いるよ、』
お?いつもなら居るはず無いだろ、と定型文で返ってくるのに。今回は冗談の一つも飛ばすのか?
『実はアベルが好きなんだ』
俺はその場で本気でコーヒー吹いたのは言うまでもない。
本気か?冗談か!
どっちにしろ俺はコーヒー吹くわな!
うわ、ちょ、キーボードはこういう粗相を想定して洗えるフラットタイプだからいいとしてディスプレイー!!!
コーヒーまみれのキーボードを無線から切り離す前にまず、ログインキャラ待機にして、台所に走りキーボード洗って水に濡らしたタオルをひっつかみディスプレイを拭く。運悪くコーヒー飲料の方だ。放置したらベタベタになっちまう!
そのようにリアル事情でドタバタしている間にログが流れている。俺がこのようにテンパっている事など、ゲーム上では女房もとい、旦那であるナッツにはお見通しかッ!
『冗談☆ とは行かない所なんだぜ』
『なんか、オマエのその話聞いていたら吹っ切れてきた』
『……そっち、テンパってる?』
ようやく粗相の処理し終えてキーボードを繋ぎ、間5分くらいの間に一方的に投げられてきているコメントに打ち返す。
『コーヒー吹いたわー!!!』
『ゴメ☆』
この軽いノリが仮想のイイトコだよな。いや、悪い所とも言えるか。
『ちょー!ならお願いしますよ先生!さっさとあのじゃじゃ馬引き取ってくださいよ!』
『それ、本気で言ってる?』
少し考えるも手が勝手に動く。
『本気だ』
少し日本語が変なのもネット上のチャットでは常だ。『本気』じゃなくてこの場合は『本音』の方がニュアンス的には正しいのだろうが。
考えるまでもない。ナッツが引き取ってくれるなら俺は、何も悩む所は無いじゃないか。
親友だ、少なくとも俺はそのように思っている。どんな悩みも相談出来る、俺の事を一番分かってくれている人だ。
多分、分かっているからナッツはその本心を、なかなか言えなかったんだろうと思う。そう思えばもの凄く苦労を掛けているのが分かってきて、俺……逆に苦しくなってきた。
『……ごめん……それ言えなかったの、俺の所為か?』
『んな事はない。俺には勝算無いって思ってたからだ』
そうだろうか。
なんでだ?明らかにオマエの方がしっかりしているし……いやまぁ、それでも選ぶのは阿部瑠だけど。
今度は阿部瑠が選ぶ方。俺の被った被害を思い知れ!……いや、それだとナッツの結果が見えてしまうか。いやぁ、阿部瑠に断る理由が無いじゃん。俺から拒否られている状況だぞ?イケるだろ、イケるイケる!!
『……行くんだな戦友』
『ホントに応援してくれるのか』
『当たり前だろ、むしろそれで俺も安心だ……』
これで俺には平穏が戻ってくる。アインやレッドらにいらない心配掛けなくて済むって訳だ。
すっかり安堵してそのように肩を落としていたら、
『応援してくれるならオマエ、どっちかとちゃんと付き合えよ?』
……は?
なんでそうなる。
『そうしないとアベルも納得しないだろ。多分』
そ、そうだろうか?うん?
『お前がはっきりしてないと俺は、お前と同じ理由でアベルから振られる勝算高いから』
そぅかぁ?
俺は手が止まっていて全く打ち返していないのだが、なぜか一方的にナッツからこっちの相づちを予測しているような言葉が入ってくる。流石相棒、流石親友、侮れません。
『……タグ打つの面倒だ。悪い、今からそっち行っていいか』
最終形態的にそこでようやくログの流れが止まる。
俺は……時計を確認。もう結構な時刻だが電車はギリギリ動いているな。ま、何にせよ俺にはナッツが来るのを拒む理由が無い。
『ああ、来いよ』
その後、コンビニの手みやげを持ってスーツ姿のナッツがやって来た。明日ここから出社するからだ。一々玄関に出迎えたりはしない、勝手に上がり込んでくるのが俺らの常。
「なんか、頭冷やして考えたら恥ずかしくなってきた」
そう言って季節外れにアイス買って来やがったんだな。お、でも高い奴だ。ゴチになります。俺の嗜好もよく分かっていらっしゃる。正直アイス~?と思ったが、好きな味と知ったら喰いたくなったのでさっさと蓋開けてしまう俺。
「ちょっと、猛反している……途中何度帰ろうかと思ったか」
「何で?」
ベッドに腰下ろして頭を抱えているナッツに、俺は食べないのかとアイスを投げ渡す。
「……お前、ホントに何でもないんだな」
「……何が」
「そうか、うん……俺が考えすぎだったんだなふふ、ははは……」
ナッツさんが壊れ気味になってます。
「いやぁ、俺の方こそ気がつかなくて悪かった……そういや、アインからも鈍いんだから~とか言われたが。俺って鈍いか」
「相当に」
そこは即答すんなよお前。
「……冗談だったのか?」
俺は首をかしげ、ナッツのログイン用に別のパソコン端末を立ち上げながら尋ねる。
「……いや、お前が素直に話すんだ。俺だっていつまでも誤魔化してらんないだろ。……すまない、結構本気だ」
俺に素直に気持ちを話していなかった、そこの当たりをナッツは気にしているのだろうか。
確かに『密かにそんな事思ってたんかお前!』という気持ちもある。あるけれど……俺はナッツに一方的に依存している自覚があるからな。
俺が一方的に、なんだ。
迷惑かけているのは圧倒的にこっちだって俺は、自覚があるだけにナッツの事は全く悪く言えない。
「いや……俺、あんまり自分勝手かなって思ってお前に言えなかった事があるんだ」
ナッツは遠視用の眼鏡を掛けながら言った。
「お前がアベルと付き合えよ、か?」
……そう、その通り。
流石だ、どこまでもお見通しだなと俺は苦笑してしまう。
でもそれはナッツが阿部瑠の事、好きじゃないなら押しつけがましいと思って流石に言えなかった。
「正直……その方が良いと思っているよ。お前の方が……」
似合っているよ。
あの暴走娘の手綱を取るのはお前の方が合っている。間違いない。
ナッツは項垂れていた所顔を上げる。
「それでお前、引いたんじゃないだろうな?俺はそこが……引っかかっていて」
「あ?」
何が、引いたんだ?
