異世界創造NOSYUYO トビラ

RHone

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12章  望むが侭に   『果たして世界は誰の為』

書の3後半 魔王的願望『それで、お前は、どーするの?』

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■書の3後半■ 魔王的願望 Will you realize Satanic Request

「……直接会うって事を、諦めなかった?」
「そう、彼女は諦めなかった。性格だろうねぇ」
 ナッツ、例によってのほほんと他人事のように言う。
「ファマメントはね、魔王討伐隊第一陣を送り出した後突然姿が見えなくなっちゃったんだ。いや、僕にだけ見えてたけどな。なんで僕にだけ見えるのだろうと不思議だったんだけど、今思えば不思議でも何でもない。今ある現実に向けた必然だね。トーナさんは魔王討伐隊を中央大陸に送り込むという口実につき自分の力を全部、手放してしまった」
「……?」
「ようするに大陸座という立場を放棄しようとしたと言う事」
 ナッツは厳しい表情で視線を俺に投げ寄越す。
「もちろん他の大陸座がそれを許さなかったようだね。実は自分の役割を放棄しようとする大陸座は彼女だけに限った話じゃなかったのが今はわかるだろう?オレイアデントやイシュタルトも同じように約束を違えようという意識がある事を今は知ってるだろ?大陸座8人も一枚岩じゃないんだよ、それぞれが思う『安定』の為に必要な事をした。その事情がようやく僕にも見えてきた所」
 大陸座に会って事情を聞く事に、ナッツは賛成してたもんな。ナッツは……恐らくファマメントのトーナさんの状況を最初から知っていた。だからこそ他の大陸座が現状をどう思っているのか、どうなのかを知りたかったという事か。
「ユピテルトのマツミヤさんはイシュタルトを大陸に封じたし、ファマメントの離反を察したジーンウイントのキシさんも、魔王八逆星の発生とそれに伴う大陸座の離反を防ぐためにエルドロウの魔法に便乗して大陸座を大陸に封じた」
 アベルが今更納得したように頷いている。
「ああ、だから彼女はデバイスツールをナドゥに渡しちゃったのか」
「何ィ?」
 鋭い声を発した俺に二人、静かにとジェスチャー。おっと、まだ背後でギルとトーナさんの会話が続いている。
 何を話しているのか気になる所だがこっちの話も気になるぞ。
「どういう事だ、ナッツ」
「僕らは今、ここに来るために大陸座ファマメントのトーナさんの所を訪ねた。そして彼女の案内でここに来ている。……もちろん、デバイスツールは回収するつもりだったんだけど……」
 すでにトーナさんはデバイスツールを持っていなかったんだ、とナッツはなぜか、すまなさそうに言った。
 その表情、ナッツ……お前、まさか。
 ……ファマメントがデバイスツールを手放し、すでに大陸座という立場を捨てているの……知っていたっぽい顔だな?
「ナドゥにデバイスツールを預けてしまっているようだ。だからナドゥは最初からそういう『神の道具』がある事を知っていたようだね」
 その言い方だとファマメントが力を手放していた事、およびその手放した力を誰が預かっているのか、そればっかりはさしものナッツも知らなかった事って事か?
 そうか、だからレッドは立腹しているのか。すでにトーナさんはデバイスツールをナドゥに渡していた、恐らく何かレッドを立腹させるような都合で、そういう事なのか?
 この有様だとトーナさんは恐らく自分の非を『認めた』んだろうと思う。
 魔王八逆星なんてものが跋扈している現状が、自分の所為だと分かっているなら、それに対する助言の一つや二つ積極的にしてくれればいいだろうに。なぜか分からんが引きこもって黙りしてた訳だよな?……ファマメントって。
 ナッツが何度か言ってたもんな。
 彼女には会えない、と。彼女が表に出てこない限り会えないのだと繰り返していた。
 それだけに悪質だと、レッドの奴怒ってるんかもなぁ。
 割と人の事言えない癖に。
 それはともかくデバイスツールがナドゥに渡ってる?
「なんて事だ、じゃぁ、奴は……」
