異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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12章  望むが侭に   『果たして世界は誰の為』

書の1後半 神の庭『ぶっちゃけて、ぶっちゃけてる所』

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■書の1後半■ 神の庭 Center Land is Developer Layer

 と云う事で、ギルは自由になりまして、その後様々な尋問を軍師連中から喰らったようである。

 他にもあれこれあった訳で、スキップしている展開はこれだけじゃないのだがとりあえず場面は元に戻るぞ。


 ワイズが、ギルを剥がした後の大魔王ギガースへと至る『トビラ』を開く、封印を解く準備を始めた。


「構えなさい」
 レッドが少し離れた所から忠告する。
「埋まっているのが転移扉である事は間違い在りません。しかし、どちらの方向に開く扉であるのか、という保証はありません」
「分かってるよ!」
 何度も言うな、そこまで俺らバカじゃねぇよ!
 え?どういう事だって?
 扉というのは『一方通行』だってのは分かってるよな?イメージとしてはドアノブがあって、押すか引くかして扉を開けるイメージでいい。だが間違っても横や縦にスライドするタイプとは違う。トビラには弁としての機能があるものとイメージしてくれ。一方から一方にしか行けないという縛りがあるんだ。
 だから、俺達はこれからトビラを潜るつもりではいるけどもしかすると、だな。トビラはこっち側に向かってくる一方通行で、何者かが突然現れるという事態も無きにしも在らず、なのだ。
 封印解いたらガチャリとトビラが開き、ギガースが突然この場にウエルカムする可能性もあるって事。
 それでレッドは色々警戒しているという訳。
 事前にどっち開きなのか分かればいいが、今ワイズが解いている封印解かないとどうにも感知出来ないってんだからしょーがない。とりあえず封印は解いてみよう。
 それが今の現状。

 いざとなったら強制再封印の手順もばっちり整えられた魔法陣の中央で、ワイズはゆっくりと光の糸を静かに引き抜く。そのままゆっくり背後に下がっていき、その都度、見えない空間を縛り込んでいた封が剥がれていく。
 不思議な光景だ……。
 空間が剥がれていく。
 何もない空間がミカンの皮を剥くみたいに……って表現は芸がねぇな。ええと、蕾が開き蓮の花が咲くように……どうだ、詩的だろうっ!
 とにかくぱっくりと空間が割れた。それで現れる。

 何も中身の入っていない大きな鳥籠。

「……ビンゴだな」
 ギルが低く唸った。初めて対面したランドールは警戒して剣の柄に手を置いた。何なのか分かっているアービスは、その存在自体に恐怖を隠さず完全に武器をいつでも構えられる状態に身構えて、さらに一歩下がってしまった。
 憶えている。ここのログはちゃんと回収した。
 中に人一人入れるくらいの空間がある大きな籠に、不思議な事に鉄格子のトビラがついててドアノブがある。
 俺はかつてこれを、ギルに渡された鍵で開けた。

