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12章 望むが侭に 『果たして世界は誰の為』
書の2前半 三つ首竜の伝説『世界に中心があるなら叫びたい』
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■書の2前半■ 三つ首竜の伝説 A Forked head green legend
「肉体が欠損しているなら肉体を補い、精神が破綻しそうになるならその綻びを塞ごうとする。幽体が剥がれそうになっているならそれを貼り付ける。デバイスツールはそういう風に使う事が出来る訳です」
メージンの言葉に俺は頷く。
「レッドは俺の破壊された肉体を補うためにナーイアストのデバイスツールをねじ込んだんだな」
「ヤトさんは……ナドゥの都合により肉体的な多数分裂を起こしてます。どちらが先なのかは僕も良く分かりませんが、レッドさんが二回目のログイン直後、完成したてのデバイスツールを使ってヤトさんに『あいた』何らかの欠損を補ったのは間違いないと思います。肉体の不具合は解消し、それで一旦赤旗が解消されたんだと思うんですよね。世界に合法的に存在を保証させている青い旗を宿しているから精神も含めて、かなり過保護に存在が守られている訳だし」
「ところが、今度は俺の都合で精神的な破綻を起こしそうになってる訳か……意識しないうちに蓋をしてしまった何かの所為で」
魔物化だ、これは別段珍しい現象じゃないという。それがレッドフラグによってなんか、悪質化している。
条件さえそろえば誰でも何でもモンスター化しちゃうのがこの世界の常識だからな。特に言うと人間は意識の持ちようによって簡単に魔物化を進めてしまうんだそうだ。だからもし俺が魔物化、俺の場合、規模は暗黒比混種だと言われている。これは相当に物騒なものなのだそうだが、それを進めたくないのなら問題となっている意識問題を片付けろって、魔導都市でアドバイスを受けた。
アベノ・アダモスさんは俺の出生が問題だと言ったけど俺は、そうは思っていない。
俺の心に致命的な傷を付けたのは間違いなくタトラメルツの一件なんだよ。
だってほら。
俺のホンモノの方はあの一件以来、惨めな生存を余儀なくされていたじゃないか。
思い出しただけでやっぱり今も胸が痛い。ニセモノなのに、ホンモノの立ち位置を奪ってしまったという意識も俺に痛みを与えている。
俺が何を思いだし目を細めているのか。
メージンは俺達の冒険の書をここエントランスで見ている。察しているのだろう。
ただ無言で俺を見守ってくれていた。
無意識に蓋?そうか、……蓋か。
俺は苦笑を漏らす。
ランドールもといウリッグとの戦闘で剥がれた蓋は昔、ワイズが俺に言ったものではないのだろう。ここ最近出来た傷に被せられていた物なのかもしれないな。俺には、そういう風に無意識に蓋をしてしまう何らかの特性があるのかもしれない。そんでもってランドールには、そういう精神的だったりして見えない壁をぶっ壊すなんらかの特性を持って居るのだろう。それで、ナッツの魔法盾をぶち破るし、魔王八逆星のチート能力も部分的に無効化するのか?
ダメだ、未だに自分の事ながら上手く把握出来ねぇ、雰囲気てきにほんわか推理が限界だ。
「青旗は、現状を保護しているだけか?むしろデバイスツールで事実をねじ曲げて今、俺はこうやってここに立っているんだよな」
イシュタルトから渡された、貴方が持っていた方が良いと言われた、目には見えないデバイスツール。それが今目玉の形になって俺には見えるのはなんとも……皮肉に思える。
「メージン、俺……神の庭とやらに一瞬行ってきたんだよな?あそこは開発者レイヤーだって誰かに言われた」
メージンは無言で頷いて俺の記憶が夢ではない事を教えてくれる。……てか、まぁ……夢なんだけど。
今見た夢は俺の脳裏でただ一人見ているものではなくて、ログとして多くの人と共有の出来る経験だ。メージンが肯定して頷いている。
「……俺達はそこには入れないのか」
「開発者レイヤーですから。基本的にはそうなのではないでしょうか?」
はっきりとはメージンも良く分からない様で首をかしげている。
「そこの扉を開ける事は?」
メージンは柔らかく微笑んだ。
彼の微笑みはアレだ、レッドの微笑みとは対極にあるように思う。
「僕らプレイヤーから見た異世界、トビラにおいては万能なる魔法という力があるじゃないですか。望むが適う、それがトビラ世界の中に約束されているシステムの一つです」
「……そんなんが在るから世界が壊れるんだ。いや、壊れるんじゃなくて……世界が、変化するって事か」
そしてその変化を世界は、トビラは、八精霊大陸は許してしまっている。
変化には変化で対応する。
世界はとりとめもなく形を変える。
そういう世界を維持するために世界は、創造を繰返す。
誰かが?
いや、その創造者に人格を求めるのは都合が良すぎる。
そう云う訳のわからんものを人は『神』と呼ぶ。
理解し難いためにとりあえず、そういう形を与えてみたりするんだ。
「……俺は、俺達は、俺達で選んだ決着を付ける事が出来るんだな」
「僕はそう思います」
「大陸座や、高松さんは神も大陸座も消してしまえと言った。世界を混乱に巻き込んだのが自分達であるなら、消えてしまうのも致し方ないって言ってくれた。でも、世界が今あるこの世界を容認し続けるなら別に、消さなくてもいいって事だよな」
「じゃぁ、赤い旗の根本理由は正さない、と言う事ですか?」
最年少なのにメージンは頭いいよな、俺のこの要領の得ない話で、俺が言いたい根本をちゃんと汲み取ってくれるんだから。
「うん、それなんだけどな。……赤い旗って結局俺ら異世界からの乱入者にしか見えてねぇじゃん?」
俺のその言葉にメージンは目を瞬いた。
「つまりさ、赤い旗がバグだって思っているのは俺達だけって事だろ?」
それは、当たり前な話ではある。
今更確認すべき事じゃぁねぇ。
「つまり……だな、」
上手い事良い言葉が探し出せず言葉に迷った俺に、メージンが俺の考えを理解して口を開いた。
「赤旗が在る事、およびその存在がバグで不具合なのは……僕らにとってだけの話、と言う事ですか?八精霊大陸側から見れば別にバグでも何でもない。それもまた、今現在起っている事象の一つに過ぎない、と」
流石だメージン、レッド並みの綺麗な纏めに俺は数回頷いて関心してしまう。
タカハシーラン事、メージンは、仮想電子網世界で『ネ申』とか言われている人なんである。
仮想が先行していて現実の経歴は流出していない、だからこそ彼の元来備わっているのであろう物腰の柔らかさ、考え方の柔軟さ、実際のゲーマーとしての実力を総合し神聖化されている。