 どんな形でそれを悪用してやがるんだ?
「言っておくけど、ナドゥがファマメントから力を一時的に預かった当時はまだデバイスツールは世界に配置されてない」
「あ、そうだった。じゃぁどうやってトーナさんは……デバイスツールを?」
「トーナさんはファマメント、つまり……空間を司る精霊でもある。空の精霊だ。転移魔法は基本的に大地に根ざす魔法で、ゲーム的な属性を考えると大地と空は相反する属性にも思えるかもしれない。所が、そうじゃない。ここはレッドからの受け売りなんだけどね……。ファマメントというのは一般的には空の精霊ではあるけど突き詰めていけば『支配』の精霊で、自由を司るのではなく束縛を司る存在だ。自由を司っているのは風、ジーンウイント」
 そうだ、それはおバカな戦士ヤトも把握しているので理解出来る。
「空間って何次元?」
 え?俺は一瞬惚けてから腕を組む。戦士ヤトではなくサトウーハヤトで答えてしまった。
「……3次元?」
「そう、その通り。縦横奥行き、三次元だ。でも中空に突っ立っていたら上下と奥行きの比較がしようがない。支点が必要なんだね、空間を認識するに基準となる点なり面なり、何かしら必要だ。空の精霊は最初から概念として地面を含んでいる。空間を認識するに相対すべき対象も支配に置いているんだ」
 まどろっこしい説明だな、アベルが理解出来ずにいるぞ。
「ようするに、空間転移はお手の物って事だろ」
「うん、分かったならそれでいい」
 いいじゃん、空の精霊だから空間転移得意だ、で。俺とアベルだったらその理屈で納得するけどな?え?他はしないのだって?あーそうですか。知りません。
「これで納得行かない?」
「……ん?ああ」
 ナドゥがいつでもどこでもいきなり現れる事情か!
「トーナさんは例外的に魔王討伐隊を中央大陸に送り、なおかつ戻ってこれるようにする為に自分の力を貸し与えた。空間転移手段として、ね」
「それを受け取ったのがナドゥで、しかも野郎、それをトーナさんに戻してないって事か?」
「そう、しかも……それだけに収まってない」
 ナッツはギルと何やら熱心に話しているトーナさんを遠くに眺めて呟いた。
「恐らく、ギガースの力もナドゥは手に入れてしまっているんじゃないかなぁと僕は、危惧している」
「……マジかよ……」
 早くその事情を教えろってんだ!
 俺は逆にナッツを睨んでしまう。
「それ、お前は知っていたのか」
「いや、……ファマメントの力についてはもしかすればと疑ってはいたけど。直接話を聞いて納得したのは今しがた。ましてやギガースのも、だなんて」
 ナッツは俺を振り返って真っ直ぐ視線を合わせ、嘘じゃない事を主張するように告げた。
「……そっか。ファマメントに『会えない』ってのは、マジだったわけだな」
「ああ。そこまで察してくれると助かるよ。……彼女は自分の失敗によって起きる結果を恐れたんだ。力を貸し与えてしまっただけに多くは出来ない、無力だ。なら、大陸座として自分が出来る事は大陸におとなしく封じられておく事だと彼女は、引きこもっちゃってね」
 唯一見えて、接触出来るとハクガイコウ代理、補佐官を務めていたナッツをも遠ざけてしまった。そういう事なのか?
「もはや姿も現わせない、ただの概念。いま彼女がああやって姿を現せるのは、本来見えない、触れえないこの中央大陸が八精霊大陸に戻ってきているからだよ」
 その理屈はレッドの説明でなんとなく把握できる俺。
 そうだな、大陸座に限らず方位神なんてわけのわからんものとも遭遇している。
 本来見えない、触れえないものと対面するに、そうなった理屈が必要なら……隔離されていた開発者レイヤーという階層が触れられるところまで降りてきたって事なのだろう。
「トーナさんはファマメント国で築いた権力を一気に失った。……僕が、彼女の代理人として力を振るう事も出来たけど、僕はその立場から半ば、逃げたよ。大陸座がなぜ各地で姿を消したのか、その秘密を暴きたかった」
 そうやって俺達に合流してきた。
 これもまた奴の都合としては考えられる事だ、嘘じゃない、それがナッツの『真実』か。
「トーナさんもそうすべきだと言ったしね」
 ナッツは、そう言って改めてギルとファマメントの方へ視線を投げる。