 そして見知らぬ男と対面し、何かよく分からない声を掛けられ……驚いた隙に手が伸ばされ、引き寄せられ……。

 そっから憶えてない。

「間違いない、ギガースがいる」
 ギルの言葉に俺は無言で頷いていた。そうだな、確かにリコレクトできる記憶のなかに、これを見た覚えがあるとヤトが訴えている。
「なるほどな、こいつは扉だったわけか……一方通行だってな?どうだ、どっちに一方通行なんだ?」
 ドアノブを回さない限り開かない扉なのだろうか?ギルは少し緊張を解いて遠巻きに控えているレッドを振り返ってそのように尋ねた。って事は、奴はギガースを封印している作法については一切知らないって事だろう。
 あの籠の中に閉じこめているのは知っているが、どういう方法で閉じているのかは知らないのか。
 明らかに魔法とは縁の無さそうな奴だから当然と言えば当然かな。
 レッドが少し安堵のため息を吐いたのが見える。
「ようやくはっきり感知出来ます、その扉はこちらから向こうへの扉です」
 ……いや、一寸待て?
「レッド、……てことはつまり、あの扉の向うから何かが出てくる事は無いって事なんだよな?」
 俺の問いにレッドは間違いなく頷いた。
「そう云う事になります」
 いやぁ?俺、憶えているぞ。
 ログがぶっ壊れる寸前の記憶だからもしかして、何かと混同しているのかな?
「……手、とかだけにゅーっと現れる事もない?」
 俺のその問いはつまり、そう言う状況があったんだけどおかしくね?という部類の話だと先回りしたレッドが一瞬緩めた緊張を取り戻す。
「ギル、なぜ扉でもってギガースを封じているのです?」
「俺に聞くな、知るか。だが……そいつの聞いている事は間違っちゃいねぇ」
 ギルは目を眇め、睨みとは少し違う……異常事態を察しての緊張を孕んだ目つきで籠と、扉を振り返る。
「ギガースはあの扉を超えてくるぞ」
「……こちらの魔法理論を突破すると云う事でしょうか?」
「そんな事もあるのかい?」
 魔法は使うが魔導には詳しくないナッツが問う。
「扉魔法は門魔法ほど高等ではないはずよ、転移扉は相互行き来を封じているのではない。あくまで転移する方向が定まっているだけで……」
「しかし、道筋が出来ている事は間違いがありません。扉は一方へしか転移は出来ません、が二つの地点を繋いだ道、すなわち縁は残してしまう。これがあるから転移先を探って逆門を開く事も可能なのですし」
 リオさんの言葉をレッドは引き継ぎ考える為に少し伏せていた顔を上げる。
「もし、ギガースの方でも転移扉を開く事が出来るなら、扉を目印にして逆門を開きこちらにやってくる事も可能です」
 俺達は今だ沈黙したままの、閉じられた扉を振り返る。
 レッドの言わんとする事はバカな俺でも理解出来る。
 あの籠についている扉を使えばギガースの所にいける。ところがヘタすると、ギガースはラスボスであるにも関わらず勇者の到来を玉座とかでまったり待ち構えたりせず、自らこっちにやってきてしまう事も在りうるという事だ。
 ようするにあの、扉を開いてしまうとギガースが出てきてしまう可能性がある。そういう事だろ?
「……どうする」
 ここに来て俺に迷いが出てそのように誰にともなく聞いてしまった。
 俺達が向うに行くのはいい。それは覚悟ついてるんだけど……ここにギガースを召還するのは不本意だ。
 というか、それはまずい。
 大事を取るなら……あの扉は開けない方が良いのかもしれない。そのように思って口を開こうとしたら、俺の隣で横暴な声が先に言った。
「逆流を防ぐ事はできんのか?」
 ランドールの一言に、レッドが顎に手を置いて少し頭を傾ぐ。
「……ようするに現存する扉の強化、ですか。逆門の設置を事前に防ぐ、出来なくもありません。ただギガースの力がどれほどのものなか分からない。相手の力を押さえ込む程の出力を……」
 と、レッド、間違いなく今俺をチラ見した。
「なんだよ」
 すぐ目を逸らされたので気になって聞いてみる。
「出力だけなら僕らに勝ち目は在るかもね」
 レッドに聞いたのにナッツが答えた。出力……?ああ、何を言いたいのか大凡把握したぞ。
 俺にとっては無用の産物であったりする、測定するにスカウターがぶっ壊れるくらいの異常値を叩き出すらしい……俺の潜在魔力を当てにしているな?
「俺は別に出し惜しみはしないぞ」
「……放出し過ぎると貴方の意識が飛ぶ、という報告は伺っております。大丈夫でしょうか?」
 確かに、一度魔導都市で放出し過ぎて無意識に例の、蔦出しちゃったな。一応は憶えている。
 何の話をしているのかよく分かってない一同、特に言うとランドールあたりがちょっとイライラし始めたのを隣に伺いながら俺はもう一度決心する。
 ギガースをこっちに出さないようにする方法があるなら扉は開けてもいいんじゃないかな、と。
 俺がそれにともない暴走するとしても恐らく。
 問題はない。