リアル顔会わせてみたら俺より10年近く年下である事が発覚した訳だが……そんな事で彼に対する評価は変化しなかった。メージンはすげぇ奴で、まさしく神と評価するに相応しい良い奴で生粋のゲーマーだ。学生で在るにもかかわらず……良くできた子だと思う。
でも一方で、それは表層的なもののように思ったりもする。
ようするに、仮想で謳われているメージンとしての仮面を現実でも同じように被っているだけのように俺は思うんだ。
でもそれは別に悪い事じゃない。本人がその努力をするかしないかの問題で、メージンにはそれだけの技量があるって事なんだと思う。
逆に言えば俺にはそういう演技は無理だって事。本音が出ちゃうか、あるいは自分の本音が表現出来ずにその場を逃げちまうんだ。てんでダメだ、ダメ人間。
「俺達にとって都合が悪いなら俺達で管理すりゃいいんだろ?それを世界に押しつけちゃ行けないし……俺達の都合で世界を引っかき回すのもやっぱりアレだ」
俺は苦笑して頭を掻いた。
「付き合い方を改めて考えてみたいと思うんだ」
「……うん」
「どうかな?何か良い方法ねぇもんかな」
「それは世界の中で出すべき答えですよ、世界の外側から入り込んできた僕らが、世界と対話して……その為に中央大陸、開発者レイヤーという所に乗り込んで行くのはいいかもしれません……開発者レイヤーを閉ざしているトビラを開けましょう」
メージンは俺が考えている事を正確に把握し、そのように言った。
「もちろん、僕の権限で開けられるモノじゃないです、これから僕は高松さんにこの件を問い合わせます。恐らく、反対はされないと思います」
「そうかな、」
「そうですよ。だって、僕らや高松さん達開発者はやろうと決めていたら、もっと前にリセットボタンを……この世界に通じるトビラを閉じて、壊してしまう事だって出来たんですよ?でもそれをしないで世界とのトビラを維持する事を選んで、その為に僕らが出来る事をしている。高松さん達は僕らに全部、そういう権限を与えてくれてるんだと思います。大陸座がデバイスツールを託してくれているのもそういう事のように思えませんか?」
俺はふっと振り返り、任意でログ確認のために仲間達の情景を望む。
窓の外には、見知った連中が見知らぬ町を歩いている姿が見えた。
うーん?この風景はどうにもエズじゃないな、そもそもイシュタル国じゃないっぽい。立っている建物の構造が違うぞ?
転移門という魔法移動があるからな、短時間で違う場所に連中が居る事に対して驚きはないが、一体レッドらはどこにいるんだろう?
そして俺は、中央大陸からはじき飛ばされドコにいるものやら。
「続き、どっからとか分からんよなぁ?」
「説明した所でヤトさんが中で、リコレクト出来る事は限られています」
俺は改めて自分が纏っている全身鎧を眺める。少なからず見覚えのある鎧だ。
こういうタイプの鎧を着た新生魔王軍を見た事が在る。
「とりあえず、魔王軍側にいるのは間違いないみたいだな。……もしかするとナドゥの奴と顔を合わせられるかも」
「気を付けてください、僕らの精神は保護されているとはいえ……ナドゥにその仕組みを把握されるのは危険に思います」
「把握したって理解はできねぇだろ、ナドゥは中の人だ。俺達とは生きている世界が違う」
「理解出来ないからこそ、その事実は彼を混乱させてしまって、それが危険に繋がるのではないかと思うんです」
「……成る程」
ヘタに頭が良い奴って極端な答えを出したりするからな、おっかないんだ。思考回路が読めない分何をし出すか分からない。確かに危険かもしれん。万が一俺達の事情を理解したらどうなる?感情は、何を選ぶ?平和的な解決を望むとは限らない。破滅的な落とし前を詭弁たっぷり盛って来る可能性もあるのだ。
とかく、創造主がラスボスって話は立ち向かって来る連中が、謎理論で話を聞いてくれないと嘆くモノである。
とりあえず行ってみるか。
続きを始めてみない事にはよくわからん。今ここであれこれ警戒しても、割とエントランスでの会話はトビラの中では生きなかったりするしな。
その前に、戦士ヤトとして積み上げたログの記憶が優先されちまうらしい。おかげでこうやってエントランスでメージンと会話した事なんか後で、そういえば、みたいに思い出す場合が多い。
デバイスツールも持ったままログインするんだよなぁ……うん?もしかすると俺が『俺』であることは隠しておいた方がいいのだろうか?
いやまぁ、そんな風に都合良く演技出来るかどうか、すっげぇ自信はねぇんだけど……な。
薄暗い場所で目を覚まし、俺は……状況を冷静にリコレクトして密かに額を抑えた。
間違いない、プレイヤーである『俺』は中央大陸から弾き出され今、代替の一つに入り込んでいる。
あー、やだやだ。
薄暗い中、目が慣れてくると状況が把握出来てくる。壁際にずらりと並んだ全身鎧、あれ全部……新生魔王軍だろ?微動だにしない、ただの鎧に見えるが中身は間違いなく入っている。オンとオフをどのように切り替えているのかよく分からないが……ええと、分からない場合は思い出せばいいのか。
オンとオフを切り替える、だなんてナチュラルに考えてしまったからには答えは、それで合っている。
ようするにスイッチというのが存在する訳だ。大勢を統括する為の特別な存在がこっそり、同じ規格の中に紛れ込んでいるという訳。
『俺』は今、そのスイッチに入り込んできているようだ。
ようするに統括体だな。
どうにもログが希薄だ、お陰で今はプレイヤー・サトウーハヤトとしての意識が濃い。とはいえ自分がヤトであると云う事は把握しているし……それに、レッドらの事も憶えている。
……いや、まて?状況が把握出来なくなってきたぞ?
冷静に状況を思い出せ。そう……まず、俺は中央大陸に行ったはずだよな?そう、そこは……憶えている。
でも……なんでそんなトコに行ったんだっけ?
今までの事が全て、夢を見ていたようにあやふやになっていく気がする。よく考えろ、思い出せ。
……戦士ヤトと今の『コイツ』がログを共有しているなら俺の情報は駄々漏れだし、戦士ヤトの方でも『コイツ』の事は把握出来ていなければ理屈が合わない。それは無いと願いたい。
戦士ヤトと『コイツ』のログは別物だ。
今、俺は戦士ヤトの夢を見ていたように本来のログから接続が外れつつあり、その……替わり?
ぞわりと背筋が寒くなって胃が捻れるような痛みを憶えた。
今、俺が接続してしまった『こいつ』のおぞましいログがリコレクトされ慌てて考えるのを止めた。
「……冗談じゃねぇ」
なんだ今のイメージは……?