「信じろと言うのか、それを俺に!」

 ギルの大声に、再び俺達もそちらの方に意識を戻す。
「疑問に思うなら訊ねればいいわ。ここで無用に命を落とす必要はないと思う……貴方には力があるのだから、もう少し彼らの役に立ってあげて」
「……断る!」
 ギル、犬歯をむき出しにして吠えている。
 何やら空気が不穏な気配を醸し出してきた。俺は急いで元居た場所に戻った。
「俺の望みはたった一つ、俺がその願いを叶えられる条件を揃えていたというのなら、この状況は不本意だ!」
「……じゃぁ、どうするつもり?」
 疲れたようにトーナさんは問いかけた。
「決まっている、」
 下ろしていた武器を構えて振り回す。
「……俺はこれで破壊魔王と恐れられた男だ。過去において誰も彼もが俺を恐れ、俺に関わる事を恐れ、俺もまたくだらん縁を結ぶ事を嫌った。……限界だ!」
 殺気を振りまき、ギルはトーナさんに剣を突きつける。ギリギリ届いていないが、その瞬間的な動作に俺は身構えてしまう。テリーもだ、だが剣が届いていたなら間に合ってなかった。
「俺は鬼として生きて、それで死ぬ」
「貴方はもう、昔のように誰にも恐れを抱いていないわ。だから、誰かに怯える必要はないのよ」
「だが替わりに俺の存在に全てが怯える、俺が求めた生き様に支払われた代価だ、そうだって事、俺は理解出来てるんだよ!」
 ハクガイコウであるトーナさんが静かに目を閉じた。目の前に剣が迫っているのにも、殆ど動じなかった強さがあるのに。
 その白い姿が今、酷く儚く思える。
 纏っていた覇気を脱ぎ捨て、白い姿が萎むような錯覚のうちに彼女は囁いた。
「……なら私も何かしら支払うべきなのかしら?」

 瞬間羽が飛び散った。血の赤を覆い隠す圧倒的な白を振り払い、ギルは吠える。

「これが代価だハクガイコウ!」

 止める間もない、介入する間も無かった。
 隣で、ナッツが身を強ばらせそして……深いため息を漏らしたのが聞える。
「……彼女はこれを覚悟して……ここに来た」
 時期に消える、そういう事か?!
「……都合良く自分に言い聞かせてんじゃねぇ」
 俺は怒り、悲しみ、他諸々を我慢しているらしいナッツに呟いた。
「素直に言えよ、なんて事しやがるんだって……!」
 ナッツは俯いて自重気味に笑った。
「悪い、そういうの凄くヘタでね」
 俺は納めていた剣を引き抜く。
「ナッツ、こういう場合、ケンカは買ってやるのが礼儀だと思うぜ!」
 ギルに向け、剣を構える。
 同時に、全員俺に追従。
「お前の望みはこれだな?」
「よく分かってるじゃねぇか、近くに目立った町もねぇしな」
 ギルは低く笑い武器を構え直す。今しがた斬り捨てた命の、残片がその切っ先から滴り落ちた。
「脅すネタに困ってたトコだ。お前らからまだくだらねぇ話を持ちかけられたらどーしてやろうかと思ってたぜ」
 町を一つぶっ壊されるのと、今横から真っ二つに引き裂かれてしまったトーナさん一人を比較すべきじゃないと思う。
 けど、よかった。

 これで破壊魔王ときっちり決着がつけられる。

 町一つ、事情を知らない何者かを巻き込んでしまうよりは良い状況だと、割り切りが必要だ。
 それでもギルに剣を向けるに理由が必要だったって現実にぶっちゃけ、俺は苦笑いが漏れる。
 いいじゃねぇか、過去こいつはどれだけの人を殺したか。
 いや、殺した数だったら俺もタメ張れるんかな。
 そんな思考にどうにもこうにも同じ穴の狢的な感覚を今更悟り、どうにも状況が嬉しくない。

 ギルの顔は狂気に歪み、引きつった口の端から黒い歪みが生まれ、顔を覆い始める。
 禍々しくも頭上に灯る赤い旗。消えていたのに、戻ってきた。
 でもそれに今更驚きはしねぇ、今、ギルは何やら重要な約束をしたという大陸座ファマメントのトーナさんをぶった切った。もしかすれば……。
 赤い旗をギルから取り払ったのはトーナさんで、その加護が失われたから再び魔王八逆星に戻ったのかもしれない。
 俺と同じく、だ。

 まーどーだっていいそんな事。
 今から俺達がぶっ倒しちまう相手なんだからな……!

 ギルは剣を振りかぶり、一閃。
 俺はそれを前に出て受止める。体全体で、腕を伸ばし、一撃を否定すべく。

 見えない力を手放して遠慮無く自分を消費し、それでもってコイツを止めてやる……!