完全に把握出来ていなくて惚けた俺にナッツは苦笑する。
「……いや、それこそ俺の考えすぎだったみたいだ。何でもない……とにかく」
アイスを除けて、スーツを脱いでハンガーに掛けながらナッツは俺に釘を刺す。
「俺を応援してくれるんならまず、お前が先だ」
「先……って、いや、お前があの暴走娘引き取ってくれるなら俺はそれで全解決だぜ?」
「だから、俺が引き取るためにはお前がまず身を固めるのが先なんだって言っている」
「ぇえーッ?面倒くせぇ……」
「そんな理由で付き合いを蹴るからこういうトラブルになっているっての、いい加減理解しろよ」
「だって、面倒なものは面倒だろ?俺、別にリアル彼女欲しくないもん」
嘘が混じっております。
正確には、自分に自信が無くて怖いのでリアルでの、ヘタをすると責任取る方向性まで行く可能性のある女性とのお付合いは俺には不可能です、が真実。
「そういう事言うからカインからネタにされちゃうんだろ?」
「白だから黒って考えがおかしい、いや、狂ってるんだ連中は!二次元スキーで何が悪い!仮想の中の奴らの方が俺を裏切らないからいいってのに。そもそも連中こそ仮想世界で好き勝手してんじゃねぇか。そういう妄想は脳内で止めとけ、外に漏らすな!」
と、奴らにはっきり言ってやりたもんだ。チキンだからここでしか言えないけど。
「まぁ、ガチに言うとそういう妄想とかを共有するのが楽しいんだろ?」
「知るか!」
「とにかく、」
俺の隣に座ってパソコンに向き合い、キャラクターログイン画面が始まるのを待ちながらナッツは俺の方を振り返る。
「俺はお前の身が固まった後に行く」
「なんだよ、人の事散々チキンとか言う癖に」
「負け戦はしない主義でね」
そうかな、俺には今の段階でなんでナッツに勝算がないのかの方が分からない。理解出来ない。
ため息を漏らし……それから、チャットで次に話すつもりだった事というか。まずその前に自然とツッコミを貰わなければ行けないだろう部分を俺は改めてナッツに振る事にした。
「てゆーか、レッドの件は何も疑問じゃないのかお前?」
「いや?」
「いや、って?」
「前回のログイン前にちょっと話し込んでみて俺、察してたよ」
「……何が」
ナッツは胡座を掻き直しながら少し笑って言う。
「女だって今回聞いて納得したもん。あれは明らかにお前に好意を抱いてるよなぁってバレバレだったぜ」
そーだろーか?
う、つまり……それが分からんから俺は鈍いと言われるのだな。
分かっていなかった、何も察していなかっただけになんか、全体的に変な気分だ。現実なのに現実じゃないみたいな。ナッツ、俺のほっぺたつねって見てくれよ。これって夢じゃないよな。
トビラの延長線上だったりしないよな?俺、ちゃんと夢から目を覚ましているよな?
「いや、でもあれは男だろうとか思っていたから……俺の思い違いだろうと切り捨ててみていたんだけどな。おかげでモヤモヤがスッキリ晴れた感じだ」
そんなに奴は挙動不審だったろうか?うん、確かにずっと引きこもってリアルでの人間関係が『全くない』と断言するレッドが、そもそもリアルに出てきている時点でおかしいといえばおかしい訳だけれど。
その理由が……俺にあったなんてなぁ。
いや、違う。正確じゃない。奴がリアルに出てきたら理由はリアルの俺の所為じゃない。だってトビラ・テストプレイヤーになる前まで全く、リアルで面識無いもん俺ら。俺とレッドが知り合ったのはネット上の仮想世界。互いに仮の姿を纏った……夜兎と赤の一号というアイコンで知り合ったに過ぎない。
レッドが知っていたのは仮想の俺だ。
奴は、仮想の俺すなわち『夜兎』を追っかけてリアルに続く穴を落ちてきた。
最初はほんの興味心で、別にそんなに相手に色々期待していた訳じゃないそうだ。そりゃそうだ、あいつそんなピュアな性格じゃねぇ。本性腹黒である。仮想世界での仮面生活に慣れ親しんでいる奴だぞ?俺みたいに、現実が怖くて自由になる仮想世界に逃げ込んでいるようなダメ人間の同類だろう。
幸い……と、この場合言って良いのかよく分からんが。
……不幸にも、と、しておくか。
不幸にもレッドには『実力』があった。
ゲームに対する愛を凌駕する知識マニアという『実力』が、奴にトビラ・テストプレイヤー権を取得させた。興味本位で普段仮想に身を隠す俺や、メージンのリアルの顔を拝む機会を得てしまった訳だ。
奴は頭が良い。何でもかんでも自分で考えてちゃんと答え出しちまう。実力在って興味本位で望んだ事がリアルになってしまって多少慌てたらしい。かなりギリギリまでトビラ・テストプレイの権利を手放すかどうか迷ったらしい話を聞いている。
最終的に何が決め手となって脱・引きこもりをしたかというと……。
ギャップは承知で俺やメージンのリアルの顔を見てやろう、だったそうだ。
ただ、それだけ。
奴の『知りたい』という欲求が気弱な背中を押した。
で、ギャップにプギャーとなってりゃいいのに。
俺のこのダメっぷりに笑って引いてくれればいいのに。
事も在ろうか奴は俺に、親近感を抱いてしまった。ギャップはあるだろうとしっかり前提し、身構える事が出来るくらい奴は頭がよい。だがしかし、なまじ感情という部分は頭がいくら良くても制御できない所があるようです……とか、抜かしていた。そういう制御できない部分で誤算があったって事か。確かにそういうのは無いとは言い切らないけど、奴が持っている『理屈』にはまってないので俺は、即ガッテンって訳にはいかん。
そうだろうかと首をかしげる事しかできない。
そのようなレッドの心情の変化があったなんて……全然気が付いてなかった俺は相当にニブいという事なんでしょうか?うう、わかんねぇよそんなの!
うん。やっぱり……リアルって怖ぇ。
俺はこのモニター越しの仮想世界でいい。
例え誰かが好きだとしても、それを伝えて完結させなくていい。
ゲームが終わったその後ってのは、明らかになると大抵酷いもんだ。ゲームに例えるのもアホな話ではあるものの。
エンディングの後に裏ダンジョンがあって、リメイクが出てあまつさえ続編が出て。そのたびにシナリオの質が落ちていくというのは続編タイトルモノの宿命とも言える。
だったらここで終わり!と続きが一切無い終わりの方が俺はいい。リアルでも、仮想世界でも……だ。
もしかするとだからこそ、俺は阿部瑠を切ったのかもしれない。関係性が『終わる』のも覚悟でごめんなさいと言ったんだ。
ところがそのエンディングを相手がお気に召さなかったようで……デキの悪い続編が続いている感覚。
リアルは終わりが無いシナリオみたいなもんだ。
ゲームシナリオみたいにキリの良い所でスタッフロール流れないし。後は想像で補ってね!みたいな後日談エピソードだけ添付、みたいな終わりは来ない。どこまでもどこまでも現実世界には終わりが無い。
現実はゲームではないのだからそりゃぁ当たり前の話なんだけどさ。
……綺麗事並べるのもそろそろ飽きてきた。ドン引かれるの覚悟で言って良いか?
「あのさ、……お前、あいつでいいの?」
片膝を立ててだらしなく俺の隣に座ってログインを待っていたナッツは、アイスの蓋を開けながら何が?と振り返る。
「……俺は―――正直一人に縛られるのが嫌だな」
「恋人は欲しいけど結婚はしたくない、愛人作ります確定、みたいな奴か」
「お前、そう云う所お堅いもんなぁ」
「誠実と言ってくれ」
囲いたいだろそりゃ。
女の意見は知らんが、好意寄せられたら全員囲いたいと思ってしまうのが……出来るかどうかは別として……男の浪漫だ。もったいない、味見もしないで捨てるなんてもったいなさすぎて無理!