 巻き込んではいけない人は側にいない。俺と一緒に行くのはいずれも頭上に赤い旗を立てた『存在の破綻した』奴らである。行き先も、レッドが特に何も言わない所予測した通り中央大陸なんだろう。

 踏み入れたら二度と戻ってくる事が出来ない大陸。

「今すぐその魔導式は書けるのか?」
「僕を誰だと思っています」
 レッドは眼鏡のブリッジを押し上げそうやっていつもの通り、表情を隠した。俺は苦笑して茶化してみる。
「心配か?」
「…………」
 心配ですと答えるべきか、誰が貴方の心配なんかしますか、と答えるべきか。
 どっちにしろ色々と余計な穴を掘るか、あるいは余計な藪に足を突っ込むなと把握しているレッドは瞬間沈黙を返した。
「どうしてもギガースを倒しに行きたいんですね。僕ら抜きで」
 俺は腕を組む。
 また最初に論争を戻すといい加減、隣人がキレそうなのでここは簡潔に決着を付けるべきだよな。ボケている場合ではない。
「ぶっちゃけて言えば俺は、お前らを巻き込みたくない」
 こんな事言うと怒られるのは知っている。
 アベルが爆発しそうになったのをナッツとマツナギがすかさず抑えた。
「ランドール、お前だってそうなんだろ」
「ふん、貴様の都合と一緒にするな」
 このツンデレめ。
「お前の事情は分かっているつもりだ。けどな、それでも感情論で言えばお前一人に背負わせたくない。どこまでもこれが俺達の本音だ……それ、忘れんじゃねぇぞ」
 テリーの忠告、それはお前一人で行くなというニュアンスじゃない。行ってもいいが自分一人で解決するな、解決出来ると思うなという忠告だ。
「レッド」
 俺の呼びかけにレッドは逸らしていた顔をこちらに向ける。
「必ず追いついてこい」
「命令口調出来ましたか」
「パーティーリーダーはこの俺だ、そう言ったよな?お前がそうしろと俺に言ったんだ。自分はリーダーには向かないってサンサーラで俺にリーダーをやれと言った。違うか?お前は俺に命令権を渡してんだ、命令して何が悪い?」
「違いません、悪くもありません。嫌な訳でもありません」
 一々外堀を埋めるように回答すんなよ。
「なら、追いついてこい」
 繰返した俺の言葉にレッドは軽く、鼻で笑いやがった。
「勿論です、」
 畏まりましたとか、了解しましたとか。もっと素直に言えないもんかねぇ?まぁいいや。
 俺は頭を掻き再度閉じたままの扉を振り返る。
「準備しろレッド、扉を開ける」



 うぇ、気持ち悪ぃ…………

 すっかり転移系魔法に酔うようになってしまった俺である。しかも今回『転移扉を強化する魔法』てのの支援もしながらだ。何時にもまして目が回る。転移魔法は精霊使い系も苦手にするらしく、マツナギも気分が悪くなるとか言ってたな。でも俺は精霊使いの理屈とは別で魔法酔いしているらしい。
 俺が抱える潜在魔力と反発してるんだろう、とかレッドが言ってた。潜在魔力は魔法に対してプラスかマイナスどちらかの追加作用をもたらす。俺はプラスにしろマイナスにしろ極端に親和するか拒絶をし過ぎるか、という傾向にあるのだ。

