異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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10~11章後推奨 番外編 縁を持たない緑国の鬼

◆BACK-BONE STORY『縁を持たない緑国の鬼 -8-』

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◆BACK-BONE STORY『縁を持たない緑国の鬼 -8-』
 ※ これは、実は隠し事がいっぱいあるナッツ視点の番外編です ※

 それから色々あったけど、とりあえず昔話はこれでおしまい。

 結局滅ばずの姫がどうなったのか、はっきり分からない終わりになっちゃったけど……僕はその縁を切った事にするよ。
 関係ない、そういう事にしておかなきゃいけない。
 姫についてはワイズが気にかける事で僕は、その脇を通り抜けるただの傍観者だ。
 ワイズも家宝を紛失した責任を取るために近々処分を受けるらしい。
 少しだけ波は立ったけど、色々と気になった事には手を差し伸べて。これでまた僕の周りに平穏な時が戻ってくるだろう。

 そう信じていた。

 所が、思いもかけない事に僕を閉じ込めていた鳥籠のトビラは開いてしまった。

 そして、切ったと思った縁が思い出されて来る。

 だから、ここからの話は昔話じゃないよ。
 昔話だからと言って僕が、笑いながら誤魔化す類の話じゃぁないって事さ。


 *** *** *** *** ***


「魔王、ですか」
 突飛な話に僕は苦笑せざるを得えなかった。
「笑いごとじゃぁないのよ?本当の事なの」
「はぁ、確かに被害は色々出ていますが……それが、魔王という線で紡がれるというその根拠が必要だと思います」

 僕は今、昔ワイズが居た席にいる。
 すなわちハクガイコウの管理官、俗に代理と呼ばれている席だ。

 なぜ降格になったかって?まぁそれは本編でもこっそりバラした通りだよ。
 本物の神様が現われたからだね。

 ファマメント……と、呼ぶように言われているけれど、僕はあまりその名前で呼ぶのが好きではない。勝手にいつも元の名前で呼びかけて、それで嫌な顔をされる。
 割りと悪意あってかな。全面的に彼女には敵わないので、唯一そうやってささやかな抵抗をしているのかも。
「トーナさん、」
「……いい加減その名前で呼ぶのは止めて」
「本当はファマメントなんて呼んでもらいたくないんでしょう?」
「じゃぁハクガイコウでいいわよ、そう呼んで」
「どうして本名が嫌なんですか?」
「そのキャラクターから脱出するのが私の夢だったからよ」

 そんな事は言わないで欲しい、ってのもある。

 自分の性格を否定する人に会う度に、僕はふっと緑国の鬼の事を思い出す。
 今もどこかで『飼われて』いるようだ、気をつけろよとワイズから忠告されている。

 翼ある神の偶像として舞い降りた、ファマメント事トーナさんの存在を良く思っていない人達が何やら、良くない事を画策している事は僕も察知していた。
 緑国の鬼は、噂によると今は支天祭祀の連中に管理されていて……良くない思想を持つ者に天誅を下す事や暗殺などに使われていると言う。ファマメント政府の方で管理しているものだと思ってたからね、仕事を降りる時ワイズからそのように忠告されて、正直驚いているよ。
 早い所その存在を大々的に暴いて……彼らから取り上げて彼を『自由』にしてあげないとね。
 ……僕は今その資料集めに必死だ。
 緑国の鬼とはすっぱり縁など切ってしまいたい所なんだけどねぇ。トーナさんに害をなすとすれば無関係を装う事は出来ない。
 こちらから切った縁だけど、かつて繋がっていたよしみで彼を……僕が自由にしてやらなければいけないだろう。
 そう思っているよ。
 集めた資料を抱えて僕は、主を探す。温かい日差しの降り注ぐ窓の隣に主、現ハクガイコウ、ファマメントのトーナさんは居た。そちらに歩み寄ると、眩しい白い光が反射して来る。
 トーナさんの背中には、真っ白い羽がついている。
 そう、課の世は僕と同じ有翼族だ。でも僕みたいにちょっと濁った白っぽい羽とは違うよ、彼女は正真正銘純白の羽を持ってるんだ。