少し溶け気味になっていたアイスが蓋に付いているのを、ナッツはダメで元々とスプーンで擦りながら言った。
「あのなヤト、女ってのは根本的に男とは違う生き物だから」
要するに、男の基準で考えるとダメだぞ、と言いたいのだろうけれど。だからって女の基準で考えてやるのは癪じゃんか。
……まぁ、社会的に男性優位っていうのがあって、長らく女性は男性基準社会で我慢して来たんだから!とか言われてしまうのだろうけれど。我慢出来る方が我慢しろよ。少なくとも俺は我慢なんぞ出来ん。
譲り合い?知らねぇ、テメェが譲れ。
自由にならないなら現実なんかいらん。
俺はさっさと現実なんか見限って仮想世界で生きてるから。現実に迷惑は掛けないように、影薄くして生きていきますから。その影を追っかけても無駄だ。それは影でしかない。
つまり、何かに写り込む事は出来ても干渉は出来ないものとお考えください。影に身を落とすのは、現実から干渉されたくないという意思表示とお考えください。
何?トビラの中の戦士ヤトと随分言っている事が違う気がするが?
あたりまえだ。中は中、外は外だろう。
現実は現実で、仮想は仮想だ。
お互い、似ているから混ぜたくなる気持ちは分かるが混ざり合う事なんか無い。
俺達は一生混じらない。
たとえ辿る展開が似ている通り越して同じでも、似ているだけだ。交差しない。
世の中には同じような展開で同じような仕掛けを内蔵している物語が沢山ある。それと同じ、似ているだけで同じじゃないんだ。
惑わされるな俺の脳。
「まぁ、お前にその気がないなら俺は方法を変えるだけだ」
「何だそれは?」
ようやくログインが終わり、ナッツの前にあるモニターにDATEという仮想キャラクターが現れている。
「俺は赤の一号を応援する事にしよう。それとも、アイン姉さんの方がいいか?合い鍵つくって渡しておくけど?」
「おおおい!止めろよ!」
本気で引っ越しの危機か?というか、ようやく本音を暴露した事でナッツさん、俺の一方的な味方を辞めたみたい。
俺は同じスタートラインに立つ事を拒否して、戦う事自体を拒絶して不戦勝で良いって言ってるのに。
ナッツは臨戦態勢整えて俺と戦う気満々なのな!
ようするにそれは、俺の甘え所が一つ消滅したという意味でもある。しっかりしたこの親友に甘えて生きている自覚があるだけに俺……ちょっと先行き不安になってきた。
すぐに次の安住の場所を探してしまう所、俺ってホントダメですよね。そんで、アインとレッド。どっちが脳裏に浮かんだかと言ったら……ここは素直に言っておく。
レッドだった。
ううん?そこはアインさんじゃないのか?と自分で自分にツッコミを入れてしまった。これが自分で制御できない感情的な、いかんともしがたい部分って奴か!
レッドは俺と同じでダメ人間だけど、様々な能力はすこぶる高そうなんだよな。人見知りが激しいだけで。
だがこいつぁコイツで色々問題アリな。
俺は湧いて出るモンスターを探すのをやめてコントローラーを置き、頭を抱える。
「……まず、あの男装癖をどうにかして欲しい所だがなぁ」
「腐女子とどっちがマシだ?」
なんでこうも問題アリな女ばかりなのだッ!
というか、問題アリだなんて言い方も酷いか。
結局自分の好きなように出来ない『世界』に嘆いているだけだ。現実は自由には出来ない、だから……妥協が必要な訳で。それが面倒だから俺は現実を相手にしたくない訳で。
ああ眠れない、早朝バイトがあるのに。
いっそ寝ないで貫徹してバイトに突入し、その後崩れ落ちるように寝てしまった方がいいかもしれない。とにかくこの、頭の中で無駄に反復する、別に反復したくない出来事を封じ込めたい。くそぅ……考えたくないのにどうしても考えてしまう。
あああ!眠れない腹いせに乱暴な寝返りを打ったら、ソファベットで寝ていたナッツがむくりと起き上がった。カーテン越しにその影がくっきり見える。
「……わり、起こしたか?」
「……お前と同じ。寝れない」
なんだ、そうだったのか。
よかろう、ならば朝までやらないかッ!
もちろん、ゲームだがッ!
一応R・リコレクト出来るようにMFCをセットしていた俺達であったが、それを剥ぎ取り最新型ゲーム機を引っ張り出してきてソフトを検索。その間にナッツは場所確保。ソファベットを片付け毛布類も畳んで押入れへ。
無線コントローラーを無言で手渡し、俺達は……朝まで領土制圧完了を剣に誓い、例の円卓戦誓シリーズ最新作で共に戦場を駆ける事にしたのだった。
これ、実際コントローラーを振り回して操作する遊び方も出来るんだわ。
いっそ眠くなるようなジャンル……サウンドノベルとかやれよって話であるが、もぅ結構なお時間なのです。
騒がしくするとご近所に迷惑なのではと思われるだろうが、飛び跳ねたりする床コンパネ使うわけじゃないし、大丈夫だろう。
奇声を上げながらジョイスティック振り回すだけだ!
ウチのアパートは防音強化仕様なのでお隣の心配はしなくてもいい。そのお隣なんかインディーズのバンドやってる人達が住んでいたりする。周りは同じマンションが並んでいる上に、ここは元から防音対策マンションだ、窓をお互いに開放していない限り恐ろしいくらいの静寂が堪能できるステキなアパートなんだから!