足音が近づいてくるのに気が付いて俺は内心驚き、緊張してきたのを感じて冷静を装う。
「起きたか」
俺は額に手を置いたまま項垂れ、状況に驚いている事を相手に悟られないようにするのに必死だ。
やって来た相手が誰なのかは声で把握出来る。……ナドゥだ。ただし赤旗立ててる方かそうでないのかは見てみないと分からんよな。
ゆっくり、どのように振る舞えばいいのか分からないから努めて無表情で顔を上げる。
……ナドゥ・DSだ。
コイツの頭上に赤い旗がある。
「………」
言葉は発して良いのか?いや……まて、俺が『俺』である事をあえて自分から暴露する必要はないだろう。しばらくナドゥの様子を伺うとしよう。リコレクト・コマンドするのがぶっちゃけ痛いのだが、今の俺自身について把握しない事にはどうしようもない。
それでも思い出すのを拒否するとすれば、それは俺が、俺自身の過去を容認しないと云う事だ。
過去を忘れ、無かった事にして今だけを無用に生きようとしているという事になるのだろう。
「どうした、いつものように夢を見たのだろう」
「夢?」
夢を見るのか。
……俺がさっきまで憶えていた通り夢を、戦士ヤトの夢を見るのか、コイツは?
て事は、情報駄々漏れはしてないが断片的にナドゥは、俺がどこにいてどういう事をしているのか、コイツに夢を見させて把握している可能性があるって事か?
よくわからんが……そうだ、リコレクトするにこの見た夢を報告するように言われているようだな。見たままを答えればいいのだと言われている。真実かどうかはコイツには分からない。コイツが見たのは夢で、それが一体何であるのかコイツは知らない。
コイツ、というのは今の俺の事だ。
新生魔王軍の、代替として作られた俺の『一人』
そういえばそうだ、俺も夢でコイツらの夢を見た。ただ、俺はそうやって夢の領域でこの世界と接している事を知っている。サトウーハヤトというプレイヤーがその事実を把握している。
だから、夢を見たんじゃなくて記憶の接続がズレたという事を把握出来る。
逆に、コイツにはそれが出来ない。今見たのは夢でしかない。ナドゥにもその思考は出来ないはずなのだが……。
俺らプレイヤーとは別の理論で『コイツ』が見ているのは夢ではなく、戦士ヤト側の事実であると云う事をナドゥの奴……把握しているな?
成る程、俺は一つ悪巧みを思いついて考えるフリして俯きながら口を笑わせていた。
ならば、任意で盛大に嘘をついたらどーなるのだろう?
「……殺した」
「ほぅ、誰をだね」
ナドゥに推測を語らせたかったのだが上手く行かないな、俺は冷静に次の言葉を選ぶ。
「俺が、倒すべき者を」
さぁ、誰だと思う?俺は無表情を努めて顔を上げてナドゥを見上げた。しかし、俺を『俺』と知ってか知らないでなのか多くを語ろうとはせず、少し考えるように顎をさすりながらナドゥは別の事を尋ねてくる。
「封印はどうした?」
封印?何の話だろう。マジで思い出せないのでそのように脳内で惚けてしまう。……?ええと、どうしようか。
「……破ったようだ」
すっかり『ヤト・ガザミ』としての記憶が遠くなり、状況をはっきり思い出せなくなって俺は、適当に答えてしまう。
「成る程、それで……扉はどうした?」
いいぞ、なんとかナドゥから話を聞き出せてるかもしれない。俺は脳内の高揚を悟られないように無感情を演出して惚けてみる。
「トビラ?」
トビラ、それによってリコレクトするのはサトウーハヤトとして把握している事だけだ。他に意味があるのだろうか?あるのかもしれない。戦士ヤトにとっては別の意味が……。
遠ざかっていく。
なんだろう?……なんで俺は、俺は何をしようとしているんだ?何に興奮しているんだ?
静かに冷たいものが俺に覆い被さってくるような感覚がある。飲み込まれ、一瞬熱を帯びた脳内が極限に冷えていく。
「ふむ、分かった。恐らくそこまでだろう。ご苦労」
何がそこまで、なのか?
そこで何かしら決着がついて続きは憶えていないだろう、と云う事か?冷静に状況をリコレクトする。ええと、俺は……ややこしいから以後今サトウーハヤトが降り立っている『コイツ』の事は俺と言う。
あたりまえだ、俺は俺だ。何を言っている。
すでに戦士ヤトとの接続は切れている。
奴の事情はぼんやりとしか思い出せない……そう、今見た夢くらいにしか憶えていない。夢は覚めた。
リコレクトをすればするだけ『俺』は俺に重なっていく。
なんて冷たい感情に支配されているのだろう。辛うじて『俺』は俺をそのように思う。
憎らしい、あれをこの手で殺すに物足りない憎悪で冷たい水がたぎっているような、奇妙な感覚を思い出せて、その感情に少しずつ飲まれていくのが『俺』にはわかる。その憎しみの感情を『俺』が理解し、同調し、すっかり脳内で騙されつつあるのがわかる。
否定する理由が見あたらない。いや、あるのだろうけれど自分自身でその否定する理由を一つずつ潰してあって反論の余地がないんだ。
自分という存在が奴によって完全に否定されている。
……俺は誰だ?
問いかけても誰も俺が望む答えを出してはくれない。
これは絶望だ。
もし存在が許されるというのなら、憎しみに支配されるだけなのだと答えが返ってくる。
俺と同じなのにどうして奴だけが認められている?なぜだ?なぜ奴だけが『ヤト・ガザミ』なのだ。
………。
いやぁ、そりゃ青旗っていうのがあるからだよ。
俺はナドゥが去って、一人暗い部屋でしばらく黙って地面を眺めていたが、冷たい感情に完全に飲み込まれる前になんとかかんとか自分を引き上げる事に成功していた。
戦士ヤトとの記録の接続は切れたっぽいが、戦士ヤトとして長い『俺』のキャラクターが現在接続したキャラクターから勝った。
……現状わかる?繰返すけれど……今、サトウーハヤトは新生魔王軍の一部に入っている。
間違いなく『お前はヤトじゃない』と言われている立場にいる様だ。そういう感情が思い出せて、その立場に絶望するしかないだろうと云うログがリコレクトできる。
今、俺は青旗という『一種のバグ』の存在を認知し、だから奴だけがヤト・ガザミだと言う事を理解した上で……恨みと憎悪を込めてこう思う。
青い旗、そんなものがあるから俺は今こんな惨めな立場にいるのだ、と。
自分も含めトビラなんてものが開いたからこの現状があるんだ。
許す訳にはいかない、これ以上俺と同じ感情に陥る者を生み出す訳にはいかない。かつて俺が大切だと思ったものは、悉く奴らの所為で不幸に陥ったんだ。
全部終わらせて、全部破壊して、全部無くしてしまうべきだ。
俺も含め、奴も含め、奴らも含め!