 グルグルと視界が回り始めた。頭をおとなしく下げて、俺はギルとアービス、ランドールの背後にあえて下がった。

 トビラは……無事、一方通行に規制しながらくぐり終えた。が、俺は状況を見渡せる状態にない。
 もしかすると目の前にギガースがいるかもしれないというのに、自分の不調でそれどころじゃない。
 フツーならアービスあたりが『大丈夫かい?』と心配してくれる所なのだが……してこない所、それどころじゃないんだろうなと思う。やばい、俺このままじゃ足手まといだ。
 素直にもう一歩背後に下がり、頭を抑えてしゃがみ込んで息を整える。し、視界が回るぅ~!
「どういう、状況だ?大丈夫なのか?」
 よく考えたら傍若無人ばっかり集まってるんだったな、アービス以外。俺の問いに答えてくれる人、いるんだろうか?平衡感覚がぶっ壊されたようにぐらぐら揺れる視界をなんとか上げると、ギルが武器である巨大な剣を肩に担いだ状態で俺を覗き込んできている。
「それはこっちのセリフだ、お前、大丈夫か?」
 よもやギルから心配されるような日が来るとはな!情けない、頭を2、3度振ってみる。当たり前かもしれないがそんな事で不調は治ったりしないのだ。う、益々気持ち悪い……。
 再び俯いた俺の側に誰かがしゃがみ込んできた。
「とりあえず……ギガースの目の前……ではないみたいだ」
 アービスか、すまない、何となく今頼りに出来るのはお前だけかも!天然ボケさえなければなぁ……色々信用出来るんだが。
「見慣れない森の中だ、扉を前にして感じていた威圧感が今は、感じられない」
 ギルの深いため息が聞える。
「とりあえず、待ってたって先方が来てくれる訳じゃねぇだろう。案内までが俺の仕事だ、移動するぞ」
 俺はまだクラクラする頭を抑えて立ち上がろうとするんだが……あ、やっぱり平衡感覚が狂っている。倒れそうになったらしい所アービスが支えてくれた。
「ギガースはどっちだ」
 で、俺の様子など全く眼中になく、目的遂行だけを考えていらっしゃるのはランドール。
 一度この中央大陸に来た事がある案内役を務めるギルは、俺を気遣う……わけねぇな。そう云う事に気が回る奴じゃねぇ。
「まぁまて、一度来た事あるったって全部把握してる訳じゃねぇ、随分広いらしいぜ。よくわかんねぇけどな……人が住んでたはずだ。まずは町でここがどこなのか、事情を聞いた方が早いだろう」
 初耳だ、中央大陸にも人が住んでいるのか。……て、何を言っている俺。初めて聞いて当たり前だろうが。
 まだ頭の中がパニック状態だぞ。

 中央大陸は幻の大地。
 何人たりとも辿り着けず、あるいは辿り着いたら二度と、八精霊大陸には戻って来る事が出来ないと伝説に語られている所だ。
 ここ最近の話じゃないぞ、レッド曰くずっと昔からそうだという。
 そも、中央大陸なんぞ存在しないんじゃないのかとも思われているとも言う。
 八精霊大陸(エイトエレメンタラティス)的には認知出来るのは精霊の海、セントラルオーシャンまでだ。そこに足を踏み入れる事は可能である。ただし、精霊の海に出て空だろうと海の上だろうと海底だろうと。例外なく『陸』を見失うと二度と八精霊大陸には戻れないのだという。

 前にも何度か説明したよな?

 中央大陸がどんなトコなのかなんて誰も知らないんだ。それが当たり前。知っている奴の方がレアだ。
 勿論、そういう常識は俺に限らずランドールやアービスも持ち合わせている。
「人が住み、町があるのか」
 素直に驚いているランドールの声に、ギルが苦笑混じりに言った。
「いや、町と言う程の規模じゃなかったかもしれねぇが」
 俺はアービスに支えられ、さっさと歩き出したギルとランドールを追いかけた。幸い少しずつ容態は治ってきていて、暫くしたら自力で歩けるまで復旧したぜ。

 そこでようやく周りの景色を見る事が出来る。

 うへー……でけぇ木。なんだここ?……森育ち田舎人である俺はまぁ、それなりに植物とかの知識もあるんだけど明らかにここの生物は俺が見知っている森とは系統が違う。
 系統違うって言うと南国の森もそうだったな。気候による植生の違いは、しかしここまで極端な違いはなかったぞ。

 今、俺達を取り囲む木々は俺達が居た世界の常識の枠を少々超えているように思える。
 なんつーか、ただでさえ異世界に居るつもりなのに、更なる異世界に来た様に思えるのだ。