夜中まで騒いでも迷惑かけないってのが、ここを友人らがたむろ場にしやがる理由の1つでもある。
で、むしろ寝ないで乗り切る方向にしたのはいいが。
……ジョイスティック振り回すタイプのゲームは止めた方がよかったかもしれん。
再び俺は、正しくは俺の胃は、コーヒーで焼け死んでいた。
肉体全体に折り重なっている疲労、脳は常に酸欠状態で気を許せばあくびが漏れる状態。しかしお陰で余計な事を考える気力がないというのはこの場合、よかったかも。
メールとか来てたのも自然とスルーだ。全体的に気力が皆無。比較的何時も、ではあるがな。
これはベッドインしたら3秒で眠れるな、とか思いながらなんとか労働を耐え忍んだ。睡魔と戦うために大量に摂取したコーヒーの所為で気持ちが悪くて、腹が減っているはずなのにご飯を食べるという気すらわかない。
一刻も早く帰って寝よう。そして……長いR・リコレクトをしよう。
前回のログイン時、嫌な展開で俺は覚醒時にほとんどの夢を忘れてしまった。思い出したくもない事多数なのだろう。現実と似たような展開はそりゃぁ、嫌にもなるってもんだ。
でも……いくら逃げてもダメみたいだ。
現実は追いかけてくる。俺は今の自分の環境を変えたいとは願っていない。変えたくない。ひたすらに……そのままであって欲しいと思うのに。
それでも世界は変わる。
俺が願っても居ないのに勝手に、この世界は変わっていく。俺には自由に出来ない、世界は俺の為にあるのではなく世界の中に俺がいるから仕方がない。
変化する世界に正直、必死になってついていこうとは思っていない。
勝手に変わっていけばいい、と思う。そう思うのならば変わる世界に勝手に変わるな、とか文句は言えないだろう?変わっていく世界に嫌でも付き合っていかなきゃならないんだ。
少し出遅れるけれど……それくらいはいいよな。
俺の為に世界は待ってくれない。
出遅れた人間を待ってくれる程世界は優しくない。世界は遠慮無く、出遅れた人間を置いてってくれる。
でも全然、それでいいんだ。俺にはそれくらいの突き放した対応が好ましいと思えるくらい。
世界は俺を放っておいてくれる。
唯一現実の中で、俺が心地よく思う所はそこら辺かな。
変化を嫌だと駄々こねて拒絶はしまい。
眠くてとろけそうな脳味噌で俺は、そのように力無く反復する。
俺には力がない……弱い。変わる世界に嫌が応にも引きずられていく。
負けねぇ、俺は俺だとはっきり言い切る事が出来る程、サトウ-ハヤトは強くない。
ごめんな戦士ヤト。こんな奴が中の人で。
負けねぇ、俺は俺だと断言する『中の俺』の夢を見よう。
そして、見たくないと現実の俺が目を逸らした事を反復するんだ。
ゆっくりでいい、思い出して覚悟を決めろ。
世界が変わる、引きずられて行く俺、そうやって俺も少しずつ変わらなきゃ行けないのかもしれない。
ゆっくりでいいよな?あるいはすでもう、物凄く出遅れちゃってんだろうけど。
遠慮なく俺、置いてけぼりにされてるけど、世界は遠慮なく変わって行く。
俺のペースで、ゆっくり。
それで良いなら……ちょっとは努力してやらぁ。
こういう日に限って邪魔者は現れない。いや、良い事ですけど。
俺は無事巣に帰り着いて、サーバー音だけが響くだけの部屋でベッドに倒れ込んだ。
カーテン引いて雑音シャットアウトして、枕元に置いてあったトビラ・デバイス耳に引っ掛けて予告通り、推定3秒だろうと後に思い出せるほど綺麗に、眠りに落ちるのだった。
トビラの中で、ヤトが夢を見ている。
夢の中で夢を見るというのも変な話だ。記憶に無い、当たり前だ意識が無い。
マツナギとアービスが火の番をしている脇で横になっている俺は……うなされていた。
その様子を俯瞰するように『俺』は見ている。
トライアン地方に向かう道中の一夜だな。マツナギが起きているから彼女のログが同期されてコモン・コピーの許可が下りたのか?いや、同期されてからまだログインしていないから許可は下りないな。とすると……俺はこの場面をエントランスで見ていたのか。同期する前にログを取っているから、マツナギが閲覧ブロックを掛けない限りこのようにR・リコレクトが出来る。
俺が展開を忘れていただけ。どうでもいい記録と仕舞い込んで思い出さずにスキップしたのだろう。
結構こうやって自分が寝ている様子のログは何回か見たが……うなされてんぞ?お二人さん、気が付いて!
それでもガン無視ってどういう事だ。
あ、そうか。
いつもこうやってうなされているなら……今更心配はしないよな。
そう云う事なのか?
思えば俺がログ俯瞰する寝ている自分の様子って、大概訳ありなんだよな。睡眠薬で寝ているとかが大半のようにも思えてくる。
一体何にうなされているのだろう。
そのようにリコレクトしたら、途端うなされるに十分な過去の記憶がこれでもかと甦ってきて苦笑いだ。
こんだけ鬱な事情を抱えて何でもないと笑えるんだ、お前は……ホント凄い奴だよ。
『俺』だったら精神歪んでとっくにダメな子のワンランク上、イタい子に昇格していると思う。凄くイタくて危ない子だよ。
……戦士ヤトもヘタすると自分がそうなる事は分かっているみたいだけど。
「お前は寝ていないようだけど……辛くはないのかい?」
「ん?……ああ……バレてたか」
二人の会話に俺の意識が向く。
「割と眠らなくてもいいみたいなんだ。……魔王八逆星として紋を体半分に持つ所為か中途半端なんだけど」
「ふぅん……でも、寝れないって訳じゃないんだろう?」
マツナギの問いにアービスは苦笑している。
「ああ……でも。なるべくは寝たくないというのが本音だ。実は、夢見が悪くて」
存在が破綻している魔王八逆星でも夢なんか見るんだな。
「あんな風にうなされるとか?」
って、俺を指しているようですマツナギさん。
「……きっと彼も、辛い過去の事を夢見ているんだろう?」
「多分ね」
夢の中に夢が混入してくる。
それらは混じる。
なぜならば……夢と夢であるから。
「そっかぁ……社会人かぁ」
何はともあれ、リアルにおいて問題はそこなんだな。
俺は頭を抱えた。それが……お付き合いをする為の条件ですかアインさんッ!
「……いやさ、一応テストプレイの後に開発手伝っても良い事になってるだろ?あれはノーカウント?」
正式採用も王手だ。黙っていてもトビラ開発に関わる事が出来る権限は持ってる事になってる。って事は、一応トビラが正式リリースになったら俺は開発者の一人としてクレジットされるワケで、そんでその後も関わっていける――ゲーム会社社員って事になるんだが。
「今は正式採用じゃなくてアルバイト契約じゃない」
「……どうするつもりだ?」
ええと、正式採用お前は受けるのか?と俺はアインに聞いている。
「んー……正直、条件が良かったら転職する、今の会社は辞めるつもりではいるわよ。ただ、ゲーム会社って結構勤務時間が酷いって話も聞くから、迷ってる所はある」
俺が精神的にグダグダのままなら、間違いなく正社員になったとしても即効上から首を切られる危険性がある。それはテリーの奴に指摘された通りだ。実際俺にもその未来が見える気がする。
んーだけど……なら、それなら。ちょっとがんばっちゃおぅかなぁ。
珍しくそんな意欲も湧いてきたよ俺?
「あの」
何だと視線をレッド投げると……即座に逸らしやがった。何なんだお前のその反応は。
「ボクなら何も条件出しませんけどね」
「……何が?」
俺にはレッドの言った言葉の意味が読めなかったのだが……アインはそうじゃないみたいだな。即座レッドが言っている言葉の意味を把握したらしい。
「わぁ、よかった!この場に引き留めておいて正解!」
いや、本当に俺はなにも把握してないんだけど。アインの言葉に嫌な予感だけはせり上がってきた。
「……だから、何が?」
「ああもぅ、鈍い子!そこがまたいい!」
な、何がだ?アインさんの腐属性アビリティが発動したのを感じて俺は身を引いてしまう。
「それ、いいわ!お姉さん的にはそっちの方が萌える!」
「ななな、何がだよ!」
「さぁレッド!はっきり言っておしまい!」
「茶化さないでください、」
眼鏡のブリッジを押し上げて顔を隠しながらちょっと強めにレッドは言うが、その手が微妙に震えているように思えるのだがドシタ?お前、……どうした?
何?何だ?
何が起っているッ!?
『と、いう事があって大変デシタ』
『そりゃ、ご愁傷様』
実際には顔文字もついている、話し相手限定にしたゲーム上でのチャットなのだが顔文字はこのテキストの性質上省略させて頂く。
『グチすまそ』
『はいはい、ごちでした』
む、なんかデイトもといナッツさん、怒ってませんか?
『焼けてる?』
『うん、ちょっと』
苦笑い顔文字、か。
本日あった事を相談すべくナッツに報告した俺だが……まとめるにアレか?人生に数度モテ期ってのがあると言われるがまさしくそれなのか?彼女いない歴イコール実年齢の俺を突然取り巻いた色のある世界の事情に、ナッツさん素直に羨ましいと返してきた。
え?全部話したのかって。
話しましたが何か?