この俺の思想をナドゥは利用している。
あいつは一旦世界を均そうと考えているようだ。ただ……方法論が幾つかあってその幾つかで何が最善なのか競っているみたいだな。その様な事をリコレクトするに把握できる。もちろん、俺にはこれ以上の事など分からない。
均すって何だ?何を均すんだ。
興味無ぇ。
でも、俺はそれに巻き込まれたんだ。憎い、もちろんナドゥも憎い。
だが奴は俺に復讐の機会を与えてくれている。
利用されてはいるがこちらも利用すればいい。
青い旗を立てている連中に比べれば、ナドゥに向ける憎しみなど大した事はない。
薄暗い部屋で俺は、無言でその憎しみを確認して立ち上がる。俺は基本的には眠らないが、眠れない訳ではない。食べなくてもいいが食べられない訳ではない。
快楽はいらないが快楽が不要というわけでもない。
『俺達』は魔王軍の怪物連中よりも存在コストが高い。
魔王軍連中は飲まず食わずで存在が破綻するまで命令に従って存在するだけだ。だが、俺達はそれとは少し違う。放っておくと自分のやりたい事をやろうとしてしまう。
だから、必要最低限な統率体だけ起こしておいて他は眠らせておく……壁際にずらっと並んでいる通りだな。放っておくと何かしらの快楽を求めてしまうんだ。求める事はそれぞれに違う。
俺は……全てを破壊したい。
この激しい破壊衝動を抑えながら、俺はふらふらと……建物の外に出ていた。
暑いな、……ここは南国……なのだろうか?
「何処に行くの?」
声を掛けられてゆっくり振り返る。高い塀の上に腰を掛け、足をぶらつかせている何者かの姿が逆光に眩しい。
「……インティ」
「あ、ようやく名前憶えてくれたんだ!」
嬉しそうに壁から飛び降り、俺の腕を掴んだのはインティだ。目を眇める、頭上に赤い旗が立っているのが見える。
果たして今の俺の頭上にはどっちの色の旗が立っているんだろう。それを教えてくれる人がいない。自分の旗は鏡に映しても見えない。
「珍しいね、起きてるなんて。暴走があって暫く自重ってなってたじゃん。フラフラしてていいの?」
リコレクト、ああ……あれだ。南国での人さらい問題。俺じゃないが俺の一人が欲望優先して起こしちゃった事件。あれの所為で潜伏場所が割れそうになったので今、こうやって多くの俺は活動停止させられている。
そうだ、ここは南国で合っている。
本当はここで存分に破壊活動が出来る予定だったのだが……。国王が俺達の協力要請を断ったそうだ。そりゃそうだな、人さらいとかそれ以外にも問題在りまくりだしなぁ、俺達。信用されないのは仕方がない。
何かを守るために戦う事は出来ない。
俺に出来るのは何かを破壊する事だけ。
『ヤトさん』
呼びかけられ、俺は眩しい空に顔を上げる。
「……誰か呼んだか?」
『僕です、メージンです』
その途端どっと流れ込んでくる記憶。
気怠い感情が吹き飛び、目を見開き俺は、俺の腕をつかんでにこやかに笑っているインティを振り返った。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「……あ、いや……」
額を抑え、頭の中でメージンに応答する。
『今、切れたログが開発者レイヤーから引き上げられました。再接続が可能になっていると思います』
ちょ、待て。
それは危険じゃないのか?そのように危惧すると、メージンは先回りして返答する。
『大丈夫です、ヤトさんのログは青い旗によって保護されていますから他からの不正アクセスは出来ません』
そうじゃない、……今のこの俺の感情は何だ?いや、今メージンに呼びかけられて鬱の感情が吹き飛んだ。よく分からないが……
何をそんなに憎んでいたのか、憎んだ所で何か変わるか?
壊してどうする、壊した後誰が何を作るんだ。
壊したのならその後の責任も背負えるのか?
俺はただ壊したいだけで、その後に何も作らないというのなら……どんだけ無責任なんだろう。
何かを憎む余り、その分何者かから憎まれるのだという事を忘れていた。
憎い、確かに憎い。俺は俺自身が許せない。
そうやって自己完結し自分を殺せるなら殺したい、消し去ってしまいたい。そういう感情はある。確かにある。
だけど……そうすると悲しむ奴が存在する内はそれが出来ない。
だから悲しまないように悪に転ぶのか、憎まれても良いように振る舞うのか。
レッドがしようとしたみたいに?
俺に同情を投げかけてくれる奴はいない、俺は怪物だ。何もかもを破壊したいと願う怪物だ。怪物として滅ぼされるも本望だ。
でも、俺がこうやって怪物になっちまった事を知っている奴らがいる。
知られていたくない、忘れてくれればいいのに。
だから全部無かった事にする?
ああ?待て?俺はどう『振る舞ったら』良いんだ?
大混乱。
『ええと、多分……今のヤトさんのログが……本来のログに付け加えられちゃったみたいです。それで混乱しているのだと思います』
「なんだとぉ?」
あんまりな事に思えて俺はそのように声に出して言ってしまった。コイツの、このきっついログが、ヤト・ガザミのログに合流……いや、逆か。
ヤト・ガザミのログが今の俺に接続されちまったって事だろそれ?
「……?どうしたの?」
俺はインティを無視して空を睨む。
「取り消せねぇのか?なんでそうなる!」
『ヤトさん、落ち着いてください!とにかく青旗のプレイヤーとしての仕様としか言いようがありません!』
ようするにメージンで止められる問題じゃなかったって事だな。俺は、実に瞬間的にヤト・ガザミとしてのログと途切れただけだったって事か!その間完全にコッチの、新生魔王軍の怪物のログに飲まれていたという事?