 後に知る事になる訳だけど、彼女はホワイトフラグ権限を持った正真正銘の『神』だったりする。

 でもこの時は、その事情を僕はまだ知らない。
 自らこそがハクガイコウである事を『宣言』して、その通りハクガイコウとなったトーナさん。
 この頃僕は、腐りきった天使教および、ファマメント政府の改革を推し進めている豪胆な女性、という風に彼女を認識していた。
 その行動こそが天使教に必要な偶像とばかりに、上が腐ると同時に増える反対派の人間をあっという間に纏め上げて、背中の白い翼の事も在って、ハクガイコウになるまで時間は掛からなかったよ。
 僕は……緑国の鬼の一件があったからなのかな、素直に彼女に自分の立ち位置を譲る事にしたしね。
 お飾り職を廃止したいらしい彼女の提案を出されるまでも無い。

 ハクガイコウである立場から、今まで一度だって自分から石を投じた事は無かった僕が、その時初めて叛旗を翻した事になる。

 そのように決心したからには僕は、トーナさんを応援しない訳にはいかない。
 自ら副官を務めて、彼女の改革に一役買っているという訳。

 まだこの時、ファマメント事トーナさんは外界と閉ざされていない。それもそのはず、魔王とやらがいる、等という話も今さっき聞いたばかりだ。つまり、これはヤトの冒険の書に対して10年とちょっと前って事かな。第一次魔王討伐隊が結成される直前の話になるよ。

 唐突に彼女は言い出したんだよ。改革が必要なのではない、とか。

 びっくりだよね、いきなりやって来たことを全否定でしょ?それで何より望んでいる事は、魔王を討伐する事なのだと言い出した。その為に、魔王を討伐する組織を立ち上げる為に、ファマメントにおける権力を欲した……それが現状と云う事らしい。
 で、僕は彼女のその根本願望を暴露され、今しがた呆れた所。

 魔王討伐ひいては、世界保全の為に、ファマメント国の政治や宗教さえ利用するというのが、彼女の本心だっていうんだからそりゃ、呆れるよ。
 大体、魔王って話はどっから出たんだ?
 寝耳に水の空論を聞かされている、トーナさん頭ダイジョブ?と聞きたくもなる話だよ。
 でも、本当にそれが彼女の真の望みなんだ。
 笑われるのを承知で話してくれたんだと思う。それだけ、僕を片腕として信用してくれたって事でもある訳さ。

「分からないのは仕方がないわ、でも私達『大陸座』には分かるの、彼がいずれ世界そのものを壊す事が」
 大陸座、という存在は一応世間には知られている。
 八つの精霊の名前で呼ばれる、世界を守護する存在だ。
 でもいきなり現われて自分はその一つの『ファマメント』だと名乗ったって、ファマメント国では誰も信じない事を彼女はよく知っているようだ。魔王がどうのこうの言うよりも突拍子も無い事だよ。
 人それぞれなのと言っていた……当時の僕には何が『人それぞれ』なのかは分からないが要するに、大陸座達の持っている能力による、と云う事だろう。『大陸座』である事をファマメントのトーナさんは、同じ名前のファマメント国において自らの力で証明してその座に押し上げる必要が在った様だ。
 そして、その魔王に対する『やり方』についても『人それぞれ』だとか。

 トーナさんは大々的に『奇跡』を起こして、自分は神だと証明するような事が出来そうにないんだ。

 何しろ他に信じられている神がいる。天使教っていうのがある。これを覆すのは大変だ。天使教が懸命にその前の神様、西方方位神シュラードを覆そうと今までずっと必死だったんだからさ。その天使教をもう一度ひっくり返すのは難しい。
 ともすれば逆手にとって、これに乗っ取るのが一番早いと思ったみたいだね。

 トーナさんは自分の羽色を真っ白に変えて、自分こそが今このファマメント国に降り立った皚皓の聖女だと名乗り出たんだ。勿論一筋縄では行かなかったけど、なんとか上手く行って今は『もの言える』ハクガイコウになった。