ここまで事態をぶっちゃけれる相手は俺には、ナッツしかいないんだから!
ネット友人は多くいるが、実際顔をつきあわせていてリアルでも俺の事よく分かっているのは間違いなく、ナッツだけ。
正直俺が女だったら、ナッツんところに特攻しているだろうくらい依存はしている。とか、言ったらアイン姉さんが喜びそうだからここだけの話でよろしく頼む。仮定の話だから大いに冗談だ、そこは把握してくれお願いだッ!
『あれ、そういや同僚の某さんはドシタ?』
俺はあえてナッツの色のある話を振ってみる。俺が正直に話す通り、ナッツの方も俺に遠慮なく色々ぶっちゃけた話をしてくれるのだ。俺は相談相手にはなっていないだろうが……発言が当てにならないという意味で。ナッツいわく、内側にため込んでいるより誰かに話した方がいろいろすっきりするんだってさ。俺はその相手をしている。
『うん、断っちゃった』
『えー』
ナッツにもそういう話がない訳じゃない。俺みたいに半引きこもりじゃなく、社会に出て真っ当な……ゲーム会社だけどとか言ったらゲーム会社どんだけブラックなんだと言っているようなもんでアレだが……職を持っているナッツ。奴はそれだけ多くの人と出会う機会を持っている。趣味的にもゲーム会社って事でうち解けやすいだろうしな。男ばかりの職場ではないぞ、女性のゲーマーも少なく無い世の中だ。いや、職員が皆ゲーマーだというのは幻想であるとナッツさんは言うけど。
しかしあ奴め、割と凝り性でえり好みが酷いんだ。あれこれ理由付けてすぐ別れてしまったりする。
それがあんまり酷いので他に好きな人がいるんじゃないのかと、このゲームでメインにしているグループのクランリーダー、コピさんから色々疑われてたな。
今やってる例のMMOゲームの中には明らかに腐属性があるよな、という人もいる。こういうのはキャラとして仮想世界で付き合うには何も問題は無い。ゲーム上仮想だから装うのは常でそれが当たり前だし。
そういう世界で交わしている言葉をリアルでも本気だって考えて悩んだりする方がバカらしい。
仮想世界の出来事をモトにして脳内妄想するのは勝手ではあるが。
で、公言腐趣味キャラのクラン仲間がいるんだけど。そいつら……一人ではないのだ残念ながら……から、俺とナッツの仲の良さを茶化されていたりもする。まぁ仮想世界なので俺も適当に上手い事言うだけ言って置いたけど、仮想世界ですから何でもありデス。
……何度も言うが冗談だからな、な?
ゲーム内でエンゲージの真似事も出来たりするんだが、実はその契りを交わしていたりするのだって男友人らのあり得ない事前提の冗談ですからね?腐属性の奴らはそこらへん、分かっていて茶化す奴と本気で取る奴がいるから怖い。あと、その違いが結構見分け付かない所も怖い。
ただ、リアルじゃねぇから現実で被った、例のカインからの被害みたいに脅威とは思っていない。
『やっぱり本命いるんだろ』
と言う事で俺はそのように改めてナッツを突いてみる。
『いるよ、』
お?いつもなら居るはず無いだろ、と定型文で返ってくるのに。今回は冗談の一つも飛ばすのか?
『実はアベルが好きなんだ』
俺はその場で本気でコーヒー吹いたのは言うまでもない。
本気か?冗談か!
どっちにしろ俺はコーヒー吹くわな!
うわ、ちょ、キーボードはこういう粗相を想定して洗えるフラットタイプだからいいとしてディスプレイー!!!
コーヒーまみれのキーボードを無線から切り離す前にまず、ログインキャラ待機にして、台所に走りキーボード洗って水に濡らしたタオルをひっつかみディスプレイを拭く。運悪くコーヒー飲料の方だ。放置したらベタベタになっちまう!
そのようにリアル事情でドタバタしている間にログが流れている。俺がこのようにテンパっている事など、ゲーム上では女房もとい、旦那であるナッツにはお見通しかッ!
『冗談☆ とは行かない所なんだぜ』
『なんか、オマエのその話聞いていたら吹っ切れてきた』
『……そっち、テンパってる?』
ようやく粗相の処理し終えてキーボードを繋ぎ、間5分くらいの間に一方的に投げられてきているコメントに打ち返す。
『コーヒー吹いたわー!!!』
『ゴメ☆』
この軽いノリが仮想のイイトコだよな。いや、悪い所とも言えるか。
『ちょー!ならお願いしますよ先生!さっさとあのじゃじゃ馬引き取ってくださいよ!』
『それ、本気で言ってる?』
少し考えるも手が勝手に動く。
『本気だ』
少し日本語が変なのもネット上のチャットでは常だ。『本気』じゃなくてこの場合は『本音』の方がニュアンス的には正しいのだろうが。
考えるまでもない。ナッツが引き取ってくれるなら俺は、何も悩む所は無いじゃないか。
親友だ、少なくとも俺はそのように思っている。どんな悩みも相談出来る、俺の事を一番分かってくれている人だ。
多分、分かっているからナッツはその本心を、なかなか言えなかったんだろうと思う。そう思えばもの凄く苦労を掛けているのが分かってきて、俺……逆に苦しくなってきた。
『……ごめん……それ言えなかったの、俺の所為か?』
『んな事はない。俺には勝算無いって思ってたからだ』
そうだろうか。
なんでだ?明らかにオマエの方がしっかりしているし……いやまぁ、それでも選ぶのは阿部瑠だけど。
今度は阿部瑠が選ぶ方。俺の被った被害を思い知れ!……いや、それだとナッツの結果が見えてしまうか。いやぁ、阿部瑠に断る理由が無いじゃん。俺から拒否られている状況だぞ?イケるだろ、イケるイケる!!
『……行くんだな戦友』
『ホントに応援してくれるのか』
『当たり前だろ、むしろそれで俺も安心だ……』
これで俺には平穏が戻ってくる。アインやレッドらにいらない心配掛けなくて済むって訳だ。
すっかり安堵してそのように肩を落としていたら、
『応援してくれるならオマエ、どっちかとちゃんと付き合えよ?』
……は?
なんでそうなる。
『そうしないとアベルも納得しないだろ。多分』
そ、そうだろうか?うん?
『お前がはっきりしてないと俺は、お前と同じ理由でアベルから振られる勝算高いから』
そぅかぁ?