しかもそれ、消えてない。憎しみが俺の心に灯っている。
どうすればいいんだ『これ』……。
所詮怪物だからって安易に。切り捨てられねぇよ。
しかしそもそも分裂が異常事態だ。正常な状態に戻るとすれば全ての記憶は、一つのヤト・ガザミに集約するんだから……いずれ陥る状況なのかもしれない。
「……インティ、」
俺はそこでようやく心配そうな顔をしている少年に向き直った。
「お前、ナドゥと俺とどっちの味方をする?」
「え?……どうしたのいきなり」
「信じないかもしれないが……今、俺はヤト・ガザミだ」
俺はきっぱりそのように言い切り、困惑の表情の相手をしっかりと見据える。
「………?」
「俺は、ナニだ?」
答えを聞くに辛い質問だと思いつつも、聞かざるを得ない。だがインティは驚いて無言でいる。そんな事、いつもの俺なら問いかけたりしない部類の話だってのもあるだろう。その前にインティは自分の持ちうる情報で状況を理解しようとしているのだと思う。
いいや、返答は待たず俺は言葉を続けた。
「とにかく俺がヤトだと言ったらお前、俺の言葉とナドゥの言葉、どっちを信じる?」
インティが割と俺に交友的である事を思い出している。俺はそれに賭けて見た。
「……好き嫌いで言ったらお兄ちゃんかなぁ?」
「よし、……ちょっとヤボ用が出来た。ここから出たいんだが手伝ってくんねぇか?」
「ヤボ用?……勝手な事するとまたナドゥから怒られると思うけど」
「知るか、俺が一人居なくなったって代替は大量にいるだろ」
「一杯いるからこそ一人が勝手な事するのが問題なんじゃない?」
確かにそれもあるのだろう。うん、だからヘタなことをしないようにナドゥは俺達を縛り込んでいる。方法か?よく分からないがこの代替の体は奴が作ったものだ。何かしら仕込んであるんだろ。
……そうだ、折角混線してるんだ。
もっと徹底的に奴に嫌がらせをしてやろうじゃねぇか。
「肉体が欠損しているなら肉体を補い、精神が破綻しそうになるならその綻びを塞ごうとする。幽体が剥がれそうになっているならそれを貼り付ける。デバイスツールはそういう風に使う事が出来る訳です」
メージンの言葉に俺は頷く。
「レッドは俺の破壊された肉体を補うためにナーイアストのデバイスツールをねじ込んだんだな」
「ヤトさんは……ナドゥの都合により肉体的な多数分裂を起こしてます。どちらが先なのかは僕も良く分かりませんが、レッドさんが二回目のログイン直後、完成したてのデバイスツールを使ってヤトさんに『あいた』何らかの欠損を補ったのは間違いないと思います。肉体の不具合は解消し、それで一旦赤旗が解消されたんだと思うんですよね。世界に合法的に存在を保証させている青い旗を宿しているから精神も含めて、かなり過保護に存在が守られている訳だし」
「ところが、今度は俺の都合で精神的な破綻を起こしそうになってる訳か……意識しないうちに蓋をしてしまった何かの所為で」
魔物化だ、これは別段珍しい現象じゃないという。それがレッドフラグによってなんか、悪質化している。
条件さえそろえば誰でも何でもモンスター化しちゃうのがこの世界の常識だからな。特に言うと人間は意識の持ちようによって簡単に魔物化を進めてしまうんだそうだ。だからもし俺が魔物化、俺の場合、規模は暗黒比混種だと言われている。これは相当に物騒なものなのだそうだが、それを進めたくないのなら問題となっている意識問題を片付けろって、魔導都市でアドバイスを受けた。
アベノ・アダモスさんは俺の出生が問題だと言ったけど俺は、そうは思っていない。
俺の心に致命的な傷を付けたのは間違いなくタトラメルツの一件なんだよ。
だってほら。
俺のホンモノの方はあの一件以来、惨めな生存を余儀なくされていたじゃないか。
思い出しただけでやっぱり今も胸が痛い。ニセモノなのに、ホンモノの立ち位置を奪ってしまったという意識も俺に痛みを与えている。
俺が何を思いだし目を細めているのか。
メージンは俺達の冒険の書をここエントランスで見ている。察しているのだろう。
ただ無言で俺を見守ってくれていた。
無意識に蓋?そうか、……蓋か。
俺は苦笑を漏らす。
ランドールもといウリッグとの戦闘で剥がれた蓋は昔、ワイズが俺に言ったものではないのだろう。ここ最近出来た傷に被せられていた物なのかもしれないな。俺には、そういう風に無意識に蓋をしてしまう何らかの特性があるのかもしれない。そんでもってランドールには、そういう精神的だったりして見えない壁をぶっ壊すなんらかの特性を持って居るのだろう。それで、ナッツの魔法盾をぶち破るし、魔王八逆星のチート能力も部分的に無効化するのか?
ダメだ、未だに自分の事ながら上手く把握出来ねぇ、雰囲気てきにほんわか推理が限界だ。
「青旗は、現状を保護しているだけか?むしろデバイスツールで事実をねじ曲げて今、俺はこうやってここに立っているんだよな」
イシュタルトから渡された、貴方が持っていた方が良いと言われた、目には見えないデバイスツール。それが今目玉の形になって俺には見えるのはなんとも……皮肉に思える。
「メージン、俺……神の庭とやらに一瞬行ってきたんだよな?あそこは開発者レイヤーだって誰かに言われた」
メージンは無言で頷いて俺の記憶が夢ではない事を教えてくれる。……てか、まぁ……夢なんだけど。
今見た夢は俺の脳裏でただ一人見ているものではなくて、ログとして多くの人と共有の出来る経験だ。メージンが肯定して頷いている。
「……俺達はそこには入れないのか」
「開発者レイヤーですから。基本的にはそうなのではないでしょうか?」
はっきりとはメージンも良く分からない様で首をかしげている。
「そこの扉を開ける事は?」
メージンは柔らかく微笑んだ。
彼の微笑みはアレだ、レッドの微笑みとは対極にあるように思う。
「僕らプレイヤーから見た異世界、トビラにおいては万能なる魔法という力があるじゃないですか。望むが適う、それがトビラ世界の中に約束されているシステムの一つです」
「……そんなんが在るから世界が壊れるんだ。いや、壊れるんじゃなくて……世界が、変化するって事か」
そしてその変化を世界は、トビラは、八精霊大陸は許してしまっている。
変化には変化で対応する。
世界はとりとめもなく形を変える。
そういう世界を維持するために世界は、創造を繰返す。
誰かが?
いや、その創造者に人格を求めるのは都合が良すぎる。
そう云う訳のわからんものを人は『神』と呼ぶ。
理解し難いためにとりあえず、そういう形を与えてみたりするんだ。
「……俺は、俺達は、俺達で選んだ決着を付ける事が出来るんだな」
「僕はそう思います」
「大陸座や、高松さんは神も大陸座も消してしまえと言った。世界を混乱に巻き込んだのが自分達であるなら、消えてしまうのも致し方ないって言ってくれた。でも、世界が今あるこの世界を容認し続けるなら別に、消さなくてもいいって事だよな」
「じゃぁ、赤い旗の根本理由は正さない、と言う事ですか?」
最年少なのにメージンは頭いいよな、俺のこの要領の得ない話で、俺が言いたい根本をちゃんと汲み取ってくれるんだから。
「うん、それなんだけどな。……赤い旗って結局俺ら異世界からの乱入者にしか見えてねぇじゃん?」
俺のその言葉にメージンは目を瞬いた。
「つまりさ、赤い旗がバグだって思っているのは俺達だけって事だろ?」
それは、当たり前な話ではある。
今更確認すべき事じゃぁねぇ。
「つまり……だな、」
上手い事良い言葉が探し出せず言葉に迷った俺に、メージンが俺の考えを理解して口を開いた。
「赤旗が在る事、およびその存在がバグで不具合なのは……僕らにとってだけの話、と言う事ですか?八精霊大陸側から見れば別にバグでも何でもない。それもまた、今現在起っている事象の一つに過ぎない、と」
流石だメージン、レッド並みの綺麗な纏めに俺は数回頷いて関心してしまう。
タカハシーラン事、メージンは、仮想電子網世界で『ネ申』とか言われている人なんである。
仮想が先行していて現実の経歴は流出していない、だからこそ彼の元来備わっているのであろう物腰の柔らかさ、考え方の柔軟さ、実際のゲーマーとしての実力を総合し神聖化されている。
リアル顔会わせてみたら俺より10年近く年下である事が発覚した訳だが……そんな事で彼に対する評価は変化しなかった。メージンはすげぇ奴で、まさしく神と評価するに相応しい良い奴で生粋のゲーマーだ。学生で在るにもかかわらず……良くできた子だと思う。
でも一方で、それは表層的なもののように思ったりもする。
ようするに、仮想で謳われているメージンとしての仮面を現実でも同じように被っているだけのように俺は思うんだ。
でもそれは別に悪い事じゃない。本人がその努力をするかしないかの問題で、メージンにはそれだけの技量があるって事なんだと思う。
逆に言えば俺にはそういう演技は無理だって事。本音が出ちゃうか、あるいは自分の本音が表現出来ずにその場を逃げちまうんだ。てんでダメだ、ダメ人間。
「俺達にとって都合が悪いなら俺達で管理すりゃいいんだろ?それを世界に押しつけちゃ行けないし……俺達の都合で世界を引っかき回すのもやっぱりアレだ」
俺は苦笑して頭を掻いた。
「付き合い方を改めて考えてみたいと思うんだ」
「……うん」
「どうかな?何か良い方法ねぇもんかな」
「それは世界の中で出すべき答えですよ、世界の外側から入り込んできた僕らが、世界と対話して……その為に中央大陸、開発者レイヤーという所に乗り込んで行くのはいいかもしれません……開発者レイヤーを閉ざしているトビラを開けましょう」
メージンは俺が考えている事を正確に把握し、そのように言った。
「もちろん、僕の権限で開けられるモノじゃないです、これから僕は高松さんにこの件を問い合わせます。恐らく、反対はされないと思います」
「そうかな、」
「そうですよ。だって、僕らや高松さん達開発者はやろうと決めていたら、もっと前にリセットボタンを……この世界に通じるトビラを閉じて、壊してしまう事だって出来たんですよ?でもそれをしないで世界とのトビラを維持する事を選んで、その為に僕らが出来る事をしている。高松さん達は僕らに全部、そういう権限を与えてくれてるんだと思います。大陸座がデバイスツールを託してくれているのもそういう事のように思えませんか?」
俺はふっと振り返り、任意でログ確認のために仲間達の情景を望む。
窓の外には、見知った連中が見知らぬ町を歩いている姿が見えた。
うーん?この風景はどうにもエズじゃないな、そもそもイシュタル国じゃないっぽい。立っている建物の構造が違うぞ?