 僕は国や国の宗教を正す為に働いていると思ってたからね、緑国の鬼という一種切り札を暴き、取り上げる事で先方の力を削ぐことが出来ると言われ、その為に色々働いていると信じていた。けどこの所、各国で起きている事件などを洗うように言われてて、なぜだろうと思ったら―――魔王騒ぎだもの。
 彼女曰く、各国で起きている事件には魔王の仕業が含まれているはずだという。魔王がどこにいるのか割り出す為に必要なんだ、とか。
「それで、具体的にどうしますか?その……問題の魔王がどこにいるのかもまだ分からないわけですよね?」
「だから、これからそれを探すのよ。力のある者を集めて……討伐に向かわせるつもり」
 そもそも魔王って何?
 ……確かに魔王と呼ばれるような連中は時々に出る。
 ようするに大悪党の頭領の名前だ。
 数えれば、もう数年前の出来事になっちゃうんだけど……緑国の鬼だってあれが集団で、鬼を頂にしていれば魔王と呼ばれていたに違いない。大きな盗賊団の剛毅な頭領が自らを魔王と名乗る事もある。国王が魔王と名乗ったという説話もどっかにあったなぁ。
 要するに、魔王と云うのはそういう、世の理に反した存在を呼ぶ称号みたいなものだよ。
 必ずしも世界を破壊するとか、そんなたいそれた事をするような奴を指す訳ではない。

 とはいえ……例えばテラールの説話にあった様な『破壊衝動』を持って居る人が世界に生き残っていて……。一番最悪な例え話をすれば、テラール姫がやっぱりどこかで生きていて……彼女が人を憎む事を思い出し、世界そのものを破壊したいと望むとするならそれは、トーナさんが言うような『世界を壊す魔王』なのだろうか?
 いずれ世界を破壊してしまう。そういう、ちょっと不穏な意味での魔王。

 いつしか忘れていた縁を思い出していたよ。昔話にしていた事なのに。

 縁を結んで考えてしまうと途端、僕も冗談でしょうと笑うに笑えない。
 ……ワイズに相談すべきだろう、僕はそんな風に思いながら残りの資料をテーブルに広げた。

「じゃぁ、大々的に魔王討伐と掲げて人を集めるんですか?」
「それはダメよ」
 トーナさんは資料を眺めていた視線をはね上げて僕を睨む。
「世界を破壊する魔王の存在なんて、知られただけで人々をパニックに陥らせるわ。知られてはだめ、こっそり行うの」
 僕は視線を天井に投げて難しい事を、と小さく思う。
「大丈夫、他の大陸座も同じように働きかける。人は集まるわ」
「本当ですか?」
「当然、ウチからも一人出すの。誰か適任の方はいない?」
「とはいっても、魔王討伐でしょう?どういう人が適任なんですか?何なら僕が行きますけど」
「あら、そう言ってくれるならならそれでもいいわよ」
 あっさり肯定されてしまった。まぁ、僕が行ってもいいんだけど……それで、このトーナさんを一人放っておくわけにもいかないんだよねぇ。
「要するに、魔王というからにはそれなりに手ごわい相手なんですよね?」
「ええ、そうなるわ」
「手下もいる、」
「いるでしょう、多分……ある程度の障害はあると思うわ」
「それらを秘密裏に葬り去れるような人材が欲しい訳ですね」
「ええ」
 とすると、僕の脳裏に出てくるのは『あれ』しかないんだよな。
 腕を組み、早い所祭祀達から取り上げないとか、と算段する……どっちみちワイズに相談するか。

 緑国の鬼だ、今もどこかに隠されて生きている。そして、不都合な事実を消す為に手段として飼われているだろう。

「そうね、確かにそれは使える」
 僕の思惑について、トーナさんも分かっているらしい。つまり……そうか、トーナさんはその懸念する魔王討伐の為に鬼が使えると思っていたんだね。緑国の鬼の真実を暴く事も、手段として手に入れるつもりだったから必要としていた事なのか。
 鬼の方に頼んだってしょうがない、影の方を丸めこまないといけない。
 しかし、その影を祭祀の誰が持ってるのかすっかり分からなくなっている。色々調べたけれど、そう簡単にボロは出さないね。ワイズに相談して早い所取り上げて……。
 魔王討伐とやらは『緑国の鬼』に行ってもらうとしようか、自由にするのはその後でもいいだろう。なんというか、償いはさせたいという感情はある。
 適任だろうと僕は思った。それ以外の人材なんてこの時は、思い当たらなかったんだよ。


 グランソール・ワイズは天空国を去ったのか、というと結局、逃げきれないで今もワイズ家として天使教の末端で働いている。いや、一旦は没落して神官職を辞したんだけど、結局の所知りすぎているって事で半場脅されて職場復帰したらしい。部署は大分変わってしまったので、会おうと思わなければ会う事が出来ない。でも、今も首都レズミオに館が在ってそこに住んでいる。
 例の家宝は無事始末したっていうのにね、今度は緑国の鬼の件で天使教の暗殺部隊ともいえる組織、黒翼機関の方に配属を余儀なくされてしまった様だ。これは裏組織で、情報収集なども行っている組織なんだけど……もしかすると、ワイズは先を見越して黒翼機関に身を置いたのかもしれないね。