俺は手が止まっていて全く打ち返していないのだが、なぜか一方的にナッツからこっちの相づちを予測しているような言葉が入ってくる。流石相棒、流石親友、侮れません。
『……タグ打つの面倒だ。悪い、今からそっち行っていいか』
最終形態的にそこでようやくログの流れが止まる。
俺は……時計を確認。もう結構な時刻だが電車はギリギリ動いているな。ま、何にせよ俺にはナッツが来るのを拒む理由が無い。
『ああ、来いよ』
その後、コンビニの手みやげを持ってスーツ姿のナッツがやって来た。明日ここから出社するからだ。一々玄関に出迎えたりはしない、勝手に上がり込んでくるのが俺らの常。
「なんか、頭冷やして考えたら恥ずかしくなってきた」
そう言って季節外れにアイス買って来やがったんだな。お、でも高い奴だ。ゴチになります。俺の嗜好もよく分かっていらっしゃる。正直アイス~?と思ったが、好きな味と知ったら喰いたくなったのでさっさと蓋開けてしまう俺。
「ちょっと、猛反している……途中何度帰ろうかと思ったか」
「何で?」
ベッドに腰下ろして頭を抱えているナッツに、俺は食べないのかとアイスを投げ渡す。
「……お前、ホントに何でもないんだな」
「……何が」
「そうか、うん……俺が考えすぎだったんだなふふ、ははは……」
ナッツさんが壊れ気味になってます。
「いやぁ、俺の方こそ気がつかなくて悪かった……そういや、アインからも鈍いんだから~とか言われたが。俺って鈍いか」
「相当に」
そこは即答すんなよお前。
「……冗談だったのか?」
俺は首をかしげ、ナッツのログイン用に別のパソコン端末を立ち上げながら尋ねる。
「……いや、お前が素直に話すんだ。俺だっていつまでも誤魔化してらんないだろ。……すまない、結構本気だ」
俺に素直に気持ちを話していなかった、そこの当たりをナッツは気にしているのだろうか。
確かに『密かにそんな事思ってたんかお前!』という気持ちもある。あるけれど……俺はナッツに一方的に依存している自覚があるからな。
俺が一方的に、なんだ。
迷惑かけているのは圧倒的にこっちだって俺は、自覚があるだけにナッツの事は全く悪く言えない。
「いや……俺、あんまり自分勝手かなって思ってお前に言えなかった事があるんだ」
ナッツは遠視用の眼鏡を掛けながら言った。
「お前がアベルと付き合えよ、か?」
……そう、その通り。
流石だ、どこまでもお見通しだなと俺は苦笑してしまう。
でもそれはナッツが阿部瑠の事、好きじゃないなら押しつけがましいと思って流石に言えなかった。
「正直……その方が良いと思っているよ。お前の方が……」
似合っているよ。
あの暴走娘の手綱を取るのはお前の方が合っている。間違いない。
ナッツは項垂れていた所顔を上げる。
「それでお前、引いたんじゃないだろうな?俺はそこが……引っかかっていて」
「あ?」
何が、引いたんだ?
完全に把握出来ていなくて惚けた俺にナッツは苦笑する。
「……いや、それこそ俺の考えすぎだったみたいだ。何でもない……とにかく」
アイスを除けて、スーツを脱いでハンガーに掛けながらナッツは俺に釘を刺す。
「俺を応援してくれるんならまず、お前が先だ」
「先……って、いや、お前があの暴走娘引き取ってくれるなら俺はそれで全解決だぜ?」
「だから、俺が引き取るためにはお前がまず身を固めるのが先なんだって言っている」
「ぇえーッ?面倒くせぇ……」
「そんな理由で付き合いを蹴るからこういうトラブルになっているっての、いい加減理解しろよ」
「だって、面倒なものは面倒だろ?俺、別にリアル彼女欲しくないもん」
嘘が混じっております。
正確には、自分に自信が無くて怖いのでリアルでの、ヘタをすると責任取る方向性まで行く可能性のある女性とのお付合いは俺には不可能です、が真実。
「そういう事言うからカインからネタにされちゃうんだろ?」
「白だから黒って考えがおかしい、いや、狂ってるんだ連中は!二次元スキーで何が悪い!仮想の中の奴らの方が俺を裏切らないからいいってのに。そもそも連中こそ仮想世界で好き勝手してんじゃねぇか。そういう妄想は脳内で止めとけ、外に漏らすな!」
と、奴らにはっきり言ってやりたもんだ。チキンだからここでしか言えないけど。
「まぁ、ガチに言うとそういう妄想とかを共有するのが楽しいんだろ?」
「知るか!」
「とにかく、」
俺の隣に座ってパソコンに向き合い、キャラクターログイン画面が始まるのを待ちながらナッツは俺の方を振り返る。
「俺はお前の身が固まった後に行く」
「なんだよ、人の事散々チキンとか言う癖に」
「負け戦はしない主義でね」
そうかな、俺には今の段階でなんでナッツに勝算がないのかの方が分からない。理解出来ない。
ため息を漏らし……それから、チャットで次に話すつもりだった事というか。まずその前に自然とツッコミを貰わなければ行けないだろう部分を俺は改めてナッツに振る事にした。
「てゆーか、レッドの件は何も疑問じゃないのかお前?」
「いや?」
「いや、って?」
「前回のログイン前にちょっと話し込んでみて俺、察してたよ」
「……何が」
ナッツは胡座を掻き直しながら少し笑って言う。
「女だって今回聞いて納得したもん。あれは明らかにお前に好意を抱いてるよなぁってバレバレだったぜ」
そーだろーか?
う、つまり……それが分からんから俺は鈍いと言われるのだな。
分かっていなかった、何も察していなかっただけになんか、全体的に変な気分だ。現実なのに現実じゃないみたいな。ナッツ、俺のほっぺたつねって見てくれよ。これって夢じゃないよな。
トビラの延長線上だったりしないよな?俺、ちゃんと夢から目を覚ましているよな?
「いや、でもあれは男だろうとか思っていたから……俺の思い違いだろうと切り捨ててみていたんだけどな。おかげでモヤモヤがスッキリ晴れた感じだ」
そんなに奴は挙動不審だったろうか?うん、確かにずっと引きこもってリアルでの人間関係が『全くない』と断言するレッドが、そもそもリアルに出てきている時点でおかしいといえばおかしい訳だけれど。
その理由が……俺にあったなんてなぁ。
いや、違う。正確じゃない。奴がリアルに出てきたら理由はリアルの俺の所為じゃない。だってトビラ・テストプレイヤーになる前まで全く、リアルで面識無いもん俺ら。俺とレッドが知り合ったのはネット上の仮想世界。互いに仮の姿を纏った……夜兎と赤の一号というアイコンで知り合ったに過ぎない。
レッドが知っていたのは仮想の俺だ。
奴は、仮想の俺すなわち『夜兎』を追っかけてリアルに続く穴を落ちてきた。
最初はほんの興味心で、別にそんなに相手に色々期待していた訳じゃないそうだ。そりゃそうだ、あいつそんなピュアな性格じゃねぇ。本性腹黒である。仮想世界での仮面生活に慣れ親しんでいる奴だぞ?俺みたいに、現実が怖くて自由になる仮想世界に逃げ込んでいるようなダメ人間の同類だろう。
幸い……と、この場合言って良いのかよく分からんが。
……不幸にも、と、しておくか。
不幸にもレッドには『実力』があった。
ゲームに対する愛を凌駕する知識マニアという『実力』が、奴にトビラ・テストプレイヤー権を取得させた。興味本位で普段仮想に身を隠す俺や、メージンのリアルの顔を拝む機会を得てしまった訳だ。
奴は頭が良い。何でもかんでも自分で考えてちゃんと答え出しちまう。実力在って興味本位で望んだ事がリアルになってしまって多少慌てたらしい。かなりギリギリまでトビラ・テストプレイの権利を手放すかどうか迷ったらしい話を聞いている。
最終的に何が決め手となって脱・引きこもりをしたかというと……。
ギャップは承知で俺やメージンのリアルの顔を見てやろう、だったそうだ。
ただ、それだけ。
奴の『知りたい』という欲求が気弱な背中を押した。
で、ギャップにプギャーとなってりゃいいのに。
俺のこのダメっぷりに笑って引いてくれればいいのに。
事も在ろうか奴は俺に、親近感を抱いてしまった。ギャップはあるだろうとしっかり前提し、身構える事が出来るくらい奴は頭がよい。だがしかし、なまじ感情という部分は頭がいくら良くても制御できない所があるようです……とか、抜かしていた。そういう制御できない部分で誤算があったって事か。確かにそういうのは無いとは言い切らないけど、奴が持っている『理屈』にはまってないので俺は、即ガッテンって訳にはいかん。
そうだろうかと首をかしげる事しかできない。
そのようなレッドの心情の変化があったなんて……全然気が付いてなかった俺は相当にニブいという事なんでしょうか?うう、わかんねぇよそんなの!