転移門という魔法移動があるからな、短時間で違う場所に連中が居る事に対して驚きはないが、一体レッドらはどこにいるんだろう?
そして俺は、中央大陸からはじき飛ばされドコにいるものやら。
「続き、どっからとか分からんよなぁ?」
「説明した所でヤトさんが中で、リコレクト出来る事は限られています」
俺は改めて自分が纏っている全身鎧を眺める。少なからず見覚えのある鎧だ。
こういうタイプの鎧を着た新生魔王軍を見た事が在る。
「とりあえず、魔王軍側にいるのは間違いないみたいだな。……もしかするとナドゥの奴と顔を合わせられるかも」
「気を付けてください、僕らの精神は保護されているとはいえ……ナドゥにその仕組みを把握されるのは危険に思います」
「把握したって理解はできねぇだろ、ナドゥは中の人だ。俺達とは生きている世界が違う」
「理解出来ないからこそ、その事実は彼を混乱させてしまって、それが危険に繋がるのではないかと思うんです」
「……成る程」
ヘタに頭が良い奴って極端な答えを出したりするからな、おっかないんだ。思考回路が読めない分何をし出すか分からない。確かに危険かもしれん。万が一俺達の事情を理解したらどうなる?感情は、何を選ぶ?平和的な解決を望むとは限らない。破滅的な落とし前を詭弁たっぷり盛って来る可能性もあるのだ。
とかく、創造主がラスボスって話は立ち向かって来る連中が、謎理論で話を聞いてくれないと嘆くモノである。
とりあえず行ってみるか。
続きを始めてみない事にはよくわからん。今ここであれこれ警戒しても、割とエントランスでの会話はトビラの中では生きなかったりするしな。
その前に、戦士ヤトとして積み上げたログの記憶が優先されちまうらしい。おかげでこうやってエントランスでメージンと会話した事なんか後で、そういえば、みたいに思い出す場合が多い。
デバイスツールも持ったままログインするんだよなぁ……うん?もしかすると俺が『俺』であることは隠しておいた方がいいのだろうか?
いやまぁ、そんな風に都合良く演技出来るかどうか、すっげぇ自信はねぇんだけど……な。
薄暗い場所で目を覚まし、俺は……状況を冷静にリコレクトして密かに額を抑えた。
間違いない、プレイヤーである『俺』は中央大陸から弾き出され今、代替の一つに入り込んでいる。
あー、やだやだ。
薄暗い中、目が慣れてくると状況が把握出来てくる。壁際にずらりと並んだ全身鎧、あれ全部……新生魔王軍だろ?微動だにしない、ただの鎧に見えるが中身は間違いなく入っている。オンとオフをどのように切り替えているのかよく分からないが……ええと、分からない場合は思い出せばいいのか。
オンとオフを切り替える、だなんてナチュラルに考えてしまったからには答えは、それで合っている。
ようするにスイッチというのが存在する訳だ。大勢を統括する為の特別な存在がこっそり、同じ規格の中に紛れ込んでいるという訳。
『俺』は今、そのスイッチに入り込んできているようだ。
ようするに統括体だな。
どうにもログが希薄だ、お陰で今はプレイヤー・サトウーハヤトとしての意識が濃い。とはいえ自分がヤトであると云う事は把握しているし……それに、レッドらの事も憶えている。
……いや、まて?状況が把握出来なくなってきたぞ?
冷静に状況を思い出せ。そう……まず、俺は中央大陸に行ったはずだよな?そう、そこは……憶えている。
でも……なんでそんなトコに行ったんだっけ?
今までの事が全て、夢を見ていたようにあやふやになっていく気がする。よく考えろ、思い出せ。
……戦士ヤトと今の『コイツ』がログを共有しているなら俺の情報は駄々漏れだし、戦士ヤトの方でも『コイツ』の事は把握出来ていなければ理屈が合わない。それは無いと願いたい。
戦士ヤトと『コイツ』のログは別物だ。
今、俺は戦士ヤトの夢を見ていたように本来のログから接続が外れつつあり、その……替わり?
ぞわりと背筋が寒くなって胃が捻れるような痛みを憶えた。
今、俺が接続してしまった『こいつ』のおぞましいログがリコレクトされ慌てて考えるのを止めた。
「……冗談じゃねぇ」
なんだ今のイメージは……?
足音が近づいてくるのに気が付いて俺は内心驚き、緊張してきたのを感じて冷静を装う。
「起きたか」
俺は額に手を置いたまま項垂れ、状況に驚いている事を相手に悟られないようにするのに必死だ。
やって来た相手が誰なのかは声で把握出来る。……ナドゥだ。ただし赤旗立ててる方かそうでないのかは見てみないと分からんよな。
ゆっくり、どのように振る舞えばいいのか分からないから努めて無表情で顔を上げる。
……ナドゥ・DSだ。
コイツの頭上に赤い旗がある。
「………」
言葉は発して良いのか?いや……まて、俺が『俺』である事をあえて自分から暴露する必要はないだろう。しばらくナドゥの様子を伺うとしよう。リコレクト・コマンドするのがぶっちゃけ痛いのだが、今の俺自身について把握しない事にはどうしようもない。
それでも思い出すのを拒否するとすれば、それは俺が、俺自身の過去を容認しないと云う事だ。
過去を忘れ、無かった事にして今だけを無用に生きようとしているという事になるのだろう。
「どうした、いつものように夢を見たのだろう」
「夢?」
夢を見るのか。
……俺がさっきまで憶えていた通り夢を、戦士ヤトの夢を見るのか、コイツは?