 左腕でギルの一撃を跳ね返す、そんな事出来るのかって?出来ると信じる事が重要なんだろ?
 たとえ信じた結果どうなろうと俺は、もう構わない。
 俺はその見えない一撃を確かに弾き飛ばす事が出来て、その衝撃に左脇の木々が吹っ飛んだ。しかし……何か知らんが痛いのだ、血が流れるような怪我をする訳ではないのに、破壊しようとして振り翳された力に抵抗すると体の奥の方が痛い。気持ちの良いもんじゃねぇなこれ。
 水竜銀の籠手が歪に姿を変え俺の腕に絡みつき暴れている。同じ金属で出来ている鎧も同じ反応を起こし始める。自分の身に起きている事なのでよく分からんが、とにかく激しく形を変えようとしているのがわかる。

 背後に庇った仲間を振り返り、俺は笑って右手に持っていた剣を鞘に戻して投げ渡した。

「これ、いらねぇから預かっておいてくれ」
「ヤト……!」
 ギルに向き直り自分の左手から歪な銀色の剣を引き抜く。

 あ、思い出してきたぞ。
 回収出来なかった壊れたログが、状況を反復する事で修繕されていく。

 あの時、俺はやっぱりこうやって見知らぬ剣を引き出してギルと対峙した。
 背後にレッドを、仲間達を庇ったつもりでそれに必死で……タトラメルツの町をぶっ壊してたんだ。

「まぁ、またどっかで俺が目を覚ますだろ。ソイツに渡せ。必要だろう。もう……」
 今の俺のように歪な力に頼る必要はないはずだ。
 対価を払う必要があるなら、お前の為に今ここにいる俺をくれてやる。
「いけ!次の俺を捜せ!」
 ギルが二撃目を遠慮無く投げ寄越した。それを俺は、やっぱり遠慮無くはじき飛ばす。
 全てを消し去る破壊の力。その衝突、この対戦がタトラメルツをぶっ壊した。俺達は互いに破壊の力をぶつけ合っては俺たち以外を消し飛ばしていた。
 でも今は問題ねぇぞ、周りにあるのは木ぃばっかだ。勿論物言わぬ木だからぶっ壊していいって話じゃねぇのは分かっている。むしろこんだけデカく育つにどれだけの年月費やしたと思って!みたいな感情は間違いなくある。
 あるけど、木々は素直だ。
 瞬きの間に命を終える人間みたいに自分の一瞬の死を嘆いたり、恨んだりしない。
 遠慮無くギルは次の一撃を振りかざすべく剣を振りかぶる。動作が大きい。遠慮を失った奴はその場から動かず生み出す破壊の衝撃だけで俺達をねじ伏せるつもりか。
 力に溺れ、それに酔いしれるように高笑いを響かせていたがその動作が途中で止まった。
 真空の弾ける音とともに、ギルは左手で何かを受止めて……こちらを鋭く睨み付ける。
「アンタ一人に任せる訳にはいかないでしょ?」
 俺は、俺の隣で剣を振るっていたアベルを……間違いなく驚いた顔で振り返っていただろう。
 奴お得意の魔法剣、それでアベルは真空波をギルに向けて飛ばしたのだ。それは、理解出来る。
 いや、だから。
 この怪物の相手がお前らに務まるはずねぇんだから素直に……俺に……。
 アベルの反対側俺の隣にテリーが一歩踏みだし、少しリラックスしたように腰に手を置いて肩を落とした。
「ま、そういう事だな」
「力になれるかどうか、は別として。最大限の援護はさせてもらいたいものだね」
 マツナギの言葉に、ナッツが笑う。
「足手まといには為らないように努力するよ」
「とにかく、一人で何でもやろうと思わない事」
 テリーの頭上、赤いドラゴンが飛びながら言う。
「思えば、僕ら全員で共闘ってした事ありませんよねぇ」
 レッドの言葉に俺、そういえばそうだと思ってちょっと呆れてしまった。