 そんな訳で、彼とは気軽に会えなくはなったけど、僕とワイズの縁は切れてはいないよ。
 大事な所で、繋がれたままを維持している。

 そんなワイズをどうにかを呼び出して、最新情報を聞くに現在『影』を持っているのはウィン家だろうと言うけど……さて、どうやって奪えばいいものか。
 ウィン家は天使教側じゃない、政府側だよ?裏での癒着が酷いとは聞いているけど、関係性は色々こじれまくっているみたいだね。本来ハクガイコウを全面的に支えるはずの支天祭祀だけど、現在のハクガイコウ、トーナさんに反発して一線引いて構えちゃってる所があってね。それでどうしたかって、勝手にハクガイコウの名前を語って『緑国の鬼』を行使し、影で制裁を加えているらしい、事までは僕らでも掴んでいた。
 ところが『鬼』の実質コントローラーである『影』が見当たらない。
 それがウィン家にあるらしい、とはねぇ。

 やはりここは、相手にしっぽを出させるしかないだろう。

「つまり、あたしに囮になれって事?」
 トーナさんは僕の説明に腕を組んだ。
「昔、僕も同じように囮に使われた事があります」
「それは説得には使えないと思うけど」
 ワイズが笑うのを、僕とトーナさんは思わず不機嫌に見やった。

 ちなみに、ワイズは情報をハクガイコウ側に漏らしたした罪により自分が属していた機関から抹殺命令が出されちゃってね、今見事に逃げ込む形で僕ん処にいるよ。
 覚悟をして僕に情報をくれたのか、最初から僕らの所に逃げ込む為に不祥事をキメたのか、彼の性格を考えると後者の様な気がしてならないね……。どうにもファマメント・トーナさんに興味を持って居た事は知っていた。緑国の鬼の縁を切る機会を、彼なりにずっと伺っていて今がその時だと察したのかもしれない。

 彼は、僕の認めた彼女だからこそ手を貸す事を了承したのだろう。

 実は本心、宗教も国家もどうでもいいというトーナさんの言い分が所が魅力的だとか言ってた。ホントにひねくれ者だよ。

「要するに……あの古狐連中はてっとり早くあたしを亡き者にしようとしているって事?」
「間違いなくそうでしょう」
 彼女はワイズの相槌を鼻で笑う。引きだした情報を惜しげも無く僕らに提供してくれる彼を、怪しいと疑う事はしないよ。僕が信じられる男だと紹介して、トーナさんもまた僕の言葉を信じてくれた。
 誰から足を引っ張られるか分からない様な国だからね、ファマメントっていうのは。
 その中で、確実に信じられるというのは貴重な事だよ。僕は、今もワイズとは共犯者って意識を持っているからね。
「あたしを殺せると思っているとは……能天気な連中だわ」
 何処までも強気を崩さないトーナさんに、ワイズは肩をすくめる。
「殺られない気満々ですがね、連中が飼っている『鬼』の実力は……間違いなく半端ないですよ?」
「カイエンが魔王討伐に適任だと推す位ですものね。相当に腕の立つ男だという事よね?私は操作がしやすい、という意味で目を付けていたけど想像していたよりも使えるって事の様ね……いいでしょう、あたし自らその技量を試させてもらうわ」
 強気だ、恐ろしく強気だ。
 どこからその根拠のない強気が出てくるのか、もちろん僕は当時分からなかった。
 所が目の当たりにすると納得する。


 彼女は……強い。


 白昼堂々、当たり前だけど予告も無く、暗殺すべく乗り込んできた鬼を目の前にして、僕は当然固まってしまった。
 何の予兆もない、いや……こう云う事を画策しているらしい事は前から知っていたけれど……そして、相手が手を出してくるのを待つしかないか、とか考えてはいたけどさ。それが具体的に何時なのか、分からないからこっちは手をこまねいていたんだし。
 彼女自身を囮にして、相手が焦れて手を出してくるのを待つしかないよね、とか話し合っていた最中に来られたら頭の処理が追いつかない。

 久しぶりに……しかも超間近で、かつてぶつけられた事のある殺気に僕は固まってしまっていた。

 あの時遠目に見た時より歳を食ったなと思う。鬼とか言われているけど歳は取るんだなぁとか、ちょっと逃避してそんな事を僕は考えてしまったぐらいだ。
 くすんだダークブロンドの髪の、茶色の眼をした普遍的な東方人だ。西方人ではない、東方コウリーリスに多い配色で成程緑国の鬼とは名前の通りだと今更納得する。
 窓を蹴破って現れた殺人鬼は剣をゆっくりと鞘から引き抜き、羽根を背負う僕とトーナさんを交互に見た。

 ……あれ、もしかしてどっちがターゲットなのか迷ってる?