 植物の形態が異常なのではなく……植物の規模がハンパなくデカい。雑草や一部の木々は俺が見知っている特性を備えているものが多いが、生えている木のサイズがええと、そうだな……全部千年モノ以上の規模を備えている。いや、千年モノのサイズが分からんか。……木々だけビックライトでデカくしちまった感じだ。逆でもいい。人間がスモールライトで小さくなってしまったような感覚に陥っている。
 あんまり巨大で幹しか視界にはいってこない。葉の茂る枝は遥か上空にある。緑色の分厚いカーテン越しに日差しが降り注いでいた。体感温度は……意識したら気持ち悪いくらいに丁度良い。暑くもない、寒くもない、快適だ。緩やかな風が木々の間を通り抜け枝を振るわせる音と、鳥の美しいさえずりが木霊する。

 深く苔むした巨大な木々の幹の間を進むに……俺はだんだん眠くなってきた。

 頭のクラクラは治って、今は逆に心地よい恍惚感にとって替わってきたような気がする、激しい脱力感が襲いかかってきた。

 ……眠い?
 意識が、途切れそうだ……。

 歩く事を意識しないと足が、前に出ない。気を許したら立ったまま寝そう。

 そんな事を考える間にも俺の意識は途切れ途切れになり、気が付いたら膝を突いてしゃがみ込んでいた。
「……あれ?」
 ゆっくりと脈打つ心臓音に合わせ意識が再び遠ざかり、起こそうとした頭が今度は後ろに仰け反りそうになる。慌てて自主的に蹲る。柔らかな腐葉土に両手をついて意識を保とうとするが……あ、まずい……無理……かも。

 遠くでアービスが誰かを制止する声が聞える。
 俺が動けなくなっているのにようやく気が付いた、のかな?

「しっかりしろ」
 ふいと耳元に聞えてきた声に俺の意識は叩き起こされる。
「……誰だ?」
 一時的に吹き飛んだ倦怠感、俺は顔を上げた。すると見知らぬ少年が俺を覗き込んでいる。いや……知らない顔じゃない気がするな……?どっかで見た事があるような?
「君にはここは辛いだろう、届かないようになっている、その仕様を改めない限り」
「……何の話だ?」
「君達は現行、ここには来る事は出来ないという話だよ」
 ああ、そうだ思い出した。
 こいつはインティだ。……いや、少し雰囲気は違うような気がする。
 少年は俺の耳元に、俺にだけ聞えるように囁いた。
「ここは神の庭だ、君達が分かるように言えば開発者レイヤーでもある。君の、プレイヤーとしての意識が届かないから接続が切れそうになっているんだ」
 何でそんな事をインティが俺に、いや、インティじゃないのか?
 ……誰だこいつは?
「一度戻るんだ、そしてレイヤーを解放してもらって改めてくればいい。解放する事を怖がるな、改変を望むなら遠慮せず開け。そう伝えれば今の君達なら……」
 再び世界から遠ざかりそうになる。
「……その間、君の身柄は僕が責任を持って預かろう。イシュタルトから渡されたデバイスールは君が、あっちに持って帰れ」
 持って帰れ?
「せっかくここから持ち出したものだ。今のここに持って来ちゃダメだ」
 意識が闇に沈む、声が聞える。メージンの声だ。
 彼が俺を呼ぶ声が聞える。

 俺はそこでようやく自分がプレイヤーである事を思い出し、エントランスレイヤーに戻る事を意識するのだった。


 あれぇ、もしかして持って来ちゃった?