 それぞれに経験値を多く取得し、強い設定にしてしまったから実は……今まで殆ど個人プレイだったのだ。
 確かに……全員で、は……無いいな。

 7人で一緒にバーサスは、これが初めてになるのか。

「微力ながら、手伝うとしようか」
 ああっと、7人じゃなかった。
 あえて俺が存在を無視していたローブの人物もまた、一歩手前に出てきて俺を横目で伺う。
「お前の命を奪うは私だ。あれではない」
 俺はカオス・カルマの言葉に笑う。しかし笑い顔が引きつってしまう。
 こいつは俺の不死性を理解してない、わけじゃねぇよな。
 俺の命を取りたいと申し出、俺の命は『重い』のだとコイツは言った。
「別に死にゃしねぇよ」
「お前が保証してもいいものではない。私は私の為に、私が結んだ契約の為に動くだけだ」
 さて、俺が悪魔と何やら取引してしまったらしい事は……。
 あ、すでにバレてる訳ね。
 思えばアインはすでに知っている。アベルとのいざこざの最中だったから彼女には言っていなかったとは思うが、間違いなくレッドやナッツには相談しているはずだ。
 そして、今こうやってカオス・カルマが一同にちゃっかり付いてきた所、全員が俺の都合と奴の都合を理解している事になるのだろう。
 俺はカオスから視線を外した。ギルが一歩コッチに踏み出してきたからだ。
 全員で自分に向かってくる、その無謀を笑うのか、それともも自身にたらされるであろう破滅を喜ぶのか。
 笑いながら剣を下段に構えてゆっくりと前に踏み出してくる。
 すると、まるで空気の壁がこちらに押しつけられるような圧迫感が迫ってきやがる。
「カオス、言って置くが……お前がいくら俺を庇っても、賭けは俺の勝ちだ」

 『いずれこの世界は救われるか否か』

 その是非を問う秤に俺の命は預けられている。
 足元を見られた契約の元、俺はその秤に自分の命を乗せる事を選んだ。
 実にアホな賭けだと思うがどうだろう。
 今思い出してもそう思う。
 用意された秤はハナっから釣り合ってなくねぇか?

 カオス、お前は一体何がしたいのだ。
 それとも、ギャンブルと同じくでカオスの方でも多大なリスクを背負う事で、俺から搾り取れる代価も多いとでもいうのか。一発逆転的に賭けている、とか?