 嫌な予感する……そして僕の嫌な予感は当たった。
「面倒だな……どっちも……殺すか」
 ああッ、やっぱりそうなるんだッ!
 次の瞬間飛んできた刃をなんとか僕は防御壁で防いだ。どうして僕が先なんだ?レディファースト……は、こう言う時に使うものじゃないよな。うん、ちょっと混乱中。
 魔法防壁の存在も気にせず、もう一度剣を振りかぶって叩きつけようとするその形相に僕は、完全にビビってしまっている。
 魔法使いの魔法は何よりこういう、動揺に弱い。
 感情の揺らぎがそのまま行使している魔法に反映されてしまうんだ。
 魔導師が使う、きっちりとしたフューミュラに基づく魔法ならちょっとやそっとの事で歪んだりしないんだろうけれど……魔法使いである僕は感情のままに理を曲げて魔法を使う。どうしたって感情が魔法に直結する。魔法壁が緩んだのを察し、次に剣を振り翳されたら死ぬと絶望かける、しかし突然蹴りが飛んできた。
 ……僕の目の前に飛び込んで来たのは、トーナさんだ。
 事も在ろうかファマメントは蹴り技で鬼と戦うつもりか、容赦なく蹴り飛ばしてから宣言する。
「アンタの相手はこのあたしよ、間違えるんじゃぁ無いわ!」
 うわぁ、惚れそうだ。
 結構こう云う気が強くて実際強い人、僕ストライクなんだよ。……だから今、必死に彼女の世話を焼いているんだよなぁ。
 そんな事を思いつつ自分の立場が情けない。

 流石に肉弾戦じゃなかった、壁に在った飾り槍を構えたトーナさんと、鬼の戦いに僕はなんとか援護したいんだけどその隙が見当たらない。
 とりあえず魔法を発動する構えはしているんだけど……目の前で繰り広げられている事の凄さに圧倒されている。ヘタに魔法なんか挟んだら誤爆しそうで怖い。

 豪快かつ強烈な鬼の剣の一撃を、しなやかな槍の柄で繊細に絡み取ってトーナさんは難無く弾き飛ばす。
 目にも止まらない速さで繰り出される一撃を紙一重で躱す、僕の眼には何度も切られたトーナさんが見えたが、彼女は無傷だった。
「なかなかやるわね、うん、悪くない。このあたしが本気になるんだもの。実力は認めるわ」
 舌舐めずりさえしかねない、彼女の笑みに鬼は逆上したように突っ込んでいく。
 ……完全に僕の存在、忘れたね?

 鬼は無防備な背中を僕に向け、壁際に移動した彼女に突っ込んでいく、それを確認し……僕は『縁切り』魔法を組み上げる。

 彼女とワイズで開発した魔導だ、肉体的に乖離している影の支配を切り離す魔法であるという。
 理論、すなわちフォーミュラ的にはこういう事になる。

 ……鬼の、幽体を切り離してしまうんだ。

 一つの肉体、一つの幽体。それに対し緑国の鬼は二つの精神を持っている。そして肉体的繋がりの面から言うに、二つ目の精神はすでにはがれている。
 ワイズ曰く緑国の鬼の影は、幽体でのみ本体とつながっている状況だろうと言っていた。

 ならば、幽体を切ってしまえばいい。

 鬼が振り上げた剣が、次の瞬間何か固いものに弾かれて手から抜けた。
 ぶすりと天井に突き刺さる。

 トーナさんの背後の翼が変質し、固い盾となって鬼の一撃を弾き飛ばしたのだ。
 と同時に、僕の魔法が完成して緑国の鬼を抑え込む。きっちりとした理論で行使する魔導だ、先天魔法使いとはいえ、魔導式が使えない訳じゃないからね。