て事は、情報駄々漏れはしてないが断片的にナドゥは、俺がどこにいてどういう事をしているのか、コイツに夢を見させて把握している可能性があるって事か?
よくわからんが……そうだ、リコレクトするにこの見た夢を報告するように言われているようだな。見たままを答えればいいのだと言われている。真実かどうかはコイツには分からない。コイツが見たのは夢で、それが一体何であるのかコイツは知らない。
コイツ、というのは今の俺の事だ。
新生魔王軍の、代替として作られた俺の『一人』
そういえばそうだ、俺も夢でコイツらの夢を見た。ただ、俺はそうやって夢の領域でこの世界と接している事を知っている。サトウーハヤトというプレイヤーがその事実を把握している。
だから、夢を見たんじゃなくて記憶の接続がズレたという事を把握出来る。
逆に、コイツにはそれが出来ない。今見たのは夢でしかない。ナドゥにもその思考は出来ないはずなのだが……。
俺らプレイヤーとは別の理論で『コイツ』が見ているのは夢ではなく、戦士ヤト側の事実であると云う事をナドゥの奴……把握しているな?
成る程、俺は一つ悪巧みを思いついて考えるフリして俯きながら口を笑わせていた。
ならば、任意で盛大に嘘をついたらどーなるのだろう?
「……殺した」
「ほぅ、誰をだね」
ナドゥに推測を語らせたかったのだが上手く行かないな、俺は冷静に次の言葉を選ぶ。
「俺が、倒すべき者を」
さぁ、誰だと思う?俺は無表情を努めて顔を上げてナドゥを見上げた。しかし、俺を『俺』と知ってか知らないでなのか多くを語ろうとはせず、少し考えるように顎をさすりながらナドゥは別の事を尋ねてくる。
「封印はどうした?」
封印?何の話だろう。マジで思い出せないのでそのように脳内で惚けてしまう。……?ええと、どうしようか。
「……破ったようだ」
すっかり『ヤト・ガザミ』としての記憶が遠くなり、状況をはっきり思い出せなくなって俺は、適当に答えてしまう。
「成る程、それで……扉はどうした?」
いいぞ、なんとかナドゥから話を聞き出せてるかもしれない。俺は脳内の高揚を悟られないように無感情を演出して惚けてみる。
「トビラ?」
トビラ、それによってリコレクトするのはサトウーハヤトとして把握している事だけだ。他に意味があるのだろうか?あるのかもしれない。戦士ヤトにとっては別の意味が……。
遠ざかっていく。
なんだろう?……なんで俺は、俺は何をしようとしているんだ?何に興奮しているんだ?
静かに冷たいものが俺に覆い被さってくるような感覚がある。飲み込まれ、一瞬熱を帯びた脳内が極限に冷えていく。
「ふむ、分かった。恐らくそこまでだろう。ご苦労」
何がそこまで、なのか?
そこで何かしら決着がついて続きは憶えていないだろう、と云う事か?冷静に状況をリコレクトする。ええと、俺は……ややこしいから以後今サトウーハヤトが降り立っている『コイツ』の事は俺と言う。
あたりまえだ、俺は俺だ。何を言っている。
すでに戦士ヤトとの接続は切れている。
奴の事情はぼんやりとしか思い出せない……そう、今見た夢くらいにしか憶えていない。夢は覚めた。
リコレクトをすればするだけ『俺』は俺に重なっていく。
なんて冷たい感情に支配されているのだろう。辛うじて『俺』は俺をそのように思う。
憎らしい、あれをこの手で殺すに物足りない憎悪で冷たい水がたぎっているような、奇妙な感覚を思い出せて、その感情に少しずつ飲まれていくのが『俺』にはわかる。その憎しみの感情を『俺』が理解し、同調し、すっかり脳内で騙されつつあるのがわかる。
否定する理由が見あたらない。いや、あるのだろうけれど自分自身でその否定する理由を一つずつ潰してあって反論の余地がないんだ。
自分という存在が奴によって完全に否定されている。
……俺は誰だ?
問いかけても誰も俺が望む答えを出してはくれない。
これは絶望だ。
もし存在が許されるというのなら、憎しみに支配されるだけなのだと答えが返ってくる。
俺と同じなのにどうして奴だけが認められている?なぜだ?なぜ奴だけが『ヤト・ガザミ』なのだ。
………。
いやぁ、そりゃ青旗っていうのがあるからだよ。
俺はナドゥが去って、一人暗い部屋でしばらく黙って地面を眺めていたが、冷たい感情に完全に飲み込まれる前になんとかかんとか自分を引き上げる事に成功していた。
戦士ヤトとの記録の接続は切れたっぽいが、戦士ヤトとして長い『俺』のキャラクターが現在接続したキャラクターから勝った。
……現状わかる?繰返すけれど……今、サトウーハヤトは新生魔王軍の一部に入っている。
間違いなく『お前はヤトじゃない』と言われている立場にいる様だ。そういう感情が思い出せて、その立場に絶望するしかないだろうと云うログがリコレクトできる。
今、俺は青旗という『一種のバグ』の存在を認知し、だから奴だけがヤト・ガザミだと言う事を理解した上で……恨みと憎悪を込めてこう思う。
青い旗、そんなものがあるから俺は今こんな惨めな立場にいるのだ、と。
自分も含めトビラなんてものが開いたからこの現状があるんだ。
許す訳にはいかない、これ以上俺と同じ感情に陥る者を生み出す訳にはいかない。かつて俺が大切だと思ったものは、悉く奴らの所為で不幸に陥ったんだ。
全部終わらせて、全部破壊して、全部無くしてしまうべきだ。
俺も含め、奴も含め、奴らも含め!