「予測は当てにはならない。結果だけが全てだ」
 まぁ、助力してくれるのは悪くない。勝手にしろ。

 青白く光る剣を手に俺は上段に構え、迫ってくる空気の壁のような威圧に対抗し前に踏み返す。

 無造作なギルの一撃、それを俺は受止め……ようとしたがそれより前にカオスが無遠慮に前に出た。
 見えない衝撃を受けて少し身を縮ませたが……何ともないようだ。
「破壊の衝動、これは、感情的なものだ。感情という人間特有のものによって全てをその『思い通り』にする」
「まさか、無心の悪魔であるカオスには……効かない?」
 ナッツの言葉にレッドが何やらぶつぶつ呟いている。
「全てを意思の元、思い通りに………この攻撃はギルの望む結果と言う事ですか。成る程、では属性的には北神の加護の元放たれる破壊魔法、ハヴォック系統に近いわけですね。そしてそれを……」
 カオスは突然、すっぽり体を覆っているローブを翻す。手に包帯みたいなものを巻いているらしい、とは思っていたが……顕になるに体の殆どがそうやって白い帯で覆われている。
 そいつをカオスは解放し、辺り一帯にばらまいた。
 意思を持っているように、広がった帯が緩やかにギルを目指し飛びかかる。切り裂こうとしたギルの剣にそれらは絡まり、すっかり覆い隠した。
 それだけに留まらない。
 カオスのローブの下から際限なく伸びる帯が剣を、それを握る手を腕を、どんどんと締め上げていく。
 帯に絡め取られている方は獣じみた奇妙な叫び声を上げた。
 絡め取られたまま、ギルは帯を引きちぎれないのだと理解したようで一気にコッチに迫ってくるではないか。
 カオスに向けて体ごと投げ出すような一撃見舞おうとしたのを俺は、前に出て受止める。
 ……例の破壊衝撃がついてない?
 上から強く振り下ろされた一撃を耐えきれず、俺は堪らず膝を突く。しかし、ギルの様子がおかしい?
 そう思うもふいに小気味よい音が響いて、俺が確認しようと覗きこんでいたギルの頭が横に吹っ飛ぶ。
 テリーの回し蹴りが決まっていた。それで流石に力が緩んだ、俺はギルを蹴り飛ばし武器を構え遠慮無く斬りかかっていく。
 しかし相手は流石破壊魔王、そうやすやすとこちらの一撃を許してはくれない。首は吹っ飛んでいるはずなのにちゃんと俺の一撃を剣で受止めるのな。
 ぐるんと不気味に曲がっていた首が元に戻るも……その目、すでに俺を見ていない。
「……!?」
 打ち込んだ剣が弾かれる。しかし、不思議な事にその後のギルの動作を完全に把握出来ない俺。
 何が起っている?
 普段であれば間違いなく構えて防御に回れたはずだ。しかしその時、俺はギルの次の一撃がどっちから来るのか分からなかった。
 その代わり俺の隣に分厚い氷の壁が出現している。それで、辛うじてそれにギルの剣が止まっていた。
 ……横から斬り込まれている?なんだ、なんで俺それが予測出来ない?
 ギル、完全にカオスの存在を忘れた様だ。縁を切る、その為にすべてを破壊しようとする自分の特性を封じられたのさえ気にしないように乱暴に腕を回し、吠える。
 そして氷の壁にはまった剣を力任せに引き抜いた。
 俺はその隙に一歩背後に下がり剣を構え直す。
 再び斬りかかるもギル、遠慮無く俺の一撃に対応。こっちが力をぶつけているのに、防御に回っている方の力に完全に飲まれているぞ。
「完全に力負けしてるね」
 打ち負かされ、ふっ飛ばされると思った瞬間なんとか持ち直した。ナッツの言葉が聞えたな、補助魔法か何かでも動かしたか?
 体の芯から熱がわき起こり意識野を焼き焦がすのを感じる。
 俺は、応える様に吠えていた。
 そのまま、手にする剣のような形になっている物体でもってギルの剣を押し返し、はじき飛ばし、その上で突き入れた。
 今や完全に籠手あるいは槍、そして鎧が元の型を留めていない。シーミリオン国で預かった金属が大暴走し片や俺の手の中に一本の剣として、残りは鱗の様に体に張り付いて異様な循環を繰り返しているのだが、その不思議な光景をまじまじと見ている場合ではないからな。
 なんでこうなってしまうのか、俺はもちろんよくわからない。
 一瞬灯った熱が引く、青白く光る金属がギルを貫いていると思いきや……その切っ先を奴め、左手でしっかり掴んで止めていやがる……!
 だがその瞬間、無数の矢が俺の隣を見事にすり抜けギルに突き刺さろうとした。左手に俺の突き出す切っ先を握りながら、右手ではじき飛ばされていた剣を素早く戻してギルはそれを防いでいる。なんという反射神経だ。
 鉄板みたいな剣によって3本連続で射られた矢を防いだギルであったが……それは実は囮だったりする。
 上空に跳んでいたテリーのかかと落としが脳天に直撃したのを俺は見た。遠慮無く頭狙いだ、えげつねぇ。
 ギルも頭上は死角と見えて防ぐ手立ても無しと見た。
 さらに、遠慮無くマツナギの矢が追い打ちで射られてギルの膝あたりを打ち抜いた。正確無比、そしてこの貫通力。何かの力が込められているのかもしれないな、いつぞや黒亀相手に戦った時みたいに……アベルの魔法付加のお蔭だろう。
 流石にこれに平然としているほどギルも怪物じゃない。
 首があり得ない具合に前にたたき落とされ、体も引きずられ地面に突っ伏す……と、思いきやしぶとい。
 俺の剣を突き放すようにして手放し、しっかり左手で大地を掴み引き倒されるのは回避する。
 だが立ち上がれない。理解する。俺の足下にも余波が来ているからな。
 地面が凍り付き、ギルの左手を地面に縛り付けているんだ。
 突き放されてたたらを踏みつつ俺は、剣は上段で構え直す。起きあがれずに首をこちらに突き出した格好で蹲っているギルに、遠慮無く、今度こそ入るだろうと確信を持って叩き付けた。

 一切動作に迷いなどない。

 これら一連の出来事は……実に瞬間的に起ってる事だと理解頂きたい。
 そして、その瞬間の攻防はまだ続いている。

 ギル、まだふんばりやがる、ラスボス相当なだけはある、とはいえなんだ、こいつのこの異常な執着は。自らの消滅を願ってんだろ?なのに、なんでこんなにしぶといんだ!