 鬼はうめき声を上げて覇気を無くし、その場にうずくまった。

 まるで操り人形の糸が切れた様に、膝を付いて床に拳を立てて、荒い息を繰り返している。
 息が吸えないように、苦しそうに胸を掻き毟る。
 そりゃぁそうだ。

 もう、君は息を吸う必要が無い。

 具体的にそれがどう云う事のなのかを言った方が理解できたかもしれない。
 つまり、今僕が緑国の鬼に行使しようとする魔法は一種の『死霊使い』に属する魔導だ。存在する理屈を切り離す、肉体と精神だけで動く様に緑国の鬼の存在をもう一段階歪ませてしまう。
 もちろん、こんな人工死霊を作り出すような魔法は理論上成立しない。今これが緑国の鬼に通用するのは、すでに精神が分裂していてなおかつ、その分裂した精神が肉体から剥がれているからだよ。
 精神が二つになっている。でも、それらは全く違ったものじゃない。
 精神が分裂して二つになっているだけで……どちらも緑国の鬼には変わりない。
 肉体から乖離した影の存在が許されるなら、影を無くして縁を失った男の存在も許されるだろう。
 何より、そのように自分の存在を歪めているのは緑国の鬼自身なのだし。
 僕が今使った魔法により、鬼の不安定な魔物化の背を押して、もう一歩余計に前に、踏み外させたんだ。
 人を止めて鬼になり……鬼を転じて概念となす。
 ちょっと難しいかな。
「カイエン、貴方もまだまだ修行が足りないわねぇ。相手の形相に怯むようじゃぁ、大事な時に大切な人を守れないわよ?」
「……すいません、ありがとうございます」
 僕は苦笑で返すしかない、完全にトーナさんいは頭が上がらないよ。ようするに、僕じゃぁ彼女を守るに力量不足と言う事だよなぁ。
 それでどうしても苦笑が漏れるんだ。
 でも彼女のおかげで、僕は……出来なかった事が出来るんだ。
 誰にも寄りかかる事が出来ない僕が、彼女の腕に縋る事が許されている。そして彼女もそれを許してくれている。

「うぅ……う、俺に、何をした?」
 呻きながら男が僕を振り返った。
 ……気迫が無い、かつて僕が恐れた力はすでになく、支えを失ったように怯えた色が顔に見て取れる。
 その前にトーナさんが入り込み、鬼を見下した。
「自由にしてあげたのよ、もちろん。貴方はそんな事望みはしないのでしょうけれど」
 構えている槍を突き出す。
「命令に従ってもらうわ、そうしないと貴方に影を返してあげない」



 かくして、緑国の鬼はトーナさんの管轄になった。
 影の支配から自由になった鬼は、自由になった事に面喰いながらもトーナさんの強烈な質問に答えた。気が弱いのが本質だというのなら、押し切られて当然というか……何というか。
 鬼は、自分の影がウィン家の当主の所にある事を白状した。鬼の言葉を確実な証言とし、これを元に『影』を取り上げる事に……は、なぜかならなかった。
 彼女の詰めの甘さなのではない、敵対勢力と喧々している場合ではないとの事。
 トーナさんはウィン家を筆頭に対立していた教会幹部に、影の支配を逃れた鬼を確保した事を通達。脅しをかけて……自分の政策に従うように小細工をした様だ。
 と云う事は、まだ鬼に影を返してあげるつもりはないんだな。

 そもそもどうやって、比喩ではなく概念としてでもなく。……本当に切ってしまった縁を元に、戻すんだろう?僕が心配する事でもないのだろうけれど、いつしか恐れていた筈の『鬼』に同情みたいな感覚が生まれている僕だ。

「このまま魔王討伐に行ってもらうわ」
「……でも、あの状態で行かせても……大丈夫かな」
 影との縁を失った緑国の鬼はすっかり気弱な性格を隠せなくなった。元々こういう虚弱な精神の持ち主だとは聞いていたけど……かつて、遠くから殺気を当てられた経験がある僕にはその様子がどうも……信じられない。
 命令されるに従うしかない、彼を見ていて同情の感情すら湧いてくる。
 まるでかつての僕を見ているようだと……そう思ったのもあるかも。いや、もっと酷いかな。剣を取ればあんなに強いのに……何が怖いのか常にびくついている。
 そんな状態の鬼に、魔王討伐なんか務まるのかな?
「大丈夫よ、影も一緒にいくもの」
「え?」
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