この俺の思想をナドゥは利用している。
あいつは一旦世界を均そうと考えているようだ。ただ……方法論が幾つかあってその幾つかで何が最善なのか競っているみたいだな。その様な事をリコレクトするに把握できる。もちろん、俺にはこれ以上の事など分からない。
均すって何だ?何を均すんだ。
興味無ぇ。
でも、俺はそれに巻き込まれたんだ。憎い、もちろんナドゥも憎い。
だが奴は俺に復讐の機会を与えてくれている。
利用されてはいるがこちらも利用すればいい。
青い旗を立てている連中に比べれば、ナドゥに向ける憎しみなど大した事はない。
薄暗い部屋で俺は、無言でその憎しみを確認して立ち上がる。俺は基本的には眠らないが、眠れない訳ではない。食べなくてもいいが食べられない訳ではない。
快楽はいらないが快楽が不要というわけでもない。
『俺達』は魔王軍の怪物連中よりも存在コストが高い。
魔王軍連中は飲まず食わずで存在が破綻するまで命令に従って存在するだけだ。だが、俺達はそれとは少し違う。放っておくと自分のやりたい事をやろうとしてしまう。
だから、必要最低限な統率体だけ起こしておいて他は眠らせておく……壁際にずらっと並んでいる通りだな。放っておくと何かしらの快楽を求めてしまうんだ。求める事はそれぞれに違う。
俺は……全てを破壊したい。
この激しい破壊衝動を抑えながら、俺はふらふらと……建物の外に出ていた。
暑いな、……ここは南国……なのだろうか?
「何処に行くの?」
声を掛けられてゆっくり振り返る。高い塀の上に腰を掛け、足をぶらつかせている何者かの姿が逆光に眩しい。
「……インティ」
「あ、ようやく名前憶えてくれたんだ!」
嬉しそうに壁から飛び降り、俺の腕を掴んだのはインティだ。目を眇める、頭上に赤い旗が立っているのが見える。
果たして今の俺の頭上にはどっちの色の旗が立っているんだろう。それを教えてくれる人がいない。自分の旗は鏡に映しても見えない。
「珍しいね、起きてるなんて。暴走があって暫く自重ってなってたじゃん。フラフラしてていいの?」
リコレクト、ああ……あれだ。南国での人さらい問題。俺じゃないが俺の一人が欲望優先して起こしちゃった事件。あれの所為で潜伏場所が割れそうになったので今、こうやって多くの俺は活動停止させられている。
そうだ、ここは南国で合っている。
本当はここで存分に破壊活動が出来る予定だったのだが……。国王が俺達の協力要請を断ったそうだ。そりゃそうだな、人さらいとかそれ以外にも問題在りまくりだしなぁ、俺達。信用されないのは仕方がない。
何かを守るために戦う事は出来ない。
俺に出来るのは何かを破壊する事だけ。
『ヤトさん』
呼びかけられ、俺は眩しい空に顔を上げる。
「……誰か呼んだか?」
『僕です、メージンです』
その途端どっと流れ込んでくる記憶。
気怠い感情が吹き飛び、目を見開き俺は、俺の腕をつかんでにこやかに笑っているインティを振り返った。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「……あ、いや……」
額を抑え、頭の中でメージンに応答する。
『今、切れたログが開発者レイヤーから引き上げられました。再接続が可能になっていると思います』
ちょ、待て。
それは危険じゃないのか?そのように危惧すると、メージンは先回りして返答する。
『大丈夫です、ヤトさんのログは青い旗によって保護されていますから他からの不正アクセスは出来ません』
そうじゃない、……今のこの俺の感情は何だ?いや、今メージンに呼びかけられて鬱の感情が吹き飛んだ。よく分からないが……
何をそんなに憎んでいたのか、憎んだ所で何か変わるか?
壊してどうする、壊した後誰が何を作るんだ。
壊したのならその後の責任も背負えるのか?
俺はただ壊したいだけで、その後に何も作らないというのなら……どんだけ無責任なんだろう。
何かを憎む余り、その分何者かから憎まれるのだという事を忘れていた。
憎い、確かに憎い。俺は俺自身が許せない。
そうやって自己完結し自分を殺せるなら殺したい、消し去ってしまいたい。そういう感情はある。確かにある。
だけど……そうすると悲しむ奴が存在する内はそれが出来ない。
だから悲しまないように悪に転ぶのか、憎まれても良いように振る舞うのか。
レッドがしようとしたみたいに?
俺に同情を投げかけてくれる奴はいない、俺は怪物だ。何もかもを破壊したいと願う怪物だ。怪物として滅ぼされるも本望だ。
でも、俺がこうやって怪物になっちまった事を知っている奴らがいる。
知られていたくない、忘れてくれればいいのに。
だから全部無かった事にする?
ああ?待て?俺はどう『振る舞ったら』良いんだ?
大混乱。
『ええと、多分……今のヤトさんのログが……本来のログに付け加えられちゃったみたいです。それで混乱しているのだと思います』
「なんだとぉ?」
あんまりな事に思えて俺はそのように声に出して言ってしまった。コイツの、このきっついログが、ヤト・ガザミのログに合流……いや、逆か。
ヤト・ガザミのログが今の俺に接続されちまったって事だろそれ?
「……?どうしたの?」
俺はインティを無視して空を睨む。
「取り消せねぇのか?なんでそうなる!」
『ヤトさん、落ち着いてください!とにかく青旗のプレイヤーとしての仕様としか言いようがありません!』
ようするにメージンで止められる問題じゃなかったって事だな。俺は、実に瞬間的にヤト・ガザミとしてのログと途切れただけだったって事か!その間完全にコッチの、新生魔王軍の怪物のログに飲まれていたという事?
しかもそれ、消えてない。憎しみが俺の心に灯っている。
どうすればいいんだ『これ』……。
所詮怪物だからって安易に。切り捨てられねぇよ。
しかしそもそも分裂が異常事態だ。正常な状態に戻るとすれば全ての記憶は、一つのヤト・ガザミに集約するんだから……いずれ陥る状況なのかもしれない。
「……インティ、」
俺はそこでようやく心配そうな顔をしている少年に向き直った。
「お前、ナドゥと俺とどっちの味方をする?」
「え?……どうしたのいきなり」
「信じないかもしれないが……今、俺はヤト・ガザミだ」
俺はきっぱりそのように言い切り、困惑の表情の相手をしっかりと見据える。
「………?」
「俺は、ナニだ?」
答えを聞くに辛い質問だと思いつつも、聞かざるを得ない。だがインティは驚いて無言でいる。そんな事、いつもの俺なら問いかけたりしない部類の話だってのもあるだろう。その前にインティは自分の持ちうる情報で状況を理解しようとしているのだと思う。
いいや、返答は待たず俺は言葉を続けた。
「とにかく俺がヤトだと言ったらお前、俺の言葉とナドゥの言葉、どっちを信じる?」
インティが割と俺に交友的である事を思い出している。俺はそれに賭けて見た。
「……好き嫌いで言ったらお兄ちゃんかなぁ?」
「よし、……ちょっとヤボ用が出来た。ここから出たいんだが手伝ってくんねぇか?」
「ヤボ用?……勝手な事するとまたナドゥから怒られると思うけど」
「知るか、俺が一人居なくなったって代替は大量にいるだろ」
「一杯いるからこそ一人が勝手な事するのが問題なんじゃない?」
確かにそれもあるのだろう。うん、だからヘタなことをしないようにナドゥは俺達を縛り込んでいる。方法か?よく分からないがこの代替の体は奴が作ったものだ。何かしら仕込んであるんだろ。
……そうだ、折角混線してるんだ。
もっと徹底的に奴に嫌がらせをしてやろうじゃねぇか。
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