 こちらを見もせず、右手を捻り剣が背中を庇う。これに俺の剣は阻まれた、そのまま俺を振り払おうとするのを……。
 俺の横から突き出したサーベルが阻止していた。
 背後に回した右手と、背中を剣が貼り付けにしている。そして、そのまま力尽くで押さえ込んだ。
 そんな事出来る奴ぁ俺より力が強い奴に限られる、アベルだ。
 奴の一撃が今、間違いなくギルの腕と背中を貫いている。
 血は流れていた。……こいつの場合ハナから黒いんじゃね?とか思ったがやっぱりギルの血は赤く、それが腕を伝って剣に流れ、未だに巻き付いているカオスの帯に触れる。
 途端、その帯がぼろぼろと溶け出した。

 よくわからん、よくわからんが……カオスの帯はギルのあの、圧倒的な破壊攻撃を防いでいるらしい事はなんとなく理解出来る俺。
 そして、ギルの流した血はその帯のなんらかの理論を疎外し、破壊してしまう。
 戦士の感だ、それ以外の何ものでもない。
 今カオスによってある程度力を抑え込んだからここまで押し込めているんだ、封が破れるというのなら決着は急がなければいけない。
 俺は横に振りかぶり今度こそ、ギルの肉体に剣を差込んだ。致命傷になるかどうか、奴の姿勢が変なので手応えはよくわからない。
 アベルが突き刺した剣ごと吹っ飛ばされる。束縛されていた左手を氷から引き抜きギルは強引に体を起こしたからだ。
 左手が俺を狙ってくるのは『見えた』
 所がやっぱり俺は、それに対応出来ずにいて気が付いた時には氷の破片にまみれたギルの左手が俺の首を掴み上げている状態になっている。
 しかし、強引に自分の左手をへし折って俺の首を掴みに掛かって来てるんだぞ?凍り付いた所を強引に動けば、どうなるかって折れるんだよな。そりゃもうポッキリ。氷漬けはレッドの仕業だろう、かなりの技術力あってのこの威力だろうが、ギルの太い腕全てを凍結させるには至っていないらしい。全部氷漬けにできるなら最初からそうすれいればいいのだ。出来ないから部分的な凍結を試みているわけだろ?
 折れた腕の中の骨が健在だ。そして自分の腕を骨ごと遠慮無くギルは折った。骨まで凍り付いていたら切断面は殺傷能力などなくぽっきりだったろうに。

 骨の、鋭い切っ先が俺の喉に突き刺さっている。

 ……声が出ない。

 ヒュン、という鋭い音がしてギルの喉に矢が突き刺さる。
 今気が付いた、奴の顔にはすでに殺気はない。恐ろしい程の無表情がはりついていて、目はやはり俺を見ていない。

 鋭い痛みが喉から全身を突き抜ける。脳天を貫くような、思い出したくない痛みに俺は、それやったら逆に致命的と頭で理解しつつも本能的に、ギルに突き刺している剣を振り払い自分の喉から奴の骨を抜きはなってしまった。

 そんな事したらどうなるか?
 もちろん、辺り一面血の海デスヨ。

 こう云う時に限って例の蔦は出てこないんだからな、アレもよくわからん。
 制御なんか出来てねぇしな、別にいいか。
 凄まじい勢いで吹き出す血を無意識のうちに左手で抑えようとしながらそのまま、貧血におちいってぶっ倒れる。
 完全に立ちくらみの要領だ。

 だがまだ辛うじて意識がある。

 ……無茶しなくてもいいか。ここで俺が死んでもどうせ、またどこかで俺は目を覚ますに違いないんだ。
 その様に諦めた瞬間……喉を押さえている左手に違和感を感じる。
 来た。
 出ないと思っていた蔦が、俺が倒れている血の海から静かに頭をもたげ、小さな枝葉の芽が枝を伸ばすために時計回りに静かに頭をもたげながら回転し、ざわざわと起き上がってくる。

 ……いかん、制御出来ないなら放置はまずい。

 あの時、レッドと対峙した時と同じくだ。
 血の海から起き上がる。流した血を吸い上げるように……俺の肉体が自動修復されていくのがわかる。
「あー……」
 声、出るな。最低限の傷を謎の蔦が塞いでしまったからだ。
 俺は、振り返って状況を見守っていた一同を振り返った。
「アイン……燃やせ」
「え?」
 そう言い捨てて俺は視線を、ようやくぶっ倒れているギルに向ける。本当はもう歩きたくなかったのだが必死に意識を確保し、倒れているギルの方へ向かう。
 途中、もちろん手にしていた武器などは手放した。既に俺には無用のものだ。
 致命傷を得たのは間違いない、俺は立ち上がるまでの回復にはまだ至っていなくて、両手で膝をつき、這うようにギルの所に向かっていた。

 奴は動かない、やったのか?間違いなくギルを倒せたのか?