うん。やっぱり……リアルって怖ぇ。
俺はこのモニター越しの仮想世界でいい。
例え誰かが好きだとしても、それを伝えて完結させなくていい。
ゲームが終わったその後ってのは、明らかになると大抵酷いもんだ。ゲームに例えるのもアホな話ではあるものの。
エンディングの後に裏ダンジョンがあって、リメイクが出てあまつさえ続編が出て。そのたびにシナリオの質が落ちていくというのは続編タイトルモノの宿命とも言える。
だったらここで終わり!と続きが一切無い終わりの方が俺はいい。リアルでも、仮想世界でも……だ。
もしかするとだからこそ、俺は阿部瑠を切ったのかもしれない。関係性が『終わる』のも覚悟でごめんなさいと言ったんだ。
ところがそのエンディングを相手がお気に召さなかったようで……デキの悪い続編が続いている感覚。
リアルは終わりが無いシナリオみたいなもんだ。
ゲームシナリオみたいにキリの良い所でスタッフロール流れないし。後は想像で補ってね!みたいな後日談エピソードだけ添付、みたいな終わりは来ない。どこまでもどこまでも現実世界には終わりが無い。
現実はゲームではないのだからそりゃぁ当たり前の話なんだけどさ。
……綺麗事並べるのもそろそろ飽きてきた。ドン引かれるの覚悟で言って良いか?
「あのさ、……お前、あいつでいいの?」
片膝を立ててだらしなく俺の隣に座ってログインを待っていたナッツは、アイスの蓋を開けながら何が?と振り返る。
「……俺は―――正直一人に縛られるのが嫌だな」
「恋人は欲しいけど結婚はしたくない、愛人作ります確定、みたいな奴か」
「お前、そう云う所お堅いもんなぁ」
「誠実と言ってくれ」
囲いたいだろそりゃ。
女の意見は知らんが、好意寄せられたら全員囲いたいと思ってしまうのが……出来るかどうかは別として……男の浪漫だ。もったいない、味見もしないで捨てるなんてもったいなさすぎて無理!
少し溶け気味になっていたアイスが蓋に付いているのを、ナッツはダメで元々とスプーンで擦りながら言った。
「あのなヤト、女ってのは根本的に男とは違う生き物だから」
要するに、男の基準で考えるとダメだぞ、と言いたいのだろうけれど。だからって女の基準で考えてやるのは癪じゃんか。
……まぁ、社会的に男性優位っていうのがあって、長らく女性は男性基準社会で我慢して来たんだから!とか言われてしまうのだろうけれど。我慢出来る方が我慢しろよ。少なくとも俺は我慢なんぞ出来ん。
譲り合い?知らねぇ、テメェが譲れ。
自由にならないなら現実なんかいらん。
俺はさっさと現実なんか見限って仮想世界で生きてるから。現実に迷惑は掛けないように、影薄くして生きていきますから。その影を追っかけても無駄だ。それは影でしかない。
つまり、何かに写り込む事は出来ても干渉は出来ないものとお考えください。影に身を落とすのは、現実から干渉されたくないという意思表示とお考えください。
何?トビラの中の戦士ヤトと随分言っている事が違う気がするが?
あたりまえだ。中は中、外は外だろう。
現実は現実で、仮想は仮想だ。
お互い、似ているから混ぜたくなる気持ちは分かるが混ざり合う事なんか無い。
俺達は一生混じらない。
たとえ辿る展開が似ている通り越して同じでも、似ているだけだ。交差しない。
世の中には同じような展開で同じような仕掛けを内蔵している物語が沢山ある。それと同じ、似ているだけで同じじゃないんだ。
惑わされるな俺の脳。
「まぁ、お前にその気がないなら俺は方法を変えるだけだ」
「何だそれは?」
ようやくログインが終わり、ナッツの前にあるモニターにDATEという仮想キャラクターが現れている。
「俺は赤の一号を応援する事にしよう。それとも、アイン姉さんの方がいいか?合い鍵つくって渡しておくけど?」
「おおおい!止めろよ!」
本気で引っ越しの危機か?というか、ようやく本音を暴露した事でナッツさん、俺の一方的な味方を辞めたみたい。
俺は同じスタートラインに立つ事を拒否して、戦う事自体を拒絶して不戦勝で良いって言ってるのに。
ナッツは臨戦態勢整えて俺と戦う気満々なのな!
ようするにそれは、俺の甘え所が一つ消滅したという意味でもある。しっかりしたこの親友に甘えて生きている自覚があるだけに俺……ちょっと先行き不安になってきた。
すぐに次の安住の場所を探してしまう所、俺ってホントダメですよね。そんで、アインとレッド。どっちが脳裏に浮かんだかと言ったら……ここは素直に言っておく。
レッドだった。
ううん?そこはアインさんじゃないのか?と自分で自分にツッコミを入れてしまった。これが自分で制御できない感情的な、いかんともしがたい部分って奴か!
レッドは俺と同じでダメ人間だけど、様々な能力はすこぶる高そうなんだよな。人見知りが激しいだけで。
だがこいつぁコイツで色々問題アリな。
俺は湧いて出るモンスターを探すのをやめてコントローラーを置き、頭を抱える。
「……まず、あの男装癖をどうにかして欲しい所だがなぁ」
「腐女子とどっちがマシだ?」
なんでこうも問題アリな女ばかりなのだッ!
というか、問題アリだなんて言い方も酷いか。
結局自分の好きなように出来ない『世界』に嘆いているだけだ。現実は自由には出来ない、だから……妥協が必要な訳で。それが面倒だから俺は現実を相手にしたくない訳で。
ああ眠れない、早朝バイトがあるのに。
いっそ寝ないで貫徹してバイトに突入し、その後崩れ落ちるように寝てしまった方がいいかもしれない。とにかくこの、頭の中で無駄に反復する、別に反復したくない出来事を封じ込めたい。くそぅ……考えたくないのにどうしても考えてしまう。
あああ!眠れない腹いせに乱暴な寝返りを打ったら、ソファベットで寝ていたナッツがむくりと起き上がった。カーテン越しにその影がくっきり見える。
「……わり、起こしたか?」
「……お前と同じ。寝れない」
なんだ、そうだったのか。
よかろう、ならば朝までやらないかッ!
もちろん、ゲームだがッ!