 何もない、暗闇とは違う闇が支配するエントランスで俺は、戦士ヤトのまま呆然と立ちつくし自分の右手の上を見ていた。
 その上には……不思議な事に丸いものが乗っかっていて俺を見ている。
 ……人の目玉だ。
 掌の上に目玉なんぞ乗せていたら不気味でしかるべきだろうに不思議と、不気味なものには思えない。
 白い眼球の上で俺を見上げている瞳は、綺麗な宝石みたいで気が付いたらそれに俺は魅入っている。
「ヤトさん?」
 声を掛けられようやくはっとなって顔を上げる。
「メージン?て、事は……エントランスだよなぁ」
 改めて右手の中の目玉に視線を落とし、左手でつまみ上げてメージンに示した。
「なぁ、これって何だ?」
「……何って、何ですか?」
 メージンが怪訝な表情をしたので俺は、左指でつまみ上げているはずの目玉を改めてみる。
 うん、緑掛かった綺麗な瞳が俺を見ている。
 ああ、これ、俺の目玉なんだ。
 俺が精霊イシュタルトをそこにあると意識して見ている仮の姿。それをぼんやりとリコレクトする。
 理力の精霊イシュタルトは『第三眼』で示される、ようするに一つ目の紋章だな。紋章は他にもあるが一つ目を思わせるものが代表的であることを戦士ヤトは知っている。
 イシュタルトの第三眼は真実を映し出す鏡、とかも言う。
 とにかく目玉に見えているのは俺だけみたいだな。メージンには俺の手の中にあるのは別の形なのだろう。
「デバイスツールって、エントランスに持ち込めるモノなのか?」
「基本的に装備品は持ち込めますよ。ただ譲渡などは出来ませんけど……ほら、ヤトさんちゃんと今鎧着てますし武器を構えているでしょう?」
 そのようにメージンから言われて俺は自分の格好に意識が向いた。

 確かに鎧着ているし武器も身につけているが……ちょい待て。
 いつもの格好と違うぞ!?全身鎧だぞ?水龍銀の籠手がないし腰にぶら下げているのはサガラの剣じゃない。

 ようやく状況が読めてきた。この状況、バカな俺でも理解できる。

「あー、俺ってばまた追い出されてまた路頭に迷ってんだなぁ」
 メージンもまた、その俺の状況は把握しているようで苦笑を漏らす。
「本来起るはずのない事ですけど……事実、起っているなら状況を認めるしかないですよね」
 俺は目玉の形をしたデバイスツールを軽く投げで右手の中に納め直す。
「肉体の代替が存在する俺だからこそ、か。でもデバイスツールは俺が、サトウハヤトが持ち歩いているって事?」
 メージンは少し考えてから首を横に振った。
「そうじゃなくて……使用した状況によるんじゃないんでしょうか。高松さんが用意してプレイヤーに譲渡出来るようにしたデバイスツールは、あらゆる状況の欠損を補う作用があるわけですよね?本来それはバグである赤旗ツールを元に戻す為に用意した訳ですけれど……現実としてデバイスツールは赤旗を修正出来なかった」
 そうだ、何かが壊れているから赤旗というバグが発生したのでは無くて、壊れてしまっているのに存在しているものに赤い旗が灯っているだけなんだよ、実際の所。
 赤旗を元の状況に戻せないという事実があるだろ?赤旗付いてる存在はすでに生命として破綻していて、正常な状況に戻したら『死んでいる』。
 死んだ者を生き返らせる理論はこの世界には存在しない。
 三界接合とかいうので詭弁的に延命させたり元に戻したり、は出来るらしいがそれでもやっぱり完璧に元には戻せない。そもその三界接合術は禁術らしいしな。
 だから、赤旗を除去したら赤旗つけてた奴らは死ぬ。
 ところがこの世界、死霊という『死んだ後に死んだ者として理論を欠損したまま存在する』事象が許されている。
 しかし赤い旗を立てた存在は死霊のように、分かりやすく、元来この世界にある理論によって決壊してる存在ではない。
 肉体、幽体、精神が一応保証されているのに死霊のように存在理論が破綻している。

 新しいんだ。
 その『新しい存在形式』を世界に住まう者達が理解出来てない。

 ようやく分かってきた事だな。
 『魔王軍』および『魔王八逆星』というのは、世界に新しく現れた存在方法であると今ようやくそのように読み解けたばかりだ。俺は……今は、そういう理屈であって欲しいと思って居る。
 神のツールは、そんな赤旗の実際理論を説く前に万能ツールとして設置された。
 あくまでバグという『不具合』を直す事にしか万能性を示さない。
 魔王軍は、赤い旗は不具合じゃなかった。
 この世界に許された新しい存在の方法だったのだろうと今、俺は思う。

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