 なんとか近くまでたどり着き地面に仰向けに倒れている破壊魔王を見やる。
 視線は天を仰いでいた。流した血によって、カオスから伸びていた帯がぶちぶちと切れる替わりに……静かに黒い模様が体を覆い始めていく。
 その過程、表情が消えていた顔に正気が戻ってきたようでギルは、漂わせていた視線を俺に向けた。
 俺だと認識したように表情が、何時もの不敵な笑みに替わる。
「……よぉ、」
 俺に、呼びかけているんだよな、それは。
「色々迷惑掛けたな」
 ……何を言っている。
 敵役としてハマる事が本望なら、最期の最期までそれらしく死ねよ、バァカ。
 そう思ったら途端に俺は、俺としての意識を取り戻した気がする。よくわからないが蔦を少し引っ込め、地面に根を張りそうになっていた脚をもう一歩前に這い寄せて……俺はギルの前にしゃがみ込んだ。
 俺は今、どんな顔をしているのだろう。
 常に鏡を見ている訳じゃねぇから、だから、そういう事って割と自分では分からなかったりする。
「なんだよ、物欲しそうな顔しやがって」
 ギルから言われ、それってどんな顔なんだろうと思う。俺は今、鏡を覗き込んでみたい。
「妬ましいか?」
 奴が手に入れた死を、か?
 苦笑いが漏れる。死が欲しいかと言われ、素直に答えろと言われたら……俺は今、欲しいと願うかもしれない。
 だって、今こんなに苦しい思いをしているってのに俺ってば、死んだらああ、また死んだ~とか思いながらどっかでむっくり起き上がるんだぜ?最高に堪んねぇ状況じゃんか。
 残機設定ってエゲつねぇんだな。そんな事も、ゲームばっかりの頭で考えてしまったりもする。
 本来そういう事は起きるはずがない、でも起きちまった。そしてその状況を受け入れるために世界は、この出来事に対する辻褄を合わせてきやがった。
 赤い旗とはつまり、そういうもののように思える。
 世界が起こっている事に辻褄を合わせるに、受け入れる必要があったんじゃなかろうか。
 世界にとってのイレギュラー、すなわちバグはあった。大陸座の存在、テストプレイヤー兼デバッカーという俺達の存在、そして俺達が認識する不思議な旗の存在、それらは八精霊大陸にとってはバグだったに違いない。
 八精霊大陸はそのイレギュラーを排他出来ず、共存する方法を図るに……崩れたなんらかのバランスを取るための辻褄を合せている。
 そうやって赤い旗が出来た。
 ……赤い旗はバグだ、間違いない。世界に存在が許されていないものを都合許してしまったイレギュラーに点灯しているのだからバグだという認識が間違っていたわけではないと思う。
 しかし、指し示している意味が違うのではないのかと俺は……今はそう思うんだ。

 ギガースが赤い旗をばらまいたんじゃない。

 『世界』というよくわけのわからん、場合によっては神などと呼んで存在を誤魔化してしまいたくなるものが作っちまったもんではなかろうか。
 ギガースを筆頭にした世界の異端を許すにあたり、赤い旗が作られた。……発端はやっぱり、間違いなくギガースにあるだろう。
 上手くいっていたんだ。
 俺達異世界から来た異端とこの世界の共存はきっと上手く行っていた。ところが、ギガースという本来存在してはいけない9人目の『存在』によって狂いが生じた。
 奴が世界の中で行った破格の世界改変行動が引き金だ。
 そしてそれを、世界は、事もあろうかOK出しちまったのが問題なのだ。

 ようするに、世界はギガースの存在も許そうとしている。

 ギガースは魔王八逆星連中の願いを叶えたらしい。なんでそんな事したのかは俺には分からない。
 分からないが……ギガースは、全てを破壊したいと願ったギルに向け、その願いを叶えてやった。
 それでギガース自身が吹っ飛ばされる事になるってのに。

 ああ、そっか。

 目を閉じ、黒い模様に覆い尽くされていくギルを見下ろしながら俺は成る程と納得が行く。

 どこまでもどこまでも、それが、自身の破滅が、……お前ら魔王連中が切実に望む事だったな、と。

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