一応R・リコレクト出来るようにMFCをセットしていた俺達であったが、それを剥ぎ取り最新型ゲーム機を引っ張り出してきてソフトを検索。その間にナッツは場所確保。ソファベットを片付け毛布類も畳んで押入れへ。
無線コントローラーを無言で手渡し、俺達は……朝まで領土制圧完了を剣に誓い、例の円卓戦誓シリーズ最新作で共に戦場を駆ける事にしたのだった。
これ、実際コントローラーを振り回して操作する遊び方も出来るんだわ。
いっそ眠くなるようなジャンル……サウンドノベルとかやれよって話であるが、もぅ結構なお時間なのです。
騒がしくするとご近所に迷惑なのではと思われるだろうが、飛び跳ねたりする床コンパネ使うわけじゃないし、大丈夫だろう。
奇声を上げながらジョイスティック振り回すだけだ!
ウチのアパートは防音強化仕様なのでお隣の心配はしなくてもいい。そのお隣なんかインディーズのバンドやってる人達が住んでいたりする。周りは同じマンションが並んでいる上に、ここは元から防音対策マンションだ、窓をお互いに開放していない限り恐ろしいくらいの静寂が堪能できるステキなアパートなんだから!
夜中まで騒いでも迷惑かけないってのが、ここを友人らがたむろ場にしやがる理由の1つでもある。
で、むしろ寝ないで乗り切る方向にしたのはいいが。
……ジョイスティック振り回すタイプのゲームは止めた方がよかったかもしれん。
再び俺は、正しくは俺の胃は、コーヒーで焼け死んでいた。
肉体全体に折り重なっている疲労、脳は常に酸欠状態で気を許せばあくびが漏れる状態。しかしお陰で余計な事を考える気力がないというのはこの場合、よかったかも。
メールとか来てたのも自然とスルーだ。全体的に気力が皆無。比較的何時も、ではあるがな。
これはベッドインしたら3秒で眠れるな、とか思いながらなんとか労働を耐え忍んだ。睡魔と戦うために大量に摂取したコーヒーの所為で気持ちが悪くて、腹が減っているはずなのにご飯を食べるという気すらわかない。
一刻も早く帰って寝よう。そして……長いR・リコレクトをしよう。
前回のログイン時、嫌な展開で俺は覚醒時にほとんどの夢を忘れてしまった。思い出したくもない事多数なのだろう。現実と似たような展開はそりゃぁ、嫌にもなるってもんだ。
でも……いくら逃げてもダメみたいだ。
現実は追いかけてくる。俺は今の自分の環境を変えたいとは願っていない。変えたくない。ひたすらに……そのままであって欲しいと思うのに。
それでも世界は変わる。
俺が願っても居ないのに勝手に、この世界は変わっていく。俺には自由に出来ない、世界は俺の為にあるのではなく世界の中に俺がいるから仕方がない。
変化する世界に正直、必死になってついていこうとは思っていない。
勝手に変わっていけばいい、と思う。そう思うのならば変わる世界に勝手に変わるな、とか文句は言えないだろう?変わっていく世界に嫌でも付き合っていかなきゃならないんだ。
少し出遅れるけれど……それくらいはいいよな。
俺の為に世界は待ってくれない。
出遅れた人間を待ってくれる程世界は優しくない。世界は遠慮無く、出遅れた人間を置いてってくれる。
でも全然、それでいいんだ。俺にはそれくらいの突き放した対応が好ましいと思えるくらい。
世界は俺を放っておいてくれる。
唯一現実の中で、俺が心地よく思う所はそこら辺かな。
変化を嫌だと駄々こねて拒絶はしまい。
眠くてとろけそうな脳味噌で俺は、そのように力無く反復する。
俺には力がない……弱い。変わる世界に嫌が応にも引きずられていく。
負けねぇ、俺は俺だとはっきり言い切る事が出来る程、サトウ-ハヤトは強くない。
ごめんな戦士ヤト。こんな奴が中の人で。
負けねぇ、俺は俺だと断言する『中の俺』の夢を見よう。
そして、見たくないと現実の俺が目を逸らした事を反復するんだ。
ゆっくりでいい、思い出して覚悟を決めろ。
世界が変わる、引きずられて行く俺、そうやって俺も少しずつ変わらなきゃ行けないのかもしれない。
ゆっくりでいいよな?あるいはすでもう、物凄く出遅れちゃってんだろうけど。
遠慮なく俺、置いてけぼりにされてるけど、世界は遠慮なく変わって行く。
俺のペースで、ゆっくり。
それで良いなら……ちょっとは努力してやらぁ。
こういう日に限って邪魔者は現れない。いや、良い事ですけど。
俺は無事巣に帰り着いて、サーバー音だけが響くだけの部屋でベッドに倒れ込んだ。
カーテン引いて雑音シャットアウトして、枕元に置いてあったトビラ・デバイス耳に引っ掛けて予告通り、推定3秒だろうと後に思い出せるほど綺麗に、眠りに落ちるのだった。
トビラの中で、ヤトが夢を見ている。
夢の中で夢を見るというのも変な話だ。記憶に無い、当たり前だ意識が無い。
マツナギとアービスが火の番をしている脇で横になっている俺は……うなされていた。
その様子を俯瞰するように『俺』は見ている。
トライアン地方に向かう道中の一夜だな。マツナギが起きているから彼女のログが同期されてコモン・コピーの許可が下りたのか?いや、同期されてからまだログインしていないから許可は下りないな。とすると……俺はこの場面をエントランスで見ていたのか。同期する前にログを取っているから、マツナギが閲覧ブロックを掛けない限りこのようにR・リコレクトが出来る。
俺が展開を忘れていただけ。どうでもいい記録と仕舞い込んで思い出さずにスキップしたのだろう。
結構こうやって自分が寝ている様子のログは何回か見たが……うなされてんぞ?お二人さん、気が付いて!
それでもガン無視ってどういう事だ。
あ、そうか。
いつもこうやってうなされているなら……今更心配はしないよな。
そう云う事なのか?
思えば俺がログ俯瞰する寝ている自分の様子って、大概訳ありなんだよな。睡眠薬で寝ているとかが大半のようにも思えてくる。
一体何にうなされているのだろう。
そのようにリコレクトしたら、途端うなされるに十分な過去の記憶がこれでもかと甦ってきて苦笑いだ。
こんだけ鬱な事情を抱えて何でもないと笑えるんだ、お前は……ホント凄い奴だよ。
『俺』だったら精神歪んでとっくにダメな子のワンランク上、イタい子に昇格していると思う。凄くイタくて危ない子だよ。
……戦士ヤトもヘタすると自分がそうなる事は分かっているみたいだけど。
「お前は寝ていないようだけど……辛くはないのかい?」
「ん?……ああ……バレてたか」
二人の会話に俺の意識が向く。
「割と眠らなくてもいいみたいなんだ。……魔王八逆星として紋を体半分に持つ所為か中途半端なんだけど」
「ふぅん……でも、寝れないって訳じゃないんだろう?」
マツナギの問いにアービスは苦笑している。
「ああ……でも。なるべくは寝たくないというのが本音だ。実は、夢見が悪くて」
存在が破綻している魔王八逆星でも夢なんか見るんだな。
「あんな風にうなされるとか?」
って、俺を指しているようですマツナギさん。
「……きっと彼も、辛い過去の事を夢見ているんだろう?」
「多分ね」
夢の中に夢が混入してくる。
それらは混じる。
なぜならば……夢と夢であるから。
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